執「お呼びでございますか?」
嬢「うむ。」
執「恐れながら申し上げます。」
嬢「申せ。」
執「お嬢様、言葉を目で聞くような器用なマネはおやめください。」
嬢「ハテ?」
執「わたくしめは僕(ボク)ではなく、僕(しもべ)でございます。」
嬢「ほう。」
嬢「うむ。着替えを頼む。」
執「また……で、ございますか。」
嬢「当然だ。何日も同じ服を着続けるのは不衛生であろう?」
執「存じております。」
嬢「だから着替えるのだ。当然の事であろう?」
執「左様でございますね。」
嬢「ならば早くいたせ。」
嬢「今度は何だ?」
執「わたくしめも男でございます。」
嬢「それがどうした?」
執「もっと恥じらいと言う物を持たれてはいかがですか? このビッチ。」
嬢「何が言いたい? この朴念仁。」
執「お召し変えくらいはご自分でできるようになっていただきたい。」
嬢「ほう。」
嬢「私は構わん。」
執「私は構います。」
嬢「何を構うというのだ?」
執「恐れながら……」
嬢「構わん。申せ。」
執「最近下の方も濃くなりましたし、胸も膨らんできました。正直、直視に耐えません。」
嬢「見苦しいと?」
執「そうではありませんが、せめて下着くらいは自分で換えてください。わかったかアバズレ。」
執「時として血まみれのパンツを交換することもある私の気持ちを考えたことがありますか?」
嬢「ない。」
執「左様でございますか。」
嬢「不都合があるのなら、自力で解決せよといつも言っておるではないか。」
執「仰せのとおり。したがいまして、メイドを雇おうと考えております。」
嬢「ふむ。」
執「館内の執務は今まで通り私が、お嬢様の身の周りの事はメイドにあたらせます。」
嬢「許可する。」
執「さすがはお嬢様。覚えておいででしたか。」
嬢「先月雇ったメイドがいたではないか? あれはどこへ行った?」
執「冥途へと旅立ちました。メイドなだけに。」
嬢「そういえば、お前が食ってしまったのだったな。まつ毛一本残さずに。」
執「左様でございますね。あの、冥途――」
嬢「まったく、元を辿れば自業自得ではないか。この唐変木。」
執「恐れながら申し上げます。」
嬢「申し開きがあるのなら、申してみよ。」
執「先に、お嬢様に致死量に相当する血を吸われ絶命しております。食べたのはその隠滅のため。」
嬢「あぁ……」
嬢「その、なんだ……処*の生き血はこの上なく美味だという話を確かめたかった。」
執「美味しゅうございましたか?」
嬢「うむ。甘露であった。今ならマッハ5で飛べそうなくらい力がみなぎっているぞ。」
執「左様でございましたか。」
嬢「うむ。左様だ。」
執「資料によりますと、あのメイドは経験済みです。おそらくはただの思い込みですね。」
嬢「左様か。」
執「左様でございます。」
嬢「……着替えだ。」
執「かしこまりましてございます。」
執「ではお仕事の説明をいたします。」
女「おう。」
執「基本的には、お嬢様の身の回りの世話をお願いいたします。」
女「たとえば?」
執「お召し変えや入浴、場合によっては話相手にもなっていただきます。」
女「ほんとにあたしでいいのか?」
執「――と、申しますと?」
女「こんな立派なお屋敷に住み込みで働くのに、あたしみたいなガラの悪い女に務まるかってこと。」
執「子細ございません。」
女「で、そのお嬢様ってのは?」
執「後ほど顔見せに同行していただきます。」
女「りょーかい。」
女「形式ばったことは苦手なんだけど。」
執「そのような事ではありません。ですが、最悪、命に関わりますので厳守してくださいませ。」
女「メモとっていい?」
執「必要ないと思われますが、不安なようでしたらどうぞ。」
女「うい。」
執「まず、日中はカーテンを開けてはなりません。」
女「ん? あい。」
執「次に、銀でできた装飾品はすべて外していただきます。」
女「もってねーし。」
執「それから、満月の夜は何があっても部屋から出ないでくださいませ。」
女「理由は聞いたらダメなの?」
女「まあ、他に働き口ないし。聞いちゃおう。」
執「然らば……お嬢様は混血ですがヴァンパイア、わたくしはワーウルフでして……」
女「……少しくらいトチ狂っててもお金もらえるならいっか。」
執「伊達や酔狂ではございません。聞いたからには勤めていただきます。」
女「辞める気は無いよ。で、満月の夜はどうなるの?」
執「満月になると完全に人狼となり、自制が効かなくなります。」
女「お嬢様は?」
執「新月の時は完全に人間、満月のときはその逆、それ以外は満ち欠けに比例いたしますれば。」
女「半月の時は半分人間、半分吸血鬼ってこと?」
執「左様でございます。」
執「失礼いたします。」
嬢「礼を失するのであれば入るな。」
執「……では後ほど。」
嬢「あー待て待て! 大目に見る! だからつれない事を言うでない。」
執「まったく、何度目でございますか? 今度同じことをやらせたら噛み千切るぞド低能。」
嬢「それで、要件は?」
執「今日から働いてもらうメイドをお連れしました。お目通りを。」
嬢「ほう。」
嬢「は?」
女「お控えなすって。」
嬢「おい、これはどういう事か?」
執「さあ? わたくしめにも皆目……」
女「お控えなすって。」
執「とりあえず、控えればよろしいのではないかと存じます。」
嬢「ふむ。では控えるとしよう。」
女「早速、お控えくだすって有難う御座います。」
嬢「どうやら正解だったようだぞ。」
執「左様でございますね。」
嬢「まだ続くのか?」
女「向かいましたるお嬢様には、初のお目見えと心得ます。」
執「初めまして。と、言っているようでございますね。」
嬢「ほう。」
女「何処、何処方におりましても、アニさんアネさんには世話になりがちな若輩者でござんす。」
執「自らの至らなさを誇示しているものと思われます。」
嬢「ほう。」
女「以後、見苦しき面体お知りおかれまして、恐惶万端引き立って宜しくお願い申します。」
嬢「ほう?」
執「は、お傍に。」
嬢「お前、いったい何を連れて来た? この駄犬。」
執「は、メイドにございます。先刻申し上げました通りです。この鳥頭。」
嬢「お前の目にはこれがメイドに見えるのか?」
執「制服は支給したものではございますが、エプロンにキャップ、まごうことなきメイドかと。」
女「…………」
執「とりあえず、お嬢様もご挨拶を返すべきかと存じます。」
嬢「そうか? では、よろしくお願いするぞ。」
女「よろしくお願い申し上げます。」
嬢「たれか、ある!」
執「お呼びでございますか?」
嬢「うむ。着替えを頼みたい。」
執「承服いたしかねます。」
嬢「なにゆえだ?」
執「お召し変えのお手伝いでありますれば、メイドにお申し付けください。」
嬢「おお、そうであったな。」
執「では、わたくしめはこれで。」
嬢「うむ。ご苦労。」
執「お呼びでございますか?」
嬢「む、お前か。」
執「はい。わたくしでございます。」
嬢「なにしに来た?」
執「お呼びのようでございましたので、参上仕りました。」
嬢「メイドはどうした?」
執「メイドは現在勤務時間外ですので、自室で睡眠をとっていると思われます。」
嬢「そうか。下がって良い。」
執「は。」
執「お呼びでございますか?」
嬢「なんだ、またお前か。」
執「はい。わたくしでございます。」
嬢「なぜメイドは来ないのだ?」
執「メイドは現在勤務時間外ですので、わたくしが代わって仰せ付かります。」
嬢「着替えを頼みたいのだ。メイドでなければ仕えられないのであろう?」
執「左様でございます。」
執「はい。なんなりと。」
嬢「メイドはちゃんと働いているのか?」
執「それはもう。多少ガサツな所も見受けられますが、さしたる問題はございません。」
嬢「しかし、私はメイドが従事しているところを見たことが無い。」
執「あのメイドは、お嬢様が寝た後に仕事を始め、お嬢様が起きる前には仕事を済ませております。」
嬢「そうか。それは優秀なメイドだな。」
執「左様で。」
執「お嬢様の身の回りの世話でございます。お忘れですかトコロテン頭。」
嬢「ほう。」
執「手が空いている時などに、誰に命じられるわけでもなく清掃をしたりもしております。」
嬢「しかし、私はメイドに世話を焼いてもらったことが無い。何故だ?」
執「お嬢様がメイドの勤務時間中に寝ているからであらせられます。」
嬢「なるほど。」
執「わたくしはメイドの勤労ぶりを評価しておりますれば、手当に色をつけたいと考えております。」
嬢「うむ。良きに計らえ。」
執「満月の日を除いて、毎日朝の6時から夜の6時までとなっております。」
嬢「では、私もその時間に起きていれば、メイドとまみえる事が叶うわけだな?」
執「お言葉ですが、お嬢様……」
嬢「何だ? 申してみよ。」
執「この館は窓は少なめですが、月明かりを取り入れるため、最低限の窓は付いております。」
嬢「うむ。」
執「日中はカーテンを閉め切っておりますが、それでも日の光が漏れ入ってくるものです。」
嬢「それは嫌だな。」
執「おっしゃりたいことがわかりかねますが?」
嬢「うむ、ひとつ危惧していることがあるのだ。」
執「どのような杞憂でありましょうか?」
嬢「メイドを装った人間ではないのか? とな。」
執「メイドはメイドでございます。」
嬢「で、あるか。」
執「で、ございます。」
嬢「オイ、キタロウ!」
執「お呼びでございますか?」
嬢「うむ。お前は優秀であるな。」
執「この次からは応じないと肝にお命じください。」
嬢「ものは相談なのだが。」
執「はい。如何いたしましたか?」
嬢「明日は新月だな?」
執「左様でございますね。」
嬢「つまり、日光を恐れることなく行動できる日でもある。」
執「存じ上げております。」
執「わたくしどもは使用人でありますれば、そのようにお命じくだされば。」
嬢「だが、お前は逆らってばかりではないか。」
執「誤解なさらぬよう。使用人と言えど無条件に従うというものではございません。」
嬢「聞ける事と、聞けぬ事があるというわけだな。」
執「左様でございます。そして、それはメイドも同じこと。」
嬢「メイドは聞き入れると思うか?」
執「仕事の範疇に収まることであれば、断る理由はないと思われます。」
嬢「では、明朝、私を起こしに来るよう、言づてを頼む。」
執「かしこまりましてございます。」
嬢「んー?」
女「ホントに棺桶で寝るんだな。」
嬢「おお、メイドではないか。」
女「はい。メイドですよ。」
嬢「待っておったぞ。」
女「お待たせしました。」
嬢「早速だが、着替えを頼む。」
女「その前にひとっ風呂浴びませんか? 失礼ですが、ちょっと臭ってますよ。」
嬢「ほう。」
嬢「お前の旦那になった覚えは無いぞ?」
女「しかし、この白さはちょっと病的だな。日にあたってないからか?」
嬢「滅多なことを言うでない。これを見よ。」
女「なんじゃこりゃ?」
嬢「私にとって太陽は忌むべきもの、ひとたびその光を浴びればこのように焼けただれてしまう。」
女「人間にしか見えないけどな。」
嬢「今は新月だからな。今日一日は人間として過ごせるのだ。」
女「でもこれ……」
嬢「うむ、お前に見せようと思ってな。昨日のうちに描いて色を塗っておいた。」
嬢「お前は胸が大きいな。」
女「んー…あたしのは普通ですよ。そりゃ嬢ちゃんに比べれば大きいですけど。」
嬢「どうすればそのようになれるのだ?」
女「俗説だと揉むと大きくなるとは言いますけどね。」
嬢「よし、では揉んでみよ。」
女「いやいや、あたしは別に大きくなりたくないし。」
嬢「たわけ、私の胸を揉むのだ。」
女「あー……これも仕事のうちだよね? うん、仕方ない。」
嬢「おい、手加減せぬか! 痛いぞ。」
女「そんなに力入れてませんけど? あぁ、あたしも成長期は触ると痛かったっけ。」
嬢「ほう。」
嬢「目をつむっているので平気だ。しかし……」
女「ん、なにか?」
嬢「その気遣いが心にしみる。」
女「マセてんな、お前。」
嬢「時に、メイドよ。」
女「なんでしょーか、お嬢様。」
嬢「夜の間、働くことはできんのか?」
女「昼休んでていいなら、夜に働きますけど?」
嬢「しかと聞いたぞ。二言は無いな?」
女「ていうか、嬢ちゃんいつも寝てるから暇持て余してますしね。」
女「人間ですけど?」
嬢「では、メイドと言うのは偽りか?」
女「は? あたしはメイドですよ……たぶん。」
嬢「人間であり、メイドでもあるということか?」
女「そういうことですね。なんか不味い事でもありました?」
嬢「ククク、なるほど……わかったぞ、わかってしまったぞ。」
女「ところで、このガチョウさんは――」
嬢「見誤るでない。これはアヒルちゃんであるぞ。」
女「このアヒルちゃんはどうするんです?」
嬢「ゼンマイを巻いて、湯船に浮かべよ。」
嬢「おもてを上げい。」
執「もとより、下げてはおりませんが。」
嬢「私の見立ては間違っていなかったぞ。この目腐れ。」
執「何のことやらわかりかねますが、申し訳ありませんでした。この青瓢箪。」
嬢「まあ、責めているわけではない。そうかしこまらずともよい。」
執「順序立てておっしゃっていただくとありがたいのですが。」
嬢「他でもない、あのメイドの事だ。」
執「何かお嬢様に無礼を働いたのでございますか?」
嬢「割れ鍋と自負するのでなければ、話の流れを汲んで欲しいものだな。」
執「僭越ながら、テメエに言われる筋合いはシラミの胃袋ほどもございません。お嬢様。」
執「如何にして確認なされたのですか?」
嬢「直接、問いただした。」
執「左様でございましたか。」
嬢「しかし、お前の見立てもまた間違ってはいなかったようだ。」
執「つまり、メイドであると?」
嬢「そうだ。」
執「如何にして確認なされたのですか?」
嬢「直接、問いただした。」
執「左様でございましたか。」
嬢「フフ、戸惑っておるな。だが、私は瞬時にある真理を見出したのだ。」
執「では、その戯れ言をお聞かせ願えますか?」
嬢「その前に問う。」
執「なんでございますか?」
嬢「私は何だ?」
執「お嬢様にてございます。」
嬢「そうではない。私は何かと訊いている。」
執「恐れながら、時間が惜しゅう御座います。慣れぬことはなさらぬが賢明かと。」
嬢「ほう。」
執「あぁ、つまりはかの者も、メイドと人間の混血なのですね。」
嬢「私はその時、閃いたのだ。メイドと人間の合いの子もまた、存在し得るのではないか? と。」
執「混血ということならば、双方の知見にも矛盾は出ませんね。」
嬢「そして、その存在は形而上のものではなく、我々の近くに存在していると仮説を立てた。」
執「それで得心いたしました。」
嬢「然る後に、私はあのメイドはメイドと人間の混血だという考えに至ったのだ。」
執「ご用件は以上でございますね?」
嬢「どうだ? 我ながら完璧な推論であろう?」
執「では、わたくしめはこれで。」
嬢「フフ、もっと褒めちぎっても構わ――」
嬢「ほう。」
執「はい。」
女「嬢ちゃんに言われてさ、働く時間を夜にしたいんだけど?」
執「左様でございますか。」
女「手続きとかって、どうすればいいの?」
執「特に手続きなどは設けておりません。」
女「じゃあ、勝手に夜に起きて働けばいいの?」
執「左様でございますね。」
執「居るとも居ないとも言えます。それがどうかなさいましたか?」
女「うん、あたしは他に人が働いてるの見たこと無くてさ。」
執「左様で。」
女「でも、この広い館の手入れなんて三人で間に合うとは思えないし。」
執「その勘定ですと、お嬢様の手を煩わせるわけにはまいりませんので、実質は二人ですね。」
女「そういやそうか。まあ、でも不都合無さそうだから不思議だなと。」
執「では、明日の夜にでもご説明いたします。」
女「明日の夜?」
執「はい。今宵は新月でございますれば。」
執「先代と、その奥方様でございますか?」
女「先代? てことは今は嬢ちゃんが館の主なの?」
執「左様でございます。先代へのお目通りをご所望ですか?」
女「うん、そう。挨拶もしてないし。このままでいいのかなって。」
執「お二人とも鬼籍に入っておられますれば……」
女「あー、なんか悪い事聞いちゃった?」
執「いえ、むしろわたくしめには喜ばしい事でして。」
女「そうなの?」
執「あの外道がくたばりあそばしたおかげで、お嬢様へのお仕えが叶っておりますれば。」
嬢「入るぞ。」
女「これはこれはお嬢様。呼んでもらえればあたしの方から……」
嬢「よい。私が来てみたかったのだ。」
女「でも、使用人の私室なんて嬢ちゃんには相応しくないんじゃないの?」
嬢「私は、構わん。」
女「へーへー、では大したもてなしもできませんが、くつろいでってくださいな。」
嬢「何かしておったのか?」
女「特には。強いて言えば暇つぶしかな。」
嬢「暇つぶしとはなんだ?」
女「地雷探知機を使わずにV48コング探してました。」
女「ああ、暇つぶしって言うのは退屈を紛らわすためにやるいろいろな事です。」
嬢「では、他にもあるのか?」
女「ストマックXを綺麗に並べてからTTフリーザーで一掃してみたり。」
嬢「ほう。」
女「イベント終ってるのに、ドラム缶を押しに行ってみたり。」
嬢「それらは楽しいのか?」
女「あんまり楽しくは無いね。ぼーっとしてるよりはマシってだけ。」
嬢「今、メイドに暇つぶしの手ほどきを受けている。後にせよ。」
執「左様でございますか。」
嬢「なかなかに興味深い。」
執「お言葉ですが、暇つぶしなど、お嬢様ひいては我々には無用でございます。」
嬢「なにゆえか?」
執「無為を無為と受け入れられぬ弱き者、つまり人間達の逃避行為に他なりません。」
嬢「では、お前は仕事などもなく、食事でも寝るでもない退屈な時間はどう過ごすのだ?」
執「外壁のレンガの総数を数えたり、中庭の石畳の石を数えて時が過ぎるのを待ちます。」
嬢「ほう。」
嬢「おお、そうであったな。」
女「眼?」
執「メイドにも教える手筈になっております。ご同行願えますか?」
嬢「そうか、お前はスミスも、ヨハンセンも、えーと……とにかく知らぬのだな。」
執「あとは、グナイゼナウ、シャルンホルスト、マーフィー、マンフレッティ、トンヌラ、サトチーでございますね。」
嬢「名前など意味を持たぬ。」
女「?」
執「ですが、ご自分でお付けになった名前を忘れるのはいかがなものかと。」
女「ここに他の人がいるの?」
執「足元にお気を付けください。スミスが控えております。」
女「足も――うわっ!?」
執「ご紹介いたします、こちらがスミスでありますれば……」
女「骨! ほねだコレ! いわゆるBone!」
執「いえ、こちら、スミスでございます。」
女「スミスさんの骨?」
執「では、お嬢様。よろしくお願いいたします。」
嬢「うむ。」
嬢「傅(かしず)け。」
骨「ケタケタケタケタ!」
女「!!」
嬢「どうだ? 上手く行ったか?」
執「お見事にございます。久々に初回でのご成功であらせられますね。」
女「…………」
執「このように、お嬢様がアニメイト――ん?」
女「……」
嬢「立ったまま居眠りとは、器用な奴だな。」
執「気がつかれましたか?」
女「えーと……かなりショッキングなモノを見たような気が……」
執「アレが当家の労働力、収入源でございますれば、早めに馴染んでいただければ。」
女「あの骨が?」
執「以前はそうではありませんでしたが、使い続けるうちにあのような姿に。」
女「お嬢ちゃんが動かしてるの?」
執「左様でございます。とはいえ、お嬢様の魔力は新月の度に消えてしまいますので。」
女「毎度毎度かけなおしてる?」
執「左様でございます。」
執「ご苦労さまにございます。」
女「労働力って?」
嬢「館の手入れや、農作業を担当させているのだ。」
女「農作業?」
執「主にマンドラゴラや、ゲルセミウム・エレガンスの栽培をさせております。」
嬢「アレらは単純作業の反復しかできんのでな。」
執「恐れながら、それは使役者が未熟なためでございます。」
嬢「ほう。」
嬢「誰か居らぬか?」
女「はいはい、ただいま参ります。」
嬢「む? 何者ぞ?」
女「へ? 誰か来たんですか?」
嬢「メイドの声がするが……」
女「なんか変だね。」
嬢「貴様、メイドをどうした?」
女「いや、あたしメイドですけど?」
嬢「偽りを申すでない。メイドは頭に尻尾など生えてはおらん。」
女「そんなもの生えてませんって。」
嬢「隠し立てするとためにならんぞ?」
女「では、メイドを呼んでまいりますのでお待ちください。」
嬢「うむ。」
女「…………」
嬢「む? どうした? 早く行かぬか。」
女「今呼んでる最中なんですってば。」
嬢「ウソではあるまいな?」
女「じゃーん!」
嬢「おお! メイド! 無事だったか!」
嬢「先ほどお前を騙る者が現れてな。」
女「嬢ちゃんも髪長いし、三つ編みしてみない?」
嬢「使用人とはいえ、私は身柄を預かる立場だ。」
女「またなんかスイッチ入っちゃったなぁ。」
嬢「お互いの信頼なくして主従関係を築くことは出来ぬ。」
女「ま、いっか。勝手にやっちゃいますよ。」
嬢「お前に危害を加える者が現れたら、私がお前を守ろう。」
女「♪~♪~……」
嬢「フッ、謝辞など不要だ。仕事で返す気概を持てばそれで良い。」
嬢「ん? どうした?」
女「これ、ね? なかなかお似合いじゃない。」
嬢「ぬわ!? 私の頭にも尻尾が!」
女「尻尾じゃないから! おさげってゆーの。」
嬢「ふむ。これはこれでなかなかに興味深いぞ。」
女「あんまりおめかしとか、したことないのかな?」
嬢「おめかしとは何だ? するというからには食べ物ではないな?」
嬢「飲み物でもないことくらいはわかるぞ。」
女「自分を可愛く・キレイに見せるための細工って言えばいいかな。」
嬢「容姿を装飾するということか?」
女「まあ、そんなところだね。」
嬢「したことは無いな。というよりは知らぬのだ。執事から聞いたこともない。」
女「そっか。なんだか勿体ないね。」
嬢「勿体ないと言ったか?」
女「素材はいいんだから、もっといろいろ試してみよっか?」
嬢「ほう。」
女「あ、わざわざありがとうございます。」
嬢「おお、もうそんな時刻になるか。」
執「おや? お嬢様はどちらへ行かれました?」
女「へ?」
嬢「眼の前に居るではないか。」
執「お声は聞こえますが、姿が見えませんね。」
女「あんたもか。」
執「上手く成り済ましたつもりであろうとも、わたくしの目は欺けません。」
嬢「不忠なるぞ。あるじの顔を見忘れたか?」
執「忘れようはずがありましょうか、お嬢様は耳元にドリルなど付いておりません。」
女「いやいや、これ巻いてみただけだし、嬢ちゃんで間違いないよ。」
嬢「貴様、人狼であれば目よりも鼻に頼らんか。この木偶人形。」
執「その悪態……お嬢様に間違いございません。申し訳ありませんでした。」
嬢「ほう。」
女「耳か。」
嬢「メイドよ、私に字の書き方を教えてくれ。」
女「字って、文字の字?」
嬢「うむ。」
女「わかんないの?」
嬢「読むことはできるのだが、書けぬ。ペンを持ったことすらない。」
女「まあ、学校とか行ってないもんね。」
嬢「学び舎など、私には通う必要の無い場所からな。」
女「でも、あたしに上手く教えられるだろうかね?」
嬢「アンズよりイモが安いと言うぞ?」
女「うんうん、教育って大事よね。」
嬢「発せられた言葉は留めておけぬ。書き記しておかなければ霧消してしまう。」
女「まあ、録音とか録画とかそういうの縁遠い感じだしね。ここ。」
嬢「素晴らしい組み合わせや並びを思い付いても、明日には忘れてしまう事もある。」
女「何か書き留めておきたい事でもできたんですか?」
嬢「それは今は伏せておく。まずは文字を綴れるようになる事が肝要だ。」
女「もともと読めるんだから、そんなに難航しないかな?」
嬢「まず、何から始めれば良いか?」
女「とりあえずは紙と鉛筆用意して、書きとりから始めればいいんじゃね?」
嬢「うむ。メイドに字を教わっている。だいたい覚えたぞ。」
執「一体どういった風の吹きまわしで?」
嬢「もう明かしてもよかろう。実は、詩を書いてみようと思っている。」
執「恐れながら申し上げます。」
嬢「何だ? 申してみよ。」
執「そのようなことはおやめください。それらは必ずやお嬢様に牙を剥くでしょう。」
嬢「どういう事だ?」
執「近しい未来、必ずやお嬢様の御身に災いとして返ってまいります。」
嬢「ほう。」
嬢「このようなモノを見つけてな。」
女「ノート?」
嬢「広間の額縁の裏に、まるで隠すように置かれていた。」
執「それは……まさか……」
嬢「む? これを知っているのか?」
執「そ、それは、えーと……呪われた禁断の魔書でございます。」
嬢「でろ・でろ・でろ・でろ・でんでん♪」
執「お戯れはお慎みください、今すぐに手放すべきかと存じます。」
執「それを読むなど自殺行為に等しい愚行でございます。」
嬢「読むとどうなるのだ?」
執「その……い、古の呪いがその身を蝕むでしょう。命の保証は出来かねます。」
嬢「今のところは何ともないぞ?」
執「まさか……読んでしまわれたのですか?」
嬢「うむ。詩のようなものが綴られていた。だから、私もやってみたくなったのだ。」
女「あー、そういう……私は読んでないんで、安心してください。」
執「あべし!」
嬢「<主従> それは魂の足かせ 契りという名の手綱 絆という名の轡(くつわ)……」
執「ひでぶ!」
嬢「<花香る君へ> 君は言った 鉢よりも花壇が良いと 願わくば君の花壇は……」
執「お、おやめください……後生にございま……ウボァー!」
嬢「どうした!? まさか、私ではなくお前に呪いが?」
女「まあ、そういうことにしておいてあげましょう。」
執「わたくしの身がもちません。」
嬢「うーむ……この呪いとやらを転用できぬものか。」
執「これは人智の及ばぬ太古の術式によるものでございます。不可能です。」
女「てか、なんで処分しなかったのさ。」
執「処分する過程で人目に付く可能性を考慮いたしますれば……」
嬢「まあ、お前に死なれるといろいろと不自由であろうし、封印しておくか。」
執「ありがたきお言葉、その心遣いに感謝いたします。」
嬢「ということで、私が厳重に保管しておく。」
執「え?」
嬢「おいメイド、入るぞ。」
女「あら? 嬢ちゃんまた来たんですかい?」
嬢「うむ。お前の部屋にはいろいろと面白いものがあるからな。」
女「じゃ、お茶でも出しましょうかね。」
嬢「そう気を遣わずともよい。第一、今は時間外なのであろう?」
女「そうなんだけど、私も一服しようと思ってたし。」
嬢「そうか。迷惑でないのならいただくとしよう。」
女「迷惑とか、そういうこと気にしなくてもいいですよ。」
嬢「ほう。」
嬢「ピコピコのことか?」
女「いやいや、普通はピコピコって聞いてゲームのことかって言うでしょ。」
嬢「そのような常識は持ち合わせておらん。」
女「そっすね。じゃあ、ピコピコやりますか?」
嬢「うむ。苦しゅうないぞ。」
女「でも、程々にしとかないとまた執事さんに怒られますよ。」
嬢「その時は例の呪いをかけてやるさ。」
女「ひでえな。」
嬢「かれこれ十数年。私が生まれた時から、世話になっているぞ。」
女「そうなんだ。」
嬢「正式に執事として仕えるようになったのは私が頭首になってからだが。」
女「そういえば先代が死んだからとかなんとか。」
嬢「うむ。父上は外道であった。」
女「娘にそんな言われ方するのも凄いな。」
嬢「気まぐれで母上をかどわかし、たわむれで身籠らせた。」
女「ああ、ちっちゃいころの事は覚えてないのね。」
嬢「そしてハンターに深手を負わされ、私の血で傷を癒そうとしたのだ。」
女「血、吸われたの?」
嬢「いや、私に噛みつくより早く、あやつに心の臓を貫かれてな。死んだ。」
女「なんか、サラっとすげえこと言ってるけど、あたしが聞いてよかったのかコレ?」
嬢「話しても良いと思ったから話したまでだが?」
女「信頼されてんのか、無邪気なだけなのか……」
嬢「両方だな。」
女「あ、そう。」
女「基本操作をおぼえたくらいじゃあたしの相手はまだ無理だよ。」
嬢「ほう、大きく出たな。」
女「そりゃまあ、年季が違いますからねえ。」
嬢「大した自信だな。では、次私が勝ったら血を吸わせてもらおうか。」
女「いやいや、それ死んじゃうし。」
嬢「なに、死ぬほどではない。ほんの少しだ。」
女「じゃあ、10/80やめて707解禁させてもらうわ。」
女「いやー、やっぱ空中ダッシュとバーティカルターン使えると捗るわー♪」
嬢「一体何をした? ワケもわからぬうちに撲殺されたぞ。」
女「嬢ちゃんが前ビ食い過ぎなだけです。」
嬢「さっきまでは勝てそうな勝負だったのに……」
女「ムーミンや八つ橋はともかく、漕ぎ保存くらいはマスターしてなきゃ。」
嬢「意味はわからんが……勝てる要素が無さそうなことはわかった。」
女「あたしはもう寝るから、一人用で練習してていいよ。あ、音は小さくしてね。」
嬢「む? 起きたのか?」
女「昼夜逆転にも慣れたつもりだけど、なんか微妙な振動で目が覚めました。」
嬢「微妙な振動?」
女「それより、まだ昼ですけど? なんで嬢ちゃん起きてんの?」
嬢「早起きしたわけではない。寝ていないだけだ。」
女「ずっと起きてたってわけ? つか、震源は嬢ちゃんの両脚だね。」
嬢「たまには昼更かし?くらいよかろう。それより、もの凄い発見をしたぞ。」
女「センターのハーフキャンセルかなんかですか?」
嬢「尿意をこらえつつ操作すると、実力以上の力が出せるようだぞ!」
嬢「今ならお前にも勝てる気がする。さあ、相手になれ!」
女「その足踏みはかなりヤバい兆候だと思いますが……」
嬢「今がピークなのだ。この機を逃すことはできん。いざ!いざ!」
女「いざ! じゃないって!」
嬢「はやくしろっ! 間に合わなくなってもしらんぞー!」
女「こっちの台詞だよ!それ!」
嬢「ここまで来たら席を立つ方がヤバ――あ……」
女「あ?」
嬢「…………」
女「……まず、お風呂入ろうね。」
嬢「はっ、はっ……はーっくちゅん!」
執「失礼いたします。お風邪をお召しになられたのでございますか?」
嬢「いや、召使いを呼びだす方法らしいので試してみた。」
執「左様でございましたか。」
嬢「どうやら、間違ってはいなかったようだな。」
執「くだらない事で気を揉ませないで頂けますか? この頓珍漢。」
嬢「お前はちゃんと召喚に応じたではないか。このドサンピン。」
嬢「ああ、待て待て。用があるから呼んだのだ。」
執「では、承らさせていただきます。お嬢様。」
嬢「うむ。他でもない、メイドの事なのだが。」
執「何か不手際でもございましたでしょうか?」
嬢「そうではない。明日は満月であろう?」
執「左様でございますね。」
執「既に下知してございます。」
嬢「あのメイド、間違いで失うのは惜しい。」
執「左様でございますね。」
嬢「お前もそう思うか。」
執「かのメイドが来てから、お嬢様は活発になられました。既に以前の面影もありません。」
嬢「その言い方では以前の私が根暗で引き籠りの穀潰しに聞こえてしまうぞ?」
執「嫌味をご理解いただけて感激の念を隠せません。」
嬢「ほう。」
嬢「私が一緒にメイドの部屋に籠って丸一日護衛するというのはどうか?」
執「護衛にならないという点を除けば、素晴らしいお考えかと存じます。」
嬢「あの禁断の魔書とやらをメイドに持たせてはどうだ?」
執「お考え直しください。全力で反対させていただきます。」
嬢「メイドの自衛に任せるばかりでなく、我々の方でも何か対策ができればと考えたのだが……」
執「その着想はお見事と言うほかございません。内容が伴いさえすればでございますが。」
嬢「褒めてばかりでなく、何か案を出すが良い。」
執「ごもっともでございます。」
嬢「そんなことで抑えられるのか?」
執「満月に中てられらば、知性も獣にまで退行いたします。解錠はほぼ不可能でしょう。」
嬢「なるほど。それならばメイドが出歩かなければ大丈夫だな。」
執「お嬢様はいかがいたしましょう?」
嬢「私は畜生に堕すわけではないからな。その手は使えぬ。」
執「退行するまでもない。というわけでございますね。」
嬢「何かないのか?」
執「お嬢様はわたくしめと異なり、意識は残っておられますれば。」
嬢「だからこそ悪知恵も働く。」
執「自制できるほどの強固な精神力を培っていただくより仕方がないかと。」
執「はい。」
嬢「うむ。」
執「いよいよもって、明日は満月となりますので、改めてご忠告をば。」
女「部屋から出るな……だっけ?」
執「左様でございます。」
女「部屋の中に居れば大丈夫なの?」
執「わたくしに関してのみならば、それで問題ないと思いますが……」
嬢「私はそうもいかぬようでな。」
執「おそらく、いろいろと策を弄して部屋に立ち入らんとなさるでしょう。」
女「てことは、話はできるんだ?」
執「左様でございます。騙されぬようお気を付けください。」
女「でも、ドアぶち破られたらどうしようもなくない?」
執「その点は心配無用です。この館は人間のそれより強固に作られておりますれば。」
嬢「少々我らが暴れたとて壊れたりはせん。」
執「では、明日一日、お互いに健闘をお祈りいたします。」
女「つくづく珍妙な仕事場だね。」
執「…………」
執「ふむ、どうやらわたくしの方は問題なかったようですね。」
執「衣服が一着、犠牲になってしまいましたが。」
執「えーと……錠前の鍵はたしか……」
執「さて、こうしてはいられません。」
執「早急にお嬢様の動向と、メイドの安否を確認しなければ。」
執「何事もなければよいのですが……」
女「あいてるよー。」
執「失礼いたします。」
女「スッパー……お?」
執「ご無事でございましたか。」
女「フゥー……うん。なんとか。」
執「その装いはわたくしには刺激が強うございます。着衣をお正しください。」
女「ああ、ごめんごめん。」
執「お煙草を嗜まれるのですか?」
女「そういう気分の時だけね。てか、ここって禁煙だった?」
執「特に禁煙の場所などは設けておりませんが、ベッドの上ではご遠慮いただきたいですね。」
執「お心遣い感謝いたします。」
女「ゆうべは大変だったみたいだね。」
執「……と、申されますと?」
女「なんか物悲しい遠吠えがずっと聞こえてたよ。」
執「いやはや、お恥ずかしい限りで。」
女「そのうち聞こえなくなったけど、何かあったの?」
執「本能の赴くまま、自分の尻尾を追い続けていたようです。足跡が輪になっていました。」
女「んー……来たよ。ていうか、ここで寝てるよ。」
執「招き入れたのでございますか? よくぞご無事で。」
女「入れたおぼえは無いんだけどね。霧になって隙間から入って来たって言ってた。」
執「まさか、先ほどの服装はお嬢様に引き裂かれたためでございますか?」
女「そういうのじゃないから、あんまり心配しないで。」
執「左様でございますか。」
女「お嬢ちゃんをお風呂に入れようと思うんだけど、いいかな?」
執「これは気が付きませんで。申し訳ありません。」
女「おっ、起きました? お風呂ですよ。」
嬢「おお、メイドではないか。生きておったか。」
女「あんたがそれを言うか。」
嬢「美味そうな匂いにつられて部屋に忍び込んだのだがな。」
女「霧になるとか……想定外どころか、常識のむこう側だわ。」
嬢「うむ。知ってはいたが、成功したのは初めてだ。」
女「そんだけ食い意地が張ってるってことか。」
嬢「しかし、そこから先の記憶がない。こんなことは今までなかった。」
女「……そのほうがいいと思う。」
女「そうですか。じゃあ、洗い終わったらゆっくり休みましょ。」
嬢「すまないが、運んでいってくれるか?」
女「お安い御用で。」
嬢「ところで、私はお前にひどい仕打ちをしなかったか?」
女「まあ、未遂だし。」
嬢「ひどい事を言ったりは?」
女「それも別に。そもそも、嬢ちゃんの語彙じゃあ……ね。」
嬢「おや? いつの間にやら爪が短くなっている……」
女「昨日、危ないと思ったから、勝手に切らせてもらいました。」
執「先ほどシーツの洗濯を始めようとしているところを見かけました。」
嬢「何か変わったところは無かったか?」
執「いえ、特には。メイドがどうかなさいましたか?」
嬢「私がおかしいのかもしれん。メイドを見ると動悸がするのだ。」
執「左様でございますか。」
嬢「話は変わるが、お前、昨夜私を噛んだりしなかったか?」
執「滅相もございません……根拠はありませんが。」
嬢「浴場で気付いたのだが、歯型と思しき痕がいくつかついていたぞ。」
執「左様で。」
嬢「それから、小さな鬱血も随所に残っているのだが……」
執「聞けば霧に姿を変えられたとか、その後遺症ではございませんか?」
執「失礼いたします。」
嬢「おお、どうであった?」
執「はい。この件に関しましては、メイドもあまり詮索を好まない様子でして……」
嬢「詳細は聞けなかったということか。」
執「左様でございます。」
嬢「如何にして生き延びたのかは聞き出せたのか?」
執「身の危険を感じ、やむなくオトナのコモリウタを用いて寝かしつけたと申しておりました。」
嬢「ほう。」
執「内容を聞くまでには至りませんでした。」
嬢「だが、そのようなものがあるのなら、今後も安心できるというものだな。」
執「左様でございますね。」
嬢「私はメイドを殺めたくは無いからな。」
執「でしたら、衝動に負けぬよう意思を強く持っていただければと存じます。」
嬢「それはどうやったら身に着くのだ?」
執「甘物をお持ちいたしますので、召し上がるのをご自重し続けてください。」
嬢「ほう。」
嬢「む? メイドか。」
女「ええ、最近お呼びがかからないので、自分から来てみました。」
嬢「これはその……いわゆる鍛錬というやつだ。」
女「目の前のおやつをヨダレたらしながら凝視するのが?」
嬢「満月になっても意識はあるのだから、吸血衝動に負けぬ忍耐をだな……」
女「ああ、我慢の練習ってわけですね。」
嬢「なかなか順調だぞ。だからもう食べても良いな?」
女「いや、ダメだろ。」
女「なんでしょ?」
嬢「これと同じものを、もう一つ持ってきてくれ。」
女「持ってきてどうするの?」
嬢「これは食べてはいかんのだから、持ってきたもう一方を食べる。」
女「とんちで解決してもダメなものはダメだって。」
嬢「むぅ……」
女「私も見ててあげるから、一緒に頑張ろう。」
嬢「見られていると食べづらいのだが……」
女「だから食うなって。」
執「では、その愚策をお聞かせ願えますか?」
女「あれ? 居たの?」
嬢「なんだ? いつの間に来た?」
執「そろそろ根を上げる頃合いかと予測いたしますれば。」
女「予測って……」
執「かれこれ15分、おそらく限界でしょう。」
女「みじかっ!」
執「徐々に伸ばしていけばよいのです。」
嬢「フン、もうその必要もなくなるのだがな。」
執「左様でございますね。」
嬢「つまり、これは満月の夜のメイドを抽象化したものだ。」
執「ご明察、恐縮に存じます。」
嬢「そして、私はもう一つ用意してそちらを食べようと思った。」
執「左様でございましたか。」
嬢「……で、あれば、これは無くならない。」
執「左様でございますね。」
嬢「つまり、満月の日にはもう一人、吸血用のメイドを雇えばよいのだ。」
執「なるほど! それは盲点でございました!」
女「いや、ダメだろ。」
嬢「しかし、他に良い方法が思い付かぬ。」
女「いやいや、さっきまで我慢の練習してたじゃん。」
執「左様でございますね。」
嬢「あぁ……うん。」
女「もっともっと続けてみようよ。それでだめなら、あたしが満月の日に外出するし。」
嬢「!」
執「!」
女「ん?」
嬢「その手があったか!」
執「万感胸にせまる思いでございます。」
嬢「倉庫を物色していたらこのようなものを見つけた。」
執「左様でございますか。」
嬢「用途と用法を説明せよ。」
執「申し訳ありませんが、わたくしめにもわかりかねます。」
嬢「ふむ。おもしろそうだと思ったのだが。」
執「メイドならば何か知っているのではないでしょうか?」
嬢「そうだな。メイドにも訊いてみるとしよう。」
執「かの者は我々よりも広い知見を持っておりますれば。」
女「これはマスクといって、顔に装着して目元を隠すためのもんですよ。」
嬢「顔か! だから湾曲しているのだな? しかし、なぜ隠す?」
女「素性や身分を伏せるために、顔で特定されないようにすんの。」
嬢「なぜそのようなことを?」
女「お祭りや舞踏会で、身分に気兼ねしないで交流するため。かな? たぶんそっち。」
嬢「そうか、では一緒に置いてあった拘束具はやはり関係ないのだな。」
女「アッチか。」
嬢「よい機会だ、倉庫の中をもっと探索してみようではないか。」
女「倉庫っていうより、単に使ってない部屋だよね?」
嬢「普段使わないものをしまっておく部屋を倉庫というのではないのか?」
女「しまってあるんじゃなくて、部屋に備え付けてるものな気がする……あのマスクなんか。」
嬢「ここは照明が少ない。暗いから足元に気をつけるのだぞ。」
女「あぁ―……やっぱり、これ倉庫じゃなくて拷問部屋じゃね?」
嬢「拷問部屋?」
女「むしろ調教部屋か? 実物なんて知らないけど。」
女「んーと、悪いことした人を懲らしめたり、生意気な奴を改心させるための部屋。」
嬢「ふむ……ではあやつも呼んで来るとしよう。」
女「そか、執事さんもここを倉庫だと思ってんだっけ。」
嬢「うむ。」
女「後で、倉庫じゃありませんでしたーって教えてあげればいいじゃない。」
嬢「教える必要などないぞ。」
女「なんで?」
嬢「お前はこの部屋の使い方を知っているのだろう?」
女「おいやめろ。」
嬢「むむむ、では使い方を聞かせよ。それが済んだら戻ろう。」
女「あんまり詳しくはわかりませんがね。」
嬢「たとえばこれは何だ?」
女「角度のキツいお馬さんです。上にまたがるもんですね。」
嬢「ほう? お馬さんとな? どれどれ――」
女「あ! ちょっ!」
嬢「……痛ひ。」
女「当たり前だ!」
嬢「手で支える事が出来ぬようにか?」
女「わかったら降りようよ。ちなみにムチは馬じゃなくて騎手用ね。」
嬢「これは何だ?」
女「万力だね。サイズからして胸を締めるヤツかな。」
嬢「?」
女「この隙間におᘄぱいを挟んで、ネジを締めてくの。」
嬢「うーむ、私は無理なようだな……というわけで、メイ――。」
女「試しませんよ。」
女「椅子ってわかるなら、説明いらないでしょ。」
嬢「痛そうなものばかりであるな。」
女「だから、そういう部屋なんだって。」
嬢「マスクとの関連が未だに不明だな。」
女「あぁ……うん、そーだね。」
執「興味深いものは見つかりましたか?」
嬢「む? お前も来たのか。」
執「別件で近くの部屋に寄ったので、様子を見に来ました。」
嬢「そうか……ところで、これは馬を模したものらしい。またがってみよ。」
執「はあ、それでは僭越なが――アッー!!」
嬢「何? お誕生パーティ?」
執「左様でございます。」
嬢「して、それは如何なるものだ?」
執「自分の生まれた日を記念日とし、毎年その日になると催す宴……との事でした。」
嬢「メイドの提案であれば、人間の風習か?」
執「左様でございます。」
嬢「よし。許可する。」
執「恐れながら申し上げます……」
嬢「人間の風習など下らぬと?」
執「いえ、そのようなことではございません。」
執「……お嬢様はご自分のお生まれになった日をおぼえておいでですか?」
嬢「あぁ……知らぬ。」
執「左様でございますね。」
嬢「お前は知っておるのではないのか?」
執「恐れながら、わたくしめも存じ上げません。」
嬢「そもそも、生まれたばかりで時計の針も読めぬ赤子が、どうして日付などおぼえられようか?」
執「同感でございます。」
嬢「うむ。知ることが出来ぬのだから、おぼえておくことなど無理だな。」
執「左様でございますね。」
嬢「……という事は、私はお誕生パーティを開けぬということか?」
執「左様でございますね。」
嬢「なんとかならんのか?」
執「残念ながら……そのようなお顔をなさいましても。」
嬢「どう! にか! ならんのか?」
執「残念ながら……そのような姿勢をなされましても。」
執「これはどうも。ご苦労さまにございます。」
嬢「…………」
女「ありゃ? なんか嬢ちゃんが難しい顔して奇抜なポーズしてんね。」
執「左様でございますか?」
女「お誕生パーティの件、だめだった? そのせい?」
執「許可はいただけましたが、催すことができないのでございます。」
女「なんで?」
執「お嬢様は、ご自分のお生まれになった日をおぼえておられません。」
嬢「そ・こ・を・な・ん・と・か!」
執「……そのような舞踊を興ぜられましても。」
嬢「できるのか?」
女「もう一つの倉庫で手記見つけたじゃん? まあ、あっちも倉庫じゃなくて書斎だったけど。」
執「どなたの手記でありましょうか?」
女「嬢ちゃんのお母さんっぽいね。」
執「さ、左様でございあそばされなさいましたか……」
女「?」
嬢「どうした? 舌でもつったのか?」
執「お茶が熱すぎたようです。メイドに指南してきますゆえお許しをいただけますか?」
嬢「わかった。手短にな。」
女「奥さんの手記かな?」
執「左様でございます。」
女「なにか不味いことがあったんだよね?」
執「ご理解が早くて助かります。」
女「秘密がある?」
執「以前、奥方様の事は申し上げましたが、お嬢様には伏せております。」
女「たしか、鬼籍に入ってるって……」
執「お嬢様は、わたくしが屋敷から逃がしたという話を信じておられますれば……」
女「これにはそういうこと書いてないから見ても大丈夫。でも、これから気をつけるわ。」
嬢「勘違い?」
執「わたくしが飲んだのはお茶ではなく、ただの煮え湯でございました。」
嬢「うむ。して、話を戻すが、お誕生パーティとやらは可能なのだな?」
女「そそ、手記から誕生日がわかったから、パーティしようかって言ったわけよ。」
執「日取りはどのように?」
女「明々後日。三日後だね。」
嬢「用意するものは?」
女「準備はあたしがやるから、嬢ちゃんは友達に招待状でも書きなよ。」
嬢「あー……うん。」
執「わたくしめは5通でございました。」
女「しかも全部文面が違うんだけど……」
執「ちなみに、アニメイテッドたちにも、画鋲で張り付けられておりました。」
女「よかれと思って提案したんだけど……逆に、残酷な仕打ちになってないかコレ。」
執「残酷……ですか?」
女「その、招待する相手がいないってことを実感させちゃったみたいな。」
執「わたくしめはこのような催しは初めてですのでわかりかねますが……」
女「あぁ、まあそういえばそうか。」
執「お嬢様はとても嬉しそうにコレをしたためておられました故、思い過ごしかと存じます。」
女「そうなんだ。」
女「Happy birthday to you♪」
執「はっぴばーすでーとぅーゆー♪」
女「Happy birthday dear 嬢ちゃーん♪」
執「はっぴばーすでーいとぅーゆー♪」
嬢「祝ってもらうのは初めてだ。なんだか照れるな……」
女「もう一名、顔が茹でガニみたいになってる人もいるけどね。」
骨「…………」
女「いや、あんたらじゃねーし。」
執「…………」
嬢「どうした? まさか不服なのではあるまいな?」
執「いえ、決してそのような事は……」
嬢「プーッ!!」
執「一本残ってしまいましたね。」
嬢「フッ!」
執「お見事にございます。」
嬢「このロウソクはどういう意味があるのだ?」
執「キャンドルにございます。」
女「どっちでもいいって。これは歳の数だよ……っとと……」
執「少々お待ちください、すぐに照明を点けてまいります。」
女「お、ありがと。」
女「そだね。でも、この赤いのは10って数えてね。」
嬢「ということは……14さい? 私が?」
女「そうだよ。おめでとう。」
執「左様でございましたか。」
女「来年は盗んだバイクで走りだすお年頃なんだねぇ……」
嬢「バイク? 走るというと……獣の類か?」
執「聞いたことがございます。」
嬢「述べよ。」
執「何でも馬車馬数百頭に匹敵する力を秘めた鉄の獣だとか。」
嬢「馬車馬というと、馬車を牽くためのお馬さんか?」
執「恐れながら、馬が牽く車が馬車でございます。」
骨「…………」
骨「…………?」
嬢「よもや私のお誕生日を祝えぬ――などとは申すまいな?」
骨「!!」
女「いやいや、無理なら無理でいいって。床が汚れるだけの気がするし。」
骨「バクバク――ボトボト――カチカチ!」
女「あぁ……うん。見事なまでに予想通りだわ。」
嬢「ふふふ、私は果報者であるな。」
執「明日、絨毯ごと交換するよう手配しておきます。」
女「うーん……でもねえ……」
執「お嬢様も喜んでおられますれば、絨毯など安いものです。」
嬢「む? 施しなど受けぬぞ。」
女「違うから。」
嬢「?」
女「うーん……難しいね。今日のことをまた後で思い出すための記念品?」
嬢「思い出す?」
女「もし忘れちゃっても、それを見ればまた今日のことを思い出せるようにって。」
嬢「忘れるものか。私はずっとおぼえておくぞ。」
女「嬢ちゃんがおぼえてても、あたしは忘れちゃうかもよ?」
嬢「忘れて……しまうのか? お前は。」
女「泣きそうな顔しなさんな。忘れないように、忘れても思い出せるように贈るんだから。」
嬢「ふむ。開け方がわからぬ。」
女「そんなのどうでもいいの。リボン解いてテキトーに破いちゃえ。」
嬢「本……ではないな。何も書かれておらぬ。」
執「これは、日記帳でございますか?」
嬢「なんだ、居たのか。」
執「嘆かわしや……」
女「毎日でなくてもいいから、その日にあったことを書きとめておくモノだよ。」
嬢「そうか。では大事にしまっておくぞ。」
女「いや、書けよ。」
嬢「これは一体なんぞ?」
執「カタタタキケンなるものにございます。どうぞ、お納めになってください。」
嬢「カタタタタ?」
執「カタタタキケン。」
嬢「カタタキキケン?」
執「こちらを一枚提示いただければ、肩を叩きに参じます。」
嬢「要らぬ。」
執「……左様でございますか。」
嬢「メイドよ、またアレを頼む。」
女「アレ……ですか?」
嬢「そうだ、もう辛抱たまらんのだ。」
女「ダメです。」
嬢「何ゆえだ?」
女「なんていうか、背徳感というか罪悪感というか……」
嬢「私が頼むと言っているのだ。そんなもの感じる必要は無いぞ。」
女「そーゆー問題じゃねえですよ。」
女「一時の気まぐれ、強いて言えば冗談みたいなもんだったわけで。」
嬢「私のこの渇きを冗談で済ますというのか?」
女「別にいじめてるワケじゃないんですよ。」
嬢「お前は罪な女だな。」
女「それとなく覚えたての言葉使わないの。」
嬢「では、罪作りな女か?」
女「凄くふしだらな表現されてる気がする。」
女「だからって同じこと繰り返したら、ますます前科が増えるでしょ。」
嬢「心配は無用だ。罪だと言うなら私が許す。」
女「じゃあ、晴れて無罪ってってことでヒトツ。」
嬢「まだ許したとは言っておらん。対価は払わねばならぬ。」
女「堂々巡りですよ。」
嬢「お前の冤罪はお前によってのみ遂げられるものだ。そうであろう?」
執「それを言うなら免罪でございます。」
嬢「!?」
執「いえ、今しがた参ったばかりでございますれば。」
嬢「何用だ?」
執「またメイドを困らせているのでございますか?」
女「まあ、種を蒔いたのはあたしだったりするんだけど。」
執「一体全体、何をごねておいでなのですか?」
女「あ、えーと……その……」
執「言葉にするのもはばかられるような事なので?」
女「いや、実はね……」
嬢「左様。一口で私はアレの虜になってしまった。」
執「流石にそれは……はしたないと言わざるを得ませんね。」
女「いやホント、冗談のつもりで持ち掛けたんだけどね。」
嬢「ほんのり漂う塩っ気と、裏面に残る血の味わい。まさに筆舌につくし難い。」
執「わたくしもメイドと同意見でございますれば、お慎みください。」
嬢「うむむ……」
女「だよね。」
女「あ、やっぱり?」
執「過ぎたことですので追及はいたしませんが、猛省を希望いたします。」
女「スイマセン。以後気をつけます。」
嬢「何故ダメなのだ? 確かに生乾きを剥がすのは痛いのだろうが……」
執「そのような問題ではございません。」
嬢「では満足のいく説明をしてみせよ。」
女「あのね、カサブタなんて口にするもんじゃないんだよ。」
執「左様でございます。それも他人のものとなれば尚更でございます。」
執「恐れながら、それが常識と言うものでございます。」
嬢「ふん! まったくもって常識というものは煩わしいな。」
女「ヘソ曲げちゃった。」
執「わたくしどもはなにもお嬢様を虐げたいわけではありません。」
女「そうそう、嬢ちゃんのためを思えばこそだよ。あたしが言うのもナンだけど……」
執「不衛生ですので、今後は滅菌処理をしてからお召し上がりください。」
嬢「ほう。」
女「あー……うん、もう慣れたわ。」
執「お嬢様?」
嬢「何だ? 何か用か?」
執「いえ、お姿が見えませんでしたので探しておりました。」
嬢「そうか。」
執「左様でございます。」
嬢「で? 何か用なのか?」
執「いえ、特に要件はございません。」
嬢「そうか。」
執「左様でございます。」
嬢「そうだ。」
執「…………」
嬢「…………」
執「お嬢様?」
嬢「なんだ?」
執「いえ、何でもございません。」
嬢「用事がないのなら、一人にしてはくれないか。」
執「……かしこまりましてございます。」
嬢「いや、いい。」
執「ですが、最近お嬢様はお食事もロクに――」
嬢「黙れ下郎!!」
執「お、お嬢様?」
嬢「あ……すまぬ。口が過ぎた。」
執「いえ、わたくしこそ差し出がましい真似をいたしまして申し訳ございません。」
嬢「メイドは――」
執「はい?」
嬢「こうなることを予見していたのだろうかな?」
執「――と、おっしゃられますと?」
嬢「こうなることを見越して、私に日記帳を託したのだろうか?」
執「それはわたくしにもわかりかねます。しかし、案外そうなのかもしれませんね。」
嬢「メイドが一人欠けただけで、この館がかくも広く感じられるとは。」
執「ですが……もし、今のお嬢様をメイドが見たらどう思うでしょうか?」
嬢「…………」
執「失礼は重々承知しております。が、今のお姿は見るに耐えぬと言わざるを得ません。」
嬢「……そうだな。」
執「メイドの分までわたくしが代わって仰せつかりますので――」
嬢「では、着替えを頼む。」
執「かしこまりましてございます。」
嬢「明日? 何かあるのか?」
執「もうお忘れでございますか?」
嬢「もったいぶらずに述べよ。この田吾作!」
執「明日はメイドが里帰りから戻る日でございますれば。」
嬢「あ!」
執「ご自分で迎えに出たいとおっしゃっていたではありませんか。」
嬢「そうだぞ。こうしてはおれん、早く用意をするのだ!」
執「ですから、明日でございます。今宵はまだ戻っては参りません。」
執「先ほどお訊きになったばかりではありませんか、まだ5分も経っておりません。」
嬢「何だと? 今日はやけに時が経つのが遅いではないか?」
執「そのような事はありません。一日千秋と申しまして、待つ時間は長く感じるものなのです。」
嬢「うむむ……左様か。」
執「左様でございます。」
嬢「ところで、今何時だ?」
執「ですから……」
嬢「おい! あれを見よ!」
執「おや、戻られたようですね。」
女「おっ? 嬢ちゃん自らお出迎えとは、頭が下がるね。」
執「お待ちしておりました。」
女「ごめんね。勝手に休暇延ばしちゃって。」
執「いえいえ、ご親族が臥しておられたのであれば仕方がありません。」
女「急におとっつぁんがギックリ腰でさ、もぉーまいったわー。」
嬢「うむ。後顧の憂いがあっては仕事も手につかぬというものだ。」
女「じゃ、サボった分しっかり取り戻さないとね。」
嬢「では早速だが、着替えを頼む。」
女「かしこまりましたぁ!」
――――――――――――――――――――おわり
さっくりしててよかった
乙
乙です
引用元: 嬢「では、着替えを頼む。」