客「お願いします」ドサッ
女店員「かしこまりました」
ピッ ピッ ピッ
女店員「箸はお付けいたしますか?」
客「当たり前だろ」
客「俺が買ったのは、牛丼とポテトサラダ、それと漬け物……」
客「これらを手で食えってのかよ?」
女店員「……」
客「?」
女店員「なかなかオツなものだと思いますよ」
客「!!!」
客(こうきたか……!)
客「……」ガサガサ
女店員『手で食べるのも……なかなかオツなものだと思いますよ』
客(箸ぐらい家にあるけど……)
客(手で食べるってこと自体は、未だに行われてる国もあるし……)
客「ちょっとやってみるか……」
客(うわっ、肉とタレが手にべっとりついた……)
客(やっぱり手で食うなんてやるもんじゃねえな。やらなきゃよかった)
客「いただきます」モゾ…モグ…
客「うん……?」
客「ほう、これは……」
客(なんか……いつもよりおいしく感じる!)
客(おおっ、こちらもうまい!)
客「漬物……」ポリッ
客(これも……!)
客(なんで味がよくなってるんだ……?)
客(手で食事をすることによって引き起こされる、ある種の“非日常感”が)
客(食品の味を高めているのか……!)
女店員「いらっしゃいませー!」
客「どうも」
女店員「あ、この前の……」
客「よかった、またお会いしたかったんだ。ぜひお礼をいいたくて」
女店員「お礼……?」
客「このたびは……誠にありがとうございました!」
女店員「え!?」
女店員「そ、そうですか」
客「これからも俺……食事は手で食べます!」
客「というわけで、今日は納豆を買っていきます!」
女店員「は、はぁ……」
客「納豆を手で混ぜたら楽しいだろうなぁ~」ルンルン
客「よーし、今日も手で食べるぞ~!」
客「納豆をよく混ぜて……」グルグル…
ネバー…
客「おお~、すごいすごい!」
パクパク…
客「うーん、手で食べるの最高!」
客「指についた、納豆のヌメヌメはもちろん舐める!」チュパチュパ
ウイーン…
客(今日はシリアルでも買って、手で食べようかな……)
客「ん?」
ヒソヒソ… ヒソヒソ…
バイト女「その客、ご飯を手で食べてるのー?」
女店員「うん、そうみたい!」
バイト男「マジかよー、ゴールキーパーじゃん! 猿じゃん!」
バイト女「モンキーじゃーん!」
アハハハハ…
客「……!」
女店員「あ……っ!」
客「君は……本当に心から、俺に手で食べることを教えてくれたんだと思ってた」
客「だけど、君は……俺を笑い物にしてたんだね!」
客「笑い物にするために、あんなこといったんだね!」
女店員「違うの! これは!」
客「うわぁぁぁぁん!」タタタタタッ
客(俺は猿だと? モンキーだと?)
客(上等だよ……!)
客(手で食うのが猿なら、俺は猿でいい! 人間なんてクソ喰らえ!)
客「俺は人間をやめる! こうなったら身も心も猿になってやる!」
客「ウッキー!」
客「ウッキー!」
猿「ウキキ?」
客「ウキキ、ウッキー!」
猿「ウキキ、ウキキ」
客「ウキキ、ウキウキ、ウッキッキー! ウキウキウッキー!」
猿「ウキ……」
客「ウッキッキー!」
客「ウキッ、ウキキッ、ウキウキーッ!」
猿「ウキキ、ウキ」
客「キキーッ!」
猿「ウキキ、ウキキキキ、ウッキー、ウキウキ、ウッキッキー!」
客「ウキ、キキッ、ウッキー!」
猿「ウキ」
客「ウキキキ……」ジリジリ…
ボス猿「ウキキッ!」バッ
客「ウッキーッ!」バッ
バリバリッ ドカバキッ ドガシャァァァァン
ボス猿「ウキキ……」
客「ウキキ! ウッキーッ!」ピョンピョン
客「ウッキッキーッ!」
ボス猿「ウキウキ、キキ」
客「ウッキー!」
<コンビニ>
女店員(最近あの人、来なくなっちゃったな……)
女店員(今どこで何をしてるんだろ……)
バイト男「ふあぁ……ヒマだな~」
バイト女「ねー」
バイト男「店長もいないし、客もいないし、テレビでも見ようぜ~」
バイト女「見よう見よう~!」
バイト男「ん……?」
バイト男「これってあいつじゃね? 手でメシ食うってやつ!」
バイト女「ホントだ!」
女店員「え……」
バイト男「まさか本当に猿になってるとはな! ギャハハハッ!」
バイト女「退化してるじゃん! ダーウィンもビックリ~! 退化論~!」
女店員「……!」
ニュース『猿の飼育に心得のある方はぜひ、引き取ってあげて下さい……』
女店員「私が……行かなきゃ!」ガタッ
バイト男「え!?」
女店員「私が引き取ってあげなきゃ!」
バイト男「お、おい!?」
バイト女「どこ行くの~!?」
女店員「ごめんなさい、早退するわ!」
客「ウッキッキー!」ピョンピョン
警官「君が引き取ってくれるのかい?」
女店員「はい」
警官「ありがとう、助かるよ。こちらとしてもどう扱っていいか困ってたところなんだ」
女店員「私が責任を持って、面倒見ます!」
客「ウッキー!」
女店員「お久しぶりね。そして……」
客「ウキ?」
女店員「ごめんなさい!」
客「ウキキ?」
女店員「私のせいで、猿になってしまって……」
女店員「私が手で食べるのもオツだなんていわなきゃ、こんなことには……」
客「……」
女店員「え!?」
女店員「あなた、猿になったはずじゃ……」
客「猿が人になれないように……人が猿になりきるのもまた難しいってことさ」
客「警察に捕まり、君に再会したことで、すっかり人間成分が復活してしまった」
女店員「そうだったの……」
女店員「じゃあ、人間社会に戻りましょう!」
客「いや……そのつもりはないんだ」
客「これからも山で暮らすよ……」
客「それじゃ……」クルッ
女店員「待って!」
女店員「私も……私も山で暮らす!」
客「しかし……」
女店員「実は私、昔から手で食べるのに憧れてたの」
女店員「バイト仲間にあなたのことを話したのも、笑い物にするためなんかじゃなく」
女店員「むしろ自慢話をするようなニュアンスだったのよ!」
客「え」
女店員「ずっとワイルドな暮らしに憧れてたのよぉぉぉぉぉっ!」
女店員「いいの?」
客「もちろんさ」
客「今度は人間たちに捕獲されないよう、もっと山奥でひっそりとね」
女店員「うんっ!」
ボス猿「ウッキー!」ドササッ
客「お、果物の差し入れか! どうもありがとう!」
女店員「だけど、もうちょっとお肉が欲しいわね」
客「だったら今日はちょっと遠くまで狩りに行こうか」
女店員「イノシシなんかがいるといいね!」
客「こんなところに川があったのか……渡らないといい食料が手に入りそうもないな」
女店員「どうする? 橋を付ける?」
客「当たり前だろ」
客「俺に泳いで川を渡れってのかよ」
女店員「だって、あなたならできそうなんだもん!」
客「こいつぅ~!」
~END~
面白かった
箸に始まり橋で終わったか