日本は荒れ果て、それと共に日本が誇る“道”もまた、荒廃の一途を辿っていた。
柔道家「女を押し倒して寝技かけるの楽しいィ~!」
剣道家「竹刀なんざ持つより、ピストル持った方が手っ取り早いぜェ!」
華道家「この花の花粉を吸うと、気持ちよくなれるゾ!」
書道家「字なんかボールペンで書けばいいよ」
そして――……
青年(日本中を旅してきたが……どこを歩いてもひどいものだった)
青年(今やどの都道府県も、スラム街のようになってしまった……)
青年(こんな時代に、俺ができることといえば――)
青年「こんにちは」
少女「こんにちは!」
青年「このあたりは、茶道が盛んなそうだね?」
少女「うん、そうだよ!」
青年「もしよければ、お茶を一杯いただけないかな?」
少女「いいよー!」
少女「どうぞ!」
青年「ありがとう」クルクル
青年「……」ゴクッ
少女「お服加減は?」
青年「結構でございます」
少女「よかったー!」
青年「本当においしかったよ。どうもありがとう」
少女「お父さんとお母さんは……この辺りを統治する“家元”に逆らって、投獄されちゃったの」
青年「投獄!? ……いったいなぜ?」
少女「家元のお茶のやり方に文句をいったら、二人とも捕まっちゃったの」
青年「なんということだ……」
青年(皆の模範であるべき茶道の家元が、まるで暴君じゃないか!)
青年(やはり、荒廃は茶道にも及んでいたのか……)
少女「あそこ」サッ
少女「あのLEDで光り輝く茶室で、いっつも弟子とお茶飲んでるよ」
青年(なんだあのド派手な茶室は……“わびさび”の欠片も感じられない)
少女「ちょっと、どうするつもり? まさか、家元のところに行くんじゃ……」
青年「もちろんそのつもりだ」
少女「そんなのダメよ! 捕まって、ヘタしたら殺されちゃう!」
青年「大丈夫……俺が必ず君の両親を連れ戻してみせるよ」
少女(このお兄さんの目……とても“わびさび”を感じる! 何かをやってくれそう!)
少女「気をつけてね……お兄さん!」
アハハハハ… ギャハハハハ…
家元「オラ、もっと飲めよ。グイッといけや」
弟子A「いただきまーす!」グビグビッ
弟子A「いやぁ~、家元が立ててくれたお茶は最高っすわ!」
弟子B「まったくですぜ!」
家元「ガハハ、そうだろう、そうだろう!」
家元「ほれ、スニッカーズだ!」ポイッ
弟子A「あざーっす!」ニチャニチャ
弟子A「うめぇ~! やっぱ抹茶にはスニッカーズっすわ~!」
家元「なにしろ、ナッツぎっしりだからな!」
ギャハハハハハ…
家元「!」
弟子A「!」
弟子B「!」
家元「――誰だッ!?」
家元「そうだが? てめえ……なんの用だ」
青年「実は、お茶を一杯いただきたくて……」
家元「お茶ァ~!?」
家元「ガハハハ、ここはガキが来るとこじゃねえぞ!」
家元「ガキは帰ってミルクでも飲んでな!」
弟子A「そうだそうだ!」
弟子B「死にたくなきゃ、とっとと出ていきやがれ!」
ギャハハハハハ… アハハハハ…
家元「あ!?」ビキッ
家元「……いいだろう、ご馳走してやる。茶室に入りな」
青年「……」スッ
弟子A(ククク、この茶室の畳の縁には、地雷が仕掛けてある!)
弟子B(縁を踏んだ瞬間、ジ・エンドよォ!)
家元「……ほう」
弟子A「こいつ……! ちゃんと畳の縁を避けて……!」
弟子B「しかも、入室の時は右足で縁をまたぐという基本も抑えて……こいつ、心得てやがる!」
家元(なるほど。このガキ、茶を飲む資格はありそうだ……)
家元「究極の茶ってもんを飲ませてやるよ」シャカシャカシャカシャカ
弟子A「で、出た……! 家元のお茶立て!」
弟子B「相変わらず、すげえスピードだ……!」
青年「……」
家元(どうやらこのスピードに驚き、声も出ないようだな!)シャカシャカシャカシャカ
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ…
青年「……」クルクル
青年「……」ゴクッ
家元「お服加減はどうだァ!?」
青年「結構でございます」
家元「ガハハハッ、だろォ!?」
青年「……といいたいところだが」
家元「あ!?」
青年「これでは茶はおろか、茶碗も茶筅も泣いているだろう」
青年「この一杯は、あの女の子が立ててくれたお茶にも遠く及ばない」
家元「……な、なんだと」
弟子A「てめぇぇぇぇぇ!!!」
弟子B「家元に向かってなんて口をぉぉぉぉぉ!!!」
弟子B「バラバラにして茶菓子にしてやらぁ!」
カチッ
弟子AB「あっ」
ドゴォォォォォォンッ!!!
青年「……」
家元「バカどもが……! 畳の縁を踏みやがって……!」
家元「ふざけんな、なんでてめえ如きに……」
青年「俺があなたに本当のお茶というものを飲ませてみせる」
家元「面白え……やってみろ!」
青年「ありがとうございます」
家元(仮にどんな茶を立てたところで、こいつは処刑確定だ!)ギロッ
家元(処刑して、人間魚拓にして、掛け軸にして飾ってやる……!)ニヤ…
青年「……」スッスッ
家元「うっ!?」
家元(茶碗に茶を入れ、湯を入れる……たったこれだけの行為なのに)
家元(なんて繊細で優雅なんだ……!)
家元(ぐっ、私としたことが、こんな小僧に魅せられてどうする!)
家元「……!」
家元(速いッ! 私以上のスピード!?)
家元(しかも、このスピードでありながら、決して粗雑さは感じさせない!)
家元(まるで、スローモーションを見てるような錯覚すら抱く!)
家元(こいつ……こいつ、何者なんだァ!?)
家元「お手前を……頂戴してやる」
家元「……」グビッ
家元「!!!」
家元「なんだこりゃあ……!」
家元「うまい、うますぎる……!」
家元(いや、それだけじゃない!)
家元(聞こえる……! ししおどしの音がたしかに聞こえる!)
ホー… ホーホケキョ…
家元(ウグイスの鳴き声まで!)
家元(いや、聞こえるだけじゃない。見える……見えるぞ!)
フワッ…
家元(美しくも質素で、清らかな……日本庭園!!!)
家元「こ、これは一体……!?」
青年「これが――“わびさび”だ」
家元「わびさび……!」
家元(まさかこの荒廃した世の中で味わえるなんて……嗚呼、涙が止まらない!)ブワッ
青年「どうかこれからは心を改め、厳粛で美しい茶道にまい進して欲しい」
家元「は、はい……! 精進いたします……!」
弟子A「うぅぅ……」ムクッ
弟子B「いてて……」ムクッ
青年「貴女がたもどうぞ」スッ
弟子AB「うまいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
青年「なら、これまでに捕えた人々を解放してもらえるな?」
家元「もちろんです……!」
青年「ではこの地域は、引き続き貴女が守ってくれ」
青年「俺はこの戦いで、自分がやるべきことを見出せたからな」
家元「ま、待って下さい!」
家元「ぜひ……ぜひあなたのお名前をお聞かせ願いたい!」
青年「俺の名は……」
家元「ま、まさか……!?」
青年「千利休の……末裔だ」
家元「あ、あああ……! どうりで……!」
家元(なんてことだ……千利休の血を受け継ぐ者と茶道勝負をしていたとは!)
家元(ふふ……こうなるに決まってるじゃないか……!)
…………
……
母「あの人も元々は優秀な茶人だったのですが、世の中が荒んだことですっかり病んでしまって……」
青年「やはりそうでしたか」
少女「お兄さん、ありがとー!」
青年「どういたしまして。これでお茶の礼はできたかな」
少女「これからお兄さんは、どうするの?」
青年「千利休の子孫として、荒廃しきった日本に“わびさび”を再び伝えるつもりだ」
青年「そうすれば茶道だけじゃなく、他の“道”もよみがえり――」
青年「日本全体が生まれ変わるはずだ!」
青年「そういってもらえると心強いよ」
少女「あたし待ってるから……お兄さんが帰ってくるのを、お茶を立てて待ってるから!」
青年「ああ、必ず戻ってくる!」
こうして青年は旅立った。
これぞ千利休の血を受け継ぐ青年“万利休”が、“わびさび”で日本を救う伝説の幕開けであった――
― 完 ―