面接官「ふ~ん」ニヤニヤ
男「?」
面接官「君ってさぁ、これまであまり苦労せず生きてきたでしょ?」
男「はい?」
面接官「顔つきが幼いし、頬がたるんでるし、目つきも真剣さ必死さが足りない」
面接官「苦労してない人間ってのはさ、顔見れば分かるんだよねぇ~」ニヤニヤ
面接官「そんな奴を採用するほど、うちは人手に困ってないんだよねぇ~」
面接官「ってわけで、退室して結構! キツイこといっておいて採用なんてオチはないから安心してね!」
男「落とすだけならまだしも、あんなこといわれるなんて……!」
面接官『苦労してない人間ってのはさ、顔見れば分かるんだよねぇ~』ニヤニヤ
男(だけど、図星でもあるんだよな……)
男(親は俺に甘かったし、貧乏だったとかいじめられたとかそういう経験もないし……)
男(今の面接も落ちたけど、正直そこまで危機感は抱いてないし……)
男(どうせ何とかなるだろ、と思っちゃってるんだよなぁ……)
黒マント「苦労したいか?」バサッ
男「は?」
男(なんだ、この不気味な男は……)
黒マント「苦労したいのか?」
男「ああ……したいね! このままじゃ仕事にありつけないし!」
黒マント「どんなにきつくてもか?」
男「もちろん! きつくなきゃ苦労じゃないだろ!」
黒マント「なら苦労させてやろう……私についてこい」スタスタ
男「よ、よし!」スタスタ
男「ここは?」
黒マント「どこでもいいだろう」
黒マント「では、さっそく苦労させてやろう」
男(いったいどんな苦労を味わわされるんだ……!?)ワクワク
男「腕立て伏せ?」
黒マント「腕立て伏せを……とりあえず百回! 始めっ!」
男「は、はいっ!」
男「くっ、くっ……!」グッグッ…
黒マント「インチキフォームをするな! ちゃんと腕を曲げろ!」
黒マント「次は腹筋だ」
黒マント「腹は体の中心。腹を鍛えることは全身を鍛えることにつながる」
黒マント「始めっ!」
男「うんしょ、うんしょ!」グイッグイッ
黒マント「反動をつけるな! 腹の力だけで持ち上げろ!」
黒マント「膝を曲げるというより、尻を落とすようなつもりでやるがよい」
男「は、はいっ!」
黒マント「始めっ!」
男「ふんっ、ふんっ!」グッグッ…
男(ふ、太ももが熱い……!)
ドッサリ…
男「多いですね……」
黒マント「苦労してたくさん食えば、そのエネルギーでより苦労できるということだ」
男「分かりました、食べます!」ガツガツムシャムシャ
黒マント「……」
黒マント「だいぶ体が出来上がってきたな」
男「おかげさまで」
黒マント「では、いよいよ私との格闘術の訓練だ。かかってくるがいい」
男「いきます!」ダッ
黒マント「甘い!」シュッ
バシッ!
男「……ぐっ!」
男「ナイフ術……」
男「あの……」
黒マント「なんだ?」
男「なんかおかしくないですか?」
男「たしかに俺、苦労はさせられてますけど、なんか想像してた苦労と違うというか」
男「まるで、“戦闘”だとか“殺し”の訓練をさせられてるような……」
黒マント「やっと気づいたか」
男「え」
黒マント「ようやく気づくとは、さすが苦労してこなかっただけのことはある。勘が鈍い」
男「だからどういうことなんだよ!?」
黒マント「私はな、殺しを生業にしている人間だ」
男「な……!」
黒マント「しかし、このところ仕事がきつくなってきてな。適当な手駒が欲しかったんだ」
黒マント「そんな時、街中で苦労したいとぼやいているお前を見かけた、というわけだ」
男「俺はお前の道具にさせられるために、こんなとこまで連れてこられたってことか!」
黒マント「そういわれて出すと思うか?」
男「だったら勝手に出る!」
黒マント「逃げようとするなら、死んでもらう」
男「……!」ゾクッ
黒マント「お前がここを生きて出る方法はただ一つ、私より強くなることだけだ!」
男「くっ……!」
男「いいだろう、やってやる!」
男「お前よりも強くなってやるよ! 絶対に!」
黒マント「急所と聞いて思いつくのは心臓だが、骨や筋肉で守られており狙いにくい」
黒マント「となると、狙うのはやはり首が望ましい。重要な神経や血管が集まっているからな」
男「なるほど……」
~
黒マント「今日は射撃訓練を行う」
黒マント「妙な真似をしたら、即座にこちらから撃ち抜くからそのつもりでな」
男「……分かってるよ!」
男(くそっ、まるでスキがない……)
黒マント「知識はあればあるほどいい」
黒マント「よって、今日からは勉強もさせるから覚悟するように!」
男「うえ~……マジかよ」
~
ドカッ! バキッ! ガッ!
黒マント「ふむ、だいぶよくなってきたぞ」
男「ホ、ホントか!」
黒マント「まだまだ私には及ばんがな」
黒マント「明日、最終試験を行う」
男「!」
男「もし、それをパスできれば……俺はここから出られるってことか?」
黒マント「そういうことだ」
黒マント「今までの苦労の成果……見せてみるがいい」
男「明日だな! よーし、今夜はぐっすり寝て、試験を絶対パスしてやる!」
黒マント「……」
男「すぅ、すぅ……」
黒マント「……」ザッ
黒マント(もう……“明日”になったぞ)
シュバァッ! ガキンッ! ――ザクッ!
男「ハァ、ハァ、ハァ……」
黒マント「ぐふっ……見事だ……」ニヤッ
ドサッ…
男「お、おいっ! しっかりしろ!」
男「血が止まらねえ! なんでこんなことに……!」
黒マント「気にするな……どのみち私は長くなかった……」
男「え!?」
黒マント「病気と……長年の無理がたたってな……」
黒マント「そして、自分の死期を悟った私は……」
黒マント「誰かに……私の持ってるものを伝えたくなった……」
男「そうか、それで……!」
黒マント「ああ……苦労したがっていたお前を選んだ、というわけだ……」
黒マント「だが、殺し屋になる、必要はない……自由に生きろ……」
黒マント「ここで苦労して、体を鍛え、知識を蓄えた、お前なら……」
黒マント「どんな仕事でも……やっていける……」
黒マント「とんだワガママに付き合わせちまって……すまない……」
男「しっかりしろ!」
黒マント「……」ガクッ
男「うわああああああああああああああああああああっ!!!」
男「人を散々苦労させといて、最期に自由に生きろ、だと?」
男「だったら俺は自由に生きてやるさ」
男「俺はあんたの黒マントを受け継ぐ……」バサァッ
男「あんたを超える殺し屋になってやる!」
…………
……
仲介人「まさか、あの黒マントの後をあんたみたいな若者が継ぐとはね」
男「なにか問題があるのか?」
仲介人「いや……」
仲介人(この殺気、この風格、この威圧、なにもかも黒マント以上だ……!)
仲介人「じゃあ、依頼人を紹介するよ」
依頼人「こ、こんにちは」
男「さっそく仕事の話に入ろう。誰を始末すればいいんだ?」
男「理由は?」
依頼人「ヤツは圧迫面接が大好きで、これまで何十万人もの人間を廃人に追い込んできました」
依頼人「そして、私の娘も……今は精神病院に……。回復は絶望的だとか……」
依頼人「お願いします! あの鬼畜をあの世に送って下さい! 娘の仇を討って下さい!」
男「分かった……引き受けよう」
依頼人「あ、ありがとうございます!」
男(面接官、か……)
面接官「廃人になった奴の履歴書を、こうしてコレクションするのが私の趣味なんだよなぁ~」
面接官「個人情報保護法なんて知ったことか!」
男「やはり、お前だったか……」バサッ
男「泥棒ではない……殺し屋だ」
男「お前に圧迫された後、散々苦労して……ここに帰ってきたよ」
面接官「な、なにをいってる? 私はお前なんか知らないぞ!」
面接官「お前ほど苦労してそうな人間を見たことがない! なんなんだ、その異常な目つきは!」
男「……仕事をさせてもらう」
ザシュッ!
面接官「ぐおおぉっ……!」
男「即死する急所は外したが、絶対に助からない傷をつけた……」
男「大勢の求職者を苦労させた分、せめて死ぬ時ぐらいは苦労して死んでいけ……」
面接官「お、お前は……な、何者、だ……!?」
男「……」バサッ
男「俺は闇夜に羽ばたく黒き鴉……狩りの玄人――殺し屋“クロウ”だ」
―END―