おばさん「いらっしゃい、いらっしゃ~い!」
主婦「こんにちは~」
おばさん「あら、こんにちは~! お体の調子はどぉう?」
主婦「それが、最近お通じが来なくってねえ……」
主婦「若い日本人がすごいコンピュータを開発して、ノーベル賞取ったなんてニュースやってるけど」
主婦「どうせなら、すごい便秘薬でも開発して欲しいもんだわ」
おばさん「ふうん、便秘ねえ……」
おばさん「だったら、この味……試してみる?」
主婦「ヨーグルト? いっとくけど、ヨーグルトならすでに食べてて……」
おばさん「まぁいいから、いいから」
主婦「それじゃ、一口」パクッ
主婦「!」ギュルルル…
主婦「き、きたわぁっ! 一週間ぶりのお通じがきたわぁぁぁぁぁっ!」
主婦「店内のおトイレ借りるわね!」タタタタタッ
おばさん「トイレから出たら、このヨーグルト買っていってね~」
バイト娘「何者ですか、あの人!?」
店長「君は入ってまもないから、彼女のことをまだ知らなかったか」
店長「彼女は人呼んで≪試食のおばさん≫……」
店長「お客に最適な試食をさせて、さまざまな悩みを解決する、パートのエキスパートさ」
バイト娘「パートのエキスパート……! 早口言葉みたい!」
店長「『私を試しに使ってみて』と彼女がこの店で働き始めてから、売上もだいぶ伸びたんだ」
バイト娘「へぇ~……」
課長「なんだ、この書類はぁっ!?」バサッ
部下「ひっ!」
課長「まぁったく、たるんどる!」
ヒソヒソ… ボソボソ…
「まぁ~た、怒ってるよ」 「ホント怖いよなぁ~」 「血圧上がるっての……」
課長(どいつもこいつも……!)
課長「……」イライラ
おばさん「ちょいと、そこのお客さん」
課長「私かね?」
おばさん「あなた、なかなか厳しそうな顔してるわね」
課長「……余計なお世話だ!」
課長「といいたいところだが、そうかもしれん」
課長「このところ、部下と全然うまくいってなくて……」
おばさん「でしたら、この味……試してみる?」
おばさん「おいしいですよ」
課長「こんなレトルトの玉子焼きがおいしいわけ……」パクッ
課長「……」
課長「あ、甘い……」ホワァ~
課長(玉子と砂糖の甘みが、私の荒んだ心を癒やしてくれる……)
課長「私に足りなかったのは、これだったんだ! この“甘さ”だったんだ!」
おばさん「厳しいだけで、ついてきてくれる人はそういませんからねえ」
おばさん「部下の方々との接し方、色んな方法を試してみるべきですよ」
課長「うむ、あなたのおっしゃる通り!」
課長「明日からは……この玉子焼きを見習って、少し甘くなりたいと思う!」
課長「玉子焼き、買っていくよ!」
おばさん「ありがとうございます」
女「んー、パンがいい」
男「えー、俺はご飯がいいんだけどなぁ」
女「やだー、ご飯って重たいし、絶対パンがいいー!」
男「いいや、ご飯だ! パンってスカスカしてて、食った気がしないし!」
女「スカスカってなによ!」
男「重たいってなんだよ!」
おばさん「まあまあ、お二人さん。こんなところでケンカしたらみっともないわよ」
男「だけど、今日だけはご飯な気分なんですよ!」
女「あたしはパンの気分!」
おばさん「じゃあ、この味……試してみる?」
男「食パンと……」
女「おにぎり……」
男「う、うまい! 全然スカスカじゃない! なんて濃厚な食パンなんだ!」
女「このご飯……ふんわりしてて、とってもおいしい! 全然重くない!」
男「……」
女「……」
男「おにぎりと食パン……両方買おうか」
女「そうしよ」
おばさん「ありがとうねぇ~」
バイト娘(パンとご飯、両方買わせた……うまい!)
黒髪女「……」ギロッ
おばさん「あら、どうしたの?」
黒髪女「あなたは元気でいいわねえ……」
黒髪女「私なんか、毎日毎日死にたくてたまらないってのに……」
おばさん「あなた、死にたいの?」
黒髪女「ええ、死にたいわ!」
黒髪女「毎日のように自殺未遂して、ほら手首も傷だらけ!」サッ
おばさん「ふうん、そうなの」
黒髪女「なにこれ?」
おばさん「死にたいんだったら、なんでも飲めるはずでしょ?」
黒髪女「そ、そうね。飲んでやるわよ!」ゴクッ
黒髪女「……!」
黒髪女「ぐえええええええ……っ!!?」
黒髪女(く、苦しい……! 死ぬ……!)
黒髪女「じにだくない! じにだくない! た、助けて……っ!」
黒髪女「だぁずげでぇぇぇぇぇ……!!!」
おばさん「安心なさい」
黒髪女「え」
おばさん「今飲ませたのは、ただの青汁だから」
黒髪女「!」
おばさん「これでもう、死にたいなんて気分、吹っ飛んじゃったでしょ?」
黒髪女「……はい」
店長「あれは“死食”だ」
バイト娘「死食……!?」
店長「試食のおばさんほどになると、試食で“死の恐怖”を味わわせることもできる」
店長「いってみれば、死を試させることができる」
店長「彼女はああやって、何人もの自殺志願者を救ってきたんだよ」
バイト娘「今回の女性も、まるで憑き物が落ちたような表情になってますね」
美食家「君が噂の試食のおばさんかね」
おばさん「いらっしゃいませー!」
美食家「私は美食というものを極めに極めた者なのだが……」
おばさん「まぁ、すごい!」
美食家「君の考える“最高の美食”というものをぜひとも食させて頂きたい」
おばさん「かしこまりました~!」
店長「あの美食家、よくグルメ番組に出てる本物の食通だ……」
バイト娘(一体どうするんだろ……!?)ゴクッ
美食家「一本の爪楊枝に、冷凍食品の天ぷらソーセージエビチリが刺さっている……」
美食家「いただこう」モグッ
美食家「こ、これは……!?」
美食家「一本の爪楊枝に……和洋中のエッセンスが全て込められている!」
美食家「まさしく、これぞ……最高の美食の一種といっても過言ではあるまい!」
店長「なるほど、天ぷらソーセージエビチリは和洋中の代表料理……」
店長「それをまとめて味わえば、和洋中の真髄を同時に感じることができるというわけか!」
バイト娘(天ぷらソーセージエビチリって、和洋中の代表だったんだ……)
バイト娘「試食のおばさんの手にかかれば、どんなお客さんも満足させちゃいますね!」
店長「いや、そうでもないんだ」
店長「一人だけ……このスーパーには、彼女でも敵わない常連客がいるんだ」
バイト娘「え!?」
ケチ「クックック……」ザッ
おばさん「あら、いらっしゃい」
ケチ「試食させてもらおうか……ただし!」
ケチ「試食しても、絶対買わないがな!」
ドンッ!
バイト娘「あんな堂々と宣言するなんて……!」
バイト娘(なるほど、この人が……試食のおばさんの天敵なのね!)
ケチ「肉なんか買わないが食ってやる!」モグッ
ケチ「あつっ! あつっ!」ハフハフッ
ケチ「うおっ、汗出てきた!」ダラダラ
ケチ「アイス買ってこ! ――3000円分ぐらい買わなきゃ!」
おばさん「ありがとうございました~!」
バイト娘「えええええ!?」
バイト娘(試食させて他の物を買わせるなんて、なんて高等テクニック!)
バイト娘「天敵もあっさりとやり過ごしましたね!」
店長「天敵?」
バイト娘「はい、たった今ケチなお客にアイス買わせたじゃないですか。あんな大量に」
店長「彼はおばさんの天敵なんかじゃないよ。どっちかというとお得意様」
バイト娘「え?」
店長「噂をすれば、来たぞ……!」
おばさん「この味……試してみる?」
おじさん「試さない」
おじさん「買うよ」
おばさん「あ……そう」
バイト娘「おばさんの試食を断るだなんて……! 試さないなんて……!」
店長「あのおじさんこそ、おばさんと張り合える天敵。人呼んで――」
バイト娘「ぶっつけ本番おじさん……!」
店長「絶対“事前に試してみる”という行為をせず、いつもぶっつけ本番なんだ」
店長「しかし、それで人生うまくいってるようだから、大したものだよ」
バイト娘「へぇ~……」
バイト娘(≪試食のおばさん≫と≪ぶっつけ本番おじさん≫……たしかに相性最悪かも)
強盗「――おい」
バイト娘「いらっしゃいま……きゃーっ!」
バイト娘「ひいいっ……!」
店長「わわ、ま、待ちなさい! その包丁を下ろしなさい!」
強盗「待てねえ! もう甘く刺しちゃう!」
バイト娘「きゃーっ!」
おばさん「やあねえ。もうすぐ閉店って時に、強盗が現れるなんて……!」
おじさん「あの無計画っぷりには親近感を覚えるが、強盗は感心せんな」
おばさん「行くわよ!」ダッ
おじさん「ああ」ダッ
おばさん「爪楊枝投げ!」ヒュババババッ
グササササッ
強盗「ぐああっ……!」
おばさん「今よ、逃げて!」
バイト娘「ありがとうございます!」ササッ
強盗「くっ、ふざけやがって……!」
おじさん「おっと、君の相手はこの僕がしよう」
強盗「あぁん!? おっさん、ケンカできるのかよ!?」
おじさん「昨日、たまたま柔道の本を読んだんだ。覚えた技をぶっつけ本番で使ってみたい」
強盗「ナメてんじゃねえぞ、てめえ!」
おじさん「ふんっ!」ブオンッ
強盗「あら?」グルンッ
ドズゥンッ!
強盗「ぐええ……っ!」
強盗「ぶっつけ本番で、この威力か……」ガクッ
おじさん「イェイ」
パシーンッ
バイト娘「すごい……息ピッタリ!」
店長「そりゃそうさ。なにしろ、あの二人は――」
バイト娘「ご夫婦だったんですか! どうりで……」
バイト娘「お子さんはいらっしゃるんですか?」
店長「たしか息子さんが一人いたはずだよ」
店長「もう結構大きくて、すでに家は出てるはずだけど」
バイト娘「へぇ~」
店長「お疲れ様、旦那さんと一緒に帰って下さい」
おばさん「今度あの子、帰省するらしいから、いっぱい料理作ってあげなくちゃ!」
おばさん「もちろん、いっぱい味見しないとね!」
おじさん「味見なんかしなくていいよ。ぶっつけ本番の料理こそ一番おいしいんだ」
おばさん「そんなことないわよぉ~」
ペチャクチャペチャクチャ…
店長「だけどあれで仲がいいし、夫婦円満の秘訣ってのは案外磁石のN極とS極のように」
店長「二人が正反対であることかもしれないな」
バイト娘「そんな二人に挟まれる息子さんは大変だったでしょうけどねぇ」
店長「まったくだ」
バイト娘(息子さんがどんな人か気になるなぁ……)
店長「さあて、我々も事務所でテレビでも見て一息ついてから、帰るとしようか」
バイト娘「はい!」
バイト娘「あ、この人、たしかノーベル賞を取った人ですよ!」
記者『このたびは、これまでにない精度でシミュレーションを行えるコンピュータを開発し』
記者『ノーベル賞を受賞されましたが……作ろう、と思ったきっかけは何でしょう?』
青年『僕の両親は非常に両極端でしてね』
青年『父は何でもぶっつけ本番で挑ませる人、母は何でも試させる人、だったんです』
青年『なので、完璧なシミュレーションをこなせるコンピュータを作れば』
青年『ぶっつけ本番や、闇雲に何でも試す、というのを避けられると思いまして……』
おわり
息子優秀すぎィ!