エルフ娘「に、にぁーん」
男「なんだ猫か」
エルフ娘「…………」
男「……誰だ、お前」
エルフ娘「にゃん?」
男「いやいやいやいや」
男「さすがに無理があるでしょう、お嬢ちゃん」
エルフ「……うむむ」
エルフ娘「…………」チラッ
男「窓か……」
エルフ娘「あのっ」
男「なんだ」
エルフ娘「すぐに出て行くから見逃して……ください」
男「へぇ」
エルフ娘「…………」
男「……おい」
エルフ娘「!」ビクッ
男「そんな格好じゃ寒いだろ、その毛布に包まって少し待ってろ」
エルフ娘「え……」
エルフ娘「……服?」
男「それ着たら下に来い」
エルフ娘「なぜ」
男「ミルク粥を作ったから食え。で、食ったら寝ろ」
エルフ娘「そうでは無くて!」
男「野良猫は黙って世話されろ。世話されたら野良猫らしく黙って出て行け」
エルフ娘「な……っ」
エルフ娘「……」
男「来たか。一応湯を沸かしたから、寝る前に身体を拭いておけよ」
エルフ「……どういうつもりなの」
男「さあね」
エルフ娘「懐柔して手籠めにするつもり?」
男「そんなおっかない事出来る訳無いだろ」
エルフ娘「だったらどうして!」
男「煩い野良猫だな……」
エルフ娘「それは……」
男「面倒事は勘弁だから詮索はしないけどな」
エルフ娘「変わり者……」ボソ
男「なんだ、何かされたかったのか?」
エルフ娘「ひっ」ビクッ
男「……しねーよ」
男(酷い怯えかただな……)
男「ほれ、冷める前に早く食え」
男(貴族の玩具か、人身売買の業者に捕まったって所か……)
エルフ娘「……ごちそうさま」
男「おう」
エルフ娘「……あの」
男「なんだ?」
エルフ娘「体を拭くので、出て行ってくれますか?」
男「悪い、それもそうだな」ガタッ
男「随分さっぱりしたな」
エルフ娘「……」
男「じゃ、体冷やす前に早くベッドに入りな」
エルフ娘「……貴方はどこで寝るの?」
男「適当にどっかで寝るさ」
エルフ娘「……そう」
男(毛布の予備くらいしか無いんだよな……)
男「仕方ない。暖炉に火を入れて、椅子で寝るか」
エルフ娘「あのっ」
男「……まだ寝室に行ってなかったのか」
エルフ娘「まだ、ちゃんとお礼言ってなかったから……」
男「そうか」
エルフ娘「ありがとう、貴方はわたしの恩人です」
エルフ娘「だから恩人がベッドで寝てください。わたしは床で寝るの慣れてますから」
エルフ娘「はい」
男「はあ……」
エルフ娘「?」
男「だったら二人でベッドで寝るか?」
エルフ娘「……っ」
男「嫌ならお前一人でベッドを使え。俺はここで本でも読んで時間を潰す」
エルフ娘「……だめ、です」
男「そうだな。分かったら早く一人で寝室行け」
エルフ娘「駄目です……。恩人もベッドを使ってください!」
男「あのなあ……」
エルフ娘「わたしは大丈夫ですから……っ」ブルブル
男「震えながら言われても」
エルフ娘「大丈夫ですっ」
男「……分かったよ」
エルフ娘「……」
男「……なあ」
エルフ娘「は、はいっ!?」ビクッ
男「俺、やっぱり下で寝るわ」
エルフ娘「だ、ダメ!」ギュッ
男「服の裾を握るな、伸びる」
エルフ娘「……っ」
男「……分かった、行かないから離してくれ」
エルフ娘「……はい」
男(どうしたもんかな……)
エルフ娘「っ! ……なんですか?」
男「お嬢ちゃんの身なりからして、野郎に相当酷い目に合わされて来たんだろ」
エルフ娘「……」
男「無理しないで良いから、一人で休みな」
エルフ娘「酷い……目……?」
男「ああ。だから俺の事は気にしないで……」
エルフ娘「あの、酷い目ってなんですか?」
エルフ娘「わたしは狩りの途中で迷子になって、それでこの家に……」
男「いや、でも尋常じゃ無い怯え方してたろ?」
エルフ娘「それは里長から人間の雄は野蛮で粗野な淫獣だと、小さな頃から教えられていて……」
男「酷い言われようだが、強ち間違いじゃ無いから嫌になるな」
エルフ娘「だから、ずっと怖くて……」グスッ
男「杞憂だったか……」
男「だからあんな格好してたのか」
エルフ娘「ぐす……うぅ……」
男「……」スッ
エルフ娘「きゃっ」
男「色々余計な事考えて心配までして損した気分だ」ギューッ
エルフ娘「ひゃっ。な、なにを!?」
男「餌付けされた猫は黙って抱き締められろ」グッ
エルフ娘「ひ、ひゃいっ!」
エルフ娘「……」
男「……」
エルフ娘(なんだろう……嫌じゃない……)
エルフ娘(暖かくて、落ち着く……)
男(ったく。要らない世話焼いて……何やってんだ、俺は)
男「……もう朝か……」
男「二人だと随分暖かいんだな……」
エルフ娘「すぅ……すぅ……」
男「平和そうな顔で眠りこけやがって」
男「俺に下心があるなんて考えなかったのか、こいつは」
エルフ娘「ん……さむい……」ギュッ
男「うわっ」ドサッ
男「……おい」
エルフ娘「あ、恩人。おはようございます」ギューッ
男「ああ、おはよう。それはさておき離せ。俺が乗っていたら重いだろ」
エルフ娘「へ?」
エルフ娘「……あ、ああ……っ」ボロボロ
エルフ娘「い……いや、止めて……酷い事しないで……」ガクガクガクガク
男「おう、何だ。悪いのは俺か」
エルフ娘「……」シュン
男「落ち込んでないで早く飯を食え」
エルフ娘「ごめんなさい恩人。勘違いで取り乱しちゃって……」
男「もう気にするな。俺も気にしない」
エルフ娘「はい……」
男「ほら、果実酒とパンだ。それ食ったら早く里に帰れ」
エルフ娘「…………」
男「どうした?」
エルフ娘「なんでもないです……」
男「何だ」
エルフ娘「わたしは貴方から受けた恩を何も返せません」
男「だろうな」
エルフ娘「だろうなって……」
男「始めから野良猫に恩返しなんか期待していない」
エルフ娘「なっ!」
男「人間は野蛮で粗野な淫獣なんだ。早く出て行かないと大変な目にあわせるぞ」
男「俺は人間の雄だぞ!? たった一晩手を出さなかったからって簡単に信用するな!!」
エルフ娘「ひっ……」
男「……悪いな、大声出して」
男「とにかく、だ。恩返しはいいから、早く里に帰れ」
エルフ娘「……はい」
男「よし、良い子だ」
エルフ娘「ありがとう、恩人」ボソッ
男「背負い袋に毛布と保存食、水袋には葡萄酒を入れておいた」
男「それと念のため火口箱とランタン。少量だがオイルも入っている」
男「少々重いだろうが、これで二・三日は大丈夫だろ」ズシリ
エルフ娘「何から何まで、ありがとうございます」ペコッ
男「もう使わない物だ。気にするな」
エルフ娘「恩人はやっぱり恩人ですね」
男「……ふん」
エルフ娘「恩人っ!」
男「なんだ?」
チュッ
エルフ娘「ん……あふ……」チュッ レロォ…
エルフ娘「……ふう」
男「ぷはっ」
エルフ娘「ありがとう、恩人」
男「いきなり何しやがる!?」
エルフ娘「親愛の……証です……」
男「親愛の証に舌入れて来る奴があるか!」
エルフ娘「だって……」グスッ
エルフ娘「わたし、何も恩返し出来ないから……」
エルフ娘「せめて初めてのキスを恩人にって思って……」
エルフ娘「恩人はわたしにとって大切な人です!!」
男「人間嫌いのエルフの癖に、訳が分からん」
エルフ娘「分からなくても構いません!」
男「……分かったよ。ありがとう、お前の気持ちは伝わった」
男「だから何の憂いも無く里に帰りな。」
エルフ娘「……はい」
エルフ娘「恩人、ありがとうございました。さようなら……」
男「ああ。さよなら……」
男「煩わしいね、全く」
男「……」
男「無事に帰れると良いな、あの子」
「おーい、男さんやーっ」
男「おや、村長。どうしたんですか?」
村長「近くの山に行った猟師が、山の洞窟からグリムロックが出て来る所を見たのじゃ」
村長「もしかしたら、森の方まで来ているかもしれん。じゃから注意してくれ」
男「グリムロックが森に……って」
村長「どうしたんじゃ、男。顔色がすぐれぬ様じゃが」
男「…………」
村長「なんじゃ?」
男「用意して欲しい物があります」
村長「……何をする気じゃ、男よ」
村長「剣もまともに握れない体でグリムロックと戦う積もりではあるまいな」
男「……ただの猫探しですよ」
男「そいつを、ちゃんと親元まで連れて行きたいだけです」
エルフ娘「……」
エルフ娘「はあ……」
エルフ娘「里、どこかな……」
ガサガサッ
エルフ娘「!?」
エルフ娘「な、なに……?」
エルフ娘「……っ」ビクッ
ズシッ ズシッ
エルフ娘「…………」
グリムロック「……メスダ、メスノニオイダ……」
エルフ娘「や、やだ……」
グリムロック「クイモノニ、サケノニオイモスル」
グリムロック「デュフフフ」
グリムロック「キョウハ、ツイテル……」
エルフ娘「やだ、こないで……っ」
エルフ娘(誰か、助けて……!)
エルフ娘「や……っ」ガクガクガクガク
グリムロック「イイニオイダァ……」ベロッ
エルフ娘「いっ……やだっ、やだっ……止めて……っ」バタバタ
グリムロック「オマエハキョウカラ、オレノドレイダ」
グリムロック「カンタンニコワレルナヨ……」ニヤァ
エルフ娘(わたしは森の賢人なんだ、奴隷にされて辱められるくらいならいっそ……)
ヒュッ!
エルフ娘(風きり音?)
ドスッ
グリムロック「グアアアアアアアッッッ!!」
グリムロック「ウデガッ、オレノウデガァッ」
エルフ娘(掴んでる手が緩んだ!)
ドサッ
エルフ娘「に、逃げなきゃ……」
「日の注す方へ走れ、野良猫ッ!!」
エルフ娘「!?」
男「早くッ!」
エルフ娘「それじゃ恩人が!」
男「俺に構うな、それと直ぐ耳を塞げ!!」ポイッ
エルフ娘「は、はい!」
キイイイイイイイィィィンッ!!!!
エルフ娘「耳いたぁい……」
グリムロック「ミ、ミミガイテエエエェッッ」
男「今だ、逃げるぞ!」ガシッ
エルフ娘「はいっ」ギュッ
男「知るか。それよりこいつの弦を巻けるか?」
エルフ娘「クロスボウ……」
男「生憎と俺の腕は骨と腱を痛めていてな。自力じゃ硬くて巻けない」
男「奴は俺達の匂いを追って来るはず。足止めする為に、もう一発必要なんだ」
エルフ娘「分かりました、やってみます!」
男(そうだ、足止めさえ出来れば……)
グリムロック「イテェ、イテェヨ……、ズェッタイニユルサネェ……」
グリムロック「タタキツブシテ、スリツブシテ、クッテヤル……ッ」
男(来た……)
エルフ娘(は、早いっ)
男(弦は巻けたか?)
エルフ娘(待って、もう少し……ッ)
男(……もう十分だ)ポフ
エルフ娘「え?」
男「その帽子、ちょっと預かっていろ」
男「この獣道を進めば、俺の家がある通りに出られる。行け」
エルフ娘「……うん、分かった。待ってるから……ちゃんと帽子返すからっ!」ダッ
男「こんな弦の張ってないクロスボウで何が出来るだろうな」
グリムロック「……」
男「……ふん」
グリムロック「ミツケタ」
グリムロック「ミツケタゾ……ニンゲンッ!」ブンッ
男「チッ」ヒョイ
男(逆上して動きが単調なのは良いが、攻め手が無さ過ぎる)
男(こんな緩い弦じゃ、柔らかい所でも狙わないと弾かれるのがオチだ)
男(……柔らかい所)
男(……そうか)
男「しまった、右手が!?」
グリムロック「コノママ、ニギリツブシテヤル……ッ」ズルッ ギリギリギリギリッ
男「ぐあああああッ!!!!」ミシミシッ
男「腕が……ッ」
バキッ
男「――――――ッ!!」
グリムロック「ニンゲンハモロイナァ……デュフフフフフフッ」
グリムロック「……?」
男「どれだけ退化しようと眼球があったのなら、そこに遮る骨は無いよな?」
グリムロック「ナンダ、ニンゲン」
男「この距離で躱せると思うな」カチッ
ヒュッ ドシュッ
グリムロック「――――――ッッッ!!!!」
グリムロック「アアアアアアアアアアアアアアッッッ」
グリムロック「イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイッ」
男「人間は恐ろしいぞ、グリムロック。俺の仲間が駆け付ければこれ以上の苦痛が待っている!」
男「お前が住むべき場所へ帰れッ!!」
グリムロック「イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ…………」ドスッ ドスッ ドスッ
男「……これで、どうにか……」ドサッ
エルフ娘「帰って来ない……」
エルフ娘「……ウソつき」
エルフ娘「人間は、ウソつきだ……」
コンコン
エルフ娘「恩人!?」
ガチャ
村長「おお、あんたが男の言っていた猫探しの依頼人さんかい?」
エルフ娘「え、あ、たぶん……」
村長「男から託けがある」
村長「『暫く帰れそうに無い。帽子はやるから、後は好きにしろ』との事じゃ」
エルフ娘「そんな……暫く帰れそうに無いって……」
エルフ娘「帽子、返して貰いに来るって言ったのに……っ」
エルフ娘「ご老人。恩人は……恩人は今どこに居るんですか!?」
村長「それは……」
男「……どうして来た」
エルフ娘「好きにしろって言ったんですよね?」
男「……ふん」
エルフ娘「あの、右腕……」
男「殆んど挽き肉状態だそうだ。もう、切り落とすしか無いらしい」
エルフ娘「そんな……」
エルフ娘「わたしの……わたしのせいだ……」
男「考え過ぎだ」
エルフ娘「わたしが森に行かなきゃ、こんな事にはっ」
男「あそこで追っ払えなければ、村まで来ていたかも知れない」
エルフ娘「でも!」
男「どの道使い物にならなかった腕だ。今更どうと言う事も無い」
エルフ娘「…………っ」
男「まったく……エルフが人間の心配をするなんて。本当に変わった奴だな」
エルフ娘「……」
男「今夜はもう遅いから、俺の家に泊まって明日には出て行け」
エルフ娘「……」
男「分かったな」
エルフ娘「……恩人」
男「なんだ」
エルフ娘「少し、痛いけど我慢してね?」
男「何が……痛っ、なんだ、光が!?」
エルフ娘「精霊魔法。わたし、少しだけなら癒しの魔法が使えるから」
エルフ娘「お願い、恩人を助けたいの。力を貸して……」
男(俺は精霊魔法による治療の激痛で気を失っていたらしい)
男(その精霊魔法のお陰か、目覚めた時には腕がある程度再生していた)
男(切り落とす必要は無くなったが、それでも不自由な事には違いない)
男(切り落とさずに済んだ礼を言おうと、俺はあの野良猫を探したが)
男(俺が目覚めた時には既に野良猫は村を出た後だった……)
男(うう……)
男(身体が重い……)
男(まだダメージが残ってるのか……)
男(まるで、何かに乗られているかの様な)
男(……ん?)
男(何かに……乗られ……?)
男「……なぜ布団の中に居る」
エルフ娘「……」
エルフ娘「に……にゃあ?」
男「……なんだ猫か」
エルフ娘「にぁーんっ」ガバッ
男「なっ、止せ、何を考えてる!」
エルフ娘「恩人っ!」チューッ
男「んっ……」
エルフ娘「ぷはっ」
エルフ娘「ね、恩人。迷ったからまた止めて?」
男「……ふん、野良猫め」
おわる
にゃんにゃんしろよ
エルフって性欲ないんでしょ?
何事にも原則と例外がある件