監督「じゃあ、来月からアニメ≪ボウケン君≫の主人公ボウケンの声は、君にやってもらおう」
声優「ホントですか!?」
監督「実は大御所声優さんがノドを痛めて、役を降りるといってきてね」
監督「急きょ代役を探していたんだが、君ならば申し分あるまい」
声優「頑張ります!」
声優(≪ボウケン君≫っていったら、俺が子供の頃からやってる国民的アニメ……)
声優(ひょんなことから大役が転がり込んできたぜ!)
声優「大丈夫ですか?」
大御所声優「この通りノドを痛めて、自ら役を降りることにしたんだ」
大御所声優「アニメ≪ボウケン君≫の主人公ボウケンの声は」
大御所声優「私としても非常に思い入れのある仕事があったんだが……」
声優「プレッシャーはありますが、後釜として頑張ります。ゆっくり休んで下さい」
大御所声優「ああ、君は声も演技力も定評がある。よろしく頼むよ」
声優(ふん……あんたの時代はもう終わったんだよジジイ!)
声優(これからは……俺の時代だ!)
同業者「ボウケン君っていったら、大人も子供も見る国民的アニメ!」
同業者「これでもう、お前は声優として食いっぱぐれることはないってわけだ!」
声優「ハハハ、まぁな~」
同業者「だけどそれだけに大御所声優さんの声じゃなきゃやだ、って奴も多いだろうし」
同業者「プレッシャーもかかるだろ?」
声優「そういう奴らも満足させるのがプロの声優ってもんよ」
声優(ボウケン君なんて、毎回『大冒険の始まりだぜ!』って決めゼリフ吐いて)
声優(無茶でバカなことするだけのキャラなんだから楽勝よ!)
キャバ嬢「え~、すご~い!」
キャバ嬢「≪ボウケン君≫っていったら、あたしが生まれる前からやってるアニメじゃない!」
声優「ま、俺の実力なら当然のことさ」
キャバ嬢「ステキ~!」
声優「これで、この店にももっと顔を見せられるようになるよ」
キャラ嬢「だったらもっと飲んで~!」
声優「おう、ジャンジャン酒持ってこい!」
ギャハハハハハ…
声優(やっべ、昨晩もちょっと飲みすぎた……)
声優「ウ~イ……」
監督「お、おい……酒臭いけど大丈夫かね?」
声優「楽勝ですよ、任せて下さい!」
声優「さて……」ヒック
声優「大冒険の始まりだぜ!」
TV『怪獣め、やっつけてやる!』
TV『うわーっ、こんなはずじゃーっ!』
声優「うんうん、完璧だ。完璧な新しいボウケン君だ。新時代のニューボウケン君だ」
声優「酒が入っててもここまでの演技ができるなんてさすが俺」
声優「きっと今ごろネット上じゃ、俺への称賛の声が溢れ返ってるんだろうなぁ……」
『やっぱり声ひどすぎだろ! 全然合ってない!』
『大御所さんに戻してくれぇっ!』
『こんなのボウケン君じゃねえええええ!』
声優(どこ見ても称賛どころか、俺への叩きばっかりだ……)
声優(こ、こんなはずじゃ……)
声優(ちっ、さすがに最初はボウケン君をナメすぎてた……)
声優(酒が入った状態の演技じゃ、怒るファンが出るのも当然だわな……)
声優(だが、今日は酒も抜いてきたし、大丈夫!)
声優「今度こそ……!」
声優「大冒険の始まりだぜ!」
『いや全然ダメだろ。イメージと違いすぎる』
『こんなのボウケン君じゃねえええええ!』
声優(くそっ! またかよ! お前らのボウケン君イメージが分からねえよ!)
声優(俺とあのジジイ……いったいなにが違うっていうんだ!?)
声優(いや待てよ……?)
声優(同じにすりゃいいだけの話じゃん!)
声優「だったらモノマネすればいいじゃん!」
声優「よ~し、今までの≪ボウケン君≫を見て、研究しよう!」
『自分の演技しろよ……プライドがないのかこいつ』
『こんなのボウケン君じゃねえええええ!』
声優「……これでもダメなのかよ!」
声優(ちくしょう、大御所の壁ってのはなんて高いんだ……!)
声優「こうも毎回のように叩かれてると、さすがに自信なくなってきたぞ」
声優「視聴率も少しずつ落ちてるみたいだし……」
ドンドンドン!
声優「な、なんだ?」
「大御所声優さんのボウケン君を返せーっ! どうせ金とコネで役を買ったんだろ!」
「お前のクソ演技にはもうんざりなんだよ!」
声優(こいつら……ボウケン君のファンたちか!)
声優(ボウケン君は国民的アニメだけあって、一部過激なファンもいるっていうけど)
声優(まさか家までやってくるなんて……!)
声優「どうしよう、どうしよう……」
「ベランダから下りてきたぞ!」
「捕まえろ!」
声優「うおっ、こっちにも待ち伏せがいたのか!」
「あいつを再起不能にすれば、大御所声優さんに役が戻るぞ!」
「ブチ殺せっ!」
声優「ひいいっ……!」タタタタタッ
声優「ああっ! も、もうダメだ!」
仮面「君……」
声優「ゲ、こっちにも!」
仮面「心配するな、私は味方だ……」
声優「み、味方!?」
仮面「嫌な予感がしたんで来てよかった……。ついてきたまえ……逃げるぞ!」
声優(これでもかってぐらい怪しいけど、今はついていくしかない!)
「待ちやがれーっ!」
声優「お、追いつかれちゃいますよ!」
仮面「ハァ、ハァ、ハァ……」
声優(味方なのは本当らしいけど、この人足遅い……!)
声優「か、囲まれちゃった……」
仮面「――ならば!」
仮面「すぅ……」
声優(大きく息を吸い始めた……?)
仮面「耳を閉じて」
声優「へ?」
仮面「いいから早く!」
声優「は、はいっ!」サッ
仮面「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
「うわっ!」 「ぎゃあああっ!」 「なんてデカイ声だっ!」
ビリビリビリ…
仮面「……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」
声優「大丈夫ですか!?」
仮面「やはり、今の私ではあの技は一度が限界か……」
声優(相当無理して今の声を出したのか……)
声優(しかし、落ち着いてよく聞いてみるとこの人の声、聞き覚えがある……)
声優「まだこんなにいたのかよ! あああ……もう終わりだぁ……」
仮面「なにをいう。君にだって“声”という武器があるだろう」
声優「俺はあなたみたいな大声出せませんよ! まだまだ未熟で……!」
仮面「未熟でいい。大声でなくてもいい」
仮面「あの大勢のファンに、今の君ができること……君ならば分かるはずだ!」
声優「……!」
声優「は、はいっ! やってみます!」
声優(この暴徒と化したファンの前で全身全霊を尽くして……ボウケン君を演じる!)
声優「大冒険の始まりだぜーっ!!!」
「今のは……ボウケン君って感じだった!」
「こんなの……こんなの……ボウケン君だあああああああっ!!!」
声優(鎮まった……!)
仮面「素晴らしい演技……いや、素晴らしい“ボウケン君”だった」
仮面「慢心も計算もない君の心からの声が、彼らの心に響いたんだよ」
声優「ありがとうございます……!」
仮面「じゃあ私もこれで」
声優「あなたは俺がボウケン君ファンに襲われることを危惧して、助けに来て下さったんですね」
声優「あなたは……! あなたの正体は……!」
仮面「……次回からのボウケン君、楽しみにしてるよ」
声優「テレビの前でぜひご覧になって下さい!」
声優「大冒険の始まりだぜーっ!」
声優「ぎゃーっ! やられたーっ!」
声優「俺の大冒険は……これからだ! ……ってこれじゃ打ち切りみたいじゃん!」
監督(……いきなり彼の演技レベルが数段上がった!)
監督(この短期間で、いったいどんなレッスンをこなしてきたんだ!?)
監督(まるで、大御所声優さんの全盛期を見ているような……)
TV『ぎゃーっ! やられたーっ!』
TV『俺の大冒険は……これからだ! ……ってこれじゃ打ち切りみたいじゃん!』
大御所声優「……」
大御所声優(最初、彼に挨拶に来られた時は正直いって“こいつに役を渡したくない”という思いがあった)
大御所声優(だが、今の君にならばボウケン君を託すことができるよ……)
大御所声優(頑張れ、二代目ボウケン君!)
~おわり~