男(はじめて入るスターバックス……)ドキドキ
店員「ご注文は?」
男「あの……えぇと、ホットコーヒーのMを……」
店員「は?」
男「あの、ホットコーヒーのM……」
店員「おいお~い、笑わせんなよお客さん」
男「え……」
店員「小さいほうから順に、ショート、トール、グランデ、ベンティ。オシャレでしょ?」
店員「S、M、Lみたいなダサダサ表記と一緒にされちゃ困りますよお客さ~ん」
男「す、すみません」
店員「謝れば許されると思ってます? あまりにも自分が勉強不足だったと思いません?」
男「勉強不足でした……!」
バニラクリームフラペチーノはうまいから飲んでみてくれ
それなんて唱えたら貰えるの?
バニラクリームフラペチーノトールクリームオオメデ
って頼めばいいよ
日本語で頼む
店員「はいは~~~~~~い、店内の皆さんちゅうも~~~~~~く!」パンッパンッ
ザワザワ… ドヨドヨ…
ナニ? ナンダナンダ? ナニカアッタノ?
男(いったい何が始まるんだ……!?)
ナンダー?
店員「な、ん、と~?」
ナントー?
店員「ホットコーヒーのMくださいっていったんです!」
どっ!
ギャハハハハハッ! アハハハハハッ!
アリエネー! マジカヨー! オワッテル! ギャグカヨ! ドコノイナカモンダヨ!
男「ああああああ……!」
店員「ショートですね」
店員「分かったら、土下座して」
男「へ?」
店員「いいから土下座」
男「な、なんで……」
店員「謝るんだよ、スターバックスを侮辱したことを」
男「す、すみませんでした!」ガバッ
男「は、はい……」
店員「じゃみんな、このお客さんにコーヒーかけたげて~!」
オッケー! ヤロウゼー! ヒャッハー!
ジャバッ ジャバッ バシャッ
男「あううう……」ビショビショ…
男「はい……」
店員「もう充分です。顔を……上げて下さい」ニコッ
男「許して……下さるのですか」ムクッ
店員「わけねえだろうッ!」
ドガッ!
男「ぶはっ!」
男(つま先で思い切り顔面を蹴られた!)
俺もそう思った
ドカッ!
男「ぐはっ!」ドザッ
店員「いいか! 次来たら、こんなもんじゃ済まさないからな!」
男「痛いし、熱いし……びしょぬれだ……心まで」
男「ちくしょう、なんでこんな目に……!」
女「どうしたの?」
男「あなたは……?」
女「今からスターバックスに入ろうと思ってた女よ。乗れる相談なら乗ってあげる」
男「ってことは常連さんか! じ、実は――」
男「ひどいでしょう!?」
女「それはあなたが悪いわよ」
男「え……」
女「だってスターバックスは世界一誇り高いカフェなんだもの」
女「プライドの高さはベジータ、京都人、英国紳士にも匹敵するわ」
女「“しきたり”を理解してなきゃ、追い出されるのは当然よ」
男「うう……」
女「……で、どうしたいの?」
男「え?」
女「見返したいの、見返したくないの?」
男「あいつらに……一泡吹かせてやりたい!」
女「だったら“スタバ修行”……やってみる?」
男「スタバ修行……」
男「やります! やらせて下さい!」
女「厳しい修行になるわよ。ついてこれる?」
男「ついていきます! 絶対に!」
男「筋トレ!?」
女「スターバックスは優雅な空間と見せかけて、その中身は世界有数の戦場よ」
女「体力がなければ到底スタバで栄光を勝ち取ることはできないわ。席取りすらままならない」
男「なるほど……」
女「まず、腕立て伏せ始め!」
男「はいっ!」グッ…グッ…
男「ファッション?」
女「あんたの格好、トレーナーにジャージって、殺されても文句いえないわよ」
女「せめてジーンズぐらいはきなさいよ」
男「ジーンズってなんか窮屈で嫌いなんですよねえ……」
女「ワガママいわない!」
女「あとパーカーもお洒落なの買って……」
女「だいぶよくなったわ!」
女「なんていうか、いかにもスタバで『今月バイト三昧だわ~』とか『就活キツイわ~』とか」
女「そんな感じの話してる若者っぽくなったわ!」
男「ほ、ほんとですか! ありがとうございます!」
女「いいことだわ」
男「で、次は何をすればいいんです?」
女「ノートパソコンを買いましょう」
男「ノートパソコン?」
男「普通のパソコンならもう持ってますけど……」
女「デスクトップじゃダメ。スターバックスでは、ノートパソコンは必須アイテムなのよ」
女「コンセントのある席で、長々とノートパソコンを操ってこそ一人前なのよ」
男「なるほど、メモメモ」
女「なかなかいいノートじゃない」
男「買ったらスタバで何をしたらいいんですか?」
女「適当にレポート書いたり、折れ線グラフ眺めたりしてれば、スタバに溶け込めるわ」
男「まるでカメレオンですね」
女「うん、だいぶよくなったわ。もうあなたは昔のあなたじゃない」
女「あなたはもう立派なスタバ客――“スタビスト”よ!」
男「スタビストっ……!」
女「さぁ、あなたを散々バカにした店員を見返してきなさい!」
男「はいっ!」
ガチャッ…
男「Hello」
店員「いらっしゃいま……」
店員「!」
店員(たしか、こいつはこの間の……だがまるで別人のようだ!)
店員(とてつもない“スタバオーラ”を発してやがる!)
男「……」ゴゴゴゴゴ…
男「いい店だ……こんな日は店内でコーヒーブレイクに限るね」
店員「ご注文は……」
男「ホットのドリップコーヒー……トールサイズでね」パチンッ
店員「は、はいっ!」
男「それと……カップはマグカップにしていただきたい。今日はマグな気分でね」
店員「マグな気分っ……!」
男「あと頭脳労働をするので糖分も欲しいところだ。ラズベリーチョコレートパイをいただこう」
店員「あああ……」
男「どうしたのかね? なにをうろたえている? 注文が聞こえなかったのかな?」
店員「かっ、かしこまりましたぁぁぁぁぁ!!!」
店員(試しにスタバスカウターで奴の“スタバ力”を計ってみるか)コソッ…
男「さて、ノートパソコンを開くか」パカッ
店員「スタバ力が上がってく……!」
店員「10000……13000……18000……22000……24000……!」
男「レポートでも書こうかな」
店員「30000……38000……45000……!?」
男「おっと、エクセルで作った株式チャート風折れ線グラフも見ておこう」ッターンッ
店員「!」ボンッ
店員「スカウターが……壊れた……!」
男「なんだい? 作業の邪魔だよ」カタカタッターン
店員「申し訳ありませんでした!」
店員「この前は、あなた様がこれほどのスタビストとは知らずに、とんだ御無礼を!」
男「ハッハッハ、いいのだよ」
男「≪心は広く、意識は高く≫がスタビストの心得だからね」
店員「ありがたき幸せ!」ドバァァァ
男「師匠!」
女「もう私から教えることは何もないわ」
男「ありがとうございます!」
女「さあ、思う存分スタバを満喫しなさい!」
男「はい!」
こうして男は、全国のスタバに顔を出し、カリスマスタビストとして名を上げていった。
スタバ社長「君の注文、君の席取り、君のゴミ分別、君のノートパソコンさばき、全てが超一流だ!」
スタバ社長「君は名実ともに日本一のスタビストだ!」
スタバ社長「どうか社長になってくれたまえ!」
男「承りましょう」
男(ついに俺が……スタバの頂点に立った!)
シーン…
男「いいか! 出来ないは嘘つきの言葉だ! 人間に出来ないことなんてないんだ!」
男「自分達が世界一のコーヒーショップで働いていることを意識しろ!」
男「死ぬ気になれ! いや、スタバのために死ね!!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!
スタバの社員に教えてあげよう
女「あなた……変わったわね。昔の面影は全くないわ」
男「そうかな」
女「あなたに修行をつけたこと、はっきりいって後悔してるわ」
男「もう遅いよ」
男「俺はスタバを、世界一の企業にする」
男「これからは原油の代わりにスターバックスラテが燃料となり、通貨はキャラメルフラペッチーノになる」
男「いずれ七つの海をドリップコーヒーで満たしてやるのさ」
女「……そう。じゃあね」
店長「今日は社長が視察に来ていらっしゃる! きびきび働けよ!」
店員A「はいっ!」
店員B「はいっ!」
ザッザッザッ… キビキビキビ…
店長「いかがでしょう?」モミモミ…
男「なかなかいい店じゃないか」
店長「ありがとうございます!」モミモミ…
男「君のような人間が店長であることを誇りに思うよ」
店長「ありがたき幸せ!」ドバァァァァァ
客「あの……ホットコーヒーのMを……」
店長「てめえ、舐めてんのか!?」
ボカッ!
客「ぎゃっ!」ドサッ…
男「!」
店長「ホットコーヒー? M? スタバ舐めてんのか? あ?」
客「す、すみませ……」
店長「謝って許されると思うなよ?」
店長「おい、拷問用マグカップ持ってこい」
店員A「はいっ!」
店員B「分かりました!」
男(なんだこれは……まるでかつての私を見ているようだ……)
男(これが、かつて私が憧れたスターバックスなのか?)
男(これではまるで、私がやられたことを、あの屈辱を、別の人間に晴らしてるだけじゃないか!)
店長「社長!?」
男「君、大丈夫か!?」
客「は、はい……」
男「すまなかった……すまなかった!」ガシッ
客「なぜ、ぼくなんかを助けてくれたんです……?」
男「それは……君が私だからだ」
客「え……?」
男「君の姿を見て……私は決心したよ」
男「スターバックスは新しく生まれ変わる!」
男「ああ……スターバックスは選ばれた客だけのものじゃない、みんなのものだ!」
こうして、スターバックスは皆さんもご存じのような老若男女に愛される
素晴らしいコーヒーショップになったという……。
~ END ~
