男(四人で定食屋に入り、昼食を取っていた時のことだった)
友「なあ、男。そのからあげ一個くれないか」
男「よし、分かった。戦争だな」
友「……は? いや、戦争って何が……」
男「歯を食いしばれ!」
友「っ!? あっぶねーな!?」
男「避けたか。運のいいやつめ」
友「いやいや、いきなりどうしたんだよ!? どうしてのどかな昼食時間に殺伐したやりとりしないといけねーんだ!?」
友「宣戦布告……?」
友「………………」
友「もしかしてからあげ一個くれ、って言ったことか?」
男「ああ。だから俺は受けて立っただけだ」
友「なら発言を撤回するわ。休戦協定を結びたいんだけど」
男「いいだろう」
女「暴力は良くないよ」
友「それは男に言ってくれよ。大体からあげくれってそんなに怒ることか?」
男「逆にどうして人の物を略奪しようとして怒られないと思ったんだ?」
友「略奪って……俺はそのからあげがおいしそうに見えたから味を確かめたくてな」
女友「あー分かる。人の食べてる物っておいしそうに見えるよね」
女友「ということで、ねえ女。そっちのハンバーグ、ちょうだい」
女「うん、いいよ」
友「ほら、これがあるべき姿だろ!」
男「何言ってるんだ、続きがあるぞ」
女「あ、それおいしそうだと思ってたんだー」
男「な」
友「…………」
男「一方的にもらうだけでなく、お返しすることで交換という取引が成り立った訳だ」
女友「まあ当然でしょ、もらうばかりじゃ心苦しいし。あ、おいしい」
女「おいしー」
男「さっきのおまえには自分の身を切る覚悟があったか? どうも俺にはそう思えなかったが」
友「……分かった。なら俺のトンカツ一切れとそっちのからあげ一つで交換だ」
友「これなら――」
男「それで騙されると思ったか?」
友「えっと……どういうことだ?」
男「ご飯、味噌汁、漬け物、サラダといった付け合わせは一緒」
男「この60円の差はからあげとトンカツというメニューの差だけで表される」
男「というか分かりやすく書いてくれているな。からあげだけの場合は380円、トンカツだけの場合は440円」
男「共通部分は300円というわけか」
男「そしてからあげだが四個盛られている。対してトンカツは一枚を八分割してくれているようだな」
男「計算するとからあげは一個あたり95円。トンカツ一切れは55円だ」
男「つまりおまえは95円と55円を交換しようとしていたということに……」
友「細かすぎるだろ!?」
男「細かいとは何だ!? 不平等貿易は国際的な問題だぞ!!」
女友「流石に一個当たりの値段まで求め始めるのは細かすぎて引くけど」
男「ぐっ……」
女友「私の目からしてもトンカツ一切れとからあげ一個は釣り合ってないと思うよ」
女友「ここのからあげ一つ一つが結構大きいし」
友「ああもう分かった。じゃあトンカツ二切れだ。この真ん中のと端っこの二つをやる」
男「トンカツの端か……脂があっておいしい反面、一切れあたりが小さい部分……なるほどいい選択だな」
友「そこまで深い考えはしてない」
友「ほら、だからそっちのからあげを一つ――」
男「だが断る」
友「何でだよ!?」
友「なら二切れで110円で、からあげの95円より得じゃねえか!!」
友「なのにどうして拒むんだ!?」
男「ああ、おまえの言うように俺が得する取引だ」
友「だったら――」
男「交換する気分じゃない」
友「気分!?」
男「その時点で俺の中ではからあげ四つ食べる想定が立っているんだよ」
男「ご飯と一緒に二個、サラダを挟みつつ一個、そして味噌汁で口直しして、最後にからあげで一個って感じにな」
男「それがからあげが一つ無くなって、トンカツに変わってみろ」
男「価値は上がっているかもしれないが……明らかに違うだろ?」
男「胃袋が『からあげ四つ来るんじゃなかったのか!? 裏切ったのか!?』って叫ぶに決まっている」
男「だから俺は交換しない、ってことだ」
男「分かったか?」
友「分かんねえよ」
女友「さっぱり」
女「私もちょっと」
男「そうか、理解者はいないんだな……」
男「そういうことだ」
友「じゃあからあげは諦めるか……ああ、食べたかったな……」
男「というか、俺にとってはそこが分からないんだが?」
友「ん?」
男「そんなにからあげを食べたかったなら、最初からトンカツ定食じゃなくて、からあげ定食を注文すれば良かっただろ?」
友「いや、それが違うんだよな。人の食べている物ほどおいしそうに見えるっていうか」
男「あー、女友が言ってたな」
友「逆に男は俺の食っているトンカツ見て、自分も欲しいって思わないのか?」
男「おいしそうとは思うが、欲しいとは思わんな」
友「じゃあ分かりあえないな」
男「しかし、どうしてそんな嗜好に……あ、そっか。おまえ人妻モノが好きだもんな、なるほどなるほど」
友「ばっ……!? 女子がいる場でそういうこと言うなよ!?」
女「うーん、私はちょっと違うかな」
女「私はおいしいって感情を共有したいの」
女「こっちのハンバーグおいしいよー、おいしいねー」
女「そっちのコロッケもおいしいねー、おいしいよー」
女「って感じ」
男「共感したいってことか。分かりやすい」
女友「おいしいって感情の共有ね、分かる」
友「おまえにも女子らしいところがあったんだな」
女友「何か言った?」
友「何でもないです」
女「うん。だからほら、男君もこのハンバーグ食べる?」
友「いや、男はもらわないだろ。さっきあそこまで力説して――」
男「おう、ありがとな」
友「もらうんかいっ!?」
友「からあげ四つ食う想定だか何だかって!!」
友「なのにハンバーグもらったら、それこそ胃袋が『え、ハンバーグが来るとか聞いてない』って言うぞ!?」
男「いや、胃袋はしゃべらないだろ」
友「おまえの言葉!!」
男「つうかさっきと状況は違うだろ。だって女は俺のからあげと交換してくれ、って訳じゃないだろ?」
女「うん、ハンバーグ食べて欲しいってだけで」
男「くれるならもらう。それだけだ」
友「おまえただのケチじゃねえのか?」
男「それを言うならおまえの方がケチだろ。からあげ食いたいなら追加で頼めばいいだけだ」
男「じゃあ食えない分は俺がもらってやるよ」
友「おまえからあげ何個食うつもりだよ。胃袋はどうした」
男「だから増える分には何も問題ないんだよ」
友「太るぞ?」
男「ああん?」
女友「全く醜い争いね」
女「えっと……友君って色んな物をちょっとずつ食べたいってことだよね?」
女友「え、まあそういうことなんじゃない?」
女「だったら――」
男「お、新メニューだってよ」
『新メニュー!! ミックス定食!!』
友「からあげにトンカツ、コロッケにハンバーグ……全部がちょっとずつ乗ってるのか」
女「私が店主にメニュー追加してもらえないのか頼んだの」
女友「二人のやりとりが聞こえていたみたいで、どうにかしたいって思ってたんだってさ」
男「良かったな。これでおまえも人の物を欲しがらなくて済むな」
友「………………」
店員「注文決まりましたか?」
男「あ、俺はコロッケ定食で」
友「俺は――――」
友「からあげ定食で」
男「いや、そこはミックス定食頼めよ!?」
友「それは何か違うんだよなあ」
男「何が違うんだよ!!」
<完>