女(家に帰ったらシャワー浴びて、音楽でも聞きながらスマホでゲームでもしよっと)
強盗「…………」ヌッ
女「?」
強盗「やい、金を出せ!」
女「きゃーっ!!!」
女「ひっ!」
強盗「このナイフで刺されたくなきゃ……いうこと聞け。いいな?」
女「は、はいっ! 分かりました!」
強盗「よしよし、いい子だ」
女(誰か助けてくれそうな人はいないかしら……)チラッ
強盗(周囲に誰もいねえだろうな……)チラッ
男「…………」ジーッ
女&強盗「え!?」
強盗「なんだてめえ!? この女を助けるつもりか!?」
男「助ける? とんでもない」
男「私は見てるだけです」
女「かよわい女が、強盗に脅されてるのよ助けなさいよ!」
強盗「そうだぜ!」
強盗「俺がいうのもなんだけど、大の男が女のピンチを見てるだけなんてちょっとあんまりだぜ!」
男「やれやれ、どうしてなのでしょうねえ」
男「なぜ、いつも“傍観者”というのは悪者にされてしまうのでしょうか」
強盗「そうだ! いじめだって、いじめる本人より傍観者のが悪いなんていうしな!」
男「ふぅ、分かりました」
男「それでは私が見てるだけの傍観者でいることによるメリットをお話ししましょう」
男「強盗さん、あなたはこの女の人を殺害するつもりでしたか?」
強盗「んなわけねえだろ! このナイフは単なる脅しだよ!」
男「そうでしょうね。お二人は顔見知りに見えませんし、あくまで金目当ての犯行でしょう」
男「邪魔が入らなければ、目的である財布を受け取り、あなたはさっさと逃走したはずです」
女「だけど、それじゃ私の財布はどうなるのよ!」
男「ナイフで刺されるのに比べれば、どうってことないでしょう?」
男「世の中、財布を落として出てこない人はいくらでもいるのです。それと似たようなものです」
男「お金はどうしようもないですが、カード類は機能を停止して再発行すればいいだけのことですしね」
男「まあ、ナイフで脅されたことによる、トラウマは残ってしまうでしょうが……」
男「それでもやはり、命を失うよりはマシでしょう」
強盗「ゲ、マジか!」
男「先ほどの女さんの悲鳴を聞いた人も多いでしょうし」
男「強盗事件として警察が捜査すれば、強盗さんが捕まる可能性も高いです」
男「早期解決すれば、財布が戻ってくる可能性もゼロではありません」
女「まあ、そうかもしれないわね」
男「この場合、強盗さんは強盗罪で5年以上の懲役を喰らうことになります」
男「とはいえ元々強盗するぐらい切羽詰まってたんでしょうし」
男「5年ぐらいならいい社会勉強になるんじゃないでしょうか?」
男「出所したら、刑務所生活のエッセイを書いてみるのも面白いかもしれません」
強盗「できれば捕まりたくはないけどな……」
男「私はこの通り腕っ節は弱いです。“実は強い”なんてオチはありません」
男「かといって強盗さんも、女性相手ならいざ知らず、男がやってきたら冷静さを欠くはず」
男「そうなれば、脅しのための小道具だったはずのナイフを凶器にしてしまうことも十分考えられる」
男「私と強盗さんが取っ組み合いになった場合、高確率で私はナイフで刺され、死ぬでしょう」
強盗「俺、根が小心者だし、すぐパニックになるし……やっちゃいそうだな……」
女「私を助けようとしたばっかりに……」
男「目の前で殺人が行われれば、きっと腰が抜けて逃げることもままならなくなる」
男「強盗さんは強盗さんで、目撃者を放っておくわけにはいかない」
男「となると、やることは口止めしかありません」
男「女さんもナイフの餌食になる可能性が高い」
男「つまり、私が助けに入ったせいで、財布を失うだけで済んだはずの女さんも死んでしまうのです」
女「私、まだ死にたくないっ!」
男「現場近くの防犯カメラの映像や遺留品から強盗さんは即座に容疑者として割り出され」
男「強盗さんはすぐさま捕まるでしょう」
強盗「そしたら俺はどうなっちまうんだよ!?」
男「強盗致死罪の刑罰は、死刑か無期懲役です。非常に重い」
男「今回の場合は二人死んでいますから、間違いなく死刑でしょう」
強盗「ひ、ひいい……」
男「まとめると、こういうことです」
男「強盗さんは財布を入手するが5年程度の懲役を受ける」
男「女さんは財布を失い、トラウマが多少残る」
男「私は助けなかったことへの良心の呵責に苦しむ。まあ、この程度の被害で済みます」
男「しかし、もし私が助けに入っていたら――」
男「私と女さんはナイフで刺され死亡。強盗さんはすぐ捕まり、死刑判決を受ける」
男「何年後か何十年後かは分かりませんが、絞首刑に処されることでしょう」
男「たとえ捕まらなくても、人命を二つも奪ったことに一生苦しむことになるでしょう」
男「私が助けに入ると、こんな悲惨な結末になっていたのです」
女「はい?」
男「財布を見せて頂けますか?」
女「どうぞ」サッ
男「ふんふん、カード類がいくらかと、現金が16000円ほどですが……」
男「カード類を盗んだ人が使うのは難しいですし、実質戦利品は16000円だけです」
男「強盗さんもたかが16000円のために死刑になったんじゃ死んでも死にきれないでしょう?」
強盗「たしかに……どうせ死刑になるならもっと金持ちを狙いたいぜ!」
男「世間では人を助けることが美徳のようにいわれていますが」
男「このように、あえて見てるだけにすることが正解の時もあるのです」
男「分かって頂けましたか?」
女「はいっ!」
強盗「よく分かりました!」
男「分かってくれればいいのです」
強盗「俺もあんたのおかげで、死刑にならずに済んだぜ!」
男「そうだ! お近づきの印に、皆さんで食事にでも行きませんか?」
女「いいわね!」
強盗「賛成!」
男「それでは参りましょう。近くに安くておいしい、いい店があるんですよ」
アハハハ… ハハハハ…
男「いやぁ、楽しい食事ができました。お二人と知り合えてよかった」
強盗「あんたのおかげで、俺は人殺しにならなかったんだもんな。いくら感謝してもしきれねえ!」
女「でも、ちゃんと前見て歩かないと危ないわよ」
男「平気ですよ。この辺は私の庭みたいなものですから」
ドンッ!
男「え……!?」
チンピラ「おい兄ちゃん、真正面からぶつかってくるとはええ度胸しとるやんけ」
チンピラ「よっぽど前歯がいらんと見えるのぉ!?」ガシッ
男「ひいっ!?」
男「お、おいっ! 女! 強盗! 私を助けろ! 急げ! 何してる! 早くしろぉぉぉぉぉっ!!!」
女「…………」
強盗「…………」
― 完 ―
綺麗なSSやね