男(牛丼……う~ん、イマイチ)
男(中華……って気分でもない。そばもなんか違うなぁ)
男(でっかい肉にガブッとかぶりつきたい気分……)
男「……ん?」
男(異議ありステーキ? ……なんだこれ)
男(妙な名前だけどステーキ店には間違いなさそうだし……入ってみるか)ギィィ…
「異議あり!!!」
男「!?」ビクッ
弁護士「ハハハ、驚かせてしまってすみません」
弁護士「いらっしゃいませ。≪異議ありステーキ≫にようこそ」
男「はぁ……」
弁護士「私は弁護士です」
検事「検事だ」
裁判長「裁判長である」
男「え……? え、え、え……!?」
弁護士「当店は世界初、ステーキ店に裁判の要素を組み合わせたステーキ店なんですよ」
男「へ、へぇ~……なんの親和性も感じられない……」
男「マジですか!? 皆さん超エリートじゃないですか!」
弁護士「これはどうも」
検事「フッ……」
裁判長「えっへん」
男「でも、こんな店を開くなんて……皆さんよほどヒマなんですね」
弁護士「異議あり!」
検事「異議あり!」
裁判長「異議あり!」
男「す、すみませんっ!」
弁護士「まあ、ぶっちゃけますと……今流行りの≪いきなりステーキ≫のパクリです」
弁護士「ブームに乗って、ひと儲けしようと思いまして」
男「え」
男「大丈夫なんですか? もし訴えられたら……」
弁護士「こっちには弁護士、検事、裁判長が揃ってるんです。絶対に負けません」ニコッ
男(ひでえ話だ……)
男「どうも……」
裁判長「では被告人よ、注文を述べよ」
男「え、俺、被告人なんですか!?」
検事「当然だろう。裁判形式のステーキ店なのだから」
男「なにも悪いことしてないのに被告人って嫌だなぁ……」
男「えーっと、そうだなぁ……じゃあ……」
弁護士「他にご注文は?」
男「これだけでいいです」
検事「異議あり!!!」
男「ひっ!?」ビクッ
検事「当店には色んなメニューがあるというのに、注文がステーキだけというのは……」
検事「当店への侮辱にあたると判断する。懲役5年を求刑する」
男「なにいってんの!? 侮辱なんて……」
裁判長「検察側の異議を認める。被告人は他のメニューも注文するように」
男「えええ!?」
弁護士「……不可能です。弁護側に異議はありません」
男「ちょっ……」
裁判長「さぁ、どうする?」
裁判長「今のところ執行猶予だが、なにか注文しないと実刑は免れぬ」
男「うう……!」
男「分かりましたよ……じゃあ、ライスも」
弁護士「異議あり!!!」
男「へ!?」
弁護士「ステーキとライスではたんぱく質と炭水化物……栄養が偏っていると考えます」
弁護士「弁護側は被告人の健康を考え、被告人がサラダも注文することを要求します!」
検事「む……」
裁判長「なるほど、ごもっともな意見である」
男「え……!?」
裁判長「被告人よ、サラダを注文するか?」
男「え、いや、あの……」
裁判長「注文するか?」
男「はい……サラダもお願いします……」
弁護士「弁護側としては、やはり素材の旨味を楽しめる“レア”がよろしいかと」
検事「異議あり!」
検事「きっちり中まで火を通した“ウェルダン”の方がいいに決まっている!」
弁護士「異議あり!」
弁護士「焼きすぎると、肉本来の味がなくなってしまう! それでは意味がない!」
検事「異議あり!」
裁判長「どうする、被告人」
男「“ミディアム”でお願いします」
裁判長「ふんふ~ん♪」ジュァァァァ…
男「え、あなたが作るんですか!?」
裁判長「当然である。この店は我々三人でやっておるのだからな」
男(なかなかいい手つきしてやがる……)
裁判長「これでも裁判官になる前はシェフをやっておってな」
男(どういう経歴だよ……)
男「どうも……」
ジュワァァァァァ…
男(おおっ、うまそうだ……)
男(色々とふざけた店だけど、ステーキはホンモノらしいな……)ゴクリ…
男「いただきます!」
検事「!」ピクッ
検事「異議あり!!!」
男「また……! なんなんですか、いったい!」
検事「被告人、あなたはステーキの肉を最初に全て切り分けてしまうのか? 一口サイズに!」
男「ええ、そうですけど……」
検事「この……愚か者ッ!」
男「え!?」
検事「なんという愚行!」
男「愚行て」
検事「ステーキの醍醐味とは、切っては一口食べる、切っては一口食べる、この作業にこそある」
男「そうかなぁ」
検事「それを最初にまとめてやってしまうなど、愚行といわずしてなんという!」
男「いや、でも……最初にこうしちゃった方が、あとは食べるだけって感じでよくないですか?」
検事「こんな言葉がある」
検事「『夏休みの宿題を7月中に終わらせるぐらいなら、やらない方がずっとよい』」
男「聞いたことないんですけど……」
検事「被告人のやってることはまさにそれだ! 厳罰を要求する!」ビシッ
男「ひええっ……!」
弁護士「え」
男「なにやってんです、弁護して下さいよ!」
弁護士「あ、異議あり!」
裁判長「どうぞ」
弁護士「食べ方は人それぞれですし、あんまりいうのもどうかと……」
男「やる気ない弁護だな、オイ!」
男「あんたも最初に切り分けるのは反対派ってのがよく分かるよ!」
裁判長「では、判決を申し渡す」
男「え、判決?」
裁判長「あまりに重い!」
裁判長「被告人を懲役10年の刑に処す!」
男(重っ……!)
裁判長「では被告人、食事を続けたまえ」
男「は、はい……」
男(なるほど、俺が食べるたびにこうやって裁判みたいなやり取りが行われるわけか……)
男(……めんどくせー)
男「おおっ! うまい!」
男(ステーキの味はやっぱりホンモノだ!)
検事「異議あり!!!」
男「な、なんです?」
検事「“うまい”だけでは何も伝わらない。小学生の読書感想文じゃないんだから」
検事「きちんと食レポをしてもらおうか」
男「……分かりました。やってみます!」
男「こ、これはッ!」ビクンッ
男「噛むたびに肉汁が口の中に広がって……なんというジューシィさ!」
男「お肉もとても柔らかくて……入れ歯のお年寄りでも十分楽しめる歯ごたえだ!」
男「こんなうまいステーキ……生まれて初めて食べるぞぉぉぉぉぉ!!!」
裁判長「……被告人を懲役20年の刑に処す」
弁護士「異議なし」
検事「異議なし」
男「ちょっ!」
男(次はサラダを食べるか……)
男(ドレッシングをふりかけて、と)ドバドバ
検事「異議あり!!!」
検事「いくらなんでもドレッシングをかけすぎだ!」
男「え、あ……す、すみません!」
男「でもいっぱいかけた方が、おいしいですし……」
検事「図工の時間、絵の具を多く使えば、いい絵が描けるとは限らないだろう!」
男(さっきからこの人……きっと小学生のお子さんがいるんだな)
検事「今すぐ生活習慣を改めるように!」
男「こりゃどうも……」
弁護士「異議あり!!!」
弁護士「しかし、塩分と血圧は実はあまり関係がないという説もあります!」
男「おおっ、わりとまともな弁護を……」
検事「異議あり!」
弁護士「異議あり!」
男(俺を無視して、白熱した血圧議論が行われていく……)
裁判長「…………」
裁判長「判決を申し渡す」カンッ
男「え、なんで!?」
男「今のはわりと弁護士さんも頑張ってくれたような……」
裁判長「あんまりドレッシング使われると……うちの店が困る!」
弁護士「異議なし」
検事「異議なし」
男(俺の健康関係ないのかよ……)
男(あーあ、すっかり冷めちまってるよ)
男(えーと……ライスをフォークの背に乗せて、と)ヒョイッ
「異議あり!!!」
男「!?」ビクッ
男(また検事さんか……!)
男「弁護士さん!? 検事さんじゃないのかよ!」
弁護士「ないわぁ~」
男「え」
弁護士「フォークの背にライス乗せるなんて……ないわぁ~」
弁護士「食いにくいだけで、なんの意味もないどうしようもない食べ方だ!」
男(言いすぎだろ……)
弁護士「お前の親は狂ってる!」
男「狂ってるて」
男(これ名誉棄損とかになるんじゃないのかな……)
男「ええと、でもあなたさっき“食べ方は人それぞれ”っていってましたよね?」
弁護士「人それぞれにも限度ってもんがあんだよ!!!」
弁護士「私はライスをフォークの背に乗せるだなんて食い方、絶対に認めん!!!」
男「ひいっ!」
検事「異議あり!!!」
検事「よいではないか。フォークの背にライスを乗せる……実にエレガントだ」
検事「フォークに食べ物を乗せる作法はかの英国から伝来したもの、などともいわれるが……」
検事「ライスをフォークの腹でそのまま食べようとしてしまうと」
検事「どうしてもかき込むように食べたくなってしまう。それでは早食いになってしまう」
検事「それを防ぐためにも、“ライスのフォークの背乗せ”は有効なのだ!」
男(検事さんが被告人である俺の弁護を……! わけ分かんないけどちょっと嬉しい)
弁護士「ふん、そんなもんよく噛むようにすればいいだけだ!」
男(まあ、たしかに……)
弁護士「こんな謎マナー、見てるだけで恥ずかしいわ!」
検事「なにを恥ずかしがることがある!」
検事「自分がそれでいいと思うなら、堂々と独自の路線を歩むべきだ!」
弁護士「独自の路線~?」
弁護士「おいおい、司法関係者がいっていいセリフじゃねえなあ」
弁護士「法律をみんなが独自に解釈してったら、世の中はメチャクチャになっちまうだろうが」
検事「ふん、司法試験に何度も落ちた輩にいわれたくない」
弁護士「あっ、それ、今関係ないだろ! 異議あり!」
男「ちょ、ちょっと、二人とも……」
弁護士「あれで出世コースから外れちまったんだよなぁ!?」
検事「貴様……!」
検事「貴様こそ、依頼人に手を出して揉めたことがあっただろ!」
検事「離婚調停しようとする女性に手を出すとかアホの極みだろうが!」
弁護士「お前……!」
裁判長「静粛に! 静粛に!」カンッ
裁判長「今はライスをどう食べるべきか、の裁判をしていたはずです! 脱線しないように!」
弁護士「そ、そうでした……」
検事「申し訳ない……」
男(よかった……これで混乱がまとまりそうだ。さすが裁判長)
弁護士「それで、裁判長はどう食べるべきだと思いますか?」
裁判長「私は……やはり米は箸で食べるべきであると考える」
弁護士&検事「異議あり!!!」
男(あああ……もう!)
弁護士「いわせてもらうが、俺は昔からお前らのことが気に食わなかったんだ!」
検事「異議あり!」
検事「こっちこそ! 弁護士の弁護にも裁判長の判決にも愛想が尽きていたところだ!」
裁判長「異議あり!」
裁判長「お前ら全員死刑にしてやるからかかってこいよ! 弾劾なんざ怖くねえ!」
男「…………」
検事「異議あり!」
裁判長「異議あり!」
弁護士「異議あり!!」
検事「異議あり!!」
裁判長「異議あり!!」
弁護士「異議ありィィィィィ!!!」
検事「異議ありィィィィィ!!!」
裁判長「異議ありィィィィィ!!!」
男「…………」ピクッピクッ
弁護士「うわっ!?」
検事「ええっ!」
裁判長「ひゃんっ!?」
検事「あ、ああ……被告人なら今すぐにでも弁護士にも検察官にもなれる!」
男「…………」ギロッ
弁護士&検事「ひっ!」
裁判長「被告人! あまり弁護士と検事を脅さないように――」
男「…………」ジロッ
裁判長「あ、いや……何でもないです」
男「お前ら……」
男「今から俺がお前らに……判決を言い渡す」
三人「え……!?」
男「……以上」モグモグ…
三人「はい……すみませんでした……」
― 終 ―