アドバイザー「その条件に見合う男性を、我々がご紹介いたします」
女(条件といったら、やっぱり年収よね)
女(年収……1000万円以上のザコはお断りっと!)カキカキ
アドバイザー「では預からせていただきます」
女「頼んだわよ」
女「……」
女「あーっ!!!」
女「以上と以下間違えちゃった!」
アドバイザー「条件に合った方をご紹介します」
男「どうも」
女(うわぁ~……パッとしないのが来ちゃった)
女「ちなみに年収は?」
男「10万円です」
女(10万!? 逆にすげえわ! どうやって生活してんのよ!)
男「お願いします」
女(う~ん……さすがに年収10万と結婚はないわ……)
女(だけど、以上と以下を間違えたのは、私のミスだし……)
女「分かりました! 一回デートしてみましょう!」
男「ありがとうございます!」
女(もちろん二回目はないけどね!)
男「今日はよろしくお願いします」
女「こちらこそ」
男「じゃあ歩きましょう」
女「ええ」
スタスタスタ…
女「あの……」
男「はい?」
女「どこかお店とか入らないんですか?」
男「一切入りません。金がかかりますからね」
スタスタスタ…
女「はぁ、はぁ、はぁ……」
女(もう三時間ぐらい歩いてるんだけど)
男「歩くっていいですよね。金はかからないし、健康にもいいし、景色を楽しめるし」
女「……ええ、そうですね」
男「疲れましたか? じゃあそろそろご飯にしましょうか」
女(やった!)
男「ここの草はおいしいんですよ~」ブチッブチッ
女「……」
男「……」モシャモシャ
男「よかったら、いかがです?」サッ
女「……どうも」モシャモシャ
モシャモシャ… モシャモシャ…
女(これがホントの草食系男子ってやつなのかしら)
男「お腹一杯になったら、ここで休みましょう」
女「図書館……」
男「無料で好きなだけ本を読めますからね。暇潰しには最高ですよ」
男「夜8時で閉まっちゃうのが残念ですけどねえ」
女「ええ……」
男「喉が渇いたら、あっちに水飲み場がありますよ」
女「ど、どうも……」
女「ええ、さよなら!」
女(何時間も歩いて、草食って、図書館でずっと本読んで……前代未聞のデートだったわ!)
女(こんな奴、もう二度と会うもんですか!)
女「ふぅ……」ゴロン…
女「足いってえ……マメできなきゃいいけど」ズキズキ…
女(あーあ、ひどい目にあったわ……)
女(だけど、つまんなかったっていうと、そんなことないのよね)
女(あの純朴な感じがクセになるというか――)
女(噛めば噛むほど味が出るというか――)
女「アハハ……」
女(なにやってんだろ、私)
男「正直いって信じられないですよ! 絶対二回目はないな、と思ってました!」
女(私も信じられないわ)
男「じゃあ、今日もとっておきのデートコースをご紹介しますよ!」
男「ここの草もおいしいんですよ~」ブチッブチッ
女「……」
男「……」モシャモシャ
男「よかったら、いかがです?」
女「……どうも」モシャモシャ
モシャモシャ… モシャモシャ…
男「食べたら俺のアパートに案内しますよ」
女(あ、一応住む家はあったんだ。てっきりホームレスかと……)
ギシッ… ギシッ…
女(うわぁ、すごいボロアパート。ほとんど廃墟だわ)
女「ここ……家賃はいくら?」
男「1000円です」
女「大きい地震が来たらすぐ崩れちゃいそうね」
男「それが意外と、よく揺れるから逆に安全なんですよ~」
女(なにその理論……)
女「ありがとう」ゴクッ
女「あら、おいしい!」
男「でしょう!」
男「こっちは色んな草や葉っぱを混ぜて作ったサラダです」
女「あら、これもおいしい!」ムシャムシャ
男「でしょう!」
女(おかしい……。あれよあれよとこいつのペースに……)
女「は、はい!」
男「俺、この通り、貧乏で甲斐性なんて全くないけど……」
男「こんな俺でよかったら……結婚して下さい!」
女「……はい」
女(あーあ、OKしちゃった)
男「今日も草を食べよう」
女「うん!」
モシャモシャ… モシャモシャ…
女「おいしいね!」
男「そうだね」
男「……」
男(こんな俺に、よくついてきてくれている……)
男(俺もいつまでもこんな生活してられない……)
男(彼女のためにも、なんとか浮かび上がらなきゃ……!)
男「やっと形になってきたから、ベンチャー企業を立ち上げたよ!」
男「必ず大金持ちになってみせる!」
女「まあ、まったく期待してないけど……頑張ってね」
女「失敗しても今までの暮らしに戻るだけと思うと気楽だしね」
男「いや……絶対成功させるよ!」
男「やったぁ、一億の商談が成立した!」
女「おめでとう!」
男「よぉーし、俺の目に狂いはなかった! やっぱりこのビジネスは需要がある!」
男「今はまさに商機! どんどん会社をでかくしてやるッ!」
女「頑張って!」
男「ああ、任せとけ! このまま貧乏脱出どころかセレブになってやるさ!」
女「ねえ、たまには公園に草食べに行かない?」
男「草ぁ? ハハッ、なにいってんだい! 俺たちはもうそんなもん食う身分じゃないだろ!」
男「草どころか、森や山だって買い占められるほど貯金もできたんだしさ!」
男「さ、二人で高級レストランに行こう! 今夜は北京ダックなんかどうだい?」
女「うん……」
男「なにやってんだテメェ! まんまと競合に出し抜かれやがってぇ!」
男「だからお前はボンクラだってんだよ! この役立たずがぁ!」
男「いいか、お前の代わりなんざこの世にいくらでもいるんだぞ! 死ぬ気で働けぇ!」
部下「はっ、はいぃ……!」
女「……」
男「なんだよ?」
女「このところ、あなた……性格すさんできてない?」
女「よく怒鳴るようになったし、目つきも前より吊りあがって……」
男「そりゃなぁ、この世界で生きてりゃどうしてもそうなる」
女「たまには息抜きした方が……」
男「息抜きィ? そんなことしてるヒマなんかあるかよッ!」
男「お前だって俺のおかげでいい暮らしできてんだろがッ! 俺のやることに口出しすんな!」
女「……ごめんなさい」
女「ふぅ……」
イケメン「あの……このところ毎日ここに来られてますよね」
女「えっ……」ドキッ
イケメン「よろしかったら、一緒に草を食べませんか?」
イケメン「この公園の草は、とてもおいしいんですよ」
女「は、はいっ……」
女「ええ、懐かしい味……」モシャモシャ
女(この人……まるでかつてのあの人を見ているみたい)
イケメン「また……会えますか」
女「ええ……またこの公園で……」
部下「社長」
男「なんだ?」
部下「実は奥様が……」ゴニョゴニョ…
男「なにィ~!?」
部下「いかがいたしましょう?」
男「……知るか! ほっとけあんな女!」
男「最近やかましくなったしちょうどいい! 本当に不倫してるなら別れるいい口実になる!」
イケメン「おや、今日は絵本ですか」
女「ええ、たまには童心にかえって、と思って」
イケメン「これは……欲張りな金持ちがどんどん荒んでいく、という話ですね」
女(まるであの人みたい……)
イケメン「お金は人の心を汚します。手元にあればあるだけ、精神を濁らせる」
イケメン「頭に浮かべて下さい。世の中のいわゆる富豪と呼ばれる人物たちを」
イケメン「みんな……欲望に歪んだ醜い顔をしている。実際に不祥事を起こすこともある」
イケメン「それに比べて、日々を精一杯生きる貧しい人達はみんな顔も心も清らかだ」
女「ええ、その通り……」
イケメン「さ、また公園に草を食べに行きましょうか」
女「……はい」
モシャモシャ… モシャモシャ…
イケメン「誰もいない夜の公園で食べる草は格別ですね」
女「ええ、ホント」
イケメン「女さん」
女「はい?」
イケメン「ボクと……結婚して下さいませんか」
女「えっ……。あの実は、私には夫が……」
イケメン「知ってます。そして、あなたのような清らかな方には、ボクの方が相応しいことも」
イケメン「どうか、ボクと一緒になって下さい」
女「……」
女「やっぱりダメです!」
イケメン「!」
女「私……まだ心の中では、あの人が好き!」
女「あなたに惹かれたのも、かつてのあの人を見てるようだったからなの」
女「だから……あなたと結婚できません! ごめんなさい……」
イケメン「……そうですか」
女「え!?」
イケメン「せっかく金持ちの妻たらし込んで、金も体もがっぽがっぽだと思ったらよォ……」
イケメン「直前で冷めることいってくれちゃってよォ……」
女「あ、あなた……騙してたの!?」
女「あなたは貧乏だから、心が清いはずじゃ……」
イケメン「ギャハハハハハハッ! 貧乏人は心が清い? バーッカじゃねえの?」
イケメン「『貧すれば鈍する』ってことわざ知らねえのかァ!?」
イケメン「『衣食足りて礼節を知る』って言葉知らねぇのかァァァ!?」
イケメン「貧乏なら心が清いとか、どんだけ頭お花畑なんだヴァァァァァカ!!!」
女「あ……あああ……」
イケメン「だから今晩は……あんたに“娯楽”になってもらうッ!」
イケメン「漫画ゴラクにも掲載できないような目に合わせてやるぜッ!」
女「ひっ!」
イケメン「いくらオレがイケメンでも貧乏だと女も寄ってこねえから、女は久しぶりだァ……!」ジュルリ…
女「だ、誰かっ……!」
イケメン「叫んだって無駄だ、さっき誰もいねェっていったろ!」
イケメン「朝まで生で楽しもうぜェェェェェ!!!!!」
女「えっ……」
イケメン「なんだァ~?」
女「どうしてここに……」
男「俺はもう、君のことなんかどうでもいいと思ってた……はずだった」
男「だが、やはり、心の奥底では君のことを忘れることはできなかった……」
男「……戻ってきてくれ」
イケメン「いっとくが、オレはテメェのような青ビョウタンにやられるほどヤワじゃねえ」
イケメン「一人でのこのこやってきたこと後悔させてやんぜェ!」
男「一人? なにいってんだ?」
イケメン「え?」
男「俺は金持ちだぞ? ……人を雇ってるに決まってんだろ」
怪力「社長の奥さんに手を出すとは……クズ野郎が」
マッチョ「たっぷりおしおきしてやんなきゃな」パキポキ
豪傑「覚悟してもらおう」
イケメン「あ……」
女「ごめんなさい……」
男「いや……俺の方こそ悪かった……」
男「ただし俺はもう、貧乏に戻るつもりはない。会社や部下を抱える身だからな……」
男「あいつらを路頭に迷わせるわけにはいかない」
女「うん、分かってる……」
女「私の無い物ねだりだってことは分かってたの……」
男「だから……一緒に草を食べよう!」
女「うんっ!」
モシャモシャ… モシャモシャ…
男「あ、久しぶりに食うとうまいな」
女「でしょ~」
おわり
面白かった