男「うーん……」
男「上司からのハラスメントがつらい……」
友人「あっ、もしかしてパワハラ? パワーハラスメントってやつか?」
男「いや……パワーじゃない」
男「スピードハラスメント……スピハラなんだ」
友人「は?」
男「…………」
友人「あ、分かった! 仕事をもっと早くやれってうるさいとか?」
友人「すごい量の仕事を今日中にやれ……みたいな」
男「いや、違うんだ……」
男「本当に……速いんだ……」
男「おはようございます」
同僚「おはよう」
OL「おはよー!」
男(課長は……まだ来てないのかな。よかった……)ホッ
カサカサカサカサカサ…
男「うわっ!? 机の下から何か出てきた!」
課長「おはよう」カサカサカサカサカサ
男「室内をゴキブリみたいに動きまわらないで下さいよ!」
男「バカでかい昆虫かと思いましたよ!」
課長「フハハハハ、ビックリしたかね?」カサカサカサカサカサ
男「しましたよ!」
男(あ~もう、朝から心臓に悪いなぁ)
課長「…………」
男「課長?」
フッ
男「消えた!?」
課長「残像だよ」ニヤッ
課長「フフフ、君もまだまだ青いな」
男「青いって、課長のスピードを見切れる奴なんていませんよ」
課長「それもそうか」
男「で、この書類なんですけど……」
課長「…………」
男「課長?」
フッ
男「また消えた!」
課長「残像だよ」ニヤッ
男「電車を二回乗り換えて……一時間半ぐらいかかりますかね」
課長「私は一秒さ!」
ピシュンッ ピシュンッ
課長「今も一回家に戻って、お茶を飲んできてしまった!」
男(通勤時間自慢うぜえ……)
課長「どれが本物か」
課長B「分かるかな~?」
課長C「当ててごらん」
課長D「フハハハハ!」
課長E「まだまだ増えるぞ!」
バババババババッ
男「残像で分身しやがった……! 部屋中が課長だらけだ……!」
男「俺の周りをうろちょろしないで下さい!」
ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン
男「すっごい目障りなんです!」
ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン
男(うぜええええええ!!!)
男「あ~……うぜえ! 今日なんか外出してる課長にメール送ったら、直後に背後に現れたし……」
男「毎日毎日あのスピードで翻弄されるのはたまらないよ!」
男「このままじゃストレスで俺の寿命が早まるし、何とかしなくちゃ……」
男(だけど、どうすれば……)
男(こうなりゃ目には目を、歯には歯を、だ……)
男(俺もスピードを鍛えよう!)
タタタタタッ
男「ハァ、ハァ、ハァ……」
トレーナー「ふむ……」カチッ
トレーナー「いいタイムだ」
男「ありがとうございます!」
男(待ってろよ、課長! 今度は俺があんたを翻弄してやる!)
男「課長!」
課長「なんだね?」
男「俺と……スピード勝負しませんか?」
課長「いいとも」ニヤッ
同僚「あいつ、マジかよ! 課長に勝てるわけないぜ!」
OL「だけど、彼ならもしかしたら……」
課長「ふんっ!」ギュンッ
男「うわぁっ!?」
男(惨敗だった……)
男(甘かった……課長相手にスピード勝負だなんて)
男(シャチに水泳勝負を挑んだり、猛禽類に飛行勝負を挑むようなもの……!)
男(課長のスピードを見切る方法……なにかないだろうか)
テレビ『目をつぶっただと!? 諦めたか!』
テレビ『違う、心の眼で見ているのさ……』
テレビ『な、なんだと!? ぐわぁぁぁっ!』
男(――これだ!)
男(目をつぶれば、課長のスピードを見切れるはず……)スッ…
ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン…
ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン…
ピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュンピシュン…
男(全然分かんねえ!)
男「もうやだ……どうしよう」ハァ…
男「俺はこのままずっと課長のスピードに悩まされ続けるのか……」
老人「隣、よろしいかな」
男「あ、どうぞ」
老人「どっこいしょ」ドカッ
男(仮にパワーを鍛えたところで、当たらなきゃ意味ないし……)
老人「…………」モグモグ
男(スピードを倒せるものって一体なんなんだろう……)
男(ハエか、うっとうしいなぁ……この速さ、課長を思い出す)
男「シッシッ! あっち行けっ!」バッバッ
老人「…………」パシッ
男「え!?」
男(箸であんな素早い蝿をキャッチ!? すげえ……!)
老人「なんじゃ?」
男「おじいさん、すごいスピードですね! ビックリしました!」
老人「スピード? もう年じゃし、ワシの速さなんて大したもんじゃないわい」
男「でも、あんな速い蝿を捕まえたじゃないですか!」
老人「あれは速度じゃない……“技”じゃよ」
男「技……!?」
老人「優れた技があれば、どんな力も速さも怖くないわい」
男(これだ……! 課長のスピハラに対抗できるのは、これだったんだ!)
男「どうか俺に、“技”を教えて下さい!」
老人「ふうむ……なかなか見どころがある若造じゃな」
老人「よかろう、おぬしにワシの“技”を伝授してやろう!」
男「ありがとうございます!」
老人「よいか、技を極めれば、どのような力も速さも受け流し、利用することができる」
老人「さすれば、もはや自分自身が力や速さを身につける必要すらなくなる」
老人「相手の方から、技をかけるのに必要な力や速さを持ってきてくれるんじゃからのう」
男「なるほど……」
老人「さぁ、来い!」
男「はいっ!」ダッ
老人「相手の突進を利用して……投げ飛ばす!」ブンッ
男「うわぁっ!」グルンッ
<山>
ヒグマ「ガアァァァァァッ!!!」グオオオオオッ
男(すごいパワーだ……このパワーを……利用するッ!)ブンッ
ヒグマ「ガァッ!?」グルンッ
ドズゥンッ!
ヒグマ「グ、アア……」ピクピク…
男「どうですか!?」
老人「ようやった……! 免許皆伝じゃ!」
男(機は熟した!)
男「課長、勝負しましょう!」
課長「また君か……いいだろう」ニヤッ
同僚「前にあんな惨敗したってのに、まだ懲りてねえのかよ!?」
OL「あっという間に勝負ついちゃいそう……」
男「…………」スッ
課長「な……!?」ピタッ
男「どうしました? いつもみたいに走り回らないんですか?」
課長(う、動けない……!)
同僚「……すげえ! 課長が動き出す瞬間を見切って足を踏み、動きを止めやがった!」
OL「ど、どうなってんの!?」
課長「……くっ」
課長「このスピード、見切れるかぁぁぁぁぁっ!!!」ギュンッ
ババババババババッ
同僚「課長の分身がものすごい数出てきた! 軽く百体以上いやがる!」
OL「きゃああああああっ! 多すぎて気持ち悪い!」
男(たとえ相手が音だろうと光だろうと、課長だろうと!)
男(課長のスピードを利用して――投げる!)ブンッ
ドカァンッ!
課長「ぐはぁぁぁぁぁっ!!!」
同僚「やった……あいつ、ついに課長を倒しやがった!」
OL「技が速度を制したのね!」
男「課長……」
課長「ショックだといいたいところだが、嬉しいよ」
課長「君ならきっと、この会社を背負う人材になれる!」
男「ありがとうございます!」
ワァァ…… パチパチパチパチパチ…
男(こうして課長のスピハラはなくなり……課は平和になった)
男(そして、十数年の月日が流れた……)
男「うむ……」
男「この書類を……投げるッ!」ブンッ
部下「うわぁっ!?」
ヒラヒラヒラ… パサッ
部下「書類が全て、床に立った!」
男「フハハハハ、どうだ俺の“技”は! すごいだろう!」
部下(上司のテクニックハラスメントがマジでうざい)
~おわり~
スピハラ
テクハラ
三位一体ハラスメント