悪友「オイオイ……今時小学生でももっと持ってんじゃねーの?」
DQN「だよなぁ……。よーし、こうなったら当たり屋でもやってひと稼ぎすっか」
悪友「当たり? 宝くじでも買うのか?」
DQN「アホか! 車にわざとぶつかって金を脅し取るアレだよ!」
悪友「冗談だよ、冗談。だけどあんなの下手したら死ぬだろ。大丈夫なのかよ?」
DQN「それがさ、当たり屋って意外とカンタンらしいんだよ」
悪友「へえ?」
悪友「うん」
DQN「で、あとはほとんど止まる寸前の車にこっちからぶつかっていくだけ」
DQN「これで……一回数万、うまくすりゃ十数万は脅し取れるらしい」
悪友「へえ~、どこで知ったんだよ、そんなやり方」
DQN「『週刊ガチ話』で読んだ」
悪友「なんか一気にうさん臭くなってきたな……」
DQN「あっちに道路がある。さっそくやってみるか!」
悪友「どうなっても知らねえぞ……」
DQN「うん、ここはどの車も時速30~40キロぐらいだからな。最悪死ぬことはないだろ」
悪友「どういう計算だよ……。つか、マジでやんのかよ?」
DQN「おう、今日から俺の輝かしい当たり屋人生が始まんのよ!」
悪友「オレの目の前でグロ死体になるオチだけは勘弁な」
DQN「――お、来た来た!」
ブロロロロ…
DQN「初心者マーク! 初心者は事故ると動揺しまくるから狙い目らしいぜ!」
悪友「それも『週刊ガチ話』情報か?」
DQN「いくぜっ!」ダッ
DQN「…………」ババッ
DQN(十分距離はある……さあ、ブレーキを踏め!)
ブオオオオオオオ…
DQN「ん?」
ブオオオオオオオオオオオ…
DQN(ちょ、加速すんの!?)
DQN(いや、まさか……ちゃんと止まってくれるはず。くれるよね? 信じてるよ!)
DQN(全然止まらねえ! それどころかスピードがますます――)
ブオオオオオオオオオオ…
DQN「うわあぁぁぁぁぁっ!!!」バッ
DQN「…………」ゴロゴロ…
DQN「ハァ、ハァ、ハァ……」
悪友「お、おい大丈夫かぁ!?」
DQN「車が止まった……」
DQN「あ、あのっ……死ぬとこだったじゃねえか!」
ガチャッ
女「ご、ごめんなさい……!」
DQN(え、女!?)
女「お怪我はありませんか?」
DQN「お怪我はないけどさぁ……なんで加速したんだよ!? 殺る気満々かよ!?」
DQN「ハァ!?」
DQN「えぇと、つまり止まろうとしたのにアクセル踏んで加速しちゃったってこと?」
女「はい……」
DQN「ふざけんなっ! そんなお年寄りがやるようなミスしてんじゃねえよ! 免許返納しろ!」
女「う、ううっ……! ご、ごめんなさい……」シクシク
悪友「あーあ、泣かした」
DQN「うぐっ……!」
DQN(俺が悪いのか……? いやでも当たり屋しようとしたのは悪いか……)
DQN「なんか事情がありそうだな」
女「はい……私、もっと運転を上手くならなきゃいけないんです……」
女「だから、今も練習してたのですが……」
DQN「…………」
DQN「だったら……もしよかったら俺が練習付き合ってやろうか?」
女「え?」
悪友「え?」
女「ホントですか!? ありがとうございます!」
DQN(って、何いってんだろ俺……)
DQN「というわけだ。俺はこの姉ちゃんとちょっくらドライブしてくらぁ」
悪友「お、おう」
女「じゃあ、助手席にどうぞ!」
DQN「任せときな!」
DQN(なんでこんなことになっちゃったんだろ……)
DQN「シートベルト」
女「え?」
DQN「シートベルト忘れてるよ! 座ったらすぐつけろよ!」
女「あ、そうでしたね! すみません!」カチャカチャ
DQN「ったく……よくそんなんで免許取れたな」カチャカチャ
女「だいぶオマケしてもらったので……」
DQN(とんでもねえ教習所だな……こんな女を公道に解き放つんじゃねえよ)
女「はいっ!」
ブロロロロロ…
女(あ、赤信号! 止まらなきゃ!)
キキーッ!
DQN「うおっ!」ガクンッ
DQN「急ブレーキはやめろ! 少しずつスピードを落とすんだ! 追突も防げるしな!」
女「すみません!」
DQN「ちょっと待った!」
女「はい?」
DQN「青になったのは歩行者信号だけで、車の信号はまだ赤だ! ここは歩車分離式なんだ!」
女「あっ……」
DQN「んもう、頼むぜ……」
DQN「横断歩道を渡りたそうな親子がいる! 止まってやれ! 歩行者優先だからな!」
女「はいっ!」
キキッ…
ブロロロロ…
DQN「左に寄るのはいいが、寄りすぎだ! ガードレールこすっちまうぞ!」
女「はいっ!」
DQN(ったく、こんなにハラハラする運転、はじめて見たぜ……)
女「ありがとうございました! 横にあなたがいるから安心して運転できました!」
DQN「もう何回か練習すりゃ、もっとちゃんと走れるようになるだろ」
DQN「じゃあ明日も、さっき出会った道路に来てくれ」
女「よろしくお願いしますっ!」
DQN(あーあ、何やってんだろ俺……)
ブロロロロ…
DQN「踏切では一回止まって」
女「はいっ!」キキッ
DQN「前方と電車が来てないのを確認して、一気に進む! 途中で止まったらダメだぞ!」
女「はいっ!」グッ
ブロロロロロ…
女「えいっ!」パーパーッ
DQN「おい、むやみにクラクション鳴らすんじゃねえよ! トラブルの原因になる!」
女「ごめんなさい!」
DQN「俺たちはレースやってるわけじゃねえんだ。進みが遅くてもイライラしちゃダメだ」
DQN「常に落ち着いた心で、今はどうするべきかを考えながら運転するんだ」
女「はいっ!」
ブロロロロロ…
女「どうですか?」
DQN「ん、だいぶよくなってきたよ。もう安心して座ってられる」
DQN「今日で運転の練習は終わってもいいかもな」
女「ありがとうございますっ!」
女「本当にありがとうございました!」
DQN「ところでさ、あんたはなんで運転の練習してたわけ?」
女「あ、それは……」
女「彼氏の仕事を……手伝わないといけなくて……」
DQN(え、男いるの!?)
DQN「そ、そうなんだ……。今のあんたなら大丈夫! 仕事……頑張ってな!」
女「はい……」
DQN「…………」
DQN「ぢぐじょ~!」
悪友「おう、飲め飲め。今夜はオレのおごりだ」
DQN「あーあ、まさか彼氏がいるとはなぁ……」
悪友「そりゃ顔は悪くないし、いても不思議ではないだろ」
悪友「せっかく教習所の真似ごとみたいなことしてやったのに、とんだ骨折り損だったな」
DQN「…………」
DQN「いや、俺はまだ諦めちゃいない」
悪友「は?」
DQN「相手の男がどんな奴なのか……せめてこの目で確認してやるゥ!」
コソコソ…
DQN「ここがあの子の住んでるアパートか」
悪友「てか、なんで住所知ってんだよ?」
DQN「免許を見せてもらったことがあって、覚えといた」
悪友「抜け目ない奴……」
悪友「どうした? 腹でもいてえのか?」
DQN「いや、今の俺ってまるでストーカーみたいだな、と思ってよ」
悪友「みたい、じゃなく、ストーカー以外の何者でもないだろ」
DQN「うぐぐ……」
悪友「お、部屋から二人出てきたぞ! もしかして同棲してんのか!?」
DQN「!」
悪友「…………」コソッ
男「よぉし……決行は三日後だ」
女「うん……」
DQN(決行?)
男「その日の警備員はジジイ一人だし、一発殴れば即ダウンよ」
男「俺は店から宝石かっさらってくるから……お前はこの車で俺を拾ってすぐ逃げるんだ」
男「いいな?」
女「うん、分かった……」
男「へへへ、教習所の教官脅して、お前にムリヤリ免許取らせたかいがあったってもんよ」
女「…………」
DQN(宝石って……マジかよ……!)
男「あん?」
女「やっぱり……こんなことやめない? 宝石強盗だなんて……」
男「今さら何いってやがんだ! 抜けようだなんて許さねえぞ!」
女「ご、ごめん……」
男「今日はもう一回、逃走ルートの確認をするぞ! 運転しろ!」
女「うん……」
DQN「…………」
悪友「オレらもワルだけど、さすがに宝石強盗はないわー。引くって!」
DQN「……ああ」
悪友「あいつらがサツにパクられようが、宝石ゲットして大金持ちになろうが、知ったこっちゃねえよ」
悪友「もう、あんな女のことは忘れちまえ! な!」
DQN「そうだな……」
悪友「んじゃな!」スタスタ
DQN「ああ……またな」
DQN「…………」
DQN「はぁ……」
DQN(まさか、宝石強盗のため運転の練習してたとはなぁ。さすがの俺もビックリだ)
DQN「…………」
DQN(決行日は三日後、か……)
DQN(俺は……どうしたらいいんだ? どうしたいんだ? どうすべきなんだ?)
DQN(俺は――)
男「おし、宝石店に行くぞ。車出せや」
女「う、うん」
ブロロロロ…
男「にしても、急ごしらえで免許取らせたわりに、お前運転上手いよな」
女「…………」
男「この分なら、成功間違いなしだぜ! アッハッハッハ!」
女「あら?」
男「ん?」
女「道路に人が立ってる……」
男「あぁ? どかせ! クラクション鳴らせ!」
パーパーパー
女「どかない……!」
男「ちっ、うっぜえな! このまま進め! どうせ向こうから避けるだろ!」
女「――――!」ハッ
女(あっ! あの人は!?)
DQN「…………」
女「ど、どいて! お願いだから!」
DQN「…………」
男「おい、セキュリティに穴ができるタイミングはわずかなんだ。時間はあまりねえ!」
男「アクセル踏め! 轢いちまえ! 轢き殺しちまえ!」
女「だけど……」
男「やれっつってんだよ!」
女「ひっ!」
ブオオオオオ…
女「どいてぇぇぇぇぇっ!」
DQN「…………」
女「ダメっ!!!」
キキキィーッ!
ガクンッ
女「ハァ、ハァ、ハァ……」
男「このバカ女がぁ! 轢けっていったろうが!」バシッ!
女「あうっ!」
男「こんなところに突っ立ちやがって……邪魔な野郎だ!」ガチャッ
DQN「俺か? 俺は……当たり屋だよ」
男「ハァ?」
DQN「今、俺は危うく轢かれそうになった……慰謝料を請求させてもらおうか」
DQN「運転席に座ってる、その女をよこしな!」
女「!」
男「意味分かんねえよ、なにいってんだてめえ!」
女「…………!」
DQN「宝石強盗の片棒担ぐなんてやめるんだ!」
DQN「俺もまともな生き方してねえ人間だけど……あんたには、あんたには……」
DQN「安全運転な人生を歩んで欲しいんだ……!」
女「うう……私……」
男「てめえ、なんで宝石強盗のことを……! まさか喋ったのか!?」
女「いえ、私は……」
男「ちっ! わけ分かんねえが、知られたからにはぶっ殺してやる!」
DQN「来やがれ!」
DQN「とっ」サッ
DQN「どりゃあ!」
ボゴォッ!
男「ぐほっ! ぐ……くそ……!」ヨロッ…
DQN(よし、勝てる! ずっと電灯のヒモボクシングをやってたかいがあったぜ!)
DQN「ちょっ、ナイフ!?」
DQN「お、おい……男同士の戦いにそんなもん持ち出すなんて卑怯――」
男「るっせえ!」
男「死ね!」ビュッ
ザシッ!
DQN「うあっ……!」
女「ああっ!」
DQN「……くっ!」ヨロッ
男「へへへ……車を背にしちまったなァ……もう逃げられねえ!」
DQN(ダメだ……やられる!)
女(どうしたら――)
DQN『常に落ち着いた心で、今はどうするべきかを考えながら運転するんだ』
女「――――!」ハッ
女(今、私にできることは……!)
DQN「ぐっ……!」
女(ライトを……!)サッ
ピカーッ!!!
男「ぐおおおっ!? 目、目がっ……!」
DQN(……今だッ!)
バキィッ!
男「ぐごあぁっ!」
ドザァ…
DQN「はぁ、はぁ、はぁ……やった……!」
DQN「ああ……ハイビームにしてくれたおかげでマジ助かったよ……」
女「うん……無事でよかったです……」
DQN「あのさ……彼氏ブッ倒した直後にいうセリフでもないんだけど……」
女「はい?」
DQN「こんな奴と付き合うのはもうやめな」
DQN「今回あんたを手伝わせたのは、いざとなったら身代わりとかにするつもりだったんだろうし」
DQN「きっとあんたが知らねえとこでも、色々やってるに違いねえ。警察に突き出しちまおう」
DQN「でさ、よかったら、また会えねえかな……?」
女「……はい、かまいません」
女「はいっ! ぜひ勉強させて下さい!」
…………
……
DQN「ああ」
女「はいっ!」
悪友「いったいどうして……!?」
DQN「色々あってな……」
悪友「どういう色々があったら、あの状況から付き合うことになるんだよ……」
DQN「でさ、俺も彼女のために、ブラブラすんのはやめて真面目に働こうかなって」
悪友「ほぉ~、いいじゃんいいじゃん」
DQN「いずれは教習所の教官でも目指そうかなって思ってるよ」
悪友「たしかに案外向いてるかもな……頑張れよ!」
DQN「おう!」
DQN「ああ、だけど今でも“当たり”にはチャレンジしてるけどな」
悪友「?」
DQN「今日は宝くじの当選発表日なんだよ! 一緒に見ようぜ!」
女「うん!」
DQN「……お。よっしゃー、300円当たった!」
女「やったーっ! ドライブスルーでおいしいもの買えるね!」
悪友「こりゃ、トラックに轢かれても死にそうにないバカップルの誕生だな……」
―おわり―