男「あと一日、あと一日だけ待って下さい!」
借金取り「ダメだ、どうせ夜逃げする気だろ」
借金取り「約束通り、マグロ漁船に乗ってもらおうかァ!」
男「イヤだぁぁぁ!!!」
借金取り「たまにこういう絶望に満ちた光景を見られるから、借金取りはやめられねえ!」
――――
――
男「あれからもう一年か……」
男「今回もよく獲れたねえ、おやっさん!」
漁師「おおっ、大漁だ!」
漁師「んじゃあ、久々に港に入るとすっか!」
男「はいっ!」
ボォォォォォ…
借金取り「よう」
男「あんたは……!」
借金取り「久しぶりだな。ずいぶん焼けて、マグロならぬ真っ黒になったじゃねえか」
男「なんの用だよ?」
借金取り「なんの用って決まってんだろ? 迎えに来たんだよ」
男「迎えって、まさか……」
借金取り「マグロ漁船から降りてもらおうかァ!」
男「イヤだぁぁぁ!!!」
男「広い大海原を駆け巡り、天候と格闘しつつ、マグロを追いかけるスリリングな日々!」
男「俺はマグロ漁業にヤミツキになってしまったんだ!」
借金取り「ダメだ! 期間は一年って話だったろうが! 今すぐ降りてもらう!」
男「おやっさん……!」
漁師「せっかく立派になったお前さんを手放すのは惜しい……が、約束は約束だ」
借金取り「ってわけだ。さあ来い」ガシッ
男「イヤだ! おやっさんっ! 助けておやっさぁぁぁぁぁん!!!」ズルズル…
漁師「……達者でな」
借金取り「マグロ漁船に代わる食いぶちとして、それなりの企業を紹介してやる」
男「はぁ……」
借金取り「ここ行け。面接さえすりゃ入れるようになってるから」
借金取り「じゃあな、これからは陸で頑張れよ」
男「……」
男「はい」
課長「顔色が優れないねえ、早退するかい? いっそ有給を使った方が……」
男「いえ……平気です」
課長「君はまだ入ったばかりなんだ。くれぐれも無理しないようにね」
男「……」
男(いい職場だ。上司は優しいし、仕事はやりがいあるし、給料も悪くない)
男(だけど……物足りない)
男(こうして目をつぶると、あの頃の記憶が、波の音まではっきりよみがえる……)
~
漁師「なぁにやってんだ、バカヤローが!」バキッ!
男「す、すみませんっ!」
男「おやっさん、マグロです! マグロの群れです!」
漁師「よぉっし、稼ぐぞぉ!」
男「ひええええ、嵐だぁぁぁぁぁっ!」
漁師「しっかり掴まってろよ! 落ちたら死ぬぞ!」
漁師「ちっ、海賊どもめ……!」
男「俺とおやっさんでなら、やっつけられますよ!」
~
男(あの頃に戻りたい……)
男「……いただきます」
男「ん、これは……」
課長「この店のマグロ定食は絶品でねえ、量も多いし」モグモグ
男「マグロ……」
男「……おやっさん」ウルッ
課長「ど、どうしたんだね?」
男「すぅ、すぅ、すぅ……」
ザザーン… ザザーン…
漁師『よーし、網を引き揚げっぞーっ!』
男『はいっ!』
男『今日も大漁ですね、おやっさーん!』
漁師『……』
男『おやっさん?』
借金取り『マグロ漁船から降りてもらおうかァ!』
男「うわああああああああああ!!!」
男「ハァ、ハァ、ハァ……夢か……」
男「はい……」
医者「おそらく、マグロ漁船での過酷で非日常的な日々が、輝かしい思い出に昇華されてしまって」
医者「時折フラッシュバックのようによみがえってしまうのでしょう」
医者「お薬を処方しますので、しばらく様子を見ましょう」
医者「大丈夫、すぐよくなりますよ」
男「はい……」
男「それどころか、マグロ漁船への想いがどんどん増幅されてく!」
男「なにをしてても、おやっさんとの思い出がよみがえり、漁船に乗りたくてたまらなくなる!」
男「乗りたい! 乗りたい! 乗りたい! 乗りたい! 乗りたい!」
男「俺はやっぱりマグロ漁船で生きるべき人間なんだ!」
男「こうなったら、あの借金取りに頼んで――」
男「な、なんで……!」
借金取り「借金がねえ奴をマグロ漁船に紹介するわけにゃいかねえし」
借金取り「お前には会社を紹介しただろうが! 普通に働けよ!」
男「普通はイヤなんだ! 俺はマグロ漁船で働きたいんだ!」
男「人間には職業選択の自由ってもんが――」
借金取り「うるっせえな、とっとと帰れ!!!」
男「借金がなきゃ乗せてもらえない、か……」
男「今の俺は真面目に働いてるから、借金どころか貯金がある始末だし……」
男「!」ハッ
男「そうだ! だったらもう一度借金を作ればいいんじゃん!」
男「そうと決まれば――」
男「ゼッタイビーリに全財産賭けるよ」
競馬ファン「ちょいとあんた、やめた方がいいって!」
競馬ファン「ゼッタイビーリなんざ、競馬界最低最悪の駄馬中の駄馬っていわれてんだから!」
男「だからいいんじゃないか」
男(よーし、盛大にスるぞ~!)
実況『ゼッタイビーリ、まさかの一着ゥゥゥゥゥ! 場内が大騒ぎになっております!』
男「なにいいいいいいいい!?」
男「赤の25に全部!」サッ
ディーラー「お客さん、勝負師ですね」
ディーラー(バカめ、ベテランディーラーをナメるなよ。入る場所はいくらでも操作できるんだよ)サッ
ディーラー(って手が滑っちゃった!)
コトンッ
二人「赤の25に入っちゃったぁぁぁぁぁ!!!」
男「FX!」
男「仮想通貨!」
男「ダ、ダメだ……! なにをやっても金が増えていく……! これじゃとても借金なんて……!」
男「この札束の山……全部燃やしてやる!」
男「どうだ明るくなったろうハイパーバージョンだぁぁぁぁぁ!!!」
借金取り「やめろ」
男「!」
借金取り「たとえ札束燃やしたって、今のお前じゃどうせ金が増えるだけだ」
借金取り「自分でも分かってんだろ。お前はもう借金を背負う人間じゃなくなっちまったんだよ」
借金取り「大人しく……陸で働くんだ」
男「うう……分かったよ……」
秘書「社長、お茶をお持ちしました」
男「ありがとう」
男「今日のスケジュールは?」
秘書「アメリカの海運会社の社長様と会食が……」
男「まだ時間があるな……ニュースでも見よう。テレビをつけてくれないか」
秘書「かしこまりました」ピッ
男「……」
テレビ『本日、太平洋上を航行していたマグロ漁船から、交信が途絶えました』
男「……!」
テレビ『転覆したおそれもあると見られ……』
男(この船……! もしかして、おやっさんの船じゃないか!?)
男(間違いない! おやっさんの船だ!)
秘書「社長!? どこに行かれるんですか!? 会食が――」
男「すまない、キャンセルだ!」
男「おやっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」ダダダダダッ
男(といっても、どうすれば……!)
男(とりあえず、あの借金取りのところに行ってみるか!)
借金取り「さっきのニュース、見たんだろ?」
男「そうだ! 俺はおやっさんを助けないと!」
借金取り「風の便りじゃ、あんた今はもうどこぞの会社の社長だろ?」
借金取り「海のことは海の連中に任せておけばいいんだよ。会社に戻れよ」
男「たしかにそうかもしれない……」
男「だけど、おやっさんは俺の恩人、あの一年があったからこそ今の俺があるんだ!」
男「ここでおやっさんを見捨てるくらいなら……死んだ方がマシだ!」
借金取り「……いうじゃねえか」
男「しかし……どうやって」
借金取り「ヘリをチャーターする。費用はあんたがもってくれよな」
男「もちろんかまわないが、操縦はどうする? 腕のいい人間を雇わないと……」
借金取り「俺が操縦する」
男「できんの!?」
借金取り「ここらへんで、あのおっさんの漁船の消息が途絶えたはずだ」
男「おやっさん……」
借金取り「ちっ、砂漠で砂粒を探すようなもんだな」
男「……」
男「いた!!!」
借金取り「えっ、どこに!?」
男「あそこ! あれはおやっさんの船の一部だ!」
借金取り「あんな小さいのよく見つけたな……よし、近づくぞ!」
男「おやっさん!?」
男「よかった、船の残骸にしがみついてた! 今助けるからなー!」
借金取り「ヘリを近づけるぞ! 手を伸ばしてやれ!」
男「分かった!」
バババババババババ…
男「もうちょっと近づけてくれ!」
借金取り「ダメだ、これ以上はこっちがあぶねえ!」
男「くっ……!」
男「どうしてもあとカード一枚分、届かない……!」
男(カード一枚分……!? そうだ!)サッ
借金取り「それは……ブラックカード!」
男「おやっさん、これに掴まってくれーっ!」
漁師「おうっ……!」
ガシッ!
漁師「でかい波にブチ当たっちまって……本当にありがとよ……」
男「いいんだよ、おやっさん。俺たちの仲じゃないか」
借金取り「だが、あんたのマグロ漁船は沈んじまったな……」
漁師「いいさ、命があればいくらでもやり直せる。また金を貯めて、新しいのを買うさ」
男(買うさって、おやっさんも分かってるはずだ。マグロ漁船は安くない)
男(かといって、おやっさんは施しを受ける性格でもない)
男(だったら――)
漁師「え? だけど、俺は漁しかやったことねえし……」
男「実は俺、海洋関係の事業にも取り組もうとしてて、おやっさんの知識をぜひ借りたいんだ!」
男「頼むっ!」
漁師「そこまでいわれたらしょうがねえ……雇ってもらおうかな」
男「頼りにしてるよ、おやっさん!」
借金取り「……」
漁師「ん?」
男「いつの日か、またおやっさんが漁船手に入れたらさ」
男「休みの日にでも、俺を漁に連れてってくれないかな?」
漁師「もちろんだとも! 社長だからって遠慮しねえ、たっぷりしごいてやるぜ!」
借金取り「……フッ」
借金取り「たまにこういう希望に満ちた光景を見られるから、借金取りはやめられねえ」
― おわり ―
借金取りかっけえ