店長「いらっしゃいま――社長!」
社長「ちょっと視察させてもらうよ」
店長「は、はいっ! どうぞ!」
社長「……うーん」
社長「この店は客の回転率が悪いねえ。何とかしたまえ」
店長「分かりました! もっと回転させます!」
客「はい?」
店長「申し訳ありませんが、回させてもらいます」
客「は?」
店長「それっ!」ギュルッ
客「うをおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!?」ギュルルルルルル
社長「もっとだ! もっと回せ!」
店長「はいっ!」ギュンッ
客「うわあああああああああああああああああああ!!!」ギュルルルルルル
客「おええええええええええええええええええええ!!!」ギュルルルルルル
社長「もっとだ! スピードが足りん!」
店長「はいっ!」ギュワンッ
客「回転がとまらないいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」ギュルルルルルル
客「たぁすけてええええええええええええええええええええええ!!!」ギュルルルルルル
ギュルルルルルルル…
社長「これだ! この回転だ!」
店長「はい、社長!」
ドロッ…
社長「む?」
店長「あれ、客が溶けて……」
店長「バターになっちゃった!!!」
店長「ど、どうしましょ、これ……」
社長「……」
社長「ペロッ」
店長「社長!? そんなのなめたら病気になっちゃいますよ!」
社長「……うまい」
店長「え」
社長「うまいよ、これ! ものすごく濃厚でクリーミィだ!」
社長「これだよ! これをもっと作るんだ!」
男「一人です」
店長「こちらへどうぞ……」
男「ここは?」キョロキョロ
店長「さっそく回させてもらいます」ギュンッ
男「うわっ!?」ギュルルルルルルル…
店長「社長、また一人バターにしました」
社長「ご苦労」
社長「よし、ではそろそろ立ち上げるか……新しい会社を!」
店長「名前は?」
社長「ずばり……≪ちびくろ乳業≫!!!」
店長「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ~!」
「バターください!」 「バター10個!」 「バター売ってぇ!」
店長「社長、例のバターはバカ売れですよ!」
社長「当然だ! なんたってあの味なのだからな……」
社長「しかも、君の店にやってきた客を回転させることで、タダでいくらでも調達できる……」
店長「タダより安いものはない、ということですねえ!」
社長「まったくだ!」
二人「アッハッハッハッハ……!」
女(今日、調査結果が出る……)
≪探偵事務所≫
女「こんにちは」
探偵「お待ちしていましたよ」
探偵「あなたの恋人の男さんは、やはり≪ちびくろ乳業≫の社長と店長にバターにされた可能性が高い」
女「そんな……!」
探偵「きっと一人きりで店に入ったところを狙われたのでしょう」
女「だったら、このことを警察にいえば……」
探偵「……それは無理でしょうな」
女「どうしてです!?」
探偵「証拠がありませんし、社長はかなりの大物、政財界や警察にも顔がきく男です」
探偵「現時点で警察に駆け込んでも、門前払いが関の山でしょうな」
女「そんな……」
女「待てないわ!」ガタッ
探偵「!」
女「こうなったら、私自らの手で仇を取ってみせる!」ダッ
探偵「お、おいっ!」
スタッフ「お疲れ様でした!」
社長「うむ」
店長「いいドキュメンタリーに仕上げて下さいよ!」
スタッフ「もちろんです! 高視聴率間違いなしですよ!」
社長「……む?」
女「待ってたわ……」ザッ
社長「何をいっておるのだ、この娘は。人がバターになるわけなかろう」
店長「まったくですな」
女「シラを切るのは分かってたわ……覚悟!」ダッ
店長「ここは私にお任せ下さい」
店長「ふんっ!」グイッ
女「!?」ギュルッ
女「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」ギュルルルルルルッ
店長(バターになるまであと5秒ってところか)
社長「おい、他の人間がいる。バターにするのはやめておけ」
店長「分かりました。止まれ!」グッ
女「ひっ!」ピタッ
社長「行くぞ」ザッ
店長「娘……命拾いしたな」ザッ
女「くっ……!」
女(ものすごい回転だった……。あの回転を克服しなきゃ、あいつらには勝てない……!)
TV『ワァァァ…』
TV『素晴らしいスピンです! 非常に美しい! これは高得点が期待できます!』
女(フィギュアスケート……)
女「これよ、これだわ!」
フィギュア選手「なにかしら?」
女「私を……弟子にして下さい!」
フィギュア選手「あいにくだけど、弟子を取るつもりはないわ。失礼」クルッ
女「待って下さい! 仇を……討ちたいんです!」
フィギュア選手「!?」
女「仇を……!」メラメラ…
フィギュア選手(この子……なんてオーラを発しているの!?)
フィギュア選手(スケートリンクを焼き尽くしてしまいそうなほどの、激しい炎!)
フィギュア選手(それでいて、絶対零度の氷のような固い意志を内に秘めている!)
フィギュア選手「分かったわ……弟子にしてあげる」
女「ありがとうございます!」
女「はいっ!」ギュルルルルッ
フィギュア選手「今よっ! トリプルアクセル!」
女「はいっ!」
バッ ギュルルルッ スタッ
フィギュア選手「お見事!」
フィギュア選手「今のあなたなら、金メダルだって狙える。私の後継者にだってなれるわ」
フィギュア選手「それでも行くというの?」
女「……はい」
フィギュア選手「分かったわ。だったらもう何も言わない」
フィギュア選手「ただし、あの技は使っちゃダメよ」
女「分かっています」
フィギュア選手「気をつけてね……」
社長「君は……」
店長「なんだ、また来たのか」
女「今日こそあんたたちを倒してやる!」
店長「社長、私にお任せ下さい」
店長「二度と刃向かえないよう、今度こそバターにしてやりますよ」
女「そうはいかないんだから!」
女「……」ギュルルルルルルッ
店長「さて、そろそろバターに……」
ギュルルルルルル…
店長「なにっ!? バターにならない!? な、なぜだ!?」
女「こんな回転じゃ、冬季五輪でメダルは取れないわ!」ギュルルルルルッ
女「とうっ!」バッ
店長「と、跳んだ!?」
ザクッ!
店長「ぐぎゃぁぁぁぁぁっ!」ブシュゥゥゥゥゥゥ…
ドサッ……
女「次はあんたよ」
社長「なるほど、フィギュアスケートというわけか……面白い」
女「あんたも私の回転蹴りで、頭をカチ割られるのよ」
社長「店長を仕留めたぐらいでいい気になるなよ……。ヤツと私とでは、格が違うのだ!」
女「望むところ!」ギュルルルルルルッ
ガッ! ガキンッ! ギインッ! バチンッ! チュインッ!
まるでベーゴマのように、ぶつかり合う二人――
しばらくは互角の戦いが続いたが――
女「ぐっ!」ドサッ…
社長「いくらフィギュアスケートを習おうが、貴様の回転率などその程度!」
社長「私がこの地位を築くまでに、どれほどの修羅場をくぐってきたと思っている!」
社長「転職、転勤、外回り、火の車、自転車操業、あらゆる回転を乗り越えてきたのだ!」
社長「トドメだっ!!!」ギャルルルルルルッ
女(こうなったら……)
女(すみません師匠、使わせてもらいます! あの技を!)
社長「無駄なことだ! 貴様の回転率では――」
社長(いや……違う!)
社長(こいつの回転は……逆回転! なんのつもりだ!?)
女「はあああああああああ……!」ギュルルルルルルッ
ドロッ…
社長(この女……溶けていく……。諦めて、自分からバターに……!?)
社長(い、いや違う!)
社長「と、虎になったーっ!!!」
社長「ひ、ひいっ! 来るな……来るなぁっ!」
虎「ガアァァァァァァッ!!!」グワッ
社長「いやっ!」
ガブッ!
社長「いぎゃぁぁぁぁぁっ!!!」
ガルルル… ムシャムシャ… グチャ… プチッ クチャクチャ… グッチャグッチャ…
虎「ガオオオオオオオオオオオッ!!!」
虎「はい……」
フィギュア選手「もう元には戻れないわよ……どうするつもり?」
虎「理性があるうちに、山へ行きます」
虎「師匠、本当にお世話になりました!」
フィギュア選手「……元気でね」
「金メダルおめでとうございます!」
「圧倒的大差でしたね!」
「ところで、全てのテレビ出演を断って、いったいどこへ行かれるのですか!?」
フィギュア選手「古い知り合いに、報告に……」
フィギュア選手「ねえ、私、金メダル取ったわよ!」
フィギュア選手「ねえっ!」
フィギュア選手(フフ……ダメか。向こうも人と会うのは避けたいはずだものね)
ガオオオオオ…
フィギュア選手「!」
フィギュア選手(この声は……)
フィギュア選手(ありがとう……)ウルッ
子虎『ビックリした!』
子虎『ママー、なんでいきなり吼えたのー?』
虎『昔お世話になった人に……“おめでとう”っていったのよ』
― 完 ―