男はとある小惑星に住居を構えていた。
ジリリリリリリリ……!
目覚ましマシーンによって、男の脳内に直接ベルの音が響き渡る。
男「うるせぇなぁ……」
男「ん……もう朝か……ふぁぁ……」ムクッ
男「立体テレビでもつけるか……」ピッ
テレビ『おはようございます。今朝のニュースです』
テレビ『昨日宇宙時刻の午後、宇宙連邦本部に冥王星人のグループが押しかけ』
テレビ『“冥王星を惑星に戻して欲しい”と訴えましたが、却下されました』
男は高圧縮栄養ゼリーを食べつつ、ニュースを眺める。
男「コイツらもよくもまぁ、飽きないもんだな」モグモグ
男「もう千年近く、ずっと同じこと繰り返してやがる」モグモグ
テレビ『宇宙連邦の試算で明らかになりました』
テレビ『これで140年連続で、300億人を超えることになります』
テレビ『このデータを受け、宇宙連邦大臣は~』
男「自殺者減らないなぁ……」
男「宇宙連邦はなにやってやがんだ、まったく」
男「この間の大ブラックホール災害で、星や職を失った人も多いだろうし」
男「来年はもっと増えるんだろうなぁ……」
テレビ『ウォーター星とオイル星の星間紛争、泥沼状態へ……』
テレビ『銀河の環境汚染はとどまるところを知らず……』
テレビ『またも宇宙連邦議員の汚職発覚……』
テレビ『中学生がいじめを苦に、衛星もろとも自爆……』
テレビ『光線銃での通り魔事件発生……』
男(朝っぱらから暗いニュースのオンパレードだな……)
男(他人事ながら気分が滅入るよ、ったく)
男「ふんふ~ん♪」
脱毛リキッド:塗るだけでヒゲがなくなる。
ヘアークリーム:塗ると、寝癖が勝手に直り、髪型が整う。
スペーススーツ:これを着ると、宇宙空間に放り出されても平気。
男「ふんふんふ~ん♪」
ロボット「タダイマノ鼻歌ヲ採点シマス」
ロボット「23点!」
男「…………」
男「宙気予報は……と」
テレビ『では地域ごとの本日の宙気予報です』
テレビ『今日の降隕石確率は、40%でしょう』
男「微妙だな……」
男「メテオアンブレラ持ってくと、降らなかった時すげぇジャマなんだよな」
男「まぁいいや、持っていくか」スッ
男「最近空き巣が多いから、ちゃんと星にバリアをかけておかないとな」ブンッ
スペースバイクにまたがり、男は自宅である小惑星を出発した。
シュゴォォォォォッ!
会社に行くには、まず最寄りの宇宙ステーションに行かなければならない。
スペースバイクの分速は一光年、男の最寄りステーションには15分で到着する。
男(もっと速いバイクが欲しいな……)
男(つっても、俺の安月給じゃな……壊れるまで乗るしかないか)
男「あ、どうも。おはようございます」キッ
主人「おはようございます」
男「朝早くから大変ですね」
主人「仕込みがありますからね。イースト菌が絶滅したので大変ですよ」
主人「ネオイースト菌は凶暴なので、培養に苦労しています」
男「なるほど……」
男(自営業のがラクなんて思ってたが、そんなことはないんだな)
シュゴォォォォォッ!
ここで人々は大型スペーストレインを待つことになる。
ザワザワ…… ガヤガヤ……
男「うおっ」
男(なんかいつもより混雑してないか?)
アナウンス『ベガステーションで起きた人身事故の影響で、ダイヤが乱れております』
アナウンス『お客様にはご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません』
男(こんなこといいたくないけど、自殺するなら他の方法でやれよな……)
中年「ふざけんなよ! いったいトレインはいつ来るんだよぉ!」
中年「会社に遅れっちまうだろうがぁ! えぇっ!?」
スタッフ「申し訳ございません、ただいま確認を取っております」ペコペコ
中年「──こっちはよぉ、遅れなんて許されない仕事なんだ! 分かってんのか!?」
中年「うらやましいよなぁ、こんないい加減な仕事で金もらえるんだからよ!」
男(ギャーギャーうるせぇなぁ)
男(トレインの遅延はイラつくが、おまえみたいなクレーマーはもっとイラつくんだよ)
男(スタッフに八つ当たりしたって仕方ないだろうが……)イライラ
待ちに待たされた大量の客がなだれ込む。
ギュウウウ……
男(うげぇ、苦しい……! 全身を押しつぶされるようだ……!)
男(いつまで経っても、満員トレインってのは慣れないな……)
男(うまく他人に寄りかかって、なるべく疲れないようにしないと……)
いうまでもなく、スペーストレインはスペースバイクとは比べ物にならないほど速い。
この時代、文明の発達で性犯罪が巧妙化し、痴漢も厳罰化されたからである。
男(ついこの前も、痴漢で宇宙線シャワー刑になったヤツが冤罪だったらしいからな)
男(ったく、恐ろしい世の中になったもんだ)
男(疑われるようなことは絶対避けないと……)
男(あ~やだやだ)
これに一時間ほど乗ると、ようやく男は会社に到着することになる。
男「おはようございます」
OL「おっはよ~」
同僚「おう、おはよう」
課長「おはよう」
課長「君んとこの航路は人身事故があったから、大変だっただろ」
男「えぇ、まいりました……。朝からどっと疲れちゃいましたよ、まったく」
OL「どこの星系も不景気だからねぇ」
同僚「しかも、あれって死体が粉々になるから、後始末大変らしいぜ」
同僚「トレインに粉砕された死体が宇宙で凍ってキラキラ光るんだってさ」
同僚「ステーションのスタッフの間じゃ、ミルキーウェイとか呼ぶらしいぜ」
OL「ちょっと朝から変なハナシやめてよ~」
男「残された家族はたまったもんじゃないだろうな」
課長「ゴホン」
課長「さぁ口ばかり動かしてないで、仕事だ仕事!」
男(メールチェック……)ピポッ
男(よかった、厄介な案件はなさそうだ)ホッ
男(あ、そういえば得意先に例のデータを送信しとかないと)
男(あの得意先はいちいちうるさいからな)
男「送信……っと」ピポパッ
男が送信したデータは、何千光年も離れた得意先のもとへ飛んでいった。
男(もう少し仕事したら、外回りに行こう)
男「あ、そろそろ取引先に行く時間だ」
課長「おい」
男「はい」
課長「おまえはいつも、あそこの部長にのらりくらりかわされてるけど」
課長「今日こそ契約をもらってこいよ」
男「はいっ!」
男(──とはいうものの、自信はないけどな。どうもあそこの部長は苦手だ……)
男「じゃあ行ってきます」
課長「うむ」
シュゴォォォォォッ!
男「ふんふ~ん」
男「お、見えてきたぞ」
男「いつ見てもデカイ星だな、ウチの会社とは大違いだ」
男「多少不景気になったくらいじゃ、絶対ツブれたりしないだろうな」
男「ウチの会社なんか、大きい隕石が来たら物理的にツブれそうだよ」
男「どうも、こんにちは」
受付「いらっしゃいませ」ニコッ
男「えぇと、宇宙開発部の取引先部長様をお願いします」
受付「かしこまりました。少々お待ち下さい」
男(いい会社は受付まで美人だな。どこの星の種族なんだろ)
男(ま、顔で採用してるんだろうけど)
応接ロボット「コーヒーです、どうぞ」
男「…………」ゴクッ
男(いつもと味がちがう……)
男「うまい! これは天然のコーヒー豆を使ってるね!?」
応接ロボット「はい」
男(天然のコーヒー豆なんて、今や超高級品だよな。味わって飲もう)ズズ…
応接ロボット(ホントは培養品ですが、客の好感度維持のため、黙っておきましょう)
取引先部長「やぁやぁ、最近は景気がよくないねぇ」
男「えぇ、まったく」
取引先部長「息子も就職活動をしているが、苦労しているよ」
男「今の世代は、特に大変と聞きますね」
男「ボクももう少し遅く生まれてたら、今の会社に入れたかも怪しいですよ」
取引先部長「ちなみに息子は太陽大学なんだがね、それでも厳しいねぇ」
男「へぇ~太陽大なんですか! 優秀な息子さんですねぇ~!」
男(チッ、超名門じゃねえか。さりげなく息子の学歴自慢かよ)
男「……冥王星近くのカロン大学です」
取引先部長「ほう!」
男(なにが、ほう! だ)
男(太陽系で一番のバカ大って有名だろうが……)
男(太陽大の息子が就職できないのに、カロン大のコイツが就職してるのか、とか)
男(思ってるにちがいない……)
男(この部長もムカつくし、こんなに卑屈になってる自分にもムカつく……)
男(あ~あ、中学までは俺もそこそこ出来がよかったんだけどなぁ……)
男(えっ!?)
男「そうだったんですか!?」
取引先部長「ああ、つまり君の先輩だ」
取引先部長「学生時代はよく冥王星人の風俗に行ったもんだよ」
取引先部長「だいぶあれから法律が厳しくなったが、今でもあるのかね?」
男「あると思いますよ、あの辺は宇宙警察の手も回ってませんから」
男「ボクもサークルの先輩とよく行きましたよ」
取引先部長「ハハハ、そうかね」
男「あ~……あの星はもうツブれて、今はコンビニ星になってますよ」
取引先部長「そうか、残念だなぁ」
男「時代の流れってやつですかねぇ」
………
……
…
しばらくは同じ大学同士、話に花が咲いた。
契約はまた今度となったが、取引先部長との関係が好転したことはたしかだった。
男(さすがに今日中に契約、とまではいかなかったが……)
男(これなら近いうちにあの話はまとまりそうだな)
男(よかった、課長に怒られなくて済みそうだ)
男(──にしても、まさか取引先部長がカロン大だったとはなぁ)
男(あの会社デカイから学閥とかもバリバリありそうなのに、頑張ってるなぁ)
男(……っと、もうこんな時間か。メシにするか)
男(めんどくさいし、コンビニ弁当で済ませよう)
宇宙の至るところには、コンビニエンスストアの星が存在する。
金星人DQN「うへへ、さっき八百屋星でビーナス(ナスビ)万引きしたぜ」グビッ
火星人DQN「おいおい、そりゃマーズいんじゃねえの?」グビグビ
水星人DQN「まぁキュリー(キュウリ)よりはマシだろう」グビグビ
土星人DQN「万引きすれば金が浮くしな。地獄のサターン(沙汰)も金次第だ」グビッ
DQNたち「ギャハハハハ……!」
男(ったく未成年だろうに、ビールなんか飲みやがって)
男(親や教師はなにをやってるんだ、まったく)
コンビニロボ「っしゃいませぇーっ!」
男「どれにしようかな……」キョロキョロ
男「超圧縮おにぎりに、クロレラ弁当、クローンビーフ丼……どれも美味そうだ」
男「これにするか」
男は『ゼリー状幕の内弁当』と、飲み物として『バイオ天然水』を手に取った。
男(お、今日は週刊ユニバースジャンプの発売日か)
男(ガキの頃は毎週買ってたけど、もうすっかり読んでないな)
男(今ってなに連載してんだろ。ちょっと立ち読みしてみるか)ピポッ
男(お、まだジョジョやってるのか。絵が苦手だから読んだことないけど)
男(この作者、不老不死とかいうウワサがあるけど……絶対デマだろ)
男(さすがにまだ不老不死は実現できてないからな)
男(絵が似てる人に代替わりさせて描かせてるんだろうな)
コンビニロボ「っしゃいませぇーっ!」
男「これください」
コンビニロボ「500ギャラクシーになりまーっす!」
コンビニロボ「あっためますかー?」
男「いえ、けっこうです(冷えてる方が好きなんだよな、俺)」
コンビニロボ「ありあとーっしたぁーっ!」
男(なんなんだ、このロボットは……粗悪なAI使ってやがるな)
男「ふぁぁ……」
男「やべ、食べたら眠くなってきた」
男「こないだ居眠り運転がまた厳罰化されて、ついにブラックホール刑になったからな」
男「眠ったらマズイ」
男「さ~て、午後も頑張るか」
眠気をこらえ、男は銀河を飛び回る。
これが西暦3000年の企業戦士の定めである。
男(ふぅ……やっと外回りが終わった)
OL「お帰り~」
OL「ねえ聞いた?」
男「なにを?」
OL「あなたの同期のエリート君、今度主任になるらしいわよ」
男「えぇっ!?」
男(マジかよ……アイツが俺らの同期で一番出世するってのは分かってたけど)
男(にしても、早いな……)
同僚「いつかはこうなると分かってたけどやっぱ複雑だよな、同期の昇進って」
男「まぁな」
同僚「ま、アイツは土星大出の高学歴だし、外宇宙語もペラペラだし」
同僚「将来役員になるのはまちがいない」
同僚「期待されてるのさ」
同僚「外宇宙へも、しょっちゅう出張してるしな」
宇宙を開拓し尽くした人々は宇宙の外にある世界、つまり外宇宙に進出しつつあった。
男「外宇宙語か……おまえできるか?」
同僚「全然できない。おまえは?」
男「一応外宙検(外宇宙語検定)2級持ってるけど、ろくにしゃべれないな」
同僚「資格持ってるだけいいじゃん、俺なんて……」ハァ…
男「使えない資格なんて、持ってないのと同じだよ」
男「実力が伴ってなきゃ、どっちにしろボロが出るしな」
同僚「当時はまだ就職率もよかったし、土星大学ならもっといい会社入れたろうに」
男「鶏口となるも牛後になるな、ってヤツだろ?」
同僚「なんだそりゃ」
男「デカイ集団で埋もれるより、小さい集団で偉くなれ、みたいな意味だよ」
男「太陽系の地球で生まれた言葉だ。俺の種族は元々地球の原住民だったからさ」
同僚「ああ、そういえばそうだったな。地球人ってヤツか」
同僚「よくて係長か課長止まりだろうぜ。下手すりゃ万年ヒラかも」
同僚「あ~……辞めたい」
OL「アハハ、また同僚君の辞めたい病が始まった」
OL「辞める勇気もないくせに」
同僚「ちぇっ」
男「気楽でいいじゃんか。下手に出世すると、気苦労ばかり増えるしさ」
男「課長も課長になってから、胃を三回も取り換えたっていってたし」
同僚「まぁな」
男(やっぱりいい気分じゃないよな)
男(今はまだいいけど、いずれ天と地ほどの差になるんだろう)
男(俺はこの会社でどこまでいけるんだろう……)
男(そもそも定年までいられるのかな……そのうちリストラされるかも)
男(あるいはこの会社が倒産したりして……)
男(はぁ……)
男(あ~……胃がキリキリしてきた。俺も胃を取り換えようかな……)
男(せっかく久々に取引先でうまくいったのに、一気に憂鬱になってきた)
男(今日は早めに帰って──)
男「ん?」
OL「通信が入ったよ」
男「俺に?」
OL「うん、得意先さんから」
男「もしもし」ピッ
得意先『ああ、君かね』
得意先『どうも、じゃないよ!』
男「えっ?」
得意先『今朝君からのデータが届いていたが、なんだねこのデータは!?』
得意先『不備がありすぎだろう!?』
男(マ、マジで!?)
得意先『作り直して、今日中に私に送信したまえ!』
男「えっ……今日中ですか!? せ、せめて明日中に──」
得意先『他の会社に変えてもいいんだよ!?』
男「も、申し訳ありませんっ!」ペコペコ
男(すぐ“他の会社に変える”だもんな)
男(決め台詞のつもりなんだろうけど、ムカつく)
男(ほとんどの会社に相手されてないくせによ)
男(しかも今日中とかいいつつ、コイツはさっさと家に帰るくせによ)
男(ぶっちゃけ“いや別に変えてもらってもウチ困らんし”っていってやりたいよ)
男(いえるワケないけど)
男(こりゃあ、今日も残業だな……トホホ)
男「わりぃ、今日中にこれ送らなきゃならねーんだよ」カチャカチャ
男「いつものあの得意先につかまっちまってさ」
同僚「ああアイツか……大変だな。なんか手伝えるか?」
男「いや、これは俺じゃないとどうにもならないな。まだかかるし、先帰ってくれ」
同僚「そっか、じゃあまた今度飲もうや」
男「おう、ありがとう」カチャカチャ
男(この分じゃ、また最終トレイン帰りだな)カチャカチャ
男(あ~シンドイ)カチャカチャ
男(あ~やっと終わったぁ~!)
男(自分で自分を褒めてやりたい)
男(頑張った自分へのご褒美、とかいってスイーツ星の女みたいに酒でも飲みてぇ~!)
男(ま、んなことしたら家に帰れなくなるけどな)
男(帰るか)
アナウンス『お乗り遅れのないよう、ご注意ください』
男(あ~疲れた)
男(今から帰ってすぐ風呂入って寝れば、3時間くらいは眠れるかな……)
男(睡眠濃縮剤買おうかな、マジで)
男(でもアレ高いし、副作用あるかもっていうしな~)
男(また今度でいいか)
男(さてと、寝るか……)
男(明日が終われば休日だから、少しは気楽だな)
男(休みはなにしようかな……とかいってまた寝て終わりそうだけど)
男(そういえば俺の先祖……大昔の地球人は休日、どんなことをしてたんだろう……)
男(しょせん昔の人だし、俺たちより休日の使い方がヘタだったのかな?)
男(あるいは俺たちより有意義な過ごし方ができてたのかな?)
男(俺たちって、ホントに昔よりマシになってるのかな?)
男(……ま、こんなこと考えても仕方ないか。今は今、昔は昔、だ)
男(おやすみ……)ウトウト…
男「ぐう……」
西暦3000年、人類は飛躍的な進歩を遂げていた──
~おわり~
なんか楽しかった!
引用元: 男「さて、そろそろ会社に出かけるか……」