ATM『最初からやり直して下さい』
おばさん「あらら、やり直し? うーん、困ったわねえ……」
男「……」イライラ
男(ったく、もう5分ぐらいかかってるぞ……)
男(前のババア、いつまでATMに手間取ってやがる!)
男(こっちは通帳に記帳したいだけだってのに……)
男「……」ムカムカ
男(あ~……もう我慢できん! 文句いってやる!)サッ
紳士「まあまあ……お待ちなさい」
男「!」
男(俺の後ろの客……)
紳士「A(焦っても)T(つまらないですよ)M(待ちましょう)」
男「!」ハッ
男(こうやってみんな焦るから、世の中ギスギスしていくんじゃないか!)
男「……そうですね。おかげで冷静になれました」
紳士「いえいえ」
紳士「しかし、こうして待っているだけ、というのも退屈でしょう」
紳士「将棋でもいかがです?」コトッ
男「いいですねえ!」
紳士「……」パチッ
男「くっ……」パチッ
紳士「王手」パチッ
男「うぐぐ……」
男「A(足掻いてやる)T(タンマ)M(待った)!」
紳士「ダメです」ニコッ
男「あ~……また負けたぁ! A(穴熊)T(強すぎ)M(参りました)!」
紳士「これで私の五連勝ですね」
男「うーん、なんで勝てないんだろう……」
紳士「あなたは目先の駒にとらわれすぎですよ」
紳士「もっと、何手も先まで読まなくては」
男「なるほど……」
男(ATMで待たされることを読んで、将棋セットを持ってきてたこの人のように……)
いいぞ
紳士「いいですよ」
シェフ「あの……少しよろしいですか?」
男「はい?」
シェフ「私もこのATMに並んでいた者なんですけど……」
男「どうかしましたか?」
男(やべっ、もしかして将棋やるなら順番を譲れっていう苦情か?)
シェフ「A(温かい)T(手料理)M(持ってきました)」
男「おおっ!」
紳士「ありがとうございます!」
紳士「将棋は思いのほかカロリーを消費しますからね」
男「このフカヒレのスープ、なんというコク!」ジュルルッ
紳士「この舌平目のムニエル、焼き加減が絶妙ですね」モグモグ
シェフ「喜んでいただけて、光栄です」
男「いやー、ATMの待ち時間でこんなにおいしい料理を食べられるなんて……」
紳士「ね? ゆっくり待つことで得をすることもあるんですよ」
男「?」
紳士「?」
男(見るからに地味な女の人がこっちを見てる……)
男「あの……何か?」
眼鏡娘「あ、ああ、あ、あの……あたし……あたし……」
眼鏡娘「あたしの――」
眼鏡娘「ヘイ!」スタタタンッ
眼鏡娘「……」スタタタタンッ スタタタタンッ
カカカッ スタタタタンッ カカッ スタタタタタタンッ
男「す、すげえ……!」
紳士「なんという軽やかなダンス……!」
男「よかったよ! まるでプロダンサーだ!」
紳士「これほど見事なタップダンスは滅多に見られるものではありませんね」
パチパチパチパチパチ…
ワァァァァ… ヒューヒュー…
芸人B「なんや?」
芸人A「行列がぎょうさんできてるATMコーナー……これはチャンスやで」
芸人B「ああ、たしかに」
芸人A「暇こいてるあの人らに、モノホンのお笑いっちゅうもんをプレゼントしたろやないか!」
芸人B「おうよ、俺らの漫才見せたるで!」
男「テレビでよく見る芸人さんが来てくれた!」
芸人B「ほう、今流行りのAIっちゅうやつか」
芸人A「こないだATMで残高確認したらな……」
芸人A「4649円やて! よろしくや!」
芸人B「アホか!」
芸人AB「どうもありがとうございましたー!!!」
紳士「ぶふふっ! ぎゃはははははっ!」
男「A(アッハッハ)T(とても面白い)M(漫才だ)!」
紳士「なかなかの面白さでしたね」
マッサージ師「こんにちは」
男「……あなたは?」
マッサージ師「ぜひ、あなたに施したいマッサージがあるのです」
男「一体どんな?」
マッサージ師「A(足の裏)T(ツボ)M(マッサージ)」
男「ぜひ!」
男「いだだだだだ……!」
男「あだだだだだ……!」
マッサージ師「ほいっ」ギュゥッ
男「あっふぅぅぅぅぅぅんっ!」
男「きっ、効くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ……!」
男「A(あかん)T(たまらん)M(目覚めそう)」
手品師「あなたが選んだカードはずばり……スペードのジャックですね?」ピラッ
男「すごい! 当たり!」
紳士「いやー、素晴らしい腕前ですね」パチパチ
手品師「私の祖父は、かつて日本中にその名を轟かせたマジシャンだったんです」
男「A(あなたは)T(トランプマンの)M(孫か)!」
シェフ「ああ、忙しい忙しい。注文がいっぱいだ!」ジュワァァァァァ…
眼鏡娘「ヘイ! ヘイ! ヘイ!」スタタタンッ
芸人A「いい加減にしろ!」
芸人B「どうもありがとうございましたー!」
アハハハハ… ワハハハハハ…
男「どんどん人が増えてきましたね」
紳士「ええ、最初は数人だけ並んでいたのに、今や数百人は並んでますね。大繁盛です」
男「これもみんなが特技を披露してくれてるおかげですよ!」
男(俺だけ何もしてなくて、なんだか申し訳ないな……)
男(といっても、俺に取り柄なんかないし……どうしよう)
紳士「おおっ、名案ですな」
紳士「A(アルコールは)T(適量であれば)M(問題なし)」
男「その通り!」
男「じゃあ俺、ビール買ってきます!」タタタッ
紳士「でしたら私はワインを」タタタッ
男「さすが紳士だ……!」
オオッ… ワイワイ… ガヤガヤ…
男「A(集まれ)T(楽しもうぜ)M(みんなで)!!!」
ワァッ!!!
紳士「おいしいですね」
男「紳士さん、本当にありがとうございました」
男「もし、あの時俺があのおばさんに文句をいってたら、こんな気分は味わえなかった!」
紳士「いえ、こちらこそ……」
紳士「あなたが将棋に付き合ってくれなかったら、もっと退屈するところでした」
紳士「というわけで、もう一局どうです?」
男「次こそ勝ちますよ!」
男「つ、強い……!」
男「よーし、もう一局!」
紳士「いいでしょう」
男(楽しいなぁ……)
男(ここにはおいしい料理も酒も、娯楽も、仲間も……何でも揃ってる!)
男「A(ああ……)T(天国にいる)M(みたいだ)!」
男(このATMコーナーもだいぶ発展したな……)
男(今や、単なるATMコーナーじゃなく、一種の名所と化した……)
おばさん「お待たせしたわね」
男「あっ、おばさん!」
おばさん「私がおバカさんなばかりに、みんなをだいぶ待たせてしまったわ」
男「そんなことないですよ! 俺、今とても充実してるんです! あなたがチンタラしてたおかげです!」
おばさん「そうおっしゃって頂けると、ホッとするわ」
男「……で、ATMの用件は終わったんですか?」
おばさん「実はそれなんだけどね……」
男「ええええええええええ!?」
― 完 ―