商人♂「ガハハ、そりゃいい例えですな!」
僧侶♂「どういうこと?」
戦士「口に出さねば分からないか。はっきり言って、お前にはこの旅は荷が重過ぎる」
戦士「今まで大目に見てやったが、お前は勇者と違い、能力的には平凡な小僧だ」
戦士「貧弱で力はない、頭の回転は鈍い、攻撃呪文は弱い。ヒノキの棒のように役に立たんということだ」
戦士「回復呪文、一部の補助呪文だけが取り得だったが、それももう用済みになった」
僧侶「用済み?」
賢者♂「私がこのパーティーに入ることになりました」
僧侶「えっ? あなたは?」
賢者「はじめまして、賢者です」
賢者「私は強力な攻撃呪文・補助呪文に加え、あなたの使用できる呪文もすべて習得しています」
賢者「私があなたに代わって勇者様を支え、打倒魔王を為す一助となります」
戦士「そういうことだ」
僧侶「……そっかぁ……」
僧侶「えっ? いまから?」
戦士「もうお前はパーティーの一員ではない。これを以て赤の他人も同然ということだ」
僧侶「あの……勇者は? いまお風呂に入ってるけど……」
戦士「勇者もとっくにこの件は了承済みだ」
賢者「ええ、私もその場に居合わせていました。多少の抵抗はあったようですが――」
賢者「魔王討伐を実現するに当たって、旅の効率性をご説明したら、最終的に納得されました」
僧侶「……そうなんだ。じゃあ仕方ないかなぁ」
戦士「さあ、勇者が戻ってくる前に行け。会えば勇者の心に迷いが生じるかもしれん」
僧侶「あの、やっぱりいまから?」
商人「一人分の宿代も、お前からこの賢者殿に差し替えているのだ。居残ってもらっては困るぞ!」
賢者「出会ったばかりでいきなりお別れとは残念ですが、どうか道中ご無事で」
戦士「さぁ、早く行け! 日が沈まないうちに出たほうがいいぞ」
僧侶「うん、分かったよ。支度する」
商人「ちょっと待て!」
商人「旅の装備とゴールド、それに道具は全て置いていってもらうぞ!」
僧侶「えっ? 全部?」
商人「当たり前だ! 旅の物資は全てワシが管理しておるのを忘れたか!」
商人「どさくさ紛れに貴重なアイテムを持っていかれては、たまったもんじゃないぞ!」
商人「いいか、我々は物見遊山ではない、魔王を倒しにいくのだ! 1Gもムダにはできんのだ!」
僧侶「そっかぁ……」
戦士「とはいえ商人、これはまだ未熟な子供。無一文での一人旅は危険だと思うが」
商人「おお、そうですな! おい、ひのきのぼう! これだけくれてやる!」
僧侶は 5Gを てにいれた ▼
僧侶「えっ? これだけ……」
商人「ひのきのぼうと同じ価値なら、それと同じ額なの当然であろう!」
戦士「商人、それはやり過ぎでは」
商人「いいえ戦士殿、この町はご存知の通り物価が高い。事実、我々の予算も余りに余裕はないのです」
商人「先々のことを考えれば、いかなる支出も必要最小限にとどめるべき! 全ては魔王を倒すために!」
賢者「道中戦いに傷ついたとして、宿に泊まりつつ確実な勝利を重ねていけば、金銭に困ることないはずです」
僧侶「……でも……」
商人「まだ何か不満があるのか!? それ以上何か言うなら、その5ゴールドも取り上げ……戦士殿?」
戦士「僧侶よ。お前は子供とはいえ、仮にも勇者のパーティーの一員だった」
戦士「その誇りと、勇者から分け与えられた勇気の一端があれば、何も恐れる必要はない」
戦士「分かったな」
僧侶「うん」
僧侶「分かった」二コ
僧侶「戦士さんたちも、お気をつけて。勇者に、よろしく言っておいてください」
戦士「うむ。早く行け」
僧侶「えと……アイテムと……装備品はここに置いておきます」
商人「おいそんな汚いところに置くな! 少しは考えろ!」
僧侶「あ、ごめんなさい。えっと、こっちに置いときます」
僧侶「それじゃあ――さようなら」
戦士「――行ったか?」
賢者「はい、確かに町を出たようです」
商人「ふうう、ようやっと厄介払いができましたな!」
戦士「あまり悪く言ってやるな。俺はああは言ったが、あの僧侶はあれで多少は旅に貢献していた」
賢者「しかし、勇者様と同い年というのは本当なのですか? 私と二つと違いませんよ」
商人「がはは、もともと勇者様のコネで入ったような能無しですからな!」
商人「賢者殿のように、若くして賢者の号を勝ち取った本物の導師とは、格が違いますわ!」
賢者「本物かどうかは判りかねますが、流石にあの少年より優っているという自信はあります」
賢者「私が勇者様の剣となり盾となり、魔王打倒に向けて全霊を注ぎましょう」
戦士「うむ、賢者よ、ともに世界を平和にもたらそう。これからはよろしく頼むぞ」
賢者「お任せください」
商人「そうと決まれば、お近づきに酒瓶でも開けませんか! 今晩は一段と冷えるようですぞ!」
勇者♀「あっ、みんな集まって何してるの?」
戦/賢/商「!!」
勇者♀「あれ? 僧侶も一緒じゃないの? どこいったの?」
戦士「……それについては勇者。その前に話すことがある」
勇者「なに?」
戦士「予め話はしておいただろう? こちらの賢者が、正式にパーティーに加入することになった」
賢者「はい。すでに挨拶は済んでいますが、改めてよろしくお願いします」
勇者「わあ、そうなんだ! こちらからもよろしくお願いします!」
勇者「にぎやかになるなあ。ボクと僧侶と賢者さんとで、もう回復役には困らないね!」
商人「僧侶はもういませんぞ」
勇者「……。……えっ? いないって?」
戦士「僧侶は……自身より遥かに有能な賢者が入ってきたことで……」
戦士「……自分の力量の限界を悟り、進んでパーティーからの脱退を願い出た」
勇者「えっ?」
勇者「ど、どういうこと? ねえ、ボクそんな話聞いてないよ!?」
商人「い、いやあ、我々も急な話で驚きましてな」
賢者「僧侶殿は、すでに町を去られました」
勇者「えっ!? ひ、一人で?」
勇者「このへんの魔物が手強いの知ってるでしょ!? まだ今日の疲れも取ってないのに!!」
戦士「落ち着け勇者。僧侶には」
戦士「僧侶には、貴重なキメラのつばさを持たせた。故郷までひとっ飛びだ。危険はない」
勇者「そ、そうなの? 商人さん」
商人「もももちろんですとも。ある程度の金銭も持たせましたし、帰っても当分は生活も安泰かと」
勇者「そ、そうなんだ……。でも、ボクに何の相談もなしに……」
戦士「……このところかなり思いつめていたようだぞ。勇者に迷惑をかけたくはない、と」
勇者「ボク、僧侶を迷惑に思ったことなんて、一度もないよ!」
戦士「勇者はそう思っていたとしても、事実、回復や一部の補助以外は、足手まといだった」
勇者「……本気で言ってるの? 僧侶はね、ボクなんかよりずっと賢くて」
勇者「町の人の会話なんかも、ダンジョンの地形なんかも、全部憶えられるんだよ?」
戦士「何?」
勇者「……僧侶に教えてもらってたんだ。恥ずかしいから、こっそり聞いていたけど」
勇者「それに、戦いでは一番みんなの体調を気にしてて……自分のケガなんかほったらかしで……」
勇者「だからボクたちが教会のお世話になったことなんて、ほんの数えるほどしかなかったでしょ?」
戦士「……すまない。それは気付かなかった」
勇者「足手まといだなんてとんでもないよ。僧侶がいないと、とてもここまで来れなかった……」
賢者「大変恐縮ながら勇者様。よろしいですか?」
勇者「……なに?」
賢者「彼は自分の意思でこの場を離れました。それほどの貢献を経た上で、自分で決断を下したのです」
賢者「であれば、我々はその意思を尊重するのが、彼の本意ではないでしょうか」
勇者「でも……」
賢者「不肖この賢者、記憶力も状況判断力も、人並みよりは優れていると自負しております」
賢者「彼の穴埋め以上のはたらきは必ず果たし、勇者様への尽力は惜しまぬと誓うゆえ」
賢者「どうか此度の顛末には、ご理解ご寛容を」
勇者「……」
賢者「勇者様、どちらへ?」
勇者「ルーラで僧侶に会いに行く。やっぱり一度きちんと話さないと」
商人「そ、それはっ……」
戦士「それはならん、勇者よ」
戦士「なんのために僧侶がお前に会わずに去ったと思う」
戦士「教えてやる、互いに未練を引きずらないようするためだ」
戦士「すっぱり繋がりを絶てばしこりも残らん。そして恐らくその判断は正しい」
戦士「いま僧侶に会いに行くのは、その意志、克己を踏みにじることになりかねん」
戦士「だが……それでも構わず、我を押し通すというなら、行ってくるがいい」
商人「ちょっ」
戦士「だが勇者、私情に振り回されるようでは、俺は魔王を倒しうる器とは思わんぞ」
勇者「……」
賢者「勇者様」
勇者「寝室だよ。話は分かった。……今日はもう疲れちゃった。先に寝てるから……」
商人「ふうう、なんとか乗り切りましたな!」
戦士「……俺は人を騙すことに慣れていない。後味は最悪だ」
戦士「だがこの件だけはやむを得まい」
戦士「勇者は擁護していたが、やはり俺からしてみれば、僧侶は優秀な人材とは思えなかった」
戦士「より呪文に秀でた賢者が参入した今なら、尚更だ」
賢者「恐縮です」
戦士「なのに、勇者の僧侶への入れ込みようは度が過ぎていた」
戦士「魔王打倒に万全を期すためにも……この辺で決別してもらわねば」
賢者「ええ。私は彼のことはよく知りませんが、やはり5人での長旅というのは効率が悪いかと」
商人「とんでもない話です! 人数が一人増えるだけで、経済的にはえらい負担ですぞ!」
戦士「とにかく全ては、確実に魔王を倒すためだ。我々ももう僧侶のことは忘れよう」
戦士「明日は未踏の地への探索だ。各々、今日は早めに床につくがいいだろう――」
賢者「この周辺の地形に関してはお任せください。私にとっては庭のようなものです――」
商人「あ、あれ? お二人とももうお休みで? うむむ、せっかくの酒盛りが――」
【外】
僧侶「……」ニコニコ
僧侶(ちょっと寒いなぁ。やっぱりあの装備って、防寒効果もすごかったんだなあ)
僧侶(そうだよ、装備がないから、魔物にばったり遭わないようにしないと)
僧侶(おっと)
僧侶(魔物だ)
僧侶(まだこっちに気付いていないな。遠回りしていこう――)
僧侶(おっと。魔物だ。ここは隠れてやり過ごそう――)
僧侶(おっと魔物だ。全力で逃げよう! ――)
僧侶「おっと」
僧侶「もう日が沈んじゃうな。そろそろ野宿する場所を確保しておかなくちゃ」
僧侶「あっ」
僧侶「雨だ。雨が降ってきた。大変だっ」
僧侶(どこか雨宿りできる場所……あっ、この木のウロ、結構広そう)
僧侶(うん、中に何もいないみたいだし、何かがいた痕跡もないし、ちょうどいいや)
僧侶「よっしょ」
僧侶(いい感じ。もうすっかり暗くなってきたし、今日はここで寝よう……)
僧侶(……戦士さんたち、大丈夫かなぁ。寝てるとき風邪引かないかな)
僧侶(戦士さんは頑丈だから病気とは無縁だけど、商人さんは寝相が悪いからなぁ。ちょっと心配)
僧侶(賢者さんはどうだろ。きっと僕なんかよりずっと頭が良い人だから、心配するのは失礼かな)
僧侶(勇者は……いつも布団を多めに被ってるから大丈夫だよね……)
僧侶(勇者といっても、まだ年頃の女の子なんだし……体調には気を配らないと……。……)
ザー―――――― ……
僧侶「Zzz――」
僧侶(……)
僧侶(……寒い……ちょっと寒い……)
僧侶(……でも平気……寒くない……)
僧侶「!」
僧侶「あ。朝」
僧侶(そっか。そういえば僕ひとりだった)ゴシゴシ
僧侶(勇者たちから抜けて、家に帰るところだったんだ)
僧侶(魔王を倒しに行くのに比べたら、ずいぶん気楽な旅路だよね)
僧侶「ん……」
僧侶「雨はやんでるけど……地面がべちゃべちゃだ。こりゃ歩きづらいなあ」
僧侶「と。こんなこと言ってたら、また戦士さんに怒られちゃう」
僧侶「う~ん……よしっ。出発!」
僧侶(目的地への方角がちゃんと分かるって幸せだね。自信を持って歩けるもの)
僧侶(道のりもやることも分からなかったら、僕にはきっと耐えられないだろうなぁ)
僧侶「……」
僧侶「ん……!」
魔物Aが あらわれた! ▼
僧侶(やっぱり出た! 右手の抜け道は……)
魔物Bが あらわれた! ▼
僧侶(うわわっ。こうなったらいったん引き返して……)
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶「!」
僧侶(は、挟まれちゃった! 逃げ場がない!)
僧侶(戦わなきゃ。戦わなきゃ)
僧侶(ぼ、僕一人で……戦えるかな……)
勇者「やあっ!」
勇者の こうげき! ▼
商人「このおおおっ!」
商人の こうげき! ▼
賢者「そのグループはまとめて倒せますね」
賢者は ベギラマを となえた! ▼
魔物のむれに ダメージを あたえた! ▼
戦士「こいつで最後だ!」
戦士の こうげき! かいしんのいちげき! ▼
魔物を たおした! ▼
魔物のむれを やっつけた! ▼
勇者「ふう……」
戦士「今の戦いはなかなか質が良かったな」
商人「多めにゴールドを回収!」
勇者「えっ? ああ、こんなのかすり傷だよ」
賢者「私にはまだまだ魔力に余裕があります。回復させてください」
勇者「そ、そう? じゃあお願い、僧侶――じゃなかった賢者さん!」
賢者「……」
戦士「勇者。僧侶のことは忘れろとは言わんが、早いうちに意識を切り替えろ」
戦士「最終的に魔王との戦いは、このパーティーで挑むことになるのだからな」
勇者「わ、分かってるよ。今のは、ちょっと」
勇者「賢者さんが、いつもの僧侶と同じことを言ってきたから、つい……」
賢者「いつも?」
商人「そうです、僧侶の奴は、戦闘が終わるたびにイチイチ他人のケガを見て回るのです」
商人「いやーしつこいもんですぞ。別にいいと断る頃には、すでに回復呪文を唱えておりまして」
戦士「うむ、あれは考えなしだった。魔力の使い方としては、えらく非効率に思えたものだ」
賢者「まぁ、毎回そんなことをやれば効率は悪いでしょうね」
勇者「……みんな僧侶のこと何にも知らないくせに……」ボソ
賢者「お褒め預かり光栄です」
戦士「お前は先の町で、長らく呪文の研究をしていたのだろう?」
戦士「若いということもあって、正直あまり戦闘には期待していなかったが、」
戦士「予想に反して立ち回りは様になっていた。どこで覚えた?」
賢者「私は魔道の修練のため、大陸中を巡りました。元々旅には慣れ親しんでおります」
賢者「空白期間こそありましたが、思ったより勘が鈍っていなかったので幸いでした」
賢者「すぐに皆様に息を合わせられるよう、精進いたします」
商人「何をおっしゃる、賢者殿はもうすっかりパーティーの一員ですぞ!」
戦士「うむ。賢者がパーティーの良き参謀となれば、以前よりも旅は安泰になることだろう」
勇者「……そんなの絶対分かんないもん……」
賢者「あ。勇者様、足元っ」
勇者「うわ。っとっと」
賢者「大丈夫ですか?」
勇者「う、うん平気。ありがと。…………ちぇっ……」
戦士「――そろそろ日も傾いてきたが、次の町まではあとどのくらいなのだ?」
賢者「あと一山、越えなければなりませんが……勇者様、いかがいたしましょう」
勇者「それなら頑張って歩こう。まだみんな余力はあるみたいだし」
商人「賢者殿のおかげで、前よりずっと好ペースで進んでおりますからな!」
賢者「それは何よりです」
戦士「お前はパーティーに加入したばかりだ。くれぐれも無理はするなよ」
賢者「ええ、ありがとうございます」
勇者「……ねえ賢者さん」
賢者「はい?」
勇者「賢者さんは、どうしてこのパーティーについていこうと思ったの?」
賢者「それは無論、この世に悪をもたらす元凶、魔王を征伐するためです」
賢者「魔王はいにしえより、選ばれた勇者の剣でのみ討ち果たされると言われています」
戦士「……」
賢者「ゆえに勇者様が先の町に立ち寄ると伺ってからは、元より同行させて頂くつもりでした」
賢者「幸運にもそちらの商人様の紹介あって、人員交代の機会に恵まれた次第です」
商人「いや何の、腕利きの賢者がフリーだと聞いては、声をかけずにはいられませんとも!」
勇者「ボクには急な話だったけどね」
戦士「仲間になるかもしれん、という話は予め伝えておいたはずだが」
勇者「僧侶が抜けるなんて聞いてないよ」
戦士「まだ言っているのか。過ぎたことを引きずるな。あれは……」
戦士「あれは僧侶の意志だったのだ。お前も納得しただろう」
勇者「……まだ全部飲み込めたわけじゃないよ。一日経ったばかりだし」
商人「まあまあ、徐々に今のパーティーに慣れていけばいいじゃあありませんか!」
勇者「……でも……」
賢者「勇者様」
賢者「私の能力では、何かご不満でしょうか? すぐに改善いたします、何でも仰ってください」
勇者「えっ? い、いや、そういうわけじゃないよ。賢者さんはすごく頼りになると思う」
勇者「ほら、もう日が沈んじゃうよ、先を急ごっ」
僧侶は 魔物のむれをたおした!
経験値と 120Gを てにいれた! ▼
僧侶「ふう」
僧侶「なんとか勝てた……」
僧侶「……」
僧侶(こっちも命がかかってるから、甘いことは言ってられないけど)
僧侶(このモンスターたちも、子供がいたり、生きるのに必死だったかもしれない)
僧侶(供養だけでもしていこう。僕一人しかいないし、誰にも迷惑かからないよね)
僧侶(――)
僧侶「よし、先を急ごう」
僧侶(次の村に着いたら、装備だけでも整えようかな。やっぱり手ぶらじゃきついや)
僧侶(わ、よく見ると服もドロだらけだ。新しい服も買っておこう)
僧侶(そうだ、好きなものが自分のお金で買えるんだ。一人旅も悪くないかなあ)
僧侶は にげだした!
僧侶「はぁ……はぁ……」
僧侶(今度はうまく逃げられた。しかも村の方向だ、ラッキーだね)
僧侶(あ。この坂、見覚えあるぞ。ここを越えたら――)
僧侶(見えた! 村だ。まだ結構歩かなきゃならないけど)
ポツ ポツ
僧侶「!」
僧侶「また雨!」
僧侶(うーん、雨宿りするには中途半端な距離だなぁ)
僧侶(よし、もう日も沈んで暗くなってるし、今日は頑張ってあそこの村まで行こう)
パタパタパタパタ ……ザー―――――― ……
僧侶(うわあ、雨足早いぞ。急がなくちゃ!)
僧侶(歩きづらいなぁ。視界も悪いし)
僧侶(でも負けないぞ。なんてったって僕は勇者のパーティーにいたんだ)
僧侶(雨の中でも勇気を出して、胸を張って歩こう)
僧侶「ん……!」
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
僧侶(村まであと少しだ。こうなったら……)
僧侶は マヌーサを となえた!
魔物のむれは まぼろしに つつまれた! ▼
僧侶「今のうち!」
僧侶は にげだした!
しかし 足がもつれて すっ転んでしまった! ▼
僧侶「ぶぼ! いてて……」
魔物のむれに まわりこまれてしまった! ▼
ザー――――――
【東の村】
僧侶「はぁ……はぁ……あれ?」
僧侶(必死で逃げてたら、いつの間にか村に着いてた……)
僧侶(良かった。なんとか無事に、一人で戻って来れたぞ)
僧侶(村の人は……やっぱりみんな家の中だ。こんな天気だもんね)
僧侶(ええっと、まずは宿屋? ううん、こんなに汚れたカッコじゃ、会う人に失礼だね)
僧侶(まずはお店に行って着替えを買ってこよう。ついでに装備も整えられるし、一石二鳥だ)
僧侶(もうすっかり遅くなったし、雨も降ってるけど……開いてるかな?)
僧侶(確かこのカドを曲がって……左に行って……もひとつカドを折れたここ!)
【東の村>武具屋】
僧侶(よかった開いてる!)
僧侶「こんばんわ~」 キィ…
武具屋「いらっしゃ……ん? お前どこのガキだ?」
武具屋「おい馬鹿野郎、濡れたカッコで入ってくるんじゃねえ! 外で水きってこい!」
僧侶「ごめんなさい」
武具屋「旅人ねぇ、そうは見えねぇがなあ。ま、金があるってんなら一応客だが」
僧侶(所持金は125ゴールド……この村の宿屋は確か一人20ゴールドだから……)
僧侶(10ゴールドのぬののふくと……かわのぼうし80ゴールドまで買える!)
僧侶「これとこれを下さい」
武具屋「90ゴールドだ。偽金じゃねえだろうな」
僧侶(へへ。奮発してぼうしまで買っちゃった。一人で買い物って楽しいな。あ、そうだ)
僧侶「武器も見せてくださいな」
武具屋「ああ? あといくら持ってんだ?」
僧侶「35ゴールドです」
武具屋「はっ、やっぱ金持ってねえのか。その額じゃこれとこれしか売れねえな」
僧侶(ふむふむ、30ゴールドのこんぼうと……あ!)
僧侶「これ下さい!」
かわのぼうしを 装備した!
ひのきのぼうを 装備した! ▼
僧侶「これでよし。ありがとうございました」
キィ…
武具屋(へへ、いまどきあんな『ひのきのぼう』買うバカがいるとはな)
武具屋(一緒に並べて正解だぜ、タダ同然で仕入れて5ゴールドの儲け!)
武具屋(頭の回んねえ奴だ、まさに『ひのきのぼう』に相応しいガキだったぜ。へへ……)
――
僧侶(ひのきのぼう、買っちゃった。戦士さんが僕のことを『ひのきのぼう』って言ってたけど)
僧侶(僕にはぴったりだ。このひのきのぼうは、まさしく運命の相棒なんちゃって)
僧侶(残りは30ゴールド。この村の宿代は一人20ゴールド)
僧侶(残り10ゴールドで薬草も買えちゃうぞ。大事に使おう)
僧侶(えっと宿屋はこっちか)
僧侶(新しい服が濡れないように気をつけなくちゃ……)
僧侶「こんばんは~」
主人「いらっしゃいませ……おお、あなた様は勇者様ご一行の!」
僧侶「わあ、覚えてくれて、ありがとうございます。そうです、僧侶です」
主人「あなた方であればいつでも歓迎します! どうぞどうぞ」
僧侶「あのうすみません、今日は僕一人なんです」
主人「……はて? どういった事情が?」
僧侶「僕は先日、勇者のパーティーから外れたんです。今は故郷に帰るところなんです」
主人「ははあ……なるほど、そういうわけですか……」
僧侶「こちらの宿代は、一人20ゴールドですよね。一泊、泊めさせてもらえませんか」
主人(……うーむ。勇者様がいないのでは、愛想振りまいてもしょうがないな……いま忙しいし……)
主人「あーその……実は80ゴールドなんですよ」
僧侶「えっ? この間パーティーで泊まった時は、全員で80ゴールドでしたよね?」
主人「ええーそれが、『一泊』、80ゴールドだったわけでして」
僧侶「えっ、そうだったんですか」
主人「あー……、……では、残念ながら……はい……」
僧侶「他に泊まれるところは知りませんか?」
主人「いえいえ、あったとしても、競合店を紹介するような真似はできませんよ」
僧侶「そうですか……では、お邪魔しました」
主人「はい、ご予算に都合がつきましたら、是非とも当宿屋に」
主人(……ふう、なんとか追っ払えたか。それじゃ仕事仕事――)
――
僧侶(そっかぁ。一泊で80ゴールドだったんだ。他のところと違うんだ)
僧侶(困ったなあ。80ゴールドだったら、ちょうどこの『かわのぼうし』と同じ代金か)
僧侶(きっと贅沢したから、バチが当たっちゃったんだろうなぁ。反省)
僧侶(じゃあ、今晩どうしよう。やっぱり野宿しかないかな)
僧侶(そうだ! キメラのつばさがあれば、家までひとっとびだ! 道具屋に行ってみよう)
僧侶(確か取り扱ってなかったはずけど、もしかしたら新しく入荷してるかもしれない)
僧侶(30ゴールドで譲ってはくれないだろうけど……一応、ダメ元で訪ねてみよう)
――
道具屋「ねえよ、キメラのつばさなんて大層なもん。帰んな帰んな」
僧侶「そうですか……」
僧侶(この村には他に泊まる場所がなかったし……やっぱり今日も野宿か……)
ガチャ
下女「ちょっと道具屋さん、薬草ちょうだい!」
ドンッ 僧侶「わっ」
道具屋「おや村長ンとこの。こんな夜分にどうしたんだい?」
下女「それが、旦那様の具合が急変しちゃって! どうしたらいいか分かんないのよ!」
道具屋「そりゃまた大変だ」
下女「とにかく薬草を煎じて飲ませるぐらいしか思いつかないの! お金はあるわ! 早く!」
僧侶「……あのう」
下女「なによアンタ、邪魔よ!」
僧侶「えっと、僕いちおう僧侶ですけど、もしよければ診ましょうか? 村長さんを」
――
村長「ゴホッ、ゴホッ……」
僧侶「……」
奥さん(まったく、何でこんな子供連れてきたの!)ボソボソ
下女(も、申し訳ありません、一応僧侶と名乗ってましたので……)ボソボソ
僧侶「……あの」
奥さん「な、なに? どうなの?」
僧侶「最近、こちらの村長が無理をされたことは?」
奥さん「そ、そうね。勇者様が来るってことで、風邪の中わざわざ無理を押して出迎えたわ」
僧侶「……! それは気付かず、申し訳ありませんでした」
僧侶「実は僕は、その勇者と一緒にいた者です。数日前に、こちらに挨拶に伺ったことがあります」
僧侶「そのとき病気だと気付いていれば……」
奥さん「そ、そうなの? あんたの顔なんて全然覚えてないけど」
下女「……! だ、だったら……」
下女「アンタたちのせいで、旦那様の具合が余計に悪くなったんだから!」
僧侶「そうですね。ごめんなさい」
奥さん「ちょ、ちょっと、勇者様のお連れに向かって……」
下女(いえ奥様、この子が一人でこの村に戻ってくるなんて、不自然だと思いませんか?)ボソボソ
下女(きっと仲間から外されたに違いありません。今なら怖いものなしです)ボソボソ
下女(勇者様の名を盾に無理なお礼を要求される前に、逆に責任を全部押し付けちゃいましょう)ボソボソ
奥さん(なるほど。ヘタにした手に出るより、そっちの方がいいわね)ボソボソ
僧侶「あのう……?」
奥さん「オホン。いいこと、あんた達がウチの主人に無理させたから、こんなことになったのよ」
奥さん「ここは責任持って、きっちり主人を看病しなさい。いいわね!」
僧侶「は、はい。もとよりそのつもりですけど……そのう……」
奥さん「主人に何かあったらあんたの責任よ、いいわね! じゃあ、あたしは子供の世話があるから」
下女「あ、奥様、お手伝いします。ちょっとアンタ、ちゃんと旦那様を診ときなさいよ!」
僧侶「あ、あの……。……行っちゃった……」
僧侶(この病気には、まんげつそうがあれば特効薬が作れるんだけど)
僧侶(ここには薬草しかないし、困ったな)
村長「ゴホッゴホッ」
僧侶「大丈夫ですか?」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(こんなの気休めにしかならないよ。やっぱり薬を飲ませないと)
僧侶(仕方ない、さっきの道具屋で買ってこよう)
僧侶(確かまんげつそうは30ゴールド。今の手持ちも30ゴールドぴったり)
僧侶(良かった。人助けすると、こんなところでラッキーが起こるんだね)
僧侶(ん、ラッキーってのはちょっとおかしいかな? まあいいや)
僧侶「村長さん、ちょっと待ってて下さいね。まんげつそうを買ってきます」
村長「ゴホッゴホッ」
僧侶「すぐに戻ってきます!」
僧侶「ただいま戻りました」
僧侶(店じまいの途中だったから、すごく怒られちゃった)
僧侶(でも閉まる前に間に合ってよかったな)
村長「……ゴホッ、ゴホッ」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(ええっと……炊事場、勝手に使っていいのかな)
僧侶(まずはお湯を沸かして……あ、沸かしてある。このやかんを使おう)
僧侶(えっと次に……包丁でまんげつそうを刻んで……)
村長「ゴホッ、ゴホッ」
僧侶「! 大丈夫ですか?」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(やらないよりいいよね。これからこまめに呪文もかけていこう――)
――
僧侶「村長さん、お薬ができました」
村長「……ふぅ……ふぅ……」
僧侶「ちょっと熱いですよ。ゆっくりでいいので、飲んでください」
村長「……」 コクン コクン
僧侶「はい。これで大丈夫です」
村長「ゴホッ、ゴボッ……」
僧侶「!」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
僧侶(これは朝までついていた方がいいかなぁ)
村長「ハァ……ハァ……」
村長「……ゆ……勇者様……」
僧侶「!」
村長「ゆ……勇者様……」
僧侶「僕は勇者じゃありませんよ。安静にしていてください」
村長「オーブを……オーブをお持ちくだされ……」
村長「……この村から……少し西へ向かったはずれに……ゴホッゴホッ」
僧侶「えっ? 何ですか? ちょっと詳しく」
僧侶は ベホイミを となえた!
村長の呼吸が すこしらくになった! ▼
村長「ほ……ほこらが……。……私をほこらに……オーブを……」
村長「さすれば……魔の城へ続く道が……」
村長「……言い伝え……」
村長「ゴホッゴホッ……。……」
僧侶「村長! 村長。寝ちゃった」
僧侶(オーブかぁ。そんな大事そうなこと、どうしてこの間勇者に言わなかったんだろ)
僧侶(もしかして言うのをためらっちゃうほど、極秘の情報だったのかな……)
<朝>
村長「……」
僧侶「……」うつらうつら
下女「なにこれ! 道具が出しっぱなしじゃない!」
僧侶「ん……あ。おはようございます……」フアア
下女「ちょっとアンタ、勝手に私の仕事増やさないでよ!」
僧侶「えっ? あ……片付けるの忘れてた……ごめんなさい……」ムニャムニャ
下女「これなに? 薬?」
僧侶「えっ? はい。薬草がたくさんあったので、念のために作っておきました」
僧侶「村長さんにはもう特効薬を飲ませたので、あとはそれを一日三回ずつ飲ませて下さい」
下女「それで治るの? 大丈夫なのっ?」
僧侶「はい。もう大丈夫ですよ」
下女「そう、分かったわ。じゃあアンタ早く出て行きなさい」
僧侶「えっ?」
下女「アンタがそれを治した、これで差し引きゼロよ。違う?」
僧侶「なるほど」
下女「ううん、ゼロどころか、雨の中一晩泊めてあげた分、こっちが優位なはずよ。そうでしょ?」
僧侶「なるほど、そうですね」
下女「でもその分はいいから、その代わり早く出て行ってちょうだい」
下女「勇者様ならいざ知らず、アンタみたいな見ず知らずの他人を連れて来ちゃったせいで」
下女「私は昨日寝る前、また奥様に怒られちゃったんだから! 分かった!?」
僧侶「はい、分かりました。ごめんなさい」
村長「……ううん……」
下女「!」
下女「は、早く出て行きなさい。旦那様が起きる前に」ヒソヒソ
僧侶「分かりました。一晩泊めていただき、ありがとうございました」
下女「そんなのいいから、早く!」
僧侶「あ。はい。では、また」
下女(ふう……行ったようね。何とか勢いを通して帰らせることができたわ)
下女(途中無理があるかと思ったけど、あまり頭が回らない子で助かったわね)
下女(あの子、『ひのきのぼう』なんて持ち歩いてた時点でおかしいと思ってたのよ)
下女(見た通り『ひのきのぼう』レベルの子で良かったわ。ふふ)
村長「ううん……」
下女「! 旦那様、お目覚めですか?」
村長「ううむ……下女か……」
下女「おお旦那様、お具合の方はいかがですか?」
村長「……身体が軽い……誰かが付きっきりで看病してくれたようじゃな……」
下女「えっ。……え、ええ、奥様がついてらしてましたよ」
村長「あいつが……? あいつに、まだそんな甲斐性があったのじゃな……」
下女「こちらが……こちらが私がご用意しました、新しいお薬です。ささ、どうぞ」
村長「おお、ありがとう……。私は幸せだ。これほどにまで村の者に親われて……」
下女(ふふ、これで奥様にも旦那様にも私の株が上がったわ。ひのきのぼうサマサマね!)
【外】
僧侶「ふああ」
僧侶(ちょっと眠いなぁ。結局昨日はあんまり眠れなかったし)
僧侶(ううん、文句言っちゃいけない。この前みたいに雨の中で一晩越すよりずっとよかったし)
僧侶「ん~……」ゴシゴシ
僧侶(それにしても、北の城までまだかかるなぁ)
僧侶(城下町から、ちょっと離れた林にある小屋)
僧侶(そこで勇者が帰ってくるのを、のんびり過ごして待つんだ。これが僕の最後の旅……)
僧侶「……ふああ」
僧侶(何だか眠いや……今日は天気もいいし。ちょっとそこの木陰でひと眠りしよう)
僧侶(誰にも迷惑かからないし、いいよね)
僧侶「よいしょ。……ふああ」
僧侶「本当にいい天気……」
僧侶「……Zzz……――」
勇者「あっ。賢者さん、もしかしてあそこ」
賢者「ええ、【南の港町】ですね」
戦士「あそこまでもう一歩きだな」
商人「ふう……ふう……いやあ、なかなかしんどいですな……」
勇者「この辺になってだんだん暑くなってきたね。みんな大丈夫?」
戦士「この程度でへばっているようでは、とても魔王打倒など叶わん」
商人「も、申し訳ない、少し休憩をば。ワシは荷物が多いからして」
勇者「じゃあボクが少し持ってあげる! もう少しだから、頑張ろう!」
商人「は、はひ……」
賢者「ふう……」
勇者「賢者さんも大丈夫? ちょっと疲れてるでしょ?」
賢者「えっ? い、いえ、そんなことはありません」
勇者「……ふふ。僧侶はちっとも疲れを顔に出さなかったよ? じゃ、先を急ごっ」
賢者「は、はい……。……」
勇者「着いた! う~ん潮の香り!」
商人「な、何とか日が暮れる前に到着しましたな……」
賢者「ふう……。ん、んコホン」
戦士「ここが南の港町か。初めて足を踏み入れる」
町民「おや、あなた方は? 旅人とは珍しい」
勇者「こんにちは、初めまして。ボクは勇者です」
町民「おお! ではあなた方が北の城から遣わされたという……」
戦士「うむ、打倒魔王を掲げる一団だ。王族の刻印付きの証書もあるぞ」
町民「それはそれは! ぜひ宿屋まで案内させてください!」
勇者「本当ですか? お願いします!」
商人「ちょっと待て! お前まさか、善意を装って悪質な宿を紹介する悪徳業者ではあるまいな」
町民「え? いえいえ滅相もない! そもそもこの町に宿屋は一つしかありませんし……」
賢者「本当ですよ、商人さん。しかしその姿勢、見知らぬ地では頼もしい限りですね」
戦士「うむ、勇者はこういうところが抜けているからな」 勇者「ちぇー」
戦士「ふう」 どさっ
勇者「わあ、窓から海が見える……きれい……」
賢者「最上級の一室ならではの景色です。ここからの眺めは、今も昔と変わりませんね」
商人「ううむ、露店が並んでますな。我が身に宿る商魂が昂ぶってきますわ」
戦士「だが、夕刻を過ぎて店じまいも多いようだ。道具の調達などは明日が良かろう」
勇者「港町かぁ。てことは、大陸中の色んな人が行き交ってるんだよね」
勇者「魔王城に行くための情報なんかも、紛れてないかな」
商人「! ま、魔王城ですか」
戦士「ふっ、浮かれて目的を見失ってはいなかったようだな。当然だが」
勇者「ボクはただ、この旅を早く終わらせたいだけだよ」
賢者「さすが勇者様です。この町は唯一、彼の地へと陸続きになっていますからね」
勇者「うん。それが少し気になってたんだけど……」
賢者「ですが、ここから直接乗り込むのは、地形の関係で無理ということが判明しています」
賢者「詳しくお話ししましょう」
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】 <現在地
賢者「少し分かりづらいですが、魔王城の周りは険しい山々で囲まれており」
賢者「さらにその外側を海が囲んでいます。もっと分かりやすく言うと」
賢者「地図を見てわかるように、この大陸はドーナツ型です。穴の部分が海です」
賢者「その海のど真ん中に、魔王城の大陸がぷかぷか浮かんでいるイメージです」
勇者「うんうん、そこまでは誰でも知ってる。でも……」
賢者「そうです。魔大陸は、完全に孤立していたわけではなかった」
戦士「つい最近、発見されたルートがあるのだな」
【魔王城】
□
□
□
【南の港町】
賢者「ですがこの経路はほとんど毒沼で満ちている上、仮に魔大陸に辿りついたとしても……」
勇者「しても?」
賢者「行き止まりなのです。前述したように、険しい山岳で塞がっていますから」
戦士「何とかして越えられないのか?」
賢者「ほぼ不可能でしょう。強敵ぞろいの魔物たちを突破した先には、想像を絶する急斜面――」
賢者「さらに今もなお、その周辺では毒が溢れ出ているときています。近付くことすら危険なのです」
賢者「一説には、魔王軍が大陸を侵略するために作り出した、橋渡し代わりの陸地だとか……」
勇者「そ、そんな……!」
戦士「……仮にそうだとして、奴らはなぜ南に橋渡しを? 大陸の拠点は北の城だろう」
商人「ううむ……恐ろしい話ですが……まさか奴ら……」
賢者「そうです。この大陸全ての人間の、退路を断つつもりかもしれません」
賢者「あ、一応断っておきますが、港町だからといって」
賢者「ドーナツ型の大陸の、穴に当たる部分の海は関係ないですよ。距離も離れていますし」
勇者「さすがに分かるよ」
勇者「◎←の小さい方の○の部分に、航路はないんだよね。魔王城も邪魔してるし」
戦士「それで?」
賢者「ええ、そうしてこの大陸には、どこを探しても港はここしかありません」
賢者「つまり大陸の人間が安全に異国に向かうとするなら、ここの船を使わざるを得ないのです」
賢者「ところがもし、魔王軍が押し寄せて来て、この港町が崩落してしまったら」
勇者「……残った人たちは、みんなこの大陸から出られなくなっちゃう……」
商人「同時に、異国との交易で得ていた物資の供給もなくなりますな」
賢者「そうです。本命の退路を絶ったところで、大陸の拠点たる北の城を一気に制圧する」
賢者「あとは東西に残った町村を攻め入れば、大陸の人間を根絶やしにできるでしょうね」
勇者「……そんな……」
戦士「ううむ……事態は極めて深刻だったようだな……」
戦士「む」
勇者「ねえ賢者さん、今の話だって、証拠は何もない憶測なんでしょ?」
賢者「え、ええ、そうですが」
勇者「ちなみに商人さん、この陸続きが見つかったのっていつの話?」
商人「ほんの一、二年前ぐらいですかな」
勇者「だったらもう結構経ってるし、てことは、まだすぐには攻めてこないんじゃないかな」
戦士「分からんぞ。明日来るかもしれん。あるいは今夜かも」
勇者「そんなこと言い出したら、火山の噴火に怯えるのと変わんないじゃん」
勇者「とにかく、気持ちだけ急いだって解決はしないよ。ボクらはボクらのペースで旅を続けよう」
賢者「……ええ、仰るとおりですね」
商人「ううむ。まぁ、そこに落ち着きますかな」
戦士「ふん、無責任なことだ。だが確かに、急いたところですぐに事態は変わる訳でもなし」
戦士「今夜はもう、明日に備えて眠るとしよう。構わんな?」
勇者「うん、今日はもう解散! 寝る人はおやすみ! 以上!」
商人「いやぁ、それにしても賢者殿を仲間にして正解でしたなあ」
賢者「はい? 何がでしょう?」
商人「先刻の、魔王の意図を看破する鋭い洞察力は、まさに研ぎ澄まされた刃そのもの!」
商人「木を削っただけの『ひのきのぼう』とは、比べ物になりませんて!」
戦士「分かっているとは思うが商人、勇者の前で『ぼう』の話は控えるのだぞ」
戦士「あの娘はまだパーティーの変化に慣れていない。余計なことを思い起こさせるな」
商人「分かっておりますとも」
賢者「『ひのきのぼう』……あの僧侶のことですか?」
戦士「うむ。賢者も多少は記憶に残っているだろう、あの愚鈍な少年のことだ」
賢者「前々から気になってはいたのですが、あの僧侶と勇者様は、どのような関係なのですか?」
戦士「何のことはない、ただの幼馴染つながりだ。もっとも……」
戦死「二人とも孤児だがな」
賢者「孤児?」
商人「いやあ聞くところによると、あそこの教会の処分には手を焼いたらしいですぞ」
商人「そうです。ワシもそのとき居合わせたわけじゃないんですがね」
商人「当時の城下町は建築の最盛期でしてな。建て物の取り壊しと再建が流行っておりまして」
商人「その折で、みなしごを集めて孤児院代わりにしていた教会が、どうしても邪魔になりましてな」
賢者「その孤児の中に勇者様と、例の僧侶がいたと」
戦士「まぁ勇者だと分かったのは後の話だがな」
商人「で、なんでも再三の立ち退き勧告を、老いた神父が頑固に突っぱねたらしくて」
商人「周囲が頭を悩ませていたある日、その神父の方から孤児ともども出て行ったんです」
賢者「なんと。孤児たちは?」
商人「城下町の外れの林に、安普請の小屋があります。そこに全員移り住んだようです」
商人「ちょうど空き物件があったのを、神父がなけなしの財産をはたいて買い取ったんですわ」
賢者「なるほど、第二の孤児院といったところですか」
商人「それからひと月ほどと聞いてますが、その神父の爺さん、おっ死んでしまいましてな」
賢者「なんと。保護する者がいなくなった孤児たちは、どうなってしまったのですか」
戦士「……ある者は養子に迎えられ、ある者は町を出、ある者は己を鍛え……戦士になったのだ」
商人「な、なんと。ワシも初耳ですぞ」
戦士「俺が一番年の離れた年長だったからな。小屋を出るのも一番早かった」
戦士「勇者も僧侶も幼かったゆえ、このことは知らんだろう」
商人「も、申し訳ございませぬ。先の話の中で、いくばくか失言があったやも……」
戦士「勘違いするな。俺にとっては教会や小屋での思い出など、どうでもいいこと」
戦士「話を戻すぞ。その後、他の孤児たちも続々と小屋を出て行った。そして最後に二人だけ、残った」
賢者「二人。まさかその二人が」
商人「勇者様と『ひのきのぼう』というわけですな!」
戦士「そうだ。その時点ではさして気にも留めなかったが、ある時、とても看過できぬことが起きた」
賢者「天啓、ですね」
戦士「そう。今から数ヶ月前、天の導きにより、あの小娘が勇者に選ばれたのだ」
戦士「俺には、俺にはそれが理解できなかった。我慢ならなかった。……悔しかった」
戦士「定めを受け入れるまでは、時間がかかったぞ。今こそ、こうしてパーティーにいるがな」
戦士「……また話が逸れたな。俺のことは、くれぐれも周囲には内密に頼む」
戦士「まず王の命により、当時最も高い評価を得ていた実力者が選ばれた。それが俺だ」
戦士「俺は勇者を手助けする……というよりは、魔王を打ち果たすために、喜んで同行した」
戦士「次に勇者の仲間に加わったのが、僧侶だ。というより勇者が声をかけたのだがな」
戦士「俺は当時から奴には不満を感じていたが、回復呪文に長けていた点を買って黙認した」
戦士「それに勇者にとっては、慣れ親しんでいる者がそばにいた方が、長旅への不安も紛れるだろうしな」
賢者「……ふむ……」
戦士「そして最後に仲間に加わったのが」
商人「このワシです!」
戦士「ルイーダの酒場経由で最も優れた商人が紹介された。こんなところだ」
商人「あ、ちょ、ちょっと待ってくだされ! その辺の詳しい話は!?」
賢者「……勇者様はいまどちらに?」
戦士「さあな。宿屋は出ていないようだから、風呂か最上階のテラスだろう」
賢者「……テラスにいたなら、一時的にルーラで宿から抜け出しているやも。姿を確認してきます」
商人「ああちょっと! ワシがこのパーティーに行き着くまでの武勇伝は――!?」
勇者「……」
勇者(月がきれいだな……)
勇者(……)
勇者(僧侶は今ごろ、あの小屋で元気にしてるかな)
勇者(なんで急に抜けちゃったんだろ。ボクに相談もなしに……)
勇者「……」
勇者(……ボクがついてなくて、大丈夫かな。僧侶は人が良すぎるから……)
勇者(ボクだって、僧侶がいなくて大丈夫かな。今まで数え切れないくらい、助けてもらった……)
勇者(……)
勇者(ちょっと顔を見に行くぐらい、いいかな)
勇者(今なら、呪文一つで簡単に会いにいける――) ス…
賢者(勇者様は……)
賢者(! いた!)
勇者(やっぱりダメだ)
勇者(戦士さんの言うとおり、けじめをつけなきゃ)
勇者(いつまでも僧侶に甘えているようじゃ、きっと魔王なんか倒せっこない)
勇者(それに、僧侶はこのあたりで外れて良かったかもしれない)
勇者(いつもみんなのことに気を配りすぎて、自分のことはちっとも大事にしないんだもん)
勇者(魔王に行き着く前に、下手したら死んじゃうかもしれない)
勇者(そんなの絶対だめだ。だめだ。僧侶はあの家で、平和に過ごしてるのが一番なんだ)
勇者(だからボクは)
勇者は つるぎを ぬきはなった! ▼
勇者(強くならなきゃ。もっともっと強くなって、ボクがみんなを守れるようにしなきゃ)
勇者(ボクがみんなを引っ張れるくらいに……僧侶に心配をかけられずに済むぐらい、強く……)
賢者(勇者様……)
賢者(…………美しい……)
【渓谷】
ビュオオオォォ……
僧侶(やっぱりこの辺は風が強いな……)
僧侶(ちょっと気を抜いたら、かわのぼうしが吹き飛ばされてしまいそう)
僧侶(しかもずっと向かい風なのはツイてないなぁ。一歩一歩が重いや)
僧侶(せめて地面につく杖でもあれば少しは楽なんだろうけど)
僧侶(このひのきのぼうじゃ長さが中途半端なんだよなぁ。前屈みでやっと地面につけるくらい)
僧侶(かといって持ち運びやすいとは言えない短さだし……。杖に短し持ち運びに長し、か)
僧侶(でもやっぱりそんなところも、中途半端な僕にはぴったりの武器だ。愛着わくよ)
僧侶(ああ、そういえばコレ、武器だったんだ。どんな風に扱えばいいんだろう)
僧侶(やっぱり、振り下ろして殴るのが普通なのかな。誰かが使ってるの見たことないからなぁ)
僧侶(次に魔物と戦わなくちゃいけなくなったとき、いろいろ試してみよう)
ビュオオオォォ……
僧侶(わっと。風が強いなぁ……)
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた!
魔物Cが あらわれた! ▼
僧侶(後ろからだ! 前に逃げなくちゃ!)
僧侶は にげだした! ▼
しかし おいつかれてしまった! ▼
僧侶(向かい風が強くて足取りが重い……しかもこの魔物たちは素早いぞ!)
僧侶(戦うしか……)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
魔物のこうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶「いたた……」
僧侶(でも、今回はもうバギと補助呪文はなしだ)
僧侶(魔力の節約のためにも、ひのきのぼうを使いこなせるようにしとかなくちゃ……)
ミス! 魔物にダメージを あたえられない! ▼
魔物Bの こうげき! ▼
僧侶は ダメージを うけた! ▼
――――――
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶の こうげき!
魔物に ダメージを 与えた! ▼
魔物Aの こうげき! ▼
魔物Cの こうげき! ▼
――――――
僧侶の こうげき!
魔物Aを たおした! ▼
魔物Bの こうげき!
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶の こうげき!
魔物Bを たおした! ▼
魔物Cは にげだした! ▼
経験値と 90Gを てにいれた! ▼
僧侶「ふう……」
僧侶(……この魔物たちの遺骸を、道の脇にどけてあげよう。ついでに弔いも……)
僧侶「――」
僧侶「よし」
僧侶は ベホイミを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶(……思ったより長期戦になっちゃった。武器で戦うのって難しいな)
僧侶(でも今ので、結構ひのきのぼうの使い方が分かってきたぞ)
僧侶(剣と違って刃がついてないから、振り抜こうとすると失敗するんだ)
僧侶(始めから殴りつける感じで、こう、当てるように打つといい感じ。こう、こんな感じ)
僧侶(一発の威力を求めず、軽い手数でダメージを稼いでいくんだ。よし、これでいこう)
僧侶(……風がまた一段と強くなってきたなぁ。とても前を向いていられない)
僧侶(でも負けないぞ。風なんかで吹き飛ばされちゃ、勇者に面目が立たないよ)
僧侶(……!)
魔物が あらわれた! ▼
僧侶(岩石のモンスターだ! 大きい! 風でびくともしてないぞ!)
僧侶(この手の魔物だったら動きが遅いから、たいてい逃げられるんだけど……)
僧侶(いまは風が強いし、足場も悪いし……うまく逃げられそうにないな……)
魔物の こうげき! ▼
僧侶(! うわっ!!)
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶(いたた……やむを得ない、戦おう)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
僧侶の こうげき!
魔物に ダメージを あたえた!
魔物を たおした! ▼
経験値と 500Gを 手に入れた! ▼
僧侶「ふう。やっと倒した」
僧侶(……岩石に潜んでいた悪霊は消滅したみたい。残った岩は、そのまま自然に還るよね)
僧侶(……岩石のモンスターかぁ……)
僧侶(ひのきのぼうで戦うには、骨が折れる相手だったな)
僧侶(棒の方が折れなくてよかったよ。途中で戦い方を変えて正解だった)
僧侶(硬い相手は叩くより、局部を突いた方が有効なんだね。これは大きな収穫だ)
僧侶(特にこう、一点もズレることなく繰り出した突きは、思ったより高威力)
僧侶(ひのきのぼう全体の芯? で攻撃しているからかな。力任せで叩くよりずっと強い)
僧侶「……ん?」
僧侶(ああ、もうあんなに日が傾いてる!)
僧侶(戦いに時間をかけ過ぎちゃったんだ。風も止んでるし、今のうちに急ごう――)
<夜>
ウォンウォンウォン… ウォン…
僧侶「着いた……」
僧侶(すっかり暗くなっちゃった……早く小屋に行こう)
兵士「おい。そこの者、止まれ」
僧侶「はい?」
兵士「子供? こんな夜更けに何を出歩いている」
僧侶「あっ、あなたはお城の二階にいた警備の人!」
兵士「!? な、なぜ自分のことを……ん? お前どこかで見たような」
僧侶「勇者のパーティーにいた僧侶です。もう足のケガは治りましたか?」
兵士「ああ、誰かと思えば勇者様に付いていた! では、勇者様や戦士殿もここに?」
僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです。つい今、帰ってきたところなんです」
兵士「……ふっ。なるほどな。よくわかった」
兵士「お前には関係のない話だ、とっとと家に帰れ。他の兵士も見回ってる……」
僧侶「はぁ」
僧侶(なにかあったのかな……)
【北の城>城下町>外れの小屋】
ガチャ
僧侶「ただいま……。……」
僧侶(勇者が出て行っているんだ。そりゃ誰もいないよね)
ドサ
僧侶「ふう……」
僧侶(帰ってきた。帰ってきたんだ。これで、僕の旅は終わりだ)
僧侶(あとは……勇者に任せよう)
僧侶(勇者……みんなも……どうか無事に、旅を終えられますように……。……)
僧侶「Zzz……」
【南の港町>露店通り】
勇者「うわあ、賑やかだね!」
戦士「遊びに来ているのではないぞ。今日は装備品やアイテムを整えるのだ」
賢者「まぁ、気を張り過ぎて失敗することもあります。多少の息抜きも必要でしょう」
勇者「もうっ、子ども扱いして。分かってるよ、今日は丸一日ここに留まって」
勇者「商人さんからもらったお金で、それぞれ旅に必要なものを買い揃える! でしょ」
戦士「当の商人は、朝一番に市場に出てるからな。この辺はさすがに一流といったところか」
賢者「商人殿の商いの知識は並ではありません。彼ならば資金を最大効率で運用してくれましょう」
勇者「ボクたちは商人さんの許可なしに、本当に好きに買い物してていいのかな」
戦士「我々への信用も含めてのことだろう。それに装備品など、当人が選んだものが一番だしな」
賢者「では、どうしますか。それぞれ装備の種類も違うことですし、ここは一旦別れますか?」
勇者「そうだね。それじゃ一通り買い物が終わり次第、あの宿屋に集合ということで」
戦士「分かった。あまり羽目を外すなよ」 勇者「外さないよ!」
勇者「ほんとに人が多いなぁ。人ごみに流されないようにしないと……」
勇者(さて、買い物買い物。……と言っても、装備自体はもう間に合ってるもんなぁ)
勇者(はっきり言って今のでちょうどいいし……下手に新しいのを買うと、失敗する気がする……)
道具屋「いらっしゃい! お嬢ちゃんどうだい、今日は掘り出しもんが入ってるよ!」
勇者「えっ? ボクのこと?」
道具屋「お嬢ちゃんのことだよ! その年で勇ましいカッコしてて可愛いねえ!」
勇者「あ、あのねえ。ボクは北の王様じきじきの……ん?」
勇者「……ねえ、その指輪、ちょっと見せて?」
道具屋「これかい? ははあ、やっぱり女の子は光り物にゃ興味あるか!」
勇者「そ、そんなんじゃないよ。……なんだかこれ、不思議な力を感じる」
道具屋「おひとつ1800Gだ! 今ならふたつで3000Gでいいや!」
勇者「3000ゴールド……」
勇者(商人さんから預かったお金、全部だけど……)
勇者(ボクにはただの指輪には思えないんだよなぁ……どうしようかなぁ……)
勇者「えっ?」
道具屋「この指輪ならデザインもまったく同じだ、おそろいだよ?」
勇者「そ、そんな人いないよ!」
勇者(……でも)
勇者(おみやげだったら……買ってあげてもいいかな……?)
勇者(でもでも、おそろいって……しかも指輪だなんて……いやでもボクそんなつもりは……)
道具屋「ほらお嬢ちゃん、他にお金を使っちゃうと、もう買えなくなるよ! ほら!」
勇者「えっ?」
道具屋「ほら、今日の今しかないよ! 買いだよ、買い! さあ一声だけ!」
道具屋「さあ!!」
勇者「えっ? えっ? か、買います?」
道具屋「売ったあああああ! 毎度ありいいいいいい!!」
勇者「あ、あれれ……?」
勇者(買っちゃった……)ドキドキ
勇者「あ……賢者さん……」
道具屋「おおっとここで二枚目のお兄さんの登場かい? 若いねえ憎いねえ」
賢者「その指輪を? ふたつで3000Gで?」
道具屋「おおっともう返品不可だよ! もう取り引きは成立したんだからねえ!」
賢者「流石です、勇者様。良い買い物をされました」
勇者「えっ?」
賢者「これは『いのちのゆびわ』です。装備すると、歩くだけでキズが癒えるという逸品ですよ」
道具屋「えっ?」
賢者「普通、店で買えるような代物ではないのですが、素晴らしい掘り出し物に巡り合えましたね」
勇者「そ、そうなんだ」
道具屋「あ、あの……返し……」
賢者「ところで、これでもう支給された額は使い切りましたよね。ともに宿に戻りましょう」
勇者「う、うん」
道具屋「あ、待っ……うおおぉボロ儲けしたと思ったら大損だったああ!!」
【南の港町>宿屋】
勇者「……まだほとんど時間経ってないのに戻ってきちゃったね」
賢者「そうですね。私の方もすぐ、ローブの売り出しを見つけましたから」
勇者「そのローブ、似合ってると思うよ」
賢者「ありがとうございます。呪文に強い耐性のあるローブなので、これで咄嗟に勇者様を守れますよ」
勇者「やだなぁ。ボクは一人でも平気だよ」
賢者「……前の装備は僧侶殿のものだったので、これでもう、勘違いされずに済みますね」
勇者「えっ? そ、そうだね。あはは」
賢者「……勇者様。この後、お暇ですか?」
勇者「ん、どうして?」
賢者「私にはまだ予算が残っています。良ければ、一緒にバザーを見て回りませんか?」
勇者「……ううん、ボクは別にいいや。賢者さん一人で楽しんできてよ」
賢者「……。……僧侶殿とならば、承諾しましたか?」
勇者「えっ?」
賢者「その指輪。二つセットで買ったのはなぜですか?」
賢者「一つだけならば、残ったゴールドで他のアイテムも買えたのではないですか」
勇者「そ、それは別に、貴重なアイテムがセットで安売りだったから――」
賢者「勇者様は、私が来るまでその指輪が貴重な装飾品であることを、明確にはご存じなかった」
賢者「つまり始めから何らかの意図が別にあり、二つ買うつもりだった」
勇者「二つ買ったから、何なの? 考えすぎだよ」
賢者「では単刀直入に申し上げます。あなたは僧侶殿に、そのおそろいの指輪を渡すつもりですね」
勇者「そっ……! た、ただのお土産だよ!」
賢者「なぜ……いつまでも、パーティーを辞した者のことを引きずっているのですか」
賢者「今はこの旅で、同じ役柄であなたをお守りできるのは、私しかいないというのに」
勇者「な、なんでそういう話になるの? 友達にお土産を買うのが、そんなに変なの?」
賢者「それが指輪でなければ、私も口を閉ざしていました」
勇者「そんなの偶然……きゃっ!」
賢者「勇者様。私は――」
賢者「初めてあなたを見たとき、私はその凛々しさに心を奪われました」
賢者「私はあなたを守るためにパーティーに加入したといっても、決して過言ではありません」
勇者「は、放して……」
賢者「私はあなたのためなら、人生をかけてでも――」
勇者「放して……痛いよ、賢者さん……」
賢者「!」
賢者「も、申し訳ありませんでした」
勇者「……」
賢者「ほ、本当に申し訳ありません、度が過ぎてしまいました。……し、失礼します」
ガチャ バタン
勇者「……」
勇者(……)
勇者(こ、怖かった……)ギュッ
勇者(魔物と戦うときなんかよりも、ずっと……)
<夜>
商人「ただいま戻りましたぞ!」
戦士「おう、遅かったな」
勇者「あ……商人さん、お帰りなさい。わっ、すごい荷物!」
商人「いやあ、これからすぐにでも魔王城に突入できるくらい買い漁りましたぞ!」
戦士「おお……信じられぬ、こんな高価なものまで」
商人「今回の掘り出し物は『はんにゃのめん』! 難点はありますが、事実上最強の防具ですぞ!」
勇者「最強の? すごい! さすが商人さん」
商人「それから有益な情報も得ましたぞ。この先、西の町についてですが」
商人「ウワサによると、なんと伝説の剣があるとかないとか!」
戦士「!」
勇者「伝説の剣!? あの、魔王を倒すといわれている……?」
戦士「明日すぐに向かおう。伝説の剣は、この旅では無くてはならないものだ」
勇者「そうだね。明日ここを発とう!」
勇者「え? ボクは……これ」
商人「ほう!? 『いのちのゆびわ』ではないですか! かなりの代物ですぞ!」
勇者「や、やっぱりそうなの?」
商人「ええ、時価で18万ゴールドは下りませんな! よくぞ見つけました!」
勇者「じゅうは……ひええ」
戦士「俺は装備品を買った。剣と盾と鎧だ。どうだ」
商人「ああーこれは。うむ。さようですか」
戦士「構わん。ずばり言ってみろ」
商人「売却対象ですな。装備は、ワシが買い揃えたものを使ってくだされ」
戦士「……俺はな商人。この生涯で商才を得る機会を、すべて武芸につぎ込んできたのだ!」
商人「ワ、ワシは別に何も言っておりませんがっ! とっ、ところで賢者殿はいずこに?」
戦士「さぁな。先に帰ってきていたが、買うものがあるといってまた出て行ったぞ」
勇者「……」
商人「ふむ……もしかしたら、アレのウワサを聞きつけたのかもしれませんな」
商人「いやぁ何でも、この市場に異国産の『エルフののみぐすり』が流れ込んでいるらしんですよ」
商人「飲んだ者の魔力を瞬時に全快してくれる、大変希少なアイテムなのですが……」
商人「見た目がどこでも扱っている『せいすい』そっくりで、飲んでみるしか確認方法がないのです」
商人「何でも乱獲を恐れたエルフ達による細工らしく、素人の目での判別は限界があるそうで」
勇者「ふうん、MP全快か。そんなものがあれば、魔王戦でもとても役に立ちそうだね」
戦士「ふん、呪文に縁のない俺には関係ない話だな」
商人「偽物も多く出回っている商材なので、今回探すのは諦めましたわ」
商人「代わりに、魔力を微量回復するという『まほうのせいすい』を安く買い込みましたぞ」
勇者「それで十分だよ。商人さん、ありがとう」
商人「なんの、魔王打倒という事実こそ、最大の資本になりますゆえに!」
戦士「金のために魔王を倒すか。俺には理解できんな」
商人「魔王を倒す目的など、人それぞれですぞ!」
勇者「商人さんの目的って、お金のためだったんだ……」
商人「ああ勇者様まで!!」
賢者「……ただいま戻りました」
勇者「!」
商人「おお、賢者殿!」
戦士「何を買いに行ったのだ?」
賢者「大したものではありません。薬草と、薬の調合材料です」
商人「薬の? もしや『エルフののみぐすり』などは?」
賢者「いえいえ、そんな大層なものは買えませんよ。置いてあるかどうかも分からないのに」
商人「あちゃーさようですか。いえ、実は流れてるらしいんですよ、『エルフの』が」
賢者「本当ですか? まぁあったとしても、それと見出すのは大変でしょうね」
戦士「賢者でも『せいすい』と見分けるのは無理か?」
賢者「あれは区別の基準すらまだ不確定なのです。恥ずかしい話ながら、まだ私の力量では……」
商人「賢者殿をもってしても無理なら、諦めるしかありませんなぁ」
賢者「恐縮です。一日でも早くその域まで達せられるよう、精進致します」
勇者「……」
賢者「西の町に? あそこは戦士を多く輩出することで有名な地ですね」
商人「さすがは賢者殿、よくご存知で。何でも、あそこに伝説の剣があるとの情報を得ましてな」
賢者「おお、伝説の剣! 我々の旅には無くてはならないものですね」
賢者「天に選ばれた勇者のみ装備できるという、聖なる力を宿した退魔の極致」
賢者「早急に手に入れ、勇者様の手に馴染ませておくべきでしょう」
勇者「え? う、うん……」
戦士「……魔王を倒すことのできる剣、か……」
商人「さて、今夜も遅くなったことですし――」
賢者「明日に備えて、早めに床に就きましょう」
商人「あ、あれ? 異郷の名産品を肴に、一杯やりませんか?」
勇者「……ボクはいいや。今日は何だか疲れちゃった……」 ガチャ
賢者「私も遠慮しておきます」
商人「あちょっと皆さん! あ、戦士殿は」
戦士「俺もいらん。余計な出費をかけた分は、自分で処分するのだな。ではお休みだ」 バタン
【北の城>城下町>雑貨屋】
キィ…
僧侶「こんにちは」
主人「いらっしゃい。おお、お前は! ということは勇者も帰ってきているのか?」
主人「勇者もいるなら、全品半額だ! ウチの店をひいきに頼むぜ!」
僧侶「いいえ。僕はパーティーを外されたんです」
僧侶「つい昨日の夜、一人で帰ってきたばかりです。勇者はまだ旅の途中です」
主人「……なんだ。お前一人か。つまらねえ」
僧侶「ごめんなさい。今日は食べ物を買いにきたので、見せてくださいな」
主人「ああ? ちゃんと金はあるんだろうな? ……ん?」
主人「その腰に差してる杖、ちょっと見せてみろ。値打ちモンか?」
僧侶「これは『ひのきのぼう』です。僕の装備です」
主人「ひのきのぼうぉ~? 仮にも勇者についてった奴が、ひのきのぼうを装備だって?」
主人「だははは、そりゃパーティーをクビにされてもしょーがねえやな! だはははは!!」
主人「だははははははは、そりゃ傑作だ! じゃお前これからひのきのぼうだ、『ひのきのぼう』!」
僧侶「はい、戦士さんにもそう言われました」
主人「すでにあだ名になってたか、そりゃそうだわな、だははははは!!」
僧侶「このパンをください。それからバターと……お野菜も少し」
主人「だははははは、いい話のネタができたぜ! だははははは!」
僧侶「はい、選びました。全部でいくらですか?」
主人「だははははははは!」
僧侶「あのう」
主人「ん!? オイてめえ何勝手に商品取ってんだ! その汚ねえ手をどけろ!」
僧侶「ごめんなさい」
主人「全部で200Gだ200G! 金がないならとっとと戻しやがれ!」
僧侶「はい。200ゴールドです」
主人「なんだ、ちゃんとあるじゃねーか。始めから金を出せばいいんだよ」
僧侶「ありがとうございました。それじゃあさようなら」 キィ…
僧侶「ただいま」ガチャ
僧侶「ふふ」
僧侶(200ゴールドかけて、ちょっと多めに食べ物買っちゃった)
僧侶(残りの全財産は390ゴールド。切り詰めればひと月は過ごせる)
僧侶(でも、早めに働き口を探しておいた方がいいかな)
僧侶(少し旅を経験したから、簡単な護衛くらいはできるかもしれない)
僧侶(あ、もしそうなら魔力を鍛えたり、武器の扱い方も特訓した方がいいかな)
僧侶(よし、そうしよう)
僧侶(思い立ったが吉日。さっそく今から特訓を始めよう)
僧侶は ひのきのぼうを 装備した! ▼
僧侶「いってきます」ガチャ
僧侶(あ、そうだ。その前に寄りたいところがあった。先にそっちに行こう)
【墓地】
僧侶「神父さん、ただいま帰りました」
僧侶「……僕は神父さんから色んなことを教わりましたけど、」
僧侶「結局、勇者の役には立てませんでした。ごめんなさい」
僧侶「その代わり、勇者は立派に頑張っています。あの調子なら、きっと魔王を倒せます」
僧侶「だからどうか天国から、みんなを見守ってあげてください」
僧侶「僕も毎日、お祈りを捧げます。だから、お願いします」
僧侶「……」
僧侶「よし」
僧侶(……よく見ると、全然お墓のお手入れされてないな)
僧侶(僕と勇者と交代で掃除してたけど、これからは僕一人でやらなきゃなあ)
僧侶(あっすごい。最後に勇者が植えた花が、こんなに成長してる)
僧侶(僕も頑張ろう!)
僧侶「えいっ! やっ!」
僧侶「やっ! えいっ!」
僧侶「うーん」
僧侶(やっぱり振り回すより、突いた方が強いんじゃないかな)
僧侶(下手に叩きつけると、棒へのダメージが溜まっていつか折れちゃうかもしれないし)
僧侶(でも正確に一点を突くのって、難しいんだよなぁ)
僧侶「やっ!」
僧侶(ほら。ちょっとずれるとカス当たりになっちゃって、てんでダメだ)
僧侶(でも百発百中までになったら、きっと頼もしい武器になるぞ)
僧侶(あの『ひのきのぼう』が本当に頼もしくなったら、ちょっぴり愉快だね)
僧侶(よーし練習あるのみだ)
僧侶「やあっっつっ痛っ!」
僧侶(突いた拍子で筋を痛めちゃった! ホイミホイミ)
僧侶(ん……? 軽い装備だから、もう片方の手で呪文も使えるな。これも練習しておこう――)
僧侶「やあっ!」 ヒュバババ バッ
僧侶(……よし。武器の特訓はこのくらいにしておこう)
僧侶(気付けばもうこんなに暗くなってる。ちょっと夢中になっちゃった)
僧侶(次は魔力の鍛錬だ。林の奥まで行こう)
僧侶(……よし。この辺りでいっか。それにしても林の空気は気持ちいいなぁ)
僧侶は すわりこみ しずかに目をとじた ▼
僧侶(まずは腹式呼吸から……) …フー ハー フー…
僧侶(次に……魔力が身体全体を伝うイメージ……)
僧侶「……」
僧侶は めいそうを はじめた…… ▼
僧侶(……)
僧侶(………………)
町民A「――おっ。ウワサをすれば、あれは『ひのきのぼう』」
町民B「へえ、あれが勇者様のパーティーから逃げてきた『ひのきのぼう』か」
町民A「あれ目つぶって何やってんの」
町民B「黙祷とかけまして木刀(もくとう)、その心は『ひのきのぼう』!」
町民A「うひゃひゃひゃ、全然上手くねえ――!」
僧侶(………………)
子供A「あっ、ひのきのぼうだ!」
子供B「魔王に怖気づいて逃げてきたおくびょーものだ!」
子供A「やーいおくびょーもの!」
こどもは いしを なげた
いしは 僧侶に あたった ▼
子供「「逃げろー!」」
僧侶(………………)
兵士A「……む。あれはなんだ? 魔物か!?」
兵士B「いや……違う。ありゃー例の『ひのきのぼう』だな。ほっとけほっとけ」
兵士A「へえ、あんなのが戦士殿と共に旅をしてたのか。見る限りとても釣り合わんな」
兵士B「勇者様にも釣り合わんな。絶対にだ」
兵士A「お前勇者様の大ファンだもんな」
兵士B「へへ。あそこまで可憐さと凛々しさを持ち合わせた女の子、そうはいないぜ」
兵士A「確かにそれは俺も認めるが、あの器量ならとっくに他の男とくっついてるんじゃないか」
兵士B「バカ野郎、勇者様は魔王を倒すまで不純なことはしないんだ! アイドルを汚す発言は慎め!」
兵士A「お前こそ大声を慎め。俺達は一応仕事中だぞ」
兵士B「なぁに平気平気。こんだけ網張ってれば、例の盗っ人も簡単に町から出られんさ――」
僧侶(………………)
僧侶「……」ス…
僧侶「よし、瞑想おわり。うわ、もう夜中だ! 家に帰らなくちゃ」
僧侶「ただいま」
僧侶「さてさて、今日のお楽しみ。お食事の時間」
僧侶「今日は運動もしたからお腹がぺこぺこだ。ぺこぺこー」
僧侶「パンふた切れにバター塗って……あと、お野菜も少し添えて……できあがり!」
僧侶「いただきます」
僧侶(パンは朝にふた切れ、夜にふた切れで我慢すれば、一ヶ月はもつ)
僧侶(昔に比べたら、毎日朝晩食べられるから幸せだ。バターも野菜もあるからご馳走だし)
僧侶(……そういえば旅してたとき、あそこの宿屋で食べたご飯はおいしかったなぁ)
僧侶(頑張って働けば、毎日あんな食事ができるかもしれない。そう考えただけでやる気が出ちゃう)
僧侶(でもだめだめ、今は我慢して、自分をもっと鍛える時期なんだ。そもそも現状でも満足だしね)
僧侶「ごちそうさま」
僧侶「おいしかった」
僧侶(じゃあやることもなくなったし、寝よう)
僧侶(考えてみれば安心して眠れる場所があるのも、幸せなことだねぇ)
僧侶「ふう」
僧侶(これから毎日鍛えて、ルイーダさんの酒場のギルドに登録して)
僧侶(護衛や採集なんかの仕事をたくさん引き受けて)
僧侶(お金を稼いで、一人で安定した生活を送れるようになって)
僧侶(……それからどうしようかな)
僧侶(導師さんにでもなろうかな。回復呪文と薬だけは得意だし)
僧侶(うん、世界中を旅して回る大僧侶ってのも、かっこいいかもしれない)
僧侶(そうしたら、少しは勇者の知り合いとして、恥ずかしくない人間になれるかな)
僧侶(……いまごろ勇者たちは元気にしてるかな。病気になったりしてないかな)
僧侶(ううん、僕なんかよりすごい賢者さんがいるから、きっと大丈夫だよね)
僧侶(勇者と、戦士さんと、商人さんと、賢者さんが無事でありますように)
僧侶(おやすみ……)
僧侶(……)
僧侶「Zzz……」
【砂漠(南の港町~西の町)】
商人「ううう……日差しが厳しい……」
勇者「地面から熱気が揺らいでるね……頭がクラクラするよ……」
戦士「ふん。これしきのことで参るようでは、打倒魔王などもってのほかだぞ」
賢者「……戦士殿も少し足がふらついてますよ……」
商人「ううむ。よりによって荷を溜め込んだ直後に、こんな砂漠が広がっていようとは……」
勇者「みんなこまめに水分取るんだよ」
戦士「ぐびぐびぐび」
賢者「……戦士殿、結構飲まれますね……」
商人「ああしんど! 次の日陰を見つけたら、少し休憩させてくだされ」
勇者「商人さん、ボクが少し持ってあげるよ。だから頑張ろう」
戦士「当然だ。一刻も早く西の町に向かわねば、伝説の剣が消えてしまうかもしれん」
賢者「……屈強な戦士たちの町の、伝説の剣。すんなり手に入るとは……」
勇者「必ずボク達が手に入れよう。そして一刻も早く魔王を……」フラフラ
戦士「なにっ! 岩陰から!?」
勇者「!! みんな、モンスターが――」
魔物のむれは こちらが 身構える前に おそってきた!
魔物Aの こうげき! ▼
商人「ひいっ! いてぇ!」
商人は ダメージを うけた! ▼
魔物Bの こうげき!
つうこんの いちげき! ▼
賢者「うわあああっ!!」
賢者は 大ダメージを うけた! ▼
勇者「賢者さん!」
戦士「くそっ、まずは一体集中で数を減らせ!」
商人「に、荷物だけは死守しますぞ!」
賢者「敵に奇襲を許すとは……不覚……」
勇者(……こんなこと、今までなかった……)
勇者「賢者さん、うしろ!」
魔物Bの こうげき!
賢者は ダメージを うけた! ▼
賢者「ぐっ。ここは回復が無難……!」
賢者は ベホマラーを となえた!
パーティーのキズが 回復した! ▼
商人「どおりゃあ!!」
商人の こうげき!
魔物Cに ダメージを あたえた!
魔物Cを たおした! ▼
戦士「そいつで最後か!」
戦士の こうげき!
魔物Bに ダメージを あたえた!
魔物Bを たおした! ▼
魔物の むれを たおした! ▼
勇者「ふう……やっと片付いたね……」
商人「すかさずゴールドを多めに回収!」
勇者「そうだね。でも、みんな無事でよかった」
戦士「……しかし、勇者と賢者の魔力は、無駄に浪費させられたな」
賢者「浪費だなんて。私の魔力はまだまだ豊富に残っていますよ」
戦士「これが魔王城だったらどうする。とても後がもたんぞ!」
勇者「ご、ごめん……」
賢者「勇者様の責任ではありませんよ。あの時、誰も奇襲に気付けなかった」
戦士「俺が言いたいのは、我々が奇襲を受けたことなど記憶になかった点だ」
戦士「つまり前と比べて、明らかに危機感が薄らいでるのだ! 無論、俺も含めて!!」
勇者「そ、それは違うよ。それは全部……僧侶のおかげで……」ボソ
商人「ま、まぁ、一度や二度の奇襲じゃ、我々はびくともしませんて」
賢者「それに、気配が悟れぬほど魔物のレベルが高くなっている、という見方もありましょう」
戦士「ふん。ならばなおさら、兜の緒を締めねばならん。さぁ、もう行くぞ。時間が勿体ない」
勇者(……たった一度の戦闘で、一気にパーティーの空気が乱れてしまった)
勇者(ああ……ボクはなんて頼りないリーダーなんだろう……)
勇者「……」 ザッ ザッ
戦/商/賢「……………………」 ザザッ ザッザ ザッザッ ザザッ
勇者(……思えば……)
勇者(今までパーティーに揉め事があったら、最終的に僧侶が責められることで解決していたな)
勇者(戦士さんも商人さんも……そしてごくたまにボクも……)
勇者(イライラの捌け口があったから、パーティーのバランスが取れていたのかもしれない……)
勇者(……今は僧侶はいない。もし、お互いのイライラがぶつかり合ってしまったら、どうしよう)
勇者(パーティーが解散するようなことになってしまったら、どうしよう)
勇者(やっぱり、僧侶がいないと不安だよ……僧侶……)
勇者(……魔王と戦う前に、一回くらい、会いに行ってもいいんじゃないかな)
勇者(もしボクが死んじゃうようなことがあれば、おみやげも手渡しできなくなっちゃうし……)
勇者(……おみやげの『いのちのゆびわ』……)
勇者(……宿屋で賢者さんが迫ってきたとき、怖かったな。何でだろう。今でも分かんない)
勇者(……年頃の女の子はレンアイをするものだって聞いたけど……それと関係あるのかな……)
戦士「――」
賢者「――」
勇者「……」
勇者(……賢者さんは、顔立ちもカッコいいし、呪文にも長けてて頼もしいし)
勇者(……いつもボクに気を遣ってくれて優しいし。絶対、悪いヒトじゃないんだけど……)
勇者(ボクには……)
勇者(……ボクには? あれ? なんだろ?)
勇者(……違う、だめだ。ボクは勇者だ。意識を切り替えて、みんなを引っ張っていかなきゃ……)
勇者(魔王を倒せるのは、選ばれし勇者だけ……ボクしかいない……)
賢者「――? ――?」
勇者(……なんだか頭がぼうっとする……賢者さんが……何言ってるのか分からない……)
勇者(賢者さん……ゆびわ……ボクは勇者で……)
勇者(……僧侶……)フラフラ
ドサッ
賢者「!? 勇者様!? 勇者様――!」
【西の町>宿屋】
賢者「……ただの熱中症のようです。大事には至らないとはいえ、安静にしておかねば」
戦士「ふっ。みなが同じ条件にも関わらず、情けないな」
商人「戦士殿は、ワシの荷物を持ってくれませんでしたぞ……」
賢者「それにこれは、知恵熱のようなものも混じっているかもしれません」
賢者「勇者として、パーティーを率いる責務や……その他に悩みがあった可能性も」
戦士「俺達の最終目標は何だ? 負うものの大きさを考えろ。甘ったれたことは一切言ってられん」
戦士「行くぞ、商人よ」
商人「ど、どこへ……?」
戦士「伝説の剣の在り処を探すのだ。一刻でも早く、この町での目的は完遂させる」
賢者「戦士殿、お願いします。――ただし」
賢者「いつの歴史も、勇者は唯一。ゆめゆめお忘れなきよう」
戦士「ふん。何が言いたいのか分からんな」 バタン
商人「ああちょっとワシも着いていく話では!」 ガチャ バタン
勇者「」 スー スー…
賢者「勇者様……」
賢者(寝顔だけ見れば、戦いとは無縁な年頃の少女そのもの)
賢者(『勇者』という責は、この小さな体躯にどれだけの重圧をかけていることだろう……)
賢者(……)
勇者「」 スー スー…
賢者(……美しい。勇者様のすべてが愛おしい。ああ、運命とは残酷なものだ)
賢者(色恋沙汰にはまるで無関心だった私が、はじめて恋に落ちた相手が……)
賢者(天に選ばれし勇者だとは。しかも……すでに想い人がいるなど……)
賢者(……)
賢者(やはり、決行しよう。今こそ好機だ)
賢者(恋愛とて修羅の道。であれば、私がやろうとしていることにも正当性はある)
賢者(徳の道からは外れようとも、代わりに私にも『機』が得られるならば、安いもの)
賢者(さぁ、愛欲にまみれた下賎な魔術師の汚名を被ろう。私の価値は、私自身が決めるのだ――)
賢者「すまない、今から薬を作る。厨房をお借りする」
宿の女「……お薬でしたら、わたくしがご用意いたしますが……」
賢者「急を要するのだ、ご厚意だけ感謝する。また私が薬を作る間、立ち入らないでもらいたい」
宿の女「……はい。さようでしたら、そのように……」
賢者「……」
賢者(行ったか。誰もいないな)
賢者(これは私が好奇心で研究していた呪薬の一つ。調剤過程はまだ秘匿だ)
賢者(まずは普通の解熱剤を作る)
賢者(これは聖水と薬草を使って、簡単に作ることができるが――)
賢者(さらに、時期を見計らって回復呪文をかけることで、効果が増強される――)
賢者は ベホマを となえた! ▼
賢者(……完成だ。さて、私の下心が芽生えなかったなら、この時点で切り上げるところだが)
賢者(ここからが本番だ)
賢者(よく煮込み、かき混ぜる――)
賢者(次に――これを使う。以前、あの僧侶が装備していたローブだ)
賢者(これの切れはしを使う。心の臓に近い、胸の部分がよかろう)
賢者(……『ひのきのぼう』との判を押された、憐れな少年よ)
賢者(勇者様のおそばに寄ったのは、余りにも早すぎたのだ……!)
賢者は ローブを きりさいた!
賢者は メラを となえた!
ローブの切れはしは もえあがり 灰になった! ▼
賢者(……。罪悪感は押し殺す。私はすでに決断した)
賢者(……灰となったローブを、『きえさりそう』の混ざった聖水に加え、よく混ぜる――)
賢者(そして一定のタイミングを見計らい、最大魔力でこの呪文をかける)
賢者は メダパニを となえた! ▼
賢者(……ふう……。仕上げに、あらかじめ作っておいた解熱剤と混ぜ合わせる)
賢者(……完成だ。あとはこれを、勇者様に飲んでいただくことで……)
賢者(私の望む状況が生まれる)
賢者「……勇者様。目を覚まされたのですね」
勇者「あ……賢者さん」
賢者「窓の外になにか?」
勇者「うん、ここの宿の女の人が、麦を運んでて。この町、女性もよく働くんだなって」
賢者「ここ西の町は戦士の町。女性も気丈でなければ、荒くれ者の伴侶もままならないのでしょう」
勇者「ふうん……ボクも頑張らないとなぁ……」
賢者「それより、ご容態は」
勇者「もう、平気。心配かけてごめんね」
賢者「正直に仰ってください。まだ鈍痛が続いているのでは」
勇者「……うん。賢者さんに嘘をついてもしょうがないね。ホントは、まだ少し……」
賢者「今しがた、解熱剤を作りました。こちらをお飲みください」
勇者「ありがとう。賢者さんは、優しいね。まるで僧侶みた……あ、いや、何でも……」
賢者「……」
賢者「お早いうちに、お薬を召し上がりください。どうぞ……」 コトン
賢者「? どうかされましたか?」
勇者「……このお薬……何度も似たのを飲んだことがある……」
賢者「!」
勇者「……その、今まで飲んできた薬は、びっくりするほどよく効いたけど……」
勇者「これは、ちょっと香りが違う気がする……」
賢者「……僧侶殿が作った解熱剤の話ですか?」
勇者「……」
賢者「なぜ」
賢者「なぜ私を信用して下さらないのですか?」
勇者「えっ」
賢者「私とて専門外とはいえ、薬に関してはそれなりの自負はあります」
賢者「恐縮ながら私は……魔王打倒を目指す同志として……」
賢者「すでにパーティーには、勇者様には信用を勝ち得ていたものと思っておりました……」
勇者「そ、それは……そんなつもりは!」
賢者「勇者様」
勇者「賢者さんは、仲間だ。仲間の作ってくれた薬を飲めないリーダーなんかいないよ」
勇者は くすりを 手に取り
いっきに のみほした! ▼
勇者「ほら、飲んだよ! だからもう……。 ! ! !」
勇者「 あ うあ あああ ? ?」
勇者「あ……頭が……」
勇者(あ……なにこれ……消える……消えちゃう……)
勇者(ボクの頭の中から……大事なものが……消えていっちゃう……!)
勇者(やだ……怖い……いやだ……)
勇者(助けて……――!)
勇者(――?? あれ……――!? ――)
勇者「――――――――――――――…………」
賢者(これで勇者様の記憶から、僧侶に関する情報はすべて消えた)
賢者(二度と……以前の想い人の名を、口にすることはないだろう)
賢者(……神罰が下っても構わない。だが、私が間違っているとも思わない)
賢者(私はこの恋の成就を、一から組み立てていくつもりなのだ)
賢者(そのつもりであれば、勇者様を意のままにする手段など他にあった)
賢者(だがそれでは意味がない。勇者様が本心から、私を見てくれるようにならなければ)
賢者(……僧侶には多少気の毒だが、後悔はしていない)
賢者(幼馴染の想い人など、ましてや孤児の誼など、計り知れぬ太さの絆ではないか)
賢者(もはや第三者の参入など、勝ち目がないではないか。勝負の場にさえ立てないではないか)
賢者(だから私はふりだしに戻しただけだ。もし僧侶が勇者様を想うならば、同じ状況に立つべきだ)
賢者(……死に物狂いで求めるべきだ。私がこのような手段を取ったように……)
賢者(……)
賢者(我ながら何たる詭弁尽くしだ。言い聞かせなければ、不安なのか)
賢者(笑止な。いま一度、我が胸に刻もう。私には、一片たりとて後悔はないと――)
【西の町>道場】
商人「――では、一体いくらで手を打つおつもりですか!?」
商人「我々には一刻も早く、その剣が必要だというのに!」
師範「この『伝説の剣』は、私の宝だ。金などで量れる代物ではない」
戦士「国王の証書は見せたはずだ。私心を押し通すならば、反逆罪になりかねんぞ」
師範「さて、その証書は果たして本物かどうか。よしんば本物だとして」
師範「お前たちが真に勇者一行であるか否か。この町の者は、誰も証明できない」
戦士「ならばどうすればよい、このまま平行線で水掛け論を続けるつもりか」
師範「いや……話はすぐにつけられる。この『伝説の剣』を手にする資格があるかどうか」
師範「実力で示してもらおう」
商人「なぜそのような回りくどいことをせねばならん! こうなったら王に直訴して――」
戦士「待て。……お前と立ち合って、勝てば剣を手にする資格があるというのだな」
師範「そうだ。さすがは北の城、随一の兵(つわもの)。流儀の通じる男だ」
戦士「ふん。すべて知った上でか」
戦士「商人よ、礼を言う。後はこの町の武具でも品定めしてくるといい」
商人「ちょおっと……もう、ワシゃホントにそうしますぞ!」
師範「勝負を受けるようだな。よかろう」
師範「本来ならば勇者当人に出てきて欲しいところだが――」
師範「熱で寝込んでいるようでは、代役で辛抱せざるを得んだろう」
商人「な、なぜそれを――!」
戦士「地獄耳め。道場の主が、よくもそんな下らないことまで……」
師範「いや、それはこの『伝説の剣』が教えてくれた」
商人「!? な、何ですと?」
師範「これはお前たちが思っている以上に不思議な剣でな。特殊な事情がある」
戦士「ふん……真の勇者の居場所をも、感知するとでもいうのか」
師範「何を不貞腐れている。平常を装っているつもりだろうが、野心が丸見えだぞ」
戦士「抜かすのは剣だけにしろ。我々には時間がないのだ」
師範「時間? お前の場合は、心の余裕がであろう」
商人「お、多い……」
師範は 木刀を そうびした!
戦士は 木刀を そうびした! ▼
師範「私から一本でも取ることができれば、お前の勝ちでいい」
戦士「何。どういう意味だ」
師範「そのままの意味だ。……師範代、合図を」
大男「はっ。……始めっ!」
戦士(こんな辺境の地で、無名の剣士に舐められてたまるか!)
戦士「うおおおおおっ!」
戦士の こうげき!
師範「ぬううん!!」 バキッッ
師範の こうげき!
戦士は ふきとばされた!
戦士の 木刀は 折れた!! ▼
戦士「なっ……!?」
商人「あわわわ……つ、強い……」
師範「これで終わりではあるまい。新しい木刀を」
戦士「くっ……その通りだ、こんなことで終わりではない!」
戦士は 木刀を 装備した! ▼
大男「始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「あからさまな兜割りだな。たやすく斬り払える」 バキッッ
大男「――始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「横一閃には縦払い!」 バキッッ
大男「――始めっ!」
戦士「うおおおおおっ!」
師範「下からの斬り上げならハエのように叩き落せる!!」 バキッッ
戦士「……な……ならば……」
戦士「これはどうだ!」 ダッ
師範「そう。刺突ならば、線ではなく点の攻撃。ゆえに容易に捉えられることもない……」
師範「だが、及び腰だ! 慣れない攻め方に、身体が怖がっている!」 バキッッ
戦士「うっ……」
師範「そんな腑抜けた突きなど、余裕でかわして仕留められる」
戦士「俺が……腑抜けているだと? 笑止な!」
戦士「俺などより、あの勇者の方がどれほど温いか」
戦士「あの小娘がこの場に立てば、お前から一本取るなど、永劫叶わぬだろうよ」
師範「そうかな。勇者の本領は勇気であると聞く」
師範「私の予測では、この戦いでお前と同じように『突き』まで辿りつき」
師範「それと同時に一本取ってしまうような気がするのだが。勇気ある突きをもってな」
戦士「……ほざけ。もう一勝負だ!」
戦士は 木刀を 装備した! ▼
師範「ふっ。その姿勢は果たして不屈か、はたまた意固地か――」
戦士「うおおおおっ!!」
師範「凝りもせず分かりやすい袈裟斬りか。こんなもの――」
ガララッ
幼児「パパー!」
師範「!?」
弟子「こ、こら、いま入ってきちゃダメだ!」
戦士の こうげき!
師範は 大ダメージを うけた! ▼
師範「ぐああああああっ!!」
弟子「師範!」
弟子「師ハーンッ!!」
幼児「パパ!!」
戦士(……ふん。俺の木刀を折れば、その刀身が飛んで危険だったということか?)
戦士(軟弱に極まる!)
戦士「今のは瞭然たる一本。『伝説の剣』は渡してもらおう」
弟子「貴様ァ! それでも漢かァ!」 ブーブー
弟子「詫びの一つもなしに、何だその言い方はァ!!」 ブーブー
幼児「パパ、だいじょうぶ!?」
師範「ああ……」
師範「……みんなよく聞け。戦士殿の言い分は正しい」
師範「真剣勝負の場に、私情を持ち込んだほうが負けなのだ。改めて肝に銘じよ」
弟子「師範……」
師範「戦士殿。これが伝説の剣だ。勇者様に渡してくれ」
戦士「うむ」
師範「この剣は……私の命より大切なものだ。くれぐれも大切に扱ってくれ」
戦士「分かった」
幼児「ダメーッ!」
戦士「!?」
師範「こら。大人しくしてなさい」
戦士「ふっ、なるほど。お前の妻の、忘れ形見といったところか」
戦士「何やら事情があるようだが、そんなことに興味はない」
戦士「俺はこの剣さえ手に入れれば、それで良いのだからな」
師範「! な、何を……」
戦士「真の勇者のみ抜き放つことができるという剣……」
戦士「俺にその価値があるかどうか、確かめさせてもらう!!」
戦士は 伝説の剣を 装備した!
しかし ひきぬけなかった! ▼
戦士「ぬ……抜けん……!?」 グッ グッ
師範「無理だ。……その剣は、誰にも抜くことはできない」
戦士「なぜだ。なぜ俺に抜けんのだ!? 俺が一番」 ググッ
戦士「俺がこの国で一番、魔王を討ちたいと思っているのだ!!」 グググッ
師範「戦士殿! ……もうここに用はないはずだ。お引き取り願おう……」
商人「ただいま戻りましたぞ」
勇者「あ……おかえりなさい、商人さん!」
商人「おお勇者様、もう容態はよろしいので?」
勇者「うん、賢者さんのおかげですっかり治っちゃった! 迷惑かけてごめんね」
賢者「……商人殿、どちらに? 伝説の剣は手に入りましたか?」
商人「いやあ、見つけたには見つけたのですがね」
商人「どうにも所有者の融通がきかなくて、商談にも持ち込めなかったんですよ」
勇者「ええっ。商人さんの交渉が通じないなんて……」
商人「戦士殿と勝負して、勝ったら譲るという話ではありますが……」
商人「いやはやその師範がべらぼうに強くて! 戦士殿じゃ相手にならないくらいです」
賢者「なんと。それは始末に終えませんね……」
商人「ワシはこりゃダメだ、他の方法を考えようと、途中で抜け出してきましたわ」
戦士「ふん。愛想をつかされる体たらくで悪かったな」 ガチャ
商人「!? あわわわ戦士殿!」
商人「おおっ!!」
勇者「わぁ! 戦士さん、ありがとう!」
賢者「さすがは百戦錬磨の雄。お見事です」
商人「ちょ、ちょっと確認させてくだされ」
商人「ふむ……ふむふむ。うーむ、ワシは現物を手に取るのは初めてですが」
商人「本物で間違い無さそうですな。収拾した情報とほぼ一致しております」
商人「後は刀身を見せてもらえば、確信に至れるのですが……」
戦士「!」
賢者「では勇者様、さっそくお手を」
勇者「ボ、ボクがこれを抜くの? 緊張するなぁ」
勇者は 伝説の剣を 手に取った! ▼
勇者「……なんだか、不思議な力を感じる。ちょっと冷たいけど。それじゃあ……」
戦士「待て!!」
勇/商/賢「!?」
戦士「その剣を抜くのは、別の機会にしてもらいたい」
商人「な……何故ですかな?」
戦士「仮にも伝説と称される武器だ。簡単に抜いていいものではなかろう」
戦士「どうしても抜く必要に迫られたときに、初めて抜剣すべきだ」
賢者「……ですが、早いうちに手に馴染ませておくという必要性が、既にありませんか?」
戦士「最初から頼ってしまっては、もしその剣が使えなくなったときに困るだろう」
戦士「ここはいざというときまで温存し、必要が迫るまでは、現状の装備を保つべきだ」
賢者「偽物だったらどうするのです。確認するくらいは良いでしょう」
戦士「ならば天下の大商人を目指す男の目が、曇っていたということだ」
商人「ワ、ワシの目利きは偽物などに誤魔化されたことはありませんぞ!」
戦士「ならば本物と断定できるのだな」
商人「少なくとも、外見を見る限りは! ええ、刀身など確認せずとも!」
賢者「……どうされますか? 勇者様。決めるのは貴方です」
勇者「……う~ん。それじゃあ……」
戦士「!」
勇者「戦士さんがいなければ、この剣は手に入らなかったもん」
勇者「だから今回は、戦士さんの言い分を尊重したいな」
賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」
戦士「ならばその日が来るまで、この剣は俺が預かっておこう。構わんな?」
勇者「うん、構わない」
賢者「勇者様、それはさすがにどうかと。商人殿に預かってもらうべきです」
商人「ワ、ワシがですか」
勇者「ううん、いいよ。この剣はそもそも、戦士さんが手に入れたものでしょ」
勇者「何だかボクがそれをほいほい受け取っちゃうと悪いし、すっきりしないんだ。ね?」
賢者「……勇者様がそう仰られるのであれば」
戦士「勇者よ。感謝する」
勇者「そんな、お礼を言われるようなことは何にもないよ」
賢者「……」
勇者「うん、それなんだけど、すでに賢者さんと決めてあるんだ」
賢者「はい。我々は次に、【北の城】へ向かう途中にある、雪山へ向かおうと考えています」
商人「ふむ。構いませんが、ご説明願えますかな」
賢者「はい。伝説の剣を入手してしまえば、この旅の目的は残り一つ」
賢者「すなわち、【魔王城】への侵入経路の発見です」
戦士「そういえばもうじき大陸を一周するが、結局道らしき道は見つけられず仕舞いだったな」
商人「辛うじて南の港町からの陸続きのルートがありましたが、ありゃ無理ですもんな」
賢者「どこにも道が見つからなかった場合、そのルートを使うことになりますが」
賢者「まだ足を踏み入れていない地域があります。それが次の雪山です」
賢者「万一そこにも手がかりが無かったなら、そのまま雪山を越えて【北の城】に向かいます」
賢者「大陸の王都であれば、今なら何らかの新たな情報が集まっているかもしれません」
勇者「うん、ちょうどみんなの故郷だしね! ボクも魔王と決戦の前に、一度家に帰りたいし」
商人「えっ。ああー……」
戦士「むう……それは……」
商人「!? ちょ、ちょっと」
戦士「賢者、どういうつもりだ?」
勇者「?」
勇者「僧侶って、誰のこと?」
商人/戦士「!?」
賢者「あぁ勇者様、ちょっとした知人です。我々のパーティーには関係ありませんよ」
勇者「ふうん……? 誰だろ……」
戦士「……」
商人「……ほ、ほほう。さすがは賢者殿。何やらうまくやりましたな」ボソ
賢者「いえ。これは魔王打倒のためにも、必要な処置だと思ったまでです」
戦士「ふん。まぁ、確かにそうか」
賢者「とにかく、これで何の気後れもなく、北の城まで向かえるということです」
勇者「……? ねえ、何の話?」
賢者「大したことはありませんよ。それでは最後に、地図でおさらいをしましょう」
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】――――――――
賢者「我々は今まで、【北の城】からぐるりと時計回りに旅をしてきました」
賢者「もっとも私がパーティーに参入したのは【賢者の村】からですが」
勇者「今いるのがこの【西の町】でしょ。だったら雪山を越えたら、ちょうど一周するね」
商人「魔王城の周りは高い山、そして海……もはや空から乗り込むぐらいしかありませんな」
戦士「ルーラやキメラのつばさを応用して、乗り込めないのか」
賢者「不可能ですね。少なくとも、一度足を踏み入れなければ」
勇者「……うん、分かった。明日雪山に行って、そのまま北の城に行って」
勇者「いずれにも魔王城に乗り込む糸口が見つからなければ、南の港町からの陸路を使おう」
――
勇者(……何だか熱を出してから、やけに胸の中がすかすかする気分。変なの……)
勇者(ううん、そんなこと気にしてる場合じゃない。明日は山越え、しっかり休まなくちゃ……)
――
戦士(この『伝説の剣』……やはり抜けぬ……)
戦士(ふん……仮に最後まで抜けなかったとしても……魔王を倒すのはこの俺だ……)
――
商人(いまの軍資金はこれだけ。魔王を倒しさえすれば、これを元手にもっと増やせる)
商人(その時の商戦はすでに考えてある……ぐふふ、世界一の大商人になる日は近いぞ……)
――
賢者(勇者様の、私を見る目が変わった……私に、確かな機会が与えられたのだ……)
賢者(あとは何があろうとも必ず勇者様を支え、お守りし、魔王を倒す)
賢者(それだけの箔がつけば、何者も口は挟めないだろう……そして、その暁には……)
――――
【北の町>城下町>外れの小屋】
<夜>
僧侶「ふう……ただいま」
僧侶「おなかすいたな。パンを食べよう」
僧侶「パンふた切れにバターを塗って……あと少し野菜も」
僧侶「いただきます」
僧侶「ん……おいしい。しあわせ」
僧侶「ごちそうさま」
僧侶「さて……寝よっかな」
僧侶(……今日もたくさん特訓したぞ。僕、結構強くなったかも)
僧侶(そろそろギルドに登録してもいいかもしれない。そしたら、勇者も驚くかな)
*「――!」
僧侶「……ん? なんだろ」
僧侶(外が騒がしいな……行ってみよう)
僧侶(なんの騒ぎだろう……)
盗賊「だからオレは何も盗ってねえって!」
兵士B「くそ……おかしいな、荷物には何もないぞ」
兵士A「おい、ボディチェックだ!」
盗賊「くっ……待て!」
盗賊「お前ら、そこまでオレを疑うってことは覚悟はできてるんだろうな!」
兵士B「何ぃ」
盗賊「この国は、ヨソ者の亡命にも慈悲深いと聞いてやってきたが――」
盗賊「夜中の出入りは禁止だなんて話、昨日の今日で知る機会がなかったんだ!」
兵士A「こいつ何日も隠れてた分際でよくもそんなデタラメを……」
盗賊「いいか、もしオレの身体を調べて何も出てこなかったら、お前たちを……」
盗賊「国を訴えてやる! 訴訟だ! それなりの賠償を要求してやるぞ!」
兵士B「お、おいどうする?」
兵士A「こんな露骨なその場しのぎにたじろいでお前がどうする! さぁ服を改めろ!」
盗賊/兵士A/B「!?」
僧侶「もう夜中ですし、ケンカはやめませんか?」
兵士A「な、なんだお前は」
僧侶「僕は近くの小屋に住む者です。こんな時間に言い争うのは、つまらないからやめましょう」
盗賊「あっ! お、お前!」
兵士A「ま、待て! 逃げる気か!」
盗賊「違う! こいつだ、こいつがアレを盗んだんだ! そうに違いない!!」
僧侶「えっ?」
兵士B「何をでたらめを……」
盗賊「でたらめなんかじゃねえさ、見ろ、こいつのポケットの膨らみを」
盗賊「オレが証明してやる!!」
盗賊は 僧侶に かけよった!
盗賊は 僧侶のポケットから オーブをとりだした! ▼
僧侶「えっ……?」
兵士B「そいつを早く渡せ!!」
盗賊「も、もちろんだ」
兵士は オーブをうけとった ▼
兵士A「間違いない……この珠の美しい色合い! 紛れもなく国宝のオーブ!」
兵士B「ああ、助かった……一時はどうなることかと思った……」
盗賊「そ、そんなにスゲーもんだったのか? お、お前もよく盗る気になったなぁ」
僧侶「えっ? 僕はそんな玉なんて知らないよ」
盗賊「嘘をつけ! 現にお前のポケットから出てきたのを、このお二人も見てたんだ!」
兵士A「うむ……まぁ、確かに」
兵士B「そこの少年、お前を城へ連行する! さぁ大人しくするんだ!」
僧侶「えっ? 今のは、そこの人がもともと持ってたのを、僕のポケットに入れたんだよ」
盗賊「出まかせを! どうせオレがヨソ者だから、濡れ衣を着せやすいって魂胆なんだろ!?」
兵士B「ええ……ど、どうする?」
兵士A「とにかく、二人ともひっ捕らえるんだ!」
【北の城>地下牢】
衛兵「ここでしばらく大人しくしてろ!」
ガシャン
僧侶「あいたた」
僧侶(……うーん。僕はオーブなんて盗んでないんだけどな)
僧侶(でもそれより、いいことを知ったぞ)
僧侶(【東の村】の村長さんが寝言で言ってたオーブは、多分これのことだ)
僧侶(【東の村】から少し西へ進んだ位置にほこらがあって、そこにオーブを持っていくんだ)
僧侶(そうしたら、魔の城へ続く道が開ける……多分、何かが起こるんだ)
僧侶(魔王城は山と海に囲まれてるから、多分この方法で乗り込めるんだ)
僧侶(勇者に会ったらすぐに伝えないと)
僧侶(……ここを出られたら、だけど。……いつ出してもらえるのかな……)
僧侶(……)
僧侶「」 Zzz…
兵士B「ふい~。オーブが見つかって良かった良かった」
兵士A「なあ兄弟」
兵士A「あのとき、尋問してた男の方の服は、まだ改めてなかったよな」
兵士B「そうだったか? まぁそんなこと覚えちゃいないが」
兵士A「オーブが見つかって俺も動転していたが、よくよく考えてみると」
兵士A「あの男がガキの方に無理矢理オーブを押し付けたってのも、普通に在り得るんじゃないか」
兵士B「さぁ、俺が知るもんか。オーブは見つかったんだ、あとは野となれ山となれだ」
兵士A「とはいっても、判決が下される際に、参考人として呼び出されるかもしれんぞ」
兵士B「ええ、面倒くさいなぁ」
兵士A「……ま。その時は俺たちが見たままのことを伝えればいい」
兵士A「『あの僧侶のポケットからオーブが出てきた』ってな」
兵士B「僧侶?」
兵士A「ああ。あいつは例の『ひのきのぼう』だよ。勇者様にリストラされた奴」
兵士A「身の程知らずに魔王討伐についていきやがって、俺は前から気に食わなかったんだ――」
ガチャガチャ ガシャン
衛兵「おい、起きろ」
僧侶「Zzz」
衛兵「……こいつ、よくこんな固い床で眠っていられるな……おい、起きろ!」
僧侶「ん……ふぁい?」
衛兵「沙汰が決まった。牢から出ろ」
僧侶「ふああ……ふぁい……」
衛兵「のんきなものだな。国宝窃取は大罪なのを分かっているのか?」
衛兵「場合によっては、明日の日の目はもう拝めないかもしれんのだぞ」
僧侶「そうは言っても、僕は盗んでないですし……」
衛兵「まぁいい。早く立て、これからお前を王の間に連れていく」
僧侶「王の間……?」
衛兵「そうだ。盗品が盗品だからな。国王みずから直々に判決を下すとのお達しだ――」
――ザッ!
衛兵「ただいま容疑の者をお連れしました!」
国王「よい。下がれ」
衛兵「はっ」
僧侶「……王様、お久しぶりです。お腰の具合はいかがですか」
大臣「し、痴れ者め! 貴様のようなみすぼらしい小僧に、王は出会ってなど――」
国王「よい。声を荒げるでない」
大臣「ぬ、ぬう……しかし……」
国王「……さて。余は確かに、その不思議な眼差しには見覚えがある。どこであったか……」
僧侶「はい。僕は以前、勇者のパーティーにいました」
僧侶「そのとき一度だけ、王様に謁見したことがあります」
国王「おおそうか、あの時の少年か。勇者の影にはあったが、余はその目をよく覚えているぞ」
僧侶「ありがとうございます」
国王「しかし……それがこの度はなにゆえ、実に憂うべき所業に走ったのか……」
国王「ふむ。だがその言葉だけを鵜呑みにしては、この場を設けた意味はなかろう」
国王「では衛兵」
衛兵「はっ。ご報告いたします」
衛兵「この僧侶は今からひと月ほど前、賢者の村にて勇者一行から離脱した模様」
衛兵「その後ここ王都に帰郷し、城下町の住まいで数日過ごしていたとのことですが」
衛兵「出自が孤児であったこともあり、生活は非常に困窮していたものと思われます」
衛兵「ちまたでは『ひのきのぼう』と称せられるほど、貧しい日々を送っていたとか」
大臣「ぷっ」
兵士「くくっ」
僧侶「……」
衛兵「以上のことから、国宝を横流しし、生活の安定を図ろうとした可能性は十分考えられます」
国王「私見は交えなくてよい」
衛兵「し、失礼致しました!」
国王「続けよ」
衛兵「今から七日前、王宮に忍び込んだ何者かに、オーブを奪われる事件が発生しました」
衛兵「犯人と思しき人物は、当日中に城下町に雲隠れしたとの情報を受け」
衛兵「ただちに多数の城兵を捜索に送り、昨日までの連日、昼夜ともに網を敷いていたのですが」
衛兵「ようやく昨晩、巡回中の兵士が、夜間に町を出歩いていた怪しき二人を捕らえました」
衛兵「うち一名はこの後、この場に呼ぶ予定ですが――」
衛兵「先に『ポケットにオーブを隠し持っていた』とされる人物から引き立てた次第です」
国王「ふむ……そこまででよい。あとは余が直に問いただそう」
国王「僧侶よ。そなたは何故、夜中に城下町を出歩いていたのだ?」
僧侶「はい。夜中に、外から騒ぎ声が聞こえたからです」
僧侶「出てみると、男の人と兵士の人たちが言い争いをしていたので、止めに入りました」
僧侶「けんかはつまらないから、やめよう、と」
国王「そなたは、夜間の出入り禁止令を知らなかったのか?」
僧侶「はい。ここ数日はずっと小屋の周りで過ごしていたので、あまり町中には入らなくて――」
僧侶「だからそういうものが出ていたなんて、今はじめて知りました」
僧侶「あれは、言い争いをしていた男の人が、僕のポケットに入れたんです」
僧侶「でもそのとき明かりも無かったので、兵士の人たちには勘違いされやすかったと思います」
国王「ふむ……あい分かった」
国王「実はな。余がそなたに問答をかけたのは、その眼に虚実をはかりたかったためじゃ」
国王「そなたの眼は、嘘は言っておらんように見える……この限りでは、余は無罪を言い渡すところだ」
僧侶「本当ですか?」
国王「だが、今回は極めて有力な証人がおってな。その判断にて、判決を下そうと思う」
僧侶「証人?」
国王「そうじゃ。オーブが奪われた当日、偶然にも賊の姿を目撃した者が城内にいた」
国王「我が妃じゃ。では、兵士よ」
兵士「はっ。王妃様のおなーりぃー!」
侍女「さ、王妃様、足元にお気をつけ下さいませ」
王妃「……」
国王「王妃よ。顔を上げよ」
王妃「……」
国王「ふむ。宮中の者は知ってのとおり、王妃は当日に目にした賊の姿をたいそう怖がってな」
国王「また城内を荒らされるのではないかと、余りの恐怖にすっかり塞ぎこんでしまった」
国王「だが、そんな日々に終止符を打つためにも、王妃よ。ここは協力してくれ」
王妃「……わらわは、賊の顔など見とうない」
国王「まだ賊だと決まったわけではない。決めるのはそちじゃ、頼む」
王妃「……」
僧侶「……王妃様」
王妃「!」
僧侶「怖いときは、どくけしそうを少しダシた温かいスープを、ゆっくり飲むといいですよ」
僧侶「体内から『怖い』という毒素が抜け出て、そのうえ身体も芯から温まるんです」
王妃「…………」
王妃は ゆっくりと かおを あげた! ▼
王妃「おお、この童じゃ!!」
国王「!?」
僧侶「えっ?」
王妃「間違いないわ、この童が国宝を奪ったのじゃ!」
僧侶「僕は盗んだりしません」
王妃「この薄汚い童が、あの時わらわの目の前を横切ったのじゃ! 忘れもせんわ!」
国王「王妃よ、間違いないのか?」
王妃「おお、我が夫よ、なにゆえ賊を野放しにおくのです! 早う、早う地下牢へ!」
王妃「おお恐ろしや、あの時の賊がなにゆえ王の間に……正気の沙汰では……ああ……」 ガクッ
侍女「お、王妃様!!」
国王「ど、導師を呼べ! 王妃は丁重に連れていくのだ!」
兵士「は、はっ!!」 ドタバタ
大臣「は、早くその罪人を取り押さえろ!」
僧侶「……どうして……」
国王「先の一連の証言で、事件は解決したものとする」
僧侶「王様、僕は」
大臣「控えよ、盗っ人風情が!」
国王「……国宝を盗んだことは、大罪である」
国王「だがこの罪人はまだ成人しておらず、身寄りもない貧しき暮らしをしておった」
国王「また少ない間ながら、勇者を支え、打倒魔王に貢献したことも考慮したい」
国王「従って極刑は避ける代わりに、この城下より永久追放の刑とする」
僧侶「……王様! 一つだけ申し上げたいことが」
大臣「黙れ! 王の寛容極まる判決に、不服があるというのか!」
僧侶「そうじゃありません。僕は追放で構いません、でもたった一つだけ」
衛兵「この!」 ギリリ
国王「よい。放してやれ」
国王「そこまで言うならば、最後に聞いておこう」
僧侶「いたた……はい。ありがとうございます」
僧侶「そしてそのまま【東の村】に行くように伝えてください」
大臣「貴様ァ言いたいことが二つになってるぞ!」
僧侶「それだけです。どうかお願いします」
国王「ほう……なるほど。【東の村】か……」
国王「しかと聞き届けた。勇者が戻った際は、考えておこう」
僧侶「ありがとうございます」
国王「……では……」
衛兵「はっ。おい、立て! 行くぞ!」
大臣「……よろしいのですか、あんな子供の戯れ言を真に受けて」
国王「ふむ。あの話には多少心当たりがあってな」
大臣「心当たり?」
国王「確かオーブにまつわる言い伝えがあったはずだ……早急に文献を調べよ」
大臣「ははっ」
【城下町】
衛兵A「さぁ、自分の住まいまで歩け」
衛兵B「荷の整理だけは許されている。もっとも、内容は改めさせてもらうがな」
僧侶「ありがとうございます。あ、いたた」
衛兵A「きびきび歩け!」
町民A「あ、おい見ろ、『ひのきのぼう』だ!」
町民B「なんだ? アイツついに何かやらかしたのか?」
町民C「ねぇ、もしかして、最近ウワサになってた国宝ドロボーの犯人って」
町民A「そういえばこの間の晩、アイツが連れてかれるのを見たって奴がいたぞ」
町民B「うへえ、頭がおかしいたぁ思ってたが、またとんでもねぇコトやらかしたもんだな」
町民C「怖いわねぇ。捕まって良かったわ」
町民A「あれでも元は勇者のパーティーにいたんだろ。勇者にとっちゃとんだ恥さらしだな」
町民B「まったく、この町の恥だ!」
衛兵A「こんなところに小屋があったのか。なるほど、家主に似て貧しさが滲み出ているな」
僧侶「僕は、自分が特別貧しいだなんて、思ったことはありませんよ」
衛兵A「いいから荷造りをしろ。あまり時間をかけるなよ」
僧侶「はい」 ガチャ…
衛兵A「……ふう。あの小僧も不憫なもんだな」ボソ
衛兵B「何がだ?」ボソ
衛兵A「例の件の判決だよ。王妃様は、あの通り怖がりだろ?」
衛兵A「誰でもいいから、とっとと犯人を決めてしまいたかったんだろうぜ」
衛兵A「あそこで違うと言ってしまえば、まだ犯人が捕まってないってことになるからな」
衛兵B「ははぁなるほど。王妃様の性格じゃ、在り得る話だな」
衛兵A「容疑をかけられた者が二人いるって話も、果たして耳に届いていたかどうか」
衛兵B「でもって普段は頼もしい国王様も、王妃様にはトコトン弱いからな」
衛兵A「ああ。あの小僧が本当は無実だったら、トコトンついてない話さ」
ガチャ
僧侶「支度が終わりました」
衛兵A「ん、早いな。どれ、荷を確認させろ」
衛兵A「なになに。装備品はかわのぼうしに……ふっ、代名詞のひのきのぼうか」
衛兵B「あとは少ない食糧に、全財産400ゴールド足らず……えっ? 終わりか?」
衛兵A「おい、本当にこれだけなんだろうな」
僧侶「はい」
衛兵B「まぁこんな有り様でもなきゃ、国宝を奪おうだなんて思わんだろうさ」
僧侶「僕はオーブを盗んではいません」
衛兵A「黙れ、頭を上げろ」
僧侶「はい?」
衛兵Aは 僧侶に 魔法の烙印を きざみつけた! ▼
僧侶「いたたオデコが……」
衛兵A「追放者の証だ。それがある限り、この町へは永久に門前払いというわけだ」
僧侶「あのう、最後に墓地に行ってもいいですか? 神父さんにお別れの挨拶がしたいです」
衛兵A「だめだ。烙印が押された以上、この町に長居することは許されん」
衛兵B「それになんのかんの口実つけて、町に雲隠れするかもしれんしな!」
僧侶「そんな。僕はそんなことしません」
盗賊「お。ここがオレの新しい住まいか!」
僧侶「!」
衛兵A「何だお前は。ああ、幸運な方の男か」
僧侶「新しい住まいって?」
盗賊「む、お前か。……この権利書を見ろ。今日よりこの小屋の主はオレだ」
盗賊「例の件で疑いをかけた謝罪にと、国王直々に永住権を与えてもらったのだ!」
盗賊「この国まで足を運んだ甲斐があった。ここには俺も活躍できるギルドもある」
盗賊「オレは今までのことからは足を洗って、これからはまっとうに生活していくんだ」
僧侶「ちょっと待って」
僧侶「勇者の帰る場所はどうなっちゃうの? もし勇者がここに戻ってきたら――」
衛兵A「なんだ、お前知らないのか? 勇者様には、すでに立派な家が用意されている」
僧侶「えっ?」
衛兵A「何といっても世界を救うのだ、国がそのくらいの支援をするのは当然だろう」
衛兵B「お前、本気で勇者様をこんなボロ小屋に住まわせるつもりだったのか?」
盗賊「ボロ小屋で悪かったな!」
僧侶「……なあんだ。それなら、よかった。勇者の帰るところは、ちゃんとあるんだ」
衛兵B「ふん。納得したなら行くぞ」
僧侶「あのう。勇者の思い出が詰まった家、大事に使ってください」
盗賊「ふん、そうさせてもらうさ。俺はこれからまっとうに生きるんだ」
盗賊「……いいか。恨むなら、こんな世の中と、不運だった自分を恨むんだな」ボソボソ
僧侶「? 何を恨むというの? それより、あなたがまっとうに生きられる道が開けて、よかった」
衛兵B「おい、もう行くぞ!」
僧侶「では、さようなら。さようなら、神父さんの小屋――」
衛兵A「――では、ここでお別れだ」
衛兵B「我々はお前がここを離れるのを、最後まで見届ける義務がある」
僧侶「はい。ありがとうございました」
衛兵A「さぁ、行け!」
僧侶「はい。では」
僧侶(……この町には、生まれた日からずっとお世話になってきたけど)
僧侶(もう帰れないんだなぁ。小屋も、他の人の家になっちゃったし)
僧侶(でも、勇者が帰る場所が別にあってよかった)
僧侶(故郷に戻ってきて、自分の帰る家がなかったら、寂しいもんね)
僧侶(僕はこれからどうしようかな。とりあえず、どこか住める場所を探さなきゃ)
僧侶(もう東側は大体歩いてきたから、西側に向かってみようかな)
僧侶(うん、勇者たちは時計回りで進んでるはずだから、もしかしたらばったり会えるかも)
僧侶(そうと決まれば、あの雪山に向かってみよう――)
【雪山】
勇者のこうげき!
魔物を たおした! ▼
勇者「ふう。終わったね」
商人「欠かさずゴールドを多めに回収……へぶしっ」
賢者「勇者様、キズの手当てを」
勇者「ありがとう!」
賢者「以前に比べて、格段に腕が上がっているようですね」
勇者「うん。なんだか、最近あった心のモヤモヤが段々晴れてきてるんだ」
勇者「今、頭の中は魔王を倒すことでいっぱい。一刻も早く世界を平和にしてみせるよ!」
商人「さ、さすがは勇者様ですな……この寒さでよくもそんなに元気で……しぶへっ!」
戦士「今度は寒さで風邪を引かなければいいがな」
勇者「ボク、風邪なんて引かないよ! もし引いたとしても――」
勇者「賢者さんが治してくれるもんね!」
賢者「信頼して頂き光栄です。万が一の際は、是非おまかせを」
商人「ワシは寒さに弱い上に、山道も苦手でもうヘトヘトで」
戦士「戦士たるもの屈強でなければならない。環境で左右される者は二流だ」
勇者「戦士さんはすごいなぁ。ボク、実は『いのちのゆびわ』を装備してるから平気なんだ」
勇者「装備して歩くだけでキズが回復! もし良かったら、商人さんに貸そうか?」
商人「エ! いえいえ、とんでもない。だってそれは、賢者殿とおそろいではないですか」
賢者「ふっ、お見通しでしたか」
勇者「えっ、き、気付かなかった! ボクいつ渡したっけ?」
賢者「西の町での装備分配の際に、体力に劣る私にと、その手で渡してくれたではありませんか」
勇者「そうだっけ? って賢者さん、ななな、なんで左手の薬指にはめてるの!?」
賢者「どの指に装備しようとも私の勝手、では困りますか?」
勇者「こ、困るよ! 恥ずかしいからやめてよ、もう!」
賢者「いいえ。やめません」
戦士(……賢者の奴め、白々しい真似を。だが勇者が浮ついている間に、俺は伝説の剣を……)
商人(いいぞ……もし勇者様と賢者殿が結ばれれば、その挙式で多くの収益が見込める……)
戦士「ふうんっ!」
戦士の こうげき!
かいしんの いちげき!
魔物に 大ダメージを あたえた!
魔物を たおした! ▼
勇者「す、すごい戦士さん。気合いが伝わってくるよ」
戦士「この程度は朝飯前だ」
賢者「戦士殿も、私が加入した頃に比べれば、格段に強くなりましたね」
戦士「……強くなったと思っていた」
賢者「?」
戦士「だが、西の町の道場で……俺は生まれて初めて、人間相手に苦戦した」
勇者「で、でも、勝ったんでしょ?」
戦士「……ああ。まあ……な……」
戦士(相手の、戦いに対する心構えが甘かったおかげでな)
戦士(あの師範を実力勝負で打ち破ることができたなら、今ごろは楽に剣も抜けているだろうに……)
商人「ひふみよ……いむなや……」ジャラジャラ
勇者「商人さんのおかげで、ボクたちの稼いだお金がすぐに分かるね」
商人「なんの。経済事情の把握は初歩の初歩ですぞ」
賢者「いつもゴールドとアイテムの管理、感謝いたします」
商人「なんの、商人としてパーティーに迎えられたのなら、当然の義務です」
勇者「商人さんがいなければ、この旅はきっともっと苦労していただろうね」
戦士「とはいえ、危険な長旅によくついてくる気になったな」
商人「そりゃあ、勇者様について共に魔王を倒したとなれば、その知名度は馬鹿になりませんからな」
商人「自分自身の存在だけでも、大いに宣伝になるのです。これほど商売しやすいことはない」
勇者「やっぱり、お金のために魔王を倒すんだね」
商人「そ、そうですとも! ここは薄情とも意地汚いとも言われたとて、譲りませんぞ!」
勇者「いいと思うよ。それも一つの価値観だろうし、何だかんだでお金は大事なものだし」
勇者「それに魔王を倒すっていう共通の目的があるなら、ボクはそれで十分だよ」
商人「ああ、勇者様……この商人、打倒魔王に向けて全力を尽くしますぞ!」
賢者「まもなく山頂ですね」
勇者「かなり登ったけど……まだ魔王城に攻め入る手がかりは見つからないね」
戦士「無駄足に終わる可能性もあるというのだな」
商人「そんなこたぁありません。ここの魔物はなかなかG稼ぎに打ってつけですぞ」
賢者「それに経験値も豊富に得ました。我々はまた一回り鍛えられたでしょうね」
勇者「うん。それにどうせ旅をするなら、色んなところを見て回りたいしね」
戦士「のん気なものだな。これでは……これでは、物見遊山ではないか。なぁ商人よ」
商人「はい? ああ、まあ、そうかもしれませんなあ」
賢者「……今ごろは僧侶殿も、城下町で安穏と過ごしていることでしょうね」
賢者「いや運が悪ければ、別れたあの日のうちにはすでに魔物に――」
戦士「それはない。愚鈍とはいえ、ああ見えて恐ろしくしぶとい奴だったからな」
勇者「ねえ何の話?」
賢者「いつかの民家にあった冒険譚の話ですよ。今度聞かせて差し上げましょう」
商人「賢者殿……ごまかし方も上達していってますな……」
【雪山>山頂】
勇者「うわぁ、見晴らしいいね」
賢者「前方は北の城、後方は西の町が一望できますね」
戦士「そして横には魔王城、か……」
商人「ふむ。あの海の真ん中にそびえ立つ大陸が、我々の終着点ですな」
勇者「すごく切り立った山で囲まれてるね。どうやって乗り込めばいいんだろう……」
賢者「理想は空路。次点で陸路。……大穴で海路ですか」
戦士「正直、あの山は登れないこともない。が、このパーティーと装備ではとても無理だな」
商人「魔王との戦いを控えながら、丸腰で登頂するわけにもいきませんしなあ」
勇者「とにかく情報収集しておいて損はないね。このまま予定通り北の城に向かおう」
勇者「旅をしてから結構経つし、きっと何か手がかりが生まれてるかもしれない」
賢者「ええ」
戦士「……ん……天気が悪くなってきたな」
商人「うひゃあ、こりゃ大変だ! もし吹雪いて来たら、ルーラで退散しましょう!」
賢者「? どうしました?」
戦士「む。あれは……」
商人「すわ、前から魔物がやってきますぞ! 迎撃準備じゃ!」
勇者「待って。あれは魔物じゃない……」
―― ―― ―― ―― ――
僧侶(もうちょっとで山頂かな。ふう、疲れた)
僧侶(ここの魔物は強いからなぁ。逃げきるのが精一杯だよ。おかげで登るのは早かったけど)
僧侶(でも天気も悪くなってきたし、そろそろ逃げきるのも難しくなってくるのかなぁ)
僧侶(ん?)
僧侶(うわぁ、言ってるそばから魔物の群れだ。また逃げ切れるかな……)
僧侶(……ん? ちょっと待てよ? 魔物じゃない……?)
僧侶「んん?」
僧侶「あっ!」
勇者「? えっ?」
戦士「僧侶!」
商人「な、なんと僧侶か!」
賢者「……!!」
僧侶「うわあ、久しぶりだね。僕だよ、僧侶だよ」
勇者「えっ? えっ??」
戦士「……僧侶。こんなところで何をしている」
僧侶「えっと。実は北の城で――」
商人「ああっ、お前のその額の紋章は!?」
賢者「……追放者の烙印。自力では決して消えない傷痕……」
戦士「お前、追放されたのか。何をやらかしたのだ」
僧侶「それが、ちょっとオーブを盗んだ犯人に間違えられて」
商人「国宝を!? また大それたマネを!」
僧侶「僕は盗んだりしてないけど、もう判決が出ちゃったから、仕方ないんです」
勇者「え……小屋に……?」
僧侶「でも安心して。国が、勇者に新しい家を用意してくれたんだって」
賢者「まぁそのくらいの支援は当然でしょう」
商人「ふむ。その家の規模によって、王の信頼の度合いが図れますな」
戦士「ふん、どんな家だろうが住めば都だろう。あるだけマシだ」
僧侶「神父さんの小屋も、家主が代わっただけで、なくなった訳じゃないから――」
勇者「神父さん?」
勇者「ねえ、君、なんで神父さんのこと知ってるの?」
僧侶「えっ? やだなぁ、僕と勇者が、一番お世話になった人じゃないか」
勇者「ボクと……君が?」
賢者(まずい! 過去の記憶が倒錯しては、勇者様に悪影響を及ぼす可能性も――)
賢者「勇者様!」
勇者「?」
賢者「お下がりください。これ以上この者に関わってはいけません」
商人「えっ、ワ、ワシ? はぁ、賢者殿がおっしゃるなら」
勇者「え、ちょっと何? この人は誰? ちょっと――」
商人「まぁまぁほらほらさぁさぁ」
僧侶「……えっ? 『誰?』ってどういうこと?」
戦士「俺は立ち合わせてもらうぞ」
賢者「構いませんよ」
僧侶「戦士さん、賢者さん。勇者はどうしちゃったの?」
賢者「僧侶殿。いや、僧侶よ。残念ながら」
賢者「勇者様は、二度とお前のことを思い出すことはない」
僧侶「えっ? どうして?」
賢者「私が勇者様の、お前に関する一切の記憶を消したからだ。もう、戻らない」
戦士「……」
僧侶「……。どうして、そんなことをしたんですか?」
賢者「魔王討伐に支障が出るほどに、だ」
賢者「だから記憶を消した。おかげで旅は順調になった」
賢者「これで納得できるか?」
戦士「……」
僧侶「……」
僧侶「そっかぁ」
僧侶「勇者は僕のことを、そんなに気にかけてくれてたんだ」
賢者「! ……だが、もう二度と思い起こすことはない」
僧侶「良かった」
賢者「!?」
僧侶「僕なんかのために魔王退治が難航してちゃ、申し訳が立たないし」
僧侶「勇者が無事に魔王を倒せるなら、僕が持つものなら何でも差し出すよ」
賢者「……別に、お前からなにか受け取った訳ではない。一方的に消したのだ」
賢者「私は、お前が恨むべき存在になったのだぞ」
僧侶「逆に感謝したいくらいだよ。勇者が旅に専念できるようになったのなら」
賢者「……『二度と』思い出さないのだぞ。旅が終わっても、平和な世界になっても」
僧侶「だったら、なおさら安いものだよ。世界が平和になったのなら」
賢者「……そうか。そういうことか。つまり」
賢者「所詮、お前の勇者様に対する思い入れなど、その程度のものなのだな」
賢者「勇者様にとぼけられても、特に何とも思わない、思えないというわけだ」
僧侶「……ううん……。よく分からない」
賢者「ふっ、安心した。お前がそういう了見ならば、こちらもやりやすい」
賢者「多少なりとも抱いていた罪悪感が溶けていくようだ。いや実に馬鹿らしかった」
僧侶「……よく分からないけど」
僧侶「きっと勇者は、僕のことを忘れてくれたほうが、幸せになると思う。そんな気がする」
賢者「……遠回しに気取った自惚れかな? ふっ、心配には及ばない」
賢者「勇者様は必ず、必ず幸せになる。この賢者の名にかけてな」
僧侶「そう。よかった」 ニコッ
賢者「何かの拍子に勇者様の記憶が戻ってしまっては、旅が遅延する恐れもある」
僧侶「うん。……。分かった」
戦士「……」
賢者「それでは戦士殿、先を急ぎましょう。いよいよ天気も悪くなってきましたし」
戦士「ああ。先に行っててくれ。俺は少しだけこいつと話がある」
賢者「どうぞ。しかし、あまり長くならないように――」
僧侶「戦士さん」
戦士「……それは『ひのきのぼう』か。なぜ持ち歩いている」
僧侶「これは、僕です。前、戦士さんが僕にそう言ってくれたから、翌日に買ったんです」
戦士「……まさかそれだけで、一人で、この雪山の頂まで登ってきたというのか」
僧侶「そうですよ。いつも逃げてばっかだけど、でも、いざ戦うとなったら」
僧侶「『突き』が強いんです。今じゃあ『ひのきのぼう』は、結構使いこなせるようになったんですよ」
戦士「……突きが強い……か……」
戦士「おい僧侶。これを抜いてみろ」
戦士は 伝説の剣を わたした! ▼
僧侶「この剣は?」
戦士「ものは試しだ、いいから抜いてみろ。抜けるかどうか、その一点だ」
僧侶「はあ」
僧侶は 伝説の剣を 装備した!
しかし ひきぬけなかった! ▼
僧侶「あれ。これ固くて抜けない」
戦士「……ふっ。返せ。まぁそうだな、万が一にもありえない話だったか」
僧侶「どういう話なんですか?」
戦士「お前はまだ『これの域』には達してないという話だ。つまり決して勇者たりえぬ、と」
僧侶「はあ。はい。僕は、弱いですよ」
僧侶「もちろんです」
戦士「それが、勇者の判断によるものではなかったとしてもか?」
僧侶「えっ、そうなんですか」
戦士「今だからこそ明かすが、あれは勇者を除く三人で勝手に決めたことだ」
戦士「勇者にはウソで言いくるめた。勇者は俺たちの言葉を信じ、納得した」
僧侶「……」
戦士「どうだ、これが真相だ。まだ俺たちを恨む気は起きないか」
僧侶「はい。恨むだなんてとんでもない」
戦士「なぜだ。なぜお前は、何の怒りも感じずにいられる」
僧侶「ええっと……よく分かりませんけど」
僧侶「僕がパーティーを外れたのは、勇者が一人で決めたことじゃないって、いま知って」
僧侶「僕はちょっぴり嬉しかったです。それでとても満足しています」
戦士「……ふん。俺は正直、お前を外したことは今でも後悔してない……が……」
戦士「……すまなかったな……」ボソ
戦士「いい。さぁ、俺の話は済んだ。もう行くぞ」
僧侶「はい。ありがとうございました」
戦士「礼を言われる筋合いはない。……最後に言っておく」
戦士「お前は仮にも、『魔王を打ち果たす者』がいるパーティーの一員だった」
戦士「そのことは大いに誇っていい。また、この先々を生き抜く力ともなろう」
戦士「忘れるな」
僧侶「うん。わかった」 ニコッ
僧侶「じゃあ、僕の方からも一つだけ」
戦士「なんだ?」
僧侶「ここから北の城に行けば、王様がオーブを渡してくれるはずです」
僧侶「それを持って、【東の村】に向かってください。魔の城へ続く道が開けるらしいです」
戦士「! それは本当か?」
僧侶「違うかもしれないけど、一応、それだけを勇者に伝えてください」
戦士「……分かった。その伝言、確かに請け負った」
戦士「さらばだ」
僧侶「さようなら、戦士さん。さようなら――」
―― ―― ―― ―― ――
僧侶「さようなら。勇者」
僧侶(勇者はもう僕のことは分からないだろうけど)
僧侶(僕はいつでも勇者のことを応援してるよ。頑張って。頑張って、勇者)
僧侶「……あ」
僧侶「雪」
僧侶「きれいだなぁ」
僧侶「さて」
僧侶「行こっかな。ここから折り返しだ。よいしょ」
ザッ ザッ ザッ ――
戦士「待たせたな。先を急ごう」
勇者「あ、戦士さん。あの人と何を話してたの?」
戦士「なに、一人旅の無事を確認していたまでだ。問題はないらしい」
勇者「すごいねぇ。あの人、ボクとそんなに歳が変わらないように見えたけど」
賢者「……はは。私だって勇者様とそれほど変わりませんよ」
商人「あんな大罪人、気にするだけ無駄ですぞ!」
勇者「そうかなぁ……」
賢者「それより勇者様、雪が降ってきました。この様子だと吹雪きそうですね」
商人「こりゃあ手がかりもないことですし、ルーラで城まで飛ぶことも考えるべきですな!」
戦士「手がかりは、ある」
商人「なぬ?」
戦士「このまま、北の城の国王に会いに行くぞ。そこに恐らく、我々の求める情報がある」
勇者「えっ、ほんと!?」
賢者「ちょっと待ってください」
戦士「そうだ。何か問題があるか?」
賢者「追放者ですよ。なぜ我々が、彼の言葉に踊らされなくてはならないのですか」
商人「ううむ確かに」
勇者「でも、ボクたちが向かう先はどうせ一緒でしょ?」
戦士「その通り。賢者よ、何が言いたいのだ」
賢者「ルーラの話ですよ。我々は、あくまでパーティーの意志で行動しています」
賢者「少年の言葉など鵜呑みにせず、きちんと雪山を探索しきった上で北の城に向かいましょう」
商人「ええっ、そんな……へぶしゅんん」
戦士「お前らしからぬ意地張りだな。もうここには何もなさそうに見えるが」
賢者「私の意見を述べたまでです。最終決定権は勇者様にあります。いかがされますか?」
勇者「えっ、ボク? ……そうだね。じゃあ賢者さんの言うとおり、このまま山を降りよう」
賢者「ありがとうございます」
勇者「それより、吹雪いてきたね。さっきの人、大丈夫かなぁ」
賢者「……」
ビュオオオオオオオオオオ――
ザッ… ザッ…
僧侶(あっという間に天気が悪くなっちゃった……)
僧侶(うう……寒い……)
僧侶(ただでさえ冷たいのに、またいっそう冷え込んできた……身体が凍えそう……)
僧侶(でも、負けないぞ)
僧侶(勇者は、魔王の本拠地に乗り込んで戦うんだ)
僧侶(それに比べたら、きっとこんなの全然たいしたことないぞ)
僧侶「……!」
魔物Aが あらわれた!
魔物Bが あらわれた! ▼
僧侶(吹雪の中を狙ってきたんだ……ダメだ、逃げられない。戦おう)
僧侶「はぁ……はぁ……」
魔物のむれを たおした!
経験値と 400Gを てにいれた! ▼
僧侶(……)
僧侶(この二匹の魂が、無事に山に還りますように……)
ビュオオオオオオ――
僧侶「はぁ……はぁ……」
ザッ ザッ
僧侶「はぁ……はぁ……」
ザッ ザッ
僧侶「……あっ!」 ズリッ
バシャッ
僧侶(てて……。しっかりするんだ。負けないぞ)
僧侶(……)
僧侶(いま夏なのに……)
僧侶(なんでこんなに寒いんだろう……)
ビュオオオオオオ――
僧侶(歩いても歩いても、おんなじような景色ばかり)
僧侶(まるでさっき勇者と出会ったのが、マボロシだったみたい)
僧侶(そうなのかもしれない。あまりの寒さに、頭がヘンになったんだ)
ビュオオオオオオ――
僧侶(全身が凍えちゃって……)
僧侶(すごく眠たいな……)
僧侶(……)
ビュオオオオオオ――
僧侶(いや)
僧侶(もうちょっと歩こう。頑張ろう。頑張ろう)
僧侶(……あ……)
僧侶(気付いたら吹雪が止んでた……)
僧侶「あっ」
僧侶「町だ!」
僧侶「町が見えてきた! あれがきっと西の町なんだ!」
僧侶(よーし、元気がわいてきた)
僧侶(なんだか空気もほんのり暖かくなってきたし)
僧侶(もう少しだ、頑張ろう――)
僧侶「!」
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶(後ろからだ! まだ走れるかな)
僧侶は ピオリムを となえた!
僧侶の すばやさが あがった!
僧侶は にげだした! ▼
【西の町】
僧侶「はぁ……はぁ……」
僧侶「あれ? もう着いてた」
僧侶「ここが西の町かぁ」
僧侶(オレンジ色の風景。もう夕方になってたんだ)
僧侶(この辺は雪山と全然環境が違うんだな。暑いくらいだよ)
僧侶(それにしてももうクタクタだ……宿屋を探そう)
幼児「あっ」
僧侶「ん? やあ、こんにちは」
幼児「たびびとさん?」
僧侶「そうだよ」
幼児「……」
幼児「来て!」
僧侶「あっ、ちょっと」
幼児「ママ、ママー! おきゃくさん!」
僧侶(宿屋の子だったんだ。ついてるぞ)
幼児「……あれ? ママ?」
僧侶「もしかして、あそこで麦の束を背負ってる人?」
幼児「あっ、ママ!」
僧侶(……あの女の人、足元がフラついてる)
僧侶(顔色に血の気がない……なんだかすごく疲れてるみたいだ)
宿の女「は……は……」
宿の女「あ……」 フラ…
幼児「ママ!」
僧侶「よいしょ」
宿の女「!?」
僧侶「運ぶんですよね。僕、手伝います」
僧侶「いいですよ。後はやっておくので、休んでてください」
宿の女「そんな……見知らぬ方にそのような……」
幼児「こっち! 早く!」
宿の女「まあ……あの子ったら……」
僧侶「僕は構いませんよ。あなたはベッドで休んでてください」
幼児「早く!」
僧侶「はいはい」
宿の女「本当に……申し訳ありません……」
宿の女「山の方から来られて……あなたも疲れてらっしゃるでしょうに……」
僧侶「よいしょ。僕、全然へっちゃらですよ。あれ? 山から来たって言いましたっけ?」
僧侶「よいしょ。でも大丈夫です。こう見えて、元は勇者のパーティーにいたんです。っしょ」
宿の女「……勇者様の……」
僧侶「だから人一倍は、丈夫なんですよ。よいしょ」
宿の女「……ありがとうございます……申し訳ありません……」
僧侶「ふう、終わった」
幼児「つぎはおそうじ! それがおわったらおりょうり!」
宿の女「こらっ……いい加減にしなさい……」
幼児「だってママ、すっごくつかれてるんだもん!」
僧侶「そうですね。なんだか本当に体調を崩されてるようにみえますが」
宿の女「いいえ平気です……お店もあけてますし……」
僧侶「僕、実は僧侶なんですが、よければ具合をみましょうか?」
幼児「そうりょさん!? はやく! はやくママをなおして!」
宿の女「いえ……そんな……」
バタン
師範「おい、しばらく店は休むって話だったじゃないか!」
宿の女「あ……あなた……」
幼児「パパ! おかえりなさい!」
僧侶「こんにちは。僕は僧侶です」
師範「旅人か? 悪いが今日は店じまいだ、宿なら他を当たってくれ」
宿の女「そんな……この方は……」
幼児「パパ、このひとはね、そうりょなの!」
幼児「だからね、いまからママをみてもらうの!」
師範「僧侶だと……?」
僧侶「はい。よかったら、お力になれればと」
師範「必要ない」
師範「私の妻の疲労は、呪文や薬で治るものではないのだ」
宿の女「……」
僧侶「えっ? それはどういう」
師範「知る必要もない。さぁ、帰ってくれ」
幼児「パパ……?」
僧侶「はい。……そういうことなら、おじゃましました」
僧侶「ふう」
僧侶(なにやら訳ありだったみたいだなぁ)
僧侶(しかたない、他の宿を探そう)
僧侶(いやその前に、装備から整えたほうがいいかな)
ドンッ
僧侶「いたた!」
大男「んん? 坊主、道の真ん中でぼーっとしくさってんじゃねえ」
僧侶「ごめんなさい。あ、『かわのぼうし』が」
大男「これか。ほらよ……んん?」
大男「てめえ、そのデコのマーク見せてみろ!」
僧侶「はい?」
大男「こりゃ追放者の証じゃねえか! 王都で何かやらかしたな!?」
僧侶「ええっと」
大男「おおいみんな! ここに追放者が流れ込んできてるぜ!」
*「マジか? 俺が知ってる追放者は、魔王軍と繋がってたって話だぜ!」
*「ふざけんな、とっちめろ! 町からつまみ出せ!」
僧侶「あのう」
大男「とはいえ、こいつはまだガキ。この町で何かしでかした訳でもねえ」
大男「だが、みんな用心しとけよ! もしこいつが妙な気起こしたら――」
*「おう、すまきにしてやんぜ!」
*「雪山に放り出してやる!」
大男「というわけだ。分かったな、小僧!!」
僧侶「あのう」
僧侶「はい。分かりました」
僧侶(はあ)
僧侶(この額のマークが、そんなに大それたものだったなんて)
僧侶(この町には来たばっかりだけど、一気に過ごしにくくなったなぁ――)
【北の城>城下町】
勇者「――結局、雪山には何もなかったね」
賢者「はい。しかしこれで勇者様は、大陸一周を踏破したことになりましたね」
戦士「無駄足を誤魔化すために、そんな言い訳を考えていたとはな」
勇者「まったくの無駄足というわけじゃないでしょ。戦闘も含めていい経験になったし」
商人「なかなかのゴールドも稼げましたしなぁ!」
賢者「そういうことです。戦士殿も、またレベルを上げたではありませんか」
戦士「ふん……」
戦士(だが、まだ剣は抜けん……)
町民A「あっ、勇者様だ!」
町民B「勇者様が帰ってきた!」
勇者「えっ、なになに?」
町民C「お帰りなさい、勇者様! みんな、勇者様が帰ってきたぞ!」
*「戦士様もいるぞ! 戦士様!」
*「勇者様ばんざい!」
商人「おっほほ、すごい歓迎っぷりですなぁ」
賢者「ええ。これだけの人望を持つということは、それだけの器の持ち主という訳です」
*「勇者様かっこいい!」
*「勇者かわいい!」
勇者「わっ、ちょっと、参ったなぁ」
*「戦士様かっこいい!」
♂「戦士様かわいい」
戦士「ええい触るな! 我々はまだ魔王を討ち取っていないのだぞ!」
*「ささ、皆様、新しく建てられた家があります! ご案内いたしましょう」
商人「おお、頼みますぞ」
*「勇者一行にばんざい!」
*「勇者一行に祝福あれ!」――
勇者「案内されるままに来たけど……」
勇者「本当にこれがボクの新しい家? すごい……まるでお屋敷みたい……」
商人「この立地で三階建てとは、並ならぬ待遇ですなぁ!」
賢者「いいえ、世界を救うことを思えば、足りないぐらいではありませんか?」
戦士「まだ救ったわけではない。もし魔王との戦いに敗れようものなら――」
戦士「あっという間に昔の小屋に逆戻りだ。覚悟はしているのだろうな、勇者よ」
勇者「ボクは小屋の方が居心地がよかったかも。だって小屋には……」
勇者「……あれ? えっと小屋には……」
商人「まあこれだけ広すぎるのも、一人で住むには考えようかもしれませんな!」
勇者「う、うん、そうだよ、こんなのボク一人じゃとても生活できないよ」
賢者「……一人では、そうかもしれませんね。しかし」
賢者「勇者様が望めば、一人……あるいはその上にまた一人、二人と増えることもありましょう」
勇者「? うん、そうだね!」
戦士「ふん、品のない奴め……」
勇者「ほんと!?」
賢者「さすがは商人殿、抜け目がない」
商人「なんでも王様が、我々に直々に渡したいものがあるそうですぞ!」
商人「しかもウワサによると、それで魔王城への道が開けるとか!」
勇者「えっ!」
戦士「! 魔王城への……」
賢者「……やはりここに戻ってきて正解でしたね。手がかりは、国王が見つけ出していた」
勇者「それじゃ、雪山で会ったあの人の言う通りだったね!」
商人「いえ勇者様、これは始めから北の城に戻る案を出していた、賢者殿の功ですぞ」
戦士「どちらでもいい。とにかく、道は開かれた。明日の朝にはさっそく城へ向かおう」
勇者「うん、そうだね。そうしよう!」
商人「今日の所はこの家に泊まりましょう。慣れない山越えでワシはもうへとへとで……」
賢者「では、夕餉の準備をいたしましょう。食材を買い出して参ります」
戦士「意外な一面を」
勇者「ごちそうさま! すごく美味しかった!」
戦士「……本当に美味い……」
賢者「ありがとうございます」
商人「いやぁ素晴らしい。賢者ともなれば、手料理もこなせるのですなぁ!」
賢者「恐縮ながら、レシピさえあれば大したことはありませんよ」
勇者「賢者さんすごいっ! きっと女の子にもモテモテだよ!」
賢者「え。ええ、ありがとうございます……」
戦士「だが、浮ついていられるのも今のうちだ」
戦士「もう、魔王との決戦が近付いてきている。これが最後の晩餐になるやもしれん」
勇者「最後にはさせないよ」
戦士「む」
勇者「ボクは、魔王を倒す。この平和が、いつまでも続けられるように……!!」
商人「ほ、ほう……最初の頃に比べると、ずいぶん貫禄がつきましたな……」
戦士「当然だ。そうでなくてはな」
――
勇者(……今日この町に帰ってきて、多くの人たちに迎えられた)
勇者(ボクの使命――必ず魔王を倒して、あの人々、一人ひとりの平和を約束すること)
勇者(もう何の迷いもない。見てて神父さん、ボクは必ずやり遂げて見せます――)
――
戦士(……やはり伝説の剣は抜けない。もう何十回と試して尚、抜けない)
戦士(俺には、分相応の役割が強いられているというのか……ならば)
戦士(その枠を塗りつぶした上で、限界まで腕を伸ばしてやる。俺の望む結末まで……!)
――
賢者(決戦の時は近い。だが同時に、はじまりの時も遠くはない)
賢者(魔王を倒し、世に平穏をもたらした時……万を持して、勇者様を迎え入れる)
賢者(勇者様だけは何があろうと、その後の幸せもろとも私が守り抜いてみせる……)
――
商人「ぐがー。ぐがー」
町民A「おい、勇者様を見たか? ずいぶん頼もしくなってたじゃないか」
町民B「相変わらず可愛いかったしなぁ。ありゃ色気づいたら絶対べっぴんさんになるぜ」
町民C「あら、もうお相手は決まってたわよ」
町民B「えっ、誰!?」
町民C「一緒にいた賢者さんよ。すごく素敵な方だけど、左手の薬指に指輪があったの」
町民C「それでよくみると、勇者様も同じものをつけてるじゃないの! ホント驚いたわ」
町民D「でも勇者様のは別の指についてただろ。まだそうと決まったわけじゃ……」
町民A「いやしかし、あの二人が結ばれれば、さぞお似合いだろうよ」
町民B「うう……俺の勇者様が……」
町民C「勇者様たちには、無事に魔王を倒して帰ってきて欲しいわね」
町民D「そうそ、もう近々、魔王城に乗り込むんだろ? オーブがどうたらとかで」
町民A「ふっ、オーブか。そういやそんなもん盗み出した『ひのきのぼう』がいたな」
町民C「ちょっとよしてよ! もう勇者様御一行には関係ないんだから」
町民D「今ごろどうしてんだかねぇ。ま、追放された以上、まともに世渡りはできんだろうさ――」
【西の町】
道具屋「はっ、お前みたいな大罪人に売るものなんかねえよ。他を当たれ!」
――
武具屋「ははは、装備なんてその『ひのきのぼう』で十分だろ。帰れ帰れ」
――
宿屋「冗談じゃない、お前みたいなのを泊めたら、俺がこれから何と言われるか……!」
――
――
僧侶(はぁ。他の宿屋までダメだったな。人のウワサって広がるもんだなぁ)
僧侶(僕がほんとは、何も盗んでないってウワサも広まらないかな。広まらないか)
僧侶(はぁ……今夜泊まるところどうしようかな。お金はあるのに、やっぱり野宿かな)
僧侶(……ん? あの子は?)
幼児「……」 タッタッタッ
僧侶「どうしたの。もうこんなに暗くなってるのに」
幼児「今日、パパがどーじょーにこもる日なの」
幼児「だから、こっそりうちにきて」
幼児「うちにきて、ママをなおしてあげて」
僧侶「それはダメだよ。僕も君も、パパに怒られちゃうよ」
幼児「でも、ママ、ぜんぜんなおらないの」
幼児「ずっとつかれてるの。だからおねがい」
僧侶「……」
僧侶(まぁどんな病状だろうと、回復呪文で楽にさせるぐらいはできるかな)
僧侶(あの旦那さんが言ってたことがちょっと気になるけど……)
幼児「ね、はやく! はやく!」
僧侶「わ。声が大きいよ」
幼児「はやく!!」
僧侶「わかったわかった、行くから行くから」
幼児「ママ、そうりょさんつれてきた!」
僧侶「こんばんわ」
宿の女「まぁ……あなたは夕方の……」
幼児「ね! えらいでしょ!」
宿の女「なんということを……この方も疲れてらっしゃるだろうに……」
僧侶「いいえ、僕のことなら大丈夫です」
幼児「ね、ちゃんとママをなおしてね! おそと、みはってるから!」 ドタバタ
宿の女「もう……あの子ったら……」
宿の女「夕方の節も含めて……本当に申し訳ありませんでした……」
僧侶「いいえ。僕は平気です」
僧侶「では早速ですが、身体の具合をお尋ねしてもよろしいですか?」
僧侶「僕、お薬作るのは得意なんですよ」
宿の女「はい……ありがとうございます……ですが……」
宿の女「夫が言ったように……私の疲れは、薬では癒えないのです……」
僧侶「あなたは特にホイミに抵抗はありませんね? アレルギーとか、アンデッドだったりとか」
宿の女「あの……申し訳ありませんが……」
宿の女「私には……一切の回復呪文も、効果がないのです……」
僧侶「えっ、どういうことですか?」
宿の女「……本当は、私がここにいるだけでも大変なことなのに……」
宿の女「行かなければならないのに……いつかこうなることは分かっていたのに……」
宿の女「ああ……でも、もっと留まりたいのです……一日でも長く、この町に……」
僧侶「あのう」
僧侶「良かったら、詳しく話していただけませんか?」
僧侶「誰かに話すことで、楽になることもありますよ」
宿の女「……そうですね……あなたにはご恩がありますし……」
宿の女「私の決断を後押ししてくれるかもしれません……お話しします……」
宿の女「……私は、人間ではありません……実はあの子も、私の実の子ではありません……」
僧侶「はい、そんな気がしてました。絶対に誰にも話しません。続きをどうぞ」
宿の女「『伝説の剣』の『刃』です……」
僧侶「『伝説の剣』? あの、魔王を討ち果たせるという剣ですか?」
宿の女「はい……」
宿の女「今の私は、本来霊体であるはずの存在に、無理に肉体をこしらえたものです……」
宿の女「元は……『伝説の剣』が悪用されないように、天が備えた仕掛けなのですが……」
僧侶「信じますよ。それで、あなたの疲れの原因は?」
宿の女「はい……私の依り代は『伝説の剣』……」
宿の女「それが今、この町にはありません……」
宿の女「そのことにより、私自身の自我が保てなくなっているのです……」
僧侶「この町には、『伝説の剣』があったんですか?」
宿の女「はい……しかし先日、勇者様がこの町を訪れた際に……」
宿の女「所有者である夫が……勇者様に譲り渡しました……」
僧侶(よかった。ちゃんと勇者には行き渡っていたんだ)
僧侶「ん? でも、『刃』の精霊さんがここにいるってことは……?」
宿の女「たとえ真の勇者であろうと、何者にも、抜くことはできないのです……」
僧侶「ええっ。それじゃあ、魔王が倒せないのでは」
宿の女「ああ……その通りです……」
宿の女「私が剣に宿らなければ……きっと世界が救われることはないでしょう……」
宿の女「でも、夫が……ほんのひと月だけ、ここにいて欲しいと……」
宿の女「あとひと月だけ……私と共に、あの子と共に過ごして欲しいと……」
僧侶「……でも、勇者はもう魔王城へ乗り込みます。たぶん、ひと月も経たないうちに」
僧侶「魔王との戦いのとき、剣が抜けなかったら大変ですよ」
宿の女「はい……でも……」
宿の女「私の存在の主体は、剣の方にあるのです……私が戻ってしまえば……」
宿の女「私の意識は消えてしまい……こうして誰かと対話することもできなくなるでしょう……」
僧侶「もう二度と、人の姿に戻れなくなるんですか?」
宿の女「……試したことがないので、分かりません……ただ……」
宿の女「遠方での戦いに赴くことになるので……もし勇者様が敗北してしまったら、私も……」
宿の女「えっ……?」
僧侶「僕は、元は勇者のパーティーにいましたから分かります」
僧侶「大丈夫です。勇者はとても芯の強い女の子です。必ず勝ちます」
僧侶「それに王都で最強の戦士さんもいるし、アイテム管理の天才の商人さんもいます」
僧侶「僕とあんまり歳も変わらないのに、呪文を極めたっていう賢者さんも加わりました」
僧侶「負けるはずがないですよ。必ず勝ちます。だから、勇者を信じてください」
宿の女「……」
僧侶「それに勇者は、神父さんの教えを守ってきた、とても優しい心の持ち主です」
僧侶「魔王を倒した後、誰かが事情を話せば、きっとこの町に剣を返してくれます」
僧侶「そうしたら賢者さんもいるし、きっと元の生活に戻してくれます」
僧侶「だから、安心してください」
宿の女「……」
宿の女「……」
宿の女「そうですね……分かりました」
宿の女「夫もあの子も……いずれ危険な目に遭うでしょう」
宿の女「宿命を受け入れられず……目先の幸せに焦がれていた私を、お許しください」
宿の女「私の迷いに……心強い言葉をかけてくださって、ありがとうございました」
僧侶「いいえ。迷いが消えたようで何よりです」
宿の女は ゆっくりと起き上がり ベッドを降りた ▼
宿の女「私は、もう行きます。勇者様のもとへ……」
宿の女「勇者様の位置は分かります……北の城の、城下の一軒家……」
僧侶「もう、行くのですか?」
宿の女「はい。一刻も早く戻らなければ……勇者様を誤解させてしまいます」
僧侶「ああ、そうか。それはいけないですね」
宿の女「あの子は……何も知りません。夫も……私が行くことは強く反対していました」
宿の女「ひと月だけ残って欲しいというのも……散々妥協した末の言葉なのです」
宿の女「なので二人のいないうちに……私はあるべき場所へ向かおうと思います」
僧侶「こう言うのも変ですけど、どうか、ご無事で」
宿の女「はい……色々とありがとうございました」
宿の女「では……」
宿の女は 白い光に つつまれた!
宿の女は またたく間に 窓から飛び去っていった――! ▼
僧侶「すごい。ルーラみたい」
僧侶(……どうかあの人が無事に、またここで生活できますように……)
バタン!
師範「今の光はなんだ!?」
僧侶「!」
師範「! お前はっ! なぜお前がここにいる!?」
僧侶(あの子……外を見張ってたら、見つかっちゃったんだ)
師範「……!」
師範「そんな……まさか……妻は……」
僧侶「はい」
僧侶「話はすべて伺いました。あの人は、あるべきところに帰って行きました」
師範「なんだと……」
僧侶「もし勇者が帰ってきたら、勇者にこのことを打ち明けてくださいね」
僧侶「伝説の剣なら、必ず返してもらえます」
師範「ふざけるな……」
僧侶「!」
師範「あと一ヶ月……たったの一ヶ月だと約束していたのに……」
幼児「ぐすん……ねえパパ」
幼児「ママはどこ? ママは? ねえ」
僧侶「……ええっと……」
師範「魔王に世を支配されることを恐れ、己の命惜しさに、妻を急かしたのだ!」
僧侶「違います。あの人は自分の意思で――」
師範「命が惜しいなら、なぜ己を鍛えようとしない!」
師範「なぜ勇者なる偶像にすべてを押し付け、自ら魔王と戦おうとしない!!」
師範「少なくとも私は強くなった! 妻を、我が子を守れる程度にはな!」
師範「誰しもが真に己を高めようとすれば、魔王軍の襲来など恐れる必要はないのだ!」
師範「……『伝説の剣』など、必要はないのだ……」
僧侶「……」
幼児「ねえパパ、ママは? ねえ」
師範「……もう戻ってはこない。帰ってはこない」
僧侶「戻ってきます。勇者は必ず帰ってきて、剣を返してくれます」
幼児「もうかえってこないの? このひとのせいで?」
幼児「なおしてくれるっていったのに……? なおしてくれるっていたのに!」
幼児「うええええええん!!」
幼児「!」ビクッ
師範「泣いても叫んでも……もうどうにもならん」
師範「そうだ、どうにもならん……俺も狼狽が過ぎていたやもしれぬ……」
師範「伝説の剣を手放すことで、あそこまで妻が衰弱するなど思いもよらなかったし――」
師範「妻は常々、確かに自らの宿命を重んじていた……」
僧侶「……」
師範「だが、余りにも早すぎた」
師範「私は一道場を預かる身でありながら、未熟にも心の整理がついていなかった」
師範「私がここまで至れたのは、妻と、我が子のためをおいて他になかったからだ」
僧侶「……」
師範「結ばれぬはずの伴侶と、玉のような養子を持って……」
師範「……日々幸せだったのに……」
僧侶「……」
僧侶「ごめんなさい」
師範「だが、もうここに用はないはずだ。私は宿の動かし方を知らぬ」
師範「今日をもってこの店は廃業だ。すまないが、出て行ってもらおう」
僧侶「あの……。……」
師範「……出て行け……早く」
僧侶「……はい」
僧侶「最後に、勇者にはちゃんとこの事を伝えてくださいね」
僧侶「僕はもう会えないかもしれな――」
師範「出て行け!!」
僧侶「ご。ごめんなさい」
バタン
師範「……何故……何故今日なのだ……」
師範「あと……あとひと月だと言ったのに……うっ……ううっ……」
幼児「パパ……」
僧侶(……本当に、あの女の人を帰して良かったのかな)
僧侶(でも、そうしないと勇者が魔王を倒せなくなっちゃう)
僧侶(……他の方法があったら、良かったのにな)
大男(こんな夜更けに、師範の家が騒がしいな……)
大男「! てめえは……!」
僧侶「あっ。夕方の……」
大男「てめえ、師範の家で何してやがった!!」
*「なんだなんだ? あっ、この小僧は!」
*「さっき師範のお子さんの声も聞いたぞ! やっぱり何かやりやがったんだ!」
僧侶「違います。僕は何もしてな……あ、やったんだった」
大男「おい。夕方言ってたこと、忘れてねぇだろうな?」
*「自分でも認めるたぁ、ふてぇ野郎だ! もう許せねぇっ!」
*「どうせ追放者だ、やっちまえ!」
*「あ! 待て!」
大男「とっ捕まえろ!」
僧侶(ここは逃げよう!)
僧侶(とても弁解できる空気じゃないよ)
僧侶(それに僕が何かやらかした、っていう事実には違いないし)
僧侶(かといって、スマキにされて雪山に放り出されるのは勘弁だし)
僧侶(ここは次の町まで逃げよう、逃げよう――)
*「く、くそっ、逃げ足だけは速い奴……」
*「はぁっ、はぁっ、だめだ、町の外まで行きやがった……」
大男「く、くそっ……」
大男「おい小僧! 二度とこの町に入ってくるんじゃねえぞォーッ!!」
大男「くそっ。これからお前らも、『ひのきのぼう』持った妙な小僧を見たら気をつけろよ!」
―― ジャッ ジャッ ジャッ ザザザッ
僧侶「はぁ……はぁ……。……ふうう」
僧侶(ここまで離れれば大丈夫かな。よし、追って来てないね)
僧侶(……それにしても)
ヒュオオオオオオ―――― パサパサパサパサ…
僧侶(西の町を越えた先に、こんな砂漠地帯が広がっていたなんて……)
僧侶(雪山から一つ町を隔てた先が、まさか砂漠だとは思わないよね)
僧侶(今は夜中だから寒いくらいだけど、日が昇っている間は暑そうだなぁ)
僧侶(って。空が結構明るくなってる。もう明け方だ)
僧侶(ううーん。雪山を越えてあんまり休んでないから、疲れてるんだけどな)
僧侶(仕方ない。そこの岩陰で、少しだけでも仮眠を取ろう)
僧侶「……よっしょ。……ふああ……おやすみ」
僧侶(……明日はいい一日になりますように……)
僧侶「……Zzz……――」
【北の城】 <朝>
兵士A「勇者様! 勇者様に敬礼!」
兵士B「勇者様! 魔王討伐、お疲れの出ませんように!」
勇者「もう。イチイチかしこまらなくていいのにな」
賢者「そういう訳にもいかないでしょう。勇者様はこの世で唯一無二の存在なのですから」
商人「いやぁこの空気、久々ですなぁ」
戦士「……」
戦士(一夜明けたら、『伝説の剣』が微かな光を放っていた)
戦士(なんとなく抜くのは憚られたが……何か変化があったのだろうか……)
商人「戦士殿?」
戦士「ん。ああいや。賢者よ、王の間はこちらだ」
賢者「ありがとうございます」
勇者「案内ならボク一人でもできるのにっ」
商人「ガハハ。勇者様はときどき方向音痴なところがありますからなあ」
国王「勇者よ! よくぞ戻ってきた」
国王「これまでの長旅、ごくろうであった」
勇者「はい。ありがとうございます」
国王「戦士よ。そなたも一段とたくましくなっておる」
国王「我が王都の雄として、誇りに思うぞ」
戦士「はっ。もったいなきお言葉、光栄至極に」
国王「商人よ。そなたが城下に撒いた商いの種、見事に実っておる」
国王「この国の活況は、そなたの功労によるものも大きい。感謝するぞ」
商人「ははーっ! ありがたき幸せ!」
国王「そして……そなたが、新たに一行に加わったと聞く賢者か」
賢者「はっ、お初にお目にかかります。私は賢者と申します」
賢者「打倒魔王に向け、全霊をかけて勇者様をお守りする所存です」
国王「ふむ……怜悧ながら、この上なく意志の強い眼をしておる。今後ともに頼んだぞ」
大臣「はっ。……勇者様、これを」
大臣は 勇者に オーブを手渡した! ▼
勇者「これは? ……きれい……」
戦士「おお! 内に秘められたその極彩の輝きこそ、我が国に代々伝わる宝玉『オーブ』!」
商人「す、素晴らしい……実物は初めて目にしましたが、とても値段など付けられませんな……」
賢者「王様、このアイテムこそが、魔王城へ攻め入るためのカギとなるのですね」
国王「その通りじゃ」
大臣「王家の文献を調べてみたところ、そのオーブは遠い地に橋をかけるという伝説があった」
大臣「恐らく、その橋を渡ることで、魔王城へ乗り込むことができると思われる」
勇者「橋……」
大臣「橋をかける方法とは、とある地点にそのオーブを捧げることらしい」
大臣「我々の文献調査では、ついにその場所を特定することができなかったが……」
国王「うむ。ついぞ……知る機会を得てな。その場所は、【東の村】だという結論に至った」
戦士「村長と軽い挨拶をしただけで、あそこには特に何もなかったはず」
国王「正確には、東の村から少し西へ進んだ先にある『ほこら』じゃ」
勇者「西に? 東の村から西というと……ううん、あまり記憶にないね」
商人「ふーむ。そこまでは探索が不十分でしたなあ」
大臣「それで、至急その地点へ調査隊を向かわせたところ」
大臣「どうもそのほこらの内部に、我が王国の紋章が見られたということだ」
国王「ほぼ違いないであろう。そのほこらこそ、魔王城へ渡るための扉」
国王「オーブという鍵をもって初めて、道は開かれるのだ」
戦士「おお……そんな手段が……」
賢者「どうやら、例の陸路を使わずに済みそうですね」
商人「やあ、助かりますわい。もう山越えはこりごりですからな」
勇者「王様、ありがとうございます!」
勇者「早速、これからでも東の村に向かおうと思います!」
国王「うむ。……だがその前に、一つだけ頼みがある」
国王「うむ。これはその、余の好奇心も含まれておるのだが」
国王「ときに余は、そなたが『伝説の剣』を手に入れたと聞き及んでおる」
戦士「!」
国王「勇者のみ装備できるといわれる退魔の聖剣……」
国王「今この場で、抜き放ってみせてはもらえないだろうか」
商人「エエッ」
国王「魔を討ち果たす輝き、そして雄々しい勇者の姿を、この目に焼き付けておきたいのだ」
勇者「はいっ! お任せください!」
賢者「! ゆ、勇者様」
勇者「戦士さん、剣を」
戦士「あ、ああ……」
勇者は 伝説の剣を 手に取った ▼
勇者「……」
賢者(さすがは勇者様……勇者であることの自覚に、何の揺らぎもない)
戦士(この自信は、すでに一度確かめている? いや、決してそんな時間はなかった……)
勇者「……」
勇者(これを抜くのは初めてだけど、ボクは勇者だ。その名を負ってここまできた)
勇者(絶対に抜ける。抜いてみせる)
勇者(……鞘が温かい……まるで昨日今日、魂が宿ったみたい……)
勇者「……」
勇者は 伝説の剣を
ぬきはなった! ▼
戦士「!!」
国王「おおっ……!」
勇者(……なんて綺麗な色をしてるんだろう……)
大臣「おぉ……」
商人「す、すごい……」
戦士「ぬぅ……」
戦士(真の勇者が……今この衆目の中で、明らかになってしまった……)
賢者「勇者様……」
賢者(美しい……ここまで映えた取り合わせが、生涯の記憶にあっただろうか……)
国王「ううむ。素晴らしい」
国王「余は、魔王を打ち破る姿というものは、とかく勇猛剛毅であると夢想しておったが」
国王「今のそなたには線は細いながらも、ゆえに透くように清冽とした凛々しさを覚える」
国王「なるほど、これが勇者か……魔王を破るに、憂いなしよ」
勇者「……はい」
勇者「ありがとうございます」
国王「今こそ、そのオーブと『伝説の剣』を備え――」
国王「魔の根源を討ち、この世に安寧を導くのだ!」
勇者「はいっ」
国王「そして……必ず無事に戻って参れ」
国王「余はこの玉座にて、そなたの朗報を末永く待とう……」
勇者「はいっ。ボクは絶対に魔王打倒を成し遂げ、再びこの場に帰ってきます――!」
――
賢者「素晴らしい宣誓でした。先の出来事は国史に刻まれることでしょう」
勇者「ええ、いいよそんなの。本当は結構緊張してたし」
戦士「もう後には退けんぞ。もはや一直線に魔王城に向かうまでだ」
商人「その前に! 最終決戦に備えて、城下町で身支度をさせてもらえませんかね?」
商人「ここで買い物するのも、この旅で最後になるかもしれんのですし」
勇者「そうだね。そうしよう――」
ガヤガヤ ガヤガヤ ガヤガヤ
衛兵A「勇者様! これから魔王の城へ攻め入るそうですね!」
衛兵B「城兵一同、勇者様が世に平和をもたらしてくれることを信じております!」
衛兵C「戦士殿、城の一兵卒として心から尊敬しています! どうかご無事で!」
町民A「勇者様、必ずこの町に帰ってきてくださいね!」
町民B「これはうちの店で一番貴重なアイテムです。是非使ってください!」
町民C「あの、賢者様……必ず帰ってきてくださいね……」
町民D「おい勇者! ぜってぇ帰って来いよ!」
子供A「きた! ゆうしゃさまだ! せんしさまもかっこいい!」
子供B「ゆうしゃさま、これ、みんなでおまもり作ったの。がんばって」
子供C「ゆうしゃさま、がんばれ!」
勇者「みんな……ありがとう!」
勇者「必ず魔王を倒して、ここに帰ってくるよ!」
勇者「――すごい人だかりだったね」
賢者「窓の外にも、まだ人が集まっていますね」
戦士「ふん。奴ら、分かっているのか? 我々はまだ何の戦果も上げてないのだぞ」
勇者「上げてみせるよ。最高の戦果を」
勇者「この剣を抜いた瞬間から、どうしてか負ける気がしないんだ。絶対勝つよ」
賢者「頼もしい限りですね」
戦士「……」
勇者「ところで、商人さんは?」
賢者「あの群集にもまれる最中、最後のアイテム調整に出向いたようですね」
戦士「ふん。誰も自分のところへ寄ってこないから、いじけていたようだぞ」
勇者「そんな。商人さんは、アイテム管理も道具の鑑定・売買も、全部一人でこなしてたし」
勇者「腕っぷしもあるから戦闘もこなせるし、もう絶対このパーティーには欠かせない人だよ」
勇者「商人さんがいなければ、とてもここまで来れなかったよ」
戦士「……」
商人「た、ただいま戻りましたぞ!」
勇者「商人さん!」
商人「ううん……っしょ!」
ドサドサドサ
戦士「なんだこれは。明らかに旅に必要でないものも混じっているぞ」
賢者「なるほど。先の人々に押し付けられたのですね」
商人「そ、そうです! これは勇者様にと、これは賢者殿、これは勇者様――」
勇者「うわぁ。嬉しいけど、さすがにこれ全部はもっていけそうにないなぁ……」
戦士「全部持っていく気だったのか? 我々はこれから決戦の地に向かうのだぞ」
賢者「残念ですが、使えそうなアイテムだけ選別しましょう」
商人「ふうむ……売っても二束三文にしかならないものばかりですが……」
勇者「売るだなんてとんでもないよ! ボクにとっては、どれも宝物だよ」
勇者「持っていけないものは、この家に置いておこう」
戦士「……俺宛にバラを送ってる奴はどういうつもりなんだ」
商人「準備ができましたぞ! これでいつでも魔王城へ乗り込めます!」
勇者「!」
戦士「よし。いよいよだな……」
賢者「魔王城では何があるか分かりません。何か心残りはありませんか?」
商人「アイテムに関しては何も!」
戦士「ない」
勇者「ボクは……」
勇者「……」
勇者「うん、ないよ。ないと思う」
戦士「……」
商人「よーしっ! では、勇者様!」
勇者「うんっ! まずは【東の村】に!」
勇者は ルーラをとなえた! ▼
【砂漠(西の町~南の港町)】
――
ジリ ジリ
僧侶「ふう……ふう……」 ポタ ポタ
僧侶(暑いなあ。汗が止まらないよ)
僧侶(昨日の夜は冷え込んでたのに) ポタ ポタ
僧侶(昼間の日照りがこんなに厳しかったなんて)
僧侶(どっち向いても地面が揺らいでる。落ちた汗も一瞬で蒸発しちゃうし) ポタ ポタ
ジリ ジリ
僧侶(でも大丈夫)
僧侶(どんなところに来たって、負けないぞ) ポタ ポタ
僧侶(僕はこれでも、元は勇者のパーティーの一員だったんだから)
ジリ ジリ
僧侶(パーティーの一員だった、かぁ……)
僧侶(賢者さんに、二度と関わらないで欲しい、って言われちゃったしなぁ) ポタ ポタ
ジリ ジリ
僧侶(北の城下町から、住める場所もなくなって――)
僧侶(それどころか追放されちゃったから、もう戻れなくなったし) ポタ ポタ
ジリ ジリ
僧侶(西の町でも、追放者のマークを見られてしまって――)
僧侶(また町に入ろうものなら、きっと本当に乱暴されるかもしれない) ポタ ポタ
ジリ ジリ
僧侶(このまま先に進むたびに、追い出され続けたら) ポタ ポタ
僧侶(僕はどこに行けばいいんだろう)
僧侶「……」
僧侶「あれ?」 ポタ ポタ ポタ
僧侶(僕の)
僧侶(僕の居場所はどこだろう……) ポタポタ ポタ ポタポタ
僧侶(いま、何の目的があるんだろう) ポタポタ ポタ
僧侶(やらなければならないことって、何だろう)
僧侶(城を出る頃は、勇者にオーブのことを伝える目的があったけど)
僧侶(それが済んでしまった今は……) ポタポタ ポタポタ
ジリジリ ジリジリ
僧侶(まずは)
僧侶(まずは、住める場所を探して、お金を稼いで)
僧侶(……でも、額のマークがある以上、住める場所なんて)
僧侶(それどころか今日の寝床だって、確保できないかもしれない) ポタ ポタ
ジリジリジリ ジリジリジリ
僧侶(……僕は)
僧侶(僕はどうすればいいんだろう。今の手荷物で、これから何ができるだろう)
僧侶(僕に残されたのは、少しのお金と、少しの食糧と、ぬののふくと、かわのぼうしと――)
僧侶(ひのきのぼう……)
僧侶(今この向かっている先に、次の町がある)
僧侶(この『ひのきのぼう』を立てて、倒れた方向がその町なら、安心して向かおう)
僧侶(てんで違う方向だったら――その方向に行ってみよう)
僧侶(僕自身に問いかけて得た答えが、僕の答えのはずだ)
僧侶(たとえ西の町に引き返すことになっても、何かきっかけが掴めるかもしれない)
僧侶(この他愛のない棒倒しが、今のどうしようもない僕の、道しるべになるかもしれない)
ジリジリ ジリジリ
僧侶は しずかに 目をつぶった
僧侶は ひのきのぼうを
地面に つきたてた ▼
僧侶(手を放すぞ)
僧侶(……放した)
僧侶(目を……開けるぞ!)
僧侶「あはは」
僧侶「地面に突き刺さったままだ」
僧侶(僕は、どこまでも間が抜けてるなあ)
僧侶(軽く立てるだけでいいのに、どうして突き立てちゃったのかな)
僧侶(これだけじゃあ、どこに進めばいいのか分かんないよ)
僧侶(……でも、答えは手に入れた)
僧侶は ひのきのぼうを ひきぬいた! ▼
僧侶(僕の『ひのきのぼう』は、いつだってまっすぐなんだ)
僧侶(きっと迷うことなんか、何もないんだよ)
僧侶(これまで通り、まっすぐ進もう。思った通りのことを、まっすぐ遂げよう)
僧侶「よし!」 ポタッ
僧侶(この先に【南の港町】がある。まずはそこまで、頑張って歩こう――!)
【東の村】
――
勇者「……この地域は、天気が悪いね」
戦士「構うものか。さっそく西のほこらとやらに向かおう」
賢者「いえ、まずはこの町の村長に会ってみましょう。何か情報が得られるかもしれない」
商人「ふーむ。以前挨拶をしに行ったときは、特に何も知らなかったようですがね」
勇者「ううん、ここは賢者さんの言うとおりにしよう。あの時とは状況も違うし」
賢者「ありがとうございます」
戦士「……ふっ。まさか臆している訳ではなかろうから、これは慎重と呼ぶべきなのだろうな」
勇者「慎重だよ。ボクは魔王は倒したいけど、ここにいる誰一人死なせたくない」
勇者「パーティーの命を預かる以上は、石橋だって叩いて回らないと」
商人「ほう……前にここを訪れた時とは、まるで見違えるようですな」
勇者「そうかな? ありがと」
賢者「……! 誰かこちらに来ます」
勇者「はい。あなたは……」
下女「わ、わたくしはこの村を治める村長の、使いの者でございます」
下女「どうぞこちらへ。村長がお待ちです」
戦士「村長が? すでに話が行き届いているようだな」
賢者「ええ。大臣の話では、すでに調査隊がこの村を訪れているはずですからね」
下女「はい。勇者様がこの村に帰ってこられたら、案内するよう仰せつかっております」
商人「いよいよですな……」
――
【東の村>村長の家】
村長「お待ちしておりました勇者様、そしてそのお連れの方々も」
勇者「お久しぶりです、村長さん。早速ですけど」
村長「はい。話は聞き及んでおります」
村長「ですが……今すぐ、ほこらにご案内することはできません」
村長「はい、一つずつお話します。まずはおかけ下さい」
戦士「失礼だが、我々にそんな暇はない。ここへは、すでに決心を固めてきたのだ」
村長「とは仰いましても」
村長「いまオーブをほこらに持ち込んでも、恐らく何も起きないかと思われます」
賢者「何故ですか? 北の国王によれば、魔王城への扉が開かれるという話では」
村長「ええ、開かれます。ただし正確には扉ではなく、『橋』です」
商人「橋? バカな、あんな遠くの孤島までどうやって橋が架かる」
村長「伝説では架かるのです。『虹の橋』が」
勇者「虹の?」
村長「はい。どうぞ、おかけ下さい」
奥さん「ホ、ホットティーが入りました、どうぞ」
賢者「ありがとうございます」
奥さん「は、はいぃ」ポッ
戦士「それで虹の橋というのは?」
村長「伝説を解釈する限り、どうも実体を持った長い橋が架かるようです」
勇者「へえ、それはすごいなぁ」
賢者「ふむ……完全にそこらの呪文や魔術の枠を超えていますね」
商人「とてつもない魔力を持ったアイテムなら、在り得る話かもしれませんな!」
戦士「橋の正体などどうでもいい。問題はなぜその橋が架けられないのかだ」
村長「それは――」
賢者「雨上がりしか架からないため、では?」
村長「おお、その通り。『虹』の橋です。雨上がりでなくては、橋が架からないのです」
村長「この辺りで雨が多いのも、この伝説にまつわっている為かもしれませぬ」
戦士「では結論は、雨が降るまでこの村で待っていろということか?」
村長「そうなります。申し訳ありませぬ」
戦士「ふん。俺は今から魔王を倒す気でいたのだが、まるで出足をくじかれた気分だ」
勇者「……でも、あまり待たなくていいと思うよ」
勇者「雨が降ってきた」
【東の村>宿屋】
勇者「……村長さんは、雨が止み次第案内するって言ってたけど……」
賢者「……雨の勢いが一定ですね。当分止みそうにありません」
戦士「忌々しい。橋の件がなければ、雨の中でも突き進んできるものを」
勇者「この調子じゃ最悪、また一晩持ち越すことになるかも」
戦士「くそっ、どうしてくれる。完全に緊張が途切れてしまうぞ」
賢者「ではその緊張、伸ばし直してみましょうか」
勇者「えっ?」
賢者「魔王戦での策を決めておくのです。作戦や、戦況に応じた戦い方を」
戦士「ふん。そんなもの、これまで通りのやり方でよかろう」
賢者「では、例えば大竜だった場合はどうしますか?」
戦士「竜? まずはセオリー通り突っ込み、腹から捌く。あわよくば首を狙う」
賢者「その際の呪文の支援は、バイキルト・スクルトと手段が分かれますが――」
勇者(賢者さんすごい。もう戦士さんを飲み込んじゃってる……)
バタン
商人「ふうう、ただいま戻りましたぞ」
勇者「あ、商人さんお帰り。お店はどうだった?」
商人「いやーやはりろくなもん扱ってませんな! 濡れ損です濡れ損!」
商人「店員もやたら媚びてきましたが、ありゃー腹の内じゃ相手を見下すタイプ!」
商人「ワシも人のことは言えませんが、ああまで浅ましいと……ん?」
戦士「だから、回復は二の次でいいと言っている! そこは補助だ!」
賢者「いいえ、攻撃の要であるあなたに倒れてもらっては困ります。回復です」
戦士「そう簡単に倒れはせん! 俺に任せろ!」
賢者「全員の帰還も、果たすべき副目的です。その場面では命を大事にいきます」
商人「な、何やら険悪な雰囲気ですな」
勇者「そう? ボクには意気投合してるように見えるけどなぁ」
勇者「――それじゃあ、もし魔王が呪文を主体として攻撃してきたら?」
戦士「マホカンタで弾き返せばいい。習得済みなのだろう?」
賢者「長期戦でマホカンタはあまり有用ではありません。回復呪文がかけられないので」
商人「ワシが回復アイテムを連発するのはいかがですかな――」
――
勇者「――この『伝説の剣』。実は攻撃力が高そうじゃないんだよね……」
商人「しかし退魔の力は最高級とのことですぞ、伝承通りであれば」
戦士「ふん、いまさら何を。心せよ、その剣こそ勇者の証なのだ」
賢者「とはいえ、依存が過ぎては逆に動きづらくなる可能性もありますね」
勇者「攻撃は、戦士さんとの連携プレイが大事になりそうだね――」
――
賢者「――ところで、帰り道は大丈夫なのでしょうか。魔王を倒した後の帰路は……」
戦士「魔王を倒すことで城が崩れ落ちようものなら、その瓦礫に埋もれるのも本望だ」
勇者「だ、だめだめ! もしルーラがダメだったとしても、みんな最後まで生き抜こう――!」
<夜>
勇者「もう夜になっちゃったけど、まだ雨が止まないね」
賢者「さっき宿を訪れた農家の人に尋ねましたが、明日はまず晴れるそうです」
商人「明日こそは本当に決戦というわけですな」
戦士「意気込んで城を出たものの、結局は一回休みになったか」
勇者「でも、ボクはかえって良かったと思うよ」
勇者「決戦前に細かい作戦が立てられたし、みんな幾分リラックスできたし」
戦士「リラックス?」
勇者「うん。特に戦士さんは、気を張りすぎているように見えたよ」
戦士「ぬっ」
勇者「冷静な賢者さんも、何だか魔王じゃなくて他のものを見てる気がするし」
賢者「えっ」
勇者「商人さんは逆にちょっと、緊張感に欠けてたんじゃないかなぁ」
商人「そそそそんなことはっ!」
勇者「今思えば、城下町を出たばかりの時、ちょっと気負い過ぎてたかもしれないし」
勇者「この場の機会で、目的を達成させるっていう漠然とした認識から、」
勇者「具体的に魔王をどう倒すっていう、細かい部分にまではっきり目を向けられたし」
勇者「今日は有意義どころか、ボクたちに必要な時間を過ごせたと思うよ」
勇者「……た、たぶんね」
戦/賢/商「……」
勇者「えと……そういうことで……」
勇者「まだ他に、話し合いたいこと、ある?」
戦士「……いや」
賢者「あらかたは大丈夫かと」
商人「お。同じく」
勇者「そう」
勇者「じゃあ、明日は頑張ろう!」
勇者「今日は解散! おやすみっ!」
戦士(ふっ。勇者の奴め、いつの間にかあんな考え方ができるようになっていたとは)
戦士(長旅の賜物か。僧侶のことを引きずっていれば、ここまで成長していただろうか)
戦士(逆にそばに僧侶がいたなら、この旅はどうなっていただろうか……)
戦士(……まぁいい。俺の目的はあくまで魔王打倒。これまで、それだけに徹してきた)
戦士(伝説の剣は抜けなくとも、俺にも魔王を倒す機会は与えられているのだ)
戦士(明日は……明日こそ、長年の本懐を遂げてやる……――)
――
商人(ううむ。まさかワシが、緊張感がないなどと指摘されるとは……)
商人(これまで魔物との戦いなんぞ、ノリと勢いだけで殴ってたもんだが……)
商人(やはり相手が魔王ともなれば、本格的に気を引き締めねばならんのだろう)
商人(どれ、ちょいとアイテムの確認でもし直すとするか)
商人(……しかし、明日は楽しみだ! 魔王を倒し、町に帰ってきた後が!)
商人(旅のアイテムの売却……保留しておいた商戦の展開……勇者様と賢者殿の挙式!!)
商人(いくらの収入が見込めやら。ワシの本当の旅路は、明日から始まる――!)
賢者(正真正銘、決戦前夜か……)
賢者(願わくば万一のために、勇者様に想いのたけを伝えたかったが)
賢者(あそこまで威容を誇られては、そんなことはかえって野暮というもの)
賢者(よそ見を指摘された自分が恥ずかしい。今は目の前の魔王に集中すべきなのだ)
賢者(魔王を討ち果たし、城へ戻り、ついの機会を得たときに)
賢者(初めて勇者様にこの想いを伝えよう。全てはその時、そしてその後の為に――)
――
勇者(……)
勇者(今日、最後にみんなにああ言ったけど……)
勇者(まるでボクの台詞じゃなかったみたい……というより……)
勇者(誰かの影響……みたいなのを受けたから、ボクはあんなこと言ったのかも……)
勇者(……あれ? ところでなんでボク)
勇者(自分のこと『ボク』って呼ぶようになったんだろ。あれ? 思い出せない)
勇者(変なの……今更そんなこと気にしてる自分も変なの! もう寝ちゃおっと!!)
【南の港町】
<夜>
僧侶「ふう」
僧侶(やっと着いた。南の港町。ああ、潮のいい香り)
僧侶(疲れたな。すっかり足が棒になっちゃったよ)
僧侶(結局、砂漠じゃ一度も休まなかったからね)
僧侶(もっとも、休めそうな場所は、ほとんど魔物が潜んでいたからだけど)
僧侶(その代わり一度も戦いをせずに済んだからいっか)
僧侶(それにしてももう夜中だ。早く宿屋に行こう)
僧侶(全財産は790ゴールド……さすがにこれだけあれば、一泊はできるよね)
僧侶(……!)
町民A「ふい~夜酒は最高だな!」
町民B「てめ~ヒトの分まで飲んでんじゃねえよ!」
僧侶(行ったかな)
僧侶(この間は、額のマークを見られて失敗したから)
僧侶(『かわのぼうし』は深く被っておかないとね)
僧侶(これから、あんまり人に顔を見られないようにしなきゃ)
僧侶(宿屋でも気をつけないと)
――
【南の港町>宿屋】
主人「はい、いらっしゃい。夜分遅くお疲れ様だ」
僧侶「こんばんは。部屋は空いてますか?」
主人「一晩50ゴールドだよ」
僧侶「ああ良かった。お金はあります。一晩泊めてください」
主人「金があるならいいぜ。が、その前にそのツラ見せてもらわねーとな」
僧侶「えっ?」
主人「特に夜中とあっちゃあ、何が紛れ込むか分かんねえからな」
僧侶「でも僕」
主人「心配すんなって。ここは港町、ワケありの野郎も結構流れ着くんだ」
主人「魔物でもない限り、金さえ払えばこっちゃ文句はねーよ」
僧侶「それじゃあ……」
僧侶は ぼうしを はずした ▼
主人「おう? そのデコのマーク知ってるぜ、王都を追っ払われた奴が付けられるんだろ」
僧侶「あの、僕、魔物なんかじゃありません。悪いこともしません」
主人「なあに泊めるって言った以上、ちゃんと泊めてやるよ」
僧侶「本当に?」
主人「ただし……そんな奴を泊めるとあっちゃあ、ウチにもリスクがあるんでね」
主人「割増料金は頂くぜ。一泊500ゴールド払ってもらおうか!!」
僧侶「えっ、500……分かりました。泊めていただけるのなら」
僧侶「よいしょ。ふふ。久々のベッドだ」
僧侶(おかげで今夜はぐっすり眠れそうだ。何とか払える金額で良かったな)
僧侶(んーと……これで全財産は)
僧侶(……家を出たとき390ゴールド。雪山で手に入れたのが400ゴールド)
僧侶(後は戦闘がなかったから、ここに来た時点で790ゴールドだったんだ)
僧侶(そこから500ゴールドを引いて、今は290ゴールド)
僧侶(290ゴールドか……この町で仕事が見つからなかったら、長居できそうにないな)
僧侶「……」
僧侶(これからどうしようかな)
僧侶(明日目が覚めたら……どうすればいいのかな)
僧侶(とにかく漁港へ行って、何でもいいから仕事ができないか探して……)
僧侶(待てよ。ここは港町だから、外国に行くって手も……)
僧侶「……ん?」
僧侶「壁に何か貼ってある……」
―――――――――【北の城】―――――――――
―――【雪山】―――――――――【渓谷】―――
【西の町】――――【魔王城】――――――【東の村】
―――【砂漠】―――――――――【賢者の村】―
―――――――――【南の港町】――――――――
僧侶「地図だ。この大陸の」
僧侶(……)
僧侶(思えば僕も、次に【賢者の村】に入ったら、大陸を一周したことになるんだなぁ)
僧侶(それぞれの場所で、いろんなことがあったなぁ……)
僧侶(最後に雪山で会った勇者も、【北の城】に向かってたから、一周してるはずだね)
僧侶(もう今日にでも、魔王城に乗り込んでるかもしれないな)
僧侶(僕はこの【南の港町】から応援するくらいしか……)
僧侶(……ん? 地図でよくみると、この地点って……)
【魔王城】
□
□
□
【南の港町】
僧侶(やっぱりそうだ。話には聞いたことあるけど、魔王城まで細い陸続きになってる)
僧侶(地図にまで描かれるんだから、きっと本当なんだろうね)
僧侶(でも伝説だと、【東の村】のほこらから、オーブを使って魔王城に行くんだよね)
僧侶(となると、これは正規のルートじゃないんだ。きっと危ない道のりなんだ)
僧侶(……)
僧侶(一瞬、僕でも行けるかな、なんて思ったけど……)
僧侶(よく見ると、魔王城の前に険しい山がある。これを登るのは大変だろうな)
僧侶(うん。やっぱり、魔王を倒すのは、勇者に任せよう)
僧侶(いまさら僕なんかが行ったところで、足を引っ張るだけだ)
僧侶(もう今日は寝よう。寝よう――)
<翌朝>
ブオオオオオオ… ニャア ニャア
僧侶「……ん……」
僧侶「ふあああ……はぁぁ」
僧侶「朝か」
僧侶「うう~ん……」ポキ ポキ
僧侶「しょっと」
僧侶(ああ、よく寝た。やっぱりふかふかベッドは気持ちいいな)
僧侶(久々にぐっすり眠れた気がする。体力魔力ともに全快!)
僧侶(――波が打ち寄せてる。ウミネコの声。船が出る音。港町っていいところだなぁ)
僧侶「……あ。いい匂い」
僧侶(そうだ、ご飯もついてるんだった!)
僧侶(ここに泊まってよかったな)
僧侶「いただきます」
僧侶「……おいしい!」
僧侶(取れたての魚のフライ! 貝のスープ!)
僧侶(デザートに異国のフルーツまで!)
僧侶「おいしい、おいしい」
僧侶「こんな食事久しぶりだ。しあわせ」
シェフ「な、なんだ大げさな奴だな。こんな献立、誰でも毎日食ってるぞ」
僧侶「料理人さん、こんな美味しいものを作ってくれてありがとうございます」
シェフ「はあ」
シェフ(こいつちゃんと宿代払ってんだろうな……)
*「た、大変だーっ!!」
主人「どうした!?」
僧侶「ん?」
副長「ヒュー……ヒュー……」
団長「副長! しっかりしてくれ!!」
傭兵A「兄貴!!」
傭兵B「兄貴ィ!!」
*「――あの傭兵団。北部を調査してたら、えらく強い魔物の群れに襲われたんだと」
*「ああ、魔王んとこに繋がる道か。やっぱあそこヤバイんだな」
*「ああ。仕事たぁいえ、あんな危ねぇ場所まで行かねえと食い扶持もないってのは気の毒だ」
*「ずいぶん深手を負ってるようだが、ありゃ助からんだろうぜ」
主人「適当なこと言ってんじゃねえ!!」
*「!?」
主人(ウチは教会じゃねえが、あの連中とはガキの頃からつるんでたからな……)
主人「おいっ! 神父はまだか!!」
僧侶「あのう……」
僧侶「僕、一応僧侶をやっています」
僧侶「もし良ければ、怪我をした人を診させてください」
主人「お前が? お前が僧侶?」
*「おい、神父は別件で忙しくて遅れるってよ!」
主人「……だったらテメエ、やれるだけやってみろってんだ!」
僧侶「はい」
団長「副長、死ぬな! おい、もう少しで神父が来るからな!」
副長「ヒュー……ヒュー……」
傭兵A「兄貴ぃ!!」
傭兵B「団長、僧侶が来やしたぜ!」
団長「そ、そうか、早く――って、こんな薄汚ねぇガキが?」
僧侶「すみません、すぐに見せてください」
団長「あ、ちょ、ちょっと何だこいつ!!」
副長「……ヒュー……ヒュー……」
僧侶(ひどい損傷だ……もう薬なんかじゃ間に合わない……)
僧侶は ベホマを となえた!
しかし 副長の キズは 治らなかった…… ▼
僧侶(だめだ)
僧侶(瀕死状態が長過ぎてる。もう回復呪文も受け付けてくれない)
団長「おい! どうなんだよ!?」
副長「ヒュー……ヒュー……」
僧侶(……)
僧侶(……人間の使う復活呪文は、天の加護を受けている人にしか効果がない)
僧侶(『世界樹の葉』なんて高価なものも無い。第一使い方はおろか、見たことも……)
僧侶(じゃあこの人は。この人は……)
僧侶(もう……助からない……)
僧侶「!」
団長「!? お前!」
傭兵A/B「兄貴!!」
僧侶(……ベホマで少しだけ身体が楽になったんだ)
僧侶(でももう、この人に残された時間は……)
団長「テメエ何ぼさっとしてやがる!」グイッ
僧侶「あう」
団長「とっととこいつを治せよ! 僧侶なんだろ! 早くやれってんだ!!」
僧侶「む、無理です。もう呪文ではどうにも」
団長「このガキがふざけんなァ!!」
副長「ハァ……ハァ……」
副長「団長……」
団長「!!」
副長「……オレ……」
副長「ハァ……ハァ……オレは……」
団長「お、お前の」
団長「お前のカタキは、絶対取ってやるからな!」
団長「魔王だか何だか知らねえが、必ずぶちのめして」
団長「お前の墓の隣に、その首飾ってやるからな! なぁおめえら!!」
傭兵A/B「おおう!!」
副長「ハァ……ハァ……」
副長「団長……オレは……」
副長「『オレ』は……」
僧侶「……!」
僧侶(この人は……)
僧侶は その手を両手でにぎった ▼
団長「! テ、テメェ何を――」
副長「……!」
僧侶「怖がらなくても、いいんですよ」
副長「……」
副長「ああ……」
副長「……あたたかい……」
副長「…………」
副長は
しずかに いきをひきとった ▼
団長「……おい」
団長「おい! しっかりしろ!! おい!!」
傭兵A/B「兄貴!!」
僧侶「あ……」
僧侶「……」
僧侶は ザオリクを となえた!
しかし 副長は いきかえらなかった…… ▼
僧侶は ザオリクを となえた!
僧侶は ザオリクを となえた!
団長「もうやめろ!!」 ドンッ
僧侶「うわっ」
団長「何が『怖がらなくていい』だ! ウチでこいつほど勇敢な奴はいなかったんだぞ!」
団長「こいつほど、必死に頑張ってた奴ぁいなかったのに、最期にドロ塗りやがって!」
僧侶「違います。僕はただ」
傭兵A/B「兄貴……ううっ……」
団長「くそっ、こんなガキじゃなくてちゃんとした神父が間に合っていれば……」
僧侶「……ごめんなさい……」
僧侶「!?」
団長「な、なんだ?」
主人「僧侶を装って、適当なまじないで助けるフリして」
主人「アンタらから小銭せびろうってハラだぜ! そうに違いねえ!」
僧侶「えっ。違います。僕はそんな」
主人「だってこいつぁ追放者なんだぜ! 人を騙すくらい平気でやるに決まってる!」
団長「何だとテメエ……その帽子どかしてみやがれ!」
バッ
僧侶「あっ」
傭兵A「こ、こりゃ王都の紋章」
傭兵B「間違いねえ! これと同じのを見たことあるぜ!」
僧侶「あの。でも僕、本当に僧侶で」
団長「死んだ仲間をダシに、乞食まがいのことをやりやがって……許せねえっ!!」
僧侶「違います、違います――」
【東の村>宿屋】
勇者「みんな、おはよう」
賢者「おはようございます」
戦士「雨は止んでいるな」
勇者「うん。明け方で薄暗いけど、晴れてるみたい」
商人「……いよいよですな」
勇者「みんな、荷物の準備はできてる?」
勇者「……そう。じゃあ、また雨にならないうちに急ごう」
【村長の家】
村長「――皆様、準備はできているようですな」
勇者「村長さん、おはようございます。一人で家の前で待っててくれたの?」
村長「なに、この程度は村の長として当然のこと」
村長「着いて来なされ。すぐにほこらまでご案内しましょう――」
村長「――着きましたぞ」
勇者「ここが例のほこら……」
戦士「ふむ。確かに、王都の紋章が刻まれているな」
賢者「……しかし妙ですね。通常この手のほこらは、信奉、慰霊などの目的で設けられますが」
賢者「ここには、そのいずれの方向性も見当たらない。空の台座があるだけです」
商人「見てくだされ、良く見ると天上が吹き抜けになっておりますぞ! とんだ不良物件ですな!」
勇者「村長さん、ここは一体」
村長「はい。魔王城へ向かう橋の端でございます」
勇者「はしのはし?」
村長「はい。そこに、そう、台座がございます」
村長「言うまでもなく、その窪みにオーブを捧げれば、魔王城への橋が架かるはずです」
賢者「架かる『はず』、ですか」
戦士「試したことはないということか。そもそも、本当に橋など架かるのか?」
村長「伝説では架かります。海をまたぎ、天空を駆け抜ける、七色の架け橋が……」
賢者「これだけの距離を繋ぐのでしたら、完全に呪文の枠を超えていますね」
商人「ふうむ、虹の橋……確かに、古い書物にもあったような……」
戦士「ふん、魔王の元へ辿り行けるなら何でもいい。先を急ぐぞ」
村長「では、オーブを」
勇者「うん」
勇者は オーブを 台座にささげた!
オーブから まばゆいひかりが はなたれた! ▼
勇者「うわっ!」
村長「……時は満ちた。まもなく朝日が上る。さぁ、オーブよ」
村長「今こそ魔の城へのしるべを示せ――!」
オーブは 七色に かがやいた――! ▼
商人「は、橋だ! 橋がかかった! 上に伸びておりますぞ!」
戦士「こ、これが……魔王の城へ続く道……」
勇者「! 村長!」
村長『大丈夫です。オーブに魔力を注いでいるだけです』
賢者「魔力? やはりオーブだけでは作動しない仕掛けだったのですね」
村長『その通り。ここで魔力を供給するものがいなければ、橋は架けられませぬ』
勇者「村長さんって一体……」
村長『……この虹を通して、しばらく会話ができます。後ほどお話し致しましょう』
村長『さぁ、橋をお渡りくだされ』
戦士「うむ」
商人「おっほ、すごい。不思議な感触ですな!」
賢者「さ、参りましょう勇者様」
勇者「う、うん」
――
商人「うひょーどこまで登っていくのやら! もう眼下に海が広がっておりますぞ!」
戦士「【渓谷】のときのように柵はないのだ、あまりはしゃぐな」
賢者「いま私の足元にある橋が、伝説……今まさに、伝説を踏みしめているというのか……」
勇者「村長さん、村長さん聞こえる?」
村長『はい。聞こえております』
商人「おお! 何やら声が響きましたぞ!」
戦士「ふむ。魔力を持たない我々でも聞こえるな」
賢者「……オーブやほこらの力があるとはいえ、これだけの魔力を扱えるとは……」
勇者「ねえ村長さん。村長さんの正体って、結局何者なの?」
戦士「おい勇者よ、仮にも魔王との決戦前だぞ。下らない雑談をするのは――」
勇者「ごめん、ちょっと気になっちゃって」
勇者「だってこんなに凄いこと、どうして一番最初に会ったとき隠してたの?」
村長『……それは……』
村長『私は元「追放者」です。その昔、王都で近衛級の魔法使いを務めておりました』
勇者「えっ?」
戦士「な、なんだと? しかし、額にその印が付いてなかったではないか」
村長『はい。北の国王により酌量が認められ、のちに印を取り除いて頂いたのです』
商人「い、一体何をやらかしたのですかな?」
村長『魔王軍と内通していたという罪に問われたのです』
村長『私は若気の至りで、国の機密を外部に漏らしてしまったことがあります』
村長『それが原因の一つとなり、魔王軍に狙い撃ちをされ、ある中隊を全滅させてしまいました』
戦士「ふむ……確かにそんな話は聞いたことがある」
村長『私はすぐに国王の元へ――当時は先代でしたが――自らの過ちを申し出ました』
賢者「それで追放罪になったと」
村長『はい。【東の村】に追放されて間もなく、先刻の事件が私だけの非ではなかったことが判明し』
村長『罪は軽減され、王都に戻る許可を得たのですが……』
村長『私は負い目が拭いきれず、帰郷を拒みました』
村長『「ならば彼の村にて、オーブのほこらを守護せよ。来るその時、橋を架けよ」と』
村長『先の事件で、過失を名乗り出たのは私一人だけでした』
村長『きっと先代国王はその律儀な形を汲んで、私に大命を託したのでしょう』
勇者「そうだったんだ……」
戦士「待て。何が律儀だ。ならばなぜ最初に出会ったとき、その大命を果たさなかった」
戦士「最初からオーブが必要だと話していれば、この旅の目的の半分は、早い段階で消化できた」
商人「そうですぞ! まったく非効率な!」
村長『申し訳ございません……私は最初に勇者様にお目通りした際、全てを話すつもりでした』
村長『が……』
賢者「……恐れていたのですね。村が魔王軍に襲われることを」
勇者「えっ?」
村長『はい……。むかし王都で起きた出来事は、私の軽はずみな情報漏洩が発端でした』
村長『いざ勇者様方にお伝えしようとした段で、そのことが頭を過ぎり……』
勇者「……なるほど。それで、村を守る方を選んだんですね」
村長『一気に高熱が出、呼吸は苦しくなり、布団から起き上がれないほどに』
村長『今から思えば笑い話ですが、私はあのとき「死」を覚悟したものです』
勇者「い、今は? 何ともないの?」
村長『はい。妻を始めとした、村の多くの者たちが介抱してくれたおかげです』
村長『私は死よりも、「使命」を果たしそびれることを恐れておりました』
村長『しかし今……私の身体は快方を極め、こうして無事に来るべき日に使命を果たせている』
村長『勇者様たちがこの瞬間に橋を渡れるのも、すべて村の者達の功でもあるのです』
村長『異郷の生まれである私の命を救ってくれた、村人たちの……』
勇者「優しい人たちに恵まれたんですね」
村長『勇者様……私はあの村を守るためならば、この老いた魔力尽きようとも構いませぬ』
村長『どうか魔王を倒し、村を……この世の人々を救ってくだされ……』
村長『なにとぞ、なにとぞお願い申し上げまする……』
戦士「ふん、聞くに値せん懇願よ。このいよいよという段階で何をいまさら」
勇者「もう、戦士さんは素直じゃないなぁ。大丈夫だよ村長さん、ボクたちに任せて!」
商人「……だいぶ城に近付いてきましたな。なんという禍々しい空気」
賢者「空模様も怪しくなってきましたが……この薄暗さは天候によるものではありませんね」
戦士「魔の地へと踏み入るときは近いな」
勇者「村長さん、『虹の橋』が薄くなってきたけど、大丈夫?」
村長『距離が遠く――さすがに、限界が――何とか城までは――』
戦士「おい、さっぱり聞き取れんぞ!」
賢者「限界が近付いていますが、何とか城までは届かせるそうです」
商人「そ、そんな! ちゃんと送り届けてもらわねば困りますぞ!!」
勇者「もう城は目の前だけど……この橋の行き着く先は……」
賢者「ええ、魔王城の中腹あたり……あのテラスになりそうですね」
勇者「この橋、さっきより薄くなってる……万が一のことがあっちゃあ大変だね」
勇者「よし、みんな急ごう!」
勇者たちは かけだした! ▼
村長『――ご武運を――――』――
【南の港町】
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶(何とか逃げられた)
僧侶(……)
僧侶(あの副長さんの御霊に、安らかな冥福あらんことを……)
僧侶(……)
*「あの棒持った小僧はどこ行った?」
僧侶「!」
*「くそ。今度見つけたらタダじゃおかねえ」
僧侶「……」
僧侶(……行ったかな)ホッ
僧侶(ああ)
僧侶(この町にも居づらくなっちゃったな)
僧侶「ん?」
*「チケットは200ゴールド! 無くなったら終わりの早いもん勝ちだよ!」
*「異国行きの船、片道200ゴールド! さぁさぁ、もうすぐ碇が上がるよぉ!」
僧侶「異国……」
僧侶(僕の全財産は290ゴールド。あのチケット、買えちゃうな)
僧侶(そっか。他の国なら、もう帽子を深く被らなくても済むかもしれない)
僧侶(僕の居場所も、探しやすいかもしれない)
*「はい売ったァ! あと2枚、2枚っきりだよぉ!!」
僧侶(これはきっと、チャンスなんだ)
僧侶(あのチケットを買って、船に乗れば……)
*「はい200ゴールド確かに! あと1枚だよぉ!」
僧侶(船に乗れば……)
僧侶(でもそれじゃ、『ひのきのぼう』らしくないかな)
僧侶(あのとき、何かできることがあれば、何でもやりたかった)
僧侶(でも、何もできなかった)
僧侶(あの人だけじゃなく、この大陸には魔物に襲われて命を落とした人がたくさんいる)
僧侶(そんな人たちを無くすために、いま勇者は戦ってる)
僧侶「……」
僧侶(……僕は以前、その勇者のパーティーに居た)
僧侶(のに、僕はそれを放っておいて、今まさに逃げ出そうとしている)
僧侶(逃げ出そうとしている。そんなのは、まっすぐな『ひのきのぼう』らしくない)
僧侶(僕は元勇者パーティーの一員だ。それを誇っていいし、勇気も分けてもらってるんだ)
僧侶(勇者を手伝わなきゃ)
僧侶(足手まといだなんて、勝手に決め付けちゃいけない)
僧侶(回復役でも弾除けでもいい、僕にできることは必ずあるはず)
僧侶(行こう)
僧侶(仮にそれが叶わなくてもいい、行動することに意味があるんだ。行こう――!)
僧侶(できれば、勇者の助けになるようなアイテムがあれば……)
僧侶(装備品はダメだ。この金額じゃ消耗品しか買えない)
僧侶(かといって『やくそう』程度じゃ何の足しにもならないし)
僧侶(例えば、魔力を少しだけ回復させるような――)
僧侶「『まほうのせいすい』とか」
露天商「いらっしゃい」
僧侶「!」
露天商「『まほうのせいすい』だって? 金はあるんだろうな?」
僧侶「ええっと」
僧侶「290ゴールドです。これで全部です」
露天商「はっ、冷やかしなら帰っ……」
露天商「……ん。ちょっと待て」
露天商「ああ、あるぞ。『まほうのせいすい』なら」
僧侶「本当ですかっ?」
露天商「一本300Gだが、特別に10Gまけてやろう!」
僧侶「本当に? やった、ついてる!」
露天商「くく……」
露天商(『ひのきのぼう』なんぞを携えてる時点で、思った通りよ)
露天商(まるでアイテムを見る目がねえ、ただの馬鹿ガキだ)
露天商(こりゃ全部売れ残りのただの『せいすい』)
露天商(原価はせいぜい38ゴールド。100ゴールドで売っても大もうけだぜ)
僧侶「……これ」
僧侶「全部『せいすい』に似てますね」
露天商「!!」
露天商「あ、ああ、ビンのを適当に突っ込んでるから、何か混じってるかもしれねえな」
露天商(くそっ、さすがにそこまでアホじゃなかったか……?)
僧侶「でも、『まほうのせいすい』もありますね」
露天商「!? あ、当たりめえだ!」
僧侶「これを下さい」
露天商(どれも同じだ、笑いが止まらねえ)
露天商「あいよ、290ゴールドな! まいどあり!」
僧侶「……でもこれ」
僧侶「『まほうのせいすい』じゃない気もする」
露天商「へっ、もう返品はきかねえからな!!」
僧侶「なんだか『まほうのせいすい』より、すごく魔力が詰まってるようにみえる」
露天商「あ?」
僧侶「きっと上物なんですね」
僧侶「お金が足りないのに売ってくれて、本当にありがとうございました。では――」
露天商「お。おい」
露天商「おい、まさかそれ……」
露天商「いや、あんな馬鹿そうなガキに……そんなはずはねえ……」
ボー――……
僧侶「……」
僧侶(さっきの客船が出る音だ)
僧侶(あれに乗っていたら、僕の運命も変わったのかもしれない)
僧侶(……けど。もう決めたんだ)
僧侶(行こう)
僧侶(魔王の城に行くんだ)
僧侶(ここから北のルートを通って、山を越えて、城に入って)
僧侶(勇者と、戦士さんと、商人さんと、賢者さんの役に立つんだ)
僧侶(最後に勇者に会ったときのことを考えると、今日あたりもう出発してるかもしれない)
僧侶(今からじゃとても間に合わないかもしれないけど……)
僧侶(どの道行く当てなんてないんだ。無駄足になったって構わない)
僧侶(最後まで……僕にできることを、目指そう)
僧侶(港町を離れるにつれ、どんどん町の音が遠くなっていく)
僧侶(向かう先は北。魔王城だ)
僧侶(陸続きの道を通ったら、高い山にぶつかるけど――)
僧侶(よくよく考えたら、装備の軽い僕なら、きっと登れないことはないはずだ)
僧侶(それに、僕のこの大陸巡りは、逃げて逃げての、走りっぱなしだった)
僧侶(だから足腰だって丈夫なんだ)
僧侶(そして、この心強い『ひのきのぼう』がそばにある限り、僕はきっとやれる)
僧侶(やれるんだ)
魔物のむれが あらわれた! ▼
僧侶(こんなところで、体力と魔力を消耗しちゃいられない)
僧侶(できる限り、隙を作って逃げよう。目的地は、まだまだ先なんだから!)
僧侶は バギマを となえた! ▼ ――
【魔王城・テラス】
スタッ ガシャッ スタッ ドシャッッ
商人「ぐええ」
勇者「商人さん、大丈夫?」
戦士「まさか本当に虹の橋が消えようとは。あの村長も詰めが甘いことだ」
賢者「いえ……恐らくこの城から滲み出ている、独特の魔力による影響でしょう」
賢者「しばし失礼」
賢者は フローミを となえた!
しかし 不思議なちからで かきけされた…… ▼
賢者「ふむ。やはりここの地形を知ることができませんね」
勇者「今のって、自分がいるダンジョンの階層を認識する呪文だよね」
賢者「はい。これが駄目だということは、ルーラやリレミトでの脱出もおそらく……」
商人「に、逃げ場はないということですかな……」
勇者「戦士さん」
戦士「我々は何のためにここまで足を踏み入れたのだ」
戦士「今から退くことを考えてどうする。さぁいざ、いざ先へ進まん!」
勇者「うん、戦士さんの言う通りだよ! 前に進もう!」
賢者「ええ。確かにこの手の術は、術者の魔力を絶ってしまえば解消するもの」
賢者「仮に術者が魔王ではなかったとしても、魔王を討てば状況に変化があるはずです」
商人「ワ、ワシは別に……大丈夫ですぞ!」
戦士「態勢が整ったなら、さっそく城内に入るぞ。俺は血が滾っている」
賢者「中で何が待ち構えているか分かりません。慎重に参りましょう」
商人「よ、よっしゃ! 頑張りますぞ!!」
勇者(……とうとうここまで来たんだ)
勇者(この先にいる魔王を倒して、誰一人欠けずにみんなで帰るんだ)
勇者(この『伝説の剣』と、心強い仲間たちがいれば――できる!)
勇者「みんな、行こう!」
勇者「……」
戦士「……」
商人「……」
賢者「……」
勇者「妙に静かだね」
戦士「ああ。てっきり強力な魔物でも待ち構えているかと思ったが」
商人「な、何かのワナかもしれませんぞ!」
賢者「先ほどから私も罠を警戒しているのですが……まるでそんな様子がない」
勇者「あっ、階段」
戦士「何も出ないなら先に進むだけだ。登るぞ」
商人「は、はは。拍子抜けですな! 持ち込んだアイテムが腐ってしまいますぞ!」
賢者「……本当に何もない。魔物も、罠も……」
勇者「普通の城なら、上の階に『魔王の間』があるはず」
勇者「とりあえず、まずはそこまで乗り込もう――!」
勇者「……階段だ。結局、この階も何もなかったね」
商人「響くのは我々の足音ばかり。うーむ気味が悪い」
戦士「構うことはない。さっさと次だ」
賢者「……」
勇者「ん? どうしたの、賢者さん」
賢者「いえ。あの太い柱が少し気になりまして」
勇者「はしら? ああ、あれ柱だったんだ。大き過ぎて気がつかなかった」
賢者「ええ。下の階にもあったものが、そのまま上階まで貫いています」
賢者「おそらくあれは、この城の巨大な主柱でしょう」
戦士「それがどうしたというのだ」
賢者「いえ……あの柱から、微かに魔力を感じるのですが……」
賢者「その魔力の流れが、なんだか上へ向かって脈打っているような……」
勇者「……そうなの? それが?」
賢者「いえ、他に気になる事がなかったものでしたから。先へ参りましょう」
【魔王城・最上階】
勇者「! この大きな扉は……」
賢者「……おそらくこの先が……【魔王の間】……でしょうね」
商人「ば、馬鹿な……ついにただの一度も、魔物と出くわしませんでしたぞ!」
戦士「ふん。何もうろたえることはない。これが心理作戦なら空振りもいいところだ」
戦士「我々は、無駄な消耗戦をせずに済んだ。その恩恵だけを受ければいい」
戦士「恐れることは何もない。そうだろう勇者」
勇者「うん」
勇者「そうだよ。もう、後には引き返せない」
勇者「剣を抜こう。防具を固めよう。この扉の越えた先の――」
勇者「さらに先に、ボクたちの目指す世界がある。長かった旅の目的がある」
勇者「みんな、絶対に生きて帰ろう!」
勇者は 扉を あけはなった――!
勇者「……」
戦士「……暗いな……」
賢者「! 扉が!」
ズズズズズズ…… ズーンン……
商人「こ、この! 開けろ! 開かないか!」
戦士「ようやくまともな反応があったと思えば、ただの退路塞ぎか。つまらんな」
勇者「みんな」
勇者「あの玉座に、誰か座ってる」
賢者「……!」
戦士「……魔王か……?」
商人「お、思っていたより小柄ですな……」ヒソヒソ
**『……』
勇者「!」
ボッ ボッ ボッ
商人「あ、明かりが……」
戦士「……あれが魔王……?」
勇者(顔がフードに覆われてよく見えない……!)
勇者「お。お前が魔王かっ!?」
**『……』
**『そうだ』 スッ…
賢者「! 皆さん気をつけて! 何かする気です!」
勇者「……!」
魔王の片手から 赤い水晶の玉が うかびあがった! ▼
**『さて……戦いの前に』
**『貴様たちの真実を覗かせてもらおう……』
戦士「下らん御託に付き合っているヒマはない。来ないならこちらから行くぞ」
**『お前が我を滅ぼす真の目的――』
**『それは名誉に飢えているためか』
戦士「!」
**『己こそが魔族を打ち破るに足る存在だと、信じて疑わなかったようだな』
**『功のために己を磨き上げ、名を広めるために剣を振るってきたお前にとって』
**『突如として現れた勇者なる存在は、さぞ歯がゆいものだったろう――』
勇者「!」
戦士「な、何を……!」
**『ほう。特に「伝説の剣」に対する固執は凄まじいものだったようだな』
**『これまでの誇りと、この先の戦功を思えば、簡単には手放せなかった』
戦士「貴様、勝手なことを……!」
**『分かるぞ。自らの矜持を押さえ込み――』
**『他に本分を委ねなければならない口惜しさというものはな――』
**『貴様は金欲か』
商人「なっ!」
**『ククク。もはや滑稽なまでに至純な守銭奴よ』
**『頭の中は、常に金に関わることばかり。へつらい、たくらみ、ほくそ笑む』
**『この戦いでさえも、金儲けの一部としか考えておらぬようだ』
商人「そ、そんなことは……!」
**『恥じることは無い、それでこそ人間というもの』
**『多くの人間は、欲の権化たる金銭に価値を見出す。持たざる者は無論、持つ者でさえも』
**『されど、時にその貪欲さが思わぬ力を引き出すこともある。結構なことではないか』
商人「ぐぬぬ……」
勇者「みんな、こいつの言うことに耳を貸しちゃ駄目だ!」
勇者は 伝説の剣を 抜きはなった! ▼
**『……。……勇者よ』
勇者「それは、この世を平和にするためだ!」
**『真にそうなのか』
勇者「えっ?」
**『貴様は周囲に流されるがままに、持ち上げられ、謳われるがままに』
**『目に映りもしない使命感を、傀儡のごとくただ果たそうとしているに過ぎぬのではないか』
勇者「そんなことはない! ボクは自分の意志でここまで来たんだ!」
勇者「魔王……お前を倒して、世界を平和にするために、それだけのために旅を続けてきた!」
**『その主張が空疎だと言っている』
**『勇者の号のない、貴様自身は何のために戦う』
**『貴様の真の目的はいずこにある。答えてみよ』
勇者「そ、そんなもの……」
**『答えられぬのは、以前あったはずの「欲」が見えなくなっているためだ』
**『目を閉ざされた貴様は、ただ無心に使命とやらにすがっているに過ぎぬ……』
勇者「わ、訳の分からないことを……!」
賢者「あの魔物は、どうやら魔法使いタイプのようです」
賢者「【東の村】で練った作戦通り、集中攻撃の陣形を敷きましょう」
**『最後はお前か』
**『……ほう。これは興味深い』
**『一行の参謀でありながら、魔物に勝るとも劣らぬ、あさましい行為を犯している』
**『ただ己の愛欲のために、罪なき人間を消すとはな』
勇者「えっ?」
戦士「……」
賢者「曲解を招く言い方だ。私はこれまで、人を殺めたことなど一度もない」
**『さて。時によっては、ただ殺めるよりも下卑た手段やもしれぬぞ』
**『哀れなるは勇者よ。真の本懐を、斯様な形で閉ざされるとは――』
賢者は メラミを となえた!
**には きかなかった! ▼
賢者「黙れ」
賢者「どうやらあの赤い水晶は、狙った対象の一定の情報を得ることができるようです」
賢者「奴はそれをもって、戦いの前に我々の心意を揺さぶろうという胆です」
賢者「所詮は魔物の妄言。術中にはまってはいけません!」
勇者「そ。そうだよ! 惑わされちゃ駄目だ!」
商人「そ、そうだそうだ、イカンイカン!」
戦士「ふん。俺としたことが情けない」
勇者「よし! さぁ魔王! 決戦の時だ!」
**『……綺麗事を守るために、己の欲から目を背け』
**『自らの行為を、疑問を持たずに正当化する』
**『いつの世も、人間とは下らぬ生き物よ』
**は 玉座から 立ち上がった! ▼
**『愚か者どもめ』
**『思い知るがよい!』
**は ベギラマを となえた!
戦士は パーティーをかばった! ▼
商人「戦士殿!」
戦士「軽い!」
勇者「やあっ!」
勇者の こうげき!
**に ダメージを あたえた! ▼
**『ぐっ……!』
賢者は スクルトを となえた!
パーティーの 守備力が あがった! ▼
賢者「行けます! 攻撃が効いている!」
戦士「うおおおっ!」
戦士の こうげき!
**に ダメージを あたえた! ▼
**『おのれ……!』
商人「なあんだ、大したことないですなあ!」
商人の こうげき!
**は ひらりと みをかわした! ▼
商人「何!? かわされた!?」
勇者「この伝説の剣なら!」
勇者の こうげき!
**に ダメージを あたえた! ▼
**『くっ』
勇者(浅い! 隙を突いたのに反応された!?)
賢者「勇者様、援護します!」
賢者は バイキルトを となえた!
勇者の 攻撃力が 2倍になった! ▼
戦士「うおおおっ!」
戦士の こうげき!
**は ひらりと みをかわした! ▼
戦士「何だと!? 急に動きがよくなったぞ!」
**『……』
**『……!』
**は ラリホーを となえた!
勇者「! みんな、寝ちゃダメだ!」
勇者には きかなかった!
戦士には きかなかった!
賢者には きかなかった!
商人「んを!?」
商人は ねむってしまった! ▼
戦士「あのうつけめ、何をぼんやりしてる!」
賢者(……今のは、商人殿がアイテムを探っている所にタイミングを合わせられた)
賢者(最初から狙いは商人殿だった? 何かおかしい……!)
勇者「この!」
勇者の こうげき!
**に ダメージを あたえた! ▼
勇者(ダメだ、決定的な一撃が与えられない! 反応されてる!)
**『!』
賢者は ピオリムを となえた!
パーティーの 素早さが 上がった!
**の こうげき!
賢者(!? 私を狙い撃ち!?)
つうこんの いちげき!
賢者は 大ダメージを うけた! ▼
賢者「ぐあああっ!」
勇者「賢者さん!」
戦士「この! だが隙を晒したな!」
戦士の こうげき!
**は ひらりと みをかわした! ▼
戦士「何……」
戦士(攻撃直後の、完全に死角を突いた一撃を……)
勇者「やっぱり何かヘンだよ!」
勇者は ベホマを となえた!
賢者の キズが 回復した!
*『……』 スッ
戦士「! くっ、来るか!?」
戦士は みを まもっている!
**は ベホイミを となえた!
**の キズが 回復した! ▼
戦士「何っ……」
勇者「か、完全に先読みされてる……!」
賢者「……」
勇者「こ、このっ!」
勇者のこうげき! ▼
賢者は マヒャドを となえた! ▼
戦士「!? ど、どこに放っている!」
賢者「見ての通り……我々が入ってきた扉の真上です!」
勇者(体勢が崩れた!?)
かいしんの いちげき!
**に 大ダメージを あたえた! ▼
**『ぐああああああっ!!』
勇者「あ、当たった!」
賢者「今がチャンスです!」
戦士「よ、よし! たたみ込むぞ!」
賢者は バイキルトを となえた!
戦士の 攻撃力が 2倍になった! ▼
戦士の こうげき!
**に ダメージを あたえた! ▼
**『が……がはっ……!』
戦士「どういうことだ? 面白いように攻撃が当たり始めたぞ」
勇者「やああっ!」
勇者の こうげき!
**に ダメージを あたえた!
**のもとに 赤い水晶が まいもどった!
勇者「! 水晶が二つ!?」
戦士「いつ増えたのだ!?」
賢者「とにかく今は攻撃を集中させましょう!」
勇者の こうげき!
戦士の こうげき!
賢者は ザメハを となえた!
商人は 目を覚ました! ▼
商人「ほぇ?」
賢者「まだ戦闘中です、商人殿も攻撃を!」
勇者の こうげき!
**に ダメージを あたえた!
勇者「いける!」
**『お……おのれ……』
一対の赤い水晶が 宙に うかんだ! ▼
戦士「うおおおっ!」
**『ド――……。……くっ……!』
戦士の こうげき!
かいしんの いちげき!
**に 大ダメージを あたえた! ▼
**『ぐあああああああっ!!』
戦士「手ごたえあり!」
勇者「決まった!?」
**『っが……がはっ……お……おのれ……』
**『このままで……済みはせんぞ……』
**『勇者……共……』
**を たおした! ▼
戦士「……」
商人「や……やりましたな!」
商人「やった! ついに魔王を倒し……あ、アレ?」
商人「皆さん、浮かない顔でどうしました?」
勇者「……」
賢者「……まだこの城を覆っている術式は、解けていません」
商人「何ですと!?」
戦士「魔王があそこまで弱い筈がない。本命は別にいる」
勇者「うん。仕掛けが割れてしまえば、後は楽だったし」
賢者「ああ、勇者様は看破されたようですね」
賢者「あの魔王の周囲に浮かんでいた水晶が、『眼』そのものだったことに」
戦士「どういうことだ?」
賢者「そうですね。真の決戦への休憩がてら、簡単に種明かししましょう――」
商人「えっ!? 真の決戦!? えっ!? えっ?!」
賢者「どれもタイミングが良すぎました。これは、こちらの動きが悟られている証拠です」
戦士「うむ。俺の攻撃も、まるで背中に目がついていたかのようにかわされ続けた……」
賢者「背中ではありません。入り口の真上です」
戦士「?」
賢者「突如現れたかに見えた、もう一つの赤い水晶のことです」
賢者「あえて喚起しませんでしたが、この【魔王の間】に最初から浮かんでいました」
賢者「入ってすぐの真上である、我々の完全な死角に」
戦士「あの赤い水晶が、魔王の眼だったということか?」
賢者「はい」
賢者「始め私は、魔王の周囲を浮かんでいた玉に、予知能力でもあると思っていましたが」
賢者「動きを見る限り、逐一水晶を覗き込んでいる様子はなかった」
賢者「しかし背後から攻撃を加えようとしても、容易くかわされる」
賢者「では『何』を見て、もしくは察知して我々の動きを探っていたのか」
賢者「仮説は多々ありましたが――答えは『別視点の我々』でした」
賢者「私は始めから確信を持っていたわけではありませんでしたが」
賢者「可能性がありそうなものから順に、一つずつ潰そうと思いました」
勇者「うん……いま思えば、最初に商人さんがアイテムを出そうとした時って」
商人「えっ、はいっ?」
賢者「そう、商人殿は一番後方にいました。あの玉の位置からであれば、丸見えです」
賢者「つまりあのラリホーは、商人殿を狙い撃ちしていたのです。それもヒントになりました」
商人「なんと。それでは眠らされても仕方がないですな」
戦士「それで……そのもう一つの水晶の方に向かって、マヒャドを唱えてみたという訳か」
賢者「ええ。呪文が効かないことを承知でマヒャドを選んだのは、仮説が正しかった場合――」
賢者「仕留めきれずとも、周囲を凍らせれば視界は曇るだろうと思いまして」
勇者「さすが賢者さん。おかげで一気にカタをつけることができたよ」
賢者「ありがとうございます……しかし……」
勇者「うん。分かってる」
勇者「本物の魔王が、あんな低級呪文や、小細工だけで終わるはずないもんね」
商人「うう……では、本物の魔王は別にいると?」
勇者「うん、間違いないよ。まだ嫌な気配を感じる」
賢者「……皆さん、あれを」
勇者「! 玉座の奥に……階段が!」
戦士「ここは最上階ということは、登った先は……」
商人「屋上……ですかな」
賢者「はい。そして玉座の後ろにある物も、よくご覧下さい」
勇者「あれは……この城を貫いてる主柱? こんなところにまで伸びてるなんて……」
戦士「何が言いたいのだ?」
賢者「はい。前に申しましたように、あの柱は上へ向かっての魔力の脈動を感じます」
賢者「もしあれが屋上まで貫いているとすれば、その先には……」
勇者「……」
勇者「みんな、行こう」
勇者「決戦の舞台は、屋上だ――!」 ――
【毒沼の道】
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶(毒沼を歩くのはきついなぁ。体力が容赦なく減っていっちゃう)
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の 体力が 回復した! ▼
僧侶(ここの魔物はすごく強いし、なかなか逃げ切れないし)
僧侶(歩くたびに体力が回復するアイテムでもあったら良かったんだけど)
僧侶(でも、無いものねだりしてもしょうがないよね)
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶「……!」
魔物のむれが あらわれた!
僧侶(5……6体も……完全に行く手を塞がれちゃってる。逃げ道も……)
僧侶(でも、僕は前に進むんだ!)
僧侶「ぐっ!」
魔物Bの こうげき! ▼
魔物Cの こうげき! ▼
魔物Dは もえさかる火炎を はいた! ▼
僧侶「わあああっ!」
僧侶(お、落ち着くんだ。ダメージはまだ耐えられる)
僧侶(素早く振り回せば、『ひのきのぼう』も簡単には焼かれない)
僧侶(まずは一体ずつ、確実に減らしていくんだ)
僧侶の こうげき!
魔物Aに ダメージを あたえた!
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
魔物Eは ちからを ためている!
魔物Fは イオラを となえた! ▼
僧侶「ぐっ……」
僧侶「ま、まだまだ……!」
僧侶の こうげき!
魔物Aに ダメージを あたえた!
魔物Aを たおした!
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶(やっと一体……)
魔物Cの こうげき!
魔物Fは メラゾーマを となえた!
魔物Eの こうげき!
僧侶「うぐぐっ……」
魔物Dは こごえる吹雪を はいた!
魔物Bの こうげき! ▼
僧侶「ま」
僧侶「まだまだっ!」
僧侶の こうげき!
魔物Bに ダメージを あたえた!
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼ ――
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶の こうげき!
魔物Cに ダメージを あたえた!
魔物Cを たおした! ▼
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶(これで残り半分……)
魔物Eの こうげき!
僧侶は ひらりと みをかわした!
魔物Fは ラリホーを となえた!
僧侶には きかなかった!
魔物Dは もえさかる火炎を はいた!
僧侶は ダメージを受けた! ▼
僧侶(いける。もう攻撃パターンも分かってきたぞ)
僧侶(いける。行けるよ)
僧侶(勇者、僕もいま、魔王の城へ……)
僧侶のこうげき! ――
僧侶の こうげき!
魔物Fに ダメージを あたえた!
魔物Fを たおした! ▼
僧侶は 魔物のむれを たおした!
僧侶は 経験値を 獲得した! ▼
僧侶「ハァ……ハァ……げほっ、げほっ……ハァ……」
僧侶(何とか……乗り切ったぞ)
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶「……」
僧侶(休んじゃいられない)
僧侶(急ごう、勇者のもとに……)
僧侶「!」
僧侶「あ。あれは――」
僧侶(それも、魔王城にかかってる!)
僧侶(そうか、あれが)
僧侶(あれがきっと、村長さんの言ってた『魔の城へ続く道』なんだ!)
僧侶「すごい……!」
僧侶(あれなら魔王城の中まであっという間だ)
僧侶(これが北の城の国宝、オーブの力なんだ……きれいだなぁ……)
僧侶(! い、いけない、見とれてる場合じゃない!)
僧侶「急がなくちゃ!」
僧侶は かけだした!
僧侶「……」
僧侶(魔物が見当たらないな……)
僧侶(なんだか、城に近付くにつれて魔物の数が減っていってるみたいだし……)
僧侶(……ちょっと気になるけど、今は先を急ごう――)
【魔大陸>山麓】
僧侶(あれから魔物が出てこなかったおかげで、思ったよりスイスイ進めて)
僧侶(……ついに山のふもとまで着いたけど……)
ヒュオオオオォォ……
僧侶(思ったより険しい。ずっと急斜面だ。こんなの登れるのかな)
僧侶(……いや。登れるかどうかじゃない)
僧侶(登るんだ。この山を越えた先の魔王の城に、勇者たちはいるんだから)
僧侶(魔物もいないみたいだし、『ひのきのぼう』で一歩ずつ斜面を突いていけば……)
僧侶「……ん?」
僧侶「あれは?」
僧侶「……洞窟? 洞窟だ!」
僧侶(もしかしたら、山を登らずに向こう側に越えられるかも)
僧侶(でも、行き止まりだったら……ううん、そのときはそのときだ。行こう!)
――……
僧侶(……静かな場所だ)
僧侶(本当に魔王の本拠地に入ってるのかな)
僧侶(魔物の気配がまるでない)
僧侶(どうなっているんだろ)
――――……
僧侶(歩いても歩いても、何もない普通の洞窟だ)
僧侶(……でも、なんだか先に進めば進むほど、胸騒ぎを感じる)
僧侶(やっぱりこの先には、何かあるんだ)
――――――……
僧侶(……どのくらい経ったかな)
僧侶(どこまで続くんだろう。結構長いなぁ)
僧侶(山地をひとつ越えるぐらいだから、相応にかかるんだろうけど)
僧侶(……何にもないや。いったい何のために作られた洞窟なんだろ……――)
僧侶「――ん? あれは……」
僧侶(明かりだ! 奥から光が零れてる)
僧侶(やっと出口かな? 急がなきゃ……)
――
ズズズズズズズ…
僧侶「こ、これは……」
僧侶(この青白い光を放つ、地面に張り付いた不思議な渦巻きは……確か……)
僧侶「『旅のとびら』だ!」
僧侶(別の場所にある『旅のとびら』に繋がっている、ワープゾーンだ!)
僧侶(良かった、これでやっと洞窟から出られそうだ)
僧侶(……でも、どこに繋がっているんだろう。飛び込んでみないと分からないけど……)
僧侶(迷ってるヒマがもったいない。正解にしろハズレにしろ、もうここまできたら!)
僧侶「いくぞ!」
僧侶は 旅のとびらに とびこんだ!! ▼ ――――
【魔王城・屋上】
商人「ふぅ……少々長い階段でしたな……」
商人「おわっ外が暗い! 今は昼間のはずじゃあ……」
賢者「! 商人さん、階段から離れてください!」
商人「へっ? のわっち!!」
ズズズ ズー……ンン……
商人「か、階段が塞がれた……出口が……」
戦士「商人よ。覚悟を確かめ、武器を構えろ。そして」
戦士「この屋上の中央を、目を凝らしてよく見ろ」
商人「ん……あ、あれは……あの影は!!」
『…………』
勇者「魔王……!」
魔王『……』
魔王『お前が勇者か』
魔王『……』
商人「で、でかい……我々の背丈の4、5倍はありますぞ……!」
戦士「ふっ。先の側近とは比べ物にならん威圧感だ」
賢者「……頭部に被り物、全身が長い外套で覆われています。正体不明の外見……」
賢者「攻撃手段、耐性が分からない。皆さん、気をつけてください!」
勇者「うん……!」
勇者は 伝説の剣を 向けた!
勇者「魔王! お前を倒しにきたぞ!」
勇者「さぁ、最後の戦いだ!」
魔王『……』
魔王『魔族の王である』
魔王『ゆえに魔族に仇名すものは』
魔王『全て滅ぼす』
ビリビリ ビリ
勇者「くっ」
商人「うおっ」
戦士「な、何という圧力……!」
賢者「これが魔王……!」
魔王『勇者よ。余は待っておった。お前が来ることを』
魔王『今こそ我が宿命を果たすとき』
魔王『来るがいい』
魔王『余は――魔王である』
勇者「みんな、いこう!」
戦士「うおおおおっ!」
商人「アイテムはお任せくだされ!」
魔王のころもから はげしいほのおが ふきだした!
魔王のころもから こごえるふぶきが ふきだした! ▼
戦士「ぐああぁっ!!」
勇者「ブレス攻撃だ! みんな距離を取って!」
賢者「魔王の正体はドラゴン……!?」
賢者は フバーハを となえた!
勇者たちを やさしい ひかりのころもが つつみこんだ! ▼
魔王は イオナズンを となえた!
魔王は マヒャドを となえた!
パーティーは ダメージを うけた! ▼
商人「ぬわーっ!」
勇者「じゅ、呪文までっ!?」
商人は けんじゃのいしを つかった!
パーティーの キズが 回復した! ▼
賢者は ベホマラーを となえた!
パーティーの キズが 回復した! ▼
賢者「この遠距離では不利です!」
戦士「言われずとも突撃だ!」
勇者「固まっちゃだめだ! 散開して三方向から攻めよう!」
商人「ワ、ワシもですかな!?」
魔王『……』
魔王のころもから はげしいほのおが ふきだした!
パーティーは ダメージを うけた! ▼
戦士「効かん!!」
勇者「よし、左右から同時攻撃だ!」
賢者「まだ正体が分かりません、お二人とも気をつけて!」
戦士「うおおおっ!」
勇者「やああっ!」
勇者の こうげき!
戦士の こうげき!
魔王『……』
魔王のころもから 岩石の腕が とびだした!
魔王のころもから こんぼうが とびだした! ▼
勇者「えっ!?」 ガガッ
戦士「何っ!?」 ガギッ
魔王『……』
魔王のころもから つるぎの たばが とびだした! ▼
戦士「うおおおっ!?」
勇者「うわああっ!」
商人「うわっとっと危ない!」
勇者「固まっちゃ危ない!」
魔王は ベギラゴンを となえた! ▼
商人「い、いったん退きますぞ!」
賢者「皆さんご無事ですか!」
賢者は ベホマラーを となえた!
パーティーの キズが 回復した! ▼
戦士「ぬう……あれでは不用意に近づけん!」
勇者「賢者さん、さっきの魔王の攻撃は……」
賢者「ええ。私の見間違えでなければ」
賢者「勇者様の剣を受け止めたのは、岩石型の魔物の腕」
賢者「戦士殿の剣を受け止めたのは、トロル系の『こんぼう』」
賢者「そして最後の剣山は、多腕のガイコツ系の攻撃によく似ていました」
賢者「恐らく……まだ仮説ですが、魔王の正体は――」
賢者「まだ断言はできませんがとにかく、様々な魔物の特技・特徴が垣間見えます」
賢者「恐らく攻撃手段だけでなく、あらゆる耐性をも備えているでしょう」
戦士「で、では何も手がつけられないというのか?」
商人「あっ、ちょっと魔王が!」
魔王『……』
魔王は スカラを となえた!
魔王の 守備力が あがった! ▼
戦士「くっ……こちらが守りに入ったところを見計らって……」
賢者「いえ……これは攻略のヒントになりそうです!」
賢者「守備力を上げたということは、先の攻撃を警戒したということ!」
戦士「先の攻撃を? まんまと捌かれてしまったぞ」
賢者「しかし勇者様の一振りには、反撃に向かない岩石の腕だけで対処しようとしていました」
賢者「つまり、勇者様の『伝説の剣』は通用するのです!」
勇者「そうか……!」
戦士「体力のある俺が盾となって立ち回る。勇者は隙を見つけたら躊躇わず斬り込め」
商人「し、しかしそれは危険では……」
戦士「百も承知だ。だが無傷であれを倒せるとは思えん。いいな、勇者!」
勇者「うん、分かった!」
勇者「先陣は、全部戦士さんに任せるよ!」
賢者「私も隙あらば呪文で援護します!」
商人「ワ、ワシだって道具使用の合間に、この『せいぎのそろばん』で殴って――」
勇者「よしみんな、行こう!」
魔王『……』
魔王『勇者よ』
魔王『余は魔王である』
魔王は イオナズンを となえた!
魔王は マヒャドを となえた! ▼
戦士は ダメージを うけた! ▼
賢者(さすが戦士殿、足が止まらないのは流石)
賢者は ベホマを となえた!
戦士のキズが 回復した! ▼
戦士「このデカブツめ……」
戦士「俺を舐めるなァッ!!」
戦士の こうげき! ▼
魔王『……』
魔王のころもから 無数の鋭いホネが とびだした! ▼
戦士「うおおっ!?」 ガガガガッ
戦士(な……何という数! だが一手打たせた! 直後の時間差攻撃なら――!)
勇者「やああっ!!」
勇者の こうげき! ▼
魔王『!』
魔王に ダメージを あたえた!
魔王は わずかに よろめいた! ▼
勇者「あ、当たった!」
戦士「効いたようだぞ! ――うおっ!」
魔王のころもから がんせきの こぶしが とびだした! ▼
勇者「いったん離れて!」
戦士「くっ……だが、これでダメージを与える目処は立った!」
商人「うおおおっ!」
勇者「!」
商人の こうげき!
魔王の ころもから きょだいなツメが とびだした! ▼
商人「わったった! 後ろからでもダメか!」
戦士「いつの間に魔王の背後に回りこんでいたのだ。やはり商人めしたたかな奴」
賢者「しかしどこから攻撃を仕掛けても、全方向に対応できるようですね……」
魔王『……』
魔王は ベホマを となえた!
魔王の キズが 回復した! ▼
勇者「えっ!?」
商人「ちょっ、魔王のキズが治っていきますぞ!?」
戦士「……馬鹿な……これではこちらの総力でも追いつかんぞ!」
賢者「……」
賢者は バイキルトを となえた!
勇者の 攻撃力が 2倍になった! ▼
賢者「皆さん、聞いてください」
勇者「賢者さんっ」
賢者「まず魔王は、登場した場所……いや、元々いた場所から、一歩も動いていません」
賢者「これは動かないのではなく、動けないのだと思われます!」
戦士「どういうことだ?」
賢者「その柱の到達点が、ちょうど魔王の位置なのです」
賢者「魔王が本当に動けないのだとすると、柱は、例えば『根』に当たる部分――」
賢者「恐らく魔王の正体は、植物に近い存在です!」
賢者「根にあたる柱から、膨大な魔力が供給されているとみて間違いないでしょう!」
戦士「あの巨大な柱が『根』だと……? 規模のケタが違うではないか!!」
勇者「どうすればいいの!?」
賢者「『根』と本体を切り離すしかありません!」
賢者「あの目の前にいる魔王の、できるだけ下部を、真横に切断してください!」
商人「真横にって……あの要塞みたいな魔王相手にそんなことが……!」
勇者「やるよ! やるしかない!」
戦士「おおう!」
賢者「! 皆さん、魔王が!」
魔王は イオナズンを となえた!
魔王は マヒャドを となえた! ▼
商人「うびゃあ!」
勇者「固まってると危ない!」
賢者「二手に分かれましょう! 相手が動けないのならば、陣形は自由に組めます!」
商人「じゃあ今の位置的にワシと賢者殿ですかな!」
戦士「俺は勇者につく!」
勇者「お願い!」
賢者「また来ます!」
魔王のころもから はげしいほのおが ふきだした!
魔王のころもから こごえるふぶきが ふきだした! ▼
商人「逃げろォ!」
賢者「くっ。だが魔王も、こちらが2グループに分かれたことで的が絞りきれていない」
勇者「いいぞ、少しずつ攻略の糸口がつかめてきた……!」
戦士「ブレスが止んだ! 行くぞ!」
魔王のころもから ケモノの腕がつきだした! ▼
戦士「ぐっ! この豪腕はクマの魔物の……!」
勇者の こうげき!
魔王のころもは てつのかたまりに なった!
魔王は ダメージを うけない! ▼
勇者「か、硬い!? 部分的なメタル化まで!?」
賢者「お二人とも離れて!」
賢者は メラゾーマを となえた!
魔王『……!!』 ドムッ
魔王は ダメージを うけた! ▼
賢者(よし、命中した!)
賢者(この魔王が炎を扱う攻撃を取るとき、常にマントが開いていた)
賢者(つまりあの衣は、炎で燃やせる可能性がある! さぁ、正体を見せてみろ……!)
勇者「魔王の正体が……!」
魔王『お……オオ……』
グジュグジュ グジュグジュ
勇者「!」
戦士「なっ……!」
魔王のころもが もえつきた!
魔王のすがおが さらされた!
魔王の正体が あらわれた! ▼
賢者「あ、あれは……人型を為していない……!」
商人「スライム状の太い触手が、幾重にも縦に連なって脈打ってて気持ち悪いですぞ!!」
商人「……そして素顔が……顔がない!? 目も、鼻も、口もない!」
賢者「こ、これは……花? 魔王の頭部が、どす黒い花になっている!」
戦士「これが魔王の正体!?」
勇者「な、なんて禍々しい花なんだ……」
魔王『オ オオ オオ 』
ピシ ベキベキベキ
商人「!? ゆ、床が!」
賢者「根から魔力を送られています、阻止を!」
戦士「おう!」
勇者「そうだ、胴体を切り離さないと!」
戦士のこうげき!
勇者のこうげき!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった! ▼
勇者「えっ!?」
戦士「うおあっ!」
勇者「ドラゴンだ! あのうねっている身体から、ドラゴンの頭が!」
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから ―― ▼
戦士「な……どんどん増えていくぞ! 膨れ上がっていく!」
商人「……物質系……悪魔系……ゾンビ系! キリがありませんぞ!」
賢者「こ、これらはおそらく」
賢者「魔王が今まで喰らってきた魔物たち!」
賢者「魔王城内のすべての魔王軍を、この魔王は吸収し続けてきたのです!」
賢者「そして喰らったものを自在に浮き上がらせ、その特技・特徴を使いこなす……」
賢者「魔物のるつぼから成る巨大な怪奇植物。それが魔王の正体!」
戦士「馬鹿な……それでは魔王軍すべてを、一度に相手にしなければならないというのか!?」
勇者「こんなものを、世にのさばらせる訳にはいかない!」
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった! ――
商人「い、勢いが止まりませんぞ!」
賢者「やらせてはいけない!」
賢者は イオナズンを となえた!
魔物のむれに ダメージを あたえた! ▼
勇者「穴が空いた! 今のうちに――」
魔王の キズが 回復した! ▼
魔王の キズが 回復した! ▼
魔王の キズが 回復した! ▼
戦士「何だと!?」
商人「あ、あっという間に再生しましたぞ!」
勇者「こ……こんなのどうやって倒せば……」
商人「もう屋上の半分は埋まってしまいましたぞ!」
勇者「斬り込もうにも、どこから突破口を開けばいいのか……!」
戦士「も、もはや万事休すか……!?」
賢者「……皆さん」
賢者「策の整理がつきました。集まってください」
勇者「えっ?」
賢者「まず私が――」
魔王『オオオ オオオ オオオオオ オオオ オ』
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった! ▼
戦士「――そ、そんなことができるのか?」
商人「し、しかもここであのアイテムを使うのですか!?」
商人「し、しかしアレを使うなんて不安定極まりないですぞ!?」
勇者「いや、他に策は思いつけない、賢者さんを信じよう!」
戦士「時間もない、急ぐぞ!」
賢者「では配置に!」
商人「だ、大丈夫ですかな!? ええい、もうヤケクソだ!」
魔王『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔王のからだから 魔物がうかびあがった! ▼
勇者(……あの魔王を倒せるかどうか、この作戦にかかっている)
勇者(この世の人々の……平和と幸せのために……)
勇者(今こそ勇気を!)
勇者は 伝説の剣を 高くかかげた! ▼ ――
【北の城】
衛兵「国王様、見張り台よりご報告します! 虹のかかった魔王城の天辺から、怪しげな影が!」
衛兵「何やら地鳴りよう音もかすかに響いており、勇者様はただいま交戦中と思われます!」
衛兵「また城下の民も一斉に高台に押しかけ、事の趨勢を見守っている模様……」
国王「うむ……。余はつい今しがた、勇者の声が聞こえたような気がした」
国王「おそらく魔王との戦いで、正念場を迎えているのであろう」
大臣「ううむ……もし勇者たちが敗れるようなことがあれば……」
国王「心配には及ばぬ。なぜなら余は、この目で確かめた勇者を信じているからだ」
国王「我らにできることは、勇者の勝利を祈り、更になお信じること……」
衛兵「勇者様……」
兵士A「勇者様!」
兵士B「勇者様……!」
国王(勇者よ、無事に帰ってくるのだ――)
――――――――――――――――――――
【東の村>ほこら】
村長「……! 勇者様!」
村長(今まさに、魔王と戦っておられるのですな……!)
村長(『虹の橋』の先端には、もはや魔力の手ごたえを感じませぬ)
村長(恐らく魔王城から発せられている別の魔力により、橋の先端がかき消されているのでしょう)
村長(魔力の源が断ち切られれば……魔王を倒せば、恐らく妨害魔力は消え)
村長(リレミトやルーラでの脱出も可能になるでしょう)
村長(しかしこの老いぼれ、万が一にそなえ、命続く限りオーブに魔力を送り込み)
村長(『虹の橋』による帰路は残しておきますぞ!)
村長(勇者様、必ず無事に帰ってきてくだされ――!)
――――――――――――――――――――
【南の港町>露店通り】
*「! いま、誰かの声が聞こえたような……」
*「お前もか? 俺もなんか……」
*「いま何か地鳴りが……あっ! おい見ろ、魔王の城から影が伸びてるぞ!」
*「いま勇者様が戦ってるんだ! そうに違いねえ!」
*「こりゃ商売どころじゃねえや! 俺らの声を天に届けてもらおうぜ!」
*「うおおおおお勇者様、頑張れえぇッ!」
*「勇者様、私はあなたを宿屋まで案内したものです! 必ず無事に帰ってきてください!」
*「俺は勇者に貴重なアイテムを格安で譲ったんだ! 負けたら承知しねーぞ!!」
*「俺の仲間は魔王軍にやられた! もし勇者が負けちまっても、俺らが続いてやる!」
*「もしここに戻ってこれたら、この在庫の『せいすい』全部くれてやらあ!」
*「負けんじゃねえぞ! 絶対魔王の奴をぶっ倒せ!!」
*「勇者様頑張れ! 頑張れ――!」
――――――――――――――――――――
【西の町】
幼児「パパーッ!」
幼児「いま、ママのこえがきこえた!」
師範「ああ……!」
師範(我が妻が、今まさに決戦の地で戦っているのだ)
師範(勇者の手のうちにありながら、世界を守らんとするために戦っているのだ!)
幼児「ねえパパ、もしかしてママはもどってくるの?」
師範「……帰ってくる。必ず、帰ってくる」
師範「帰ってきて、また三人で幸せに暮らす日々が、始まるのだ」
幼児「ほんと!?」
師範「だからお前も……ママの無事を、勇者の勝利を信じるのだ」
幼児「ゆうしゃさま? うん、分かった! しんじる!」
師範(勇者よ! 我が最愛の妻よ! 必ず無事に帰ってくるのだぞ……!!)
――――――――――――――――――――
【魔王城・1F】
僧侶「あれ?」
僧侶「ここってお城の中?」
僧侶「ってことは魔王城の中だ!」
僧侶「やっぱりあの旅のとびらは、飛び込んで正解だったんだ!」
僧侶「おかげで、山麓から一気に魔王城にワープでき――」
僧侶「!」
僧侶「勇者!?」
僧侶(勇者の声が聞こえた気がした!)
僧侶(そうか、いま魔王と戦っているんだね)
僧侶(さっきから上の方から振動が伝わる。この上の階層で決戦が始まってるんだ!)
僧侶(今から向かって間に合うかな? いや、間に合わなくてもいい、行かなきゃ!)
僧侶(勇者! 戦士さん、商人さん、賢者さん! みんな頑張って――!)
―― ―― ―― ―― ――
【魔王城・屋上】
戦士「! ……おお……」
商人「人々の声が聞こえてくる気がしますぞ!」
賢者「四方各位から声援……激励……無事の祈願が……!」
勇者「みんなの……みんなの声が、この剣に伝わってくる」
勇者「みんな、ありがとう!」
勇者「よしっ、もう何も怖くないぞっ! やろう!」
賢者「はい! では参ります!」
魔王『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
賢者(……術士というものは魔力あってこそ。魔力が枯れれば存在価値は皆無に等しい)
賢者(ゆえに自身の意義を保つため、私の人生で数えるほどしか使わなかった呪文……)
賢者(だが今は、共に戦う仲間がいる! 為さなければならない目的がある!)
賢者のからだに すべての魔力が あつまっていく! ▼
賢者は マダンテを となえた!
ぼうそうした まりょくが ばくはつを おこす! ▼
魔王『!?』!?』?『?!』』 カッ
ドッ ドドドドドドドド ドドドドドドドッ
ドドドド ドドドドドドドドドドッ
ドドドドドドドドドドド ドドドドドドドドドッ
魔王に 大ダメージを あたえた! ▼
勇者「うわあっ! す、すごい……!」
戦士「いいぞ! 魔物の大半が消し飛んだ!」
賢者「ハァッ……ハァ……今です、商人殿!」
商人「ええい、ままよ!」
商人は 魔王に むかって 突撃した!
商人は はんにゃのめんを とりだした! ▼
商人「ワシは今だけ商人をやめるぞーっ!!」
戦士「おおう!」
魔王の キズが 回復した! ▼
魔王の キズが 回復した! ▼
魔王の キズが 回復した! ▼
賢者「や……やはり再生が早い……マダンテで決着は無理か」
賢者「だがすでに手は打ってある! 頼みましたよ、商人殿!」
商人「がってん!」
商人(この『はんにゃのめん』は、ワシの商人生命を懸けて知る限り――)
商人(間違いなく無敵の防御力を誇る! 貧弱なワシでも前線に立てるほどに!)
商人(だがその見返りに――いや、ワシはもう腹ァくくったんじゃッ!)
商人は はんにゃのめんを そうびした! ▼
商人「フ、フオオオオオオ!!」
商人は こんらんした! ▼
商人の こうげき!
商人の こうげき!
商人の こうげき! ▼
魔王『ガ ガガ ガガ』
魔物の こうげき!
ミス! 商人は ダメージを 受けない! ▼
魔物の こうげき!
ミス! 商人は ダメージを 受けない! ▼
戦士「おお。再生して浮き上がった魔物が……全て反対方向に集中している!」
勇者「裏側の陽動はうまくいってるみたい!」
戦士「魔物の数が手薄な今こそ好機! うおおおっ!」
賢者は まほうのせいすいを つかった!
賢者の 魔力が 回復した! ▼
賢者は まほうのせいすいを つかった!
賢者の 魔力が 回復した! ▼ ――
賢者「お二人とも、お気をつけて!」
戦士「あの幹の細さなら……今なら! 真横に一閃すれば切断できる!」
魔王『!?』
魔王のからだから 魔物がうかびあがった! ▼
戦士「遅いっ!」
戦士の こうげき!
魔物を たおした! ▼
戦士「今だっ、勇者!!」
勇者「うあああぁーっ!!」
勇者の こうげき!
かいしんの いちげき! ▼
魔王の からだが きりはなされた! ▼
魔王『オオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――』
魔王のからだから 魔物がうかびあがった!
魔物が 勇者に おそいかかった! ▼
勇者「うわあぁっ!」
戦士「勇者!」
勇者「早く魔王のアタマを!」
戦士「! そ、そうかっ!」
戦士「おおおおおおおおおおおっ!!」
魔王『……!!』
魔王の こうげき!
戦士は ダメージを 受けた!
魔王の こうげき!
戦士は ダメージを 受けた! ▼
戦士「効かあぁぁんんッ!!」
戦士の こうげき! ▼
戦士は 花のおくふかくに 剣をつきさした! ▼
魔王『――――――――!!』
魔王『――――――――――――――――――!!』
ビリビリ ビリ ビリビリ
戦士(な、なんという断末魔だ! 鼓膜が持たぬ!)
勇者(戦士さん!)
戦士(勇者! 無事だったか!)
賢者(戦士殿、後ろのを取り押さえてください!)
戦士(!? 後ろに何か……?)
商人「フオオオオオオオオ!!」
戦士(こいつか! よし取り押さえたぞ!)
賢者は シャナクを となえた!
はんにゃのめんは こわれて はずれた! ▼
魔王『 』
魔王『』
魔王を たおした! ▼
勇者「……音が止んだ」
戦士「切り離した部分が……萎れて動かなくなっていくぞ!」
勇者「やったの……? ついに――」
賢者「まだです!」
賢者は 魔王の 断面に 向かった! ▼
勇者「賢者さん!? いま魔力が切れているんじゃ……」
賢者「先ほどまで魔法の聖水を大量摂取していました! 魔力は全快しています!」
賢者(魔王城を突き抜ける、巨大な柱)
賢者(外からの破壊は困難でも、内側からなら……!)
賢者「離れてください!」
勇者「何をするつもり!?」
賢者「根を絶やすのです!」
賢者「これが終止符だ! 新たな未来のために……くらえええーっ!!」
賢者は マダンテを となえた! ▼
ぼうそうした まりょくが
魔王の 根に ながれこみ ばくはつを おこす! ▼
ドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドド
ドドドドドドドドドドドドドドド
賢者「かはっ……ハァ……ハァ……」
勇者「賢者さん! あんな呪文を連発するなんて……」
戦士「城全体が揺れてるぞ! ゆ、床が崩れる!」
商人「はれ? ワシはいったい……ああ魔王が城が!?」
商人「どんどん足場が無くなっていきますぞーっ!」
賢者「ハァ……ハァ……勇者様……空をっ……」
勇者「えっ? あっ!」
戦士「暗雲が晴れている! 光が見えるぞ!」
賢者「今なら……城を覆う結界もないはず……!」
勇者「そ、そっか! もうルーラが使えるんだ!」
戦士「急ぎ脱出を!」
商人「もうもちませんぞーっ!」
勇者「みんな、こっちに集まって! じゃあいくよ……」
勇者「……」
勇者「……あれ? みんな集まってるよね!?」
戦士「何を言ってる、全員いるぞ! 早くっ!!」
勇者「う、うん!」
勇者は ルーラを となえた! ▼
【魔王城・城内】
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
僧侶「!? なんだろ……城が揺れてる!」
僧侶「あっ柱が! 主柱が崩れていくぞっ」
僧侶(城が崩れてる……それに邪悪な気配も消えていってる!)
僧侶「きっと勇者が魔王に勝ったんだ!」
僧侶「やった! 世界の平和は守られたんだ!」
僧侶「やった! ばんざい! 勇者ばんざい!!」
ズズズズズズ…
ガキン バラバラバラ ガキン ガンッ
ズズズズズ…
僧侶「うあっと!」
僧侶(こ、ここも崩れ始めた!)
僧侶(僕も急いで脱出しなきゃ! 下まで引き返そう――!)
―― ―― ―― ―― ――
衛兵A「おい見ろ! 魔王の城が崩れていくぞ!」
衛兵B「きっと勇者様たちが魔王を倒したんだ!」
衛兵A「やった! やったぞ――!」
衛兵B「お、おいちょっと、何か魔王城から飛んで来てないか?」
衛兵A「!? あれは……」
ドサ ドサ ドサ ドシャッ
商人「いででっ!」
勇者「つ、着いた!」
戦士「ここは……【北の城】!」
賢者「脱出に成功したなら……この旅は終わりです!」
*「あ、あれは勇者様だ!」
*「勇者様が帰ってきたぞーっ!!」
ワイワイ
*「よくぞ……よくぞ誰一人欠けず、皆さんご無事で!」
ワイワイ
*「城が崩れていくのを見ました! 魔王は倒されたんですよね!」
ワイワイ
*「勇者様、ずっとお祈りしていました!」
ワイワイ
*「勇者ありがとう! ありがとう!」
勇者「わっ、ちょっ、ちょっと!」
商人「わっぷ! 人だかりがっ」
賢者「うっ……ただでさえ疲労の最中にあるというのに……」
戦士「ええいっ、静まれッッ!!」
*「「「!!」」」 ピタッ
戦士「道を空けよ! これから我々は、王に報告しなければならんのだ!」
*「な、何をご報告されるのですか?」
戦士「知れたこと」
戦士「魔王討伐、完了の報よ!!」
\ ワ――――――――――ッ ! /
【北の城・王の間】
兵士「国王様! ただいま勇者一行が帰還したとの報が!」
*「おおっ……!」 ザワザワ
国王「それは一時撤退か? それとも……」
兵士「はいっ! 戦士殿の言によりますと」
兵士「無事に魔王を討伐したとのことです!」
*「「オオオオッ!!」」 ワアアッ
国王「おお。成し遂げてくれたか……!」
大臣「ま、まことなのか……今日から、魔物軍の脅威に怯えずともよいのか……」
国王「これで我が妃も、自由に外を出歩くことができよう……!」
兵士「見張り台からの報告では、魔王城の陥落まで確認されました!」
兵士「そしてただいま勇者一行は、この王の間に向かっているとのことです!」
国王「戦の後で疲れも溜まっておることだろう。くれぐれも丁重にもてなすがよい」
兵士「ははっ!」
兵士A「勇者様、ありがとうございます!」
兵士B「戦士様、良くぞご無事で!」
戦士「国王様に御注進である! 控えよ、控えよ!」
勇者「すごい……あっという間に広まってる」
賢者「城下町の民は、高台から魔王城の様子を窺っていたようですね」
商人「早く国王への報告を済ませましょうぞ! 商魂がうずいて仕方ありませんわ!」
戦士「不謹慎な奴め、そこまで商売が大事か」
商人「商人から商いを取ってしまえばただの人ですぞっ!」
勇者「はは、何ソレ」
勇者(……本当に、終わったんだなぁ)
勇者(本当に、魔王との決戦に勝って……これからボクたちの平和が始まるんだな……)
賢者「勇者様、いかがされました?」
勇者「えっ? わっ、ちょっと顔近いよっ、もう!」
賢者「ふふっ、これは失礼しました」
――
勇者「王様、ただいま戻りました!」
国王「うむ。勇者よ、よくぞ帰ってきた」
国王「伝令にてすでに顛末は知り得ておるが、改めてそちの口から報を聞かせてもらおう」
勇者「はいっ! ええっと……正しい口上を知りませんが、とにかく」
勇者「この伝説の剣にて、魔王は討ち果たされました!」
\ ワ――――――――――ッ ! /
国王「静粛に! ……勇者よ、よくやってくれた」
国王「そちの働きは、我が国の歴史に、永劫刻まれることであろう」
勇者「ありがとうございます。でも――」
勇者「魔王にとどめの一撃を与えたのは、戦士さんです」
戦士「!」
勇者「魔王城を落としたのも、賢者さんの大呪文によるものなんです」
賢者「勇者様……」
商人「おおっ、忘れられてると思いましたぞっ」
勇者「この旅で無事に魔王を倒せたのも、全ては仲間がいてくれたからです。だから……」
勇者「どうかボクだけでなく、ボクの仲間も、等分に労ってください」
国王「おう。何という謙虚さよ」
国王「良かろう。連れの三名にも、存分に慰労を、そして褒章を賜ろうぞ!」
勇者「ありがとうございます」
国王「して、他に望みはあるか? 余にできることならば、何事でも聞き届けよう!」
勇者「えっ……と、それじゃあ」
勇者「パーティーを休ませてあげてくれませんか?」
勇者「魔王との戦いを終えたばかりで、ボク達クタクタで……」
国王「おう、それは済まなかった。ただちに休息を与えよう」
国王「……しかし申し訳ないが、その前に一つだけやって欲しいことがある」
国王「お主たちを待ち侘びていた者は、余だけではないのでな――」
勇者「えっ? ……ああ!」
勇者「わぁ……すごい群集!」
商人「うひょー大迫力ですな!」
戦士「おお……全ての視線が、こちらに向けられている……」
賢者「歓びの声で溢れ返っている……凄まじいカリスマですね、勇者様」
勇者「ええっ、ちょっと緊張するなぁ。戦士さんに代わって欲しいよ」
戦士「馬鹿を言うな。主役はあくまで勇者、お前一人だ」
賢者「何も緊張することはありませんよ。言葉を発したとて、聞こえはしません」
商人「前に出て、構えを取るだけで良いのですぞ!」
勇者「……分かったよ。それじゃあ」
勇者は 群集の前に すすみでた!
勇者は 伝説の剣を ぬきはなち――
そらたかく かかげた!
▼
【魔王城・B1F】
僧侶「いてて……」
僧侶(やっと揺れが収まった……)
僧侶(それにしてもよく助かったなぁ、僕。持ち物も全部無事だったし)
僧侶(途中で放り出されて、あちこち振り回されて、転がって……)
僧侶(あ、でも、まだ助かったわけじゃないか)
僧侶(あっちこっち瓦礫の山で道が塞がってる。もうこの城からは出られないかも……)
僧侶(勇者たちは、ちゃんと脱出できたかな)
僧侶(そうだ、勇者は魔王を倒したんだった!)
僧侶(良かったなぁ、ホントに良かった。勇者は、見事平和な世の中を取り戻したんだよ)
僧侶(それに比べて僕はダメだなあ)
僧侶(ここまで駆けつけときながら、結局何の役にも立てずに右往左往だよ)
僧侶「よっと」 パッ パッ
僧侶「とにかく、出口を探さなきゃ」 ――
僧侶「ふう。ダメだ。出れない」
僧侶(どこも通路が崩れちゃって先に進めないや)
僧侶(残ったのは……)
ヒュオオオオオ…
僧侶(この……地下へ続く、長い階段だけかぁ)
僧侶(偶然見つけたけど、これ、きっと隠し階段だよね。狭いし、暗いし)
僧侶(城壁が崩れた影響で、階段口が表に晒されちゃったんだ)
僧侶(気は進まないけど……僕がこの城から出るには、降りるしかないか)
僧侶(この先に、外に繋がる『旅のとびら』があることを期待して……)
僧侶(外に……出て……)
僧侶(……)
僧侶(まあ後のことはいいや。今はとにかくここを降りてみよう)
カツーン カツーン カツーン カツーン カツーン ……
――カツーン カツーン カツーン カツーン カツーン
僧侶(結構長いなぁ……先も暗くてよく見えないし……)
・ カツーン
・ カツーン
・ カツーン
【魔王城・B20F】
僧侶(大きならせん状になってる……いったいどこまで続くんだろう)
・ カツーン
・ カツーン
・ カツーン
【魔王城・B50F】
僧侶「――ちょ、ちょっと休憩」
僧侶(まさかこんなに長いなんて……もう、何階分ぐらい降りたんだろ……)
僧侶(行き止まりが待ってたら、心が折れそうだな)
僧侶(ううん、僕は簡単に折れないぞ。何たって僕はこの、『ひのきのぼう』なんだから)
僧侶「……よし、休憩終わり! 行こう!」
【魔王城・B75F】
――カツーン カツーン カツーン カツーン カツーン
僧侶(……階段を降り始めて、何時間くらい経ったかな)
僧侶(今ごろ勇者は、王様に会って、町の人たちから祝福されてるのかな)
僧侶(僕もその中に混じって、勇者たちみんなを労いたかったな)
僧侶(『おめでとう』『おつかれさま』『ありがとう』。かけたい言葉は盛りだくさんだ)
僧侶(でも僕は追放されちゃったから、もう城下町には入れないんだ)
僧侶(……だから勇者に会うチャンスは、もうここ、魔王城しかなかったけど……)
僧侶(間に合わなかったなぁ。急いだんだけど、仕方ないよね)
僧侶(ううん、僕が出しゃばったら、かえって皆を危険な目に合わせたのかもしれない)
僧侶(魔王は倒されたんだ。ってことはつまり、僕が間に合わなくて良かったんだ)
僧侶(僕って肝心なところでドジ踏んじゃったり、運が悪かったりするけど)
僧侶(今回だけは運が良かった。最後に間違えなくて、よかったよかった)
カツーン カツーン カツーン カツーン カツーン ――
――
僧侶(うーん……行けども行けども、同じ風景ばかり)
僧侶(そろそろ疲れてきたかも……ん?)
僧侶「あっ!」
僧侶(明かりだ! しかもこの青白い明かりは……!)
ズズズズズズズズズ……
僧侶「やっぱり!」
僧侶「『旅のとびら』だ!」
僧侶(やっぱり抜け道はあったんだ。ここまで降りてきた甲斐があったよ)
僧侶(……でも)
僧侶(こんな地下深くにあるなんて……一体どこに繋がってるんだろ)
僧侶(ううん、ここまで来たら、どのみち僕に選択肢はないんだ)
僧侶「……行こう!」
僧侶は 旅のとびらに 飛び込んだ! ―― ▼
――――
――――――
僧侶「うわああっ!」
ドシャッ
僧侶「いてて……」
【??の間】
僧侶(腰を打っちゃったよ……とびらの先が底抜けになってたなんて……)
僧侶「……あれ? ここは?」
僧侶(外じゃないな。まだ室内みたいだけど)
僧侶(……やけに広い……?)
**『何者だ』
僧侶「!?」
僧侶(その前に、何かが座っている!)
僧侶(あれは……魔導師系の魔物?)
僧侶(ローブに覆われてて、顔がみえないけど……)
僧侶(いま思念波で話しかけてきたのは、あの魔物?)
**『何者だと問うておる』
僧侶「! 僕は」
僧侶「僕は僧侶。ここには、迷った果てに行き着いたよ」
**『僧侶? 人間か!?』
**『なぜ人間がこのような場所に』
**の そばに 二つの 赤い水晶が 浮かび上がった! ▼
僧侶「!」
僧侶(何をする気だ……?)
**『……なるほど』
**『ここへは、確かに偶然迷い込んできたようだな』
僧侶「!」
僧侶「お前はいったい――」
**『!? 南の陸地から渡ってきたのか!?』
**『あそこには、魔王軍の精鋭を配置していたはずだが……』
**『出し抜かれたというのか……こんな小僧一人に……』
僧侶「!」
僧侶(僕の過去が見通されてる? しかも魔王軍ってことは、やっぱり敵?)
僧侶(とにかく、このままやらせたらまずい気がする)
僧侶「お前は!」
僧侶「お前は一体、何者なんだ。僕はちゃんと名乗ったよ」
**『……良かろう、他に聞く者もなし……人の子よ、傾聴するが良い。我こそは』
**『我こそは、真なる魔王である』
僧侶「だって魔王は、勇者が倒したはずだよ!」
**『それは誤りではない。確かに魔王は最上階での決戦にて、勇者に敗れた』
僧侶「……魔王は、二人いたってこと?」
**『是とも否ともいえる。ただ真なる魔王は、我にして唯一』
**『我の他に魔王と称されるものがあったとて、それは虚偽なる写し身に過ぎぬ』
僧侶「じゃあ、勇者が倒した魔王は、偽物だっていうの?」
**『いかにも。あの魔王は、長きに渡る時を経て、我が育んだ究極の生物』
**『幾多の同胞を糧とし、驚天動地の成長を遂げた我が軍の切り札――その名は「魔界樹」である』
僧侶「『まかいじゅ』……? でも魔界樹って、『じんめんじゅ』の上位亜種じゃ……」
**『左様な下等の魔物とは別種のものだ。そも、規模の桁が数段異なる』
**『あの魔界樹は数十年前、我みずからの手で種子より育て上げたものだ』
僧侶「魔王が偽物の魔王を育てる? いったいどういう……」
**『……ククク……退屈しのぎには丁度よい。一幕の下りに人の子と語らうも、また一興』
**『良かろう。貴様には、全てを話してやろう――』
**『すなわち数多の過去、そして真実を見通す、赤き眼睛である』
僧侶「真実を見通す……眼?」
僧侶(僕がここに来るまでの経緯がバレたからには、本当にそんなものがあるんだ……)
**『さて――これまでの魔族が世の征服に失敗している以上、我も同じ轍を踏む訳にはいかぬ』
**『我は世を支配するに当たりまず、先代、先々代の過去を覗き込んだ』
**『すると滑稽なまでに、ほぼ同じ経過を辿っていることが分かった』
**『天の導きによって人の中から「勇者」が定められ、その者に魔王が討ち果たされる、とな』
僧侶「……」
**『魔族は……いかなる強大な力を持とうとも、どれだけ魔王軍を拡大しようとも』
**『終極には必ず、伝説の武具をまとった勇者に討たれる』
**『魔族の歴史は物語っていた。天の定めし勇者に、魔王は決して勝てぬと』
**『矜持を重んじる我にしてみれば到底受け入れ難い、非情な史実であった』
**『宿願を成すためには、勇者と真正面から衝突しては敵わぬ。……叶わぬ――』
**『我は歳月をかけて考えあぐねた挙げ句……一つの方策にたどり着いた』
**『我自身の代わりを立てれば、因習を断ち切るきっかけになるのではないか』
**『偽の魔王を勇者に討たせれば、定めを歪ませるができるのではないか――』
僧侶「……そのニセの魔王っていうのが」
**『そう。件の「魔界樹」である』
**『天を欺くほどの力を持つ、新たな魔王を創造する。我はこの壮大なる計画を実現するために』
**『従来の魔王のように自身を高めることも、魔王軍を増強することも捨て』
**『「魔界樹」の種を育て上げることに、多くの資と時を費やした』
**『この、天界の目の届かぬ、地の果てでな』
僧侶「……」
**『――時は流れ、我はついに「魔界樹の花」を咲かせることに成功した』
**『もはや言語を発し、呪文も行使できる。魔界樹は成熟相当の力を得ていた』
**『我はこれを以て契機とし、この「魔界樹の花」を魔王に見立て、地上に芽吹かせた』
僧侶「……でも、その魔界樹は勇者に倒された」
**『ククク……あわよくばといった、多少の自信はあったのだがな』
**『かくして、魔王が勇者に討伐せしめられる慣習は、成立したのだからな』
**『そして、我はここに在る。すなわち天界の目は誤魔化せたということだ』
僧侶「! で、でも」
僧侶「苦労して育てた魔界樹は、もう勇者に倒されたんだから……」
**『魔界樹はまだ滅んではおらぬ』
僧侶「!!」
**『……この魔王城の主柱は、魔界樹の一部であった』
**『その主柱は勇者らによって崩され、魔王城陥落を招いたが――』
**『柱の内側に伸びていた物は、魔界樹の「幹」である』
**『本体である「根」は、今もなお脈打っている。根ある限り、魔界樹は幾度となく再生する』
僧侶「……そんな……」
**『なお魔界樹には、優れた学習能力がある』
**『一度勇者と戦った記憶は、先刻、魔界樹の「根」に深く刻みこまれた』
**『我の知る限り「魔界樹」は、同じ相手に二度遅れを取ったことはない――』
**『我による手も施せば、次にその花が咲くまで……五年とかからぬ』
僧侶「!」
**『五年の後。魔界樹は最強の魔物となりて、再び地上に顕現する』
**『その際には、温存していた我が魔王軍も、魔界より一斉蜂起する』
**『その時こそ人間共は終焉を迎え、我が魔族の完全支配が実現するのだ』
僧侶「五年……たったの五年……」
**『ククク。丁度よい頃合であろう』
**『一時の平和に耽り、幸福の絶頂を迎え、魔族の脅威を忘れかけた人間共を』
**『唐突に闇に包み、ふたたび絶望の淵に落とし込むには、ほどよい年限だ』
**『特に勇者は、小娘であったことが大きい』
**『五年も経てば、何者かと結ばれれておるやもしれぬ』
**『子宝でも儲けていようものなら、確実に全盛より劣っていよう……』
**『ククク……その折は絶望の味もひとしおというもの……』
僧侶「そんなことはさせない」
僧侶「話は分かったよ」
僧侶「僕は、僕にできることをする」
**『ほう? ここに至り、何を目指すというのだ』
僧侶「みんなに伝えるんだ」
僧侶「ここから地上に出て、勇者に、まだ戦いが終わってないことを伝えるんだ」
**『ククク……添えておくが』
**『貴様が最後に通った「旅のとびら」は、片道限り。ここから逃れることはできんぞ』
僧侶「まだ道は残されてる。お前の、後ろにある扉だ」
**『ほう。仮にこの先が行き止まりであれば、どうする』
僧侶「それでも、ここから外へ出る方法を手当たり次第に調べて」
僧侶「それでも無理なら、上に穴を掘ってでも抜け出すんだ」
**『……ククク……ハッハッハッ』
**『面白いことをのたまう小僧だ。実に興味深い』
**『我が配下に加わらぬか?』
僧侶「えっ」
**『貴様が相応の力を持っていることは分かっておる』
**『その貧相極まりない武装で、その足で毒沼を伝い、ただ一人ここまで辿りついたのだ』
**『さらにあの地点には、地上への先遣隊の本隊を配置していた』
**『勇者共の誘い水も兼ねた、猛者揃いだ。それを単騎で破る人間など、そうそうおるまい』
僧侶「……やっぱりあの陸路は……」
**『ククク……察しも良いようだな。なお気に入ったぞ』
**『いかにも。あの港町に続く路は、我が故意に敷いたものだ』
**『当然、魔王軍が本格的に大陸へ侵攻するための足がかりでもあるが――』
**『知っての通り、あの毒沼の道の果てには、我が居城へと続く「旅のとびら」がある』
**『これは万一、勇者たちがこの城に辿り付けなかった際の、保険の意味で設けたものだ』
**『勇者たちには、この時機に「魔王を討伐する」役回りを為してもらいたかったゆえにな』
**『クク……まさか一人で乗り込むような強靭、かつ酔狂な人間がいるとは思わなかったが』
**『小僧よ、いま一度問う。我が配下に加わらぬか?』
**『その歳であれば、将来、我が側近の候補に選ばれるのも夢ではない』
**『その際は――』
**『地上世界の半分をくれてやろう』
僧侶「……!」
**『軽口ではないぞ。五年後には必ず、地上は魔族の物となる』
**『与えられた地の支配者となれば、目に映るもの全ては思いのままだ』
**『名誉も栄光も。金銀財宝も。愛しき者も何もかも、全ては貴様の自由』
**『貴様はここで生まれ変わり、新たな生涯を得るのだ。どうだ? 悪い話ではなかろう』
僧侶「悪い話だよ」
**『ほう?』
僧侶「それだと、みんなが幸せになれない」
僧侶「僕だって、絶対に幸せになれない――」
**『ククク……その口はいささか軽率ではないか? 自身のこれまでの旅路を鑑みてみよ』
僧侶「!」
**『いたる所で煙たがられ、冤罪をこうむり、重ね重ね憂き目に遭う』
**『貴様自身が気付かなかった欺瞞や悪意も、数えきれぬほど見受けられた』
**『畢竟、貴様は自らの居場所を失い……最後の理解者までも失うこととなった』
僧侶「……」
**『貴様が味方しようとしている人間共は、貴様に何を施した?』
**『貴様が守ろうとしている世界は、貴様に何を報いた?』
**『貴様が仮に、これから為そうとしていることを為したとて――』
**『どれだけの見返りが得られるというのだ?』
**『貴様自身の「未来」はそこにあるのか?』
僧侶「……」
**『さて、それらを踏まえた上で問おう。これが最後の機会だ』
**『我の配下に加わらぬか?』
僧侶「…………」
**『……何を迷う必要がある?』
**『先行きを見定めれば、おのずと賢明な判断は――』
僧侶「うん。僕の答えは変わらないんだ」
僧侶「その申し出を『断る』っていう答えは」
**『!』
僧侶「でも、その理由がはっきりしなくって」
僧侶「僕はなんのために、人間の側につくのかなって」
僧侶「それをずっと考えていたんだけど……」
僧侶「昔のことを思い出して、何となく分かったよ」
僧侶「僕がまだ小さかった頃、神父さんに連れられて散歩に行ったことがあるんだけど」
僧侶「お日様がぽかぽかしてて、風が気持ちよくて、とっても楽しかったんだ」
**『……?』
僧侶「他にも、美味しいものを食べたり、綺麗な風景を見たり」
僧侶「勉強も呪文の鍛錬も自由にできて、勇者と楽しくおしゃべりしたりして――」
僧侶「そりゃあこの旅で、すれ違いや残念なことも、悲しいこともたくさんあったよ」
僧侶「でも、そういうのも引っくるめて、僕はこの世界が好きなんだ」
僧侶「色んな事を教えてくれて、時に目一杯の幸せを感じさせてくれる、この世界が好き」
僧侶「だから僕は、この世界のために、僕にできることをしたい」
僧侶「だから僕は、戦うよ」
**『……』
**『ならば交渉決裂だな』
**『少しは利口だと思っていたが、常軌を逸するまでに奇人であったようだ』
**『さて……』
**『いま貴様は、「戦う」という語を漏らしたようだが』
**『それが何を意味するのか、理解した上での放言なのだろうな』
僧侶「できれば僕も、無用な争いはしたくないよ。稽古は好きだけど、実際に傷つけ合うのは嫌い」
僧侶「この旅だって、無意味な殺生はしなかったつもりだし、これからもしないつもりだけど」
僧侶「……お前が、僕をすんなり外に出してくれるとは思えないから」
**『敵対が明確になったことは元より』
**『貴様がこの先の扉に押し入るというなら、我は阻止しなければならぬ』
僧侶「……」 グッ
**『さて……ところで我は、先刻勇者と相まみえた傷が癒えておらぬ』
**『またあの場から離脱することに、並ならぬ魔力を費やしてしまった』
僧侶「えっ? 勇者と戦ったって?」
**『そうだ』
**『計画が水泡に帰す危険を冒してまで、勇者の前に姿を晒したのは』
**『あの一行の素性を、この目で確かめてみたかったためだ』
**『伝説の武具の威力は、いかなるものであるのか』
**『我を打ち滅ぼそうとする輩とは、どのような顔つきをしているのか』
**『諸々の事情を兼ね、我は勇者共の前に現れた』
**『そして我は……やはり人間は下らぬ存在だと悟った上で、彼奴らに挑み……』
**『ろくに勇者共の戦力を削ぐことも叶わず、敗れ去った!』
**『我が、寸での場面で矜持を押し殺し、情に駆られなかったためだ』
**の ずじょうに
一対の赤い水晶が ならんだ! ▼
僧侶(! 眼が……浮かんでる……!?)
**『先に述べたように、今の我は困憊しており、魔力も枯渇寸前にある』
**『この姿で戦うとなれば、貴様如きにさえ、遅れを取りかねぬ』
**『ゆえに貴様を葬るには、不本意極まりなくも全霊を尽くすが必然となる』
**『絶望せよ。我の寛大なる招聘を拒んだこと』
**『その目、その耳、その身をもって悔いるがいい――』
僧侶(来る……!)
赤い水晶が あやしいひかりを はなった!
**は ドラゴラムを となえた!! ▼
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
僧侶(! ローブが千切れて……影が伸びていく……!)
僧侶(大きい……どんどん膨れ上がっていく!)
僧侶(どんどん……膨れて……)
僧侶(……あ……ああ……)
僧侶(大き――)
*「『グオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!』」
ビリビリビリ ビリビリビリビリ ピシッ
ビリビリ ビリ
ピシッ ビリビリ ビリビリビリ
竜王が あらわれた!! ▼
竜王『おろかものめ』
竜王『おもいしるがよい』
僧侶「!」
僧侶は フバーハを となえた!
僧侶を やさしい ひかりのころもが つつみこんだ! ▼
竜王は もえさかるかえんを はきだした!
僧侶は 大ダメージを うけた! ▼
僧侶「うわああッ!」
僧侶(フバーハで軽減したのに、なんて火力!)
僧侶(――今まで戦ってきたドラゴンの魔物とは、大きさも強さも、まるきり次元が違う!)
僧侶(自身の強化を捨ておいてこれだけの力を! これが真の魔王――!)
竜王『グルルルル……』シュウウ…
僧侶「でも僕は……戦うんだ!」
竜王『むしろ力が漲ってくるわ……もはや何物も恐れはしない』
僧侶「やあああっ!」
竜王『む?』
僧侶の こうげき!
ミス! 竜王は ダメージをうけない! ▼
竜王『なんだそれは?』
竜王は 僧侶を けりとばした!
僧侶は ダメージを うけた! ▼
僧侶「うわあっ!」 ドシャッ ゴロゴロゴロ
竜王『何かを秘めているとでも思っていたが……まさかその得物は、本当にただの棒なのか?』
竜王『見たままに突いてくるとは、我への侮辱を通り越して呆れて果てるわ。ククク……』
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶「まだ……戦いは始まったばかりだ!」
僧侶の すばやさが あがった!
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
竜王『この歴然たる差を前にしてなお、我に楯突くというのか』
竜王『ククク……狂気も度が過ぎれば興があるものよ』
竜王『来るがよい』
僧侶「やああっ!」
僧侶の こうげき!
竜王に 1のダメージを あたえた! ▼
竜王『かゆい』
竜王の こうげき!
僧侶は ひらりと みを かわした! ▼
竜王『ほう、ピオリムか。なかなか見物だ。ククク……そら!』
竜王の こうげき!
竜王の こうげき! ▼
僧侶(この竜王は、他のドラゴンと違って二足歩行)
僧侶(大きいのに小回りが利くし、攻撃を急所にも当てづらい)
僧侶(だからまず……四つんばいに這わせなきゃ!)
僧侶(となると最初に狙うべき部位は……重心のかかっている、足!)
僧侶の こうげき!
竜王に 1のダメージを あたえた! ▼
竜王『効かぬ!』
竜王は もえさかるかえんを はきだした!
僧侶は ダメージを 受けた! ▼
僧侶の こうげき!
竜王に 1のダメージを あたえた! ▼
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
竜王『ほう……?』
竜王『なるほど。その軽装ならではの特技か』
竜王『確かに回復の合間に攻撃も可能なれば、防戦一方にもならぬ』
竜王『これまで貴様が、数々の不利な戦いに勝利してきた要因は、そこにあるか』
僧侶(そ、そこまで見破られた?)
竜王『だが、分かっておろうな』
竜王『その攻撃も、相手に通じなければ何の意味も持たない』
竜王『無闇に回復し続ければ、徒に魔力を消費するばかり。その魔力もいつかは果てる』
僧侶「……」
竜王『僧侶である貴様が、我に傷を負わせる手段があるとすれば、ただ一つ』
竜王『その生命を賭した自爆呪文――メガンテのみ』
竜王『だが我は早々に、貴様の持ち札をすべて見透かしておる』
僧侶「……!」
竜王『回復呪文、補助呪文、蘇生呪文、バギ系呪文――これだけだ』
竜王『貴様は、我が唯一警戒に値する呪文、「メガンテ」を習得してはおらん!!』
竜王『あまつさえ武装といえるものは、凡愚なる蛮人のそれと何ら遜色もない』
竜王『貴様には勝機どころか、一矢報いることすら奇跡と呼べよう』
僧侶「……」
竜王『そして、大魔王からは逃げられぬ。もとより逃げ場もない』
竜王『この【竜王の間】が、貴様の終焉の地である』
竜王『絶望せよ』
僧侶「……」
僧侶「しないよ」
僧侶「僕は最後の最後まで、自分ができることをやるんだ」
竜王『――ここまで説き伏せて、まだ抗うか?』
竜王『よかろう。そろそろ興も醒めてきた』
竜王『朽ち果てるが良い』
僧侶の こうげき!
僧侶は スカラを となえた!
竜王の こうげき!
竜王は もえさかるかえんを はきだした!
僧侶の こうげき!
僧侶の こうげき!
竜王は 尾を たたきつけた!
竜王は はげしいほのおを はきだした!
僧侶の こうげき!
僧侶は ベホマを となえた!
竜王の こうげき!
僧侶の フバーハの 効果が きれた!
僧侶の こうげき!
僧侶は フバーハを となえた!
竜王は はげしいほのおを はきだした!
僧侶は こうげき!
僧侶は ピオリムを となえた!
――
竜王(見かけよりも丈夫なことよ。予想に反して粘りおる)
竜王(致命的な一撃を加えても、二撃目の直前、回復呪文で生傷を癒されてしまう)
竜王(しかも呪文の度に費やしているはずの魔力も、まるで底が見えぬ)
竜王(一体その身に、どれだけの歳月の瞑想、精神修養をかけたというのだ……)
僧侶の こうげき!
竜王に 1のダメージを あたえた! ▼
竜王(ククク。だが)
竜王(いかに持久戦に持ち込もうとも、攻撃手段がただ棒を突くだけではな)
僧侶の こうげき!
竜王に 3のダメージを あたえた! ▼
竜王(!?)
竜王(左脚に違和感が――)
僧侶の こうげき!
竜王(こ、こやつ!)
竜王(一点を集中して攻撃している……!?)
僧侶の こうげき!
竜王に 5のダメージを あたえた! ▼
竜王『グオオオオッ!!』
僧侶「うわっ! ぐうっ……!」
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶「ハァ……ハァ……よし……」
僧侶(つま先にヒビが入ってきた。もう一息だっ)
僧侶の こうげき! ▼
竜王(……我を足元から切り崩そうというのか)
竜王(馬鹿な。この小僧は、本気で我を討つつもりでいるのか?)
竜王の こうげき!
僧侶は ダメージを うけた!
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶のキズが 回復した! ▼ ――
僧侶の こうげき!
竜王に 8のダメージを あたえた! ▼
竜王『グオオオッ!?』
……ズシン…
僧侶(! 片ひざをついた!?)
竜王『クッ……思い上がるな! 躓いたに過ぎん!』
竜王は たちあがった!
竜王の こうげき!
僧侶は ダメージを うけた!
僧侶「うわあっ!」 ベシャッ ドサッ
僧侶「……ハァ……ハァ……も、もう少しだ……」
僧侶は ベホマをとなえた!
しかし MPがたりない! ▼
僧侶「!?」
竜王『むっ! ククク……ついにその時が来たようだな』
僧侶「僕にはこの、『まほうのせいすい』がある」
僧侶(本当は勇者に渡したかったけど、もう勇者はここにはいない)
僧侶(ここで無駄になるぐらいなら、僕が使う!)
僧侶(少しだけでも魔力を回復して……僕にできることをまっすぐ貫くんだ!)
僧侶(この『ひのきのぼう』のように!)
竜王「させん!」
竜王は よこなぐりに 尾を たたきつけた!
僧侶は 吹き飛び かべにたたきつけられた! ▼
僧侶「かっは! げぼっ」
竜王(直撃した! 手ごたえあり!)
竜王(……!? まだ息があるのか!?)
僧侶「うぐ……まだ……」
僧侶は エルフののみぐすりを のみほした! ▼
僧侶「あれ?」
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが 回復した! ▼
僧侶(身体に魔力が満ちてくる……!)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶は ピオリムを となえた!
僧侶は フバーハを となえた! ▼
竜王(……エルフの飲み薬!? そのような希少なアイテムを持っていようとは)
竜王(迂闊だった。奴の所持品にまでは、眼を通していなかったか)
竜王(だが……どうやら他の道具は何も持っていないようだな)
竜王(残った物は、粗末な衣服に、革製の帽子に……ヒノキの棒)
竜王(ふん、手間をかけたことすら下らぬ。何ら恐るるに足らんではないか)
僧侶「まだ……まだまだ行ける! 行くぞっ、竜王!」 ヒュッ ヒュッ ピッ
竜王(恐るるに……足らん!!) ――
僧侶の こうげき! ▼
ホマをとなえた!
ーハの こうかが きれた!
――――――
王の こうげき! ▼
のおをはきだした!
をたたきつけた!
――――
の こうげき!
うげき!
――
竜王(もう)
竜王(どれほどの時が経った)
竜王(なぜ)
竜王(こやつは倒れん)
僧侶「ハァ……ハァ……やああっ!」
竜王(心身に溜まる疲労は限界のはずだ)
僧侶の こうげき!
竜王に 5のダメージを あたえた! ▼
竜王(それがなぜ幾度も立ち上がり、向かってくる。勝ち目がないにも関わらず――)
僧侶「やああっ!」
竜王に 3のダメージを あたえた! ▼
竜王(一体何が)
竜王(この小僧をここまで駆り立てるのだ)
竜王(この小僧を突き動かしている『欲』は何なのだ)
竜王(知りたい。知らねばならぬ)
僧侶(……動きが鈍くなった?)
僧侶(! 赤い眼が光ってる!)
僧侶(僕の……情報を探ろうとしている……?)
竜王(名誉も金も、愛すら求めてはいない)
竜王(……信じられぬ……この小僧は俗世に塗れながら)
竜王(『欲』が……ないに等しい)
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼
竜王(先刻この小僧は、自身は『満ち足りている』と口走ったが)
竜王(決して虚言ではなかった。この小僧は、その恵まれぬ境遇の中で……)
竜王(あらゆることに満足し、とりとめのない些事に幸福を覚えてきたのだ)
僧侶は ピオリムを となえた!
僧侶の すばやさが あがった! ▼
竜王(そして……愚直に、己の信ずる道を歩んできた)
竜王(後先も考えず、ただ愚直を貫き……)
竜王(こうして今、我の前に立っている)
僧侶は フバーハを となえた!
僧侶を やさしい ひかりのころもが つつみこんだ! ▼
竜王(世の平和秩序のためなどといった、特別な大義を負っているわけではない)
竜王(盲目的な義務感、傀儡的な使命感を抱いているわけでもない)
竜王(この絶望的な状況から、自暴自棄になっているわけでもない)
僧侶「……よし」
竜王(こやつは)
竜王(自身の意志で、ただこの場にて『良かれ』と感ずる行為を推し進めているに過ぎん)
竜王(先々の帰結を主体としておらぬのだ。重きを置くは、むしろ眼前の指針)
竜王(奴の胸中は当面、『勇者に真実を伝える』のみに在り、他意はまるで何もない)
竜王(『良かれ』と思い、目標を逐一見定め、それに向け愚直に走っているに過ぎん。愚直に……)
竜王『ならば、その気骨をへし折るまでよ』
僧侶「!」
竜王『聞くがいい、小僧よ。貴様の為そうとしていることは決して叶わぬのだ。なぜなら――』
僧侶「……えっ?」
竜王『この扉の先は【魔界樹の間】』
竜王『いくら探り歩いても、魔界樹の「根」の他には何もない』
竜王『そしてこの空間は、【竜王の間】と【魔界樹の間】のみで構成されておる』
竜王『階段も抜け道も皆無にして、当然呪文での脱出も不可能』
竜王『「旅のとびら」を閉ざしてしまえば、生身の人間が抜け出す手段はない』
竜王『また、我がこの姿で戦うことを基準としたつくりのために、外壁は超硬度を誇る』
竜王『此処からの脱出も、外部からも侵入も不可能。貴様は完全に孤立しているのだ』
僧侶「……」
竜王『さぁ、己の行動の無意味さを悟ったであろう』
竜王『貴様は人間にしては度を過ぎるほどに、よく戦った』
竜王『幾多の障害にも屈せず、自らの理念を貫いたのだ。ここまで、よくも戦った』
竜王『もう十分であろう。安心して眠りにつくがよい――』
僧侶「…………」
僧侶「ありがとう」
竜王『!?』
僧侶「お前は僕のことを分かってくれた、最後の理解者だよ」
僧侶「こんな僕を分かってくれて、ありがとう。これだけを、死ぬ前に言っておきたかった」
竜王『ふっ……心の整理がついたようだな。良かろう』
竜王『その潔さに免じ、最期は一思いに楽にしてやろう……』
僧侶「違うよ。死ぬ前にっていうのは、『僕が』だけじゃない。お前もだよ」
竜王『……何?』
僧侶「ここから出られないんなら、目的を変える」
僧侶「お前と、魔界樹を倒す」
竜王『!?』
僧侶「倒すのは無理だったとしても、手負いにする」
僧侶「少しでも、後に戦う勇者たちが楽になるように」
竜王『な、何だと……!?』
竜王『やはりお前のやろうとしていることは、無意味徒労――』
僧侶「お前はそうかもしれないけど」
僧侶「魔界樹は勝手が違うかもしれない」
竜王『!』
僧侶「最初からもしかしたら、って思ってたんだ」
僧侶「僕を頑なに、扉の先――【魔界樹の間】に通させないのは、何か理由があるかもって」
僧侶「例えば、今なら小さなダメージでも、後々の再生に影響してしまうから、とか」
竜王『……』
僧侶「ね。そんな可能性も考えたら、戦うことに意味はある」
僧侶「僕は確かにもうボロボロで、いま立っているのもきついけど」
僧侶「眠りにつくのは、本当に指一本動かせなくなったときだ」
僧侶「僕は最期の最後まで、自分ができることを貫くよ」
竜王『……そうか。ならばもうよい』
竜王『この地の底でどこまでも幻想を追い求め、愚かな終末を迎えるが良い!』
竜王は はげしいほのおを はきだした!
僧侶は ダメージを 受けた! ▼
僧侶の こうげき!
竜王に 3のダメージを あたえた!
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが かいふくした!▼
竜王は はげしく尻尾を ふりまわした!
僧侶は ひらりと みをかわした! ▼
僧侶の こうげき!
竜王に 3のダメージを あたえた!
僧侶の こうげき!
竜王に 5のダメージを あたえた!
僧侶の スカラの 効果がきれた! ▼
竜王は 僧侶を 大きな足で ふみつぶした!
僧侶は ダメージを 受けた! ▼
僧侶の こうげき!
竜王に 4のダメージを あたえた!
僧侶は スカラを となえた!
僧侶の 守備力が あがった! ▼ ――
竜王(なぜだ)
竜王(なぜ折れぬ)
僧侶の こうげき! ▼
竜王(この何の能力もない、ヒノキの棒が)
竜王(幾度も我の外皮を突いてるにも関わらず、へし折れぬ)
竜王(幾度も火炎を浴びせているにも関わらず、燃え尽きぬ)
竜王(折れぬ。ただの棒きれが、折れぬ)
竜王(たかがヒノキの棒の分際で)
竜王(――我に向かってくる!)
竜王(折れぬ。折れぬ!!)
僧侶の こうげき! ▼
僧侶の こうげき! ▼ ――
僧侶「やああっ!」
僧侶の こうげき!
竜王(――この泥沼の戦いの中で――)
竜王は 3のダメージを うけた! ▼
竜王(――小虫が大樹の葉を食むがごとく――)
僧侶の こうげき! ▼
竜王(じわじわと――)
竜王(しかし確実に――)
竜王は ダメージを うけた! ▼
竜王(我の生命が削られつつある――!!)
竜王『グオオオオッ!』 ズシ…ンン…
竜王は 地に前足を つけた! ▼
僧侶「ハァ……ハァ……」
僧侶(やっと……膝をつかせたぞ……これで頭に届く……!)
竜王『貴……様!』
竜王は はげしいほのおを はいた! ▼
僧侶「うああああっ!」
僧侶に 直撃!
僧侶は 大ダメージを うけた! ▼
僧侶「げほっ、かはっかはっ」
僧侶は ベホマを となえた!
僧侶の キズが かいふくした! ▼
僧侶(フバーハもピオリムも効果がきれてた……きつい一撃だったな……)
僧侶(あ……今ので『かわのぼうし』が、完全に燃え尽きちゃった……)
竜王(……あの額の印は……王家の印……)
竜王(『追放者の証』……)
竜王(同族にそこまでの仕打ちを受けながら、なぜ人のために戦える)
竜王(この世の誰一人、お前の奮闘を知りはしないのだぞ)
竜王(天界の目はもちろん、勇者が『伝説の剣』で為していたように)
竜王(他人へ声を届けることも、支援を集めることもできないのだぞ)
竜王(ともに戦う仲間もおらず、まともな武器やアイテムさえ持たず)
竜王(命を捨てるも同然の、無謀な戦いを続けられるのは何故だ。何故だ――)
僧侶「うわあああっ!」
竜王『!! く、来るな』
竜王『物狂いの分際が、我に纏うなアアァァ!!』
竜王は はげしいほのおを はきだした!
僧侶は フバーハを となえた! ▼ ――
僧侶(も。もう)
僧侶(魔力がなくなってきた)
僧侶(今度こそ、終わりが近付いてきた)
僧侶(結局、魔界樹までたどりつけなかったけど)
僧侶(悔いはない。僕にしては、よくやった方)
僧侶(そうだよね、勇者――)
僧侶「勇者」
僧侶(そっか。僕は……勇者に幸せになって欲しいから――)
僧侶は バギマを となえた! ▼
竜王『ぬ!?』
竜王(攻撃呪文? この戦いで初めて見る。だが――!)
竜王には きかなかった! ▼
竜王『!?』
竜王(い、いない!? 奴はどこに消えたのだ! !?)
僧侶「うわあああぁぁっ!!」
竜王『上か!?』
竜王(こやつ、バギマの気流に乗って飛んだというのか!?)
竜王(自殺行為な。自らの呪文で傷だらけではないか!)
竜王(しかも飛びすぎたな。上から降下したところで、まだ距離がある!)
竜王(何もない空中では、軌道を変えられん!)
竜王は 口をおおきく ひらいた! ▼
竜王(至近距離で消し炭にしてやる!)
竜王(これで終いだ!!)
僧侶は 空きビンを なげつけた! ▼
竜王(なっ)
竜王(これは)
竜王(エルフの飲み薬の)
空きビンは 竜王の キバに あたった!
空きビンは こなごなに 割れた!
破片が 竜王の のどに ばらまかれた! ▼
竜王『ガハッ!? ガフッガッカッ!!』
僧侶は 竜王の あたまに しがみついた!!
僧侶は 片腕を 竜王の 目につっこみ――
僧侶「うわああああああああぁぁぁ!!」
赤い眼球を ひきぬいたっ!! ▼
竜王『グオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
竜王は くるったように 頭を ふりまわした!
しかし 僧侶は しがみついて はなれない! ▼
竜王の 爪が 僧侶を おそう!
僧侶は 背中に ダメージを うけた!
しかし 僧侶は しがみついて はなれない!! ▼
僧侶(……心臓は分厚い皮で守られてて、突いた所でダメージにならない)
僧侶(首を切り落とすのも、『ひのきのぼう』じゃ無理だ)
僧侶(僕が狙える致命的な急所……それはもうここしかない)
僧侶(ドラゴンの頭の内部と直結している、ここしか!)
僧侶「――あああああああああぁぁぁッ!!」
僧侶は 竜王の 眼窩の 奥深くに
ひのきのぼうを 突き刺した!! ▼
竜王に 大ダメージを あたえた!! ▼
アアアアア アアア ァァァァ ァ
アアア…… ア…… アアアア…… 』
ズズズズズズ
ドオォンン……
竜王を たおした!
僧侶は 経験値を 獲得した! ▼
僧侶「ハァ……ハァ……ハァ……」
僧侶は ベホマを となえた!
しかし MPが たりない! ▼
僧侶「ハァ……ハァ……危なかった……」
僧侶「勝負に出て……げほっ……正解だった……げほっげほっ!」
竜王の からだが 縮んでいく――
竜王は 魔導士の すがたに なった!
竜王『ウググ……お……おのれ……ググ……』
竜王『我の……「眼」を……返せっ……!』
竜王『グググガ……』
僧侶「返さないよ……」
僧侶「これを返したら……ごぼっ……魔力を回復されちゃう……」
僧侶「僕は……げほっ……このまま、先の扉に進むよ……」
ザッ… ザッ… ザッ…
竜王『ま……待て……!』
僧侶は 力を ふりしぼって
【魔界樹の間】への とびらを 押し開けた――! ▼
僧侶「!」
魔界樹の根が うごめいている
魔界樹の根が うごめいている
魔界樹の根が うごめいている
魔界樹の根が うごめいている
魔界樹の根が ―― ▼
僧侶「これ」
僧侶「この……ダンジョンみたいなもの全部が……『根』?」
竜王『ハァ……ハァ……ク……ククク……』
竜王『ハハハハハッ……! どうだ……己の浅はかさが分かったろう』
竜王『魔界樹の「幹」は我が居城を支えるに過ぎんが』
竜王『「根」は、この魔大陸そのものを支えているのだ!』
竜王『歳月を詰めた我が結晶! 例えメガンテを放ったとて、びくともせんわッ!』
僧侶「……」
竜王『苦難の果ての絶望を、その身に思い知ったか! クククク……』
僧侶「……」
僧侶「メガンテなら……さっき覚えたよ……」
僧侶「お前との戦いに勝ったときに……ちょうど習得した」
竜王『!?』
僧侶『そして……僕の魔力も、まだ完全に尽きたわけじゃない。メガンテは唱えられる」
竜王『……ハッ。それがどうしたというのだ』
竜王『貴様がその身を懸けて玉砕しようと、魔界樹の規模に勝りはせん!』
竜王『例え十発、百発のメガンテに包まれようとも、この魔界樹は滅びぬ!』
竜王『それがたった一人の僧侶の、たった一度のメガンテなら、不発も同然よッ!』
僧侶「……」
僧侶「僕はね」
僧侶「『ひのきのぼう』なんだ」
竜王『何……!?』
僧侶「僕が一人旅を始めた頃、お店で買ったただの棒だけど」
僧侶「この過酷な旅で、いつも手元にありながら」
僧侶「結局最後まで」
僧侶「折れることはなかった」
僧侶「魔物を攻撃するときも、そうじゃないときも、真っ直ぐを貫いたからだよ」
僧侶「周りから見たらただの棒だけど、僕を数え切れないくらい、助けてくれた」
僧侶「『ひのきのぼう』はこんなにも強いんだ」
僧侶「……そんな『ひのきのぼう』である僕が」
僧侶「すべての生命力をかけた呪文を、唱えるんだ」
僧侶「十も、百もいらない」
僧侶「一撃だぜ」
竜王『 やめろ』
竜王『やめろおおオオォォォォッ!!』
竜王『貴様の挺身を知る人間は、誰一人いないのだぞ!?』
竜王『礼を言う者も、称える者も、この世界中を巡っても誰一人いない!』
竜王『それどころか、貴様がもたらそうとする平和で得をする者は、』
竜王『貴様を嘲笑し、唾棄し、忌避してきた、愚かな民草なのだぞ!?』
竜王『真実を知った者が命を賭し、何も知らない者がのうのうと平和を享受する――』
竜王『貴様はそんな理不尽が許せるのかッ!?』
竜王『そんなことのために死に絶えて、本当に満足なのか!?』
僧侶「満足だよ……」
竜王『!?』
僧侶「この世界に居場所を失った僕に……価値はないと半ば諦めかけていた僕に……」
僧侶「最後に、こんな大役が与えられたんだ」
僧侶「ちゃんと僕の命に、使い道があって良かった……」
僧侶「今まで……ここまで生きてきて、本当に良かったよ……」
竜王『こ、この……この狂人めがアアアアァァァァ!!』
僧侶は ひのきのぼうを むねに あてた ▼
僧侶(これで僕の旅は終わり)
僧侶は ▼
僧侶(幸せな一生だった。嘘じゃない)
メガンテを ▼
僧侶(ただ心残りは)
となえた ▼
僧侶(勇者に
まばゆい ひかりが あたりをつつみこむ――!
竜王(馬鹿な。馬鹿なっ。まさか本当に、魔界樹が破壊されてしまうというのか!?)
竜王(こ、こんな……こんなはずではなかった。何故だ? どこで誤った?)
竜王(天界の奴らには、読み勝っていたはずだった。計画もすべて周到、かつ順調だった)
竜王(それをこの小僧が)
竜王(天の加護もなければ大した血筋でもない、我も天も慮外の存在であった、この小僧が)
竜王(毒沼を渡り、この【間】まで辿り付け、エルフの飲み薬、メガンテ、ヒノキの棒――)
竜王(すべての遇が折り重なったために――)
竜王(我のすべてが――)
竜王『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』
竜王は くだけちった!
魔界樹は くだけちった!
ひのきのぼうは
くだけちった――! ▼ ――――
<夜>
【北の城・宴席】
*「では、魔王討伐を祝して」
*「カンパーイ!!」
*「「「カンパーーーイ!」」」
勇者「はは……」
勇者(もう何回目だろ……いい加減疲れちゃった……)
商人「――そこでワシは、その般若の面をつけたのです!」
商人「迫り来る魔物の影を、破竹のごとくバッタバッタと薙ぎ倒し――」
勇者(商人さんは元気だなぁ。魔王を倒す前より活気付いてる)
賢者「勇者様、大丈夫ですか? お顔が優れないようですが……」
勇者「えっ? あぁ、うん、平気だよ」
賢者「無理に付き合うことはないのですよ。何かあったらすぐに仰ってくださいね」
勇者「うん、ありがとう」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
勇者「!」
*「な、何の音だ?」
*「ゆ、揺れてる……地震だーっ!」
商人「あひぃ!!」
賢者「この振動……ただの地震にしては……」
勇者「みんな、落ち着いて!」
……ダッダッダッ ダンッ
戦士「勇者、来い!」
勇者「戦士さん!? 何があったの?」
戦士「すぐに高台へ! 魔大陸に変化が!」
勇者「えっ……!?」
【高台】
戦士「あれだ! 暗くて見えづらいが……何かが起きている!」
商人「何かってなんですかな!?」
勇者「あれは……」
勇者「大陸が……沈んでいっている?」
賢者「……そのようですね。険しい山々が、次々に陥没していきます」
賢者「恐らく」
賢者「魔王城が陥落した影響で、大陸を支えていた魔力が途切れたのでしょう」
戦士「そうなのか?」
商人「……ということは、完璧に魔王の圧力がなくなるということですかな!」
*「魔物が減るってことか!?」
*「こ、これで、船も内海に出せるんじゃないか!?」
*「やった、ばんざーい!」
*「ばんざーい!!」
商人「賢者殿が、魔王城を崩壊してくださったおかげですぞ!」
賢者「いえ、そういうことを言いたかった訳では」
*「賢者様ばんざーい!」
*「勇者様、ばんざーい!!」
*「よーし、ここに酒を持ってこい! あれをサカナに今夜は飲み明かすぜーっ!!」
勇者「……」
戦士「? どうした勇者。ぼんやり眺めて」
勇者「えっ? う、ううん、別に……ただ……」
勇者(どうしてだろう。あれを見ていると……)
勇者(何だか、哀しい気持ちになってくる……)
*「「「ばんざーい! ばんざーい!!」」」
勇者「!」
勇者(そ、そうだ。今のうちにここから抜け出そう……)
勇者「……」コソコソ
戦士「勇者」
勇者「! な、なんだ戦士さんか」
戦士「宴会を抜け出して、どこに行くつもりだ?」
勇者「うん。ちょっと疲れちゃったから、こっそり家に帰ろうと思って」
戦士「そうか……」
戦士「……」
勇者「? 何?」
戦士「……興味がなければ帰っていいが、少し話しておきたい事がある」
勇者「ううん、聞くよ。何の話?」
戦士「……お前の……。……いや」
戦士「お前に、会わせたい者がいる」
勇者「えっ? 誰?」
戦士「……今は言う時ではないだろう。それに、どこに居るのかも分からんしな」
戦士「あの魔物が見透かしたように、これまで、ひたすらに名誉を求めてきた」
勇者「……」
戦士「それは自分が、人々の記憶から忘れ去られることを恐れていたためだ」
戦士「死の覚悟は常にあった。しかし、その後のことを考えてしまうと堪らなかった」
戦士「生前に名声を刻まねば、語り継がれる存在にならなければ、不安で仕方なかった」
戦士「今にして思えば、俺も臆病者の一種に過ぎなかったのだ」
戦士「勇者の器など、最初から在り得なかったのだ」
勇者「……」
戦士「……しかし一方で……」
戦士「家族も友も、仲間もおらず……唯一の知己からも忘れ去られた者が、間近にいた」
戦士「その者は静かに笑っていた。だが、この世で真の孤独を知る者と言える者だった」
戦士「俺はその者を探し出すために、数日後に旅に出ることした」
戦士「そしていつかこの町に戻ってくる。その時は、是非その者に会ってやって欲しい」
勇者「……うん、分かった。もちろんだよ!」
♂「戦士様はどこにいった? 血眼で探し出す」
勇者「!」
戦士「人が来たようだな」
戦士「ここは俺に任せて、お前はゆっくり休むがいい」
勇者「で、でも」
戦士「皆まで言わんと分からんか」
戦士「不器用な年長が、気遣いぐらいさせろと言ってるのだ」
勇者「えっ」
戦士「ふっ……行け」
勇者「あ、ありがとう、戦士さん」
勇者「おやすみっ!」
戦士「ああ」
戦士「おやすみ……――」
商人「ふう~、酒が入るとトイレが近くなって適いませんなぁ……」
勇者「あっ」
商人「ん? ああっ、ゆ――」
勇者「しーっ」
勇者「いま、オシノビ中だから。ね」
商人「は、はあ……もう帰られるのですか? 宴はこれからですのに」
勇者「うん、ちょっと疲れちゃった。商人さんはずっと話しっぱなしですごいね」
商人「いいえ、こう見えてワシも結構ガタが来ておりますぞ」
勇者「えっ、そうなの?」
商人「ですが商人は信用第一ですからな!」
商人「もし今夜同席した人がお得意さんになれば、後の商売もやりやすくなるってもんです!」
商人「勇者様の冒険は終わりでも、ワシにとってはここからが船出ですからなぁ!」
勇者「ふうん……やっぱり商人さんはすごいんだなぁ……」
商人「あ、ついでに早めに断っておきたいのですが……」
商人「ワシはこれから旅で余った資本を元に、まずは社を立ち上げ――」
商人「それを土台に、ゆくゆくは世界を視野に入れて商売をしようと思うのですが」
商人「その折で、勇者様の名を借りる場合もあるやもしれません。よろしいですかな?」
勇者「いいよ。その代わり」
勇者「嘘は言わないこと。誇張もしないこと。そして」
勇者「その他ボクの意にそぐわないことをしたら、すぐにやめること」
勇者「ボクの名前を出すなら、これが条件。いい?」
商人「えっ!? そ、それは……」
勇者「約束だからね」
商人「う、ううむ……勇者様の信を失っては、商人生命に関わりましょう」
商人「その約束、遵守しましょうぞ!」
商人「そしてその上で、世界一の大商人になってみせますぞーっ!」
勇者「ちょっと、声が大きいってっ。……それじゃ、ほどほどにね。おやすみ」
商人「はっ、お休みなさいませーっ!」――
勇者「ふう」
勇者(やっと家まで辿りついた……)
勇者「!」
賢者「勇者様」
賢者「お待ちしておりました」
勇者「賢者さん……」
賢者「失礼ながら、高台より先回りさせて頂きました」
賢者「……このような形になってしまい恐縮ですが」
賢者「魔王を打倒した当日中に、勇者様だけにお伝えしたいことがあり」
賢者「このような機会を窺っておりました。少々のお時間を頂けますか?」
勇者「伝えたいこと……?」
賢者「はい……」
賢者「私の人生をかけた……最初で最後の言葉です」
賢者「勇者様のことを、心より恋い慕っております」
勇者「……えっ?」
賢者「魔王亡きいま、もはや勇者様の責務は解かれた」
賢者「これから人の世は繁栄され、幸福の賛歌に包まれることでしょう」
賢者「無論、我々にも幸せを享受する権利はあります。いや、なければならない」
賢者「……勇者様」スッ
勇者「えっあのっ、賢者さん?」
賢者「あなたの幸せは、この私が確約します」
賢者「どうかこの私と……結婚して頂けませんか?」
勇者「あ……」
ドクン ドクン
勇者(賢者さんの顔が……こんなに近く……) ドクン ドクン
勇者(……今まで、いつもボクを気遣ってくれて……)
勇者(とても頼りになった賢者さん……――) ドクン
ドン
賢者「!?」
勇者「……」
勇者「ご、ごめん、賢者さん」
勇者「ちょ、ちょっとボク、今日は」
勇者「ちょっと今日は、色んなことがあって、疲れてるから」
勇者「返事は……また後日で」
勇者「ごめんなさい」
賢者「……いえ」
賢者「こちらこそ、配慮が至らず申し訳ありませんでした」
賢者「時間はあります。ゆっくり考えられてください。返事は、いつまでも待ちます」
勇者「……うん……それじゃあ……」
勇者「おやすみ……」 ガチャ… バタン
賢者(あの流れから、突き放されるとは)
賢者(相当心労が蓄積していたか、もしくは……)
賢者(……)
賢者(構わない)
賢者(確かに、想いは伝えたのだ)
賢者(後は……)
賢者(私が、勇者様を幸せにするだけだ。私ならできるはず)
賢者(彼女の笑顔を守るためなら、愚者の名を冠しても構わない)
賢者(勇者様が望むならば、私のすべて、この命さえ、喜んで捧げられる)
賢者(私はずっと勇者様のおそばに付き、近くで見続けてきたのだ)
賢者(私ほど彼女を愛した人間は、この世にあろうか。在り得ない)
賢者(彼女を幸せにする。そこまでが私の生涯に課せられた旅路だ)
賢者(永久の幸せを――必ず勇者様に――……)
――
【勇者の家】
勇者「はぁ」 ドサッ
勇者(本当……今日は色んなことがあって疲れちゃったな)
勇者(でも明日はまた王様に会いに行って、何かの式に出なくちゃいけないし)
勇者(魔王を倒した後の勇者って、いろいろと大変なんだなぁ……)
勇者「……」
勇者(戦士さんが会わせたいって言う人って、誰のことかな)
勇者(旅に出るって言ってるけど、できたらボクも自由になって付いていきたいな)
勇者(商人さんは、旅が始まる前から終わった後まで働いてて、すごいなぁ)
勇者(あそこまでの生き甲斐があるってことは、すでに幸せなことなのかもしれない)
勇者(……賢者さん……あともう少しで……キ、キスするところだった)
勇者(なんで突き飛ばしたんだろ……賢者さんは悪い人じゃないのに……)
勇者(単に恥ずかしかったから? それとも……それとも、なんだろ……。……)
勇者「……Zzz……」
―― ―― ―― ―― ――
勇者(……あれ?)
勇者(靴はいてる。さっきまで寝てたのに)
勇者(夢? やけに意識がはっきりするけど……)
勇者(ここ、どこだろ。水の中に浮かんでるみたい)
勇者「!」
勇者(あそこに誰か横たわってる!)
僧侶「――」
勇者(……ひどい。この人、傷だらけだ……)
勇者(……あれ?)
勇者(この男の子……どこかで見覚えが……)
勇者(雪山で会った、一人旅をしてた人だ)
勇者(どうしてこんなところにいるんだろう)
勇者(……こんなにボロボロな姿で)
僧侶「――」
勇者(頭には……帽子の切れ端みたいなのが焦げ付いてるし……)
勇者(『ぬののふく』は……血だらけだし……)
勇者(右手には……『ひのきのぼう』)
勇者(左手に握っているのは……赤い水晶だま?)
勇者(あれ、この水晶も見たことある気がする)
勇者(どこだったかな。何だかとんでもない場所で見た気が……)
勇者は 赤い水晶に 顔をちかづけ
中を のぞきこんだ ―― ▼
赤い水晶に 僧侶の 真実が 映し出された ▼
勇者「……!?」
勇者「なに……これ……」
勇者の 記憶に
僧侶の 過去が ながれこんでいく ―― ▼
勇者「……あ」
勇者「ああああ」
勇者「あああああああっ!」
勇者「僧侶!!」
勇者「お……思い出した……」
勇者「い、今、全部思い出した、思い出したよ!!」
勇者は ベホマを となえた!
しかし 何も おこらなかった―― ▼
勇者「あ、あれ? 夢の中だから?」
勇者「どうしよう、どうしよう。こんな怪我……」
僧侶「……う……」
勇者「!」
僧侶「……ここは……?」
勇者「僧侶!」
僧侶「あ……」
僧侶「やあ」
僧侶「勇者じゃないか」
勇者「……僧侶……!」
勇者「だ、大丈夫……!?」
僧侶「うん、平気」
勇者「本当に? こんな……大怪我して……」
僧侶「? ああ、本当だ」
僧侶「きっと、僕が死んじゃう直前の姿に戻ったんだね」
勇者「……ほ、本当に死んじゃったの? 嘘だよね? ねえ?」
僧侶「あれ。そういえば何で、勇者は僕のこと分かるの?」
勇者「……それ……」
僧侶「えっ? ああ。竜王の眼か」
僧侶「そのまま持ってきちゃったんだ。ははは」
勇者「僧侶……」
勇者「ほんとに……一人で戦ったの……?」
僧侶「うん。戦った」
僧侶「これで僕も、少しは勇者みたいになれたかな」
勇者「何にも知らなかった!」
勇者「知らないところでこんなことが起きてたなんて、全然知らなかった!!」
勇者「それなのに、偽物の魔王を倒して、いい気になって、浮かれてて!」
勇者「僧侶がこんなにも頑張ってくれてたのなんて、全然知らないで……!」
僧侶「ううん、勇者だって頑張ったじゃない」
僧侶「みんなで、魔界樹の花を倒したんでしょ。僕じゃ勝てなかったかもしれない」
勇者「ううん、全部、全部僧侶のおかげだったんだ!」
勇者「病気だった【東の村】の村長さんが助かって、虹の橋を渡れたのも」
勇者「魔王の城への手がかりが無いとき、【北の城】でオーブの段取りをしてくれたのも」
勇者「ボクが王様の目の前で、伝説の剣を抜き放つことができたことまで」
勇者「全部、全部僧侶が裏で頑張ってくれたからだったんだ!」
勇者「全部……僧侶のおかげで……」
勇者「それなのにボクは、何にも知らないで……」
僧侶「そんなことないよ。勇者だってちゃんと頑張ったから、魔王を倒せたんだよ」
勇者「ボクは僧侶ほど、頑張ってなんかいない!」
勇者「僧侶は、何にも悪いことしてないのに、たくさんたくさん辛い目に遭って、」
勇者「怒鳴られて……馬鹿にされて……追い出されて!」
勇者「それでも不貞腐れずに、神父さんの教えを守りながら、自分の意志を貫いて、」
勇者「ボクを助けるために、たった一人で毒沼を渡って」
勇者「魔王の城の、光の届かない、暗いところまで潜っていって」
勇者「たった一人で、とてもかないっこない相手に立ち向かったんだ!!」
勇者「誰の助けも借りず……たった一人で……」
勇者「……武器だって……ひのきのぼう一本しかなかったのに……」
僧侶「それは違うよ、勇者」
僧侶「『ひのきのぼう』だから、僕はあれだけのことが出来たんだ」
勇者「えっ……?」
僧侶「こんぼうでも、槍でもダメだった」
僧侶「『ひのきのぼう』じゃないと、僕はもたなかったと思う。見て!」
僧侶「それどころかまだまだ使える。見かけより凄くタフなんだ」
勇者「……そうなんだ……」
僧侶「それに軽いから、身軽な行動も取れるし……あっ」
僧侶「攻撃と呪文を、同時にできる技も身に付けられたんだ! 今度教えてあげ――」
僧侶「……あー。それは無理かな」
勇者「……どうして? どうしてなの?」
勇者「帰ろうよ! 一緒に町へ帰ろう!」
勇者「ボクが、皆の誤解を解いてあげる! 追放されるようなことは、してないよって!」
勇者「そしてみんなに、本当の勇者は誰だったのかを、ボクの口から説明するんだ!」
勇者「誰にも文句は言わせない、言わせるもんか、僧侶は本当に世界を救ったんだから!」
勇者「あっ、そうだ、僧侶に酷いことをいった、商人さんや賢者さんにも謝ってもらおう!」
勇者「そうそう、戦士さんが僧侶を探す旅に出るんだ! 無駄足になっちゃうといけないし!」
勇者「だから……」
勇者「帰ろう……僧侶……」
僧侶「ありがとう」
勇者「えっ……」
僧侶「これだけが言いたかったんだ」
僧侶「僕の心残りは、勇者にお礼を言いそびれていたことだったんだ」
僧侶「僕を旅に連れて行ってくれてありがとう」
僧侶「世界のために、魔王を倒してくれてありがとう」
僧侶「そして」
僧侶「いま、何もない僕に、『帰ろう』と言ってくれて、ありがとう」
勇者「そんな……」
勇者「どうしてそんなこと言うの……?」
勇者「これから、一緒に帰るんじゃないの……?」
僧侶「うん……それはできないんだ」
僧侶「僕はもう、死んじゃったから」
僧侶「これが本当に最後のチャンスなんだ」
僧侶「どこからか声が聞こえたんだ」
僧侶「ここまで頑張ったお礼に、一つだけ願い事を叶えてあげるって」
勇者「願い事……?」
僧侶「うん。でも、生き返らせることはできないって」
僧侶「今回の魔王は、完全に自分の手に終えない存在だったから、」
僧侶「一度倒された事実を捻じ曲げることはできない、って」
勇者「……そんな……」
僧侶「だから僕は、『勇者に会いたい』って願ったんだ」
僧侶「勇者には、お礼を言いたかったから」
僧侶「そしたら、死後の世界と、勇者の精神を、少しだけ重ねてあげるって」
僧侶「だから多分僕はいま、勇者の夢の中に出てきているのかもしれないね」
勇者「……夢……」
僧侶「うん。だから勇者が目が覚めたら、また僕のことは忘れているかもしれない」
勇者「そんなのっ、そんなの絶対ダメだよ!」
勇者「ボクは僧侶のことを」
勇者「小さい頃から、とても尊敬していたんだ」
僧侶「尊敬?」
勇者「優しいし、物覚えもいいし、神父さんから教わった呪文もすぐに覚えるし」
勇者「だからボクは、少しでも追いつこうと、一晩中呪文の練習をしたり」
勇者「少しでも僧侶に近付こうと、僧侶の口ぶりを真似したりして」
勇者「意地も張ったりしたけど……僧侶は、ボクにとって憧れだったんだ……」
僧侶「そうだったんだ……。……でも」
僧侶「僕にとっても、勇者は憧れだったよ」
勇者「えっ?」
僧侶「とても心が済んでるし、頑張り屋さんだし、武器の扱いは上手だし……可愛いし」
僧侶「天啓で選ばれるのは、当然だと思ってたよ」
勇者「そんな……」
勇者「そんなことない……」
勇者の身体の りんかくが ぼやけていく…… ▼
僧侶「そろそろ、お別れの時間だね」
勇者「やだ……いやだ!」
勇者「いやだ!!」
僧侶「勇者」
勇者「こんなのあんまりだよ! 僧侶が、僧侶が可哀想だ!!」
勇者「こんなに頑張ったのに、誰にも褒められないなんて」
勇者「一緒に町に帰れば、一気に英雄になれるのに!」
勇者「それだけのことは、してきたのに!」
僧侶「でも」
僧侶「僕はもう、一度みんなに嫌われてしまってるから」
僧侶「いきなり帰ったら、逆にみんなの重荷になってしまうよ」
僧侶「いいんだ。誰の苦にもならないのが、僕にとって一番だよ」
僧侶「勇者」
勇者「一緒に帰ろう! 願い事なんて、知ったことじゃない!」
勇者「ボクが僧侶と一緒に居たいんだ! 一緒じゃなきゃ意味がないよ!」
勇者「帰ろう、ほら、一緒に出口を探そう!」
勇者「引きずってでも、背負ってでも、一緒に城下町に帰るんだ!!」
勇者「それでボクの家に、ううん、神父さんの小屋に帰ろう!!」
勇者「そしてそこで」
勇者「……また……一緒に……」
僧侶「勇者」
勇者「泣かないで、勇者」
勇者「いやだ……やだよう……」
勇者「こんなのやだ……」
僧侶「勇者」
僧侶「ありがとう」
僧侶「じゃあ、勇者」
僧侶「めいっぱい、幸せになってね」
勇者「やだ……行かないで……」
僧侶「勇者」
勇者「……せ……せめて……」
勇者「……これが最後なら……せめて……」
勇者は 僧侶のもとに ちかづいた
勇者は
やさしく くちびるを かさねた ▼
僧侶「――」
勇者「――」
僧侶「うん」
勇者「世界を救ってくれて、ありがとう……」
僧侶「うん」
勇者「最後にボクに会ってくれて、ありがとう……」
僧侶「うん」
勇者「……ありがとう……」
僧侶「うん」
僧侶「勇者も、ありがとう」
僧侶「……それじゃ」
僧侶「さようなら」
勇者「……さ…………うぅ……さ……」
勇者「さよなら……――――
勇者の姿は かき消えた …… ▼
僧侶「へへ」
僧侶「キスされちゃった」
僧侶「報われたなぁ」
僧侶「最後に、全部報われちゃった。へへ」
僧侶「よし」
僧侶「それじゃあ」
僧侶「僕も行こうかな!」
僧侶は ひのきのぼうを 手に取り
天高く かかげた!
▼
END
ビターエンドいいね
これでやっと寝れるはwww
>>1 乙
面白かったぞ
乙乙!!
涙が止まらない
>>1乙!!!!!!!!!
またよろしくね
2スレに渡ったけど無事終わってよかった
勇者も真相全部知ったし僧侶も讃えられるだろきっと
引用元: 僧侶「ひのきのぼう……?」
引用元: 僧侶「ひのきのぼう……?」