――ラビットハウス
チノ「ティッピー、朝ですよ」
ティッピー「……」
チノ「朝ですよ!」
ティッピー「……」
チノ「……まったく、ココアさんだけでも大変なのに、ホントにどうしようもないティッピーです」
チノ(先にココアさんを起こしにいきましょう)
チノ『ココアさ~ん!朝ですよ!』
ココア『……あと5分だけ……』
チノ『いつもそう言って遅刻しそうになるじゃないですか』
ココア『だってぇ~』
ティッピ「……」
―――洗面台
チノ「ああ、ココアさん、やっと起きましたか」
ココア「うん、おはよー。あれ、ティッピーは?」
チノ「それがまだ眠いみたいで起きてこないんです」
ココア「そうなんだ、珍しいね」
チノ「ホントですよ。お年寄りはいつも朝が早いのに」
ココア「お年寄り?」
チノ「いえ、ココアさんは知らなくていいことです」
ココア「えーー!教えてよぉ!」
――――――――――――――――――――――――――― 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)
――――朝食
ココア「ティッピー来ないね? まだ眠いのかな?」
チノ「もう一度見に行ってきます」
チノ「ティッピー!」
ティッピー「……」
チノ「もう、ココアさんが二人いるみたいです」
チノ「おじいちゃん、起きてください!」ユサユサ
チノ(あれ?)
チノ(ティッピーの身体って、こんなに冷たくないはずです……)
チノ「おじいちゃん、ホントに起きてください!」
ココア「どうしたの?」
チノ「……」
ココア「……ん?」
チノ「ティッピーが……」
ココア「……?」
チノ「ティッピーの身体が冷たくて……」
ココア「今日はきっと寒いからティッピーも冷たくなるのは当たり前だよ」
チノ「……うさぎは恒温動物です」
チノ「気温が低くても冷たくなるわけないです」
ココア「……え?」
チノ(そ、それって……)
私はチノちゃんの前にいつもと変わらず穏やかな様子で寝ているティッピーに触れた。
そして全てを悟った。
チノ「……ティッピーが……ティッピーが……」
二人して床を見たまま俯いていた。
……もう学校に行く時間だけれど
階段から音がする
タカヒロ「二人とも、どうしたんだ、学校に行く時間だろう」
チノ「……」
タカヒロ「なにか、あったのか?」
ココア「その、ティッピーが……」
タカヒロ「……?」
タカヒロさんは私がしたのと同じようにティッピーに触れると、今まで見たこともない程に動揺した様子で後ろに一歩、後ずさりした。
タカヒロ「……オヤジ……」
タカヒロ「……辛いと思うが、ティッピーももう長生きしたさ」
タカヒロ「人間で言ったらおじいさ」
チノ「……嘘です」
タカヒロ「……」
チノ「ティ……ティッピーが、死んじゃうなんて……ありえないです」
ココア「……チノちゃん……」
チノちゃんは涙を眼に浮かべ、必死にこらえていた。
チノ「きっとおじいちゃんとお父さんが私のことを驚かそうとしてるだけです」
チノ「ほら、おじいちゃん、私は十分驚いたので起きてください」
チノ「ねえ、おじいちゃん」ユサユサ
チノ「おじいちゃんってば!!」バサバサ
タカヒロ「チノ!もうやめろ!」
ココア「チノちゃん……」
チノ「嫌です!ほら、おじいちゃん!!ティッピー!!!!!」
私はそう言って、チノちゃんの身体を抱きしめた。
ココア「チノちゃん……そんなことしたらティッピーが可哀想だよ……」
チノ「ココアさん……」
ココア「チノちゃんも、本当はわかってるんでしょ?」
チノ「……」
するとチノちゃんの身体からは力が抜け、涙だけが私の肩を濡らした。
―――――――――――――――――――――――――――
結局その日はチノちゃんは学校を休むことになり、私は3時間目から学校に登校した。
珍しく家を出てからずっと一人きりの通学。
ティッピーが死んでしまったことはもちろん悲しかったけれど、それ以上にあんなに動揺していたチノちゃんが心配だった。
―――――――――――――――――――――――――――
―――学校
千夜「あら、ココアちゃん、おはよう。今日は遅かったのね……って、どうしたの?」
ココア「え、えっとね」
千夜「なにかあったの?」
千夜ちゃんは、私の顔を見るとすぐに只事ではない雰囲気を悟ったのか、いつもより真剣な眼差しで私に問いかけた。
ココア「ティッピーがね、今朝起きたら動かなくて」
千夜「……それって」
ココア「うん、もうおじいちゃんだったからね……」
千夜「……そうなの……」 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)
千夜「……チノちゃん?」
ココア「そうなの。今まで見たこともないほど取り乱してて……」
千夜「とても可愛がってたものねぇ」
言い終えると千夜ちゃんは、私の顔をもう一度見て、私の足元へ視線を落とした。
千夜「ココアちゃん、屋上でお話しましょうか」
【屋上】
千夜「ごめんなさいね、風に当たりたくて……」
ココア(千夜ちゃんも、ショックなのかな……?)
ココア「チノちゃん、今日は学校休むことになったんだけど、なんだか心配で」
千夜「今日は早めに帰ってそばにいてあげたほうがいいかもしれないわね……」
ココア「うん、そうするね」
千夜「それに、ココアちゃんも……」
ココア「えっ、私がどうかした?」
千夜「……気づいてる?」
ココア「……?」
千夜「すごく顔が引きつってて、その、ココアちゃんじゃないみたいで……」
ココア「……うん……あまりに唐突でよく分かんなくって……」
千夜は私の側まで歩み寄ってきた。
そして私を抱きしめてくれた。
千夜「ココアちゃん、大丈夫よ」
ココア「ち、千夜ちゃん……」
千夜「お姉ちゃんらしくあろうとしてるかもしれないけど、今は私の友達でしょ?」
千夜「辛い時は泣いていいんだよ?」
ココア「……ウッ……ティッピー……」
私は子供のように泣きじゃくってしまった。
チノちゃんのことが心配で自分のことなんて後回しにしてしまっていたけれど。
ティッピーが死んでしまったことは自分で思っていた以上に精神的なダメージが大きかったことを千夜ちゃんに教えられた。
千夜ちゃんのおかげでだいぶ心が落ち着いた。
ただ、せっかく学校にきけれど、先生の言ってることはほとんど頭に入らない。
早く帰ってチノちゃんのところにいてあげなきゃ……。
【ラビットハウス】
ココア「ただいまー」
タカヒロ「ああ、ココアくん、おかえり」
ココア「タカヒロさん、ただいま……その、チノちゃんは……」
タカヒロ「今は部屋で横になってる」
ココア「そうですか……、そうだ、ティッピーは……」
タカヒロ「ペット専用の葬儀業者があって、一時的に引き取って貰ってる」
ココア「そうですか……」
タカヒロ「どうか、チノのところへ行って慰めてやってくれないか」
ココア「……はい」
私は階段を上がってチノちゃんのところへ向かおうとした。
するともう一度だけタカヒロさんは声をかけてきた。
タカヒロ「……ああ、そうだ。ココアくんは……大丈夫なのか」
ココア「私ですか……?私は千夜ちゃんが慰めてくれたので」
タカヒロ「そうか……いい友達を持ったな」
コンコン
ココア「チノちゃん……」
返事は返ってこない。
ココア「チノちゃん、入るよ?」
やっぱり返事は返ってこない
ココア「……」
私は部屋に入るのを一瞬戸惑ったが、再び思い直して扉を開けた。
ココア「チノちゃん……」
扉を開けると、チノちゃんは壁のほうを向いてベッドの上で毛布に身を包みうずくまっていた。
ココア「チノちゃん?」
チノ「ああ、ココアさんですか」
思いのほか元気そうなチノちゃんの様子に思わず安堵する。
ココア「その、大丈夫?」
チノ「何がです?」
ココア「いや……ティッピーのこと……」
きょとんとした表情をするチノちゃん
チノ「ティッピーが、どうかしたんですか?」
ココア「……」
その日からチノちゃんは変わってしまった。
まるで今日のことなんて無かったかのように。
その後メグちゃんとマヤちゃんも「お見舞いに来たぜーー!」だと行って訪ねてきてくれたが、チノちゃんは普段と同じような言動で楽しそうに話す。
私も横で話しをしていたが、今日休んだのは風邪をひいた、などという始末。
夕食の時も、不気味なほどいつも通りの食卓だった。
そして私は最後まで『ティッピーが死んだ』という事実を口にすることが出来なかった。
……てください!
チノ「起きてくださいってば!」
ココア「……ああ、もう朝か……」
昨日はすぐには眠れず睡眠不足だ
チノ「早く起きないと遅刻してしまいますよ」
ココア「……そうだね」
私は早々に布団から抜け出す。
チノ「……ココアさんが珍しく1回で起きるなんて……!」
ココア「……」
……チノちゃんが大変な時に迷惑かけれないもんね
チノ「じゃあ、私は先に降りてますので、着替えたら降りてきてくださいね」
ココア「うん、わかったー」
そして、扉へ向かって歩いて行くチノちゃんを見た時だった。
ココア「ちょっと待ってチノちゃん!」
チノ「……どうしたんですか?そんな慌てて」
ココア「その……」
ココア「どうして、ぬいぐるみなんか頭に乗せてるの?」
ココア「え……だって……」
チノ「ティッピーです!」
私は言葉を失った。
チノ『そうじゃぞ!ワシをぬいぐるみ扱いするとは!!もうコーヒー占いしてやらんぞ!!』
口調こそいつものティッピーだけれど、いつもと違って声はチノちゃんだった。
チノ「ココアさんはきっと寝ぼけてるんですよ」
チノ『そうか、なら仕方がないのぅ』
チノ「先に降りてますからね」
どうみてもただのチノちゃん……
ココア「チノちゃん?」
チノ「なんです?」
ココア「えっと……なんでもないよ」
やっぱり、『ティッピーが死んだ』なんて、口には出来ない。
こんなの……
姉失格だ……
タカヒロ「ああ、ココアくん、今日、夕方からティッピーの葬式をすることになったんだ」
ココア「……お葬式……」
タカヒロ「店は休みにして、一緒に供養してもらいたくてね。予定は大丈夫だったかい?」
ココア「いえ、それはもう、もちろん大丈夫なんですけど」
タカヒロ「……リゼくんにも昨日伝えてあるからそっちも多分大丈夫だ」
ココア「……あの」
タカヒロ「……?」
ココア「チノちゃんには伝えましたか?」
タカヒロ「……ああ、心苦しかったが伝えたよ」
ココア「どうでしたか?」
タカヒロ「やっぱりまだショックみたいでね。返事はしなかったが、聞いているようだった」
ココア「……」
きっとチノちゃんにとって、ティッピーの死は、悲しいとか、ショックとかそういう範囲の話じゃない。
お母さんが死んでしまったチノちゃんにとって、生まれてからずっと一緒だったティッピーの存在。
それはきっと私にとってのお姉ちゃんみたいなレベルの存在だったのだろう。
腹話術で言葉を話す設定にするほどの思い入れは、私にとって計り知れない。
千夜「そう……今日お葬式やるのね」
ココア「チノちゃん、来てくれるのかな……」
千夜「どういうこと?」
ココア「それがね……」
昨日からのチノちゃんの様子を話した。
千夜「……まだ受け入れられないってことかしら」
ココア「多分、そう……」
千夜「きっと時間が解決してくれるわ」
ココア「そうだよね」
私と千夜ちゃんは言われた時間よりも30分も前に葬儀場へ到着した。
千夜「ちょっと早すぎたかしらね」
ココア「建物の中で待ってよっか」
3本もの煙突が伸びた建物の入り口へ向かうと、見知った人物が二人立っていた。
リゼ「おお!ココア!千夜!」
ココア「リゼちゃんー!シャロちゃんも!」
シャロ「いきなりで驚いたわね……」
ココア「うん……でも来てくれてありがとうね」
シャロ「当然よ……」
千夜「チノちゃんたちはまだ来ないのかしら」
ココア「……もしかしたら、来ないのかも……」
リゼ「……チノのやつ、やっぱり悲しんでるよな」
ココア「うん……。あと、それだけじゃなくてね」
私はリゼちゃんとシャロちゃんにも最近のチノちゃんの様子を説明した。
シャロ「腹話術でしゃべるようなうさぎだったものね。言葉をしゃべるオウムや九官鳥みたいいな動物は死んだときのショックも相当大きいって聞いたことがあるわ」
ココア「……でもチノちゃんならきっと立ち直れるよ」
千夜「……そうよ!私達が信じてあげないで誰がチノちゃんを信じてあげられるのよ」
ココア「チノちゃんならできるよ!」
シャロ「……本人が居ないのに応援してどうすんのよ……」
リゼ「おい、式場の前だぞ、もう少し静かにしろって」
ココア「……ごめんなさーい」
思わず騒いでしまったけれど、これが千夜ちゃんの、彼女なりの私へのフォローなんだって、私にはわかる。
こんな時に、悲しみを分け合える友達が、私にはこんなに居る。
ココア「チノちゃん……」
チノちゃんとタカヒロさんがタクシーから降りてくる。
ココア「チノちゃん、来てくれた!」
リゼ「……でも、だいぶ落ち込んでるみたいだな」
シャロ「目が据わってて、あんなチノちゃん見たことないわね……」
タカヒロ「おまたせして悪かったね」
ココア「いえいえ。そんなことないです」
タカヒロ「それじゃあ、ここの隣の建物で告別式をやってくれるそうだから、そちらへ向かおうか」
私はたちは建物を出て、隣のお葬式用の建物へ向かった。
その間、チノちゃんは終始無言。
頭にはうさぎのぬいぐるみを乗せ、無表情のまま歩みを進めていた。
チノちゃんが来るまではなんとか慰めようと思っていたけれど。
私たちには、今のチノちゃんに話しかける勇気は持ち合わせていなかった。
リゼ「ペット用の葬式でも、結構本格的にやってくれるんだな」
シャロ「私達、制服のままで良いって言われたからそのまま来ちゃったけど、良いのかしら」
千夜「タカヒロさんは礼服を着てるわね」
ココア「……あんまり恭しくやったら、余計に悲しくなっちゃうよ……」
リゼ「……それもそうだな」
ティッピーの写真が祭壇の真ん中に飾り付けてある。
沢山の花がその周りを包んでいる。
そこに礼服を来た職員が二人ほど入ってくる。
職員A「この度は、お悔やみ申し上げます」
職員B「それでは、始めさせていただきます」
私たちは言われたように、線香を上げる。
お経こそは唱えなかったが、重苦しい空気が漂う。
タカヒロ「本日は、お集まりいただき、ありがとう」
タカヒロ「突然のことでショックだったと思うが、きっとティッピーも幸せだっただろうと思う」
タカヒロ「ココアくん達は見たことだろうが、私の親父は私以上にティッピーを可愛がっていてね」
タカヒロ「きっと……天国から、自分のことのように、見ていると思う」
千夜(おばあちゃんの言ってたおじいさんのことね……)
タカヒロ「私も、親父が死んで以来、ずっとティッピーに親父の面影を感じて……」
タカヒロ「……感じて……」
タカヒロさんはワナワナと震えていた。
千夜「……やっぱりタカヒロさんもショックなのね……」
ココア「夜はバーの店番を一緒にやってたもの……」
私はふとチノちゃんのほうを向いてみる。
チノ「……」
ココア「……チノちゃん?」
チノ「……どうしたんですか?」
ここでチノちゃんは、式場に来てくれてから初めて口を開いた。
チノ「ココアさん」
ココア「どうしたの?」
チノ「……お父さんは、どうしてあんなに悲しんでるんでしょうか?」
ココア「え、え……っと」
『ティッピーが死んだからだよ』
その一言を、やっぱり口にできない。
タカヒロ「……ああ、すまない。みんなの前なのに取り乱してしまった」
シャロ(これだけ盛大に葬儀をしてるのも、きっとタカヒロさんの思いなのね……)
タカヒロ「……それでは、湿っぽいのは親父も嫌いだったからな」
タカヒロ「これで告別式は終わりにしようと思う。本当に今日はありがとう」
リゼ「……これからラビットハウスにラビットがいなくなるのか……」
千夜「そうだ。シャロちゃんのところのワイルドギースを雇うっていうのはどうかしら?」
シャロ「ワイルドギースを?」
千夜「それでシャロちゃんもラビットハウスで働けばいいじゃないの
シャロ「せ……先輩までぇ……」
千夜「いいチャンスじゃない?」
シャロ「チャンスって、なんのチャンスよぉ!」
チノ「……みなさん、何を言ってるんですか?」
チノ「今日も、明日も、これからもずっと、ラビットハウスのマスコットキャラクターはティッピーです」
リゼ「あ、えっと、そうだよなぁ……」
シャロ「え、そうよね……」
リゼ「ご、ごめんなー、変なこと言って」
チノ「もう、全く、リゼさんまでおかしな事を言うなんて、これからのラビットハウスは思いやられます」
ココア「……どうしよう……」
シャロ「はっきり言ったほうが……って、言えないわよね……」
千夜「それに、さっきまで告別式やってたのに、分かってないなんてこと、ありえないわ」
リゼ「……現実を、認めたくない、ってことか」
シャロ「じゃあ、私達どうしようもないんじゃ……」
私たちは全員、うつむいてしまった。
リゼ「しばらくは、見守っていてやろう」
千夜「そうね……」
姿の変化に、体積の変化が相まって、悲しみは一層に膨らんだ。
ここに来て、本当にティッピーが死んでしまったことを認識したのか、リゼちゃんも、シャロちゃんも、千夜ちゃんも、みんな無言でボロボロと泣き始めていた。
代わりばんこに骨を小さな骨壷に移す。
それにはもちろん、チノちゃんも参加していた。
涙ひとつ浮かべず、無表情のままで。
彼女にとってこの葬式は、なんの葬式なのだろう。
タカヒロ「それじゃあ、みんな、気をつけて帰るんだよ」
シャロ「ありがとうございます」
リゼ「それじゃあ、明日からはまたラビットハウスの方に行きますので」
千夜「それでは失礼します……」
タカヒロ「それじゃあ、私達も帰ろうか」
タカヒロさんは小さな骨壷を抱えて歩き出す。
私とチノちゃんは無言でその後に続いた。
ココア「ただいまー」
チノ「おかえりなさい、ココアさん」
ココア「た……ただいま……」
チノちゃんはぬいぐるみを頭に乗せたままコップを洗っていた。
ココア「私も着替えてすぐ手伝うね」
ロッカーの扉を閉めたのと同じタイミングでリゼちゃんが更衣室に入ってくる。
ココア「リゼちゃん、お帰り……」
リゼ「……やっぱり、元気ないな」
ココア「……今日もチノちゃん、頭にぬいぐるみ乗せてたよ……」
リゼ「ティッピーのこともあるだろうけど、何か乗せてないと落ち着かないんだろうな」
ココア「……どうすればいいんだろう?」
リゼ「昨日みんなと話しただろ。時間が解決してくれるから、それまではみんなで見守ってあげようって」
ココア「そうだけどぉ……私上手くやれる自身ないよぉ……。今のチノちゃん見てるだけで辛くて……」
リゼ「……確かにそうだな。……でもな、ココア」
ココア「……?」
リゼ「ココアはチノのお姉ちゃんになるって決めたんだろ?」
ココア「……」
リゼ「私達も協力するが、チノを変えられるのは、一番近い存在のココアだと思うんだよ」
ココア「リゼちゃん……」
リゼ「お姉ちゃんのココアがそんな状態でどうするんだ!」
ココア「……そうだよね……」
ココア「私、チノちゃんが本当の意味で元気になるまで、頑張るよ!」
ココア「だって私はチノちゃんのお姉ちゃんだもん!!」
リゼ「そうだ!その勢いだ!」
ココア「ありがとう、リゼちゃん!」
リゼ「おう!早く行ってやれ!」
ココア「うん!」
リゼ(上官の士気が下げた隊は部下までも士気を下げてしまうからな)
リゼ(ココアまで元気がなかったら、私達もきっと、辛いままだよ)
【ラビットハウス】
ココア(よし、やってやるぞ!)
ココア「チノちゃん、手伝うねっ!」
チノ「それでは、このお皿をお願いします」
ココア「うん、わかった!」
チノ「今日のココアさんは元気なんですね」
ココア「うん、元気だよ?」
チノ「一昨日から元気がなかったので心配してました」
ココア「心配してくれてたんだ……チノちゃん……」
チノ「……やっぱり今の無かったことにします」
ココア「え~!なんで~!」
リゼ(とりあえず、いつも通り、みたいだな……)
ココア「あ!青山さん!」
青山ブルーマウンテン「やっぱりここはのどかでいいですね~」
青山ブルーマウンテン「あらっ。可愛いぬいぐるみですね」
ココア「あっ……」
チノ「これはぬいぐるみではなくてティッピーです!」
青山ブルーマウンテン「……ティッピー……?」
チノ「そうです!……いつものコーヒーでいいですか?」
青山ブルーマウンテン「はい、大丈夫です~」
青山ブルーマウンテン「まさか、私が今まで見ていたうさぎが、実は人形だったなんて、驚いてしまいますねぇ……」
ココア「あはは……」
青山ブルーマウンテン「ありがとうございます~。……その、やっぱりぬいぐるみではありませんか?」
ココア「あ、青山さん!」
チノ『誰がぬいぐるみだー!そのへんの安いぬいぐるみと同じにするなーー!』
青山ブルーマウンテン「まあ、なんて可愛い声でしょう……、とてもインスピレーションが湧いてきましたぁ……」
青山ブルーマウンテン「そうだとすると……いつものマスターに似たうさぎさんはどこへ言ってしまったのでしょうか……」
ココア「あ!そうだ!私青山さんとお話があるんだったー!」
チノ「そうなんですか?」
ココア「それに私、チノちゃんに頼まれてたお砂糖、間違えてお塩買ってきちゃったー!」
チノ「……全く……切れそうだから今日中にいるんですけど……」
ココア「ごめんねー、買いに行ってくれないかなー?」
チノ「もう、ホントにどうしようもないココアさんです……」
ココア「うん、いってらしゃーい」
カランカラン
ココア「ふぅ……」
青山ブルーマウンテン「あのー。それでお話というのは?」
ココア「それが……ですね……」
……
…………
青山ブルーマウンテン「……うさぎさん、亡くなってしまったのですね……」
ココア「でも、チノちゃんはあんな様子で……」
青山ブルーマウンテン「『星になったうさぎ』」
ココア「……?」
青山ブルーマウンテン「私は以前、そんな話を書いたことがあるんです」
ココア「星になった……うさぎ……」
青山ブルーマウンテン「そのお話では、ずっと大切に飼っていたおじいさんが、最後はうさぎと一緒に天寿をまっとうするするお話なんです」
青山ブルーマウンテン「最後にはみんなに囲まれて、幸せな星になった、なんてお話なんですけれど」
ココア「……」
青山ブルーマウンテン「きっとチノさんまだ、うさぎさんの気持ちを考えられていないのではないかと思うんです」
青山ブルーマウンテン「だからこそ、今、一生懸命生きているのではないでしょうか?」
ココア「……」
青山ブルーマウンテン「残されたみんなは一生懸命、うさぎさんとの死に向き合っているんです」
青山ブルーマウンテン「そして、ココアさんはそれを受け入れることが出来た」
青山ブルーマウンテン「チノさんは、まだその途中なんです」
ココア「これから、受け入れていけばいいって、ことでしょうか?」
青山ブルーマウンテン「そうです。きっと、受け入れないといけない日が来る」
青山ブルーマウンテン「その時大切なのは、一緒に気持ちを共有できる人がいることだと思います」
青山ブルーマウンテン「きっとうさぎさんは幸せだった。そして、一緒に居た私達も幸せだった」
青山ブルーマウンテン「それを、教えてさし上げるのがココアさんの役目」
青山ブルーマウンテン「そうではありませんか?」
チノ「青山さん、帰っちゃったんですね、いつもはずっと居るのに」
ココア「うん、用事があるって」
チノ『それにしても、昨日から人を人形扱いしおって……!』
チノ「ティッピー、ティッピーは人じゃなくてうさぎです」
チノ『おお、そうじゃったわ、つい癖でな』
少しずつ、受けて止めていこうね、チノちゃん……。
マヤ「学校ではいつもと変わらないけど、少しボーっとしてることが増えたよな」
メグ「話しかけても一度じゃ気づいてくれないことあるよね」
マヤ「うちらでなんとかしてやれないかなぁ……」
リゼ「……もしかしたら、あの様子が悪化することもあるかもしれないんだ」
メグ「悪化……?」
リゼ「何が起こるかわからないってことだ」
ココア「私たちは学校での様子とか、知ることができないから、何かあったら教えてほしいの」
マヤ「そういうことか……。うん!任せてよ!」
メグ「大切なチノちゃんのためだもの、力になるよぉ」
ココア「……やっぱり良い妹たちを持って幸せだ!」ギュッ
メグ「痛いよココアちゃん……」
マヤ「店にもできるだけ来るようにするな!」
リゼ「賑やかな方が気も紛れるだろうからなぁ……」
千夜「こんにちはー」
ココア「あ!千夜ちゃん!」
千夜「今日はね、ラビットハウスと甘兎庵の新しいコラボメニューを考えてきたのー」
ココア「わー!見してみして!」
チノ『これ、ワシは許可を出しとらんぞー!……おぉ……でもなかなかの出来だな』
チノ「とても美味しそうです」
千夜「名づけて『流星花吹雪』よ!」
ココア「夏っぽいような気もするし、春っぽい気もするし、冬っぽい気もする名前だね」
チノ「どの時期にも出せて良さそうです」
千夜「気に入ってくれたみたいね!」
リゼ「お客さんをもっと増やそう」
ココア「……突然だね」
リゼ「やっぱり、お客さんが多くて忙しい位のほうが、チノの気も紛れると思うんだ」
ココア「なるほど!」
リゼ「……私、思うんだけどな」
リゼ「人って幾つも同じことって出来ないだろ?」
ココア「リゼちゃんは計算しながらラテアート書いて背後の気配まで感知できるよね?」
リゼ「あ、あれは全部を本気でやってないからだ」
ココア「……本気でやってなくてあのラテアート……、なんだかショック……」
リゼ「いや、そういうことじゃなくて」
ココア「……うん、わかってるよ」
ココア「何かに夢中になってたら嫌なことだって忘れられるってことでしょ?」
リゼ「ああ、そういうことだ」
ココア「そうとくればやっぱりお客さんを増やさないとね!」
ココア(また店の名前間違えてないよね……)
ココア(ああ……やっぱり12月じゃチラシ配りも寒いな……)
ココア(……あそこに見えるのは……)
ココア「シャロちゃん!」
シャロ「あ……ココア!」
ココア「シャロちゃんは……出張販売?」
シャロ「そうなのよ。この時期は外で紅茶を販売するととても売れるのよ……。寒いけど販売引き受ければ時給上がるし……」
シャロ「じゃなくて……そういうココアはチラシ配り?」
ココア「そうなの。お客さん増やそうと思って」
そういうと、シャロちゃんの頬は少しほころんで、いつもみたいに私達を見守るような眼差しになった。
シャロ「……きっと、なんとかなるわよ」
ココア「チノちゃんのこと……?」
シャロ「そう。私もいろいろ大変なこともあったし、今もお金のこととか大変だけれど、なんとかなっちゃうものよ?」
シャロ「あんなにうさぎが嫌いな私が、今じゃうさぎと暮らしてるんだし、その時になってみたらなんとかなるってことも多いのよ」
ココア「……私、一生懸命チノちゃんの側に居るって決めたんだ……」
シャロ「……そんなの当然のことよ。……そこじゃなくって……」
ココア「……?」
シャロ「ココアはちゃんと、チノちゃんに真実を伝える義務があるはずよ」
ココア「……真実を……伝える……」
シャロ「まだ、ココアの口からチノちゃんに『ティッピーはもうこの世に居ない』って伝えてないでしょ?」
シャロ「その言葉がどれだけ苦しい言葉か、私にも痛いほどわかるわ」
ココア「……」
シャロ「でもね、いつか現実と向き合うためには絶対に必要なことなのよ」
ココア「……そう、だよね」
シャロ「ココアは優しいから、そんなこと言いたくないかもしれないわね」
シャロ「だから急がなくてもいい。でも然るべき時になったら」
シャロ「ココア」
シャロ「あんたがちゃんと、チノちゃんに伝えるの」
チラシ配りを終え、ラビットハウスに帰宅する。
リゼ「おー、お疲れ、ココア」
チノ「お疲れ様です」
ココア「すごく寒かったよぉ……」
チノ「いまコーヒー淹れますね」
ココア「ありがとっ!チノちゃん!」
いつか、伝えなくてはいけない。
本当のことを。
ティッピーのことを。
リゼ「最近すこし忙しいな」
ココア「店に必ず誰かいるもんね」
リゼ「これが喫茶店の正しいあり方なんだろうけどな」
チノ『ワシは隠れ家的な喫茶店のままを望んでいたんじゃがなぁ……』
チノ「これじゃ隠れ家じゃなくなってしまいますね」
チノ『ええい!ワシはどうすればいんじゃ……繁盛するのは嬉しいが、隠れ家じゃなくなるのも嫌じゃのう……』
チノ「あ、新しいお客さんです」
ココア「私が行くね……いらっしゃいませ!」
ココア「キリマンジャロ、3つお願いします」
チノ「わかりました」
リゼ「最近ココアのやつ、熱心に宣伝してるな」
チノ「明日、雪が降るかもしれませんね」
リゼ「……だとしたらもう一ヶ月も前から大雪だよ」
チノ「……どういう意味ですか?」
リゼ「いや、ココアが頑張ってるって話さ」
チノ「……そうですね、……やっと頼れるお姉ちゃんになってきました」
リゼ「それ、本人の前で言ってやったら相当喜ぶぞ?」
チノ「それは出来ないです」
リゼ「フフッ、チノも恥ずかしいんだな?」
チノ「……違います、そんなんじゃないです……」プイッ
リゼ(そう言いながら照れちゃって、可愛いなぁ)
千夜「そろそろクリスマスね……」
ココア「そうだね。でも今年はチノちゃんたちが受験生なのと、お店が去年以上に忙しくなりそうだからクリスマスパーティーは出来そうにないの……」
千夜「コラボ商品、よく売れてるのね」
ココア「食べ物の売上の3分の1はあのケーキのおかげだよ……」
千夜「……それなら考えた甲斐があったわ」
ココア「……本当に、ありがとうね。」
千夜「お礼なんていいわ!私達、親友だもの!」
ココア「……千夜ちゃーん!」
多めに用意していた材料も底をつき、品切れで閉店となった。
ココア「いやー、疲れたね!」
リゼ「ホントにな、明日からは正月明けまで休みだが、明日一日は家で寝てたい気分だ」
タカヒロ「本当にお疲れ様、一応パーティーとまでは良いかないが、食事を用意しておいたのでリゼくんもぜひ食べていってくれ」
リゼ「ありがとうございます」
リゼ「チノはもう食べたのか?」
ココア「そうみたいだね」
リゼ「……そういやチマメ隊はみんな結局どっちの高校に行くことにしてるんだ?」
ココア「確か、チノちゃんとマヤちゃんが私と同じで、メグちゃんがリゼちゃん達と同じだったと思う」
リゼ「そうなのか」
ココア「だから、チノちゃん勉強得意だから、今のままでも合格できると思うんだけど、『マヤさんとメグさんが一生懸命勉強してる時は私も一生懸命勉強します』って言ってて」
リゼ「チノらしいな」
ココア「私達もチノちゃんがいない分まで一生懸命働かないとね!」
リゼ「ああ、そうだな
ココア「どうしたの?」
リゼ「チノに、いつ伝えるつもりだ?」
ココア「……」
それは私もずっと考えていたことだった。
タイミングを見誤れば、現実を見てくれる確率がまだ残っている私の言葉も、きっと無視されて終わってしまう。
一度無視されてしまったら、この先ティッピーの死の事を伝えても、聞く耳は持ってくれないかもしれない。
ココア「……チノちゃんが中学を卒業した時にしようと思ってる」
リゼ「卒業式の時か?」
ココア「……うん。帰りにティッピーのお墓参りにみんなで行こうと思うの」
ココア「そこで、伝えたい」
ココア「……それまで、私、頑張らないと……」
リゼ「大丈夫。今のココアは立派にやってる。だからあと4ヶ月、頑張ろうな」
ココア「うん……!」
チノ「あれ、リゼさん」
ココア「ち、チノちゃん!?」
リゼ(やばい、聞かれてたか……?)
チノ「今年は一緒にパーティーはできませんが」
チノ「来年からは、同じ学校です」
ココア「チノちゃん……!」
チノ『そうすると、学校でもココアがお姉ちゃんとしてチノに付きまとうことになりそうじゃの』
チノ「それは困ります」
ココア「えー!チノちゃん冷たいよ~!」
チノ「ふふっ」
リゼ「おやすみーチノー」
リゼ「ちょっと焦ったな」
ココア「びっくりしたね」
リゼ「まあ、バレててもあんまり変わらないのかもしれないけどな」
マヤ「ココアー、私受かるのかなぁ……」
ココア「今はヤルしかないよ!」
シャロ「ココアが受かってるんだから大丈夫よ」
ココア「え~!それってどういうこと!」
リゼ「他の二人はどうなんだ?」
チノ「準備万端です」
メグ「私もなんとかなりそうかな~」
チノ『ワシが教えたし大丈夫じゃ!』
チノ「ティッピーは歴史しか教えてくれなかったです」
マヤ「でも社会の勉強にはなったぜ?」
メグ「ティッピーの話面白かったよー」
ココア「じゃじゃーん!!」
ココア「そんな頑張ってる3人に私達からプレゼントがあります!」
チノ「プレゼント……ですか?」
ココア「はい、はい、はい」
マヤ「開けても良い?」
ココア「どうぞどうぞ」
マヤ「え?これって手作り?」
ココア「みんなで作ったんだよ」
チノ「裏にメッセージまで書いてます」
マヤ「ホントだー。……なんだか頑張れそうだぜ!」
ココア「頑張ってね、三人とも」
ココア「頑張ってね!」
チノ「はい、頑張ってきます」
チノ『チノ、頑張るんじゃぞ!』
チノ「わかりました、おじいちゃん……!」
香風家のみんなはティッピーにおじいちゃんの面影を感じているみたいだ。
それが別れを寂しくさせている原因なのかもしれない。
リゼ「ココアが緊張してどうすんだよ」
ココア「だってぇ……」
リゼ「みんな、大丈夫だろ、きっとな」
試験が終わった3人の顔を見て、私は安心した。
明日は面接試験らしいが、彼女たちなら大丈夫だろう。
私達にも、次の試練が待っていた。
告げる日は刻々と近づいている。
マヤ「やった!受かったよ!!」
メグ「私も受かった!」
チノ「マヤさんと、来年からも一緒に学校にいけますね」
リゼ「今日は祝杯だな!」
ココア「やった!」
リゼ「ココアが一番喜んでどうするんだよ」
ココア「だって、最近妹成分が足りてなくって!」
チノ「しょうが無いココアさんですね……」
カランカラン
リゼ「あ、お客さんだ」
ココア「いらっしゃいませー!」
チノ(私が居ない間に店もだいぶ繁盛してたみたいですね……安心しました)
リゼ「合格早々に手伝わせて悪いな、チノ」
チノ「いえ、もともとここが私の居るべき場所なんです」
ココア「ブレンドコーヒー4つお願いします!」
チノ「分かりました」
リゼ「今もこれだけ人がいるが、夕方は仕事帰りの人が来てもっと混むからな……」
チノ「凄いですね……」
リゼ「隠れ家的な喫茶店とはかけ離れてしまったな」
チノ「そうですね……」
チノ「ただ、……」
チノ「忙しいのも、悪くないかもしれないですね」
メグ「高校は離れても……グスッ……ずっと友達だからね」
マヤ「当たり前だろ?、だから無くなって」
チノ「そういうマヤさんも泣いてます」
マヤ「う、うるさい!チノもうるうるしてんじゃん!」
チノ「これはさっき目薬をさしたんです」
マヤ「……あ、ココア!それにみんなも!」
ココア「卒業おめでとう!」
シャロ「なんだか自分の卒業式のこと思い出すわね……」
千夜「シャロちゃんったら、私と離れ離れになるのが寂しくてワンワン泣いてたものね」
シャロ「な、なななな泣いてなんかないわよ!」
千夜「その時の写真持ってきてるけど見る?」
シャロ「見なくていいわよ!おバカ!」
タカヒロ「みんな、チノたちのために来てくれてありがとう」
タカヒロさんには事情を伝えてある。
私達が、今日、チノちゃんに真実をつきつけることも。
チノ「おじいちゃんとお母さんのですか?」
タカヒロ「……ああ、そうだ」
チノ「分かりました……でもティッピーがいません……」
リゼ「チノがそういうと思ってティッピーを連れてきたぞ!」
チノ「ありがとうございます、リゼさん」
ココア「それじゃあ、行こっか!」
そして、ここに来て、私に迷いが生じ始めてきた。
本当に伝えていいのか、否か。
チノちゃんは、ぬいぐるみを、いつもの様に頭に載せている。
ココア「そうだ!」
ココア「……ティッピー、コーヒー占いしてよ!」
ココア「ねっ、今日の運勢を占って欲しいんだ」
リゼ「ココア……」
チノ「ココアさん……」
千夜(……この結果は、チノちゃんの運勢、なのかもね)
チノ「……わかりました」
チノ『どれどれ……そうじゃなぁ……』
チノ『見えたぞ!』
ティッピー「今日のココアの運勢は大吉じゃ!きっと思うように行くぞ!」
でも、その時、確かに、初めてコーヒー占いをやってもらった時のティッピーの声が聞こえた気がした。
ココア「大吉……!やった!」
チノ「良かったですね、ココアさん」
私はようやく決心がついた。
墓石は3つ並んでいた。1つは2つに比べてこじんまりとしていた。
1つ目はチノちゃんのお母さんの墓石
2つ目はチノちゃんのおじいちゃんの墓石
そして3つめは……
チノ「墓石が増えてますね」
ココア「チノちゃん」
私は伝えなければならない。
大人になっていくチノちゃんに。
いつか向き合わないといけないから。
チノ「なんですか?」
ココア「もう、堪えなくていいんだよ」
チノ「何がですか?」
ココア「ティッピーはもう、死んじゃったんだよ」
チノ「……またそうやってつまらない嘘をついて……まったくココアさんは」
ココア「違うの。今日は嘘じゃなくて、本当なの」
チノ「それじゃあ、ここにいるティッピーは何ですか?」
ココア「それは……ぬいぐるみなんだよ?」
チノ「今日のココアさんは疲れてるみたいですね」
チノ「皆さん、今日は早めに帰りましょう」
チノ「……皆さん……?」
………
……………
………
私の前に広がる人間の目は、いつもの冗談を言うココアさんを見る温かい目ではなかった。
お父さんは悲しそうに俯き、マヤさんとメグさんは私のことを真剣に見つめている。
リゼさんはココアさんの背中を目をうるうるさせながら見ている。
シャロさんは俯き、千夜さんは目を細めておじいちゃんの墓石を眺めていた。
チノ「どういうことですか?、何で皆さん、そんな目で……」
チノ「これじゃまるで、ココアさんが本当のことを言ってるみたいじゃないですか」
チノ「そ、そんなわけ」
ココア「大丈夫だから!」
そういうとココアさんは私のことを強く抱きしめた。
チノ「やめてください!ティッピーが死んだなんて、そんなこと言うココアさんなんて……
チノ「大嫌いです!!」
リゼ「……チノ……」
チノ「みなさんもどうかしてます!こんな嘘のためにみんなでグルになって私を騙そうとするなんて
タカヒロ「チノ、あのな……」
チノ「嫌です!嘘つくお父さんなんて、お父さんじゃないです!」
マヤ「チノ、話を聞こうよ」
チノ「……マヤさんまで……」
私の大切な人、誰も彼もが私の言葉を信じず、ココアさんの言葉ばかり信じます。
チノ「そんなわけないんです……ティッピーが死んだなんて……」
チノ「元に、今も動いてるじゃないですか。ねっ、ティッピー?」
ティッピー「……」
チノ「ティッピー?ティッピーってば返事をしてください!」
ティッピー「なぁ、チノよ」
チノ「……お、おじいちゃん?」
ティッピー「もうそろそろ良いんじゃないかの?」
ティッピー「ワシもこのうさぎももう役目は終えたんじゃ」
チノ「役目ってなんですか!?役目って……」
ティッピー「もう一度みんなを見てみろ」
チノ「……」
私は再び顔を見上げた。
さっきにも増して私のことを見つめる真剣な眼差し
そして私を強く抱きしめるココアさん
ティッピー「これが、嘘を付いている人間の目に見えるか?」
チノ「……」
ティッピー「ワシはさっきのコーヒー占い、占ってはおらん」
チノ「……どういうことですか」
ティッピー「あれはチノ自身が出した結論なんじゃ」
チノ「そ、そんなことは……」
ティッピー「今日、ここに連れてこられることも」
チノ「……」
ティッピー「まぁ、うさぎになりたいなんて思ってしまったワシがいけないのかもしれないの」
ティッピー「店と可愛い孫が心配でのぉ……じゃが」
ティッピー「もう、心配いらんようじゃの」
おじいちゃん「こんな素敵な友達に恵まれて、良かったの、チノ」
チノ「……おじいちゃん……」
おじいちゃん「それにワシは遠くからいつまでもお前の事を見守っている」
おじいちゃん「困ったら、ワシじゃなくてみんなを頼ればいい」
チノ「……」
ティッピー「頑張るんじゃぞ!」
チノ「……ティッピー……?ティッピーってば、返事をしてください……」
気が付くと、私とココアさんの間には、一匹の白ウサギのぬいぐるみだけが残っていた。
ココア「チノちゃん……」
チノ「い、いつからぬいぐるみが……」
ココア「ち、チノちゃん!!」
リゼ「チノが、ぬいぐるみって……」
チノ「……そうですか」
チノ「ティッピーも、おじいちゃんも、もうこの世に居ないんですね……」
ココア「……そうだよ」
ココア「でもね、ずっと私達がついてるから!」
マヤ「そうだぜ!チノ!」
メグ「チノちゃん……!」
さっきとは全く違う、安心したようなみんなの表情。
知らない間に、私はいろんな人に心配されてたんですね……
チノ「ありがとうございます、ココアさん」
ココア「……」
チノ「ココアさん?」
ココアさんの表情を見ると、くしゃくしゃ、いや、ぐしゃぐしゃという程にボロ泣きしていた。
ココア「よ、よかった……」
チノ「そんな、悲しいのは私のはずなのに、なんでココアさんがそんなに泣いてるんですか」
ココア「その、安心したら……」
リゼ「ココアはずっとこのことで悩んでたからな……」
チノ「私まで……泣いてしまいそうです」
ココア「……泣いてもいいんだよ?」
チノ「……」
ココア「ティッピーが死んでから、チノちゃん1回も泣いてないもの……」
ココア「嬉しいことも、悲しいことも、全部みんなで分け合お……ね?」
私は母が死んで以来、どこかで自分を押し込めて我慢する癖がついていた
一人で居ることも多かったけれど、ココアさんが来てから、周りのいろんなことが変わった
私も、変わったのかな
チノ「ココアさん……」
チノ「……ティッピーが……」
チノ「ティッピーが……死んじゃった……」
ココア「……うん……」
チノ「ティッピー……ティッピー……うっ……嫌だよぉ……ココアさん……」
ココア「大丈夫だからね」
強く抱きしめられた私は、母が死んで以来、初めて声を出して大泣きした。
チノ「……え、お、おんぶですか?」
タカヒロ「あの後疲れたのかチノが眠ってしまってね」
チノ「嫌です!降ろしてください!高校生になるのにお父さんにおんぶとか恥ずかしすぎます!ココアさんにも笑われてしまいます!」
タカヒロ「大丈夫だ、みんなには先に帰ってもらった」
当たりを見渡しても誰も居ない
タカヒロ「……チノも、大きくなったな」
チノ「……」
タカヒロ「思ってたより重い」
チノ「お父さんとはいえ、セクハラで訴えますよ」
タカヒロ「いやいや、すまない」
チノ「……わかればいいです」
タカヒロ「それにしても、二人きりなんて久しぶりだね」
チノ「いつもココアさんやリゼさんが居ますからね」
タカヒロ「私も昼夜反対の生活をしているからね……すまない」
チノ「いえ、いいです。慣れましたから」
タカヒロ「それに、今まで寂しい思いをさせてしまっていたと改めて感じたんだ」
チノ「……」
タカヒロ「ごめんな、チノ」
私は思い出していた。
まだお母さんが生きている頃、三人で遊園地に行った日のことを。
そしてこんな風に謝っていた。
『列が長くて疲れさせてしまったね、チノ』
『大丈夫だよ』
『今日は帰ったら元気が出るように、一生懸命夕食作るわね!』
『楽しみだな』
チノ「お父さん、いつもありがとうございます」
チノ「確かに寂しかったこともありましたけど、今は皆さんがいるので楽しいですし、寂しくないです」
タカヒロ「……そうか。本当に、よかった……」
降りて歩くことも出来たけど。
もう少しだけ、お父さんに甘えていたかった。
現実を受け止めてから初めて店の中に入った
私はぬいぐるみを、ティッピーがいつも入っていた大きなカップの中に飾る
何も変わらない喫茶店だけれど、全てが違って見えた。
タカヒロ「それじゃあ、夕飯にしようか」
チノ「はい!」
チノ「おかえりなさい、ココアさん」
ココア「ただいまーって、チノちゃん!?」
チノ「どうしたんですか?」
ココア「なんで、また、頭にぬいぐるみを……」
チノ「これはただの飾りです。頭に何か乗せてないと仕事がはかどりません」
ココア(……ぬいぐるみ)
チノ「あと、私、新しいメニューを考えたんです」
ココア「新メニュー?……聞かせて聞かせてっ!」
私が考えた新メニュー
きっとあの頃から私はきっと変わった。
チノ「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」
女客A「初めて来たけどいい雰囲気の店だな」
女客B「そうね、今度みんなで来ましょうか」
チノ「ご注文の方は……」
女客A「そうだな……ダメだ、喫茶店なんて滅多に入んないからよく分かんねぇ……」
女客B「そうだ、店員さん、オススメとかありますか?」
チノ「オススメですか……もし良ければこの『うさぎコーヒー』というのが新メニューです」
女客A「うさぎコーヒーってまさか、うさぎをダシにしてるんじゃ……」
女客B「そんな訳ないでしょ?」
チノ「オリジナルカフェラテです」
女客A「おっ、それなんかいいんじゃねーの?」
女客B「そうね……それにしましょうか?」
チノ「実はいまならサービスでこのぬいぐるみをモフモフする権利がトッピングで付きますが?」
女客A(うさぎのぬいぐるみ……可愛い……)
女客B「それじゃあ、そのオプションはこっちの娘だけで」
女客A「はぁ?なんでだよ!」
女客B「だって、可愛いの好きでしょ?」
女客A「す、好きだけどよぉ……そ、それじゃあ」
チノ「それでは……」
―――ご注文は
―――――――うさぎですか?
完
バッドエンドや、もっとエグいのを期待された方は申し訳ない。
だいぶ長くなったけれど、夜遅く(もう朝)までレスと保守してくれた人ありがとうございました。
それでは、楽しんでいただけれ入れば光栄です
ごちうさバンザイ
P,S
結構前の話になりますが、以前に書いたSSを少しだけ
それでは、ごきげんよう
よく頑張った
乙
またの活躍を期待してるぞ
乙