男「はい」
NHKの人「私、NHKの者ですが」
男「なに? 受信料なら払わないよ」
NHKの人「払って欲しいですが、とりあえずそれはいいです」
男「じゃあなんの用?」
NHKの人「あなたを大河ドラマに使いたいのです」
男「は?」
NHKの人「いえ、メインで使いたいのです」
男「まさか主演? 俺、俳優でもなんでもないのに……」
NHKの人「出演オファーではありません。あなたの人生を次の大河ドラマの題材にしたいのです」
男「俺の人生を大河ドラマにするだって!?」
NHKの人「はい」
男「大河ドラマっていったら、歴史上の武将とか、偉人とかの一生をドラマにするもんだろ!?」
男「俺なんて偉人でもなんでもないし、ていうかまだ生きてるし……」
NHKの人「たまには一般の方を大河ドラマの題材にするのも面白い、ということになりましてね」
NHKの人「精査の結果、あなたが選ばれたのです。いかがでしょう?」
NHKの人「もちろん、相応の報酬は用意しております」
男「よし……やるよ! 大河ドラマの題材になるのも悪くない!」
NHKの人「ありがとうございます」
脚本家「はじめまして、脚本家の○○です」
男「はじめまして」
男(たしかヒットドラマを何作も生み出してる脚本家じゃんか……)ゴクッ
脚本家「今回の大河ドラマはあなたの人生をドラマ化するということで」
脚本家「色々とお話を伺わせて下さい」
男「どうぞどうぞ、なんでも聞いて下さい!」
男「いや、特にないですね」
脚本家「え、ないんですか。普通、喜びますよね」
男「俺は三番目の子供だったんで、もうすっかり慣れてたみたいで。感動もなかったみたいで」
脚本家「あ、そうですか」
脚本家「あなたの名前の由来などは……」
男「特にないです。二分ぐらいで決めたらしくて」
脚本家「カップ麺出来上がるより早いですね」
男「あー……リコーダーの笛舐めですかね」
脚本家「は?」
男「ほら、好きな子のリコーダーの吹くところをペロペロ舐めるアレですよ」
男「みんなやるでしょ?」
脚本家「いや、やらないと思いますが……」
男「クラスメイトからすげえイジメられるようになっちゃったんです」
脚本家「お気の毒ですが、自業自得ともいえますね」
男「でも、一人だけ優しい奴が俺をかばってくれましてね」
男「そいつとよくつるむようになったんです。本当にいい奴でしたよ」
脚本家「なるほど、その人が親友になったと……」
脚本家「え」
男「俺は俺で、そいつに荷物持たせたり、宿題やらせたりするようになったんです」
男「駄菓子おごらせまくったこともありました」
脚本家「えええ……」
男「しかし、それがみんなにバレちゃって、さらにイジメられるようになっちゃいました」
脚本家「身から出たサビ以外の何物でもないですね」
男「中学では小学校からの流れで相変わらずイジメられてて、不登校になってました」
脚本家「あ、そうなんですか……お辛かったでしょう」
男「そうでもないですよ。楽しかったです」
脚本家「ど、どうして?」
男「家でゲームしまくってましたから」
男「本当にいい思い出なんで、ここはしっかり何話もかけて描写していただきたいですね!」
脚本家「はぁ、努力します」
男「RPGが多かったですね。ドラクエとかFFとかそういうやつ」
脚本家「ゲームを通じて、頑張ることの大切さを学んだと……」
男「いや、俺、改造コードでレベル最高にして無双するの好きだったんで」
脚本家「改造コード?」
男「ゲームのデータをいじくって、主人公のパラメータを……」
脚本家「あー、説明しなくて結構です!」
男「さすがに登校拒否はやめて、地元の高校に通ってました」
脚本家「よかったですね」
男「親から参考書を買うってお金をもらって、その金でゲーセン行くのが日課でした」
脚本家「は……」
男「ある時、警察に補導されて、バレちゃったんですけどね。いやー、あの時は参った」
脚本家「……」
脚本家「よく入れましたね。で、大学時代はなにを?」
男「友達いなくて、ずっと便所飯を」
脚本家「四年間?」
男「はい」
脚本家「……」
男「ええ、まぁ」
脚本家「紆余曲折をへて、最終的には立派な社会人になれたということですね」
男「立派でもないですけどね。使えない奴だってのがすぐバレて、社内ニート一直線」
男「今はいつクビになるか秒読み段階って感じですかね~、アハハ」
脚本家「……ハハ」
脚本家(これで、こいつの半生について一通り聞けることは聞いたか……)
NHKの人「はい?」
脚本家「彼の人生を一通り聞きましたが、惹かれるとこなんてこれっぽっちもありませんでした」
脚本家「なんであんな冴えない男を題材にするんです?」
脚本家「いくら一般人といえど、もっといい人はいくらでもいると思いますが……」
脚本家「極端な話、私やあなたを題材にした方がよっぽどマシですよ」
NHKの人「まあ、あなたのおっしゃることも分かります」
NHKの人「なにしろこのプロジェクト……私よりも上の人間も動いているのですから」
脚本家「……分かりました」
脚本家「私もプロですし、なんとか彼の人生で面白い脚本を作ってみせますよ」
脚本家(大河ドラマどころか、小河ドラマにすらなるかどうか……)
脚本家(それともあの男、もしかしてものすごい逸材だったりするんだろうか……?)
ジャジャーンッ!
男「お、いよいよ放送が始まった!」
男「まさか、俺の人生が大河ドラマになるなんてな~! 夢みたいだ!」
男「みんなに自慢したいけど……俺にそんな奴いないしな! アハハッ!」
司会者「今、大人気放送中の大河ドラマ『這い回る虫けら』!」
司会者「本日は主人公の幼少期を演じた子役君に来てもらいました」
子役「よろしくお願いします!」
司会者「リコーダーの笛舐めシーン、みごとに演じ切りましたね」
子役「はい、監督さんからは気持ち悪く舐めてっていわれたのでとても大変でした!」
司会者「厳しい演技指導があったんですね。おかげであのシーンは話題になりました」
子役「ありがとうございます!」
子役「主人公の人は本当に取り柄がないなぁ、と思いました」
子役「僕は絶対あんな人にはなりたくないです!」
司会者「なるほど、ごもっとも!」
司会者「どうもありがとうございました!」
子役「ありがとうございました!」
俳優「どうも」
司会者「さっそくですが、主人公のキャラについてはどう思ってますか?」
俳優「……ノーコメントで」
司会者「さすが、子役君と違って大人の対応です!」
俳優「役作りはとても苦労しましたね」
俳優「挙動不審になったり、猫背で歩いたり、わざとお腹にぜい肉を作ったり……」
司会者「ある意味、筋トレしたりするより過酷ですね~」
俳優「そうですね。しかし、いい経験ができたと思います」
司会者「この大河ドラマが、俳優さんの役者人生を大きく躍進させることを祈ってます!」
OL「見た見た!」
会社員「すごかったよな~、一話まるまるずっとトイレでメシ食ってんだもん!」
OL「うんうん、斬新すぎて目が離せなかったよ!」
会社員「俳優もすごい演技力だよな。外の音にビクつく演技とかさ」
OL「本来男前な人なのに、全然そう見えないもんね!」
会社員「あのドラマ始まってから、なんだか自分に自信を持てるようになってきたよ」
OL「分かるぅ~!」
NHKの人「監督や役者はもちろん、あなたの力によるところも大きいでしょう」
脚本家「ありがとうございます」
脚本家「最初は天下の大河ドラマになんであの男の人生が選ばれたか、どうしても分からなかったのですが」
脚本家「最近になって、それがようやく分かってきたような気がします」
NHKの人「と、いうと?」
脚本家「こんな状況で歴史上の偉人の活躍譚を見たところで、『この人に比べて自分は……』となるだけ」
脚本家「人々は『こいつに比べりゃ自分の方がマシ』と思えるダメな人間を見たがっているのです」
NHKの人「そう、その通り」
NHKの人「ですが、あまりにもダメすぎる人間――たとえば犯罪者などを題材にしたところで」
NHKの人「一般の人とは住む世界が違いすぎて、『こいつに比べりゃ自分の方がマシ』とは思えません」
NHKの人「それどころか『こういう生き方もアリだよなぁ』となるおそれもある」
NHKの人「だからこそ、絶妙なダメ加減の人生が必要だったんです。ちょうど彼ぐらいのね」
NHKの人「単なるドラマではなく、あえて“大河ドラマ”にした理由がそれです」
NHKの人「日曜夜に、冴えない人間を見ることで、人々は『こいつに比べりゃ自分の方がマシ』と発奮し」
NHKの人「元気よく月曜日を迎えられるわけです」
脚本家「そして、このプロジェクトは全て――国家からの発案だということですね」
NHKの人「さすが名脚本家、勘が鋭い」
脚本家「働く人が元気になって誰が一番得するかと考えると、それはもちろん国ですから」
脚本家「それによって、濁った池のように停滞している日本経済を大河のように活性化させる……」
脚本家「これがあの大河ドラマの狙いですね」
NHKの人「はい、今回がうまくいけば今後の大河ドラマもこの方向性でいくでしょうね」
脚本家「これからの大河ドラマは、既にある大河をドラマにするんではなく――」
脚本家「ドラマによって大河を生み出す、というわけですね」
―終―
うまいこと締めたな