東京 ――ジャパン――
四月といえば、入社シーズンである……。
しかし、新入社員の中には、問題を抱えているいわゆる“モンスター社員”も少なくないという……。
課長「新人君、仕事を頼みたいんだが」
新入社員「用件を聞こうか……」
課長「…………」
新入社員「なんだ?」
課長「私は君の上司だよ? その言葉づかいはどうにかならないのかね?」
新入社員「気にしないでもらおう……」
課長「いや、気になるんだが……」
課長「さて、用件というのは……」サッ
新入社員「そっとだ! 手はそっと動かすのだ……」
課長「分かったよ! えぇと、この書類の内容をパソコンで課の共有ファイルに入力して欲しい」
新入社員「分かった……やってみよう……」
新入社員「礼はいい……俺とあんたの関係は、依頼が成立した時点で切れているからな……」
課長「切れてないよ」
新入社員「…………」シュボッ
新入社員「フゥ……」
課長「おい! 社内は禁煙だっての! 葉巻なんか吸うな!」
新入社員「…………」カタカタ…
課長「新人君、さっき提出してもらった書類なんだが……」
新入社員「!」シェッ
バキッ!
課長「ぐえっ!」
新入社員「俺は音もなく背後から近寄られることを好まない……」
新入社員「そのような人間は排除するよう、訓練されている……」
課長「~~~~!」
課長「今日は挨拶回りだ。私に同行してもらうよ」
新入社員「…………」
課長「どうした?」
新入社員「断る……」
課長「な、なぜだ!?」
新入社員「俺は特定の顧客をボディガードするような仕事は請け負っていない……」
課長「ボディガードじゃなくて、お供なんだけど……」
課長「私を守るのではなく、私に近づいてくる取引先などに挨拶をしてもらいたい!」
新入社員「取引先……KGBやCIAか」
課長(んなわけねーだろ)
新入社員「分かった……やってみよう」
課長「…………」ホッ
新入社員「スイス銀行に20万ドルが振り込まれ次第、行動に移る……」
課長「振り込まねえよ!」
課長「これから課の会議なんだが……」
新入社員「…………」
課長「なぜ、君は壁に背を向けて、立っているんだね?」
新入社員「ただの習慣だ……気にしないでもらおう……」
課長(気になるに決まってるだろう……まったく)
課長「さ、今日は大いに飲もうじゃないか!」
社員A「カンパーイ!」
社員B「カンパーイ!」
OL「ほら、新人君も飲んで飲んで!」トクトク…
新入社員「…………」ゴクッ
新入社員「苦い……」
OL「え?」
新入社員「誇りは気高いが、過剰になれば傲慢だ……それは苦々しいだけだ」
OL「えええ?」
課長(ビール苦手なのか……)
新入社員「先輩がた! 二次会行きましょ、二次会! ズキューンズキューン!」
社員A「ハ、ハハ……こいつ、どうするよ?」
社員B「帰れなさそうだったら、社員寮で泊めてやるか……」
課長(苦手なわりにやたら飲むし、しかも弱いっていうね……)
取引先「あ、この間はどうも!」
課長「こちらこそ!」
取引先「新人君も元気かい? これで会うのは二度目だねえ」
新入社員「…………」
課長「? おい、挨拶しないか!」
新入社員「俺は依頼人と二度会うことを好まない……」
取引先「へ?」
課長「バカーッ!!!」
課長「本日は社長訓示を行う!」
社長「え~……今日は経費削減の重要性についてお話ししたいと思う」
社長「備品を無駄遣いしない。不必要な出張は控える。こうした日頃からの積み重ねが大事なのです」
社長「私自身、率先して経費の削減に努めて……」
課長(よくいうよ……自分は会社の金でゴルフとか行ってるくせに)
新入社員「有罪(ギルティ)……」
社長「え?」
新入社員「俺は依頼人のウソを許さない……」
課長「やめろぉ! ギルティはてめぇだよぉぉぉぉぉ!!!」
課長「……新人君」
新入社員「用件を聞こうか……」
課長「君は、社会人にとって必要なものはなんだと考える?」
新入社員「10%の才能と20%の努力、そして30%の臆病さ……残る40%は運だろうな……」
課長「うん、もういい。君のことはよく分かった」
新入社員「…………」スタスタ
課長(もう……我慢の限界だ)
課長「新人君」
新入社員「……なんだ」
課長「今夜、私に付き合ってもらえるかね?」
新入社員「断る……」
課長「いいから付き合えッ!!!」
新入社員「!?」ビクッ
新入社員「わ、分かった……やってみよ」
課長「分かりました、だ!!!」
新入社員「わ、分かりましたぁ!」
新入社員「…………」
課長「君は……ゴルゴ13が好きなようだな?」
新入社員「はい……」
課長「だから日頃から、ゴルゴ13のようにふるまっている。そうだな?」
新入社員「そ、そうです……」
新入社員「いけませんか? ゴルゴ13のように、ふるまっちゃ」
課長「その質問に答える前に、まずはこれから私の出す問いに答えてもらおうか」
新入社員「…………?」
新入社員「え!? いや、そんなの……知らない……」
課長「これぐらいも答えられんのか。答えはA型だよ」
課長「『7号コテージ事件』 を読み返したまえ」
新入社員「へ? あ、あの……」
課長「第二問、ゴルゴ御用達のガンスミス・デイブが主役の短編作品は?」
新入社員「な、なにそれ……」
課長「『武器屋の長い午後』だ! デイブがいかに苦労してるかよく分かる番外編さ」
新入社員「あ、あう……」
課長「『毛沢東の遺言』だ! こんなサービス問題、0.17秒で答えろ!」
課長「第四問、ゴルゴ13は一度に1000人以上殺害したことがあるか?」
新入社員「いくらゴルゴでも、四桁はさすがに無理かと……」
課長「『ロシア・クライシス』でやっている! 列車に乗った兵士をまとめて溺死させたのだ!」
新入社員「はうっ!」
課長「まだまだいくぞ! 第五問、ゴルゴの吸っている葉巻のブランド……第六問……」
新入社員「あああああ……」
課長「さっきの質問に答えてやる! この程度でゴルゴ13のようにふるまおうなど百年早い!」
新入社員「ううっ……!」ガクッ
課長「…………」
新入社員「…………」
課長「場所を……変えよう」
新入社員「この家は……?」
課長「私の家さ。家内たちは寝てるようだな。さ、入りたまえ」
新入社員「お邪魔します……」
課長「こっちが私の書斎だ」ガチャッ
新入社員「…………」
新入社員「うわっ!?」
新入社員「それだけじゃない! ファンブックも網羅されてる……!」
新入社員「国会図書館から取り寄せたと思われる、欠番作品も……!」
新入社員「さいとうたかを先生のサインまで……!」
課長「ちなみに、こんなものまで買ってしまったよ。家族には呆れられたが」ガチャッ
新入社員「ゴルゴの愛銃、M16のモデルガン!」
課長「俺は一人の軍隊だ……なーんてね」
新入社員「おおっ……!」
新入社員「僕、学生時代は本当に目立たないしつまらない男で……」
新入社員「そんな時、ゴルゴ13という漫画と出会って、こんな男になりたいと思ったんです」
新入社員「それで……ゴルゴの真似を……」
課長「……そういうことか」
課長「いっておくが、ゴルゴがなぜすごいのかというと、それは態度が一匹狼だからじゃない」
課長「彼は一度仕事を引き受けたら、どんな無茶な仕事でも絶対に成し遂げようとするし」
課長「そのためなら努力を惜しまない。たとえ依頼人が死んでも仕事は投げ出さない」
課長「時には大赤字になる依頼だってこなしてしまう」
課長「だから……世界中の指導者が一目置く、超A級のスナイパーになれたんだよ」
課長「形だけ真似たって、ゴルゴになれるわけがないんだ」
新入社員「……はい」
新入社員「にわかファンのくせに、ゴルゴ13になりたいなんて夢見て……」
新入社員「穴があったら……入りたい。いえ、飛び込んで死んでしまいたいです」
新入社員「僕は会社を辞め――」
課長「ちょっと待った」
新入社員「え?」
課長「君も知ってるだろうが、初期のゴルゴはやたら饒舌で、ジョークまで飛ばしていたし」
課長「結構簡単に追い詰められたりしていた。狙撃を失敗したこともある」
課長「弱点だってある」
課長「ギランバレー症候群っぽい持病、やたらトラブルに巻き込まれる、変装がバレバレ……」
課長「だが、そういった苦難を乗り越え、彼はスナイパーとして成熟していったんだ」
新入社員「…………!」
課長「君も同じだ。君はまだまだ初期数巻ぐらいのゴルゴだ」
課長「もっとゴルゴに近づきたければ、この程度でくじけるな!」
新入社員「……は、はいっ!」
新入社員「これからはちゃんと社会人として、超A級のサラリーマンを目指します!」
課長「うむ!」
課長「そして、たまには……アフター5にゴルゴトークでもしようじゃないか」
課長「正直いって嬉しかったんだよね……同じ漫画を好きな人間に会えたのが」
新入社員「アハハハ……是非!」
社員A「新人君、これやっといてくれ!」
新入社員「はい!」
社員B「これ頼むわ~……できる?」
新入社員「任せて下さい!」
OL「新人君、今までがウソみたいに態度が改まって、きびきび働いてますね」
OL「いったいなにがあったんでしょう?」
課長「…………」
課長(彼ならば本当に超A級のサラリーマンになれるかもしれん、な……)
2018年四月、今年も大勢の若者が新社会人としての生活をスタートした……。
日本の未来を担う彼らの今後の動向が注目される……。
― END ―
乙