老人「ふーむ……」
老人(急ぎの用があるんで、とっととレジを済ませたいのじゃが、ずいぶん混んでおるのう)
老人(一方……セルフレジの方は空いておる。今すぐにでも会計できそうじゃ)
老人(セルフレジを使ったことは一度もないのだが、やむをえまい)
老人「ついにワシも、魔境(セルフレジ)に挑む時が来たか……!」
ナレーション『齢八十にして、生まれて初めて魔境(セルフレジ)への特攻を決意したおじいちゃん!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「これが……セルフレジ……」
老人「機械ならではの、なんともいえぬ無機質な迫力が漂っておるわい」
老人(そう、まるで“戦車”や“戦艦”のような――)
ナレーション『早くもセルフレジの威圧感に及び腰の、腰痛持ちのおじいちゃん!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
不良「お、あのジジイ、セルフレジで会計しようとしてるぜ!」
ギャル「やだ、ありえないーっ! 使いこなせないのが目に見えすぎー!」
不良「ジジイがあたふたとパニックになる様を、見物してやろうぜ!」
ナレーション『泣きっ面に蜂! 極悪カップルに目をつけられてしまったおじいちゃん!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「!」
ナレーション『サービス精神大盛りの店員から垂らされたぶっとい蜘蛛の糸!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
バーコードは無し
強敵だよなあれ
老人「老いても若者には頼らず生きる――これがワシの流儀(ジャスティス)!」
店員「そうですか……もし、何かありましたら遠慮なくおっしゃって下さい」
不良「へぇ……あのジジイ、やるじゃん」
ギャル「うん、ちょっと感動……」
ナレーション『店員の助けをあえて拒絶! これは勇気か、それとも無謀か!?』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
レジ『マイバッグはお持ちですか?』
老人「もちろん持っておる。ビニール袋の消費量は抑えたいからのう」
老人「孫には優しく、環境にはもっと優しく――これがワシの流儀(ジャスティス)!」
ナレーション『店からの施し(ビニール袋)は受けぬ、地球を愛するエコおじいちゃん!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「えーと……バーコードを読み取らせればええんじゃろ?」
老人「こうか?」サッ
ピッ
ナレーション『ついに本格的に始まってしまった、おじいちゃんとセルフレジの死闘……!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
レジ『108円です』
老人「ほれっ」ピッ
レジ『99円です』
老人「なんじゃ、楽勝ではないか!」
ピッ ピッ
ナレーション『連戦連勝! 破竹の勢い!』
ナレーション『順調に商品をスキャンするコンピューターおじいちゃん、気分は快進撃を続ける旧日本軍か!?』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
スカッ
老人「あれ?」
ナレーション『鳴らない読み取り音! まさかの読み取り失敗! 一体どうなってしまうのか!?』
老人「バーコードはここにあるから、こう!」
スカッ
老人「あれれぇ~、なんでじゃぁ?」
スカッ スカッ スカッ
ナレーション『完全にドツボにハマってしまったおじいちゃん! もはや敗戦は濃厚か!?』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人(どうしよう……店員さん、呼ぶか?)チラッ
老人(いや、それはならん!)
老人(店員呼ぶは一時の恥! 店員呼ばぬは一生の恥!)
老人(ワシは……一生恥晒しでいい! 晒し首でかまわん!)
ナレーション『大ピンチにもかかわらず、店員召喚という切り札を使わぬおじいちゃん!』
ナレーション『果たしてこの決断、吉と出るか凶と出るか!? 凶と出る予感しかしねえ!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
不良「……ああ。バーコード読み取らすのってちょっとコツがいるからな」
ギャル「どうしよう、手助けしてあげる?」
不良「バカ野郎ッ! これはあのジジイとセルフレジのタイマンだぜ……?」
不良「俺たちには見守るしかできねえのよ……」
ナレーション『男の仁義(ルール)! 人のタイマン邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
ギャル「あれ、レジから離れた……?」
不良「まさかのバックレかよ!? あのジジイ、見損なったぜ!」
ナレーション『おじいちゃん、ついに敵前逃亡! 機械の前には、武士の心も儚く折れたか!?』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
不良「い、いや違う! 助走をつけてただけだったのか!」
ギャル「何するつもりなの!?」
ナレーション『おじいちゃん、まさかの逆走アンド暴走!? ここが首都高じゃないのは不幸中の幸い!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
不良「高いッ! あ、あれは……月面宙返り(ムーンサルト)!」
ギャル「ムーンサルト!?」
不良「かつて、体操の名選手・塚原光男が開発した、体操の大技だよ! なんてジジイだ……!」
ナレーション『腰痛持ちながら体操技を決めるおじいちゃんと、なぜか体操に詳しい不良!』
ナレーション『意外性が意外性を呼び、魔境は異次元へと突入!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
レジ『54円です』
老人「ふうっ」スタッ
不良「すげえ……! ムーンサルトしながら商品をスキャンしやがった……!」
ギャル「かっこいい……!」パチパチパチ
ナレーション『スキャンされる商品! 沸き上がる拍手!』
ナレーション『やったぜおじいちゃん、アンタシルバーだけど金メダルだ!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「現金か、カードか? もちろん現金じゃ!」ピッ
老人「ワシはカードなんて、テレホンカードしか持っておらん!」
ナレーション『今や持ってる人少ないと思われるテレホンカード! しかし、いざという時役に立つぞ!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「はいよ」
老人(あれ、財布には一万円しかない!?)
老人(むう……一万円札を出す時は、千円以上の買い物をする、というのが)
老人(ワシの流儀(ジャスティス)なのじゃが、今さら商品を追加できんしのう)
ナレーション『高額紙幣で安い買い物はしないおじいちゃん! ……が、もう払うしかない!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「すまんな、レジさん。一万円で勘弁してくれい」ウイーン…
ナレーション『一万円入りまぁぁぁぁぁす! 一体どうなってしまうのか!?』
老人「嫌な顔一つせず、九千円以上のお釣りを出してくれるとは……」
老人「やるのう」ニカッ
老人「それが、おぬしの流儀(ジャスティス)というわけか」
ナレーション『どんな相手にも機械的に平等に対応……それがセルフレジのルール……!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「こちらこそ、楽しかったよ」
ナレーション『死闘を経て、一回り成長したおじいちゃん……』
ナレーション『そう……人間はどんなに年を取ったって、成長できるのだ!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
ギャル「あ、あのおじいちゃん行っちゃうよ!」
不良「よし、追いかけるぞ!」
ナレーション『一難去ってまた一難!? おじいちゃんに極悪非道カップルが牙をむく!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
老人「なんじゃ?」
不良「一連のセルフレジとの戦い……ずっと見てました」
ギャル「最初は絶対パニックになると思ったのに……とても、かっこよかった……です」
老人「おや、こりゃ恥ずかしいところをお見せした」
不良「恥ずかしいだなんてそんな! 最高でしたよ! 俺、あなたを尊敬します!」
老人「ありがとう」
ナレーション『おじいちゃんの奮闘を称える若者たち! 彼らもまた、盟友(とも)だった!』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
ギャル「お願いします!」
老人「かまわんよ。ではそこらでお茶でもしようかのう」
不良「は……はいっ!」
ギャル「感激です!」
ナレーション『お茶するのはいいけど、おじいちゃん、“急ぎの用”とやらを忘れてないか!?』
ナレーション『一体どうなってしまうのか!?』
― 完 ―
ロック外せるかな?
おじいちゃんかわいい