オーク「ああ、感染者が続々増えてやがる」
オーク「王国中の医師や魔術師が尽力してるが、終息まではまだしばらくかかるだろうな」
女騎士「こうしてる間にも、ウイルスは空気中を漂ってるかもしれん……」
女騎士「かくなる上は私がウイルスを成敗してくれる!」
女騎士「てりゃっ! うりゃっ! とりゃっ!」ブンブンブンッ
オーク「わわっ、あぶねえ! 落ち着けえ!」
女騎士「これが落ち着いていられるか!」
オーク「高齢者や、持病を持ってる人にとって特に危険だってことだ」
オーク「俺らみたいな健康な奴がパニック起こしたら、そういう人も助からなくなっちまう」
女騎士「くっ、すまん……」
女騎士「しかし、どうすればよいのだ……!?」
オーク「こういう時こそ、ウイルス対策の基本を思い出すんだ」
女騎士「基本……?」
女騎士「ほう」
オーク「もちろん、水でちょいとバシャッとやるだけじゃほとんど意味がねえ」
オーク「石鹸を使って、指の間まで丁寧にな」
女騎士「なるほど……」
オーク「それとなるべく人混みは避ける。不要な外出はしない」
オーク「騎士団でも飲み会なんかがあるだろうが、しばらくは自粛した方がいいだろうな」
女騎士「くっ、飲みたい……」
オーク「あとはマスクの着用だな」
オーク「口の周りをそれなりに保湿できるし、あと咳やクシャミを他人にかけずに済む」
女騎士「そうか……マスクか!」
女騎士「さっそく買わなければ!」タタタッ
オーク「あっ……」
オーク「ったく、全然落ち着けてねえじゃねえか……!」
オーク「あれ?」
女騎士「……」ショボン
オーク「なにしょぼくれてんだ?」
女騎士「マスク……買えなかった……」
オーク「まあ、今はみんな買うだろうからなぁ。品薄になってもしょうがねえよ」
女騎士「マスクがない私は……つまりウイルスに対して無防備!」
オーク「なんだそりゃ!?」
オーク「全身の細胞をズタボロって……誰から聞いたんだよ」
女騎士「町で噂になってたから……」
オーク「あからさまなデマ情報に踊らされやがって……」
オーク「悪質なデマに惑わされないことも、ウイルス対策では重要なの!」
女騎士「くっ、私としたことが……」
女騎士「いくらなんでもおかしくないか?」
オーク「まあ……たしかに。一つぐらい見つかってもいい気がする」
オーク「品薄のわりに、街を見ても、マスクしてる人はあまりいないしなぁ」
女騎士「だろう?」
女騎士「これはきっと、マスクを奪った不届き者がいるに違いない!」
オーク「やるとしたら……盗賊あたりか」
女騎士「足を洗ったとはいえ、奴ならやりかねんな。見つけて、とっちめてやる!」
女騎士「そうだ。お前が盗んだんだろう?」
女騎士「正直にいえば、罪は軽くしてやるぞ」
盗賊「いやいや、俺はそんなことしませんぜ! もう盗みはやめたんですから!」
女騎士「本当か?」
盗賊「本当ですって! それに仮に現役の頃でも、病気につけ込むようなゲスな盗みはしませんよ!」
オーク「こいつ、ウソをいってるようには見えないぜ」
オーク「それに盗まれたんなら、店の連中がもっと大騒ぎしてるはずだ」
女騎士「むむ……では誰が……?」
女騎士「なんだか騒がしいな」
女騎士(どうやら商人の集団がマスクを売ってるようだ……新しく入荷したのか?)
ザワザワ… ドヨドヨ…
「マスク一枚、10万Gだよー! つけないと病死しちゃうよー!」
オーク「なにい!? 10万ン!?」
女騎士「いくらなんでも高すぎる!」
ドッサリ…
女騎士「山のようにマスクが!」
オーク「そうか、分かった……。奴らは“転売賊”だ!」
女騎士「転売賊? なんだそれは!」
オーク「皆が欲しがるものを早々に買い占めて、それを法外な値段で売りさばく手法で大儲けしてやがる」
オーク「ある意味、山賊や盗賊よりずっと厄介な奴らだ……」
女騎士「くっ、許せん!」
女騎士「騎士として、私が成敗してくれる!」ダッ
オーク「おい、待て!」
転売賊「おや、騎士様。マスクを買われますか? 一枚10万Gで」
女騎士「誰が買うか!」
女騎士「皆が未知のウイルスに怯えてるご時世に、こんな商売が許されると思ってるのか!?」
転売賊「思ってますが?」
女騎士「な……!」
転売賊「我々は自分で買った商品を、自分で新たに値段をつけて売っているだけですからね」
転売賊「一切不正はしていませんし、法律にも触れていません」
転売賊「一体なにがいけないんですか?」
女騎士「ぐぐっ……!」
転売賊「弱みにつけ込むぅ?」
転売賊「だったら食べ物屋は“食べないと餓えてしまう”という人々の弱みにつけ込んでますし」
転売賊「運送屋は“遠くに物を届けたい”という弱みにつけ込んでるといえますよね?」
転売賊「あなたたち騎士だって、“戦えない民”の弱みにつけ込んだ商売じゃないですか」
転売賊「無給で民を守れといわれても、それは無理なはずですからね」
女騎士「貴様ッ……!」サッ
転売賊「お? 剣を抜きますか? 丸腰の善良な民に? やってごらんなさい」
転売賊「ま、その瞬間、あなたの騎士資格剥奪は間違いなしですがね」
ククク… ハハハ… サスガボス…
女騎士「くうう……ッ!」
女騎士「オーク! しかし……」
オーク「こいつのいってることは正しい。今ここで争ったら、悪者になるのはお前だ」
転売賊「魔物のくせになかなか話が分かるじゃないですか」
オーク「ありがとよ」
女騎士「オーク……! だが、こんな輩をのさばらせてはおけん!」
オーク「分かってるよ。だったらこっちも……“正しい手段”で対抗すりゃいいんだ」
女騎士「……へ?」
オーク「はい、いらっしゃい、いらっしゃい!」
オーク「今からオーク族に伝わる、手作りマスクの作り方を教えるよ~!」
オーク「かつて、集落で“オークコレラ”が流行った時も、オーク族はこれで乗り切ったんだ!」
オーク「まず、布をこうして……」
ワイワイ… ワイワイ…
「へぇ~、簡単だな」 「効果も高そう!」 「高いマスク買うよりはこっちの方が……」
市民「買わねえよ。オークに教わった手作りマスクでしのぐわ」スタスタ
転売賊「……!」
転売賊「あの野郎ども、余計なことしやがってぇ……! マスクを全然売りさばけない……!」
手下A「ボス、どうします? このままじゃ大損です!」
手下B「ええ、まずいですよ!」
転売賊「こうなったら……!」
女騎士「ああ、このマスク、呼吸もしやすいし保湿も出来て本当に優れ物だな!」フカフカ
オーク「なにしろ、オークコレラを打ち破ったマスクだからな。コロナにだって負けねえよ」
転売賊「待てや」
ゾロゾロ… ゾロゾロ…
女騎士「貴様らは……!」
転売賊「おかげで大損だ!」
オーク「知らねえよ。買い占めなんてしたんだから、そういうリスクも覚悟しとけよ」
転売賊「うるせえ!」
転売賊「こうなったら、てめえら八つ裂きにして、“コロナにかかったらこうなる”って風評バラまいてやるよ」
転売賊「そうすりゃ、マスクもバカ売れすんだろ!」
オーク「ったく、転売失敗したらとたんに知能が低くなったな」
女騎士「ふん、これが本性だということだ」
ワァッ!!! ドドドッ…
オーク「女騎士」
女騎士「ん?」
オーク「実をいうと……俺もこういう解決方法のが好きでなァ!」
女騎士「フッ、知っていた」
オーク「死なない程度に可愛がってやろうぜ!」
バキィッ!
女騎士「だあっ!」
ザンッ!
ドゴォッ! ズバッ! ドガァッ! シュバッ! …… ……
転売賊「な、なんだと……!?」
転売賊(たった二人であんな大勢を……!)
転売賊「わ、わわっ……」
転売賊「お、俺は悪くねえぞ! 全部国が悪いんだ!」
転売賊「コロナウイルスに有効な対策を出せない国王や医者どもが……!」
女騎士「救えんな」ビュオッ
転売賊「ひゃあっ!」
ピタッ
転売賊「……」ピクピク
女騎士「己の罪までは……転売することはできんぞ」
オーク「俺も久々に大暴れできて楽しかったぜ」
女騎士「だが一歩間違えれば、私もこいつのようになっていたかもしれないな……」
オーク「そんなことはねえさ」
オーク「お前はどんなにパニックになっても、弱い連中を虐げることだけはしなかったと思うぜ」
女騎士「……ありがとう」
この後、女騎士は騎士として怯える民の救助や統制によく努めた。
やがて、コロナウイルスに有効な薬や魔法が開発されたことによって、事態は収束したという――
END
乙
俺らの世界の騒動も早く収まって欲しいぜ