息子「やったー!」
主人「二人とも、どうか息子をよろしく頼む」
執事「かしこまりました」
メイド「坊ちゃまのお世話はお任せ下さい」
息子「じゃあさっそく、ボクと遊んでよ!」
執事「はい、坊ちゃま」
メイド「色んなゲームを用意しております。こちらへどうぞ」
メイド「お着替えを用意してあります」
息子「この問題分かんなーい」
執事「この問題はですね……」
息子「紅茶飲みたーい」
メイド「はい、どうぞ」
息子「眠くなってきた……」
執事「ベッドメイキングは済んでおります」
執事「お疲れ」
メイド「あのお坊ちゃんの世話も疲れるわね」
執事「だけど、こんな立派なお屋敷勤めなんて他の仕事についてたら絶対できなかったし」
執事「なにより給料がいい!」
メイド「たしかに……私たちそこらの人よりよっぽど稼げてるわ」
執事「これからも二人であのお坊ちゃんを世話していこうぜ!」
メイド「そうね!」
息子「執事、メイド! ちょっと来てー!」
執事「お呼びですか」ザッ
メイド「参上しました」ザッ
息子「お願いがあるんだけど」
執事「なんでしょう? 何でもおっしゃって下さい」
メイド「私たち、坊ちゃまのためなら何でもしますわ」
息子「えっとねー……熊と戦って欲しいの」
執事&メイド「は!?」
メイド「なぜ私たちが熊と……?」
息子「だって、二人は執事とメイドなんだから強いはずでしょ?」
息子「だから熊と戦って欲しいんだ! で、コテンパンにして欲しいの!」
執事「え、え、え……!?」
メイド「どういうこと……!?」
クマ「グルルルルル……!」
執事(でかっ! ヒグマじゃねえか!)
メイド(私たちがこんなのと戦えるわけないじゃない!)
息子「それじゃ、決闘は一週間後だから!」
息子「二人とも、頑張ってねー! 死なないでねー!」
執事「あ、あのっ……」
メイド「ちょっと待っ……」
執事&メイド「……」
執事「そんなこと俺が聞きたいよ!」
執事「どういう意味なんだよ! “執事とメイドなんだから強いはず”って!」
執事「執事とメイドなんて『強さが必要な職業ランキング』なんてやったら」
執事「どっちかっていうと下から数えた方が早いだろォ! そりゃ体力は要るけどさ!」
メイド「あんた、履歴書に武道やってます、とか書いたんじゃないの~?」
執事「書いてるわけないだろ! 武道なんて授業で柔道やったぐらいだよ!」
執事「そっちこそどうなんだよ!?」
メイド「ずっと手芸部だったわよ!」
執事「だったらなぜ……」
メイド「あのお坊ちゃんがよく読んでる漫画なんかを見てみましょう!」
執事「どの漫画に出てくる執事もメイドも、やたら強いぞ」
メイド「ねえ見て! このメイドのキャラクター、銃ぶっ放してるわ!」
執事「こっちの執事なんて人間ですらねえぞ!」
執事「やっと分かった……こういうことだったのか」
メイド「漫画に出てくる執事とメイドは強く描かれてることが多いから」
メイド「坊ちゃんもそれを期待して、私たちを熊と戦わせようなんて思ったのね」
執事「……」
メイド「……」
メイド「何でもするって言っちゃったし、今さら断ったらすごく怒ると思うわ」
執事「たしかに……あの坊ちゃんはワガママなところあるからなぁ」
執事「ヘタしたら、二人揃って無職になっちまうかも……」
メイド「……やる?」
執事「……おう」
執事「俺たちだって毎日屋敷内をドタバタ走り回ってるし、体力は自信がある!」
メイド「そうよ! 二人がかりだし、うまくやればきっと勝てるわよ!」
執事「よーし、この一週間で熊に勝てるようになるんだ!」
メイド「うん!」
執事「ふんっ、ふんっ、ふんっ!」グッグッグッ…
メイド「私はスクワットするわ!」
メイド「ふっ、ふっ、ふっ!」グッグッグッ…
トレーナー「おぉ~、いいパンチ打つねえ! センスあるよ!」
執事「ありがとうございます!」
メイド「だああああっ!」ダッ
格闘家「甘い! そんなタックルではすぐ切られてしまうぞ!」
メイド「くっ!」
そして、一週間後――
息子「二人には期待してるからね。頑張って熊をやっつけてね!」
執事「はいっ!」
メイド「はいっ!」
執事(この一週間鍛えながら出した結論、それは――)
メイド(正攻法では絶対敵わない。しかし、いくら熊といえど“目”は絶対の急所!)
執事(だから俺が右目を潰し、メイドが左目を潰す!)
メイド(そうすれば勝てるわ!)
クマ「グルルルルルル……!」ズンッ
執事「……!」
メイド「……!」
執事(檻から出たところを目の当たりにすると、本当にでけえ!)
メイド(2メートル!? いやいや3メートルくらいあるんじゃないの!?)
クマ「グオオオオオオオ……!」
執事(こんな奴の目を潰す?)
メイド(絶対ムリムリ! 目を潰す前にこっちが全身潰されてるわ!)
執事&メイド(やっぱりやめときゃよかったああああああああああああああああ!!!)
執事「どうするって……もうやるしかないだろ!」
メイド「なにを?」
執事「決まってるだろ……玉砕だよぉぉぉぉぉっ!」
執事「うおおおおおおおおっ!」ダダダッ
クマ「……お二人とも、お聞き下さい」ボソッ
執事&メイド「!?」
クマ「シッ、そのまま戦うふりをしてお聞き下さい。坊ちゃまに怪しまれます」
執事「う、うん!」バキッ
メイド「だっ、でやっ!」ドカッバキッ
クマ「お二人の事情は察しております」
クマ「おそらく、坊ちゃまに格闘技の心得があると誤解されて、私と戦うことになったのでしょう?」
執事「そ、その通り!」
クマ「ですから……」
執事「えっ!」
メイド「いいの?」
クマ「むやみな殺生は、私の望むところではありませんから」
息子「なにやってんだよー! 戦えよー!」
クマ「怪しんでます! ……さ、早く!」
執事「ありがとう!」
メイド「分かったわ!」
クマ「グガッ……!」
メイド「てりゃあっ!」ドゴッ
クマ「ガアア……ッ!」ヨロヨロ…
息子「すごいや! あんな大きな熊がよろめいてる!」
執事「いくぞ、トドメだ!」
メイド「ええ!」
執事&メイド「Wキィーック!!!」バッ
ドゴォッ!
クマ「グオアァァァァァ……!」ドザァッ
息子「やったーっ!」
メイド(熊さんが紳士的なおかげで助かったわ……)
クマ「グオオ……」ガクッ
息子「二人ともすごいや! やっぱり執事とメイドは強かったんだね!」
息子「お父さんに話して、二人とも給料アップさせてあげるからね!」
執事「いえいえ、給料のためにやったわけじゃありませんから」
メイド「坊ちゃまが満足して下さればいいのです」
執事&メイド(やったぁ!!!)
執事「山に帰すんですか?」
息子「ううん、解体して熊鍋にしちゃおう!」
メイド「え!?」
息子「それに、熊の手ってものすごい珍味らしいし、一度食べてみたかったんだよねー」
息子「さあ、さばいちゃってよ!」
執事「え……し、しかし……」
クマ(これでいいのです……! 早く私にトドメを!)チラッ
執事「……」
メイド「……」
息子「なにためらってんのさ! こんな畜生に情けは無用だよ! 早くさばいて!」
息子「ぶげっ!?」
執事「なにが畜生だ! てめえの方がよっぽど畜生じゃねえか! 人を遊び半分で戦わせやがって!」
息子「なにするんだ! クビになりたいのか!?」
執事「ああ、クビで結構! もっと早く退職届を出すべきだったぜ!」
息子「な……! おい、メイド、こいつをどうにか――」
メイド「ふんっ!」バキィッ!
息子「あぐうっ!?」
執事「そう、俺たちは真の主人を見つけた……」
メイド「ええ、この熊様こそ、私たちが使えるべき主!」
クマ「へ……?」
執事「あんたは執事やメイドが強いといってたが、真の強さとは権力や暴力で相手をやり込めることではない」
執事「この熊様のような、高潔な精神を持つことだったんだ……」
執事「さ、行きましょう」
メイド「山でお食事を用意いたしますわ」
クマ「は、はぁ……」
ザッザッザッ…
息子(真の……強さ……)
執事「さ、どうぞ。川で魚を取って参りました」ビチビチッ
クマ「ど、どうも」
メイド「デザートに木の実もございますわよ」
クマ「ありがとうございます」
クマ「しかし……よろしいのですか? 本当に私なんかに仕えて……給料も出せないのに……」
執事「はい、よいのです」
メイド「私たちが真に仕えるべきはあなた様だったのですから」
クマ「あなたたちがいいならいいですけど……」
メイド「どうぞお休みになって下さい」
クマ「こりゃどうも……」
「……執事、メイド」ザッ…
執事&メイド(この声は……!?)
息子「やぁ、久しぶり」ムキッ
執事「なんという巨躯……!」
メイド「まるで見違えるよう……!」
息子「あれからボクは反省して、自らを鍛え直したんだ」
息子「おかげで今やボクのサイズは身長195cm、体重150kg、体脂肪率は3%をキープしている」
執事「おお……!」
メイド「素晴らしい……!」
息子「真に強い者は、執事とメイドにあれこれ命令したり強制するのではなく」
息子「執事とメイドを温かく抱き締める者なのだと!」
息子「戻ってきておくれ、二人とも!」バッ
執事「……」
メイド「……」
クマ「行っておあげなさい、二人とも」
執事&メイド「……はい!」
メイド「坊ちゃま……!」
息子「二人とも……!」ギュッ…
クマ(見事……! これぞ真の主従関係だ……!)
ワァァ…… ワァァ……
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息子「じゃあ、行ってくる」ズンッ
執事「お気をつけて、坊ちゃま!」
メイド「坊ちゃまなら必ず世界チャンプになれますわ!」
― 完 ―