勇者「ん~。……もう少し」
女騎士「いいかげんにしろ馬鹿者。早く脱出しないと洞窟が崩れるぞ」
勇者「んあ? ん~。……ゔぇ!?」
女騎士「ようやくお目覚めか」
女騎士「『私は誰?』は勘弁してくれよ。私は……まあこんなナリだ。女騎士とでも言っておこう」
勇者「は、はあ。えっと……」
女騎士「ここは勇者の霊廟だ。お前はここで、ざっと1000年ほど眠りこけていた。」
勇者「……。は? せ、1000年? ……なにをバカな。僕は魔王を倒したんですよ!」
女騎士「そのあとどうした」
勇者「えっ、それで…………それで……あれ?」
女騎士「瀕死の魔王から最後に魔法を喰らったのを憶えているか?」
勇者「……あ」
勇者「ぼ、僕はーー」
女騎士「お前は勝鬨を上げる間も無く昏睡。死んだと思って仲間は大泣き。後ろ髪を引かれる思いで、お前をここに安置した」
勇者「そっ……なんでそんなこと貴女に分かるんですっ!?」
女騎士「そこの岩壁にそういう碑文が刻んである」
勇者「……。本当だ。『ーー誰も彼を連れて帰る力無く、弔うだけの時もなく。早く島を離れなければーー』これ……剣士の字だ」
いま入っている豪勢な棺は、300年前に島民が寄付を募って用意したものだそうだぞ。……まあ、結果死んでいなかったわけだが」
勇者「じゃ、じゃあ本当に……」
勇者「ヴ、ヴェルニーって僕の……。それに”サン”てーー」
女騎士「あれだけの功績だ。おまけに遺体が腐らないときた。当然列聖されている。だがまぁ生きているんなら、一旦取り消しだな。ははは」
勇者「わ、笑いごとじゃーー」
『……~い。隊長~。おーい』
女騎士「……む、どうやら時間をかけ過ぎたようだ」
勇者「魔物っ!」
オーク「し、死体が喋ったぁ! マジだったのかよあの婆さん! 黒魔術でもやってやがったのか!」
勇者「女騎士さん! なにをしているんです! 貴女も騎士でしょう!? 早くそいつを倒して!」
オーク「な、なんだこいつ!? いまどき人種差別か!? 出るとこ出るか? あん?」
勇者「な、なにをーー」
女騎士「落ち着け二人とも。軍曹、こいつは1000年前の人間だ。ちぐはぐな発言は容赦してやれ。ーーそれと勇者、今はこういう時代だ。部下への侮辱は控えて貰おう」
勇者「オ、オークが部下……」
女騎士「話は後だ。まず脱出する。地震で構造に限界がきているらしい。ーーほら、生きているならさっさと棺から出ろ」
勇者「は、はい」
勇者「の、のどかな花畑……。これが魔王の城があった島?」
女騎士「軍曹、入り口に立ち入り禁止の看板を」
オーク「あい」
勇者「あ、あの、ここ本当に、魔王の島ですか?」
女騎士「本当だ。今は一つの港町と、2つの農村、3つの漁村がある」
勇者「信じられない……」
女騎士「そうか? 植生など大して変わっていないはずだが。まあいい。さっきも言った通り、大きな地震があってな。この風景ではピンとこないだろうが、町も大きな被害を受けた。お前が目覚めたのもそのせいだろう」
勇者「……そうなんですか。起きれたのはいいですけど、素直に喜べません……」
それがひと段落したとき、霊廟の掃除が日課の老婦人が、『聖ヴェルニーが鼻の頭を掻いた』と駐屯地に飛び込んできてな。……頭がイカれたのかと思ったが、どうも違うらしい。それで崩落の危険もあったんだが、私がお前を起こしに行ったわけだ」
オーク「ったくあの婆さん、危ないから中には入るなって言ったのに」
勇者「な、なるほど。わざわざありがとうございます。……あと、聖ヴェルニーは恥ずかしいんでやめて下さい」
女騎士「はは、そうだな。だがお前の伝説のおかげで、この島は今でも我がガリア領だ。周りの島はほとんどアルビオン領だが、この島のおかげで漁業権が対等なんだぞ。漁民はみんな感謝している」
勇者「そ、そんなつもりで頑張ったわけじゃ無いんですけど。……でもガリアか。……懐かしいな。旅立ったのは3年前のはずだったのに。いつの間にか1000年前か……。もうみんな……」
女騎士「死んでいる。とっくにな」
オーク「隊長、可愛そうでしょうが」
勇者「女騎士さん……。うっ、うっ……」
女騎士「なんだ涙もろい。伝承のとおりか」
オーク「……ん? 馬が来る。三頭。……あいつらですよ。隊長」
衛兵隊長「総督。連隊長がいます」
総督「ああ。ーーやあ少佐、無事だったかね」
女騎士「は。……彼はこの通り」
総督「それはそれは。……馬上から失礼、勇者様。貴方が勝ち得たこの島の総督をやっています。お会いできてーーいや、お話できて光栄だ」
勇者「別に……島のためでは」
総督「では私はこれで。忙しいもので。少佐、洞窟は危険だ。以後、絶対に人を入れないように」
女騎士「……は」
総督「ではまた」
勇者(立派な馬だ。きっと手間暇かけて出来た品種なんだろうな。……1000年か……)
女騎士「そう言うな。人命救助に総督府公館の衛兵も出してくれた」
オーク「ほんの数人ですけどね」
勇者「……あの、僕はどうすれば」
女騎士「とりあえず付いて来い。町まで行くぞ。途中に勇者記念館があるから、そこで私物を回収しろ」
勇者「の、残ってるんですか!?」
女騎士「使えそうなのは剣、胸当て程度だ。服はボロボロだから期待するな。町で用意してやる。いつまでもその白装束だと不気味だからな」
勇者「あ、ありがとうございます」
女騎士「邪魔するぞ」
じじい「今日はやってないよ。地震の影響で当分休みだ」
勇者「あの……」
じじい「!? あっ……貴方は……! いやそんな、まさか……。はっ! あの婆さんっ、やっぱり黒魔術を!?」
女騎士「地震で起きただけだ」
勇者(霊廟を掃除してくれてたお婆さん、ヤバイ人なのかな……)
じじい「と、とにかく奥へ。ここにあるのはあなたがた御一行ゆかりの品ばかりだ! さあ、さあ!」
勇者「は、はあ」
じじい「どうでしたかな? エルルの生家から取り寄せた物まであるのは驚いたでしょう! どれも正真正銘の聖遺物です!」
勇者「はは……あの、一応まだ生きてるんで。ていうか、なんか盗まれた物が飾ってあるみたいな感覚なんですけど……まあ1000年前ですもんね。どれもボロボロだし」
オーク「ショックだわな」
じじい「そして最後、これが我が記念館の目玉、あのジョゼフ・スクリアビン作、『勇者一行』です!」
勇者「うわぁ、大きな絵ですね……。なにがモチーフですか?」
じじい「へ? いやだから、勇者一行です」
勇者「は、はは。全然似てないや。いや、僕だけは似てるか。ずっと寝てたから、顔は描けますもんね」
勇者「剣士はもう少し背が低くて、黒髪です。魔術師さんはこんなに胸が大きくないし。美化しすぎですよ。馬も……もっと……小さくて……ロバみたいで……ぐすっ」
オーク「おいおい」
勇者「うっ、うっ……会いたい。みんな……。僕は……うぅ……」
じじい「こ、こりゃ困った」
オーク「まあ、無理もねぇなあ」
女騎士「いまは泣かせてやれ」
勇者「……じゃあ、この剣だけいただきます」
じじい「こんな事言うのも何ですが、大切にして下さい。重要文化財ですから」
オーク「結局、一番興味を引いたのは壁掛け時計、か」
女騎士「ではなご老体。持ち主が現れたんだ。勝手に売っぱらったりするなよ」
じじい「分かっとるわい! アンタこそしっかりと勇者様の世話をせえよ!」
女騎士「ほら、町が見えてきたぞ」
勇者「ほ、本当だ。立派な町がある」
オーク「さ、行きましょう。もういい時間だ」
町人「お、おい、あれ……」
町人「あ、ああ」
オーク子供「勇者様だー」
オーク町人「こら、指差さないの」
女騎士「目立ってるな」
オーク「しゃーないですよ」
女騎士「まずまともな服を着せるか。そうすれば騒ぎもマシになるだろう」
勇者「あはは……ところどころ瓦礫にはなってますけど、皆さん逞しいですね」
服屋の主人「いやーお似合いだ」
勇者「そうですか? なんだか落ち着かないな……」
女騎士「少々田舎っぽいが、良いと思うぞ」
服屋の主人「はいはい、そりゃあ軍人さんはエルルから来た都会っ子だからね。だけどウチで一番良い服なのは間違いないよ」
勇者「あ、ありがとうございます」
女騎士「幾らだ?」
服屋の主人「勇者様から金はとれないね」
勇者「いや、そんなわけにはーー」
服屋の主人「さ、行った行った。まだ片付けの途中なんだ」
勇者「……あの、女騎士さんてエルル出身だったんですね」
女騎士「ああ。雰囲気で分からないか? どこからどう見ても、垢抜けたエルレジェンヌだろう」
勇者「僕、この島の人かと」
オーク「ぶふっ」
女騎士「笑うな軍曹」
勇者「す、すみません。でも、同郷の人って分かって、なんだか嬉しくて」
女騎士「家も近いぞ」
勇者「本当ですか!?」
女騎士「ああ。お前の生家の前を、犬の散歩でよく通った。あそこも無料で解放されている」
勇者「ぼ、僕の実家が無料で……」
女騎士「まぁ、火事のたびに復元されて、いまの家は3代目だがな」
勇者「……」
オーク「……果たしてそれを実家と呼ぶのか」
オーク「ーーん? ルイの野郎だ」
兵士「た、隊長、いた。はぁ、はぁ……たいちょゴホ」
女騎士「落ち着け。どうした?」
兵士「み、港で救援物資を積んだアルビオン海軍の艦と、ルテニア海軍の艦がかち合っちまって。大型船の船着場が一つしか空いてないもんだから、ど、どっちも譲らなくて、それで……」
オーク「……はぁ、またアレだ。間違えたのはルテニアのほうだろ。この島には滅多に来ねえしな」
女騎士「到着時刻から考えて、アルビオンのアバンダンスが正しい。ルテニアのクニャージ・リヴァーノフは、この島のタイムゾーンを勘違いしたクチだろう。周りの島はアルビオン領で、CMT+1だからな」
女騎士「……まったく。本土から離れているからといって舐められているな。ここも立派なガリアだというのに」
兵士「総督は居場所が分からないし、港長じゃ収められないし。とにかく大変なんです!」
女騎士「いいだろう。総督も今は文民だ。この島に私以上の階級の人間はいない。私が話をつける」
オーク「大丈夫ですか!?」
女騎士「明日の早朝には我が軍のエクーとブレアーゼルが入港する。それまでに、少なくともアバンダンスには港を離れて貰わなければならん。時間がない」
オーク「勇者はどうするんです?」
兵士「ゆ、勇者ぁ? あっ、ああああ!」
女騎士「とりあえず連隊駐屯地で面倒を見ておけ。丁重にな」
オーク「了解」
兵士「し、死体が、あ、あ……」
主計課エルフ「え、え、じゃあ彼女がエルフだったらどうですか?」
勇者「そ、そうですね……。やっぱりなんかこう、森の中の神秘的な民っていうのもあるし……。自慢? なのかな」
主計課エルフ「きゃー。森の中の神秘的な民ですって!」
主計課エルフ2「いまじゃ『耳長いね』くらいしか言われないのに!」
オーク「むこうは盛り上がってるな」
一等兵「実際、耳長いだけよな。あいつら」
兵士「み、みんなーっ。大変だー!」
オーク「またお前か。今度はなんだ」
兵士「た、隊長が!」
オーク「っ!? 隊長がどうしたっ。まさか軍艦同士の揉め事で、何かあったのか!」
兵士「いや、そっちはあっさり解決して……」
オーク「はぁ?……じゃあどうした?」
兵士「救援物資の分配で、総督と揉めてる」
オーク「っ、あの嬢ちゃん……まったく……」
兵士「総督はいつものアレだ。何でも『慈悲深い総督から島民へ』をやりたがるからよ」
オーク「ったく、この非常時に」
一等兵「やだねぇ」
勇者「……。あっ、あの」
オーク「ん?」
勇者「こんな言い方したらアレですけど、もしかして僕が出れば解決したりしますか? なんて……」
オーク「……へへ。そうだな。したりするかもよ?」
主計課エルフ「きゃー、勇者様カッコいいー!」
総督「わからん奴だな。君は」
女騎士「貴方こそ」
総督「届けられた品は、一旦総督府で管理、仕分けが必要だ。公平に行き渡るためにも」
女騎士「時間がありません。島の反対側の漁村まで、すぐに運ばなければ」
総督「そんな事は分かっている。だからこそーー」
女騎士「ではその漁村の名前は?」
総督「……」
女騎士「答えられませんか。この島には一つの町と、五つの集落があるだけですよ?」
総督「君は総督である私に楯突く気かね」
あなただけじゃない。私の連隊だって名前だけだ。小隊に毛が生えた程度の人数しかいない。尉官すらいない。でもそれで良かったんだ。
勇者が眠るだけの、綺麗で静かな島だった。それを貴方はーー」
総督「もういい。……確かに名ばかりだ。お互いな。だが、私は本土に返り咲く。その為に金は貯めた。だがそれだけじゃ駄目だ。良い評判がなくてはな。
今回の地震はチャンスだよ。私の手から救援物資を配る。困窮した島民の救世主として名声を得るんだ。……邪魔をするなら君をーー」
勇者「おーい。すみませーん!」
女騎士「! 勇者……なぜここに」
勇者「あのー! ここの物資ですけどー! よければ運ぶの手伝わせてくださーい! 配るんですよねー! いますぐー!」
総督「チッ……。ええー。勿論です。勇者様ー。私からもお願い致しまーす」
女騎士「っ、貴様……」
総督「こういう変わり身の速さが必要なんだよ。本土ではね。ーーでは。命拾いしたな、少佐」
漁師「いやー。助かった。魚だけじゃどうしようもなくてよぉ。真水も必要だし、やっぱ陸のもんも食わなきゃなぁ」
漁民「へっ、いっつも畑仕事なんざ男の仕事じゃねぇとか言ってるくせによ」
勇者「はは。畑仕事も大変ですよ」
漁師「わ、分かってまさぁ勇者様。それよりコレ、島の特産品。アンチョワの塩漬け。パンに乗せてどうぞ。うまいんでさぁ、コレが」
勇者「ど、どうも。ーーん? ……この瓶の絵」
女騎士「あ」
勇者「こ、これ、洞窟で寝てるときの僕の絵ですよね! しかも、『いつまでも新鮮』『サン・ヴェルニー島のアンチョワ塩漬け』って……」
漁師「あ……。いやー。参ったなこりゃ」
いつまでも腐らない勇者様のお身体にあやかって、保存のきくアンチョワを売ってるんです! リグリア産のアンチョビに負けないためには、勇者様の絵を載せるしかーー!」
女騎士「とっくに死んでいる思ってたからな。許してやってくれないか」
勇者「え、ええ……はい。まあお役に立っているんであれば……」
漁民「ありがとうございますっ」
勇者(これ、島の外にも出回ってるんだ……。今じゃ僕ってアンチョワの瓶の人なのかな。なんか恥ずかしい。)
女騎士(そういえば、小さい頃はアンチョワの瓶の人って呼んでいたな。本人には口が裂けても言えんが)
勇者「ほとんどの人は家に帰るんですね」
オーク「ま、小さな島だ。わざわざ兵舎で寝泊まりする必要も無いってね。新兵が最初の半年暮らすだけさ。あとは金のない奴がこの通り、家賃がタダのここに住み着いてる」
兵士「人を貧乏人みたく言うない。節約志向なだけだ」
主計課エルフ「じゃあ勇者様、また明日」
主計課エルフ2「おやすみなさーい」
勇者「ええ、おやすみなさい」
ーーーー
オーク「……部屋まで案内するよ」
勇者「……。ええ」
オーク「寝るのが怖いか?」
勇者「はは、お見通しですか。……もしいま寝て、起きたらまた1000年経ってたらどうします? 今日出会った人たちも、とっくにみんな死んでて……。みんなだってそうだ。僕にとっては、昨日まで生きていたみんなが……」
オーク「明日、蹴ってでも起こすよ」
勇者「……優しいんですね」
オーク「魔物とは思えねぇか?」
勇者「あはは。あなたも人間ですよ。……魔物なんて居なかったんだ。こっちがそう決め付けただけで。……女騎士さんは?」
オーク「隊長は士官用の宿舎だ」
勇者「そうですか。ずっと一緒だったから、離れると寂しいな」
『いつもの酒場じゃないのか』
『こんな夜更けまでか? 隊長らしくない』
勇者「……オークさんと、兵士さんの声?」
オーク「とにかく、唯一の士官の居場所が分からないとあっちゃあえらいことだ。下士官の俺が指揮官だぞ。そんなの御免だね。器じゃない」
兵士「だろうよ。俺たちゃ階級なんて気にしたこともないしな。隊長だけが俺たちの親分だ」
オーク「とりあえず酒場を見に行ってくる」
兵士「俺は駐屯地をもう一回りするよ」
かちゃ。
勇者「オークさん」
オーク「! ゆ、勇者。起こしちまったな。悪い」
勇者「元々寝てませんから。それより女騎士さんを探すんでしょう? 一緒に行かせてください」
総督衛兵「それでっ! 連隊長とマスターはどこへ行った!?」
酔った親父「し、しらねぇよぉ。二人でこそこそ話し込んで、急に店じまいにしやがるもんで、俺も訳がわかんねぇ」
総督衛兵「他に誰か、二人の行き先を知る者は居ないかっ!?」
町人『…………』
総督衛兵「誰も居ないのか! 隠し立てすると為にならんぞ! どうなんだ!」
衛兵隊長「よしたまえ。我々があまり好かれていないのは、君たちの威圧的な態度のせいだぞ」
総督衛兵「は、はい。申し訳ありません」
駐在警官「平和な島だ。厄介ごとは勘弁してくださいよ。こっちは逃げた家畜捕まえるのが唯一の仕事だってのに」
衛兵隊長「もちろん。島の人々とは友好的な付き合いを望んでいます。ではーー」
町人「……けっ、てめえが一番好かれてねぇってんだ」
駐在警官「こら、滅多なこと言うんじゃないよ。ほら解散だ、解散」
勇者「な、なんか大変な事に」
オーク「不味いな」
勇者「ど、どうするんですか?」
オーク「レ・エローのマスターと出かけたって事は……。もしかしたら、もしかするかもしれない」
勇者「もしかして、駆け落ちですか」
オーク「いい大人がンなことしねぇよ。大体島のどこに逃げるんだ」
勇者「た、確かに。じゃあ一体……」
オーク「マスターは隊長と同じ本土人だ。島に来た時期もそう変わらねぇ。だから噂好きはみんな、二人がスパイじゃねぇかって言ってたんだ」
勇者「間者、って事ですか。一体どこの?」
オーク「本国さ。総督の悪事を暴くため、ガリアの情報組織から来たーーってのが一番人気のある説だな」
勇者「悪事? こんな平和な島で?」
オーク「ああそうさ。この島はな……まあアンタの名前が付いているのに申し訳無いがーーいわゆるパラディ・フィスカルなのさ」
オーク「租税回避地(タックス・ヘイヴン)だ。最近有名になりつつある」
勇者「なんなんです? それ」
オーク「簡単に言やぁ、企業の税金がバカみたい安い土地さ。だから大陸中の大企業が支社を作ってる。そこに金を流して税金逃れって寸法だ」
勇者「大企業……。僕の時代だと貿易くらいしか思いつかないですけど」
オーク「ま、今も大体そんな感じだ。が、もうちっと複雑さ。
ーー例えばあの三階建ての建物。あそこにはガリアの総合商社と、トロイセンの農機具メーカー、リグリアの飛行箒メーカー、それにユールコルシアの高級家具メーカーの支社が入ってる。
あんなちっぽけな建物にだ。馬鹿みたいだろ。どの会社の製品も島で一度も見た事がねぇ。オマケにオフィスは共同だとよ。はっ、隠す気もねぇわけだ」
勇者「……ガリア本国は?」
オーク「元々は本国の指示で税金を下げたんだ。だが目的はもちろん税金逃れじゃない。企業誘致で島の活性化を図る為だ。それを総督が捻じ曲げて、私腹を肥やしてるってわけさ」
勇者「そ、そんなことが」
一等兵「おい」
オーク「! な、なんだお前か。脅かすな」
一等兵「兵士の奴が、勇者の霊廟に向かう灯りを見たそうだぞ。多分隊長だ」
勇者「え? あそこへ? なんで……」
オーク「……やっぱりな。何かあるんだ。あそこに」
一等兵「急いだ方がいい。きっと衛兵連中も向かってる」
勇者「ぼ、僕のお墓だけじゃない?」
マスター「魔力式の隠し扉か。よく気がついたな」
女騎士「伊達に毎日調査していないーーと言いたいところだが、地震の影響で装置の一部が露出していた。それで気がついたんだ。動力部はトロイセンのメーカーが作っている魔力式ソレノイド。この島で、初めてあの会社の製品を見た。粗末なオフィスはだいぶ前からあったがな」
マスター「はっ、どうりで総督府公館にも、島唯一の法律事務所にも証拠がねぇわけだ。悪人どもが」
女騎士「さあ、早く出よう。重たくて仕方ない」
マスター「機密文書だけでこの量だからな。俺も手が痛いよ。まったく」
「だったら」
『!』
マスター「……あーあ」
女騎士「……諦めろ総督。独立した小国ならまだしも、ガリア領でこんな悪事。長続きするわけがない」
総督「悪事とは聞き捨てならないな。私は本国の意向に沿って、島を運営しているつもりだ」
女騎士「なら、我々も本国の意向だ。通して貰うぞ」
衛兵隊長「いいや連隊長。ーー残念だがこれまでだ」
女騎士「はっ、当然、貴様も居るわけだ……」
衛兵隊長「士官学校では優しくしてやったのに。残念だよ」
女騎士「……目つきがいやらしくて、あの頃から大嫌いでしたよ。先輩」
衛兵隊長「ふふ。抜け。同じ〈エスカリボール〉同士、正々堂々勝負といこうじゃないか」
女騎士「あなたに正々堂々を期待したことはないが、いいでしょう」
オーク「……遅かった。やっぱり洞窟の前は衛兵が固めてるな」
勇者「あ、あんなに居たんだ」
兵士「島を守る俺たちより、総督府公館を守る兵士のが多いんだぜ」
オーク「しっ、連中、何か騒いでるぞ」
総督衛兵「た、隊長ー!」
女騎士「ーーそらっ! どうしたっ! そんなものか!」
衛兵隊長「ぐうぅぅ!」
ーー
勇者「っ! 女騎士さん!? 女騎士さんが出てきましたよ! それにあの人ーー」
オーク「衛兵隊長だっ。ザマァ見やがれ! 圧されてやがる!」
衛兵隊長「誰がお前なんかにぃっ! くそぉっ! 貴様ら、手伝わんか!」
総督衛兵「えっ!? しかしーー」
衛兵隊長「馬鹿どもが! 大昔の決闘じゃないんだよ! さっさと殺せ! さあ!」
総督衛兵「は、はいっ」
総督衛兵「か、かかれー! 隊長に加勢しろー!」
兵士「お、おい! あれーー」
総督衛兵「あ、あ……。い、いつの間に……。ゔっ、ぐふ。……いづのまにいぃぃぃ……あぁぁ……ぁ」
勇者「まずひとり」ギロッ
衛兵たち『!? ひっ……』
女騎士「なっ……」
衛兵「うっ、うわぁ! 勇者だ!」
衛兵隊長「ええい、狼狽えるな! なにが勇者だ! 起き抜けの小僧に何が出来る!」
勇者「そこのお前」
衛兵「!?」
勇者「剣をーー」スッ
クルッ、ゴキッ。
衛兵「ぐはっ」
勇者「借りるぞ。俺のは文化財になっちまったからな」スチャ
衛兵隊長「な、なにを呆けている! かかれー!」
衛兵「う、うぉーっ!」
衛兵「囲んで倒せー!」
勇者「甘い」
衛兵1「ゔっ」
衛兵2「あがっ」
衛兵3「げふっ」
勇者「はっ、まるで相手にならないーーなっ」
背後にいた衛兵「ごっ……!」
勇者「ーーっと」
兵士「俺たちも出るぞっ」
『らあぁぁあ!』
衛兵「! なっ、何だ? 連隊の奴らか!」
オーク「降参しやがれてめえらぁっ!」
衛兵分隊長「ふ、ふざけるな! 俺たちは貴様ら田舎の兵士とは違う! 本国から来たーーぐっ!?」
勇者「よそ見はいけないな」
ドサッ。
衛兵分隊長「」
衛兵「よっ、よくも分隊長を! くそ! これでも喰らえ!」
勇者「っ?」
女騎士「避けろ!」
衛兵「そらぁっ!」
ドンッ
女騎士「くっ……」
勇者「!!! なっーー」
勇者(光!? 斬撃の投射!? そんなことが!? 女騎士さん僕を庇ってーー)
ドサッ
女騎士「……」
オーク「た、隊長ぉー!」
兵士「くっ、くそっー!」
勇者「い、一体なにが」
衛兵隊長「……は。そうか! あははは! 傑作だ! 勇者様はペネトレイト・レイを知らないか! そうだよな。〈カリボール〉の時代の人間だ!」
衛兵隊長「剣だっ! 〈カリバーン〉だよっ、ははは!」
勇者「カ、カリバーン? アルビオンのーー」
オーク「んなこたどうでもいい! 隊長を早く!」
衛兵隊長「はははっ、諦めろ! 貴様ら全員ここが墓場だ! よかったな勇者様! 今度はみんなで霊廟行きだ! 寂しくないだろう!?」
総督衛兵「よっ、よしっ。連隊長は倒したんだ。勇者だって……!」
衛兵「や、やれるぞ!」
連隊長「そうだ諸君! 奮い立て! こいつらを殺して、一緒に本土へ帰ろう! 我が麗しのガリアに!」
総督衛兵隊『う、うぉぉお!』
オーク「くっ、このおぉお!」
衛兵「近づかずに剣の魔法で仕留めろ!」
ドンッ ドンッ
勇者「くっ、切っ先から光の矢!? こんな雑兵がっ」
衛兵隊長(ふ、ふふ……。そうだ殺しあえ。お互い人数を減らしてくれた方が、後の”処理”が楽で助かる。本土へ帰るのは私と総督2人でいいんだ……。ああ、悠久の都エルル。私はもうすぐーーぐ、ぐぅ?)
衛兵隊長「ぐうぅ!? なっ、なぜっ……オエェっ。なぜ!?」
女騎士「隙ありだ」
女騎士「同じ〈エスカリボール〉では無かったという事だ。貴様のはガリアのライセンス生産品。私のはアルビオン製の〈エクスカリバー M-1〉。認めたくはないが、やはり本国仕様はモノがいい。鞘の防御魔法も優秀だ」
衛兵隊長「ぐっ、……ふふふふ」
女騎士「なにがおかしい」
衛兵隊長「いやなに、げぼっ、やはり君は私の理想の……り、そう……のーー」
衛兵隊長「」
衛兵「あ……。そ、そんな……隊長が」
衛兵「お、おしまいだぁ」
女騎士「さあ全員武器を捨てろ! 望み通りガリア本国へ帰してやる! 凱旋とはいかんがな」
マスター「終わったな。おら行くぞ」
総督「くっ、離せ! なぜこの私が!」
マスター「ぐちゃぐちゃ言ってると”撃つ”ぞ?」
総督「っ、わ、わかった。わかったから」
マスター「お利口だ。これ(マニューリン MR93 リボルバー)が何か知ってるってことは、この島の秘密も知っているのかな?」
総督「? い、 一体何のことだ?」
マスター「ああ、知らんならいい。忘れろ」
総督「痛っ、わかった。わかったよ!」
オーク「ほれ、さっさと歩け悪人ども」
衛兵たち「うう……」
女騎士「すまなかったな。起きてすぐ、人間同士の殺し合いに巻き込んでしまった」
勇者「いえ、感覚的には実戦続きなので」
女騎士「確かに、1000年のブランクは感じなかった」
勇者「……でも、驚きました。剣から光の矢が飛んできて、貴女を……」
女騎士「ああ」
勇者「信じられません。あんな攻撃をあんな普通の兵士が撃つなんて」
女騎士「無理もない。衛兵隊長が言っていたろう。お前は〈カリボール〉の時代の人間だと」
女騎士「あれは”剣による遠距離攻撃が出来ない時代の”という意味だ。現在は〈エスカリボール〉……というか、まあアルビオンの〈エクスカリバー〉シリーズに代表される、射撃魔法付きの軍用刀剣が当たり前の時代でな」
勇者「えくす……かりばー」
女騎士「そうだ。遠距離攻撃魔法を組み込んだ画期的なカリバーン、それが〈エクスカリバー〉だ。頭のエクスは”外へ”を意味する頭字語、”ex”。間合いの外を討つ剣に相応しい名前だろう」
勇者「なるほど。それでエクス、カリバー」
マスター(俺の世界じゃ魔法がないから、exは出どころ不明となっているがね)
残念ながらガリア軍も自国製がトライアルで敗れ、〈エスカリボール〉の名で採用しているし、私の腰にぶら下がってるのはM-1という最新のエクスカリバーだ。
……これのおかげで命拾いした」
勇者「……僕は、貴女のおかげで命拾いしました。本当にありがとうございます」
女騎士「ふっ。勇者に恩を売ったか。あとで何に化けるか楽しみだな」
勇者「あはは、怖いな。でも僕は起きてからずっと、恩を売られっぱなしですよ」
女騎士「おい、起きろ」
勇者「んぶぁ! ……はい!」
女騎士「おお、寝起きがいいな」
勇者「もう1000年寝るのは御免ですから」
女騎士「はは。安心しろ。8時間くらいしか寝ていないぞ」
勇者「……ぐすっ。良かったです」
女騎士「泣くな。食事を摂ったら出かける
ぞ」
勇者「ふ、船って……これ……」
女騎士「ガリア空軍南帯洋艦隊所属、空中巡洋艦エクーだ」
勇者「し、信じられない。こんな……鉄の船が、浮いてる……」
女騎士「今朝方着いたばかりだが、本来は島に寄らずにガリアまで戻る予定でな。救援物資を下ろしたら、夕方にも出航する」
勇者「は、はあ」
女騎士「あれに乗ってガリアに帰れ」
勇者「えっ!?」
女騎士「あれなら一週間でガリアまで行く。エルルは様変わりしたが、シュルイユ宮殿などはまだあるぞ。あれは確か1000年前にはあったはずだ」
勇者「え、いやーー」
勇者「デ、デスマスク……。って、そうじゃないですよ! なんでそんなに急いで帰そうとするんです!?」
女騎士「海路は倍以上の時間がかかる。空路で行くチャンスはこれだけだぞ」
勇者「で、でも……」
女騎士「私もこの島での任務はお終いだ。5日後にはブレアーゼルに乗って島を離れる。リグリアのポルト・ピアクシオで下艦し、陸路でガリアに向かう予定だ。向こうで会おう」
勇者「な、なんでそんな時間のかかるっ……」
勇者「そ、そんな」
女騎士「そんな顔するな。マスターが一緒に同行してくれる」
勇者「そもそも誰なんですかあの人」
女騎士「道中聞け」
勇者「ひ、ひどい」
「勇者さまー。どこ行っちゃったんですかー」
「勇者さまー、島から出る前に是非ウチの店にー」
「ウチの店にサインしてってくださいー」
「子供たちに冒険のお話をー」
女騎士「はは。どうやら島から居なくなるのがバレたな」
勇者「ええぇ……」
女騎士「1000年も面倒見てくれた島民だ。店の壁にサインくらいしてやれ」
勇者「……そうですね」
女騎士「チヤホヤされて、馬鹿騒ぎして、手厚くもてなされればいいさ。1000年ぶりだ。バチは当たらんだろ」
勇者「はい……」
オーク「はいはい、一般人はこの線の外側。空中艦は危ないよー」
島民たち『じゃあな勇者さまー!』
『元気でー』 『もう1000年も寝るなよー』 『あんたはガリアの誇りだー!』 『また来いよー!』
勇者「ううっ、みなざん……あでぃがどう……』
『泣くなー』
『あはは』
勇者「はい……ぐすっ」
マスター「ったく、とんだ泣き虫勇者様だな」
女騎士「彼を頼んだ、中佐。一緒に働けて良かったよ」
マスター「ああ。俺もだ」
女騎士「またどこかで。ヴィーヴ・ラ・フランス」
マスター「ヴィーヴ・ラ・ガリア」
女騎士「それと、店で西暦世界の酒を出すのはよせ」
マスター「バレてたか」
マスター「ワイン以外も分かるのか。いいね。じゃあ次はジャパニーズのカスクストレングスを持ってこよう。とっておきだぞ」
女騎士「期待している」
勇者「女騎士さん……僕っ……ぼくっ」
女騎士「泣け」
勇者「ゔえ~ん!」
乗組員「上がりまーす!」
女騎士「ではな、英雄」
オーク「……いいんすか、乗らなくて」
女騎士「もう上がってしまった」
オーク「……なんというか、俺はあると思いますよ」
女騎士「なにがだ」
オーク「短い時間で男女が惹かれあってですね、それでーー痛てっ!」
女騎士「馬鹿なこと言ってないで戻るぞ」
オーク「見えなくなるまで手ぇ振ってやりましょうよ」
女騎士「……そうだな。……ん?」
オーク「なんか揉めてません?」
『バカ言え、飛び降りる気か!?』
『か、艦内へ入って下さい勇者様!』
『あ、あああああ』
女騎士「」
オーク「」
とぽーん。
女騎士「馬鹿か」
オーク「よくあそこから飛び降りようと思ったな」
勇者「女騎士さん! 僕はヒヨコになってしまいました!」
女騎士「……は?」
オーク「頭打ったんじゃないすか」
勇者「目覚めて最初に見た人についていかないと、不安だということに気が付いたんです!」
オーク「……ああ、なるほど」
女騎士「私は親鳥じゃないぞ」
女騎士「ちょ、す、縋り付くなっ。近い……////」
オーク(おお、照れた)
勇者「あと、出会って3日も経ってないですが、好きかもしれないです!」
女騎士「はっ、はあ? な、なにを…… ///////」
島民『おおー』
勇者「一緒にガリアまでゆっくり帰りましょう! 僕も温泉入りたいです!」
女騎士「いや、そっ、き、急に言われても……そのっ……。こ、心の準備が……」
勇者「準備の問題ですか! 嫌じゃないんだ! いやっほーい!」
島民 パチパチパチ
勇者「やったー」
女騎士「わ、分かった! 分かったからもうやめろ! 恥ずかしい! ーーなんだその顔は軍曹!」
オーク「別に」
女騎士「ぐっ、か、解散だっ! ほら散れ! みんな瓦礫の片付けに戻れ! ほら!」
マスター「若いねぇ」
部下「……どうします?」
マスター「いいさ、行こうーーおい、艦長に予定通り出発すると伝えてくれ」
乗組員「はっ」
部下「……いいんですか?」
マスター「土産は総督一派で充分だろ。それに、ガリアには戻るって言ってるんだ。ちょこっと遅くなるだけさ」
部下「しかしーー」
マスター「下見てみろ、幸せそうだ」
\やったー/ \うるさい!/ \顔赤いぞー/
\はははは/
部下「……そうですね」
マスター「な? 俺はああいうのに水を差すような育ち方してないんだよ。パリジャンだからな。ーーさ、中へ入るぞ。高度が上がってきた。いい加減寒い」
帰路編待ってるぞ!
なろうに上げる予定のお話の設定を使っているから、それなりに凝った出来になってしまった。
だからまあ、著作権とは言わないけど、設定に関しては一応知的財産だと主張しておこうかな。
では。
いつか書籍化されるといいな
また>>1の作品読みたい
例えば
イル・オーは”島の村”的な意味のフランス語。
アバンダンスは”豊富な”的な意味の英語。補給艦だからね。
クニャージはロシアの貴族称号。
あと5ちゃんに関しては無知なので、HTML化とか一切わかりません。
誰が小銭を稼ごうがどうでもいいから、転載でもまとめサイトでも好きにしていただいて、残してもらえたら嬉しいかな。
じゃあまた。
面白かった
マスターも色々ありそうだ
引用元: 女騎士「起きろ。勇者」