自分が殺した仇敵の子どもに殺されるのか…
仕方ない…子どもにとっては、親は親だもんな)
魔娘「おいおまえ…勇者と言ったな
父上のかたきだ!
のどをかっ切ってはらわたを引きずりだしてやる
それとも生きたままじごくのごうかであぶってやろうか」
勇者(ん…この子の目…似てる…)
勇者「…姫様…」
魔娘 「!?
何故お前が母上の名前を知っている!?」
勇者(姫様の…娘…?)
勇者「姫様は…私の…妻だ…
君は…姫の…娘なのか…?」
母上は、父上の奥さんだぞ!!
人間ごときがウソをつくんじゃない!!」
勇者(姫様…さらわれてから8年…
必死で救おうとここまで来たが…魔王の慰み者に…
すでにこの世を去ってしまったのか…)
魔娘 「!!な…なぜ泣く!?」
勇者「…。」
(姫様、間に合わずすまなかった…私も、もうすぐそなたの元へ行こう)
勇者 (子どもには話せん…
1番助けたかった人も死んでしまっていたし…
世界は救われた、もういい、ここで死のう…)
「君の父親を奪ったのは…確かに私だ、殺すと…いい」
ガクリ
魔娘 「…死んだのか…?」
トクン…トクン…
魔娘「虫の息だけど、まだ生きている…
こいつは父上のかたき…!!
……。」
魔娘 (なぜ泣いたか聞いてから殺そう)
勇者(まだ生きている)
魔娘「起きたか」
勇者「君は…。!手当てしてくれたのか」
魔娘「かんちがいするな、あのままころすのはつまらなかったからだ」
勇者「…」
(本当に、見れば見るほど姫様にそっくりだ)
魔娘「なんだジロジロ見て!
今からお前は魔娘にころされるんだぞ!
わかってるのか!」
勇者「ふ。」
勇(勝気な性格も、生き写しだな)
勇者「ああ…。最後に、君に会えてよかった、魔娘」
魔娘「!?!?」
勇者「君の父の仇だ、私を殺すのは構わない…だが、私を殺した後、君に頼みがある」
魔娘(??変なこというやつだな…)
勇者「人間を恨まず、静かに暮らして欲しい…」
勇者「…。」
涙目で魔娘を抱き寄せる
魔娘「!!?…や、やめろ!!」
ドンッ
魔娘(なんだ…あったかくて…懐かしいような匂いがしたぞ!!)
勇者「?」
魔娘「こんな死に損ないを殺しても、父上は喜ばない」
勇者「…。」
魔娘「お前をおいつめて苦しめて、不幸のドン底に突き落としてから、なぶりごろしにしてやる!」
勇者(姫様の死を知った今が1番のドン底だが…この子を放っておくわけにもいくまい)
魔娘「これからお前の人生には良いことなど一つも起きない。わがうらみの深さを思い知り、苦しみにのたうちまわって死ぬのだ」
勇者「…わかった、それでいいよ」
(この子の責任は、私が負おう)
勇者「…。」
勇者(それにしても、姫様にそっくりだ…)
魔娘「なんだよぅ、黙るな!」
勇者「あぁ、すまない。
ところで魔娘、腹は減っていないか?」
魔娘「減るわけない!今日もでっかいドラゴンを5匹も食べたんだからな!」
ぐぅ~…
魔娘「…//// ま、まだ腹の中でドラゴンが暴れてるんだ!!」
勇者「ふふ、そうか。
私は腹が減ったから、干し肉でも炙って食べよう」
カチカチ…ボッ…メラメラ…パチパチ
いい匂いフワ~
魔娘(めっちゃ美味しそうな匂い…)
勇者「あぁ、最後の食料だ…これを誰かに食べられてしまったら、困るなぁ…。」
魔娘「…!!よ、よこせ!!」
勇者「どうぞ。」
魔娘 ガツガツ
勇者 にこにこ
勇者 寝袋ゴソゴソ
魔娘(お腹いっぱいになったら、眠くなってきた…)
魔娘 ウトウト…
勇者(寝つきのいいのも、姫様に似てるなぁ…)
寝袋にそっと寝かせてやる
勇者(私も少し休もう、体力を回復させないと魔王の城からは出られまい)
勇者(おや?)
勇者「これは…。」
勇者(私が姫様にあげた指輪…姫様は、大切にしてくれていたのだな…。)
ポロ…ポロポロ
勇者(魔王の娘とはいえ、私の妻が命をかけて産み落とした命。無下にはすまい。)
…グーグー
魔娘「んー?ふ、ふあ!?」
魔娘(あれ!?ね、寝ちゃった!!こいつが寝入ってる間、嫌なことをするチャンスだったのに!)
勇者「よく眠っていたな。私もだいぶ回復できた」
寝袋ゴソゴソ…
勇者「さぁ、出発しよう」
魔娘「うん」
魔王は死んだようだが、こっちにはまだ魔王の娘がいるんだ」
配下「あ、幹部殿。生きておられたのですね!」
幹部「おお、配下。お前も無事だったか」
配下「はい、勇者のヤツ、幹部クラス以上の魔物しか殺さなかったようで…」
幹部「幹部クラスで生き残ったのは俺だけか…」
幹部(フン、その甘さが命とりだぜ。これは、好機!魔王の娘を喰らって、俺が次の魔王になってやるぜ)
幹部「生き残った配下たちは?」
配下「それが…魔王様の瘴気が薄れてしまったため、散り散りに逃げ出した者と、ボーッとして動かない者ばかりで」
幹部(クソ、やっぱ阿呆な魔物を統率するには魔王の瘴気が必要だな)
幹部「配下!お前魔王の娘の護衛だろ。あの娘はどこだ」
配下「は、魔王様が亡くなられてから、しばらくは一緒におりましたがいつの間にかはぐれてしまいまして…探してはいるのですが、私も、昨日からなんだかその…頭がボーッとして…」
幹部「魔王の血筋を失う訳にはいかねぇ。子どもの足ならそう遠くには行ってねぇはずだ。匂いをたどってみよう…何かあの娘の持ち物はあるか?」
配下「は!外套が…」
幹部「フンフン…こっちだ」
配下「さすが幹部様…!」
幹部「行くぞ!途中床でグダついてる配下どもには、蹴りをいれて俺についてくるように指示しろ」
配下「は、ハッ!!」
魔娘「指図するな!魔娘は強いんだからn…モガ」
勇者「シッ…!強い魔物の気配がする…!一匹倒し損ねていたか」
魔娘(くーちーをーふーさーぐーなー!!)もがもが
幹部(見つけたぜ!魔王の娘…と、勇者…!?何故一緒にいるんだ?
腑に落ちねえが…勇者の方は血塗れで動きも緩慢だ、魔王との死闘でだいぶ弱っているな。
こっちはグダついてるとはいえ、魔王城に常駐することを許された配下が15人…負けるはずがねぇ!
よし、魔王の娘を喰らい、勇者をも喰らってやる…!そうすれば俺の経験値は一気に魔王レベルに…)
勇者(気配を察するに、あちらは幹部クラスが一匹と、雑魚が10匹以上…この子を取り戻しに来たのか?)
勇者(…この子が次の魔王になるまで何千年以上もかかるだろう…引き渡して魔物たちの王女として生きて行く方が、この子にとっては幸せなのだろうか?)
配下((ハッ!!))
幹部(いいか、狙え……撃て!!)
ビシュッビシュッビシュッ
勇者(なっ…!?この状況で撃ってきただと!?この娘の命はどうでもいいのか?!魔娘、私の後ろに下がれ!!)
魔娘「うわっ!!」
ドドドッ!!
幹部(幾本もの矢と殺気に紛れて、俺の動きを読むことはできまい!その一瞬の隙が命取りだぜ!懐に飛び込んで喉を掻っ捌いてやるっ…!!)
ザシュウ!!
勇者「この娘はお前たちの王女ではないのか…?敵と一緒くたに攻撃してくる奴らに、この子は譲れんな…!!」
切られて倒れる幹部 ドサッ
魔娘(暗くてなんだかよくわからないけど、勇者ヤバい強い…!!)
勇者「さぁ!リーダーの首をはねてやったぞ!!次に胴体とおさらばしたいのはどいつだ!?」
配下A(なんかヤバいよ~勇者全然弱ってないじゃん!!次誰行くの?)
配下B(オレやだよ、だって幹部殿についてきただけだし)
配下C(ぼく逃げよ)
配下D(じゃあオイラも)
配下E「あ、降参でいいです」
スタコラサッサ
魔娘「あっ!!こら!お前たち!!」
勇者「魔娘…、あいつらと行きたいか?」
魔娘「う、うん…。だって魔娘が面倒みてやらないと…あいつらアホだから世界征服なんて出来ないし…人間にも勝てないし…」
勇者(その考え方は…むしろ人間くさいのだが…)
勇者「わかった…君の人生だ、好きにするといい」
魔娘「うん、お前もの分かりがいいな。でも父上の仇だ。そのうち部下を従えて寝首をかきに行くから、それまで毎晩震えて眠るがいいぞ!」
勇者「あぁ。人間への恨みを晴らせるなら、私の首などいつでもくれてやる。…達者で暮らせよ」
頭ヨシヨシ
魔娘「…。」
勇者「それじゃ」
勇者(あぁ。私と姫様の間に産まれてほしかった…)
魔娘「…。」
魔娘(あれ?…どうしよう…)
魔娘(この辺来たことないから王の間への帰り道わかんない)
魔娘(…。)
タッ
袖くいくい
勇者「…?」
魔娘「あのさ、やっぱり、お前の首をおみやげにしてから、配下を集めようと思う」
勇者「そ…そうか」
勇者「ふふ。あぁ、そうだな」
魔娘「あ、それに、その方が父上もさすが我が娘って喜ぶと思うんだ」
勇者「うむ、そうかもしれんな」
魔娘「別に、帰り道がわかんない訳じゃないんだぞ、それは絶対違うんだ」
勇者「そうだろうな、自分ちだもんな」
魔娘「…うん」
魔娘(こいつはうちの父上と違ってもの分かりがよくて助かる。父上は厳しかったからな…)
勇者「魔物がいないと、だいぶ進みが早いな。三週間後には魔王の城から1番近くの山里に着きそうだ」
魔娘(そんなにずっと歩けないよ~…でも人間に負けたくないしなぁ)
勇者「魔娘?顔色が悪いぞ」
魔娘「そんなことない、平気だ」
ぐぅ~
勇者「腹が減ったのか…一日歩いたからな」
魔娘「違うぞ、魔娘は平気だ」
ぐぅ~
勇者「もう少し歩いたら私が拠点にしていた仮小屋があるから頑張れ、そこになら食料がある」
魔娘「うん」
勇者「うむ」
魔娘「ボロいな」
勇者「多分、城から逃げた魔物に荒らされたんだろう」
魔娘「食料はまだあるかな?」
勇者「見てみよう」
ガサガサ
勇者「…。ダメだ、すっかり無くなっている」
魔娘「人のもの勝手に食べるなんて行儀の悪い奴らだ」
勇者「はは、それが魔王の娘の言うことか」
魔娘「…?」
勇者「欲しいものはなんでも奪うのが魔物だろ」
魔娘「え…そうなのか」
勇者「?」
勇者「それは…驚いたな」
魔娘「人間は嘘ばっかり吐くって」
勇者「まぁ、嘘を吐く人間もいるが」
魔娘「さてはお前嘘をついたな」
勇者「…。」
魔娘「食べ物なんて始めからなかったんだろ」
勇者「…。」
魔娘「今夜は小屋の中で眠れると思うなよ。ウトウトした途端のどぶえを噛みちぎってやるからな」
勇者「それは困ったな」
魔娘「当然の報いだ」
勇者「何か獣を狩ってくるから、小屋の中でちょっと休んでろ」
魔娘「えっ、うん。」
魔娘(こないだ食べた人間の食べ物はうまかったな)
魔娘(お城の食べ物は硬くて冷たくて、辛かったり苦かったりであんまし好きじゃなかったからな)
魔娘(父上たちはうまそうに食べてたけど…)
魔娘(…。)
魔娘「ふぁ~。眠くなってきた」
魔娘(あいつ遅いな)
ウトウト
魔娘(遅いなぁ…
あれ?もしかして…騙されたのかな…?
戻ってこなかったらどうしよう…)
ウトウト…
すやすや
魔娘「やっぱりまだ、帰って来てない」
ポツン
魔娘「…。」
魔娘「あいつ、調子のいいこと言って…戻ってくるなんて嘘だったんだ。やっぱり、人間の言うことなんて信用しちゃいけなかったんだ」
ポロ…
魔娘「うぇえーん、父上…」
勇者「おー起きたか、外に出てこい」
魔娘「?」
パチパチ…いい匂いフワ~
魔娘「…。」
ぱあぁ!!
勇者「飯だぞ」
魔娘「ホントに帰ってきたのか!」
勇者「?」
魔娘「なんでもない!」
勇者「さぁ、たんと食え」
魔娘「うん!」
勇者 にこにこ
魔娘「ズズッあっちぃ!ハフハフあつ、ングッ!!うっまー!!」
勇者「ふーふーして食え」
にこにこ
勇者「それはよかった」
魔娘「お前もたくさん食ったな」
勇者「うむ」
魔娘「人間の食べ物はうまいな」
勇者「…うむ…」
魔娘「お前獣獲るのうまいんだな」
勇者「…ん?…この旅に出る前は…狩人だったんだ…」
魔娘「へぇー。なんで勇者になったの?」
勇者「…。」
魔娘「…?」
勇者「…ぐぅ…ぐぅ」
魔娘(寝てる)
勇者 すやすや
魔娘(ぐっすり寝てる…座ったままなのに)
魔娘(あ、今なら簡単に殺せそう)
ドクッ…
魔娘(父上の仇…)
ドクン…ドクン
魔娘(殺さなきゃ…)
ドクン…ドクン…!
勇者 すやすや
魔娘「…。」
魔娘「どうしよう…」
魔娘(なんか殺せない)
勇者「おはよう、魔娘。よく眠れたか?」
魔娘「…あんまり」
勇者「そうか。私の寝袋使ってよかったんだぞ」
魔娘(そういうわけじゃないんだけど)
勇者「?」
魔娘「ばーか」
勇者「はは、元気そうだな。今日もガッツリ歩くから頑張れよ」
魔娘「うん、わかった」
勇者「よしよし」
魔娘「あのさ、その、里村ってあとどのくらい歩くの?」
勇者「この丘を越えたら見える、もうすぐだ」
勇者「ホラ」
魔娘「わぁ…」
勇者「すっかり活気を取り戻してるなぁ」
魔娘「早く行ってみよう!!」
勇者「うむ」
村の子どもA「あっ!!勇者様だぁ!!」
村の子どもB「勇者様が帰って来たぁ!!」
勇者「おお、ぼーずたち元気だったか」
村の子どもC「魔物が出なくなったから、いっぱい外で遊んでるよ!」
村の子どもA「勇者様ありがとう!!」
村人A「おーい!みんな!勇者様がお帰りだぞ!!長に伝えろ~!」
村人B「お祝いの宴を準備しろ!」
長「勇者様、本当に…よくぞご無事で」
占い婆「20日ほど前から空を覆っていた瘴気が晴れてきて、勇者様が世界を救って下さったに違いないと、お帰りを待っておりました」
村の女A「作物も実るようになりました。どうぞ、たくさん召し上がってください」
勇者「ありがたい。頂きます。ほら、魔娘も頂きなさい」
長「そちらの娘さんは…」
勇者「魔王の城で保護しました。王宮へ連れて行きます」
長「おお、そうか。可哀想に、恐ろしい目に遭ったろう。でものう、勇者様とおれば、安心じゃ。三国一の剛気の者じゃから」
魔娘「うん、勇者は確かに強い。父上を倒したし…」
勇者「あっあの、この娘に何か代わりの服を用意してくれませんか」
長「もちろん、お安い御用ですじゃ。おーい、この娘に旅の服を用意して差し上げなさい」
村の娘AB「「はーい」」
魔娘「…。」
村の娘A「あらあなたすごい汚れてるわ、お風呂焚いてあげるから入ってから着替えたら?」
魔娘「えっ…お風呂って?」
村の娘B「きれいにしたら気持ち良いわよ、こっちこっち」
勇者(よかったよかった)
バシャー
村の娘A「あらあなた、洗ったらすっごい綺麗な肌してるのね!」
村の娘B「髪の毛もガビガビだったけど、すごいツヤツヤになったわ!」
魔娘「ありがとう!」
村の娘AB(まぁ可愛い…)
村の娘A「あったまったら出ておいでね、髪の毛乾かしてあげるから」
ちゃぽーん
魔娘(なんか人間て思ってたより悪くないぞ)
魔娘(むしろお城より居心地いいぞ)
魔娘「はふー」
魔娘(お風呂ってあったかくていい匂いがしていいな…。)
勇者「かたじけない」
勇者「魔娘、おやすみ」
…ぐぅ…
魔娘(カビ臭くない、ふかふかの布団)
魔娘回想中
(村人A「勇者様のおかげで、世界に平和が戻りました!」)
(村人B「瘴気が晴れて、魔物たちもやがてはただの獣に戻るでしょう」)
魔娘回想終了
魔娘(父上の言ってたのと反対…)
魔娘(人間が嘘をついてるのかな?)
魔娘(なんだか悲しい、眠れない…)
長「なんのなんの、勇者様のなさったことに比べたらささいなものです。」
村の子どもA「勇者様、またこの村に来てね!!」
村の子どもB「獣の捕り方教えて!」
勇者「ああ、いつか。それまで父さん母さんの言うことをよく聞いて、元気に暮らせよ」
村の娘A「魔娘ちゃんも、元気でね」
村の娘B「お城までの旅が安全に行くように、祈ってる」
ギュ
魔娘「////…ありがと」
勇者「行こう」
村人たち「「さようなら~お気をつけて~」」
魔娘「馬って初めてだ」
勇者「そうか、よく乗りこなしてるから慣れてるのかと思った」
魔娘「…ふふ、馬ってなんか可愛いな」
勇者(半分は魔物なのに、馬は全く怯えていないな…。
魔娘は、魔物より人間に近いのだろうか)
魔娘「馬、よしよし」
勇者「ふふ。」
勇者(いいことだ…)
魔娘「うおー!!なんか見えたぞ!!」
勇者「港町だ」
魔娘「うわ~なんだあれ、すっごい青い!でかい!!」
勇者「海だ。晴れてキラキラしてるな」
魔娘「キレイだー…」
勇者「ここまで来れば、あとは船で行ける。ひと月もすれば、王宮に帰れるぞ」
魔娘「へぇ、今度は船ってやつに乗るのか」
勇者「馬を売って、船代にしよう」
魔娘「え!売っちゃうの!?」
勇者「船代は高いからなぁ…」
魔娘「勇者なのにお金ないんだな。魔娘のお城には金貨いっぱいあったのに」
勇者「重いからな。少しは持ってるが、どのみち馬は陸にいた方が幸せだ」
魔娘「馬ぁ~!2週間もいーっぱい歩いてくれてありがとうなぁー!!お別れだぁ」
馬 ブルル
勇者(どっちも可愛い)
魔娘「バザール」
勇者「珍しいものもたくさんある。欲しいものがあったら、これで買いなさい」
チャリン
魔娘「わーい!」
勇者「もしはぐれたら、この入り口で落ち合おうな」
魔娘「大丈夫だ。手を繋いでるからな」
勇者「…。そうか」
魔娘(勇者の手は、あったかくてゴツゴツしてるな)
魔娘(父上の手は…繋いだことないな…)
勇者「では行こう」
バザール ガヤガヤ
勇者「すまん、馬を売りたいのだが」
馬屋「あいよー」
馬屋「あぁっ!!旦那ぁ!!勇者の旦那じゃないですかぁ!!」
勇者「しばらくぶりだな」
馬屋「もー、人が悪いなぁ!!旦那の帰りを街中の商人が待ってたんですよ~」
勇者「そうか、ありがたいことだ」
馬屋「もーね、瘴気が晴れてどこの街も活気に溢れてますよ!!旦那のおかげさー!!で?馬は?」
勇者「バザールの入り口に留めてある」
トコトコ
勇者「この二頭だ」
馬屋「おー、若くはないけど良い馬ですよ~。こんなもんでどおです?」
勇者「二頭でこれは少し安いな」
馬屋「まさか~!一頭の値段ですよ!世界を救った男から、ぼったくれるわけないです」
勇者「売った」
馬屋「毎度!」
魔娘「なぁ、この二頭良い子達なんだ。良い飼い主に売ってくれよ」
馬屋「へ?旦那、この子は?」
勇者「保護した。王宮へ連れて行く途中なんだ」
馬屋「へへ、そうかぁ~。お嬢ちゃん、任せなよ。勇者の旦那が乗った馬なんだ、大切な顧客にしか売らねぇよ」
魔娘「よかった!」
勇者「よろしく頼む」
馬屋「任しとくれよ」
魔娘「勇者、これなに?」
勇者「干しイチジク飴だ」
魔娘「勇者、これは?」
勇者「ピスタチオ入りのキャラメル」
魔娘「へ~!知らんな!買っていい?」
勇者「どうぞ」
魔娘「これとこれ売ってくれ!」
菓子商人「いらっしゃいませ。おや…?そちらのお連れ様は勇者様じゃございませんか!」
勇者「しばらくぶりだ」
魔娘(なんかどこ行っても勇者は顔見知りばっかだな…)
勇者「この子に菓子を売ってくれ」
菓子商人「よしてくださいよぉ、今日あなたから金を取る商人がいたら、そいつはとんでもないモグリでございますよ」
魔娘(マジか)
菓子商人「はい、お嬢さん。当店の人気商品の詰め合わせです」
魔娘「うわ~っ!ありがと!!」
魔娘(人間の菓子、めっちゃ美味い!好き!)
ペロペロ
勇者「よかったな。あとは塩漬け肉と、ライムを買おう。」
魔娘「うん」
勇者「水と替えの衣類も何枚か…」
魔娘「ねぇねぇ勇者、あれキレイ」
勇者「あぁ、宝石商だ」
魔娘「おいちゃん、これキレイだね」
宝石商「やー、可愛いお嬢ちゃんやな!
おーきに。飴ちゃんあげたろな。
大きくなったら、また来てな!」
魔娘「わーい、飴もキラキラしてるな!!」
キラッ
宝石商「うん?お嬢ちゃんその指輪は…!?ちょっと見せてみ?」
魔娘「ん?いいよ」
宝石商「や、やっぱり…これはホンマもんの大粒ダイヤモンド!
しかもこんな透明度…そしてカットも素晴らしい…!!
長年宝石屋を営んどるけど、これは滅多に見れないお宝やわ」
魔娘「そうなの?母上がしてた指輪をネックレスにしてつけてくれたそうなんだけど、魔娘以外が触ると火傷みたくなっちゃうの。お守りなんだよ」
勇者(ああ…そうか。姫様は、この子にありったけの加護の魔法をかけて、息を引き取ったのだ…)
宝石商「お嬢ちゃん、これは世界に二つとない幸運のお守りやで。どんだけお金を積まれても、売ったらあかんよ」
魔娘「わかった」
勇者(姫様…、そなたが命と引き換えにしてまで守ろうとした娘だ。私が守ってゆこう)
魔娘「次は何するの?」
勇者「船便のチケットを買う」
魔娘「ふうん!じゃあ行こー!」
帆船会社
勇者「王国行きの便を、大人と子供1枚ずつ」
案内係「はい、ちょうど明日の便が
ございますがそれで宜しいですか」
勇者「うむ」
案内係「70万ゴールドです」
チャリンチャリン
魔娘(本当にすごく高いんだな)
案内係「出港は明朝九時です。荷物の積み込みがありますので、八時には埠頭14番ゲートにお越しください」
勇者「分かった」
魔娘「船楽しみだなー」
勇者(大丈夫だろうか…)
魔娘「うぷっ…ヴ…/#&@―$?%°#」
勇者(やっぱりダメだった)
さすさす
魔娘「ぎぼぢばるい…」
勇者「しばらくすれば慣れる」
魔娘「慣れるばえにじぬ…ヴっ…☆―%$°#?*」
勇者「つらいよな、とりあえず全部出してしまえ。ほら、水で口すすぎなさい」
ぶくぶく…べー
魔娘「だんで…」
勇者「?」
魔娘「…だんでゆうじゃばへいぎなの…」
勇者「私はもともと北部の諸島地方の出だから。島で狩った獲物を王国本土で売るために、よくガレー船に乗っていたんだよ」
魔娘「へーそうなング…@&*→$#%?」
勇者(姫様に会ったのも、毛皮商人に鹿の毛皮を売りに行ったときだった)
毛皮商人「ダメだねぇ、ここに毛並みの乱れがあるから、3000ゴールド以上は出せないね」
少女「そこをなんとか…」
毛皮商人「あ、ここにも引っ掛けた傷が」
少女「…。」
毛皮商人「うーんやっぱり2500ゴールドかな」
少女「そんな値段じゃ弓の弦も買いかえられないよ…お願いします、もう一声」
毛皮商人「しつこいねぇ、ところでお嬢さん、狩猟許可証持ってるの?ちゃんと顔見せてくれる?」
少女「そ、それは」
カランコロン
毛皮商人「あっ、狩人の旦那!毎度ご贔屓にありがとうございやす」
ドサ
狩人勇者「これ全部でいくらで買ってもらえる?」
毛皮商人「うーん、相変わらず美しい仕事ですねー!
ちょっと色つけさせてもらいやす、3万ゴールドでどうでしょう?」
狩人勇者「売った」
毛皮商人「毎度ありー」
少女「…。」
カランコロン
少女「ねぇ!そこの狩人さん!」
狩人勇者「?何か用」
少女「私に毛皮の剥ぎ方教えてくれませんか?」
勇者回想終了
さすさす
魔娘「…#&?$3―#%*…げほっげほっ」
勇者「あーあー。喉いためるから、咳き込むよりうがいした方がいいぞ」
さすさす
魔娘(うう…恥ずかしい…)
魔娘(父上にもしこんな情けない姿を見られたら、雷落とされるだろうな…)
勇者「出切ったか?この薬草の匂い嗅いでなさい、少しは楽になる」
さすさす
魔娘「うん…」
すーはーすーはー
勇者「それでも辛いときは親指の第一関節を噛みなさい。痛みが気持ち悪さを騙してくれるから」
さすさす
魔娘「うん…」
魔娘(勇者は、優しいな…)
魔娘「勇者ぁ!お腹すいた!」
勇者「おお、もう慣れたのか。早いな…」
魔娘「お腹すいた!肉食べたい」
勇者「よしよし、食堂に行って飯にしよう」
魔娘「え…塩漬け肉は?」
勇者「あれは食堂の飯に飽きた時のためだ。船便の食堂はほぼオートミールと魚だからな」
魔娘「ふーん」
魔娘「オートミールうまい!」
勇者「よかったよかった」
魔娘「魚のトマト煮もうまい!」
勇者「えらいぞ。野菜食べないと壊血病になるからな」
魔娘「よし、腹がいっぱいになったから部屋で塩漬け肉食お!」
勇者「…。」
勇者「ああ。でも王国に着くまでに幾つか中継港があるから、あまり退屈はしないぞ」
魔娘「もう退屈だよ」
勇者「船の中を探検しに行くか」
魔娘「いいのー!?」
勇者「水夫の仕事の邪魔しなければな」
魔娘「しないよ!」
勇者「本当か?水夫たちを怒らせたら海にドボンだからな、気をつけろよ」
魔娘「わ、分かった」
勇者「では行こう」
魔娘「うん!」
トタトタトタ
魔娘「水夫のじっちゃーん」
老水夫「おお、魔娘ちゃんか。おはよう」
魔娘「おはよ!何してんの?」
老水夫「帆の修繕じゃよ。
帆船ていうのは帆に風をはらんで進むから、傷んだところをこうやって縫うんじゃ」
魔娘「へー!」
チクチク…しゅっ…チクチク…しゅっ
魔娘「…。」
クルクル、しゅっ、チョキン
魔娘「!!」
魔娘「じっちゃん、上手いなー」
老水夫「ほっほ、まぁ70年も船に乗っておればこのくらいは」
勇者「あ、魔娘。最近退屈してるところ見ないと思ったら…」
魔娘「勇者、魔娘このじっちゃんと友達になったんだよ」
勇者「友達って」
老水夫「ええよ、邪魔にはなっとらん」
魔娘「じっちゃんは、ロープも結べるし海図も読めるし、星の位置で今どこにいるかわかるんだー」
老水夫「おう魔娘ちゃん、その辺にしとけ。じっちゃん照れちまう」
魔娘「なーじっちゃん、今日は釣りすんだって言ってたじゃん」
老水夫「うむ、夕方からイカを釣る当番じゃ。」
魔娘「魔娘もやりたい」
勇者「魔娘、それは…」
老水夫「今夜のシーフードカレーがかかっとるからなぁ。真剣にやれるか?」
魔娘「うん!」
勇者「魔娘、こういう時はよろしくお願いしますと言え」
魔娘「よろしくお願いします」
老水夫「任せんしゃい」
勇者「そうか、じゃ。邪魔はするなよ」
勇者(あれ?ちょっとサミシイ…)
部屋に戻る途中の勇者、甲板にタールを塗る仕事の水夫たちが会話しているところに通りすがる
水夫A「なー今回女の子が乗ってるの知ってる?」
勇者(…魔娘のことかな?)
水夫B「あー、あの子な。たまにチョロチョロ見かける」
水夫A「話したことある?」
水夫B「ないけど」
水夫A「俺昨日話しかけられたんだけど、すげー可愛いんだよ。なんかやっぱ女の子っていいなーって思ってさー」
水夫B「俺熟女好きだから」
水夫A「いやそういうことじゃなくてさ、妹みたいなさ、癒しっていうか」
水夫B「口リコン乙」
水夫A「ちげーって!てかみんな可愛いって言ってるから!」
勇者「あの、すまんが」
水夫AB「?」
勇者「水夫の服」
魔娘「なんで?くれるの?」
勇者「予備の服を売ってもらった。丈は詰めておいた。夕方の釣りはこの服で行きなさい」
魔娘「やったーじっちゃんたちとおそろいだ!」
勇者「うんうん」
魔娘「でもなんで?」
勇者「…。
あー…。
女の子の服はヒラヒラしてキビキビ動きにくいからな」
魔娘「そうか!」
勇者「頑張って具だくさんシーフードカレーにしてくれ」
魔娘「アイアイサー」
ガチャ!パタン!トタトタトタ…
勇者(男親の気持ちって複雑なんだな…)
見習い水夫「お、なんだガキンチョ、おめーも釣りすんのか」
魔娘「うん。釣れてる?」
見習い水夫「ボチボチだな」
魔娘「あ、じっちゃんの生簀はもうたくさん入ってるけど、見習いのはあんま入ってないな」
見習い水夫「うるせー今からガンガン釣るんだよ」
魔娘「魔娘にも出来るかな」
老水夫「大丈夫じゃ、釣れるじゃろ」
見習い水夫「ガキンチョ、俺の釣り糸と結婚させんなよ」
老水夫「重りをこうしてつけて、疑似餌で釣る」
老水夫「手応えがあったら、力いっぱい引かずに、竿を立てるだけでいい」
老水夫「やってみい」
魔娘「うん!」
ヒュッ…
老水夫「お、わりと様になっておる」
老水夫 ヒュッ…
グッ…ビチッピチピチ
魔娘「おお~さすがじっちゃんだ」
老水夫「前は漁師だったからのう、あ、下ろすときは優しくな、スミを吐かせるともったいないから」
老水夫「針から外すときは、足の奥のくちばしに噛まれないよう気をつけての」
ポチャン
魔娘「うん、わかった!」
魔娘「なんかちょっと重くなった」
老水夫「あげてみ」
グイッ…ピチピチ!
魔娘「うわーっ!イカだ!やったー!!」
老水夫「上手いぞ!」
魔娘「へへ」
ポチャン
見習い水夫「やるじゃん」
魔娘「なんだーじっちゃん釣りの天才だな!なんで漁師やめちゃったの」
老水夫「魔王が勢力をのばしてからじゃな。海も魔物が出るようになって、魚が獲れんくなってのぅ」
魔娘「あ…。そうなんだ」
魔娘「…。」
勇者「すごいじゃないか」
魔娘「うん。でもじっちゃんは一人で生簀がいっぱいになるまで釣ってた」
勇者「じっちゃんすごいなぁ」
魔娘「見習いもまぁまぁ頑張ってた」
勇者「そうかそうか」
魔娘「今日のカレーうまいか?」
パクッ
勇者「…。」
勇者「うまいっ!」
魔娘 ぱあぁっ!!
勇者「魔娘も食え」
魔娘「うん!」
パクッ
勇者「うまいな」
魔娘「うまいっ!」
魔娘「…。」
魔娘「なー勇者?」
勇者「…ん?なんだ」
魔娘「もしかしたら…」
勇者「…?」
魔娘「…。」
勇者「…。」
勇者 …ぐぅ…ぐぅ…
魔娘(悪いことばかりしてたのは魔物の方だったのかもしれない)
魔娘(でも…そんなの…)
魔娘 グスッ
魔娘「なー勇者」
勇者「うん?なんだ」
魔娘「あの向こうの方でピカピカしてるのなんだろうな」
勇者「あー、あれは」
勇者「灯台だ」
魔娘「灯台?」
勇者「霧が出て見通しが悪い時や、星のない夜なんかに、港の位置や岩礁の有無を教えるための明かりを灯す建物だよ」
魔娘「へー」
勇者「この辺りは春と秋に海の暖流と空の寒気団がぶつかる海域なんだ。岩礁も多くて、潮の流れが複雑だ。濃霧が発生すると、海難事故が多発する」
魔娘「ふうん」
勇者(そこまでの濃霧になるのは、魔王の発する瘴気が1番の原因だが…)
魔娘「誰が明かりをつけてるの?」
勇者「灯台守りだよ」
魔娘「夜中ずっと、遠くにいる困ってるかもしれない誰かのために明かりをつけてるのか」
勇者「そういうことだな…。」
魔娘「えらいなぁ」
勇者「そうだなぁ、私も出来ないな」
魔娘「人間には優しいやつがいるんだな」
勇者「…。」
魔娘「灯台守りに、お前えらいなって伝えられると良いのにな」
勇者「明日の朝ごろ、灯台の近くを航行するから、手旗で送ってみればいい」
魔娘「手旗?」
勇者「詳しくは知らんが、水夫同士で言葉を伝えるやり方があるんだ」
魔娘「!!」
魔娘「じっちゃんに教わってくる!」
勇者(魔娘はお爺ちゃん子だなぁ)
見習い「じっちゃんは見張り当番でマストだよ」
魔娘「そか。じゃあ見習いでいいや」
見習い「いいや、ってケンカ売ってるだろ」
魔娘「手旗教えてください」
見習い「手旗?いいぞ」
魔娘「ありがとう!」
見習い「なんて送りたいんだ」
魔娘「えっとねぇ」
魔娘 パチリ
ゴソゴソ
勇者「…うーん…ん?もう起きたのか」
魔娘「うん、灯台に手旗送る」
ガチャ!
勇者「あ、私も行くよ」
ゴソゴソ
ガチャ!
魔娘「霧がかかってるな」
勇者「朝靄だ、すぐ晴れる」
サァー
魔娘「本当だ!晴れた!」
青空に映える白い灯台
魔娘 手旗 バッバッ
ア カ リ ア リ ガ ト ウ
勇者「誰かこっち見てるな」
魔娘「もう一回やってみる」
魔娘 手旗 バッバッ
ア カ リ ア リ ガ ト ウ
勇者「誰か出てきた」
灯台守り 手旗 バッバッ
魔娘「…。」
勇者「なんて言ってるんだ?」
魔娘「ええと、…ええと…多分、これからも頑張るって」
勇者「そうか」
灯台守り 手旗 意味
タ ビ ノ ア ン ゼ ン ヲ イ ノ ル
勇者「魔娘、起きてごらん」
魔娘「うーん」
勇者「初めの中継港に着いたぞ」
魔娘 ガバッ
勇者「夕刻まで停泊するそうだ。街に降りて散策しよう」
魔娘「うん!!」
勇者「賑わってるな」
魔娘「うわぁー!!」
珍しい果物、たくさんの魚…
勇者「ここは西洋と東洋が交わる世界最大の市場だからな。なんでもあるぞ~」
魔娘「ふわー…!すごく…すごい!!」
色とりどりのランプやパシュミナ、革製品、民芸品、陶器、絨毯、オリーブオイル、蜂蜜…
魔娘「勇者、あれなんだろう。肉がぐるぐる回ってる」
勇者「ああ、あれはドネルケバブだ」
魔娘「うまそう…」
勇者「うまいぞ。食おう」
ケバブ屋「一つ1000ゴールドだよ」
勇者「高い。二つで500ゴールドにまけてくれ」
ケバブ屋「ふぁーwww何いってるのお兄さんwww
うちのケバブはすごく良いラム肉を使ってるんだよ?
そんな端金じゃ売れないね」
勇者「じゃあ一つでいいから300ゴールドにしてくれ」
ケバブ屋「できるわけないでしょ?じゃあ二つ買うなら特別に1000ゴールドにまけてやるよ」
勇者「もう一声。二つで700」
ケバブ屋「二つで1000。これ以上はまけらんないね」
勇者「そうか。なら、魔娘、あっちの店にしよう」
ケバブ屋「ちょちょちょちょ!!わかってないねーお兄さん!
よその店で食べるより、うちのジューシーなケバブ食べた方がいいよ!!900ゴールドにまけてあげるからさ!」
勇者「じゃあ二つで800ゴールド」
ケバブ屋「勘弁してくれよー、赤字になっちまうよー。
仕方ないねー、特別だよ!
じゃ、二つで800ゴールドね!」
勇者「うむ」
ケバブ屋(やったぜ。)
チャリーン
ケバブ屋「はい、おまっとさーん」
魔娘「う、うまい…!!」
勇者「うまいなー」
魔娘「こんなにうまいのに、あんな安くしてもらって良かったのか?半額以下だったぞ」
勇者「いいんだよ、ケバブならだいたい一つ200ゴールドで買えるのに、ふっかけてきたんだ。値切るのもこの町の楽しみなんだよ」
魔娘「へぇー!商売上手なんだな!」
勇者「チェリージュース売りなんか、頼んでもないのに勝手にジュース注いできて金取るからな。いらないときは断るんだぞ」
魔娘「うん、わかった!」
魔娘「ミミズみたいな模様の文字」
魔娘「目玉の模様の御守り」
魔娘「不思議なものいっぱいだなこの町は!」
勇者「うむ」
イランイランの香りフワ~
魔娘「…勇者、この匂いってなんだろう」
勇者「これは…香油だ」
魔娘「香油?」
香油屋「あら、小さいお客さんね」
水タバコぷかー
魔娘「これは何?」
香油屋「これはね、秘密の惚れ薬よ。ウフフ、お嬢さんにはまだ早いかしら?」
魔娘「?どうやって使うの?」
香油屋「こうやってね、手首に塗ってスリスリして、耳の後ろや膝の裏にトントンてするの。
そうして気になる人と会えば、相手はメロメロよ?」
魔娘「へぇ…!」
香油屋「うちのは香りのエッセンスをたっぷり使ってるから、持ちが良いって言われるの。
油も、肌に馴染みがよくてしっとりするって好評よ。
少しつけてみる?」
魔娘「うん!」
香油屋「どんな香りが好き?」
魔娘「美味しそうな匂い」
香油屋「ウフフ、そうねー。
バニラかあんずの香りはどう?」
魔娘「クンクン…あ、こっちがいい!」
香油屋「あんずね」
ピチョン、スリスリ、トントン
魔娘「うーん…!!いい匂い!!」
香油屋「ちょっと運動して汗や皮脂と混じると、微妙に香りが変わってあなただけの香りになるのよ?一時間くらいして、香りが気に入ったら買いに来てね」
魔娘「うん、ありがとう!またね!」
勇者「お、なんかいい匂いにしてきたな。買わなくていいのか?」
魔娘「うん!後で決める」
勇者「じゃあ先に、土産にスパイスとコーヒーを買っていこう」
勇者「黒胡椒」
スパイス屋「ハーイ、10万ゴールドネ」
勇者「ちょっと高すぎるな。」
スパイス屋「チョトイテルコトワカラナイネゴメンネー10万ゴールドネ」
勇者「???? ????? ?????」
スパイス専門店で魔娘の知らない言語で値切り始める勇者
魔娘「…。」
ヒートアップする商談
魔娘「…つまんない…」
迷子の子猿「キキッ!」
魔娘「わ、おまえ、可愛いなー!どっから来たのー?」
迷子の子猿「キッ!」
魔娘「あ、待ってー」
勇者「魔娘、待たせたなー」
勇者「?」
勇者「いない…。」
魔娘「あはは、お猿さん待ってー」
子猿「キッキィ~」
バザールから離れて横道を抜け、何やらしっとりした雰囲気の裏通りへ出る魔娘
宮殿のようなデザインの豪華な建物が建っている
勇者「すまないが、このくらいの女の子が戻ってきたら、ここにいるよう引き留めてくれないか?」
スパイス屋「え?いいよ」
勇者(やっぱりこの人言葉通じてたんじゃないか)
勇者(あぁ、まただ…鉛を飲んだような、この胸の苦しさ…)
勇者回想中
白いドレスを着た姫
姫様「どうかな…?似合う?////」
勇者「…っ…!!」
姫様「なんで黙ってるの?狩り装束の方が好き?」
ドキドキ
勇者「い、いや!」
勇者(綺麗で…言葉が出なかった…)
ドキドキ
姫様「似合うって言って」
勇者「似合う。すごく綺麗だ」
ドキドキ
姫様「えへへ。あなたと結婚出来るなんて本当に幸せ」
勇者「平民の私とだものな…陛下もよくお許しになった」
姫様「伝説の剣を抜いた勇者だもん、当然よ」
姫様(本当は、この人と結婚させてくれなきゃイヤって大暴れしたけど)
チュ
勇者「…姫様…」
勇者(この人を一生かけて守ろう)
ぎゅう
結婚後半年、ある嵐の夜
バリバリー!
姫と勇者の寝室に雷が落ち、その一瞬に姫は姿を消した
魔王の宣戦布告だった
勇者「姫!?姫ー!!!」
嵐に向かって吼える勇者
勇者「お…おのれ…魔王…!!
私は地の果てまでも姫を救いに行くぞ…!
私から姫を奪ったことを、必ず後悔させてやる…!!」
勇者回想終了
勇者「…。」
勇者(もう二度と、あんな思いは…!!)
勇者 人混みを駆ける
子猿「キキィ~」
踊り子「あ、子猿ちゃん!良かった、探したのよ」
子猿「キィキィ」
踊り子「もう…遠くに行っちゃダメでしょ?」
子猿「キィ…」
魔娘「お姉さんこの子の飼い主?」
踊り子「うん、可愛いでしょ。
あなた…見ない子ね。こんなところに一人でいて大丈夫?」
魔娘「何が?」
踊り子「何って…この辺はお金持ちの大人が遊ぶ場所なのよ。それとも見習いの子かしら?」
魔娘「??ええと…??」
踊り子「困ったわね。一人じゃ心配だから、お姉さんとおいで」
踊り子「おはようございまーす」
踊り子A「おはよー踊り子ちゃん」
踊り子B「おはよー!」
踊り子C「おはよーあれ?その子は?」
踊り子「一人で通りをウロウロしてたの。心配だから連れてきた」
踊り子AB「やーん可愛い」
踊り子C「お名前はー?」
魔娘「魔娘」
踊り子C「魔娘ちゃん、いい子ね!大丈夫、こわくないよ。お茶飲む?」
魔娘 ちょっと緊張が解ける
魔娘「うん!」
ゴクゴク、ぷは
踊り子C「誰と一緒だったのー?帰るところわかる?」
魔娘「あ、うん。
勇者と一緒だったんだ。船に帰らなきゃ」
踊り子一同「「ええー!?」」
踊り子A「ちょ!ちょっと!!勇者って、あの勇者様!?」
踊り子B「え!え!マジならちょーやばくない?激アツじゃない?」
踊り子A「ねぇ、勇者様ってやっぱかっこいいの!?」
魔娘「うん。強いし優しいよ」
踊り子B「最高じゃん!やばいじゃん!」
踊り子「あ、監督!この子通りで一人でいたから連れてきたんですけど、勇者の連れだっていうんですよ!」
総監督「えっ?…本当ですか?」
魔娘「うん、勇者と船で来た」
総監督「船で…。」
指導者(確かに、勇者様が船で王国に向かってるって話を支配人から聞いたわ。でも、それだけじゃ…)
総監督「あなた、その方が本物の勇者様って証拠何かお持ちかしら?勇者様の特徴とか言えますこと?」
魔娘「う?むーん、勇者は、すごい強くて…大きい剣を持ってて…」
魔娘 ワタワタ
魔娘のポッケ チャリン
魔娘「あ、この前の港町でくれた金貨」
総監督(王家の紋章入りの金貨…出港した港町の名前も合ってる)
総監督(もしかしたら金貨は盗品かも知れないけど…、もし本当にもうこの街に着いてるなら、支配人に早くお知らせしないと!)
総監督「あなたのお連れ様が本当に勇者様なら、我がスパクラブのおもてなしを受けていただきたいんですの」
踊り子一同「「きゃーっ!!勇者様の前で踊るのっ!?どーしよー!!」」
総監督「お静かに!勇者様は今どちらにおられるのかしら?あなたわかる?」
魔娘「魔娘、勇者のことスパイス屋さんに置いて来ちゃったから…わからない…」
魔娘 オロオロ
総監督「スパイス屋と言っても、この街には100軒以上ありますからね。
船の方に遣いを出すことに致しましょう。
あなたは一度私と支配人のところへ来てくださる?」
色めき立つ踊り子たち
パンパン
総監督「みなさん、今日は柔軟のあと、楽隊が到着したら直ちに本番と同じ流れのリハーサルを始めていて下さい。あたくしは支配人と打ち合わせをし次第、戻ります。」
支配人「むう、午前中は市長だぞ。市長と呼ばんか」
総監督「失礼しました、市長。
先ほどうちの踊り子たちが迷子を連れてきたのですが、どうもその子は勇者様のお連れ様のようで」
支配人「なに!それは本当か!?」
総監督「この子です」
支配人「…!おお…!お名前は?」
魔娘「魔娘」
支配人(8年程前に、新婚旅行に訪れて下さった勇者様の奥様に瓜二つではないか…!!
しかし、勇者様と姫様の間にお子様はおらぬはず…これは…?)
魔娘「うん。魔娘はウソをつかないよ」
総監督「先ほど確認いたしましたが、王国の紋章が入った金貨も持っておりました」
支配人「ふむ、そうか…。
総監督、この子の言っていることは本当であろう。
急ぎ、勇者様を探し出さねば」
総監督「港の方には、全ての王国行きの船便に、迷子を保護したことを伝える遣いを出しました」
支配人「うむ、よろしい。
仕事の早い男よ」
総監督「ヤダー、男じゃなくて、オ・ネ・ェ」
支配人「…。」
我が市最高級のスパで、勇者様を歓待させていただかねば。
秘書、今日終わらせねばならない市長の仕事は」
秘書「11時より、伝書鳩新聞社との対談が」
支配人「明日以降に調整し直してくれ。
今日はこれで上がる」
秘書「承りました。」
支配人(ヒーロー好きの血が沸くのう…!なぜ勇者や英雄というものはこう人をたぎらせるのか)
うきうき 支配人
支配人「魔娘ちゃんや、わしの自慢のお店に招待しよう。勇者様も後からいらっしゃるよ」
魔娘「わあ、ありがとう!」
絢爛な装飾の施された重い扉
深い艶のある木目調の壁
大理石の床で出来た長い廊下
深い艶のある木目調の壁
その先に、滝が流れている
魔娘(部屋の中なのに、滝?)
支配人「私だ」
滝の水が引き、滝の向こうにモザイク画が表れる
支配人「私の踏むところだけを踏んでついてきて下さい」
滝の手前は一見深い淵に見えるが、水面よりほんのわずか下に透明な細い橋がかかっていて、水の上を歩ける
支配人が進むと、モザイク画が二つに分かれ扉のように開いた
中は絢爛豪華な広いバーカウンターになっていた
黒服の従業員たちが恭しく出迎える
魔娘「わぁ…!」
黒服一同「おかえりなさいませ、支配人」
支配人「うむ。
こちらは私の大切なお客様だ。
ウエルカムドリンクはそうだな、ジンジャーエールがよろしい。
君、このフロアの説明をして差し上げなさい」
黒服A「かしこまりました。
お客様、どうぞこちらにおかけください」
黒服B「ジンジャーエールでございます」
魔娘「ありがとう!」
チュー
魔娘(うひー、口の中バチバチする!でもおいしい!)
黒服A「フロアマップをご覧ください。
ここが現在地、こちらのバーでございます。
このフロアには5つの蒸し風呂と17のプール、3つの岩盤浴と8つのエステルームがございます。
そのほか、ラウンジが7つございまして、ビリヤードやダーツをお楽しみになったり、ベッドでお休みになることがます。
また、こちらのショーラウンジでは、ダンスショーをご覧いただけます。
フルーツやサンドイッチなど、軽食もご用意しておりますので、従業員にお申し付け下さいませ。」
魔娘(…。ダンジョンみたい)
支配人「うむ。実は勇者様が今街にいらしてるようだ」
マネージャー「え!勇者様が?」
支配人「探してお連れするようにしている。
到着次第、今日はこのフロアを貸し切っておもてなししようと思う」
マネージャー「6時からスパとエステに他のお客様のご予約が」
支配人「チップをサービスしてカジノにお通ししろ。
ホテルに泊まらせて、部屋にエステティシャンを派遣してもかまわん。」
マネージャー「そのようにいたします」
支配人(勇者様早くお着きにならないかな…)
ワクワク
走ったので汗ダラダラ
勇者(あぁ、船にもまだ戻っていない…)
勇者(まさか…誘拐?)
(ぅえ~ん怖いよ~助けて勇者…)
泣いている魔娘の姿が、攫われて嬲られている姫様のイメージに重なる
鼓動ドッドッドッ
勇者(ゥグ…クソッ!!)
頬をバンバン叩く
勇者(もう一度、街を探してみよう!)
勇者(あの子の、行きそうな場所…多分食物の屋台か、動物のいる所…あ、あの香油屋にはもう一度戻ってくるかもしれない)
勇者(無事でいてくれ、魔娘…!!)
遣いの者「この船に、7~8才の女の子を連れた、男の方が乗ってませんか?」
留守番水夫「あぁ、乗ってるよ。今は街に出てると思うけど…あ、あの人だよ」
遣いの者「あの方が」
猛ダッシュで去って行く勇者
遣いの者「あぁっ、おーい、待ってー!!」
追いかける遣いの者
遣いの者「おぉーい!!待って下さーい!!」
市場の喧騒で声が届かず、開く距離
遣いの者「ちょっと…ッ…止まって…ッ」
遣いの者(脚…早えぇ…!!)
遣いの者「あのっ、ちょっ、迷子の女の子がー!!」
勇者「何か知っているのか!」
遣いの者(耳良っ!!)
ガシ!
勇者「私はその子の保護者だ!その子はどこに!?無事でいるのか?!」
遣いの者「わ、わ、落ち着いて下さい!
お嬢さんは、市庁舎の方で、保護しております。
あなたが勇者様ご本人でいらっしゃいますか?」
勇者「そうだ!…市庁舎…?」
遣いの者「本物の勇者様!!ご案内させていただきます、あ、僕遣いの者っていいます、握手してください」
勇者(なぜ市庁舎に…??)
勇者混乱中ニギニギ
勇者「も、もういいか?案内、頼む」
遣いの者「あ、はいすみません、こちらです」
勇者「…魔娘っ!!」
魔娘「あ、勇者ぁ!!」
タタッ
ぎゅう…
勇者「無事か」
魔娘「うん」
勇者「そうか…」
魔娘「迷子になっちゃったな、勇者…心配したんだぞ…?」
勇者「…。」
支配人「いいえ。
勇者様に立ち寄っていただいて、従業員一同とても光栄です」
マネージャー「ただいまこのフロアは勇者様とお連れ様の貸し切りとさせていただいております。
せっかくですから、お時間の許す限り、おくつろぎになっていって下さい。」
勇者「いや、ご好意は感謝するが…」
魔娘「勇者はあんまりお金がないから、ここでは遊べないよ」
支配人「ははは、そんなものは要りません。
こちらの施設は、我が街の誇り。
ここまで来ていただいて、ご利用いただかないのは、それこそ恥というものです」
マネージャー「世界を救うという偉業を成し遂げられての凱旋の旅、ぜひ当館にて疲れを癒して下さい」
魔娘「よかったな、お金いらないってさ」
勇者「では、夕方の出港までここで世話になろう」
魔娘「わーい!!なぁ勇者、いろんな部屋があるから探検しよう!!」
魔娘「勇者、この部屋暑すぎるな」
勇者「そういう風呂なんだよ」
魔娘「この真ん中にある焼けた石にこの水をかければいいんだな」
勇者「あ、それは」
じゅうう…じゅうう…蒸気モワッ
魔娘「あはは、余計暑くなった!」
勇者「たまらんな」
魔娘「あ、ほら勇者、タオルで仰ぐともっと暑いぞ」
勇者「うむ、暑い」
魔娘「…。」
バタン
勇者「魔娘ー!!」
勇者「…。」
魔娘「はぁー、暑かった!
勇者次はこっちの部屋!」
雪が降り積もる部屋の真っ白なプール
魔娘「ひょー!!!ふわふわ!!つめったい!!」
勇者(金持ちの考えることは理解不能だ…)
ぱふ
勇者(あ、でもヒンヤリ…気持ちいい)
魔娘「さぶい!!」
勇者「ラウンジで休憩するか」
観客席にも七色に輝く噴水の出るプールがある
魔娘 浮き輪でプカプカ
魔娘「楽しい!」
観客席のソファでくつろぐ勇者
部屋の照明がゆっくりと暗くなり、噴水のイリュージョンが変化する
同時に音楽が鳴り始める
生演奏にあわせて踊る、煌びやかな踊り子たち
子猿の飼い主のお姉さんを見つけて、一緒に踊る魔娘
ゆったりと見ている勇者
勇者「これはこれは、支配人自ら…。
いただこう」
キュポン!!トクトクトク…シュワー
透明な泡の向こうに、踊り子や魔娘がキラキラとうつる
勇者「…。」
支配人「奥様に、そっくりですね」
勇者「!!」
支配人「8年前、奥様と新婚旅行に来られたとき、私の経営するに泊まって下さったのを覚えていらっしゃいますか?」
勇者「…あぁ、やはり、あの時の…どこかでお会いしたと思った」
支配人「一目ではわからないのも無理はありません。
あの時の私のホテルは、ゲストルームがたった二つしかない、小さなホテルでしたから」
勇者「でも、妻はたいそう気に入っていた」
支配人「ありがたいことです。
お二人にお泊りいただいたことで、口コミ人気が高まりまして、規模を拡大し街の娯楽施設とも協力して、ここまでになりました。
市への貢献が認められ、市長選にも担がれました」
勇者「それは貴方の功績だ」
支配人「いいえ、あの時姫様がわしと妻のこころばかりのおもてなしを、喜んでくださったから、ここまで頑張ってこられました。
もう一度、お会いして感謝を伝えたかったのですが…」
ウルウル
支配人「優しい方でしたね」
勇者「…ええ…。」
支配人「わしも、妻に先立たれました。」
支配人「ここまでずっと支えてくれたのは他でもない彼女なのに、わしは、仕事仕事で、妻の身体の異変に気づくことが出来なかった。
感謝を伝える間も無く、妻は亡くなりました。」
勇者「…私も…」
勇者「私も、1番救いたかったものを救うことが出来ませんでした…。
何より、助けたかったのに…」
ブルブル…
勇者「こんなに、世界は美しいのに、私の愛した人はいない。
虚しくて…狂いたくなる時が…あります」
支配人「…。」
音楽に合わせて、楽しそうに踊っている魔娘
勇者の方を見るも、客席の方が暗いため、勇者の表情に気づかず、ニコニコと手を振る
妻のいないこのホテルを、抜け殻のように感じた日々がありました」
勇者「…。」
支配人「けれど、今のわしには、妻が今でも見守っていてくれるように感じるのです。
わし一人の幸運では、このような成果は達成出来なかったでしょうから。」
勇者「…。」
支配人「わしには、あの子が勇者様の奥様からの、伝言のように感じますよ。
あなたに、また幸せに笑ってほしい、と」
勇者「…ありがとう…。」
魔娘「勇者、なんだろうあれ」
勇者「?」
魔娘「今海の中に誰かいた」
勇者「…イルカかな?」
魔娘「ううん、女の人みたいだった」
勇者「…まさか。こんな海の真ん中で…」
魔娘「あ、ほら。またはねた」
勇者「イルカより小さいな。カマイルカか?」
ほら吹き乗客「珍しいもの見れたな。さっきの、あれは人魚だよ」
魔娘「人魚?」
勇者「上半身は人間で、下半身は魚の生き物だ。本当にいるのか…」
魔娘「へー!魔物の仲間か?」
勇者「どっちだろう…私も初めて見た」
ほら吹き乗客「深い海にしか住んでいないからな」
勇者「魔物なのだろうか?」
ほら吹き乗客「いや、魔王の瘴気が酷くなってから姿を見せなくなっていたから、多分違うんだろう」
勇者「人を襲うと聞いたことがあるが」
ほら吹き乗客「襲うというより、歌を歌って誘い、海にひきずりこんでしまう、というのが正しい」
魔娘「ひきずりこんで…どうするの」
ほら吹き乗客「気に入れば結婚して、深い海の底で一緒に暮らすんだよ」
魔娘「へー!」
魔娘(結婚かぁ…)
ほら吹き乗客(人魚が本当にいる夢をみたから、一応言ってみた^ ^)
水夫C「コラ、船の上で人魚の噂をするんじゃない」
魔娘「え?なんで?」
水夫C「あいつらは歌で嵐を呼ぶんだ。不吉だから、船乗りの間では禁句なんだぞ」
魔娘「そうなんだ。ごめんなさい…」
水夫C「気をつけてね」
魔娘 勇者 スヤスヤ
…
魔娘「…。」
…
魔娘「…?」
もぞ
…
魔娘「…!!」
もぞもぞ
魔娘「勇者、起きて起きて」
勇者「ぅん…なんだ?しっこか?」
魔娘「ち、違う違う!なんか変な音がするんだよ!」
勇者「…?」
…
勇者「…。」
勇者「本当だ」
魔娘「甲板に出てみよ!」
勇者「なんの音だろう」
魔娘「声だ…聞こえる?なにか言ってる」
当直の水夫「おー、魔娘ちゃん、起きたのかい。
夜の海風は冷えるよ、寝床に戻りな」
魔娘「なんか変な声がするよ」
当直の水夫「声…?聞こえんなぁ…。
大方、満月が明るすぎて寝ぼけたカモメが鳴いたんだろう」
魔娘「そうかなぁ…」
勇者「…。魔娘、冷えるから船室に戻るか」
魔娘「うん」
ギイ ギイ ギシ ギシ
魔娘「勇者…」
勇者「どうした?」
魔娘「なんか、このまま船を進めちゃいけない気がする」
勇者「…?どういうことだ」
魔娘「誰かが何か言ってる。止まれって言ってる気がする」
勇者「朝になったら、船長に言ってみよう」
魔娘(それじゃ遅い気がする…)
魔娘 スヤスヤ
勇者「魔娘、起きなさい。時化てきたようだ、一応救命胴衣を着ておこう」
魔娘「ぅ…、ん…。」
勇者「ほら、着て…」
きせきせ
魔娘 むにゃむにゃ…ぐぅ…
布団かけかけ
勇者「…。」
勇者「…?何かおかしい」
勇者「外は…満月だ」
ガチャ バタン
勇者「船長、この揺れは…?何かあったのではないか?」
船長「む、勇者くん、やはり気になるか」
勇者「…異変なのか?」
船長「今航海士と相談していたのだ。夜空には雲一つないというのに、波が嵐のように高いのだ」
航海士「計器には異常ありません。気圧も変化なし。勇者さん、何か思うところがあるのですか」
勇者「いや…何の確証もない、だが進路を変えたほうがいいように思う」
船長「進路を変えるにしても、原因がわからないのでは、回避しようがないな」
勇者「アンカーを下ろしてやり過ごすことは出来ないのだろうか」
航海士「この辺は非常に深いので、アンカーはないよりまし程度にしかなりませんよ」
勇者「近くに島は?」
航海士「南に進路をとると、環礁海域です。しかし、浅い砂地が多いので、夜間の航行は困難です」
突然、大きく揺れる
船長「やはりおかしい。仕方がない…進路を南にとろう」
航海士「アイサー。面舵いっぱい」
勇者「連れが心配なので失礼する」
船長「頭をぶつけないように気をつけて戻ってくれ」
ガチャ
勇者「…魔娘?」
勇者(いない…起きたら私がいないので探しに出たのか?)
そのころ マスト上見張り台
魔娘「よいしょ、よいしょ」
老水夫「うん…?ありゃ!?魔娘ちゃん?!
危ないじゃないか、なんでこんなところに…!!」
魔娘「おー、遠くまでよく見える」
老水夫「さっきから変な揺れが続いとる、振り落とされたら大変じゃ、早くもどんなさい!」
魔娘「なぁじっちゃん、あの波の向こうに光ってる何か、見える?」
老水夫「む?なんじゃって?」
望遠鏡を向ける老水夫
老水夫「うーむ…!本当じゃ、何か光っとる」
魔娘「魔娘にも見せて!」
望遠鏡を借りて覗く
魔娘「女の人だ、こっちへ来てって言ってる」
老水夫「ほ、本当か…?わしには光の点にしか見えんが」
魔娘、下を見る
魔娘「あ、勇者だ。じっちゃん、魔娘降りるけどお仕事気をつけてね」
老水夫「危ないから気をつけての!」
魔娘「勇者!」
勇者「魔娘、すまんな、置いてでてしまって」
魔娘「ううん。それより勇者、さっきにんぎ…」
魔娘(あ、人魚のはなししちゃだめなんだっけ)
勇者「どうした?」
魔娘「海に光る何かがいて、こっちへおいでって言ってたよ」
勇者「…!?どっちの方向に?」
魔娘「あっち」
勇者(さっき進路を切った方だ)
魔娘「勇者にも、歌みたいな声みたいな音聞こえない?」
勇者「…。」
…
勇者「聞こえる気がする」
船長「だいぶ揺れが収まってきたな」
航海士「難しいのはここからです、浅瀬に乗り上げないようにしないと…」
伝達管「見張り台から操舵室へ、船の進行方向に光を確認」
船長「光…?」
航海士「環礁海域には、人は住んでいないのに…」
伝達管「光が流れてきます、ああこれは…ウミホタルの光に似ています」
船長「今はウミホタルの時期じゃない、何の光であろうか?」
伝達管「わかりません、二本のすじのように流れています」
航海士「船長、ウミホタルは波打ち際で光る習性があります。
二本のすじの間を進めば、砂浜に乗り上げないで進めるかもしれません」
船長「…。時期ではないのに…不思議なことだ。我々も目視で確認しよう」
航海士「はっ!」
船長と航海士、ランプを消して暗い海を見る
青白く、星のようにひかる二本の帯がみえる。
船長「操舵室より全部署へ、二本の線の間をとおるよう、慎重に船をすすめよ」
当直水夫たち「あいあいさー」
魔娘「勇者、海が…きれい!!」
勇者「星空を進んでいるみたいだな」
青白く光る宝石をちりばめたような海の線の間を、帆船が器用に通っていく
…ウフフ…
魔娘「あ、もう大丈夫なんだ、こうして進んで行けば大丈夫って」
勇者「うむ…、私にもそう聞こえた」
波もだんだん収まっていく
魔娘「もうすぐ朝だね」
うす紫色に染まっていく空
青白い光は弱くなっていく
魔娘「きれいだったのに、消えちゃうね」
勇者「あぁ…」
東の空に明るい桃色の光が射していく
船長「航海士、外をみたまえ、船は無事環礁海域を抜けたようだ…」
航海士「ええ、こんなに浅瀬が近いのに…乗り上げなかったのが奇跡ですね。あの光が導いてくれていなかったら、乗り上げていたことでしょう」
どたたたた!!
見習い水夫「せ、船長!!我々の来た方向に、あ、脚が!!」
船長「見習い、落ち着いて話せ」
見習い水夫「と、とにかく、外に出て見てみて下さい!!」
操舵室から出て、船の来た方向を見る船長たち
ボロボロの、船よりデカいイカの脚が一本浮いている
船長「なん、だ、あれは…!!」
魔娘「あっ!見て勇者!」
船から見て東の、太陽の光がさしてキラキラ輝く中に、何人かの人魚
勇者「…!!」
…船、難破しなくて良かったね…
…お化け鯨と大王イカが、ケンカして暴れてたのよ…
…私たち、役に立てて良かったわ…
魔娘には、そう聞こえた気がした
魔娘「ありがと~!!!」
太陽の光の反射の中、人魚たちは一度だけ跳ねて、また深い海の底へ帰って行った
海峡にある中継港を一つ経由して、船は大陸と半島に挟まれた細長い海域へ進む
魔娘「さっきからずーっと陸が見えるなー」
勇者「大陸に沿って船を走らせているからな。」
魔娘「あっ!ねぇねぇ勇者、あそこにすごい三角の山があるよ!」
勇者「ピラミッドだ。山じゃなくて、人間が大昔に作ったお墓だよ」
魔娘「うおー!デカいお墓だ!」
魔娘「あっ、勇者ほら、見えるか?馬が一列に並んで歩いてるよ」
勇者「遠くて見えんが…多分ラクダのキャラバンだろう」
魔娘「おーい、おーい!」
手を振る魔娘
魔娘「水夫のあんちゃん!」
水夫A「この辺りは海賊ていう悪いヤツらが出るから、怪しい船を見かけたら教えてね」
魔娘「悪いヤツいるのか…うん、分かった」
水夫A(まぁ、よっぽどの不運じゃなければ、襲われたりしないけどね。襲われたときに放ってやるための食料袋もあるし…)
水夫A「ヤツら、女の子がいたら攫っちゃうかもね~」
水夫A妄想中
魔娘「え~っこわいよ…、どうしよう、あんちゃん…」
水夫A「大丈夫、魔娘は俺が守ってやるよ?」
魔娘「あんちゃん、ありがとう?大好き??」
水夫A妄想終了
魔娘「でも勇者がいるから大丈夫だろな!」
水夫A「…うん…だよね…」
勇者(この海域を抜けて運河を通れば、世界最大の内海。
しばらくは嵐と無縁の航海になりそうだな)
勇者(北の外海に出れば、王国までは3日。季節嵐の時期だが、なんとかなるだろう)
穏やかに船は進んでゆく
航海21日目の深夜
非常事態を報せる警鐘がけたたましく鳴り響く
勇者「魔娘は部屋にいなさい。中から鍵を閉めて、私が戻るまでベッドの下に隠れていなさい」
魔娘「…!?いやだ、勇者!!魔娘も行くよう!!!」
外からモップの柄をつっかえて、部屋に閉じ込める勇者
魔娘「やだよー!!一緒に行くようー!!」
勇者、剣を携えて船室を後にする
帆船の周りには機動力に優れた小型船が6艘、並走している
勇者「海賊か」
当直以外の水夫たちも、大砲や戦闘の準備に取り掛かっている
こうして威嚇の姿勢を見せれば、船は囲まれるだけで、大抵の場合攻撃はされない
相手も生活のための出稼ぎだから、不必要な戦闘は避けたいはずなのだ
通常、しばらく睨み合ったのち、水夫たちは食料や金貨のはいった袋を海へ投げ入れる
海賊たちがその袋を受け取れば、船は無事解放される…そういう流れが一般的だった
しかし、小型船はグイグイとその距離をつめてくる
水夫たちに緊張が走る
体当たりするつもりなのだろう、小型船の船首には、鋼鉄製の衝角が取り付けられているのが見える
ついに射程距離内に接近し、火のついた矢が何本も射られた
帆に小さな火の手が上がった
船長「砲撃用意!!」
船長「撃てー!!」
暗い夜の海に、水柱が立った
6艘のうち2艘は船体に命中し、傾き始めている
砲撃を免れた四艘から、縄梯子が次々と投げあげられた
また、何本ものロープに掴まり海賊たちが乗り移ってくる
甲板は、一気に戦場となった
普段戦闘に慣れていない水夫たちに、海賊たちが襲いかかる
混乱を極める戦闘に身を投じながらも、勇者はある違和感を覚えた
めちゃくちゃな太刀筋の海賊たちの中に、何人か、兵士の教育を施されたであろう身のこなしの者が混じっている
勇者(…これは一体…どういうことだ…!?)
意味深な状況にいぶかしみながらも、勇者は襲い来る海賊たちを鬼神のごとき強さでなぎ倒していく
勇者(…。)
スゥッ
勇者「腰抜けの海賊ども!」
ビリビリと、勇者の怒号が船上に響き渡る
勇者「私は魔王を倒した男だ!
己の腕に自信のあるものはかかってこい!!」
勇者の周りに、何人かの海賊が群がり、剣戟がとぶ
勇者(やはり、こやつらは手練れの剣士だ)
勇者(狙いは私なのか…しかし何故?)
すんでのところで、飛んできた毒矢を避ける勇者
勇者(魔娘…!!部屋にいなさいと言ったのに…!!)
駆け寄ろうとする勇者、しかし何人もの手練れに四方から攻撃を浴びせられなかなか移動できない
毒矢を射た弓の使い手は、今度は標的を魔娘に変えた
勇者「やめろぉっ!!」
必死に魔娘を庇おうとするも、矢と魔娘の間に入るのに間に合わない
ドッ!!
毒矢は手の甲に刺さった
老水夫「うぐぅ…!」
魔娘「じっちゃん!動くな、今縛るから…」
スカーフ シュル
老水夫「…魔娘ちゃん、じっちゃんは平気だから…船の中に」
ギュ、ギチッ
魔娘「ごめんな、ごめん…魔娘のせいで…医務室に行こう」
老水夫の肩を支えて、甲板に背を向ける魔娘
後を追おうとする海賊
それを見て勇者リミッターが外れる
勇者「うおぉおぉっ!!!」
囲んでいた者たちを次々に切り捨て、怯んで背を向けた海賊にも容赦無く太刀を浴びせる
魔娘と老水夫に襲いかかった海賊は、後ろから脇腹を刺されてこと切れた
静寂と引き換えに、おびただしい死体と血の海が出来上がった
船医「んもー、おじいちゃんなんだから無理しないでよね!」
消毒液だぱぁ
老水夫「…ッウ…つぅ…!!」
船医「痛いに決まってるじゃない!薬塗らなきゃ死ぬわよ!!」
船医「矢、抜くからね、押さえてて」
助手「ハイ」
ブスッ!!
ドクドクッ
老水夫「う、うぐっー!!!」
魔娘「じっちゃん!じっちゃん!…」
歯を食いしばって耐える老水夫
勇者「魔娘、外に出よう」
魔娘「っ…。」
ガチャ バタン
魔娘「勇者、ごめんなさい、魔娘が…部屋から出たから…」
ボロボロ
魔娘「じっちゃんが…!!」
勇者「…悪いのは海賊だ」
魔娘「ひっく…えぐっ…」
勇者「…。」
勇者「他の負傷者の手当てを手伝おう」
魔娘「はい…」
負傷者の手当てを手伝い、疲れて眠った魔娘
船室を出て医務室に行く勇者
勇者「どうだ」
船医「今手術が終わったけど麻酔で眠っているわ」
勇者「…悪いのか」
船医「…。」
船医「右腕はダメね。切り落とすしかなかった」
勇者「…。」
船医「とても…強い毒よ、身体の内側からあぶられるような痛みが3日間続く」
勇者「その後は」
船医「死ぬわ」
勇者 ギリッ…
船医「でも、直ぐに縛ってくれたから、腕だけですんだのよ。
あと1分遅ければ、毒は心臓まで達していた」
船医「労災もおりるし、うちの船会社は全員保険に入らせてるから、医療費も心配ないわ。
もうおじいちゃんだから、多分船に乗り続けるよりも豊かに暮らしていけるだけのお見舞い金が受け取れるわ。
魔娘ちゃんには、あなたから話してあげてね」
勇者「…そうしよう」
船医「腕を切り落とすことを話した時、彼は、魔娘ちゃんのことを気にしていたわよ」
勇者「…。」
魔娘「ハッ」
勇者「…。」
魔娘「勇者…じっちゃんは」
勇者「…腕はダメだったが、生命に別状はないそうだ」
魔娘「…。夢じゃなかったんだ…」
勇者「怖い思いをさせたな」
魔娘「魔娘は、平気だった。
でも、みんなのことが心配で、部屋にいられなかった…部屋にいなくちゃいけなかったのに」
勇者「…。」
魔娘「父上の時と同じで…みんな、死んじゃうんじゃないかと思ったら、部屋にいられなかったんだ…」
勇者(そうか…すまないことをした…)
魔娘「でも、勇者のいう通り、部屋にいたほうがよかったんだ、魔娘は…。
じっちゃんになんて謝ればいいんだ…」
勇者「魔娘が出てこなかったら、私があの矢にやられていた」
魔娘「…。」
勇者「彼には、私からも謝ろう。
…船医は、魔娘が直ぐに腕を縛ったことを褒めていたよ」
魔娘「…。」
ありがとう!
明日月曜日なのに遅くまで付き合わせて、すまんかったね!
内海のちょうど真ん中に位置する半島にある最後の港町で、レモンでできた酒とトマト、オリーブを積み、出港したのは4日前のことだ
航海28日目
水夫A「風も良いし、王国の港へはあと3日で着くだろう」
水夫B「この時期海は荒れやすいを季節嵐に遭う前に、着いてしまいたいな」
魔娘(あと3日で、勇者の城へ着くのか…)
カモメ クー クー
海風 そよそよ
魔娘(…。)
水夫A(魔娘ちゃん、あれからスッカリ元気なくなっちゃったな)
水夫B(老水夫の腕のこと、気にしてるんだろう)
水夫A(元気づけてやりたいなぁ…)
水夫B(こういう時はそっとしておくのが1番だよ)
水夫A(そうだよなぁ…)
カモメ クークー
魔娘(…。)
勇者「魔娘、ここにいたのか」
魔娘「勇者…」
勇者「船医が、お前に話したいことがあるそうだ」
魔娘「…なんだろう?」
勇者「なんだろうな。ついてきてほしいか?」
魔娘「…ううん、大丈夫」
魔娘「行ってくる」
タタッ
魔娘「ううん。何か用?」
船医「ちゃんとご飯食べられてるか、心配でね」
魔娘「…最近あんまり食べたくないんだ」
船医「そうなのね」
魔娘「あんまりおいしい味がしないんだ」
船医「そうなの…困ったわね」
魔娘「あ、料理番のせいじゃないんだぞ。料理はおいしそうだけど…」
魔娘(じっちゃんはもう魚は釣れないんだと思うと…)
ウルウル
船医「魔娘ちゃん」
船医「とっておきのお菓子があるから、一緒に食べましょう」
船医 砂糖をまぶした焼き菓子を出す
船医「おいしいのよ~」
切り分け
船医「どうぞ」
魔娘「…ありがとう」
船医「いただきます」
パク
魔娘「いただきます…」
パク
もぐもぐ
船医「どう?」
魔娘「…甘くて、しっとりしてて、おいしい…」
船医「よかった!」
あの頃は貧しかったから、クリスマスだけの特別なお菓子がとっても楽しみだったわ」
魔娘(…。)
船医「毎日ちょっとずつ切って食べている私を、母は、にこにこしながら見てたわ。」
魔娘(魔娘は、母上のこと覚えてないけど、母上もそんな風だったのかな…)
船医「父は船乗りでなかなか帰って来られないし、物は手に入らない時代だったから、1人で子育てするのは本当に大変だったと思う。
でも、どんな時も母がにこにこしていてくれたから、私はとても幸せだった」
魔娘(…父上が人間のことをたくさん苦しめていたからだ…)
船医「でも、ある日、母は突然倒れたの。
お医者さんには、栄養失調と貧血って言われたわ。
母は、育ち盛りの私に食べさせるために、自分は我慢していたのね。
私は、気づかなかったことを悔やんで、母の枕元で泣いて謝った」
魔娘 ウルウル…ポロ…
船医「母は、私をなでて、泣かなくていいって言ってくれた。
大好きな誰かのために生きることは、自分のために生きるより幸せがいっぱいなんだよって」
ゴシゴシ
魔娘「魔娘は…、そんなこと、考えたこともなかった」
船医「大人になれば、わかるよ。
魔娘ちゃんも大人になったら、自分の大好きな人に、自分が今まで誰かにしてもらったことをしてあげればいいのよ」
魔娘「うん…。わかった」
船医「ふふ。もっと食べて。紅茶もどうぞ」
パク
魔娘「おいしい。…初めのよりおいしい!」
船医「ふふ。」
魔娘「勇者、島が見えたぞ!」
勇者の故郷の王国は、冷たい北の海に囲まれた、いくつかの諸島からなる島国だ
1番大きな本島に、王宮がある
船は、氷河によって深くえぐられてできたフィヨルド湾の奥に入っていった
港には大勢の国民が勇者の凱旋を祝おうとつめかけ、祭りのような騒ぎだった
魔娘「みんな、勇者の帰りを待っていたんだね!おかえりなさいって書いてあるよ!」
勇者「おかえりなさい、か…。
嬉しい言葉だ」
魔娘「うん」
船が着き、舷梯が降ろされると、積荷や乗客の降船が始まって、船着場はよりいっそう賑やかになった
船長「いや、こちらこそ、勇者の最後の冒険に同行できて光栄だった」
航海士「勇者さんのご助言で、原因不明の高潮も回避できましたしね」
魔娘「さようなら、みんなのこと忘れないよ」
老水夫「魔娘ちゃん、体に気をつけてな」
魔娘「うん、じっちゃん、いろんなこと教えてくれてありがとな」
見習い水夫「魔娘、おねしょ直せよな」
魔娘「してないよっ!ばか!!」
勇者「行こう、魔娘」
魔娘「うん」
魔娘「あ…」
魔娘「じっちゃん、またどっかで会えるか?」
老水夫「港の端っこで、婆さんが小料理屋をしとるんじゃ。
わしはそこで手伝いをすることにしたよ」
魔娘「じゃ、すぐ会えるな!」
老水夫「うむ、いつでもおいで」
魔娘「うん遊びに行くよ!またね!」
城からの迎えの馬車が待っている
勇者「兄様…!!」
王子「おお、義弟よ!!」
ガシッと肩を抱き合う二人
王子「長い旅、大義であったな」
勇者「王子自ら迎えに来てくださるとは、感激致しました!」
王子「世界を救った男だぞ、迎えに来なくてどうする!
見てくれ、この大観衆を!
全国民が、英雄の帰りを心待ちにしていたのだぞ!」
勇者「身に余るお言葉…かたじけのうございます」
王子「して、そちらのお嬢さんは?」
勇者「魔王の城で保護しました。詳しくは王宮で話しとうございます」
王子「さようか、では、さっそく馬車に。」
魔娘「勇者、この人は」
勇者「姫様の兄様で、この国の王子だ。私の義理の兄だよ」
王子「かしこまらなくて大丈夫だよ、よろしくね。
さ、手をお貸ししよう。レディファーストだ」
魔娘「ありがと!」
勇者(これまで魔娘にレディファーストなどしてこなかったな)
勇者(もし、王にその御意志があれば、王は魔娘を養女に迎えるだろう。)
勇者(そうなれば、魔娘はこの国の王女…。
礼儀や作法に気をつけねばならなかったな。
平民の出だと、そういうところに気が回らん)
国王「勇者よ…。
此度の遠征、まことに大義であった。
よくぞ帰って来たな」
勇者「陛下のお力添えがあればこそでございます。感謝いたしております」
国王「うむ。
そこに控える娘は?」
勇者「魔王の城で保護致しました。陛下の恩寵を賜ることが出来ればと、お連れ致しました」
国王「そうであったか。
お主の救った者だ、悪いようにはすまい」
勇者「恐れいります」
国王「それにしても、魔王討伐は、お主でなければなし得なかったであろう偉業だ。
言葉では言い知れぬ苦労もあったであろう」
勇者「は、それは…。」
国王「謁見はここまでとし、まずは長旅の疲れを労おう。
私の自室に通せ。」
お付きの者「はっ」
国王「ふう…。ここでなら、ゆっくりと話せる」
勇者「…。」
国王「一人の父親としてな」
勇者「はい」
国王「そんなに堅くならずともよい。
聞かせてくれ、私の娘は…。」
勇者「…既にこの世を去った後でした」
国王「…そうか。やはりな。
…もう、とうに覚悟は出来ていた」
国王「君も、辛かったろう」
勇者「私の…私の力が及ばなかったばかりに」
国王「いいのだ、君はよくやってくれた。
自分を責めてはいかん」
勇者(陛下の心中をお察しすれば、姫様を奪還出来ずにおめおめと帰った私を許すことは出来まいに…。
お優しい方だ)
国王「国中はお祝いムードだが、事情が事情だ。
今宵の宴は姫を偲んでしめやかに行い、翌日以降の凱旋パレードも慎もう。
娘の葬儀は、日を改めて国中に告知し、厳粛に執り行う。
それでよいか?」
勇者「はい、御高配を賜り有難うございます。」
魔娘「魔娘です」
国王「おお、魔王の城からよくぞ…。」
国王「…?…!!」
国王「まさか…?そんなはずは…」
国王「わしの…わしの姫にそっくりじゃ…!!」
魔娘「…うん」
国王「これはどういうことじゃ、勇者…!?
魔娘は、姫の産んだ子どもなのか?」
勇者(偽りを通すことは出来まい。すべて、正直に話そう)
勇者「…はい」
国王「姫と…お主との…か?」
勇者拳をギュ…と握る
勇者「陛下、申し上げます」
ゴクッ
勇者「姫と魔王との、子でございます」
眼を覆ってクラクラとなる国王
勇者「陛下、お気を確かに…」
陛下「いや、わしは確かだ…
お主だ、勇者…。お主、正気か?
お主は、宿敵に、妻を…子を、産ませられて、その、子を…連れて帰って来る…なぞ…」
勇者「…陛下、魔娘は」
魔娘「勇者、もう、いいよ」
国王、ハッとして魔娘を見る
目に、今にもこぼれそうな涙を湛えた魔娘
魔娘「魔娘は、魔王の子どもだもん…、本当は、あの時勇者に殺される運命だったんだ…」
勇者「何を言う、魔娘。
お前は瀕死の私を殺さず、手当てしてくれたではないか」
勇者、魔娘の頭をガシッと抱く
魔娘「違う、それは、勇者が魔娘を見て、母上に、似てるって言ったから…」
ポロポロと泣き出す魔娘
魔娘「魔娘は、母上のこと、覚えていないから、教えて欲しくて…」
魔娘「初めは、そうだっただけ…。
でも、だんだん、優しい勇者が、好きになって…人間も、悪くないんだって、そう思って…」
魔娘「魔娘は、母上も父上もいなくなっちゃったけど、ここにくれば、本当のおじいちゃんに会えるって思って…」
ヒック、ヒック
魔娘「も、本当のおじいちゃんに会えたし、人間は、殺したくない、から、魔娘はどこか、静かな森で、暮らしたい、だけ」
国王「…。」
国王、魔娘の前にひざまずいて手を取る
国王「すまない、私は…。
娘だけでなく、孫娘まで、失うところであった…。」
魔娘 ヒック ヒック
勇者「陛下…」
国王「勇者も、すまなかったな…。
1番辛いであろう君が、父親になろうとしておるというのに、私は…」
魔娘 ヒック…ヒック…
国王「見れば見るほど、姫に生き写しだ。
ハハハ、そういえば私は娘の涙に勝てたことなど一度もなかったわ…」
魔娘 潤んだ瞳で無理やりニコっと笑う
国王「勇者よ、魔娘ちゃんは、わしの養女にしても、お主の養女にしてもよい。
この子は姫が痛みに耐えて産んだ子だ。
愛情をもって育てよう。」
勇者「陛下…!!」
国王「姫は、根っから明るい、素直な子だった。
何を後ろ暗く思う必要はない。
この子の良いようにしてやろう。
姫も喜ぶであろうから」
魔娘「わー!こんなドレス着ていいのか!」
侍女A「姫様の幼少時代にお作り致しましたワンピースですわ。
礼服ですから色味は地味ですけれど、仕立てが良いのでとても素敵ですわ」
侍女B「姫様もきっとお喜びになりますわ」
侍女A「さ、勇者様がお待ちです」
魔娘「えへへ!勇者!見ろ!似合うか?」
結婚直前の、照れながら似合うか聞いてくる姫がまぶたによぎる勇者
勇者「ああ、とても良く似合ってる」
魔娘「…。」
勇者「?どうした」
魔娘「う、ううん!なんでもない!」
魔娘(礼服の勇者…カッコいい!!)
国王「本日は、我々が夢にまで見た日…!
魔王の悪意を打ち砕き、世界を恐怖と戦乱から救って下さった勇者が、この国へご帰還なされた日だ!」
会場の皆さん パチパチ ピューピュー
国王「惜しくも、勇者の妻であり我が娘である姫は、魔王の城で既にこの世を去っていた…。
国中が深い悲しみに沈むであろう。」
会場の皆さん しゅーん
国王「しかし、勇者は、姫の産んだ子である女児を魔王の城でみつけだし、見事、世界の果てより連れ帰ってきた!
これには、神の国に召された姫も、さぞかし喜んでおるに違いない!」
会場の皆さん わー!!パチパチ
国王「どうか、皆の者、今夜は我が姫を偲び、彼女の思い出を語らってもらいたい。
そして、この平和の世界を取り戻した勇者に感謝の意を伝えるひと時としたい」
会場の皆さん パチパチパチパチ!!
国王「王国よ永久なれ!」
会場の皆さん「「王国よ永久なれ!」」
盛大な立食パーティーが始まった
勇者は会場に集まった大臣や貴族や豪商から、たくさんの謝辞を受ける
みんな、世界に平和をもたらした勇者を賛美し、歓びをあらわにしていた
魔娘は、その容姿を姫に重ねられ、姫を失った人々の悲しみを癒やした
姫の死に打ちひしがれていた者も、口々に、魔娘が無事に王国にたどり着いたことを祝福するのだった
みな、勝利の美酒に酔い、しみじみと平和をかみしめ、亡き姫を偲んでいた
宴もたけなわを過ぎたころ
魔娘 うつらうつら…コクン
勇者「?」
勇者「魔娘、眠くなったか」
魔娘「うん…」
勇者「少し、隅で休もう」
隅の椅子に腰掛け、自分の方にもたれさせてやる勇者
魔娘 スヤスヤ…
勇者「…。」
勇者(疲れたのだろうな。
思えば、まだ8歳の女の子なのだ。)
安心しきった魔娘の寝顔を見ながら、いろいろ物思いにふける勇者
勇者(粗野な男との、9週間にも及ぶ不自由な旅)
勇者(健気に振舞ってはいたが、夜こっそり泣いていることもあった…)
勇者(果ては、つがえた毒矢に狙われて)
勇者(…。)
勇者(あの時は、止めようと必死で、狼藉者たちを全滅させてしまったが…。
あれは明らかに私を殺すために雇われた、殺し専門の技術者だった)
勇者(私が帰って来たことを、快く思わないものもいるということだ)
勇者(魔娘は、国王の養女として引き取ってもらうのが良いのかもしれない…)
勇者 深く考え込みすぎて、周りへの注意が疎かになる
全く気配を絶って、隣に近づく、フードを被った人間
本当に勇者の子?」
勇者「!?」
勇者「神父…!!」
神父「久しぶり。この薄情者。
ずっと連絡なかったから、わざわざガレー船で5日もかけて、本島まで駆けつけたんだぜ?」
勇者「それは、…すまなかった…」
神父「諸島地方の海は大荒れで、船を出してくれる船乗りを探すのが大変だったんだ。
途中何度も転覆しそうになったし。」
勇者「そうか、無事着いてよかった」
神父「まったく、それだけか。
お前は昔からそうだったよ。
まあ、とにかく。
また会えて嬉しいよ、兄弟」
勇者「ありがとう、兄弟」
握手を交わす二人
魔娘の瞳を見て、驚く神父
しかし驚きを隠すかのようにまたニコっと笑う
魔娘「…勇者、この人、誰…?」
勇者「私の子どもの頃からの悪友だ。」
神父「ハハ、昔は二人でイタズラばっかりして怒られてたなぁ」
勇者「それが今は神父だもんな」
魔娘「神父なの?へぇ」
神父「よろしくね」
魔娘「うん」
時計が22時をまわった頃
神父「もうこんな時間か。
北海が荒れていたから、こっちも深夜には崩れ始めるぞ。
俺はそろそろ失礼する。
城下町の宿に泊まっているが、勇者も来るか?
久しぶりに飲み明かそうぜ」
勇者「いや、今夜はそうもいかん」
神父「そうだよな。じゃあな!」
勇者「うむ」
魔娘「バイバイ」
城を出る神父 空を見て険しい顔で呟く
神父「…。今夜は荒れそうだ」
神父を見送る二人
魔娘(…。)
フードを被った男と、黒っぽい服に身を包んだ者たち
???「帰ってきてしまったな。
海賊にやられたことに出来れば、1番良かったのだが。」
暗部A「解毒薬のない毒も用意し、万全を期したのですが…。」
暗部B「奴にはヴァルキリーの加護がついているに違いない」
???「今日会ってみて、確信した。
やはりあの者は、危険だ。
ゆくゆくは、国を揺るがす憂慮となろう」
暗部一同「…。」
???「さらに、あの娘。
姫と、魔王との子であると、本人が言った」
一同 ザワッ…
???「…。」
???「勇者…。
どこまでも甘い奴だ。
生かしておくわけにはいかん」
???「あの娘には、魔女であることを自白してもらおう。
やることは…分かっておるな?」
暗部一同「ハッ」
暗部C「しかし、勇者は一体、誰が…」
???「私がやる」
暗部一同「…!!!」
姫の肖像画を見て涙を流している国王
国王「…姫よ。
やっと、私の元に帰って来てくれたな…」
脳裏に姫が生まれてから、8歳くらい頃までの思い出が蘇る
国王(姫を産んで妃が亡くなり、元気があればそれでよいとばかりに育ててしまったからな…
本当にじゃじゃ馬で…。
でも、私たちの愛しい娘だった)
9歳頃から、16で結婚するまでを思い出す
国王(初めてあの男を連れてきたときは、平民なぞと断固反対したな。
お前は妃に似て強情で、最後は私が折れるほかなかった…)
さらに、さらわれた夜のことを思い出す
国王(魔王の城に囚われて、息を引き取るまで…さぞ恐ろしく辛かったろう…)
国王(もし、勇者との結婚を許してなかったなら、今頃は…)
王子「陛下、失礼いたします」
ガチャ
国王「王子、遅くに呼び出してすまなかったな」
王子「いえ、この後は弟と飲み明かす予定でおりましたから。
構いません」
国王「…。」
王子「?」
国王「…。」
王子「陛下、いかがなさいましたか?」
国王「王子よ。
そなたは、跳ねっ返りの妹とは正反対に、実直に研鑽を重ねてきた。
お主ほど国を愛している者はおるまい」
王子「そんな、もったいないお言葉…父上、いきなりどうされたのです?」
国王「父だから言うのではない。
客観的に見て、大陸との三国同盟も、帝国との通商課税の緩和策も、成立したのはそなたの類稀な交渉の才あってのことだ」
王子「相手国が、陛下のご威光に答えたまでのことです。
それに、我が国には勇者という希望の星がおりましたから」
国王「あやつは見上げた男だ…しかし、政には向かん。」
王子「…。」
国王「そなたは、魔王が倒れるまでの暗黒時代、貴族や豪商に働きかけ、貧しい者を援け、国を支えた。
我が国の政策は、他の国にモデルとして活用されたのだ。
私は王として、父として、そなたを誇りに思っておるぞ」
王子「…そのお言葉だけで、私のこれまでが報われます」
国王「妃に先立たれ、姫を失った私が、それでも未来を信じ続けられたのは、次期王としてのそなたがあったからだ。
この国を、これからもせおっていってくれ」
王子「陛下と共に。
祖先から賜ったこの王国を、必ずや正しく導いて参りましょうぞ」
魔娘「今日は魔娘は一人で眠るのか?」
勇者「うむ、これからは一人の寝室でゆったり眠れるぞ」
魔娘「…。」
勇者「隣の部屋には侍女もいるし、扉の前は近衛もいる。
大丈夫だ」
魔娘「勇者は、今日はどこで寝るの」
勇者「兄様が自室で飲み交わそうと誘ってくれた。
旅の話も詳しく話したいしな」
魔娘「そうなんだ。
じゃあ、おやすみ」
勇者「おやすみ、魔娘」
魔娘(さみしいなんて言ったら、勇者は困った顔をするんだろうな…)
酒を酌み交わして談笑する王子と勇者
王子「ほう、それでその鏡を使ったのか」
勇者「ええ。
すると、その鏡に映ったのは、ぶよぶよと醜く太ったトロールで…」
王子「館の女主人に成りすましていたわけか」
勇者「私はゾッとして、即座に剣を抜きました」
王子「そりゃそうだよなぁ。
しかし、トロールに背中を流してもらう機会などそうそうないぞ!」
勇者「では今度兄様好みのトロールを見かけたら、背中を流してもらえるよう頼みましょう」
王子「はっはっは、そうしてくれ」
勇者「ハハハ」
ゴクゴク
王子「いかん、飲み終わってしまったな」
勇者「それでは、この辺でお開きに」
王子「まあ待て、最後に珍しい舶来の酒があるんだ。
世界を旅したお前でも、これは飲んだことがあるまい。
大吟醸千年美少女」
勇者「ありませんな」
王子「甘い花のような独特の風味が特長だ。さ、飲んでみなさい」
勇者「いただきます」
こく
勇者「これは…初めての味です」
王子「そうだろう。
口に合うか?」
勇者「強い香りが鼻を抜けて…少し舌が痺れるような…」
王子「そうか」
勇者「酔ったのか…視界も揺れて…」
ガク
勇者「…。」
王子「実に不合理な話だと思ってはいるがな、勇者。
この国は第一王子が王となるのが習わしなのだ。」
王子「しかし、世論の勇者人気は、それに反発するだろう現に、市井では早くも、勇者を国王に迎えんという声が大きくなっている」
王子「魔王の支配が終わり、世界が復興しはじめる大切なとき、内部分裂を看過することは出来んのだ」
王子「勇者、個人的に、お前のことを嫌っているわけじゃない。
もしお前が私の義兄であれば…私は喜んでお前を王に立て、その実務を負ったろう。」
王子「だがすまん。
私の天秤では、お前の命より国の方が重い」
王子「王国のために…死んでくれ」
勇者「…うっ…」
暗部A「気づかれましたか」
勇者「あ…ここは…」
暗部A「城の地下牢です」
勇者(こんな部屋があったのか)
暗部A「あなたには、ここで遺書を書いて自殺していただきます」
勇者「…。それは自殺とは言わんな」
暗部A「ご心配ありません。
自殺に仕立て上げます。
遺書の内容は、姫を追って死ぬとのことでよいでしょう」
勇者「軽々しくそんなことを言うな」
暗部A「申し訳ありません。怒らせようと思ったわけではありません」
勇者「人に死ねと言っておいてか?」
暗部A「…そうですね」
勇者「急がずともいつか死ぬ。
今は死にたくない」
暗部A「ですよね。
ですからこそ、こちらにも用意がございます。
連れて来ていいぞ」
勇者「魔娘!!」
暗部A「眠らせているだけです」
勇者「貴様っ…!!」
暗部A「遺書を書かない場合の話をいたしましょう。
あなたは、心臓を刺されて殺されます。
この娘は貴方を殺害したことを認めるまで、拷問され、魔女として火刑に処されます」
勇者「!?卑劣な…!」
暗部A「しかし貴方がおとなしく遺書をお書きくださるなら、この娘の命は助けるとお約束いたします」
勇者「これが貴様らの王子の正義なのか!」
暗部A「王子が背負わなくてはならないのは、この国です。
我々のような瑣末な者の考えの及ぶところではありません」
暗部B「書くのか書かないのか?」
暗部B、魔娘のネックレスの鎖を掴み、首を絞める素振りをする
魔娘「うっ…ん…」
勇者「やめろ。書こう」
魔娘が意識を取り戻す
魔娘「…?」
魔娘「ここどこ?」
暗部B「気がついたか」
魔娘「お前誰?
…!?どうして勇者が牢屋に入れられてるの!?」
勇者「これにはわけがある。
心配するな」
魔娘「わけって!
勇者は優しい人だもん、牢屋に入れられるようなことするはずない!」
魔娘 Bにすがりつく
魔娘「ねぇ、勇者を出してあげて!お願いだよぅ!!」
暗部B「うるさいっ!ガキは黙ってろ!」
暗部B 魔娘をはがして壁に突き飛ばす
魔娘「うっ」
勇者が遺書を書かなくなったらどうする」
暗部B「すまん」
魔娘「遺書ってどういうことだっ!!」
暗部Bに立ち向かう魔娘
しかし、絡め取られ床に伏せさせられる
暗部B「せっかくお前を見逃させるために勇者がおとなしく従っているんだ。
怪我したくなければ黙ってろ」
魔娘「!?
勇者は魔娘のために遺書を書いてるのか!?」
勇者「違うんだ魔娘、その人たちに従いなさい」
魔娘「嫌だ!!」
魔娘に潜在していた力が、キィンという音と共に爆発し、衝撃となって暗部達をたじろがせる
焦った暗部たちは、二人がかりで魔娘を羽交い締めにしようとした
魔娘「はーなーせぇ!!」
猛烈に身体をよじって暴れる魔娘
もつれ合ううちに、ネックレスの鎖が弾けて、形見の指輪が飛んでいく
その瞬間、魔娘は魔王に施された残虐な仕打ちを全て思い出した
魔娘「ふぐっ…グァア…!!」
魔王「痛いか?苦しいか魔娘…!
これが、人間共に食い尽くされるこの世界の痛みだ…!」
魔娘「ゼェッゼェッ…ぐっ…アガァアアーー!!」
魔王「憎め…愚かな人間共を憎め…!!
最後の一匹まで残さず、根絶やしにするのだ…!!」
魔娘回想終了
魔娘「…憎い…」
目つきが変わり、赤黒い光をまとう魔娘
魔娘「人間…憎い…!!」
勇者「ダメだ魔娘!!戻ってこい!!」
魔娘「コロス…!!最後の一人まで…!!あああああー!!!」
濃い瘴気を全身から噴き出し、地鳴りを響かせ叫ぶ魔娘
瘴気を間近に浴びた暗部たちは、一瞬にして昏倒してしまった
ドロリと濃い瘴気が地下牢を満たして溢れ、勇者もとうとう気絶してしまう
我を忘れたまま、魔娘は魔王としての本能のまま、王の間を目指した
しかし、王子だけが冷静であった
兵士たちを速やかに指揮し、地下を封鎖した
そして、都中に、空気を入れぬよう戸締りせよとの伝令を走らせた
しかし、地下牢からの階段を上がってきた魔娘のあまりに濃い瘴気に、封鎖したドアはみるみる朽ち果て、腐り落ちてしまった
そして、魔娘を攻撃しようと近づいた兵士は、魔娘から5歩と近づけず次々に昏倒していった
報告を受けた王子は、対応部隊を素早く弓兵に切り替えた
しかし、そのときにはすでに城は怪しい赤紫色の立ち上る影につつまれ、空は幾重にも渦をまいたどす黒い雲に覆われていた
誰にも止められることのないまま、魔娘はフラフラと玉座を目指した
弓兵が配置につき、次々と矢を浴びせたが、魔娘の噴き出す瘴気に押しとどめられて、決め手にはならない
王子が、一度射撃を止めるよう指示したので、玉座に着いた魔娘と、周りを取り囲む弓兵とのこう着状態となった
勇者「む…」
勇者が瞳を開けると、目の前には、衝撃により飛んできた指輪が転がっていた
無意識に、その指輪を握りとる勇者
その途端、勇者の目の前に、ぼんやりと光る姫が現れた
姫「あなた、助けに来てくれてありがとう。
ずっと信じて待っていたわ」
勇者「姫様…」
姫「そんな顔しないで。
ごめんね、生きて会うことが出来なくて」
勇者の頬を涙が伝って行く
姫「捕らえられて身体を暴かれて…死を選ぼうと思ったけど…出来なかった。
お腹にあなたとの赤ちゃんがいるかもしれないって、思っていたから」
勇者「むごたらしい目に合わせてしまった…。
しかし…え?」
妊娠してる間はあなたの子だって信じてた。
でも、さらわれたときから指折り数えて44周目を過ぎても産まれて来なくて、魔王の子なんだってわかった」
勇者「…。」
姫「でも、そこまでお腹の中で大切にして来たから、どうしてもお腹の子を憎むことができなかった。ごめんなさい」
勇者「いや…君らしいと思うよ」
姫「ありがとう。
それでね、あの子を産み落としたとき、私は、魔王に復讐する方法を思いついたのよ。
あの子を、人の愛がわかる子にしてやろうって」
勇者 涙を拭いつつ、ふふ、と笑う
姫「だから、あなたにもらった愛の印を、あの子の首にかけたの。
指輪を外したら、息が苦しくなって、私は死んじゃったけど」
姫「最後にあなたに会えてよかったわ!先にあっちで待ってるから、たくさん幸せになってから来てね」
勇者「姫…待って、置いて行かないでくれ…」
姫「行ってあげて…。あの子が待ってるわ…だれが何と言おうと、あの子は私とあなたの愛の結晶よ…」
姫が消え、一人牢屋にひざをついている勇者
いつのまにか、勇者の周りにも赤紫色の影が立ち上っている
牢の鉄格子に手をかけると、飴のように曲がった
魔娘の瘴気で昏倒した兵士をたどり、勇者は、魔娘を追った
勇者「撃つな!!私の娘だ!!」
勇者は叫び、弓兵をかき分けて魔娘に近づいた
王子「勇者、死ぬぞ!
その娘はもはや人間ではない!!」
勇者「…。」
玉座へ歩いていく勇者
魔娘「…。」
落ち着きはらって近づいてくる勇者に、魔娘は敵意をむき出しにして唸る
人の言葉を失っている魔娘に、勇者は両腕を開いて微笑んだ
魔娘「…ゥッ…!?…ッ…!!」
理解出来ない行動に、魔娘は怯んで背もたれに身を寄せながら睨みつける
勇者はゆっくりと、魔娘を抱きしめた
怒りとおびえから、魔娘は抵抗し、渾身の力で勇者の首筋に噛みついた
勇者「大丈夫。
お前を迎えに来た」
食らいついた魔娘の口元から暗赤色の血がドロリと垂れ、流れていく
勇者「…守ってやれなくて、すまなかったな…」
指輪を握りしめた勇者の腕の中で、魔娘の力が抜けて行く
魔娘「…。」
魔娘「…勇者…」
優しい目をして、魔娘を見つめ返す勇者
我に返った魔娘から、赤黒い光が消え、噴き出していた瘴気が止まった
そのまま気を失った魔娘を、勇者は抱き上げた
その愛情に満ちた仕草に、見ていた弓兵たちはどうしていいか分からず、矢をつがえた弓を遠慮がちに下ろして行く
勇者は、オロオロしている弓兵たちの真ん中を悠々と歩いて、王の間の出口へと向かった
王子だけが、勇者に立ちはだかった
王子「何処へ行こうというのだ。
この娘はいづれ世界を滅ぼすだろう。
ここで死んでもらう」
勇者「王国に迷惑をかけるつもりはない。
私たちを行かせてくれ」
勇者の表情は穏やかだったが、声と目に有無を言わせぬ気迫があった
そのまま王子の横を素通りし、背を向けて歩く勇者
王子は無表情のまま、弓兵に、射よ!と短く命じた
ハッとした弓兵たちが急いで矢をつがえ、射た
勇者に何本かささったが、勇者は痛がるそぶりも見せずに、しっかりした足取りで王の間を出て行った
王子「勇者を城下町より港へ追いたてよ!
湾の両岸上の大砲で、海に沈める!」
兵士たちは、松明を持ち、馬に乗るため、準備に取りかかった。
城の外は冷たい雨が激しくうちつけていた。
堂々と門を通る勇者を、事情を知らぬ城の衛兵はそのまま見送ってしまった
勇者が通り過ぎて街道沿いの森に入った直後に、馬に乗った兵士たちが城下町へと駆け下って行った
勇者が森を抜けて城下町にはいると、民家の向こうに騎兵のもつ松明がチラチラと見えた
勇者は、まわりを見渡し、雨水用の下水道へ入った
そうして、ドウドウと流れる冷たい雨水の中を港の方へと流されていった
しかし、太い格子がしっかりとはまり、勇者の体躯では外に出ることが出来ない
勇者は氷のように冷たい水の流れから、魔娘を守るように身体を丸めた
勇者「魔娘、目を覚ましてくれ」
魔娘「…。」
勇者は、冷え切った魔娘の背中を手のひらでゴシゴシとこすった
勇者「魔娘、頼む、起きてくれ…」
魔娘「…。」
魔娘「…!…勇者?」
勇者「よかった、気がついたか」
魔娘「…。」
弱々しい勇者の声を聞いて泣きそうな顔をする魔娘
先に出なさい。
船着場の小舟を一艘借りて、この港を離れなさい。
陸伝いに行けば、2日ほどで豊かな森に出る。
そこで落ち合おう」
魔娘「でも勇者は?
どうやってそこにくるの?
ここから出られるの?」
勇者「私なら大丈夫だ。
さ、早く」
勇者は最後の力を振り絞って、格子の隙間から魔娘を外に押し出した
魔娘は格子に取りすがった
魔娘「いやだよ、一緒に行こう!」
勇者「お願いだ。必ず行くから」
勇者は魔娘の手のひらを取り、指輪を握らせた
勇者「約束だ」
魔娘「…ッ…。」
魔娘は、泣きながら格子を伝って港のヘリをよじ登った
勇者は、魔娘を逃がせたことで安心し、そのまま冷たい水の中へくずおれていった
魔娘は、必死で雨が叩きつける中を走った
強い海風に煽られて、転んだ
身体を起こすも、ひざがガクガクとして立ち上がれない
勇者を失うことへの恐怖が、冷え切った身体を支配していた
魔娘「誰か…!」
まわりの民家はピッタリと戸締りをし、明かりさえ見えない
魔娘「誰かたすけて!!」
強い風と激しい雨音にかき消される声
魔娘「誰か、たすげ…っゴホッ!!だえか…!!」
ドシャ降りの雨が喉に入る
松明の明かりが一つ、近づいてきた
魔娘「…!!じっぢゃん!!」
老水夫「おお、こんなに冷たくなって」
魔娘「じっぢゃん!!ゆうじゃが!!」
老水夫は、泣きじゃくる魔娘に連れられて排水溝へと向かった
魔娘「ごのながにゆうじゃがいる!!」
老水夫「大丈夫じゃ、泣かんでええ」
少し離れたところにあった、格子を上げるためのハンドルに手をかける老水夫
グッと力を入れる
魔娘「ダメだじっちゃん!!傷が開く!!」
急いでハンドルに手をかける魔娘
二人で力を合わせてまわすと、格子が少しずつ上へと持ち上がり、下の隙間から雨水と一緒に勇者が海へ流れ落ちた
ためらいもなく荒れ狂う暗い海へと飛び込む魔娘
危うく見失いそうになりながらも、勇者を掴んで、海面へと引き上げる
魔娘「勇者!!起きろ!!死ぬな!!」
泣きながら頬をひっぱたく魔娘
勇者「…。」
魔娘「勇者…!!」
老水夫「魔娘ちゃん、つかまるのじゃ!」
浮き輪を投げる老水夫
浮き輪にしがみつくも、波に揉まれてどうしようもない魔娘
老水夫は、波しぶきのかかる桟橋におりて、浮き輪のロープを歯と左腕で手繰り寄せた
高い波にはこばれ、桟橋に打ち上げられる勇者と魔娘
魔娘「じっちゃん、魔娘は見つかったら殺されちゃうんだ!明かり、消して!」
老水夫は、松明を海へと投げ入れた
魔娘「舟で逃げないと…!」
老水夫「じっちゃんちの舟、使っておくれ」
魔娘「いいのか!?…ありがと!!」
老水夫が示した、桟橋に繋がれた小さな釣り舟に飛び乗り、勇者を引きずり入れる魔娘
言われるまま、アンカーを引き上げる
老水夫「魔娘ちゃん、必ず生きのびでおくれ…!!」
老水夫がロープを外すと、舟は波に引かれて進み出した
魔娘「じっちゃん!ありがと!!
これやる!幸運のお守りなんだ!」
老水夫が、投げられた指輪をキャッチしたのを見て、魔娘は舟を漕ぎだした
魔娘が必死で漕ぐ小舟は、あっけなくその位置をとらえられてしまった
奥に長く伸びるフィヨルド湾の中に、大砲の轟音が鳴り響き、水柱が立つ
波に揺さぶられ転覆しそうになりながらも、魔娘は大砲の玉が当たらないことを祈りながら、必死で小舟を漕ぎ続けた
柔らかな手のひらは、すぐに櫓に擦れてまめになり、全身は乳酸がたまって鈍く痛んだ
ぐったりと横たわったままの勇者の姿が、魔娘の心をキシキシと締め付けた
魔娘の手の皮がズル剥けて、冷たさで足の感覚がなくなってきたころ、砲撃が止んだ
嵐の外海に漕ぎ出した舟が、無事では済まないことを、王子も、狙撃手たちも、知っていた。
勇者と魔娘を乗せた小舟は、強風になぶられ、高潮にもてあそばれながら、島を離れて行った
何度も転覆しそうになるたびに、魔娘は、かじかんだ手で必死に櫓を操った
冷たい雨と波しぶきに体力を奪われ、握る力もなくなり、3日目の夜明け前に、櫓は波間へとさらわれていった
3日目の日が沈んだ頃、体力が尽き果てた魔娘は、すっかり冷たくなった勇者の腕の中に横になった
嵐は弱まり、灰色の空から、雪がちらついてきた
魔娘は夢を見ていた
暖かく大きな何かに抱かれている夢だった
ふと気がつくと、魔娘は、短い草に覆われた小さな島に漂着していた
空を見上げれば、悲しいほどに青く澄んでいた
ひどくこわばった身体を無理に動かして起き上がり、辺りを見渡すと、老水夫の舟が岸へ乗り上げていた
魔娘の身体には、勇者が羽織っていた外套が巻きついていた
魔娘(夢で見た暖かく大きな何かは、この外套だったのか…)
勇者と出会ってから、これまでの冒険が蘇り、涙へと変わる
魔娘「…勇者…!!」
外套を両手に抱き締めて、泣く魔娘
魔娘の後ろからウサギと流木を持った勇者が現れた
魔娘「な…!え…?」
勇者「丸二日、死んだように眠っていたから心配したぞ」
魔娘「…!!」
魔娘「勇者…!!」
勇者に抱きつく魔娘
流木がカラカラと軽い音を立てて落ちた
勇者「目が覚めたら舟の上で、お前を抱き締めて寝ていたから、とても驚いた」
魔娘「うん…」
勇者「排水口から助けてくれたんだな、魔娘。
ありがとう。」
魔娘「うん…」
勇者「腹減っただろ?
肉を食おう」
魔娘「うん、食う…!!」
勇者「そうか…。
よく舟を転覆させずに逃げ切ったものだ」
魔娘「うん、手が痛かったよ」
勇者「そうだろうな、皮が剥けるくらいだ、ひどかったな」
魔娘「うん」
勇者「さあ、焼けた!食おう」
魔娘「いただきます!」
ハフハフ
魔娘「勇者、死んだと思ったのに、なんで生き返ったのかな」
勇者「前にもこんなことが有ったな…魔娘に会った時だ」
魔娘「あの時は血塗れだったね。
魔娘は見てただけなのに、しばらくしたら元気になってた」
勇者「…。」
魔娘「…。」
魔娘「あ」
勇者「?」
魔娘「父上が、父上の身体には自己再生の血が流れてるっていってたっけ」
勇者「…深い傷に、返り血を大量に浴びたから、私にも魔王の血が流れてしまったのか」
魔娘「そうかも」
勇者(だから王の間で魔娘を抱きとめたときも、昏倒しなかったのか…)
魔娘「?」
勇者「いや、なんでもない」
魔娘 ニコ!
ガツガツ ハフハフ
勇者「私は、猟師に戻ろう」
魔娘「魔娘は?」
勇者「?
私の娘だろう。
一緒に暮らして行けばいい」
魔娘 ぱあぁ!
勇者「この島は、私の出身の北部諸島の一部だ。
舟でもう少し行ったところに、私が狩をしていた、森林の美しい島がある」
勇者「1年の半分は、まわりの海まで雪と氷に閉ざされる島だ。慎ましく暮らして行けば、追っ手もかからんだろう」
勇者「なにか生活に必要なものは、神父に相談すれば手に入れてくれるさ」
魔娘「やったー!」
魔娘「勇者!見ろ!ウサギ獲れたぞ!!」
勇者「うむ、魔娘ももう、一人前の狩人だな」
魔娘「うん!!」
勇者(しかし全くおてんばのままだなぁ…早いうちに、婿になる者を見つけておかねば)
勇者「ところで明日、神父がまた、狩場へ遊びにくるよ」
魔娘「わーい!干しぶどうのチョコレート持ってきてくれるかな!」
勇者「その、どうだ?
魔娘もそろそろ年頃だろう。
よい香りの石けんやら、髪飾りやら頼んでもいいんだぞ」
魔娘「?」
勇者「あまり、女っ気がなさすぎると、嫁の貰い手が」
魔娘「大丈夫大丈夫!」
勇者「?」
魔娘「私、勇者と結婚するから!」
勇者「…。」
はぁ…深いため息
勇者「魔娘は私の娘だ。
どこに娘と結婚する父がいるか」
魔娘「えー…」
勇者「魔娘の婿は、私が責任を持って見つけ…」
魔娘「じゃあ、あれがないといけないや」
勇者「?」
魔娘「ケバブ食べた町で売ってた、香油!
秘密の香油なんだよ!」
おしまい