ザッザッザッ…
男「……」タッタッタ…
実況『早い早い! どんどん順位を上げていく! ゴボウ抜きだァ!』
解説『ほう、ゴボウ抜きマラソンランナーですか……たいしたものですね』
男「……」グッ
実況『ゴール直前で最後の一人を抜き、ガッツポーズとともに一着でゴールだァ!』
解説『超人的な逆転劇というほかはない』
記者「おめでとうございます!」
男「ありがとうございます」
記者「素晴らしいレースでしたね。絶対一位になるという気迫を感じました」
男「ええ、最後は気力だけで走り抜きました」
記者「これで、世界大会の切符をぐっと引き寄せられたんじゃないですか?」
男「世界大会を意識すると固くなるので、あくまで自分のレースをするよう心がけますよ」
男(嘘だ。メチャクチャ意識しまくってる)
男(そしてこのゴボウ抜きにも、もちろん秘密がある)
男(それは――)
――――
男「はぁ、はぁ、はぁ」
男(タイムは……?)
男「ダメだダメだダメだ! こんなタイムじゃとても世界大会には出られない!」
男(だが、今のところそれにもっとも近いのが俺のライバルだ)
男(一方の俺は、このところレースでは微妙な順位が続いてるし……)
男(残るあとわずかの選考レース、全部優勝するつもりで走らないと……)
男「え?」
おっさん「あ、思い出した! おめえ有名なマラソン選手だべ!」
男「ど、どうも……」
おっさん「今度の世界大会にももちろん出るんだろ? 頑張ってくれよ!」
男「アハハ……」
おっさん「あ、そうだ! よかったら、野菜食っていかねえか?」
男「いえ、走ったばかりなんで……」
おっさん「絶対うまいから! 食ってみてくれ!」グイッ
男「こんなうまい野菜は初めてだ!」ボリボリ
おっさん「そりゃあ肥料が違うからなぁ」
男「肥料ひとつでこんな変わるもんなんですか?」
おっさん「マラソンだって一緒だろ? ドリンクやシューズひとつで結果が変わるでねえか」
男「たしかに……」
おっさん「ところで、おめえさん……」
男「!」ドキッ
おっさん「当ててやろうか……」
おっさん「さては世界大会のことだべな?」
男「!!」ドキドキッ
おっさん「当たったみてえだな」
男(なんだこのおっさん、とぼけた見かけによらずメチャクチャ鋭いぞ)
男「はい……」
おっさん「だったら意地でも勝つしかねえべ」
おっさん「まだチャンスはあるんだ。諦めちゃなんねえ」
男「しかし、最近はあいつに負けっぱなしですし、このままでは敗北は見えてます」
男「それに実績も足りない。残る選考レース、全部一着になるぐらいでないと……」
男「だけど、そんなのできっこない……!」
おっさん「……」
おっさん「だったらこれやるだよ」
男「なんですかこれ? ゴボウ……ですよね」
おっさん「こいつは“ゴボウ抜きゴボウ”だべ」
男「ゴボウ抜きゴボウ……?」
男「ハハ、まさか」
おっさん「あ、信じてねえな?」
男「そりゃそうでしょう。ゴボウかじって勝てたら苦労しませんよ」
おっさん「なら騙されたと思って、次のレース、それの欠片をこっそり食ってみるといいべ」
男「……気が向いたらやってみますよ」
おっさん「ま、実力で勝てるなら、それに越したことねえしな! アッハッハ!」
男「……」
男「……」タッタッタ
男(ダメだ……勝てない! 完全にスランプに陥ってる!)
男(今日のレースはライバルがいないのに、優勝どころか三着以内にも入れない……)
男(……ダメもとでこれを食ってみるか)
ポリッ
男「うおおっ!?」ギュンッ
男(すごいすごい!)
男(みるみるうちに前を走ってる奴を追い抜いていく!)
タッタッタッタッタ…
男「これが……これが“ゴボウ抜きゴボウ”かぁっ!!!」
男「やった!」
ワァァァァ……!
男(世界大会への道が首の皮一枚でつながった!)
男(いや、この“ゴボウ抜きゴボウ”さえあれば、確実に出場できる!)
男(それどころか、世界大会でも優勝できる! そうなりゃ俺は国民的ヒーローだ!)
――――
――
男(今日のレースでもゴボウ抜きできたのは、全てこの“ゴボウ抜きゴボウ”のおかげ)
記者「……もしもし?」
男「は、はいっ?」
記者「ゴボウ抜きでの勝利を続けてますが、なにか秘密がおありなんですか?」
男「秘密? そんなものありはしませんよ」
男「今まで地道に積み重ねた努力が、ここにきて実ったということなんでしょう!」
男「よぉっし、また勝てた!」
ワァァァ…
男「ゴボウ抜きで一位だぁっ!」
ワァァァァ…
男(残るレースはあと一つ。最終選考レースでライバルと直接対決だ!)
――――
――
男(俺とライバルの一騎打ちになるのは間違いない)
記者「今度のレースに向けて意気込みをお願いします!」
ライバル「世界大会に出ることが全てです! 命をかけて走ります!」
男(命をかける? 笑わせるな、たかがマラソンで)
男(それにお前はどうせ負けるんだ。俺の“ゴボウ抜きゴボウ”によってな)
記者「意気込みをお願いします!」
男「もちろん……命をかけるつもりですよ」
パァンッ!
ワァァァァァ…
男「……」タッタッタ
ライバル「……」タッタッタ
実況『始まりました! 世界大会最終選考レース!』
実況『とはいえ、実質はあの二人の一騎打ち! さぁ、どちらが切符を手にするのか!?』
ライバル「……」タッタッタ
男(やはり素の力では奴の方が上か! とても敵わない! どんどん引き離される!)
男(もう使うか? いや、最後のレースだしどうせなら劇的に勝ちたい)
男(もっと引き離されてからでも遅くはないだろ)
男(ここでゴボウ抜きゴボウを食う!)ポリッ
ギュンッ!
男「お、お、お、速い速い速い! あいつをゴボウ抜きしてやるぅ!」
タッタッタッタッタ…
ライバル(速い! みるみる追いついてくる! やはりこいつの実力は本物だったか!)
ライバル(俺は間違いなく追い抜かれて、世界大会を逃すだろう……だったら!)
男「!?」
男(あいつどこ行くんだ!? コースを外れやがった!)
男(諦めてレースを捨てたか……まあ、命をかけるとまでいったんだ)
男(俺に抜かれるのは耐えられなかったんだろう)
男(だったら、遠慮なく俺が一位をもらうぜ!)ダッ
男「!?」
男(あ、あれ……!?)
男(俺の体がライバルについてってしまう! コースを外れて暴走したライバルに!)
男(これは……ゴボウ抜きゴボウのせいなのか!?)
男(ダメだ……体で逆らっても、スピードが落ちるだけで止まらない……!)ググッ…
ライバル「……」タッタッタ…
ライバル「……」タッタッタ…
男(こいつ、どこ行くんだ!?)
男(どこまで行くんだよぉぉぉぉぉ!)
男(ゴボウを吐き出せば……ダ、ダメだ! 走りながらじゃ吐き出せない!)オエッ
タッタッタ…
ライバル(世界大会に出られないぐらいなら、あいつに負けるぐらいなら……)
ライバル(ここから身を投げて死のう……)ピタッ
ライバル「――ん?」
タッタッタッ
男「わっ、わっ、わっ! 今あいつを抜いたらっ! 抜いたらぁぁぁっ!」
男「止まらないぃぃぃぃっ! 止めてくれぇぇぇぇっ!」
男「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
タッタッタッタッタ…
グチャッ
ライバル(昨日現れたおっさんのいうとおりにしたら、あいつが落ちてしまった……)
おっさん『もしも次の最終選考マラソンで、あの男に抜かれる、もう敵わない、と思ったら』
おっさん『どこでもいい。高い崖みたいな場所から身投げしようとしてくれ』
おっさん『そしたら、もしかしたらあんたにとっていいことが起こるかもしれねえだ』
おっさん『本当に命かける気ならそれぐらいできるべ?』
ライバル(何者だったんだ、あのおっさんは……)
おっさん「ま、これもズルして勝とうとした罰ってことだべなぁ」
おっさん「あのライバルはこのレースは放棄しちまったけど、他にいい選手いねえし」
おっさん「命はあるんだから残る一枠には入れてもらえるにちげえねえべ」
おっさん「オレもこうして新鮮で良質な肥料が手に入ったし、めでたしめでたし、だべ」
― 終 ―