男「もうちょっとで入賞だったんだけど、ダメだったよ」
男「とはいえ、上位陣はやっぱりレベルが違うからな……明確な壁がある」
女「そういうもんなんだ」
男「あーあ、今の倍跳べるようになれば、絶対優勝できるんだけど……」
女「アハハ、倍は欲張りすぎよ~」
ニャーン…
男「ん?」
女「あっ、木の上に子猫がいるわ!」
男「まずいな……あの位置から落ちたら、川に真っ逆さまだ」
男(ここの川は流れが速いから、落ちたらかなり危ない……)
女「今にも落ちそう!」
男「よーし……俺が助ける!」
女「でもどうやって――」
男「とうっ!」ピョンピョーンッ
ガシッ
女「え!?」
子猫「ニャーン」トコトコ…
女「ねえ、今……あたしの目がたしかだったら、一回跳んだ後、空中でもう一回跳んだよね?」
男「……ああ」
男(今の跳び方……体が覚えてる)
男「ちょっともう一度やってみるか」ピョンピョン
女「またできた!」
男「俺……二段ジャンプできるようになったよ」
女「すごいじゃない!」
男「いくぞ……」
級友A「絶対無理だって……」
男「たあっ!」ピョンピョン
級友A「うわっ!?」
級友B「すっげ~! マジで二回跳んでるじゃん!」
級友C「ゲームのキャラかよ!」
男「な?」
級友A「途中の段に足をかけずにのぼり切った!」
級友B「便利でいいなぁ~」
級友C「チートすぎる!」
男「とうっ!」ピョンピョンッ
監督「な……!?」
男「どうです?」
監督「すごい……すごいぞ!」
監督「この跳躍法があれば、今度の大会で必ず優勝できる!」
男「ええ、任せて下さい!」
オオッ……!
審判「!?」
審判「え~……男子走り高跳び、優勝は男選手!」
ワァァァ……!
男「はい!」
男(この人、有名な陸上チームの……)
スカウトマン「今日の大会は見させてもらっていたよ。ぜひ本格的にオリンピックを目指さないか!」
スカウトマン「君の力があれば、跳躍競技の全てで金メダルが取れる!」
男「よろしくお願いします!」
女「大会で優勝できた上に、スカウトまでされちゃうなんて、すごいじゃない!」
男「へへへ……だろ?」
男「これからは強化選手として遠征するからしばらく会えないけど……絶対金メダルを取ってみせる!」
女「うん、だけど……」
男「?」
女「ううん、なんでもない! 頑張ってね!」
五輪監督「おおっ……世界記録をあっさりと!」
男(当然だよ、なんたって二回ジャンプできるんだからな)
男(世界記録の七割しか跳べないとしても、7+7で余裕で世界記録を越えることができる)
男(二段ジャンプができる限り、俺は無敵だ!)
実況『さぁ、男子走り高跳び、いよいよ男選手の登場です!』
実況『若き日本のエース、果たして世界の舞台でどう羽ばたくのか!?』
男「とおーっ!」ピョンピョーンッ
実況『出ました! 二段ジャンプ!』
実況『空中でもう一度跳躍する絶技で、バーを軽々と越えていったぁっ!』
実況『男選手、跳躍系競技全てで金メダル獲得ーっ!』
男「やったーっ!」
五輪監督「よくやったぞ!」
男「ありがとうございます、監督……!」
競技者B「なにかのトリックだ!」
競技者C「きちんと検査しろ! 絶対何か仕込んでるって!」
男「だったら好きなだけ検査させるといいさ。もちろん、中立な立場のドクターにね」
……
医者「ドーピング反応はもちろん、体内になんの痕跡もありませんでした……」
競技者A「そ、そんな……」
競技者B「信じられない……」
競技者C「悔しいが、我々の負けだ……!」
男「当然だろ」フンッ
男「……ありがとう」
男「これでようやく想いを伝えることができるよ」
女「え?」
男「俺は必ず君を幸せにしてみせる。結婚しよう」
女「……はい」
男(これから文字通り、薔薇色の人生が始まるんだ……!)
司会者「二段ジャンプのコツを教えていただけるでしょうか?」
男「かまいませんよ」
男「まず、普通に跳びますよね」ピョン
男「で、そこからもう一回足をグッとやるんです」ピョーンッ
司会者「ずいぶん簡単なんですね……」
男「でも、俺以外でできる人はいないんですけどね」ニコッ
実況『男選手、またしても優勝ーっ! もはや絶対王者だっ! 誰も彼には届かないっ!』
ファンA「サインして下さい!」
ファンB「お願いします!」
ファンC「あなたはまさに“鳥人”だ!」
男「ハハ……みんな押さないで。並んで並んで」
男「いいよー!」
男「いくぞ~、そりゃっ!」ピョンピョーンッ
キャーキャー!
男「じゃあ今度は、二杯イッキだーっ!」グビグビッ
キャーキャーッ!!!
男「うへへへ……俺は超人だ! 国民栄誉賞だ! 人間国宝だぁっ!」
女「……また飲んできたの?」
男「悪いかよ」
女「……別に悪いなんていってないけど」
男「目がそういってるじゃねえか!」
男「自分で稼いだ金でたらふく飲んで、何が悪いってんだよ!? ええ!?」
女「……」
男「うるせえな」
男「誰のおかげで、いい暮らしできてると思ってんだよっ!」
男「俺のおかげだろうが! 俺の二段ジャンプのおかげだろうがっ!」
男「お前だって金メダリストの妻ってことでいい思いしてんだろ!?」
女「今のあなたが金メダル取れるとは思わないけどね」
男「なんだとォ!?」
女「それにあたし、あなたが金メダリストだから結婚したわけじゃないし」
男「……!」
女「あたし、前からずっといいたかったんだけど……」
男「あ?」
男「今さら何を……!」
女「そうすれば、平凡だけど……もっと幸せな家庭を築けたのかも」
男「くっ……!」
そして、どちらからともなくいった。
「もう……別れようか」
女「そうね」
スタスタ…
男「たしかここらへんで、俺が猫を助けたんだよな」
女「うん、懐かしい」
男「にしても、ここの川は未だに柵をつけてないのかよ。かなり深いし、流れも速いのに」
女「危ないよね~」
男「……」
女「……」
男女(いくら昔を振り返っても、もうあの頃には戻れない……)
男「うわっ!?」
女「きゃっ!」
男(なんだ!? 茂みから何かが飛び出してきて――)
女「きゃああっ!」グラッ
男(あっ、川に落ちる! もし落ちたら……! ――助けないと!)
女「!」
男(よし、もう一回空中でジャンプして岸に戻ってやる!)
男「もう一回!」ピョンッ
男「……!」
男(ダメだ! 届かない! 昔の俺なら……届いたはずなのに!)
男(昔の俺は子猫を助けられたのに……今の俺は妻を助けられないのか!?)
男(そもそも俺が二段ジャンプを身につけられたのはどうしてだ!?)
男(金メダルが欲しいからじゃない、みんなに褒められたいからじゃない)
男(“助けたかったから”だろうが!)
男(だったらもう一度――助けたい!!!)
男「うおおおおおおっ!!!」ブルルンッ
女「!」
ピョーンッ!
女「すごい……三段ジャンプ……」
男「……」ハァハァ…
男「なぁ……俺たちもう一度やり直さないか?」
男「平凡な暮らしでいい。俺……やっぱり君を守りたい」
女「うん……あたしも、やり直したい。やっぱり離れたくない」
男「ありがとう……!」
「すげー、今の見たか!?」
「三段ジャンプしたぜ、三段!」
「あっ、あの人、有名な陸上選手じゃん!」
男「平凡な暮らしはもう少しお預け、かな」
女「ふふっ、そうみたい」
男(ところで、さっき飛び出してきたのは何だったんだろう?)
猫「ニャーン」トコトコ…
~END~