もともとが短期エピソードの寄せ集めなので、当該SSを未読でも問題ないと思います。
たぶん
ざっくり人物紹介
お嬢様:お屋敷の頭首でヴァンパイアハーフ・口が悪い・最近やんちゃになってきた。
執事:お屋敷の執事でワーウルフ・口が悪い・最近立場が弱くなってきた。
女:お屋敷の雇われメイド・ガラが悪い・最近お屋敷の暮らしに慣れてきた。
骨:お屋敷の単純作業要員・もともとは犯罪者たちの遺体。
嬢「む? 今ちょっと取り込み中だ。後にせよ。」
執「左様でございますか。」
嬢「左様だ。」
執「恐れながら、さほどお忙しそうには見受けられませんが?」
嬢「そんなことは無いぞ。これは今後のための大切な……」
執「一体何をなさっておられるのですか?」
嬢「乱数テーブルの解析だ。電源パターンの再現までは漕ぎつけた。」
執「左様でございますか。」
嬢「そうなのか?」
執「メイドの申します通りでございます。少々急を要しますことでありますれば。」
嬢「では、聞こう。」
執「お嬢様……」
女「ダメだよ? 話を聞く時はちゃんと相手の方を見なきゃ。」
嬢「むう……わかった。これで良いか?」
執「お気遣い感謝いたします。」
嬢「述べよ。」
嬢「ほう。」
執「つきましては、どのように対処したものかご意見をいただきたく――」
女「ネズミ一匹になんだか大仰だね。」
嬢「ああ、メイドが来てからは初めてだったな。」
執「左様でございますね。」
嬢「ネズミと言うのはものの例えだ。」
執「時折、この館の噂を聞きつけたハンターが襲撃に参ります。」
女「それが今来てるってわけ?」
執「左様でございます。」
執「単身でございます。」
嬢「装備は?」
執「銃火器の類は携帯しておりません。」
嬢「他に得物は持っていそうか?」
執「外套を着用しておりますので、判別できませんが、長物は携えておりません。」
女「…………」
嬢「他に外見から窺えることは?」
執「ロザリオを首に下げておりますので、教会関係の者でありましょう。」
嬢「では、プランBにて迎えよ。」
執「かしこまりましてございます。」
執「当家のヒヤリハットは述べ80項目にも及びますれば、この程度のことは想定済みでございます。」
嬢「抜かるでないぞ。後は任せた。」
執「実のところプランBによります対処、想定してございましたので……」
嬢「ならば早く行かぬか。」
執「こちらにお連れいたしました。」
嬢「ほう。」
女「へ?」
嬢「しかし、なぜここに連れて来たのだ? ここはメイドの私室であるぞ? 謁見ならば――」
執「先に広間にご案内いたしましたが、お嬢様がおられませんでしたので。」
嬢「ほう。」
女「てか、連れてくるのがプランB?」
執「わたくしどもは人間に害意はございませんので、それをご理解いただき、お帰り願うのがプランBでございます。」
狩「化け物どもめ、臆したか!?」
女「待ちな……ちょっと今のは聞き捨てならないね。」
狩「む? 貴様は……?」
女「あたしはこの家のメイドだよ。れっきとした人間さ。」
嬢「おお! なにやらメイドが頼もしいぞ!」
嬢「気のせいか? メイドの方が聞き捨てならんことを言ったような……」
執「左様でございますか?」
女「あ、いや、言葉のアヤってやつだよ。」
執「お嬢様もある意味人間でございますし、お互い怒気を交えるのは対話の後でも……」
狩「わかった……一旦、拳を収めよう。」
執「では、わたくしめはお茶の用意をしてまいります。」
狩「だが忘れるな……もし、おかしな真似したらその場で葬ってやる。」
執「お嬢様……」
狩「フン、少しは腕に覚えがあるようだが、我が前には児戯にも等しい。」
女「嬢ちゃんの敵討ちだ、久しぶりに本気を出すよ。」
狩「ヌルいわ。その程度の動きで……え?」
女「ほらよ。」
狩「なっ! ABOホールド……だと!?」
女「4段ジャンプで時間稼ぎなんてお話にもならないよ。まともにやれば嬢ちゃんの敵ですらないね。」
嬢「うむ。あれは姑息だったな。」
狩「くそ、もう一度だ!」
女「いやいや、もう十分遊んだでしょ。納得したんなら帰れよ。」
――――――――――
執「ピクニックでございますか?」
嬢「うむ、そうだ。知っておるのか?」
執「参加したことはございませんが、概要ならば存じております。」
嬢「メイドの発案でな。次の新月に行くことになった。」
執「左様でございますか。」
嬢「よって、私が不在の間、お前が私の権限を振るうことを許可する。」
執「はい?」
嬢「聞こえなかったか?」
執「わたくしめの聞き間違いでなければ、不在の間は権限を譲ると。」
嬢「うむ。務めてみせよ。」
嬢「その通りだ。父上の血統に悩まされぬ日だからな。」
執「危険です。裏を返せば、ヴァンパイアとしての力が振るえぬ日でもございます。」
嬢「日中であれば問題は無かろう?」
執「言うなれば非力な女児としての振る舞いしか適いません。賛成はいたしかねます。」
嬢「メイドも同行するのだ。心配は無用ぞ。」
執「成人とはいえ、メイドも女性でありますれば、非力と評さざるを得ません。」
嬢「行くなと申しておるのか?」
執「いえ、抑止が意味を成さぬことなど、承知してございます。」
嬢「ほう。」
嬢「うむ。二言は無い。」
執「わたくしは人狼でございますれば、全天候において高い身体能力を維持しております。」
嬢「そうか?」
執「日中は多少劣化いたしますが、新月におけるお嬢様ほどの落差はありません。」
嬢「つまり?」
執「えーと、その……」
嬢「新月であろうとも立派に留守番を成し遂げてみせる?」
執「ご無体でございます……」
嬢「む? メイドも来たのか。」
女「勝手に入ったよ。ノックしたんだけど、返事なかったから。」
嬢「しかし、なぜ3人分用意せねばならんのだ?」
女「執事さんの分さ。頼りないあたしと嬢ちゃんとを護衛してくれるつもりみたいだから。」
執「それほどまでにお望みとあらば、護衛に付くこともやぶさかではございません。」
嬢「いや、無理強いするのも悪いだろう。」
執「申し訳ありませんでした。随伴をお許しください。伏して願い申します。」
嬢「行きたいなら行きたいと、初めから言えばよいではないか。」
執「おっしゃる通りでございます。」
嬢「ああ、手短にな。」
執「お待たせいたしました、どうぞお渡りくださいませ。」
嬢「本当に良いのか? 毎度毎度ハンカチを踏んで歩くのは少々心が痛むぞ。」
執「お嬢様のおみ足が泥水にまみれることを鑑みれば、ハンカチなど惜しくはありません。」
嬢「わざわざハンカチを敷かずとも、水たまりを避けて歩けばよいではないか。」
執「水たまりごときでお嬢様が進路を曲げられるなど、わたくしには耐えられません。」
嬢「だが、もう何度目だ? 手を拭くための分が無くなってしまうのではないか?」
執「ご心配には及びません。まだ50枚は持参しておりますれば。」
女「帰ってから洗うのはあたしなんだけどね……」
女「どしたの? 急に。」
嬢「私は空がこんなにも青いものだとは知らなかった。」
女「まあ、基本昼は寝てるし、外に出ないもんね。」
執「可視光は波長によって7色に分類されておりますれば太陽より放たれた光が地表に至――」
嬢「この果てしない広さは、夜にどれだけ目を凝らそうが窺い知ることさえできなかった。」
女「屋敷が高い塀で囲まれてるってのもあるかもね。」
執「大気の層を通過せしめる必要がございましてその際に水蒸気や塵芥で屈折いたします――」
嬢「それに、木々の色が痛いくらいに私の眼を奮わせてくれているのだ。」
女「ひとくちにミドリっていってもそれぞれ違うでしょ?」
嬢「うむ。私の眼は今まで闇と黒ばかり見ていたのだな……もったいない事だ。」
執「従いまして空の青はこの青い波長のものが何度も散乱を繰り返し――」
嬢「ところで、こやつを黙らせるにはどうすればよいと思う?」
執「左様でございますか。」
嬢「ところでここはどこだ?」
執「メイドの背中にてございます。」
嬢「む? なぜ私がメイドに背負われているのだ?」
女「遊び疲れて寝ちゃったからだよ。」
嬢「夢ではなかったということか。」
執「左様でございますね。」
嬢「メイド、降ろしてくれ。」
女「いいけど、疲れてない? 歩ける?」
嬢「歩けぬほどではない。それに言っておったではないか。帰るまでが――」
執「――遠足でございますね。」
――――――――――
執「失礼いたします。」
嬢「みなまで言うな。」
執「まだ何も申し上げてはおりません。」
嬢「アレであろう、アニメイデッテッデ……」
執「アニメイトデッド、アニメイテッド、いずれでございましょうか?」
嬢「もういい。新月が過ぎたので、骨どもに眼を入れよと言うのであろう?」
執「さすがはお嬢様。ご明察、恐れ入ります。」
嬢「スミスとヨハンセンとトンヌラの名はおぼえた……いや、思い出したぞ。」
執「では、後はグナイゼナウ、シャルンホルスト、マーフィー、マンフレッティー、サトチーでございますね。」
嬢「……なぜ私は、奴等の名前をタロー、ジロー、サブローにしなかったのだろうな?」
嬢「うむ。恒例の眼入れだ。お前も来るか?」
女「いやぁ、アレはキモいから遠慮しとくわ。施術済みのが動いてるのには慣れたけど……」
嬢「そうか。」
女「しっかし、大変だよね。仕方ないとはいえ、毎回アニメイト掛け直すのも。」
嬢「愚痴をこぼさぬ労働力は有用だ。背に腹は代えられぬ。」
執「お嬢様。この機会に、彼らを改名してはいかがですか?」
嬢「改名とな?」
執「新月を境に契約は消滅しておりますれば、おぼえやすい名前での再契約でございます。」
嬢「ほう。」
嬢「ええと、コレはマーフィーだったか?」
執「もうお忘れでございますか? そちらはグナイゼナウでございます。」
嬢「ええい、うるさい! そのくらいわかっていたぞ。この昼行燈めが。」
執「左様でございますか。」
嬢「傅(かしず)け。」
骨「ケタケタケタケタ!」
執「新しい名前は如何いたしましょう?」
骨「?」
嬢「よし、お前は今日より、トンヌラ改めポチョムキンだ。」
骨「??」
執「グナイゼナウでございます……と、申しますか、タロージローはどこ行ったこのウスラトンカチ。」
女「おやおや、ずいぶんお疲れの様子じゃないか。ハイ、どうぞ。」
嬢「ふいー……」
女「骨に眼を入れるのってそんなに大変なの?」
執「術式自体は単純なものでございますが、今回は少々トラブルがありまして。」
嬢「トンヌラ改めポチョムキン改めトラファルガー改めジローの大腿骨が――」
執「グナイゼナウ改めポチョムキン改めローエングリン改めタローでございます。」
嬢「ああ、とにかく、そ奴の大腿骨をマンフレッティ改めトリスタン改めトラ――」
執「マーフィー改めイゾルテ改めパーシバル改めサブローでございます。」
女「新手の寿限無かなんか?」
執「左様でございますね。」
女「けど、それってヤバいトラブルなの?」
執「いえ、それ自体はさして重篤な影響を生じることではございません。」
嬢「実はな……シャルンホルスト改め……ん?」
執「シャルンホルスト改めガウェイン改めクロービス改めジローでござます。」
嬢「ああ、うん。」
女「いや、それもういいから。新ジローがどうしたの?」
嬢「その上腕骨をチェザーレ改めハインリヒあらた――」
女「もういいってば。つか、チェザーレなんて元から居ないでしょ。」
執「左様でございます。」
嬢「何だか気にくわなかったので、いったん解除したのだ。」
執「一堂に会した状態で解除いたしましたために、さらに錯綜いたしまして……」
女「でも、そんなに影響は無いんでしょ?」
執「いえ……交雑した骨を取り分けて再構築いたしましたところ……」
嬢「ヨハンセンが忽然と居なくなった。」
女「はあ?」
嬢「惜しい奴を亡くしたものだ……」
執「左様でございますね。」
嬢「あ奴は最古参の一人であったのだがな……」
執「悲しみに暮れていても故人は喜びますまい。」
嬢「いつまでも悲しんではおれん。だが、悼んでやることは贐(はなむけ)となろう?」
執「左様でございますね。」
女「故人て言うのもおかしいよね? それともおかしいのはあたしの感性か?」
執「至急、代わりを用意できるか掛け合ってみます。が、しばらくはこのまま凌ぐほかございません。」
女「とりあえずさ、背が伸びたり、手が増えたり、尻尾が生えたりしてるのが居ないか調べない?」
――――――――――
嬢「メイド、メイドはおらぬか。」
女「はいはい。何かご用で?」
嬢「茶を立ててくれ。」
女「淹れるんじゃなくて? 立てるの?」
嬢「む? 私は何か間違ってしまったか?」
女「立てる方のお茶は足が痛くなるヤツですよ。」
嬢「あ、そうか……だが、アレはアレで気に入ったぞ。」
女「茶菓子に出した羊羹がですか?」
嬢「不思議な経験であった。初めは渋くて苦くて飲めたものではなかったのだが……」
女「でもまあ、今は無理ですよ。抹茶も切らしてるし。」
嬢「うむ。」
女「どれにしよっか? ダージリン? アッサム? それともウバでミルクティー?」
嬢「この前のブレンドを所望するぞ。」
女「あー……メイド特製ラディカルザッパースペシャル……だっけ?」
嬢「メイド特製バイナリーロータスカスタムではなかったか?」
女「うん、まあ、その場のノリでテキトーに名付けただけで、配合とかおぼえてないわ。」
嬢「ほう。」
女「いえ、わりかし浸透してますよ。愛好家もいるし。」
嬢「高潔な者のみに許された高貴な趣味なのだな?」
女「そうでもないですよ。ブレンド済みの葉っぱが市販されてたりしますもん。」
嬢「ほう。」
女「ま、ブレンドがいいって言うならまた試しに作ってみますけど? 味の保証はできませんが。」
嬢「今度は調合を控えておくのだぞ。後日、再現できるようにな。」
女「だから、味の保証はしねーって言ってるですよ。」
女「お気に召さなかったみたいだね。」
嬢「いや、非常に個性的というか野趣に富むというか……」
女「香りはいいと思ったんだけどね。」
嬢「そうだぞ、味はともかく長靴いっぱいというやつだ。」
女「無理しなくていいってば。」
嬢「うむむ。」
女「シーズロストコントロールオリジナルは封印っと。」
嬢「何だそれは?」
女「今思い付いたブレンド名ですけど?」
嬢「ほう。」
嬢「ふむ。それはだな……」
女「それは?」
嬢「えーと……その……」
執「お呼びでございますか?」
嬢「!」
女「!」
嬢「呼んでなどおらぬ。」
執「おや? わたくしめの勘違いでございましたか……」
嬢「だが、メイドが食材の補充について知りたいそうでな……」
執「承知いたしました。ご説明いたします。」
嬢「ほう。」
執「その際に、次週納めてほしい物も伝えておけば応じてもらえる手筈になっております。」
嬢「ほう。」
執「予算次第ではありますが、希少品でなければ大概は手配してもらえますね。」
女「予算って?」
執「当家では人間の通貨を採用しておりますれば、業者に払う駄賃でございます。」
女「お金以外でもいいわけ?」
執「わたくしどもには扱えませんが、魂や記憶などを集め、対価に払う者もあるようです。」
嬢「ほう?」
女「てか、やっぱり嬢ちゃんは知らなかったわけね。」
執「次回、お立ち会いになられてはいかがでございますか?」
女「配達の時に?」
執「ええ、わたくしでは微妙につたえ間違う可能性もありますれば。」
女「自分で頼めと?」
執「左様でございますね。」
女「それが確実かぁ。」
執「もちろん、わたくしが知りうる物であれば、お手を煩わせる必要もありませんが。」
女「そだね。今すぐ欲しいものがあるわけじゃないけど、今後のために一回見とこう。」
――――――――――
女「あのコが配達のヒト?」
執「左様でございます。」
女「なんか、イメージと違うね。」
執「左様でございますか?」
女「なんかこう、ツギハギだらけのムキムキボディに鉄仮面を想像してた。」
執「左様でございますか。」
女「あのコは猫娘? ワーキャットっていうのかな? そういう分類?」
執「わたくしどもと異なり、彼女は獣人ではございません。もっと下等な存在でありますれば。」
女「下等て……」
女「なにが違うの?」
執「契約者の魔力によって人化しておりますが、中身はただの動物でございます。」
女「そうなの?」
執「もっとも、契約と申しましても、合意のない一方的なものの場合がほとんどでございましょう。」
女「動物相手に合意なんかとらないってことか。」
執「契約者の中には、慰み物として使役している輩もいるようです。」
女「なんか可哀想だね。」
執「左様でございますね。」
女「嬢ちゃんもそういうことできるんだ?」
執「契約体系は当家のアニメイテッド達と大差ありませんので。」
女「でも、今はそういうのいないね。」
執「お嬢様には、お嬢様ゆえの問題がございますれば。」
女「なんだろ?」
執「混血であらせられますゆえ、新月になると魔力が消えてしまいます。」
女「使い魔が元の動物に戻っちゃうわけ?」
執「左様でございます。」
女「再契約してもまた最初からってことか。」
執「一緒に遊んだ記憶なども失われ、お嬢様は大層悲しんでおられました。」
女「嬢ちゃんは何を使い魔にしてたの? 蝙蝠とか?」
執「お聞きになられますか? いえ、なりたいのですか?」
女「え?」
執「無邪気さは時に、残酷な凶器となり、知らず知らずに他者を傷付けてしまうこともございます。」
女「え? なにそれ? 知らない方が幸せな方向?」
執「お嬢様は寝室に這い出た一匹のゴ――」
女「わー!わー!ナシ!今の質問ナシで!」
女「何か言ってるけど?」
執「どうやら、また商品に手を出してしまったようですね。」
女「納品するやつ食べちゃったの?」
執「干物の数が合いません。」
猫「ぎょーぎ? しご? しご?」
女「吐き出せってわけにもいかないしねぇ……」
執「このような場合、死なぬ程度の嗜虐が認められておりますが……」
女「よく見たらこのコ、尻尾が途中で千切れてるじゃないか。」
執「そのような視線を向けないでいただけますか。わたくしの所業ではございません。」
女「けど、またやったって事は効果が無かったってことじゃない?」
執「いえ、配達を完遂した事がございませんので、褒める機会が無いのでございます。」
女「あー……完遂を待ってるだけじゃ、永久に無理だろ。」
執「最近はつまみ食いを見越して余分に発注しておりますので子細はございません。」
猫「んまんま! まぶり! らーら! かつれ!」
女「お腹が空いてるんじゃないの?」
執「左様でございますか?」
女「いや、そんな気がしただけだよ。」
執「左様でございますね。」
猫「だんだん!」
女「ロクに食べさせてもらってなかったから商品食べてたのかな。」
執「その可能性は否定いたしません。ですが……」
女「なんかまずい事が?」
執「他者の使い魔とあまり親密になり過ぎるのはおすすめいたしません。」
女「それは一回懲りたから大丈夫。線引きはできてるつもりだよ。」
執「左様でございますか。」
女「猫の舌ってヤスリみたいになってんのな。」
執「左様で? ございますね。」
――――――――――
執「こちらにおいででございましたか。」
嬢「おお? 早速獲物がやって来たというわけだな。」
執「獲物でございますか?」
嬢「新しい遊戯を思い付いたのだ。お前が最初の獲物というわけだ。」
執「はぁ……またテレビゲームの影響なので?」
嬢「光栄に思うがよい。」
執「お言葉ではございますが、わた――」
嬢「パリイ!」
執「?」
執「恐れながら、牙城の用法を誤っておら――」
嬢「パリイ!」
執「それに、受け流しには殺傷効果はありませんので必さ――」
嬢「パリイ!」
執「…………」
嬢「フフフ、今の私には蟻の這い寄る隙もない。」
執「蟻は隙を見つけては這い出るものでございますれば、這い寄――」
嬢「パリイ!」
執「そもそも這い出る際の隙と言うものは物理的な空間の事を意味して――」
嬢「パリイ!」
嬢「そうか?」
執「何度も申しておりますように、ゲームで得た知識を日常で模倣することが問題なのです。」
嬢「む?」
執「その事を知らぬ者の目に留まれば品位を疑われましょう。わたくしが危ぶんでおりますのは――」
嬢「パリイ!」
執「いたしかたありませんね……実力行使にて訴えさせていただきます。」
嬢「果たして、今の私に通用するかな?」
執「お、お嬢様……」
嬢「……?」
執「ほ、ほぎー!」
嬢「!!」
執「左様でございますか。」
女「一体何があったの?」
執「お戯れが少々目に余り、若干ではありますが腹にすえかねましたので、お灸を据えた次第でございます。」
女「うん、なんとなくだけど、わかるわ。」
執「以前のわたくしならば、茶目っ気が出てきたと喜ぶところでございましたが……」
女「今はそんな余裕もないってことね。」
執「我ながら現金過ぎると恥じ入る次第でございますれば。」
女「恥じ入る?」
執「今に慣れ過ぎたために、以前は喜べたことを喜べない浅ましさに、でございます。」
女「そこまでへりくだる事でもないと思うけど。」
執「左様でございますか?」
執「頭では理解していても、振る舞いが伴っておりません。わたくしはまだまだ未熟者でございます。」
女「で、どうやって嬢ちゃんをヘコませたの? あたしの部屋に閉じこもって震えてるけど。」
執「それほどまでに衝撃を受けておいでなのですか?」
女「そうみたい。任せなさいって言っちゃった手前、このまま戻るのもバツが悪くて……」
執「解決の糸口が欲しいと言う事でございますか?」
女「まあ、平たく言えばそうだね。あらまし教えてくんないかな?」
執「――にしては楽しそうな表情を浮かべておられますが。」
女「あはは。」
執「左様でございますか。」
女「あたしは別に嬢ちゃんの肩を持つわけじゃないけど――」
執「あ、いえ、貴女にはお嬢様の味方であり続けていただきたく存じます。」
女「ん? どゆこと?」
執「今回のように、わたくしの至らなさから、お嬢様を傷つけてしまう事もございますれば。」
女「そういう時のために拠り所になれって?」
執「左様でございます。」
女「なんかプレッシャー感じるなぁ。あたしはただの雇われメイドだし……」
執「御心配には及びません。今回、お嬢様が最初に頼られたのはどなたですか?」
女「あ、そういやそうか。」
女「ええ、なんか、捕鯨船の航行予定って言おうとして噛んだだけみたいだよ。」
嬢「そうか、そうだな! あやつがアリなどに遅れを取ることなど万に一つも有りえぬ!」
女「それにしても……凄い慌てぶりだったね。」
嬢「もうその事には触れるでない。」
女「嫌な事でも思い出しちゃったの?」
嬢「うむ、一巡させてハンニバルを出すための高原合宿の日々がふつふつと……」
女「そっちかよ。」
――――――――――
嬢「時にメイドよ。週末の予定はどうなっている?」
女「予定って、あたしの?」
執「左様でございます。」
女「いや、いつもと変わんないよ。起きてから寝るまで奉公、奉公。」
嬢「外出の予定などは無いのか?」
女「んー……無いね。」
執「左様でございますか。」
女「まだ居待月だし、次の満月には程遠いよ?」
執「満月によりますわたくしどもの豹変を懸念しているわけではございません。」
嬢「来客があるのだ。」
執「先代のゆかりの者でございますれば。身分的にはやんごとなき方々であらせられますが……」
女「ガラの悪いお抱えメイドを披露したくない……って?」
嬢「そうではないぞ。」
執「お気分を害されませぬよう。決してそのような事ではございません。」
女「?」
執「母君が人間であらせられますお嬢様と違い、此度の客人は純血でありますれば。」
女「月の満ち欠けに関係なく吸血鬼ってわけか。」
執「左様でございます。」
嬢「お前を苛(さいな)めることは、私に唾を吐きかけるようなものだ。」
女「あ、なんかそれ嬉しい。」
執「よもや当家対し、弓を引くような事態にはなりますまいが……」
嬢「用心に越したことは無いと思ってな。」
女「でも、遠いにしろ近いにしろ、嬢ちゃんの親族になるんじゃないの?」
執「左様でございますね。」
女「だったら、あたしもちゃんと挨拶しときたいな。」
執「お気持ちはわかりますが、お勧めいたしかねます。」
嬢「……で、あるな。」
執「その……今回はご兄妹でおいでになられるのですが、お二方とも極めて特異な嗜好を……」
嬢「執事、構わぬぞ。」
執「あ、はい。歯に衣着せぬ申し方をいたしますれば、クソヤローどもにてあらせられます。」
嬢「私の父上も外道であったが、それに勝るとも劣らぬ。」
執「縁者でなければ、拝眉の栄に浴すことさえ、はばからさせていただきたく存じます。」
女「それはそれで逆に興味が湧いてきちゃったけど。」
嬢「うむむ……紙とペンを持て。」
執「かしこまりましてございます。」
執「ふぬっ……く、くはっ……プッ!」
女「えーと……なにこれ、マッドストンパーと笑うヤカン?」
嬢「な、なんだそれは? とにかくこういう顔なのだ。そうであろう?」
執「え!? あー……はい。相違ございません……特にこの目のあたりなど――」
嬢「それは鼻だ。」
執「……左様でございますね。」
女「悪いけど、よけに見てみたくなっちゃったわ。」
執「いたしかたありませんね。」
嬢「期待などするでないぞ。」
兄「お前こそ、まるで小鳥でもがさえずったのかと思ったよ。」
妹「まあ! お上手でございますこと。」
兄「きっと、誰かが僕たちに嫉妬してるのさ……」
妹「それはそうと、ご出立の準備の方は整いまして?」
兄「ああ、何も問題は無いよ。今度こそ、お姫様を籠絡せしめるんだ。」
妹「あんな混血のどこがいいのかしら? なんだか妬けてしまいますわね。」
兄「彼女は混血故に儚い、だからこそ美しい。勿論、お前には敵わないけどね。」
妹「心得えておりますわ。それを聞けばこそ、わたくしも心置きなく手伝えますのよ。」
執「また召使いの召喚でございますか?」
嬢「いや、なんだか悪寒が走った。」
執「左様でございますか。」
女「しょうが湯つくってこようか? あったまるよ。」
嬢「うむ、お前もメイドを見習うべきではないか? この与太郎めが。」
執「因果応報という言葉をお調べになることを進言いたします。このアンポンタン。」
女「あー……このやりとりに混ざりたいって思うのは贅沢かなぁ。」
――――――――――
執「これはこれは、遠路はるばるお疲れ様でございます。」
兄「うん、そういえば少し疲れたかな。」
執「お二人ともお元気そうでなによりでございます。」
妹「あら? お兄様は少し疲れたと申しましてよ?」
執「これは失礼いたしました。お部屋は用意してございますので、ご案内いたします。」
兄「いや、そんなに気を使わないでいいよ。僕らも自分の家だと思って羽根を伸ばすから。」
妹「そうね、自分の家……だと思ってくつろぐことにいたしますわ。」
執「しかし……」
兄「何か?」
執「いえ、何でもございません。」
執「左様でございますか?」
女「ま、あたしの趣味じゃぁないけど。」
執「左様でございますか。」
女「お客人っていうから重鎮ぽいの想像してたけど、歳は嬢ちゃんとそう変わらなそうだね。」
執「左様でございますね。」
女「歯ぎしりやめなってば。」
執「これは失礼いたしました。」
女「ところで、どこ行ったの? あの兄妹。」
執「不覚! くっ……油断も隙もない。」
兄「ああ、丁度良かった。ちょっと迷ってしまってね。」
執「ここはお嬢様の寝室でございますれば、それはお嬢様の衣裳棚でございます。」
兄「へえ、それは知らなかったなぁ。」
執「お被りになっておられる布をお取りください。」
兄「ん? 失敬失敬、今日はこのナイトキャップを使おうと思っていたんだが……」
執「それはお嬢様の下着にございます。」
兄「へえ、それは知らなかったなぁ。」
執「お部屋にご案内いたしますので、ご同行願えますか?」
兄「ははは、自分の家で案内を頼む者などいないでしょ?」
嬢「うむ。息災そうでなによりだ。」
妹「アナタ、メイドを雇ったらしいじゃない?」
嬢「それが何か?」
妹「何でもありませんわ。ただ、この屋敷のお眼鏡に適ったメイドが気になりましたの。」
嬢「では、後ほど紹介しよう。」
妹「呼んではくださいませんの?」
嬢「後ほど紹介する。」
妹「呼 ん で は く だ さ い ま せ ん の ?」
嬢「立て込んでいる。重要な用事を申しつけたのでな。」
妹「あら、残念。」
女「別にあたしがコソコソする必要もないんじゃ?」
嬢「用心に越したことは無い。まったくもって気が置けぬ連中だ。」
執「恐れながら、それを言うなら気が抜けない連中でございます。」
嬢「ほう?」
執「それと、申し訳ありませんが、これの焼却処分をお願いできますか?」
女「別にいいけど……なんで?」
嬢「待て! それは私のお気に入りではないか?」
執「兄君が舐めまわした上に頭に被っておられました。」
嬢「メイド、灰も残すな。」
女「へーい。」
執「わたくしは鍵束を取ってまいります。」
兄「丁度良かった。少々退屈してたところだよ。」
妹「いつの間にか他の部屋が施錠されているんですもの……ねえ。」
執「ご不便をおかけして申し訳ありません。」
兄「賊でも入り込んだの?」
執「部屋によっては危険な物も据え付けてありますれば、お二人の安全のためにございます。」
妹「あら、それは重畳ですこと。」
兄「自分の不注意は自分で責を負うんだけどなぁ。」
執「客人に怪我をさせたとあっては当家の威信に関わりますれば、何卒ご理解ください。」
執「左様でございますね。」
兄「紹介がまだのようだけど?」
妹「わたくしもまだ、ご紹介にあずかっておりませんの。」
執「あずかる。は、自分について紹介してもらった時に用いる表現でございます。」
妹「な! ええ、もちろん存じておりましたわ! 合格よ! 貴方を試しましたの!」
執「左様でございましたか。光栄に存じます。」
兄「それで、そのメイドの事なんだけど――」
執「食事に同席いたしますので、ご紹介に あ ず か ら せていただけるかと。」
妹「キーッ!」
――――――――――
嬢「皆の者、席に――」
執「着きましてございます。」
嬢「うむ。当家のメイドを紹介する。」
女「ただいまご紹介にあずかりましたメイドにござ――」
妹「チッ!!」
女「ん?」
兄「あぁ、いや、気にしないでくれないか。」
女「向かいましたるお二人さんには、初のお目見えと心得ます。手前、生国は――」
妹「お兄様! このメイド、やっぱり契約を済ませていないわ。」
兄「それはそうだろう。何せあるじがあるじだからね。」
女「刺してもいいか?」
執「お気持ちはわかりますが、ご自重ください。」
嬢「何か不都合な事があるのか?」
妹「使用人なんかと一緒だなんて、食事が喉を通りませんわ。」
嬢「口を慎めチンチクリン!」
妹「ちんちく!?」
執「霊峰にのみ自生いたします可憐な開放花でございます。」
妹「も、もちろん存じておりますわ。」
女「あたしが目障りなら下がりましょうか?」
嬢「よい。ウチではメイドも卓を囲む決まりだ。」
執「ご自分の家だと思われるのであればこそ……」
兄「ああ、そうだね。野暮だった。」
執「左様でございますか?」
妹「貴方のことではないわ。」
骨「…………?」
女「あんたの事でもないと思うよ。」
妹「というか、配膳が済んだならとっとと下がりなさいな。」
骨「…………」
嬢「という事は、私がか?」
兄「うん、そう。」
嬢「だとするなら、それはメイドの功績であるな。」
嬢「メイドは私にいろいろな事を教えてくれるからな。」
兄「へえ、そうなんだ。」
嬢「そういえば、お誕生パーティを開いてくれた事もあったな。」
兄「オタンジョーパーティ?」
妹「え、ええ……それは素晴らしい試みでしたわね。」
兄「ああ、そ、そうだね。うん、オタンジョーパーティは良いものだ。」
妹「なんたって、オタンジョーパーティですものね。」
嬢「ぬ? 知らぬのか?」
妹「そんなことございませんわ! 我が家でも毎月のように催してますもの!」
嬢「ほう……」
妹「かなりこのメイドに入れ込んでいるようですわね。」
骨「…………?」
兄「孤立させるにはまずメイドをどうにかしないとね。」
妹「幸い、メイドはまだ……いえ、きっとこれからも血族にはなりませんわ。」
骨「…………」
兄「それなら、どうにかして彼女の血を手に入れれば……」
妹「わたくしに考えがございましてよ。」
執「あの……お皿をお下げする者が当惑しておりますが。」
妹「あら! ごめんあそばせ。」
執「なんでございますか?」
妹「メイドさんをしばらくお貸しいただけませんこと?」
女「へ?」
妹「我が家の使用人達の指導にあたっていただきたいんですの。」
嬢「それでは私が困るではないか。」
妹「もちろんタダでとは言いませんわ。それに一週間ほどで構いませんの。」
執「当家では、人間の通貨を採用しておりますれば、その間の人件費を捻出いただけるので?」
嬢「おい! 執事!!」
兄「これはビジネスの話だよ? お嬢様は口を挟まないでくれないかな?」
執「三食部屋付き、時給666円、一週間分をご捻出いただけますか?」
妹「なんてこと!」
兄「スケールが違いすぎる……」
女「えー……?」
執「そのようでございますね。他の部屋には鍵をかけておりますし。」
嬢「それにしても、時給666円とは考えたな。」
執「わたくしとて、メイドを貸し出すつもりなど毛頭ございません。」
女「16円しかサバ読んでねえし!」
嬢「だが、あのような真似は二度とするでないぞ。心臓に毛が生えるかと思った。」
執「わたくしは悲しゅうございます……」
女「なんだろう、この安心感。」
嬢「ん? どうした?」
骨「…………」
嬢「ほう……下衆の考えそうなことだな。」
女「何か言ってるの?」
嬢「お前の血を手に入れて隷属させる腹積もりらしい。皿を下げる際に聞いたと。」
女「あたし、何か恨み買うようなことしたかね?」
嬢「私を孤立させ、その後で懐柔する事が真の狙いのようだな。」
執「なるほど、縁談でも持ち掛けてこの屋敷も手に入れるおつもりなのですね。」
――――――――――
妹「お兄様! これを見て!」
兄「おお! でかしたぞ! これであのメイドも……」
妹「化粧室の屑カゴの中にありましたのよ。」
兄「そうか、婦人用の化粧室には行かなかったよ。盲点だった。」
妹「いつもなら真っ先に忍び込むクセに。」
兄「各所に鍵をかけられたからね。すっかりあきらめていたよ。」
妹「化粧室なら、中からしか施錠できませんわよ。」
兄「これも血には違いない。家に呼べないならここで契約するまでだ。」
妹「あん、ずるいですわ。わたくしが見つけたんですのよ。」
兄「じゃあ、半分こだ。本契約は僕で構わないね?」
妹「構いませんわ。それより早くいただきましょう。」
女「うん、いつもより枚数多いからちょっと手間取っちゃって。」
執「その後、何かおかしな事はございませんか?」
女「特には何も。それより厨房になにか用事?」
執「ああ、客人が水をご所望でしたので……部屋の水指しでは足りぬとか。」
女「へぇー、このお屋敷の水が気に入ったのかなあ?」
執「おや? タバスコが切れていますね。ついこの間仕入れたと記憶しておりますが。」
女「ああ、それはね、あたしがさっき使ったの。客人へのもてなしに、ね。」
執「左様でございますか。」
女「ん? 空いてるよ。」
妹「存じております。見ればわかりますわ。」
女「端た女(はしため)風情の私室に、何のご用で?」
妹「ええ、少しお話を……それとも、お忙しいのかしら?」
女「別に大丈夫ですけど。」
妹「立ち話も何ですし、中に入れてはくださいませんこと?」
女「は?」
妹「無人の部屋ならともかく、他人の居所には招かれないと立ち入れませんの。」
女「へぇ、そりゃ難儀だね。入んなよ。」
妹「単刀直入に申し上げますと、貴女と取引を考えておりますの。」
女「穏やかじゃないことですかね?」
妹「貴女にとっても悪い話ではないと思いますわ。」
女「聞くだけ聞かせてもらいますかね。」
妹「お兄様と契約して、わたくし達の血族になる気はありませんか?」
女「それって、あたしに何か得があるの?」
妹「血族になったあかつきには、老いも病もない暮らしを約束させていただきます。」
女「あたしは今んとこ、嬢ちゃん以外に仕える気は無いけどね。」
女「坊っちゃんと契約だけして、あとはこの屋敷で働いてればいいって?」
妹「貴女がそれを望むのなら、そうしていただいて構いませんことよ。」
女「それで、そちらさんにはどんな利点が?」
妹「わたくし達は飢えてますの。最近は生き血を吸う機会が限られていますもの。」
女「そうなんだ。」
妹「その欲求を満たせるのがこちらの利点ですわね。」
女「てことは……やっぱり、契約ってのは血を吸われちゃうことなのか。」
妹「大丈夫、痛くはしません。先っちょだけでも満足しますわ。」
女「どうして?」
妹「部下が二君に仕えていると知れれば、お嬢様の名にも傷がつきましてよ。」
女「他言無用了解。」
妹「では、わたくし達の部屋までいらしてくださいませ。」
女「いやいや、了解したのは他言無用に関してだよ。契約はしない。」
妹「あら、それは残念ですわね。」
女「他言無用ついでに言わせてもらうと、あたしはあんたらがキライだしね。」
妹「本当に……残念ですわ。」
女「このことは内緒にしといたげるから、お部屋に戻りなよ。」
妹「ええ、用事を済ませたらすぐに戻りますわ。荒事は好まないのだけれど……」
女「用事? 荒事……?」
執「お嬢様、何をなさっておいでですか?」
嬢「いや、寝る前にメイドに絵本を読んで聞かせようと思ってな。」
執「読み聞かせてもらうの間違いではございませんか?」
嬢「どちらも大差ないではないか。」
執「それに、鍵穴から室内を覗くなど、淑女にあるまじき醜態でございます。」
嬢「しかしだな……む!?」
執「もうじき朝日が射してまいりますれば、お部屋にお戻りください。」
嬢「まて! 今、メイドの声が!」
執「無理にでもお運びいたします。お許しください。」
嬢「離せ、離さぬか! メイドぉ……」
――――――――――
執「お客人は先ほどお帰りになられました。」
嬢「……そうか。」
執「各部屋をざっと見回りましたが、紛失した物などは特にございません。」
嬢「うむ……ご苦労。」
執「ご気分が優れないので?」
嬢「メイドはどうしている?」
執「先ほど、しきりにうがいをしておりましたが。」
嬢「呼んできてくれ。」
執「かしこまりましてございます。」
嬢「……うむ。」
執「お嬢様、用件があったのではございませんか?」
嬢「お前はちょっと外していてはくれぬか?」
執「かしこまりました。」
嬢「メイドよ、昨日は自分の部屋に居たのか?」
女「ええ、まあ。」
嬢「鍵をかけていたようだが?」
女「そう……だったかな。」
嬢「何をしておったのだ?」
女「あー……それはその……」
女「いや、そーゆーわけじゃないんだけど。」
嬢「お前が楽しみにとっておいたエクレアが、消えていたことがあったな?」
女「ん? そうですね。」
嬢「あれは……実は私が食べたのだ。」
女「――でしょうね。」
嬢「砂糖壺の中身が塩にすり替わっていたことがあったな?」
女「そういえば、そんな事もありましたね。」
嬢「あれも、実は私の仕業だったのだ。」
女「まあ、消去法でわかってましたけど。」
嬢「カヤキスを従えて三拠点制覇したセーブデータが上書き……」
女「そう……なんですか?」
嬢「次はお前の番だ。昨日何をしていたのか述べよ。」
女「それはホラ、なんていうか……」
嬢「私はお前を軽蔑したくないのだ。それだけはわかって欲しい。」
女「お客の……妹さんのほうとお話してたんですよ。」
嬢「それだけに留まるまい? 漏れ出た声を私は聞いていたぞ。」
女「あっちゃー……」
嬢「お前は言っておったな? まだ欲しいのか?この癒し囲炉裏炒め酢豚が。と……」
女「え……え?」
嬢「対する返事は、もっとわたくしめにお恵みください、お願いします。だったな?」
女「うーんと……」
嬢「あの高慢ちきな山猿が懇願するほどの料理……なぜ私に隠す?」
女「いや、隠すとかそういうことじゃなくてですね……」
嬢「私は怒っているのではない。食べてみ――いや、口惜しいのだ。」
女「あの、じゃあ、今日はテキトーにそれ作ります。えーと、炒め……酢豚?」
嬢「おお、それでこそ私のメイド! 癒し囲炉裏炒め酢豚! 楽しみに待つぞ。」
女「中華料理の心得なんてほとんど無いんだけどなぁ。」
嬢「用件は以上だ。下がって良いぞ。」
女「いやー、まさか声が漏れてたとはねぇ。」
執「自分よりも客人を優遇したと誤解なされたものと……お嬢様なりのヤキモチですね。」
女「別に嬢ちゃんをないがしろにしたわけじゃ――」
執「心得ております。自衛のためにやむなく……で、ございましょう。」
女「――って、さっきの話聞いてたの?」
執「外せとのおおせでしたが、いつでも助け舟を出せるよう、控えておりました。」
女「嬢ちゃんが無垢で助かったけど、穴があったら入りたいわ。」
執「ところで、囲炉裏はどうやって再現を? 何かで代用なされたのですか?」
女「あんたもか。」
執「それはそうと、わたくしめは熱した果物は苦手でございますれば。」
女「そう? でもなんでいきなり……」
執「酢豚にパイナップルはご遠慮いただきたく……」
妹「はぁ……お姉さま……」
兄「部屋に戻って来なかったという事は、お前が契約したんだろう?」
妹「そうですわ……この思いを綴って物語を紡ぎましょう。」
兄「僕があるじになれなかったのは残念だけど、これでいつでも……」
妹「きっと超大作になるわ。それをお姉さまに捧げるのよ。そうすればきっと……」
兄「僕の話、聞いて……ん? 首筋のそれ、アザか?」
妹「それ以上近付かないでくださいまし! 汚らわしい!」
兄「へ?」
妹「はぁ……生まれの不幸を呪う事も、わたくしには許されませんのね……」
――――――――――
嬢「メイド、メイドはおらぬか?」
女「ふぇい……お呼びで?」
嬢「ぬ? どうした? なにやら憔悴しておるな?」
女「いや……そんなことは……おおっと!」
嬢「まともに歩くこともままならぬではないか。」
執「失礼いたします。お食事の用――」
嬢「大丈夫なのか?」
執「おや? どうかなさいましたか?」
嬢「メイドがおかしいのだ。故障したのか?」
執「恐れながら、メイドは故障などいたしません。」
嬢「それは良くないことなのか?」
執「左様でございますね。」
女「食事なんでしょ? あたしのことは別にいいから……」
執「そのようなわけにはまいりません。お部屋までお運びいたします。」
女「自分で歩けるし、別にいいよ。」
執「失礼いたします。」
女「おわ? お姫様抱っこなんて何年ぶりだろ?」
嬢「待つのだ、私も行く。」
嬢「わかった。では、足を上げよ。」
執「わたくしめの靴ではございません。」
女「平常運転だねえ。」
嬢「メイドは一体どうしたのだ?」
執「発熱性消耗性疾患ではないかと。」
嬢「病んでいるということか?」
執「左様でございます。」
執「恐れながら、これを治癒せしめる特効薬は存在いたしません。」
嬢「指をくわえて見ているしかないと言うのか?」
執「左様でございますね。」
嬢「それは何とも歯がゆいな。」
執「端的に申しますれば、風邪でございます。」
嬢「お前がいつも言っているアレか。」
執「わたくしが時折申しておりますソレでございます。」
執「それはあくまでも俗説でございます。信憑性は皆無と言えましょう。」
嬢「ものは試しだ。メイド、私にうつすのだ。」
女「いやいや、そんなことできませんって。」
執「メイドの言う通りでございます。お嬢様にもしもの事があっては……」
嬢「メイドならば、もしもの事があっても構わぬと言うのか?」
執「失礼いたしました。しかし、決してそのような他意はございません。」
嬢「心配には及ばぬぞ。もしもの時にはお前にうつして事無きを得るからな。」
執「それ以前に、お嬢様は一種の抗体をお持ちのようですので、そもそも罹患いたしませんね。」
女「それも俗説でしょうが。」
嬢「ほう?」
執「十分な睡眠を取り、滋養のある物を摂り、安静にしておりますれば……」
嬢「だが、効く薬がないのであろう?」
執「特効薬が無いのは確かでございますが、特効薬など不要であるとも言えます。」
嬢「ほう?」
執「また、薬ではございませんが、古くから民間療法として病人に与える定番の――」
嬢「いちごとうふ……だな!」
執「いえ、たまござけ……でございます。」
嬢「ほう?」
女「なんか知らんが元気出てきた。」
嬢「それなら心配無用だ。」
執「お取り置きがあるのでございますか?」
嬢「卵くらい、私が産めばよかろう。」
女「ちょ! ゲホ! ゴホッ!」
嬢「鶏にできて私にできぬ道理など、あるはずが無い。」
執「お言葉ではございますが……」
嬢「言うな! メイドのためだ! 私は卵を産んでみせるぞ!」
女「あー……嬢ちゃんの卵なんて恐れ多くていただけないなぁ。」
嬢「しかし、私はお前に早く立ち直って欲しくてだな……」
女「だったら安静にさせて。お願いだから。」
嬢「あ、はい。」
――――――――――
執「ご気分は如何でございますか?」
女「ああ、もうだいぶ落ち着いたよ。」
嬢「うむ、だいぶ落ち着いたようだぞ。」
執「食欲の方は?」
女「あんまり無いかな。」
嬢「うむ、あんまり無いそうだぞ。」
執「左様でございますか。」
嬢「左様だ。」
執「お嬢様……メイドめが気を遣いますので入り浸るのはご遠慮願えますか?」
嬢「ほう。」
執「左様でございますか。」
嬢「ところで何を持ってきたのだ?」
執「ムルスムを温めてみました。」
嬢「むるすむ?」
執「蜂蜜入りワインでございます。コレは一度煮立ててアルコールを飛ばしてあります。」
女「へえ、おいしそうだね。」
嬢「気が利くな。」
執「ええ、わたくしめはお嬢様とは異なりますので。」
嬢「ほう。」
嬢「セイシキとはなんだ?」
執「入浴できぬ場合などに、体を拭き清める事でございます。」
嬢「ほう。」
女「なんだか申し訳ないよ。」
執「いえ、病床にありながらも、責務をお果たしでありますれば、気に病むことなどございません。」
女「じゃあ、お願いしちゃおっかな。」
執「承知いたしました。お湯とタオルをお持ちいたします。」
嬢「うむ?」
執「わたくしは外に待機しておりますれば、お済みになったらお呼びいただければ。」
女「あれ? 拭いてくれるんじゃないの?」
執「いえ、その……わたくしめには荷が重いと申しますか、女性が肌をですね……」
女「そんな意識しなくても……ヨコシマな考えがあるわけじゃないでしょ?」
執「当然でございます。しかし、お許しを。」
嬢「では、私がやるぞ。」
執「はあ……では、いささか不安ではございますが、よろしくお願いいたします。」
女「そうそう。あと、冷たくならないよう、こまめに湯につけてね。」
嬢「心得たぞ。」
女「それから、拭く時も力いっぱいこするのはダメね。」
嬢「よし。ちょっとだけ待っておれ、今キレイにしてやるからな。」
女「なぜ脱ぐ?」
嬢「む? 風呂の代わりなのではないか?」
女「あのね、拭く方の人は別に脱がなくてもいいの。」
嬢「ほう?」
女「うん。なかなか上手だね。」
嬢「えーと、次は……」
女「背中以外は自分でやるよ。」
嬢「うーむ、妬ましいな……」
女「あ! コラ!」
嬢「…………」
女「いくら吸ったって何も出ないし、小さくもならないよ。」
嬢「んう? むぅ……じゃあ――」
女「噛むのもダメだからな。いろんな意味で。」
執「それは重畳でございます。」
女「そうだ、何かたまってる仕事とかあれば遠慮なく言いつけてね。」
執「いえ、その必要はございません。」
女「病み上がりだからって、気ぃ使わなくていいよ?」
執「お嬢様がつきっきりで看病しておられましたので……」
女「あ、まず嬢ちゃんにお礼言って来いって?」
執「いえ、おかげ様でわたくしめの仕事が底抜けに捗った次第でございます。」
――――――――――
嬢「メイドはまだ来んのか?」
執「今しばらく準備に時間がかかるかと。」
嬢「めでたい日だと言うのに、しょうがない奴だな。」
執「恐れながら、女性は身支度に時間を要するものでございます。」
嬢「私は女に非ずと言いたいのか?」
執「これは失礼いたしました。」
嬢「まあ許す。今日は何事にもケチを付けたくは無いのでな。」
執「ありがたき幸せにございます。」
嬢「おお、待ちかねたぞ。」
執「では、お嬢様はこちらでお待ちいただけますか?」
嬢「うむ。待つ。」
執「先にメイドめを案内してまいります。」
嬢「しかと頼んだぞ。」
執「後ほど、改めてご案内に伺います。」
嬢「おお、待ちわびたぞ。メイドは?」
執「控えております。あとはお嬢様を残すのみ。お手を――」
嬢「うむ。」
執「よもやこのような日が来ようとは……わたくしは今日までお嬢様にお仕えでき、幸せでございました。」
嬢「何を言うか。まだまだお前には私のために苦労をしてもらわねばならん。」
執「左様でございますね。」
嬢「うむ。」
執「お嬢様に問います。汝、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも――」
女「えっ?」
執「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
嬢「誓います。」
女「はい?」
執「メイドに問います。汝、その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも――」
女「……え!?」
女「いやいやいやいや! ないから!」
執「わたくしは……わたくはそのような事を認めるわけにはまいりません!」
女「ホラ、夢の中での出来事なんだし、そんなムキにならなくても……」
執「お怨み申し上げます……」
女「やだ、このヒト怖い。」
嬢「そういえば、メイドは終始いぶかしげな顔をしておったな。嫌だったのだろうか?」
執「お嬢様のお気持ちを踏みにじるおつもりなので?」
女「他人の夢の中まで責任持てるか!」
女「嬢ちゃんは、好きってことの意味はわかる?」
嬢「うむ。私はメイドも執事も生ハムもザッハトルテも好きだぞ。」
執「不肖わたくしめ、愉悦の極みにございます。」
女「じゃあ、愛ってのは?」
嬢「うーむ……正直なところよくわからぬ。」
女「だよね。だから、嬢ちゃんにはまだまだ早いってワケ。」
嬢「どういうワケだ?」
女「嬢ちゃんが持ってるのは儀式に対する憧れだけってことだよ。」
嬢「ほう?」
女「いいよ。気にしてないって。」
執「正直に申しますと、お嬢様がどこか遠くへでも行ってしまわれるような錯覚を……」
女「嬢ちゃんのことを大事に思ってるのはよーくわかったよ。」
執「とはいえ、行き過ぎのきらいがあることも自覚いたしました。」
女「まあ、あたしらの役目は嬢ちゃんの行く手を遮ることじゃないしね。」
執「わたくしは好きだと称されて浮かれるばかりでしたが――」
女「でも、生ハムと同レベルだよ?」
執「まさか、お嬢様を諭す事まで考えておられたとは……」
女「あのまま行くと準備しろとか言われかねないしね。」
執「諭し方も見事という他ございません。感服いたしました。」
女「ああ、あんなもんタダの口から出まかせだよ。」
執「……左様でございますか。」
――――――――――――――――――――おわり
2ヶ月は落ちないんだから、続きをまた今度書いてくれてもいいのよ?
正直続きに期待してる
引用元: 執「左様でございますね……」