ブス「……」ムスッ
同僚男「見ろよ。相変わらず、すげえ顔してんな~」
同僚女「機嫌が悪いと特にすごいよね」
同僚男「立てばみぎわ、座ればジャイ子、歩く姿は花沢さん、ってとこか?」
同僚女「やだ、ウケる~!」
ブス「……」ギロッ
同僚男「ゲッ!?」
同僚女「は、はいっ!」
ブス「人の顔を面白がるヒマがあったら、手を動かしなさいな、手を」
同僚男&女「す、すみません……」
同僚男「お~、こええ。課長や部長顔負けの迫力だわ」
同僚女「絶対結婚できないよね……」
ブス「……」モグモグ
TV『中東の石油王が来日予定……』
TV『若き富豪の目に、日本はどう映るのか……?』
ワイワイ… ガヤガヤ…
社員A「こいつ、イケメンだし、金もあるし、天は二物を与えずなんてウソだよなぁ」
社員B「俺たちとは、住む世界からして違うよなぁ」
同僚女「え、なんで?」
同僚男「うちって石油製品扱ってる会社だから、ちょっと見学したいって話になったらしい」
同僚女「へぇ~」
同僚男「しかも、あの石油王ってまだ独身なんだってよ!」
同僚女「マジ?」
同僚男「今度の来日も実は嫁探しが目的って噂もあるし、もしかしたらチャンスあるかもしれないぞ」
同僚女「やだー! そんなこといわれたら本気にしちゃうじゃない!」
同僚男「まあ……万に一つもない女もいるけどな」チラッ
ブス「……ふんっ」
<会社>
社長「ようこそ、いらっしゃいました!」
専務「ささ、どうぞ! 好きなように会社を見学なさって下さい!」
石油王「ありがとう、お礼はたっぷりさせてもらうよ」
社長(おおっ、日本語もペラペラだとは……!)
専務(さすがは石油王、教養も王(キング)クラスッ……!)
同僚男「うおっ、ホントに来た!」
同僚女「実物はテレビで見るよりずっとイケメンだわ!」
ブス「……」
石油王「!」ハッ
石油王「……」スタスタ
同僚男「こっちに来たぞ!」
同僚女「ま、まさか……あたし、ロックオンされちゃった?」
ブス「?」
同僚男「へ!? なんであのブスの前で立ち止まったんだ!?」
同僚女「もしかして、日本古来の像かなにかと勘違いしてるんじゃない?」
同僚男「ぶふっ、仁王像的な?」
クスクス… ハハハ…
石油王「あの……」
ブス「なんですか?」
ブス「えぇ~っ!?」
石油王「あなたに一目惚れしました」
ブス「一目惚れって、意味が分かりません。私はご覧の通り、ブスなのに……」
石油王「ボクはブス専なんです」
ブス「オイオイオイ、少しはオブラートに包みなさいよ」
石油王「これは失礼しました」
石油王「とにかく、あなたはボクの理想の女性そのものなんです! 結婚して下さい!」
同僚男「マ、マジかよ……」
同僚女「こんなシンデレラストーリー、信じられない!」
石油王「OIL!?」
同僚女「しかも断っちゃった!」
同僚男「なに考えてんだ!? もったいない……!」
石油王「道楽なんてとんでもない! ボクは真剣そのものだよ!」
石油王「ボクはなにも、君の外見だけに惚れたんじゃないんだ!」
ブス「ふうん、まさか『君の心は泉のように透き通ってるよ』とでもいうつもり?」
石油王「いいや、君の心は顔面以上にドロドロさ。まるで原油のように!」
ブス「よく分かってるじゃない」
石油王「だからいい! だからこそ石油王であるボクの結婚相手に相応しい!」
ブス「なかなか正直者ね」
ブス「いいわ、気に入ったわ。結婚してあげる」
石油王「OIL!!!」
カラーン… コローン…
石油王「ボクは君を必ず幸せにするよ」
ブス「私ってされっ放しって好きじゃないの。仇も恩も必ず返す主義なの」
ブス「だから、私もあなたを幸せにしてあげるわ」
石油王「フッ、よろしく頼むよ」
パチパチパチ…
同僚男「あっという間に結婚しちまったけど……」
同僚女「こうして見てるとお似合いカップルに見えてくるから不思議だわ……」
石油王「君の希望を聞いて、日本にも豪邸を建てたけど……なかなかいい国だね、日本は」
石油王「特に朝の料理番組でオリーブオイルを使いまくってる彼は素晴らしい!」
ブス「……」ジャッジャッ
石油王「何をしてるんだい?」
ブス「料理よ」ジャッジャッ
石油王「料理だって? そんなもの、シェフに任せればいいのに……」
ブス「私は人任せにするのは性に合わないの。家のことなんかは特にね」ジャッジャッ
石油王「これはなんという料理だい?」
ブス「私特製、油ギトギト野菜炒めよ」
石油王「いただきます……」モグッ
石油王「OIL! これはうまい! 石油王たるボクに相応しすぎる料理だ!」
ブス「それはどうも」
ブス「じゃ、会社に行ってくるわね」
石油王「行ってらっしゃい。しかし、なぜ君は会社に行くんだい?」
石油王「もう君がお金に困ることはない。働く必要などないというのに」
ブス「私ブスで、ひどい目にいっぱいあったから、どんな時も油断しないよう生きてるのよね」
ブス「だから石油王と結婚したぐらいの幸運で、会社を辞めたりしないわよ」
石油王「ふふ、さすがのボクも君の前では形無しだね」
ブス「なにかしら?」
記者「ふとしたきっかけから、世界一のセレブになった今のご気分は?」
ブス「別に、いつもと変わらないわ」
記者「へ? まさか……そんなことないでしょう」
ブス「なにしろ私、“世界一のブス”だなんてバカにされたこともあったから」
ブス「世界一にはとっくの昔から慣れてるの」
記者「……」ゴクリ
記者「あ、ありがとうございましたーっ!」
プルルルルル…
ブス「お電話ありがとうございます」
ブス「はい……はい……かしこまりました。はい……」
同僚男「う~む、不思議だ」
同僚男「結婚前となにか変わるところがあるわけでもないのに、オーラが違う……」
同僚女「気品がついてきたって感じするよね……。もうバカにできないかも……」
石油王「OIL!? ……な、なんだって!?」
石油王「ボクの油田が枯渇した!?」
石油王「しかも、部下の一派が裏切って、ボクの資産をほとんど奪い取ってしまっただってぇぇぇ!?」
石油王「ハ、ハハハ……なんてことだ……」
石油王「ボクは一夜にして、石油王からただの人になってしまった……」
部下B「今日でお暇をいただきます。さようなら」
部下C「金の切れ目が忠誠の切れ目ってやつです。ま、あとは頑張って下さい」
石油王「みんな……待ってくれ……。待ってくれーっ!!!」
ブス「なに落ち込んでるの?」
石油王「一連の騒動は聞いただろう? ボクは石油王ではなくなってしまったのさ」
石油王「すまない……ボクにはもう、君を幸せにする力は……」
ブス「なにいってんの。私はもう幸せよ」
石油王「え?」
ブス「だって私、あなたにプロポーズされた時、とても嬉しかったんだから」
ブス「私はあなたが石油王だから惚れたんじゃない。あなたという人間そのものに惚れたのよ」
ブス「それに、いったでしょ? 私はされっ放しが嫌いだって」
ブス「私は必ず、あなたを幸せにしてみせる」
ブス「二人で幸せになりましょ」
石油王「あ、ありがとう……」グスッ
ブス(二人で働いて、なんとか生活はできてるけど……)
石油王「……」
ブス(あの人はたまに、ひどく落ち込む時がある)
ブス(未だに自分が石油王だったことへの未練や、私への罪悪感を抱いてるみたいね)
ブス(だったら――)
石油王「ん?」
ザクッ… ザクッ… ザクッ…
石油王「こんな時間に、なんの音だろう?」
石油王「OIL!? なにやってるんだ!? 庭なんか掘って!」
ブス「決まってるでしょ? 油田探しよ」
石油王「油田探し!?」
石油王「原油を舐めるな! こんななんでもないとこ掘ったって、見つかるわけないだろう!」
ブス「あら分からないわよ? なにも地中を調べたわけでもないし」
ブス「もしかしたら、原油が見つかるかもしれないじゃない」
ブス「見つけようと頑張ってる限り、あなたは石油王よ。ずうっとね」
石油王「……!」
ブス「それに、油田は見つからなくても、温泉や徳川の埋蔵金が見つかるかもしれないしね」
石油王「……」
ブス「お、その意気よ! 石油王!」
石油王「だけど、大昔の人骨なんかが見つかったらどうしよう!?」
ブス「やめてよー! 顔がひきつってさらにブスになっちゃう!」
アハハハハ… ハハハハハ…
ザクッ ザクッ ザクッ…
ブス「世の中、そんなに甘くないわね」
石油王「だけど、ひと汗かいた君は、本当に美しく見えるよ」
ブス「美しいなんていわれても嫌みにしか聞こえないわ」
石油王「真実なんだからしょうがないさ」
ブス「あなたこそ、オイルマネーで潤ってた頃より、汗で潤ってる今の方がずっとステキよ」
石油王「OIL……光栄だよ」
…………
……
<一軒家>
ザクッ… ザクッ…
娘「ねーねー」
ブス「なぁに?」
息子「どうして、お父さんとお母さんは休みの日になると、二人で穴を掘ってるの?」
ブス「これ? なんていうか、夫婦共通の趣味ってやつよ」
石油王「ボクらは地面を掘ってると幸せになれるんだよ」
娘「つまり、二人の愛の行為ってわけだ!」ニヤニヤ
息子「ラブラブ~!」
ブス「姉弟でバカなこといわないの!」
ブス「そうね」
ブス「あなたそっくりの長女と、私そっくりの長男に油ギトギト野菜炒めを食べさせないとね」
ブス(私そっくりといっても、昔の私のようにいじめられてはないみたいだし)
ブス(持ち前のひょうきんさで妙に人気者になってるらしいのが救いだわ……)
娘「やったーっ!」
息子「ぼく、あれ大好きー! ギトギトー!」
石油王「OIL!」
娘「はーいっ!」
息子「……あれ?」
娘「どうしたの?」
ドロ…
息子「見てよ。さっきまで二人が掘ってた穴から、原油みたいなのが……」
娘「ホントだ!」
おわり
面白かった
こんなブスとなら結婚してもいい…かも