男「……」
男「最近多いよな~、この手の旅番組」
男「あ~あ、旅番組に出てる奴って旅するだけで金もらえるから楽でいいよな」
男「羨ましい……」
スタッフ「じゃあ出てみますか?」
男「!?」
スタッフ「わたくし、こういう者です」サッ
男「テレビ局の人……?」
スタッフ「実は今、芸能人ではなくいわゆる素人の人に今流行りの旅番組をやらせよう、という企画を」
スタッフ「進めてましてね」
男「はぁ……」
スタッフ「その第一号にあなたが選ばれたというわけです」
男「メチャクチャな企画だなぁ……」
男「いいよ。どうせヒマだし」
男「ちょうど失業中で、楽な仕事を探してたとこだったんだ」
スタッフ「それではさっそく明日、あなたには旅番組のリポーターをやってもらいます」
スタッフ「明日9時に、ここから比較的近い観光地である○×駅に集合ということで」
男「分かりました」
男(ラッキー、一日旅するだけで金もらえるなんて……ちょろいもんだぜ)
<○×駅>
スタッフ「おはようございます」
男「おはよう」
スタッフ「本日は私がカメラマンも兼ねますので、どうぞよろしく」
男「あ、もう撮影してるんだ」
スタッフ「ではさっそく、カメラに向かって挨拶して下さい」
男「え、挨拶!?」
スタッフ「ほら、『今日はどこどこに来ています~、楽しみです~』みたいなやつですよ」
男「ああ……あれね」
男「今日は……○×駅に来てます~!」
男「えぇと……あの……その……」
男「と、とても楽しみです~!」
男「皆さんも、テレビの前で楽しんで下さい~!」
男(やべえ、芸能人ってこういうのあっさりやってのけてるけど、意外と難しい……!)
スタッフ「まぁいいでしょう。さっそく旅を始めましょうか」
男「……」スタスタ
スタッフ「あの……」
男「はい?」
スタッフ「無言で歩いてどうするんです。なにかしゃべって下さい」
男(んなこといわれても、コメントすることなんかねえよ……)
スタッフ「さ、どうぞ」
男「えぇと……やっぱり観光地の道路は……歩きやすいですね!」
男「そ、そうね」
スタッフ「じゃあ、あのオシャレな喫茶店にでも入ってみましょう」
男「え」
スタッフ「ああいうところのマスターは曲者が多くて、絵になるんですよ」
男「そ、そうなんだ」
男(いかにも個人経営って感じの喫茶店だ……)
男(俺、ああいうとこって入ったことないんだよなぁ……)
男(ああもう! 中から『どうぞー!』とかいってくれれば入れるのに!)ドキドキ…
男「……」ドキドキドキドキドキ…
男(やっぱ無理!)
男「ここやめて、ドトールにしよ、ドトール! 駅前にあっただろ!」
スタッフ「えええええ!?」
男「ブレンドコーヒーのSで」
男「あとTポイントカード」サッ
店員「かしこまりましたー!」
スタッフ「せっかく観光地に来たのにドトールですか……」
男「さ、最初だから! まだ序盤だから! まずは慣れたところからってね!」
スタッフ「お味はどうですか?」
男「ああ、うまいよ」
男「……」ポチポチ
男「……」ポチポチポチ
スタッフ「ずーっとスマホいじってますね」
男「やることないんだもん……」
スタッフ「そろそろ昼食の時間ですね」
男「うん、お腹すいた」
スタッフ「じゃあ、あの食堂に入りましょうか。なかなかよさそうなお店ですよ」
男(まーた個人経営っぽい店か……。さすがにもう逃げるわけには……)
スタッフ「ってわけで、撮影交渉をしてきて下さい」
男「交渉?」
スタッフ「ほら、『取材よろしいですか?』『撮影してもいいですか?』ってあれですよ」
男「え、俺がやるの!?」
スタッフ「私がしてどうするんですか。今日の主役はあなたなんですから」
男「わ、分かったよ……」
ガララッ
店主「いらっしゃいませー!」
男「……」ドキドキ
店主「どうしました?」
男「あ、あのっ!」
店主「え?」
男「カメラ……」
店主「はい?」
男「カメラ撮影いいですか!? カッ、キャメラ撮影! 旅番組、取材、撮影ッ!」
男「!」ガーン
男「あ、そですか……」
男(うわぁ、取材断られるのって結構メンタルにくるな……)
男(半年分ぐらいの勇気を振り絞ったのに……)
店主「ごめんなさいね~」
男「いえ……こちらこそ。急に申し訳ありませんでした……」
男(これ、しばらくダメージ残りそうだ……)
スタッフ「じゃあ次の店に行きましょう。落ち込んでるヒマなんかありませんよ」
男「えぇ!? もうあんな思いするの嫌だよ! トラウマになるよ!」
スタッフ「だけど、お昼を食べないと。お腹すいたでしょ?」
男「マクドナルド行こう、マクドナルド!」
スタッフ「よりによってマクドナルドですか!?」
男「マクドナルドなら……交渉とかせず勝手に撮影していいだろうし! ……多分!」
スタッフ「ハンバーガーとポテト、それとコーラですか」
男「……」モグモグ
スタッフ「感想は?」
男「うん、うまいよ」
男「……」チューチュー
男「……」ゲェップ
スタッフ「まだ地元ならではっていう場所に一つも行けてませんね……」
スタッフ「今のところ、観光地である○×に来た意味が全くないです」
スタッフ「こんな旅番組は前代未聞ですよ」
男「わ、分かってるよ! うるさいな!」
スタッフ「しかし、一人旅ではなかなか色んなところに入りづらいというのも分かります」
スタッフ「というわけで、ゲストをお呼びしました」
男「え、ゲスト!?」
男(芸能人に会えるだなんて嬉しいなぁ……誰だろ!?)
ゲスト「……ども」
男「……」
男「……?」
男「えーと……この人、誰?」ボソッ
スタッフ「あなたと同じ素人の人です。午後だけ、ということで来てもらったんです」
男「はぁ……」
男「……」
ゲスト「……」
男「あ、そうだ……」
ゲスト「……はい?」
男「カラオケでも……行く?」
ゲスト「あ、自分、歌ヘタなんで」
男「あ、そう……」
ゲスト「……」
ゲスト「あの……」
男「なに?」
ゲスト「もう帰っていいですか?」
男「あ、どうぞ……」
ゲスト「それじゃ……」
男「盛り上がりようがないよ……。あの人、明らかに面倒くさがってたし」
スタッフ「次、どうします?」
男「どうしよう……」
スタッフ「……」
男「……」
スタッフ「せめて名物でも食べていきましょうか」
男「うん、そうする……」
店員「こちら、○×名物の“くさい餅”です」
男「いただきます」モグッ
スタッフ「いかがです?」
男(う~ん、“くさい餅”とは名ばかりで、普通の草餅って感じだ)
男(だけど、今までいいとこないし、ここらでいいとこ見せないと……!)
男「皮はふわっふわでぇ、口の中であんこがとろけてぇっ!」
男「ほっぺたが落ちそうになりましゅぅぅぅぅぅぅっ!」
シラー…
男「あ、す、すみません……」
男「ホント……ごめんなさい……。素人の分際で、生意気にも食レポしようだなんて……」
男「――あ、あのっ、すみません!」
スタッフ「はい?」
男「もう無理です! ギブアップ! 勘弁して下さい!」
男「旅番組は楽でいいな、なんていってすみませんでしたぁぁぁ!」
男「旅番組出演者の方々が、いかに大変なことをやられてるか、よく分かりましたぁぁぁ!」
男「……すみません」
スタッフ「世の中には楽な仕事なんてないことが、よく分かりましたか?」
男「はい……よく分かりました」
スタッフ「では、本日のギャラです。どうぞ」サッ
男「いいんですか!? 今日マジでろくなことしてないのに!」
スタッフ「これから改めて人生という旅路を歩む、あなたへの餞別ですよ」ニコッ
男「……ありがとうございます!」
『ドトールにしよ! ドトール!』
『カラオケでも……行く?』
『もう無理です! ギブアップ! 勘弁して下さい!』
男「ハハハ……ひでえ」
男(だけど、いい経験にはなったな……)
男(世の中に楽な仕事なんかない……隣の芝生を勝手にうらやむのはやめて、俺も頑張らなきゃな!)
ピンポーン…
男「はい」
スタッフ「こんにちは!」
男「あ、テレビ局のスタッフさん、どうかされたんですか?」
スタッフ「実はですね……」
スタッフ「その後、あなたがどうなったのか、という問い合わせが殺到したんですよ」
男「そうなんですか!」
男「今は、24時間自宅にいながらできる仕事をさせてもらってます」
男「なかなか順調ですが、おかげですっかり家から出なくなりましたよ」
スタッフ「でしたら、あなたの生活について特集を組ませてもらってもよろしいですか?」
男「もちろんです!」
男「旅は楽じゃないけど、引きこもりも楽じゃないというのを、ぜひお伝えしたいですからね!」
おわり
乙