アナウンサー「こちらが今若い女性の間で大人気のスイーツです!」
アイドル「わぁ~、おいしそ~!」
アナウンサー「ぜひ食べてみて下さい!」
アイドル「はいっ!」パクッ
アナウンサー「いかがですか?」
アイドル「とってもおいしいですぅ~」
アイドル(まっずううううううううううううううううううううううううううう!!!!!)
アイドル(まずいの我慢して、おいしいっていうのホント疲れるわ……)
アイドル(なんであんなのが若い女の子に人気なのよ……)
マネージャー「大丈夫かい?」
アイドル「うん、なんとか」
マネージャー「えぇっと……」
マネージャー「まず、旅番組の≪てきとー旅≫に出演が決まってる」
マネージャー「その次は田舎の農家を訪問する番組≪農家に行こう≫」
マネージャー「さらにその後、≪和洋中シェフ料理対決!≫に審査員として出てもらう」
アイドル「ちょっとちょっとちょっと」
アイドル「なんでそんな仕事ばかりもらってくるのよ!」
アイドル「あなただって、私の好き嫌いの激しさは知ってるでしょ!?」
マネージャー「仕方ないんだよ。今のテレビ業界は何かを食べる番組がやたら多いし……」
マネージャー「それに、君の食べる姿はとても魅力的だって需要があるんだ」
マネージャー「この業界はとにかく競争が激しい。今は売れてても明日には忘れ去られるかもしれない」
マネージャー「人より抜きん出るためには、多少のことは我慢しないと」
アイドル「ううう……分かったわ……」
芸人「今日のゲストは……このお二人です! 今日は古きよき下町○×町を歩き回りま~す!」
女優「こんにちは」
アイドル「どうも~」
芸人「お二人はこの○×町に来たことは?」
女優「若い頃に何度かあるわよ」
アイドル「はじめてなんで楽しみです~」
アイドル(旅だけならいいんだよ。旅だけなら……)
女優「あら、ふっくらしてておいしそう」
アイドル「ホントですね~」
アイドル(ぐはぁぁぁ! 大福! 大っ嫌い! 見た目からして無理!)
芸人「いただきま~す」モグモグ
女優「おいしいわ」モグモグ
アイドル「おいしいです~」モグモグ
アイドル(ぐおおおおお! 皮のモチモチさ! あんこのドロドロの歯ごたえ! この甘ったるさ!)
アイドル(全てが私の脳髄を蝕んでくる! 口の中で悪魔が暴れてるぅ!)
アイドル(これのどこが“福”だっちゅうんじゃぁぁぁぁぁい!!!)
アイドル(やっと一個食い終わったと思ったら、なにほざいてんだこの三流芸人!)
女優「あら、この子アイドルだから、甘いのは程々にしておいた方がいいわよ」
アイドル(おおっ、よく分かってんな! ナイスアシストおばさん!)
女優「でも、若いから大丈夫よね。ほら、これもいかが?」
アイドル(ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
芸人「お次は……ラーメン食べましょうか」
女優「いいわねえ!」
アイドル(ぐはぁぁぁ! ラーメン! 食いたくねえ! 名前からして嫌い!)
店員「当店自慢のトンコツラーメンとなっております!」コトッ
アイドル「わぁ~、いい匂い!」
アイドル(ぎゃぶふぅぅぅぅぅぅぅ! 豚骨! このブタがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
アイドル(ブタの臭いがプンプンするゥ~~~~~!!!)
女優「ホント、スープも濃厚だわぁ~」ズゾゾゾッ
アイドル「……」ズゾゾゾッ
アイドル「おいひぃ~」
アイドル(ぐぴゃぁぁぁぁぁ! まずい、まずすぎるよぉぉぉぉぉぉ!!!)
アイドル(まるで豚の腸を直にすすってるような生理的不快感が、とめどなく私を襲ってくるぅ!)
アイドル(ここは地獄か!? 地獄なのかぁぁぁぁぁ!?)
マネージャー「よく頑張った」
アイドル「次、収録するのはなんだっけ?」
マネージャー「≪農家に行こう≫だよ」
アイドル「どんな農家に行くの?」
マネージャー「トマト農家っていってたかな」
アイドル(トマトォォォォォ!? 野菜全般嫌いだけど、特に苦手な部類だわ!)
アイドル(まさに私にとっての天敵といっても過言ではなかろうッ!)
アイドル(漢字で書くと、絶対“屠魔吐”!)
アイドル「わぁ~、すばらしい畑ですね!」
おっさん「土にこだわった結果、ここでトマト栽培するのが一番という結論になりましてね」
アイドル「たしかに栄養がたっぷりありそうな土ですね!」
アイドル「ところで、肝心のトマトは……」
おっさん「あいにく今は季節じゃないんだよねえ」
アイドル(ぃよっしゃぁぁぁぁぁ!!! トマトざまぁぁぁぁぁぁ!!!)
アイドル(は!?)
おっさん「さ、どうぞ」
アイドル「ありがとうございま~す」
アイドル「わぁ~、真っ赤でおいしそぉ~」
アイドル(げへへへ……私にはこのトマトが血に染まった悪魔の心臓にしか見えねェェェェェ!)
アイドル(悪魔に魂を売るってのは、こんな心境なのかしらんッ!)
アイドル(ぐぶるほほぉぉぉぉぉぉぉ! まずい、まじゅぅぅぅぅぅい! 一口で大ダメージィ!)
アイドル(流石トマト! 上から読んでも下から読んでもトマト! 回文の帝王!)
アイドル(ここまで私を苦しめるとはァ! これ一個食い切るのはキツイ、キツすぎる!)
アイドル(だ、だが……ッ!)
おっさん「……?」
アイドル(このおじさんが丹精込めて作ったトマト、残すわけには……ッ! いかねェだろがッ!)
アイドル(かくなる上はァァァァァ!)グワッ
アイドル(んがんぐぐぐぐ……)
ゴクッ…
アイドル(ぐほぉ……喉に詰まった! 負けるかぁぁぁ! 鍛え抜かれたアイドルの喉ナメんなぁぁぁぁぁ!)
ンッ…
アイドル「おいしかったです」ニコッ
おっさん「でしょう?」
アイドル(勝利……!)ガッツポ
アイドル「フフフ……」
マネージャー「だけど、ずいぶん顔色が悪いなぁ」
マネージャー「次の≪和洋中シェフ料理対決!≫だけど……どうする?」
マネージャー「なんならキャンセルしても……」
アイドル「いいえ、出るわ!」
アイドル「人気のためだもの! この業界で生き残るためだもの!」
アイドル「どんなもんが出てきても食ってやるわ!」
司会「さあ、今宵も和洋中のプロフェッショナルが集まり、料理の腕を競います!」
司会「審査員席には豪華な顔ぶれが集まっています!」
ワァァァ…
司会「アイドルちゃん、若い女の子代表として、審査頑張って下さいね!」
アイドル「はいっ、がんばりますっ」
アイドル(さあ、いったいどんな料理が出てくるのかしら……)
司会「どうやら和のシェフは寿司を、洋のシェフはパスタを――」
司会「中華のシェフは餃子を作るつもりのようです!」
司会「どれも嫌いな人はいないであろうオーソドックスな料理!」
司会「逆にいえば、真に実力が問われる戦いとなりそうだ!」
アイドル「……」
アイドル(どれも大嫌いだわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!)
アイドル(アーッハッハッハッハッハッ! やっぱりこの仕事断ればよかった……)
アイドル「わぁ、おいしそ~」パクッ
アイドル(がっはぁぁぁぁぁぁ! まっじぃぃぃぃぃぃぃ!)
アイドル(魚肉特有の生臭い弾力が容赦なく私の精神をえぐり取っていくぅぅぅぅぅ!)
アイドル(この寿司には日本の歴史が詰まってる!)
アイドル(様々な乱、飢饉、災害といったダークネスな歴史の味がしゅるぅぅぅぅぅぅぅ!)
アイドル(げぴゃらぴあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!)ゴクンッ
アイドル「いただきま~す」ハフッ
アイドル(ごぼっ!)
アイドル(なんという不味さ! 噛めば噛むほど吐き気が出る!)
アイドル(逆流して麺が鼻から出そう! ドバドバ出てきそう!)
アイドル(そんなことになったら、『人気アイドルから白い鼻毛!』なんてスキャンダルになっちゃう!)
アイドル(させるかよぉぉぉぉぉぉ!!!!!)ゴクンッ
アイドル「どんな味だろぉ~」モグッ
アイドル(っがぁぁぁぁぁっ! 皮からしていきなりマズイ! まずすぎる!)
アイドル(しかも皮を噛んだら中の肉と野菜が出てきてこれまたマズイ!)
アイドル(さすがラスボス、第二形態かぁぁぁ! 第二形態もあるってことかぁぁぁ!)
アイドル(うぎょああぁぁぁぁぁぁ! なんという拷問!)
アイドル(いっそ誰か私を殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!)
アイドル(なんとか飲み込んだ寿司とパスタもろとも吐き出しちゃいそう!)
アイドル(出る……出ちゃう! 封印がっ……解けてしまうっ!)
アイドル(ああもう、古の大魔神“ゲーロー”が喉のところまで迫ってる……!)
アイドル(もう、ダメかも……ッ)
マネージャー「頑張れーっ!!!」
アイドル「!」ハッ
アイドル(吐くわけにはいかん! 吐いたら……全てが終わるッ!)
アイドル(ファンのためにも、料理を作った人のためにも、マネージャーさんのためにも)
アイドル(私は……全てを飲み込むゥ!!!!!)
ゴクンッ…
アイドル(食った……!)
マネージャー「よく食べきった……!」
アイドル「はぁ~、今日も疲れた」
マネージャー「よく耐えてくれたよ。しばらく食べ物関係の仕事は控えよう」
アイドル「マネージャーさん、たまには私が好物を食べられる仕事とってきてよ~」
マネージャー「それが無理なのは君自身が一番よく分かってるだろ?」
アイドル「まあね~」
マネージャー「ゴキブリとムカデとカマドウマの盛り合わせ! まだ生きてるよ!」
ワサワサ…
アイドル「わぁい、おいしそ~!」
アイドル「いただきま~っす!」バクンッ
グチュグチュッ プチチッ ブジュルブジュル… バリボリバリボリ グチュルグチュル… プチプチ
マネージャー(こんな光景、お茶の間に放送できるわけがない……)
~END~
斬新だなオロロロロ
面白かった
面白かったわ乙