勇者「はぁ……はぁ……」
賢者「大丈夫ですか? 勇者様」
勇者「ん、ああ。少し歩き疲れただけだから。心配しないでいいよ」フゥ
賢者「体調が優れないようなら……今から引き返します?」
勇者「心配してくれるのは嬉しいけどーーもうすぐ魔王城だってのに、そんなこと出来るわけない」
賢者「だからこそ、です。魔王には万全の体制で挑むべきです。無理をなさらないで下さい」
勇者「いや、ここまで来たからには……ぐっ」フラッ
賢者「ゆ、勇者様!?」ガシッ
勇者「す、すまない。少し頭痛が……」
賢者「少し休憩をとりましょう。これ、上やくそうです。つかえばすぐに気分がよくなると思います」
勇者「…………すまない」
賢者「いえ」
勇者「ああ。しかしなんたってこんなにも頭が……うっ」
賢者「無理に話さなくても大丈夫ですよ」
勇者「……悪いな。何からなにまで面倒見てもらって」
賢者「当然のことをしているまでです。仲間ですから」
勇者「仲間、か。本来なら君を巻き込むつもりはなかったんだが……」
賢者「気に病む必要はありませんよ。村を救って下さったお礼をしたいって言い出したのは私なんですから」
勇者「……なあ、そのことなんだが。今からでも考え直しちゃくれないか」
賢者「考え直す、とは?」
賢者「こんなフラフラな勇者様を置いて、私一人だけ自分の村に引きこもってろと?」
勇者「…………まあ、そういうことだ」
賢者「優しいですね。元はと言えば、私たちの村を支配していた魔物と戦ったせいで、勇者様のお仲間ーー戦士様や、僧侶様や、魔法使い様が重症をおわれたというのに」
勇者「当たり前のことをしたまでだ。それこそ気に病む必要はない」
賢者「いいえ、気に病みます。私、絶対に帰りませんから」
勇者「……参った。分かったよ、ありがとう」
賢者「姉でもなく妹でもなく弟、ですか。少し複雑です」
勇者「ははっ。……いや、本当にそっくりなんだ。弟のやつは、世話焼きでお節介で、いつも事あるごとに俺のこと気にかけてきた」
賢者「…………お節介と思われていたんですか、私」
勇者「あ、いや、そういうわけじゃないよ。もちろん」
賢者「いいわけ無用です。それで、弟さんは今何を? 故郷で勇者様の帰りを待たれてるのでしょうか?」
勇者「死んだよ」
賢者「えっ……」
勇者「魔物に襲われてね」
賢者「……そう、だったのですか」
勇者「すまない。少し暗くなったな」
賢者「いえ」
賢者「もう大丈夫なんですか?」
勇者「ああ。賢者のくれた上やくそうのおかげで、気分爽快だ。何はともあれ、急がないと」
賢者「そんなに急がなくても……気分が悪いならゆっくり休んでください。」
勇者「ここは敵の本拠地だぞ。ここまで魔物に出くわしてないとはいえ、長居すべきじゃない」
賢者「……分かりました。行きましょう」
勇者「ああ」
賢者「そうですね。恐らくはあれが魔王の城でしょう」
勇者「恐らく、か。そういえば君は、この森の隣の村に住んでいたんだろう? 魔王の城について何か知らないのか?」
賢者「すみません、詳しいことは何も。この森には決して近寄ってはならないと、村の掟で定められていますから」
勇者「……現在進行形で村の掟破っちゃってるけど、それはいいのかい?」
賢者「それはいいのです」
賢者「あれは…………街?」
勇者「賢者にも見えるか」
賢者「ええ。魔王城のふもと付近に、街が。今までは木々に遮られてよく見えませんでしたけど」
勇者「城下町、ってところか。ははっ、魔物がうじゃうじゃ住んでそうだ」
賢者「魔物がうじゃうじゃ……」
勇者「怖いんなら、今からでもひき返してもいいよ。ほんとに」
賢者「……くどいです」
勇者「さて、街の入り口付近に辿り着けたわけだが」
賢者「一見普通の街、みたいですね。お化けでもでそうな雰囲気ですけど」
勇者「そうだな。やっぱり気がかりなのはーー」
賢者「人の気配がないこと、ですかね」
勇者「まあ人がいるとは元より期待してなかったんだけど。魔物の気配すらないとは意外だな」
賢者「どうしましょう」
勇者「行くしか、ないだろう。ただし警戒は怠らないように」
賢者「分かりました。背中は任せて下さい」ガシッ
勇者「……あのさ。何度も言うけど、怖いんなら君だけでも引き返してもいいんだよ」
賢者「怖くなんかありません」
勇者「なら俺の背中にしがみつくの、やめてくれないかな……?」
賢者「勇者様の背中を守っているだけです」
ほとんど差がない」
賢者「…………」
勇者「? どうしたんだ、うつむいて?」
賢者「勇者様、地面に足跡が」
勇者「足跡? これは……魔物の足跡、だよな?」
賢者「ええ。他にも、馬車を引いたような跡なんかも残ってます」
勇者「生活の形跡が残ってるってことは……この街はほんの最近まで使われていたってことだよな?」
賢者「今も、かもしれません」
勇者「今も? だけどそれにしちゃ人がーーこの場合は魔物か。ともかく住民がいないじゃないか」
賢者「建物に隠れているだけかもしれません。今も物陰から、私たちを狙っているのかも」
勇者「なるほど。なら警戒して先に進ーー」
老人「おお、旅のお方ですかな?」
勇者「誰だっ!?」
老人「お、驚かしてしまいましたかのぅ? 突然声をかけるのは失礼でしたな」
勇者「……いや構わない。それより、いくつか聞かせてもらいたいことがあるんだが、いいか?」
老人「もちろんですとも」
勇者「どうして人間がここにいる?」
勇者「当たり前だ。絶対におかしい」
老人「しかしそれをいうなら、ここにいるあなた ̄ ̄旅の方も人ではないですか」
勇者「……質問を変えるぞ。お前は何者なんだ」
老人「わしゃ、ただのしがない村人ですわい」
勇者「村人、だと? つまりこの街に住んでいると?」
老人「その通り。産まれも育ちもこの街ですわ。……おお、そうじゃ。旅の方に歓迎の言葉を掛けるのを忘れておった」
勇者「歓迎の、言葉? いや、それよりまだ訊きたいことかーー」
老人「ようこそ、始まりの街へ」
勇者「!」
勇者「……おい、あんた。ふざけてるのか」
老人「わしゃ大真面目じゃが。……どうかしましたか」
勇者「始まりの街ってのはーー俺の故郷だ」
老人「そりゃ驚いた。この街の人間とは、全員顔馴染みのつもりじゃったんじゃがのぅ。お前さんの顔は記憶にないですわい」
勇者「そうじゃない! 始まり街ってのはここから遠く離れた場所にあってーー決してこの街のことじゃ、ない」
老人「またまた、ご冗談を」
勇者「冗談を言ってるのはーー」
??「おい、あんたら! そこの爺さんを捕まえてくれ!」
賢者「!」
老人「何もやらかしちゃおりません。口うるさい女房がわしを連れ戻しにきただけじゃ」
??「誰が口うるさいだ! さっさと城に戻れってんだよ、このクソボケ爺ィ!」
勇者「なんだよ賢者。今それどころじゃ……」クルッ
勇者「なっ!?」
スライム「あん? 人の顔見るなりそのリアクションはないだろ。喧嘩売ってんのか?」
勇者「す、スライムが喋った!」
スライム「んなの、話せるもんは話せるとしか言えねえわな」
勇者「いや、でも、普通のスライムは話せないだろ」
スライム「あんだよ、兄ちゃん。もしかして田舎出身か? 地方のスライムは人間語を話せる個体が少ないらしいが」
賢者「勇者様、そこどいてください! すぐにメラミを撃ちますから!」
スライム「お、おいおい。勘弁してくれよ姉ちゃん。自慢じゃねえが、そんなんぶっ放されたら一瞬で蒸発出来る自信があるぜ」
勇者「とりあえず攻撃するのは待ってくれ、賢者。今のところ敵意はないみたいだし」
賢者「……分かりました」
スライム「待て。ジジィは口を挟むな。ややこしくなるから」
勇者「婆さん? ということは、メス……なのか? その口調で?」
スライム「ジジィの戯言なんざ真に受けんな。ボケてんだよ、こいつは。……俺を女房と勘違いしてやがる」
勇者「痴呆を患ってたのか。……なるほどな」
スライム「んで、あんたら何者だ? まさか観光に来たって訳じゃあねえよな」
勇者「あー、ええっと、俺たちは……」
賢者「私たちは魔王軍をーーあなたたちを倒しにきたの」
勇者「おい、賢者」
スライム「…………へえ」
勇者「この際だから白状するけど……まあその通りだ」
スライム「ふむふむ。……さっきまで気付かなかったが。あんたもすげえ警戒してんだな、俺のこと。殺気が溢れ出てるぜ」
勇者「油断させて、もう少し情報を吐かせるつもりだったんだがなあ。……賢者が余計なことを言うから」
賢者「敵陣でこれ以上腹を探り合うなんて危険にもほどがあります。迅速かつ確実に、目の前の敵を処理した方が安全だと判断しました」
勇者「一理あるが、でもなあ。俺のやり方はもっと ̄ ̄」
スライム「お、おいおいおい。待て待て待て。 俺を排除する前提で話を進めるのはやめろや。もっとちゃんと話し合おーぜ」
勇者「……お前さっき、そこのご老人に『城へ戻れ』と言ったな」
スライム「あん? 言ったが……それがどうした?」
スライム「ああ、なんだそんなことか。そうだぜ、俺は魔王軍の一員だ」
賢者「ついに認めましたね!? そこのおじいさんも、どうせあなた達がさらったんでしょう!」
スライム「だーかーらー。認めるも何も最初から隠してねーし。ジジィをさらったりもしてねーよ。ほら、おめえからも言ってやれ爺さん」
老人「婆さんや。お二方が気付かなんでも、わしだけは気付いたぞい」
スライム「あん? 何にだよ?」
老人「お主の、殺気とさっきを掛けた洒落にじゃ。実に寒かったのぅ。ほっほっほっ」
スライム「黙れクソジジィ」
勇者「嘘だな」
スライム「あん? 何を根拠に言ってんだ、テメごら。ぶち転がすぞ」
老人「敵意に満ち溢れとるのぅ」
勇者「魔王軍を打ち滅ぼそうとしている俺たちを前にして、お前が反感を抱かないはずがないだろう」
スライム「……けっ、お前らは勘違いしてるだけなんだよ。勘違いしたまま俺たちを逆恨んでるだけ。そんな野郎どもに、一々目くじら立てたりしねーよ」
勇者「勘違い? 逆恨み? ……何を言っている」
賢者「勇者様、魔物の戯言です。耳を傾けないでください」
スライム「詳しい話は、下っ端の俺の口からは言えねえな」
勇者「なら、誰から訊き出せと?」
賢者「勇者様!」
スライム「決まってんだろ。我らが大将ーー魔王様だよ」
スライム「ところがどっこい、案外簡単に会えるんだな」
勇者「と、いうと?」
スライム「俺たちゃ魔王様にあんたを見かけたら城へ案内しろって申しつかってるんだぜ、勇者様。魔王様に会わせてやるよ」
勇者「わざわざ敵を自陣に招き入れてくれるってわけか。そりゃ助かる」
スライム「だろ?」
勇者「分かったよ。ならさっさと魔王の元に案内してくれ、ついて行ってやる」
賢者「ちょっと待ってください。本気ですか!?」
スライム「そう心配すんなよ、姉ちゃん。魔王様は話し合いでの解決を望んでるんだ。滅多なことは起きやしねーよ」
賢者「それが信用ならないって言ってるんです!」
賢者「結局来ちゃった……」
スライム「何だよねーちゃん。元気ねえじゃん。何か嫌なことでもあったのかい?」
賢者「ほぼあなたのせいですよ!」
勇者「まあまあ、今のところ奇襲や罠ってわけでもなさそうだし。あんまり気を落とすなよ」
賢者「結果だけ見ればそうですけど……でも、なんでこんな魔物の誘いなんかに乗ったんです? どう考えても、始末した方が安全だったじゃないですか」
スライム「こらこらこら、面と向かって何てことを言ってくれんだよ。おい爺さん、てめえからも何か言ってくれ」
老人「いっそザックリやってくれりゃ良かったんじゃがのぅ」
スライム「テメごら、ぶん殴るぞ」
賢者「…………はあ」
スライム「人質……だとっ!? おいごら、てめぇも俺をそういう風に扱うのかあ! おおん!?」
賢者「だけど……」
スライム「無視してんじゃねーぞ、ごらあ!」
勇者「それに何より。対話を求めてる相手を無粋に扱うわけにはいかないだろ?」
スライム「何それかっこいい」
賢者「それが例え魔王であっても、ですか?」
勇者「ああ、その通りだ」
賢者「……からかってるんですか?」
スライム「んなわけねーだろ。額面通り褒めてんだよ。ちっとは警戒解いてくれって。なあ爺さん」
老人「婆さんや。本当にいいんかね? 勝手にお隣さんちに旅のお方をあげてもうて」
スライム「会話のキャッチボールしろや、このボケジジイ」
賢者「お隣さんの家って……もしかしてこの魔王城のことですか?」
スライム「さっきから言ってるけど、この爺さんちょいとボケてるんだわ。魔王城をお隣さんちだと思い込んでやがる」
老人「知らんぞい。後でローズの小僧が怒鳴り込んで来ても。ああ怖い怖い」
勇者「ローズ、さん?」
賢者「! まさかこの方、勇者様のお爺様か何かじゃ……」
勇者「……いや、それはない。俺の祖父は実家にいるはずだし、この人とは似ても似つかない」
スライム「あー、そっかそっか。あんたが勇者ってこたあ、爺さんと同郷か」
賢者「同郷……そうですよ! どういうことなんですか!? どうして勇者様と同じ故郷の方が、こんな所にいるんですか!」
スライム「その辺りの説明は魔王様に聞いてくれや。もうすぐ魔王の間に着く。それまでに説明し切るには、ちと込み入ってるんでね」
勇者「ならその前に一つだけ、尋ねたいことがある」
スライム「あん?」
スライム「あー……」
勇者「正確には、お前らがいる時点で誰もいないわけではないだろうが……。街の規模の割に住民が少な過ぎる」
スライム「……ま、その通りだ。いない訳じゃねえ。みんな自分の家に立て籠もってるってだけだ」
勇者「立て籠る? なんでまたそんなことを……」
スライム「もうすぐ”嵐”が来るからさ」
スライム「さて着いたぜ。そこの扉を開ければ魔王の間だ」
勇者「おい待て。まだ訊きたいことがーー」
スライム「だーから。込み入った説明は魔王様にぶん投げるって言ってんだよ。おりゃ、口下手だからよ」
賢者「確かに。要領得ない話し口でしたもんね、あなたの説明」
スライム「んだとゴラッ!? おれを馬鹿にしてんのか!」
賢者「自分から口下手って言い出したんじゃないですか……」
勇者「……分かった。魔王に直接聞くことにする。それでいいんだろ?」
勇者「ありがたい。聞かせてくれ」
スライム「魔王様は偉大なお方だ」
賢者「いきなり何を言い出すんです? この不定形生物は」
スライム「おいごら姉ちゃん!さっきからちょっとずつ俺に対する当たりが強くなってねえか?! おおん!?」
勇者「話を続けてくれ。仲間の無礼は俺が詫びる」
スライム「……今言った通り、魔王様は偉大なお方だ。だけど欠点もあってな。魔王様は偉大過ぎるが故にーー」
スライム「初めて魔王様の前に立った者は、魔王様のご威光に当てられ平常心を喪う。おめえらも一目みりゃ面食らうはずさ。でもって平常心じゃいられねえはずだ」
賢者「……っ。やっぱりそれってかなり危険じゃないですか!」
スライム「そういきり立つほど、危ねえもんじゃねえよ。いくら魔王様が半端ないつっても害意もなしに危害を加えたりは出来やしねえ」
勇者「危険はない、か。じゃあ最悪どうなるんだ? 魔王の威光に当てられた者は」
スライム「慌てふためいて醜態を晒す羽目になるだろうな。命に関わることはぜってえにねえが……精々心してかかるこった。けけっ」
魔王「待っておったぞ。勇者とその付き人よ」
勇者「……」
魔王「長いーー実に長い間、わらわはそなたらを待っていた」
賢者「……」
魔王「この日をどれだけ待ち詫びたことかーーいくら言葉を尽くしても語り尽くせそうにない」
魔王「故に多くは語らぬ。けれど一言だけ言わせて欲しいーーよくぞ来た」
勇者「……」
賢者「……」
魔王「そう不安そうな顔をするでない。心配せずとも実力行使をするつもりはない。暴力は嫌いじゃ。ただただ不毛な苦痛を産むだけじゃ」
魔王「わらわらが交わすのは拳ではない。言葉じゃ。わらわとそなたら、一体どうすれば分かり合えるのか。いざ尋常に語り尽くそうではーー」
勇者「……なあ、その前に一つ訊いてもいいかな?」
魔王「ほう、わらわの前口上を遮るとは良い度胸よのぅ。しかしわらわは度量が広い。良かろう、言うてみるがいい」
勇者「こんな所で何をしてるんだ? お嬢ちゃん」
勇者「いや、でも、どこからどう見ても外見が……」
魔王「見た目などに囚われるでない! いつだって大事なものは内面にある! 感じよ! 溢れんばかりのわらわの威厳を!」
勇者「威厳って言われても……。幼女がだだこねてるようにしか……」
魔王「この朴念仁めが! これ、となりのうぬからも何か言うてやれ!」
賢者「すごく、かわいいです」
魔王「!?」
勇者「意外だな。賢者は子供好きなのか」
賢者「はい、ああいう可愛い子を見ると何だかこっちまで暖かい気持ちになっちゃいます」
勇者「将来はいい母親になれそうだな」
賢者「…………えへへっ」
魔王「~~っ!?!?」
魔王「許せん! わらわを侮辱し、あまつさえわらわを無視して会話を進めるとは! 何たる侮辱!」
勇者「そんなこと言われても……子供みたいな姿してるのは事実だしなあ」
魔王「そう、それじゃ! 訂正せよ! わらわを子供扱いしたことを! 今すぐに訂正するのじゃ!」
賢者「怒った姿もかわいいです」
魔王「貴様は黙っておれ!」
勇者「そうやってすぐに怒り出す辺り、内面含めて子供にしか見えないんだよな……お前、本当に魔王なのか?」
魔王「~~っ。打ち首じゃ! 皆の者、この不敬者共を捕らえて痛めて打ち首にせよ!」
スライム「待て待て待て! ……ちっとは落ち着けって、魔王様。ここでブチギレたら全部ぶち壊しだぜ?」
魔王「黙れい! わらわに指図するでないぞ、スライム! わらわの部屋に無断で侵入した上でその無礼ーー勇者共々打ち首に処されたいのか!」
スライム「あいにく首がねえから無理だわなあ」
勇者「おい、話が違うぞ。俺たちじゃなくて、向こうの方が平常心失ってるぞ。その上こっちに危害加える気満々じゃないか」
スライム「でも面食らったろ? 威光半端ねえだろ?」
賢者「たしかに半端ないかわいさです」
スライム「つまりそういうことだ」
勇者「いやどういうことだ。というより何で来たんだよ、お前」
スライム「おりゃ届けもんを届けに来たんだよ。だってのにお前らときたら、温厚な魔王様をマジギレさせよがってよお。それどころじゃなくなっちまったじゃねえか」
賢者「届けもの、とは?」
スライム「ん、そうだな。……おい、もう入って来ていいぞ」
メイド「かしこまりました」
魔王「そ、それは……」
メイド「食事の用意にございます」
勇者「すごい量だな」
賢者「それにどれも高級品です」
スライム「魔王様よぉ、あんた常々言ってたよな? 勇者が来たら食事を振る舞って、歓迎しながら話をするって」
魔王「……む」
スライム「だからおりゃ気ぃ効かせて、下っ端メイドどもにソッコーで料理つくらせてたんだけどよぅ。……あんたがそんな様じゃあ、全部無駄になっちまう」
魔王「…………よかろう。そなたらの不敬な振る舞いは一旦、不問に処す。その上でこのでぃなーを食すことも……許可しよう」
勇者「……いや。せっかくの申し出だけど遠慮させてもらう。料理はいらない」
スライム「あん? そりゃ一体どういう了見だごら」
勇者「ここはまだ俺たちにとって敵陣ど真ん中だ。そんな場所で出されたモノを食すわけにはいかない」
賢者「で、でも、こんな小さな子が私たちをはめるだなんて……」
勇者「らしくないな、賢者。相手は腐っても魔王だぞ。食事に毒を盛るくらいはしかねない」
スライム「っ! ざけてんじゃねーぞっ。するわけねーだろそんなこと! こっちの好意を踏みにじって付けやがりーー」
魔王「待て、スライム」
スライム「お?」
魔王「構わん。そこの食事はわらわとスライムで食す。そなたらは自前の食料を喰らうがよいーーそれでも会食は出来る」
スライム「おおん!?」
魔王「ククッ、なあに。一理あると思っただけのことよ。このわらわを立派な敵とーー立派な大人のれでぃと認めた、そなたの言い分にのぅ!」
勇者「いや、確かに君のことを敵として見てないわけじゃないけど。だからといって君を大人の女性として認めたわけじゃ……」
スライム「おい、やめろ。また話が拗れる」ヒソヒソ
勇者「ん、ああ。……済まない」
魔王「待たれよ」
勇者「どうした?」
魔王「こちらが用意した料理を食すことは強要せん。それは確かにわらわが許した。しかし最低限、会食という形式は守ってもらうぞ。そなたらで何か食料を用意せい」
勇者「何故そんなことに拘る?」
魔王「大事な話し合いは飲み食いしながら進める方が捗る。世の理じゃろに」
賢者「あの、勇者様。食糧なら私が持ってきてますけど……」
勇者「料理のグレードはぐっと劣るのは否めないだろうな。フードコードにでも抵触するんじゃないのか?」
魔王「構わん。大事なのは食事をしながら話しを進めることじゃ。料理の質など関係ない」
勇者「……やっぱりよくわからないな、そのこだわり」
勇者「それで。訊きたいことがあるんだが」クチャクチャ
魔王「ふむ、構わん。言うてみろ」ムシャムシャ
勇者「この街にはどうして人がいない?」クチャクチャ
魔王「ほう、そこからくるか」ムシャムシャ
勇者「都合が悪かったか?」クチャクチャ
魔王「いや、むしろよくぞ訊いて欲しいところを訊いてくれたなと感心しておるくらいじゃ。その辺りの背景から説明した方が後々楽じゃからな」ムシャムシャ
勇者「後々、ね。一体何を隠しているのやら」クチャクチャ
魔王「ククッ……時期に分かる。精々楽しみにしておれ」ムシャムシャ
勇者「ああ、言われずともそうさせてもらうさ」クチャクチャ
賢者「あの……口にもの入れながら話すの、やめません?」
勇者「やたら断定的な口調だが……嵐の到来を確実に予見するなど不可能だろう」
魔王「いや。嵐は来る。確実にな」
勇者「何故分かる?」
魔王「昔からここら一帯には定期的に嵐がやって来るんじゃよ。週に一度、嵐は毎週欠かさずこの村を襲いにかかる。故に住民は嵐の日には極力家から外に出ない。ただそれだけのことよ」
賢者「待ってください!」
魔王「む」
勇者「嘘、か。どうしてそう思う? 根拠を教えてくれ、賢者」
賢者「その子は今、週に一度嵐がやってくると言いました。でもここからそう離れていない私の村には嵐なんて滅多に来ません。ここに嵐が来たら、私の村にもそれなりの影響が出るはずなのに……」
魔王「ふん、そんな所だろうと思ったわ。早とちりじゃ、小娘」
賢者「早とちり?」
魔王「早とちりとも言えぬか。常識に照らし合わせれば、そなたの言い分に何ら矛盾はない。むしろ至極真っ当な主張じゃ。しかし件の嵐はただの嵐ではないんじゃよ」
魔王「何せわらわの言うとるのは、先代魔王の呪いによって引き起こされたーーこの村だけを襲う、異常気象なのじゃからな。小娘の村に何ら影響ももたらさないのは当然じゃ」
魔王「左様。つけ加えると、呪いはもう一つある。そして何よりそれこそが今回の話のキモじゃ」
勇者「何なんだよそのーーもう一つの呪いってのは」
魔王「この街に一日以上滞在した者はーー二度とこの街の外へは出られなくなる。この街には、そういう呪いが掛けられておるんじゃよ」
勇者「な!?」
魔王「この呪いが厄介でな。この街で産まれ育ったわらわや、街の住民は外に出れぬ。ーー半永久的に街に閉じ込められたままなのじゃ」
スライム「おめえは馬鹿かよアホかよマヌケかよ、嬢ちゃん。俺らがんなことするわけねーだろ」
賢者「信用なりません!言葉だけなら何とでも言えます!」
スライム「落ち着け。よーく考えてみろ。百歩譲って、俺らが勇者一行を敵視してると仮定しようか。でもって嬢ちゃんたちを、この街に閉じ込める腹づもりでいるとする」
スライム「そのためにゃ、まず嬢ちゃんたちを一日足止しなきゃなんねえ。その場合嬢ちゃんたちを捕まえて一日放置するのが一番現実的な方法になる」
スライム「……けどよぅ、そもそも俺らがあんたらを敵視してんなら、捕まえた時点で煮るなり焼くなり始末した方が楽な上に確実なんだよ。わざわざ呪いの力に頼る必要がねえ」
賢者「あえて殺さず捕虜にするつもりなのかもしれません。私はともかく、勇者様を人質にとれば交渉を有利に進められるはずですから」
スライム「どうやって交渉するんだ?」
賢者「はい?」
スライム「呪いは”俺たち魔物”にも有効だ。つまり俺たちは街の外に出れない。当然使者も送れねえ。そんな状況で、どうやって外の世界の人間と交渉を進めるってんだよ」
賢者「う……」
スライム「つまり呪いが明らかになったからって、おたくらが俺らに不審感を強める道理はねえってこった。むしろ警戒を解いてくれてもいいぐらいなんだぜ?」
スライム「つまり呪いが明らかになったからって、おたくらが俺らに不審感を強める道理はねえってこった。むしろ警戒を解いてくれてもいいぐらいなんだぜ?」
勇者「……まあ。呪いを悪用して俺たちに危害を加えるつもりなら、そもそも俺たちに呪いの内容を打ち上けたりはしないか」
スライム「けっ、流石勇者じゃねーか。話が分かる」
勇者「ただし。呪いなんてものが本当にあるなら、の話だけどな」
スライム「あん!?」
魔王「そなたは、呪いの有無について疑っておるのか」
勇者「だってありえないだろ。どうして先代魔王が自陣にそんな呪いをかける?」
魔王「それは……」
勇者「どう考えたって意味がない。自分で自分の首を絞めるようなものじゃないか」
勇者「どういうことだ?」
魔王「……」
スライム「……ちっ。そこの経緯については俺が話してやりゃあ」
賢者「千年って。流石に遡り過ぎじゃ……」
スライム「めんどくせーけど仕方ねえだろ。必要な手順なんだからよ。……で、先代魔王が歴代魔王の中でも過激な武闘派だった、ってのは勇者様も知ってるな?」
勇者「ああ。先代魔王が指揮を執っていた時代は、今より強力で大量の魔物の群体が人里に降りて来ては暴虐の限りを尽くすーー最悪にして災厄の時代だったと、そう聞いている」
スライム「大体その通りだ。けどそりゃ、人間側の視点だな」
勇者「魔物側の視点だと、また違うってのか?」
スライム「違わねえさ。魔物側もおめえらと同じよ。誰彼構わず徴兵に駆り出されたり、疲弊してるところを人間共に報復で攻め込まれたりとーー災厄にして最悪の時代だったわな、ありゃ」
勇者「……」
勇者「しかし……。当時、魔王軍から和平交渉の申し出があっただなんて記録は……」
魔王「……ない、じゃろうな。父上ーー先代魔王は、結局一回もわらわの忠言を聞き入れてはくれなかった」
スライム「痺れを切らした魔王様は、先代にこう言ったのさ。『父上がその気ならもういい! わらわが魔王となったアカツキには降伏し、人間の軍門に降ってやる!』とな」
賢者「降伏するって……ずいぶんと思い切ったことを言ったんですね」
魔王「このままいたずらに兵を疲弊させ死なせ続けるよりはずっといいーー当時のわらわはそう考えたのじゃ。…………今思うと、本当は降伏する気なんてなくて、ただ単に父上に要求を聴きいれてもらうために言い放った方便だったのやもしれぬ」
スライム「魔王様の真意がどうであったにせよ。先代はその発言を額面通りに受けとっちまったわけさ。そんで焦った。このままでは魔物が人間に支配されてしまう。それだけは避けなくては、ってな」
勇者「それで……」
スライム「先代は魔王様をこの街に幽閉した。そうすることで、魔王様が人間たちに和平交渉を推し進めることを防いだのさ」
賢者「でも、幽閉するにしては中途半端すぎませんか?」
スライム「おん?」
賢者「一日この街にいたら二度と出られなくなる。でも逆に言えば一日以内にこの街を出れば自由に出入りすることも出来るってことですよね? これならちょっと工夫すれば、ここから使者を出して和平交渉を進めることだって出来たと思うんですけど」
魔王「幽閉網がユルい理由は単純よ。1000年経って呪いが和らいだからじゃ」
……おかげで誰もよりつこうとさえしなかった」
賢者「そう、だったのですか……」
魔王「この街に人や魔物が一方的に”入る”ことが出来るようになったのは、おおよそ100年ほど前のことじゃ」
スライム「その頃からだな。ここが流刑島扱いされ始めたのは」
スライム「その通りだ。入ることは出来ても、決して出ることは出来ない街ーー脱獄不可能な牢獄として利用するにゃ、おあつらえ向きだろ?」
魔王「無論、外の者どもが”呪い”について知る術はなかった。故に”魔王城に送り込む”というのは流罪というよりは、死罪の一種だったのじゃろうな」
勇者「待て。ならあの爺さんは、もしかして……」
スライム「あの爺さんも、昔は極悪人だったらしいぜえ。何せ、自分の弟を毒殺したんだとか」
賢者「そ、そんな……」
勇者「……」
スライム「ま、今となってはただの無害なボケ老人だがな」
魔王「そうじゃ。昔と比べると、呪いはかなり弱まって来ておる。おかげでこの街に入った者も、一日以内であれば外に出られるというわけじゃ」
スライム「恐らく、このまま数百年も待てば呪いそのものが消え失せる。おれたちゃ晴れて自由の身になれるだろうな」
勇者「……だけど、そこまで待つ気はさらさらないって顔だな」
魔王「そなたは察しが良いな。まさしくその通りじゃ。ここでは外の状況を把握することは叶わぬーーしかし大凡の予想はついておる」
スライム「どうせ魔王様の部下共が好き勝手そっちを荒らし回ってんだろ? 上司が顔出さねえのをいいことによぅ」
勇者「……ああ、たしかにそうだ。1000年前、ちょうど魔王が代替わりした頃を境に、今まで統制されていた魔物たちの動きが一変したとの記述が残っている」
勇者「実際、ここに辿り着くまで何体もの魔物たちと戦ったが、どいつもこいつも私利私欲のために動いてるようなやつばっかりで、噂に聞く忠誠心に厚い魔王軍の兵士にはとても見えなかった。あれじゃまるで……ただの荒くれ者の集まりだ」
賢者「私の村を荒らしていたのも、そういう手合いでしたしねえ」
魔王「うむ。そやつらは魔王の、ねーむばりゅーを盾に好き放題やっておるだけのたわけ者じゃ。わらわとしてはこれ以上見過ごせぬ。一刻も早く対処したいのじゃ」
勇者「その意気込みは買うが、どうするつもりだ? ここから出られないんだろ?」
魔王「そうじゃ。……ここからが本題じゃ。お主らに協力して欲しいことがある」
魔王「わらわの代わりに、人間と和平交渉を進めて欲しい」
賢者「それって、あなたの使者になれって言ってるんですよね? 私たちに」
魔王「左様。そなたらがこの街に入ってからまだ一日と経っていない。今のそなたらならば、容易くこの街から抜け出せるはずじゃ」
スライム「つまりおめえらしかいねえのよ。魔王様の目となり耳となり口となり、外の世界と俺らを繋ぎ得る人材は」
賢者「消去法ってわけですか」
スライム「……まあ、否定は出来ねえけどよぉ」
勇者「……」
賢者「えっと……そ、そんなのこと決まってるじゃないですか! 世界に平和を取り戻すため、です」
魔王「ククッ。先刻から思っておったが、そこのそなたは類稀に見る純真さを持っておるのぅ。……まあそういう表現でも差し支えあるまい」
賢者「…………その言い方、馬鹿にされてるようにしか聞こえないんですけど」
魔王「そなたらの目的を”世界平和”とするなれば、わらわの軍勢ーーすなわち世界各地で暴れまわっている魔物の鎮圧は必須じゃ」
賢者「でもそんなこと……」
魔王「出来るはずがない、か? たしかにわらわの軍勢は強く、数が多く、その上すぐに増える。人の手には負えぬじゃろうな」
賢者「私たちがあなたの声を外の世界へ届けることが出来れば……魔物を鎮圧することも出来る、そう言いたいんですか?」
魔王「左様」
賢者「左様って……。他になにか言うことがあるでしょう」
魔王「ない。わらわが言うべきことは言った。あとはそなたらの返答待ちじゃ」
賢者「勇者様……」
勇者「…………一つ、確認しておきたいことがある」
魔王「構わん。何でも気兼ねなく問うがよい」
勇者「本当にお前の命令に、魔物達が従うのか……そこだけは、はっきりさせて欲しい」
スライム「おおん!? 何だとごら! そりゃあつまり俺たちのーー誇り高き魔王軍兵士の忠誠を疑ってるってことかあ!? あん!?」
勇者「今その誇り高い兵士とやらが、世界中で下劣きわまりない悪行を重ねているんだぞ。……自分達の主が幽閉されているにも関わらず、だ」
スライム「っ。それは……」
勇者「ましてや、あんたがここに幽閉されてからすでに千年も経過している。ならーー外にいる魔物はもう誰も現魔王に忠誠を抱いていない、そう考える方が自然だろう」
勇者「で、どうなんだ。俺はまだあんたの口から質問の答えを訊いてないぞ」
魔王「答えはシンプル。一言で済むわ。ーー杞憂じゃよ
魔王「そなたは少し勘違いしているようじゃが、魔物にとって上下関係は絶対じゃ。わらわの命令に逆らう者などいないよ」
勇者「そうは言うが……現にお前の部下どもは、上司を放って好き勝手やってるじゃないか」
魔王「そうするように前魔王に命令されたからそうしておるだけじゃ。わらわを放って好き勝手やれ、とな」
勇者「……なるほど」
魔王「ひとまず、のう」
勇者「だけどまだ障害は残ってる」
魔王「ほう。わらわの考えたぷらんに、まだ穴があると申すか」
勇者「おおありさ」
魔王「して、その心は?」
勇者「どうやってお前の命令を魔物どもに信じさせるかーーその方法を考えておく必要がある」
勇者「そういうことだ。勇者の俺が魔王の使者を自称したところで、口から出まかせと思われるに決まってる。信じるわけがない。そこのところどう考えているんだ?」
スライム「待て待て待て! おめーらまた早とちりしてんぞ、ごら」
魔王「早とちりといよりこちらの手落ちじゃな。説明不足だったわ」
勇者「どういうことだ? ちゃんと説明してくれ」
スライム「ああ。結論からいうとな……魔王様が直接命令するから問題ない」
スライム「馬鹿!? おいそこのてめえ。ひょっとして今俺のことを馬鹿呼ばわりしたか!?」
賢者「ひょっとしなくてもあなたのことですよ! 外の魔物に直接命令を伝える方法がないから困ってたんでしょ? なのに直接命令を伝えるから問題ないって……言ってることめちゃくちゃじゃないですか」
スライム「ばーか! おめーの方こそバーカ! いつ命令を伝える方法が”ない”と言った? 話の流れを読め! ”ある”に決まっとてんだろうが!」
賢者「なっ……! あるならあるで、どうして先に教えてくれなかったんですか!」
スライム「気になるか? 気になるだろ? ケケッ、どうしよっかなー。何だかさっき失礼なこと言われた気がするしなー。教えたくなーー」
勇者「…………どういうことだ? ”ちゃんと”説明してくれ」
スライム「わ、分かってるって。分かってるからその……そんなに憤るなよ」
勇者「なら説明してくれ。うっかり抜けがないように」
スライム「あ、ああ。……っつーわけで、魔王様、お願い」
魔王「……はぁ。そうじゃな、さきも言ったとおり。ここの呪いは弱まっておる。今であればーー解呪も可能なほどにのぅ」
魔王「呪いのせいで身動きとれないんだから解呪されれば外に出られるに決まっとるじゃろう」
スライム「そうだそうだ! そんなこともわからんねーのか。ばーか!ばかばかばーか!」
賢者「な、なら今すぐにでも呪いを解いて、外に出ればいい話でしょう! どうしてこんな所でくすぶってるんですか!」
魔王「それが出来たら苦労せんのよ」
賢者「どういう、ことですか?」
勇者「…………もしかして。この街には解呪の呪文を使える住民がいないのか?」
魔王「お恥ずかしながら、のぅ」
魔王「無駄じゃよ」
スライム「馬鹿にこの街の呪いは解けねえからな」
賢者「……どんだけ馬鹿呼ばわりされたことを引きずってるんですか」
スライム「ケッ、事実を言ったまでだっての。もう一度言ってやろうか? てめーごときじゃ、この街の呪いは解けねぇ。いくら弱まっているとはいえ、前魔王が残した呪いなんだからな」
賢者「………………そうですね。強力な呪いを解く際には数人がかりで事に当たるのがセオリーですしーー魔王の呪いを私一人でどうにかするというのは、荷が重過ぎるかもしれません」
スライム「ざっと100人くれえの解呪師がいりゃあ、事足りるんじゃねえの?」
賢者「ひゃ、100人!?」
勇者「……なるほど。つまりお前らの要求は、”解呪師100人をここ街に連れて来い”ってことか?」
スライム「連れてくるだけじゃあ意味ねーよ。その上で、この街の呪いを解いてくんねえとな」
魔王「そしてこの街の呪いが解けた暁には、わらわが世界中の魔物たちに命ずると約束しよう。”今すぐ争いをやめよ”とな」
勇者「平和のためには、お前が外に出て魔物を鎮圧しなければならない」
勇者「お前が外に出るためには、この街の呪いを解く必要があるから」
勇者「俺たちに、この街へ解呪師たちを連れて来て欲しい」
勇者「ーーお前らの要求をまとめると、こんなところか?」
魔王「うむ。理解が早くて助かるわ」
魔王「慌てるでない。何も自力で100人集めて来いと言うてるわけではなかろうが。個人で集めるのは無理でもーー国家の力があれば解呪師くらい簡単に集められようよ」
賢者「国に頼れ、というんですか?」
魔王「じゃから最初から言うておるじゃろう。わらわの代わりに”人間と”交渉を進めて欲しい、とな。そなたらには、人間の王を説得して欲しいのじゃ」
賢者「そして解呪師を集めろ、と。ですがそう簡単に説得出来ますかね?」
魔王「そこはお主らの、ねごしえーしょんすきるの見せ所じゃ」
賢者「……いやいや。魔王の封印を解けだなんて、どうやったって説得するのは難しいと思いますよ。そもそも、私だって半信半疑なんですから」
魔王「む、わらわを信用出来ぬと申すか」
賢者「そりゃあ……腹の底では世界征服を企んでいるのかもしれませんし。油断は出来ません」
魔王「そんなつもりは毛頭ないと、わらわは態度で示して来たつもりなんじゃがな」
勇者「…………よしわかった。請け負うよ。お前の要求は、俺が責任をもって王に伝えてやる」
勇者「ああ。こいつを信用するのか否かーーそれを決めるのは、俺たちの役目じゃない。判断は王に委ねるべきだ」
魔王「賢い選択じゃ。後悔はさせぬ。大船にのったつもりでいるがよい」
勇者「言っておくが、俺はあくまで王に伝言を伝えるだけだ。その結果王がお前を信用ならないと判断した場合ーー容赦するつもりはない」
魔王「ククッ……精々そうならないことを祈っておるよ」
賢者「じゃ、じゃあ早速行きましょう! あまり長居し過ぎちゃうと出られなくなっちゃいますし」
スライム「あー……悪ぃがそうも行かねえみてえなんだよな」
勇者「なに?」
スライム「ーーもう嵐が来やがった」
勇者(魔王の城が激しく揺れた)
勇者(慌てて窓に駆け寄り、外の様子を確認しようとするも)
勇者(叩き付けられるような勢いで降り注ぐ雨粒に遮られる)
勇者(しかし雨粒の隙間から、かすかに伺えた外の景色は)
勇者(街が嵐に蹂躙されているという他ないあり様で)
勇者(俺の想像を遥かに越えていた)
勇者(こんな状況下で外に飛び出すなど自殺行為に他ならない)
勇者(やむなく俺たちは、魔王の城で一晩過ごすこととなった)
スライム「あん? 何でだよ」
賢者「だってすぐにでも出発しないとここから出られなくなるんでしょう?」
スライム「ああ、呪いの心配してやがんのか。でえじょぶだ。明日の朝にゃ嵐は止む。姉ちゃんたちが来たのは夕方頃だったからーー止んでからすぐに出発すりゃ呪いで閉じ込められることもねえよ」
賢者「それでも嫌です。私、ここに泊まりたくありません」
スライム「ああん!?」
賢者「怒鳴られても嫌なものは嫌です」
魔王「ほう、では今すぐ城を出ていくのか? この嵐の中を? 無謀にもほどがあると思うがな」
賢者「うっ……」
勇者「…………仕方がない、か」
賢者「そりゃそうですよ……。私たちからしたら、敵陣のど真ん中で退路を断たれたようなものなんですから……」
魔王「……やや心外じゃな。わらわ達に敵意はないと、これまでそなたらに示して来たつもりなのじゃが。ヤルならとっくにやっとるわ」
賢者「ううっ。そりゃあそうですけど……」
スライム「ケケッ。ざまあねえなあ、ええ? 俺を消し炭にしてくれようとした姉ちゃんが塩らしくなってらあ。ま、精々一晩がくがくぶるぶる震えながら過ごーーーー」
魔王「ーー良かろう。ならばれくりえーしょんじゃ! れくりえーしょんをして、親睦を深めようぞ!」
スライム「おおん!?」
魔王「わらわの城を、心ゆくまで見て回る許可を与える。時間の許す限り、見学して行くがよい」
賢者「それってレクリエーションとは言わないんじゃ……」
魔王「わらわの城は広く、物珍しい物に満ち溢れておる。故に外界の者どもからすれば、見て回るだけで享楽になろうて」
賢者「はあ……」
勇者「見て回れと言われてもな。どこに何があるのかすら分からないんじゃどうしようもないだろう」
魔王「心配するな。案内を付ける」
スライム「案内人ね……ケッ。可哀想なやつだな。同情するぜえ。こんな冷酷無比な勇者一行に同行させられるとはよぅ」
魔王「スライム、城の中を案内してやれ」
スライム「ああん!? 俺かよ!」
勇者「短い間だろうが、よろしく頼む」
賢者「あなたに案内されるのは気が進みませんが、よろしくお願いします」
スライム「いや待て待て待て待て! おかしいだろ! おりゃ、さっきこいつらに何度も始末されかけたんだぜえ!? その俺をこいつらのガイドにするたあ、人選ミスも甚だしいぜ! おりゃぜってえやらねえぞ! 絶対だからな!」
賢者「で、ここが蔵書室でいいんですね?」
スライム「…………ああ。そうだよ。もう好きなだけこき使えよ。こんちくしょう」
賢者「うわー! すごい数ですね!」
勇者「ああ。まさかこんだけの種類の本を取り揃えてるとは思わなかったな」
スライム「つっても、古くせえ本ばっかだけどな。一等新しい本ですら千年前の代物だ」
賢者「だからこそいいんじゃないですか。……うわっ! これって喪われた古代魔法について書かれた魔道書じゃないですよ! あっ、こっちにも似たのが! きゃっほー! ほんとパラダイスですね、ここ!」
勇者「……賢者が嬉しそうで何よりだ」
スライム「勇者様はああやってはしゃがないのかい?」
勇者「……俺は見てる側でいたいな」
スライム「同感だぜ」
勇者「次?」
スライム「最初は姉ちゃんの希望に沿って蔵書室に来た。なら次は勇者様の要望を聞くべきだろ。順番的に考えて」
勇者「……そうだな」
勇者「もう一度、あのご老人に会わせてくれないか?」
スライム「ご老人ってのはーーボケジジイのことだよな?」
勇者「ああ、その通りだ」
スライム「そりゃあ構わねえが、どうしてだ?」
勇者「いくつか確かめたいことがあってな」
スライム「確かめてえこと、なあ。まあ余計な詮索はしねえよ。おりゃ与えられた最低限の仕事をこなすだけーーーー」
「きゃあ!? な、なんなんですか!? 助けてください! 本から牙が生えて襲って来ました!」
スライム「言ってるそばから仕事増やすんじゃねえ! そりゃ、ミミックと同じ類の馬鹿だ!」
勇者「だ、大丈夫なのか!?」
スライム「おい姉ちゃん! そいつぁ、弱い魔法一発当ててやりゃビビって逃げ出すだろうぜ! 俺が許す。やっちまいな!」
「で、出来ません! こんな貴重な書物ばかりの部屋で攻撃魔法を使うだなんて……無茶言わないで下さい!」
勇者「……」
スライム「……チッ。ちょっと待ってろ。騒ぎを収めてくらあ」
勇者「……済まないな。相方が迷惑かけて」
スライム「ケッ」
勇者(行ってしまった)
勇者(……本でも読みながら待ってるか)
勇者(しかし改めて見ると、すごい数だな)
勇者(いくつか興味をそそる文献が見当たるがーーどれから読もうか迷う)
勇者(俺ですらこの有様なのだから、俺より遥かに学が深い賢者のはしゃぎようも頷けた)
勇者(さて、どれにしようかーー)
??「お探しの品は見つかったかな?」
??「ははっ。そんなに驚かないでいいのに。僕はーー」
女エルフ「ただのしがないエルフだよ」
勇者「エルフ……だと? 遥か昔に滅びた種族と聞いたが」
女エルフ「ここにいるくらいなんだ。事情は察して欲しいな」
勇者「…………ああ。済まない」
女エルフ「気にしないでいいよ。悪気がないのは分かってるからね」
勇者「ん? 何がだ?」
女エルフ「嵐のことさ。君たちがちょうど外に出ようとしてたときに来ただろう」
勇者「ああ……たしかにあれは運が悪いとしか言いようがない」
女エルフ「……本当に、それだけかな?」
女エルフ「本当にそれだけかなという意味さ。ところで最初の質問に戻るけど、何を探してたんだい?」
勇者「とくに何かを探していたわけじゃない。どれを読もうか迷ってただけだ」
女エルフ「これだけの品揃えだからね。気持ちは分かるよ」
勇者「お前は? 何を読んでるんだ?」
女エルフ「薬物が脳と神経に及ぼす影響なんかをまとめた本だね。ざっくり言うと『洗脳』についての本ってことになるのかな
女エルフ「うまく使えば、ね」
勇者「うまく使えばって……具体的にどんな風に使うんだよ」
女エルフ「対象に薬物を投与して、脳に負荷をかけるんだ。その後自分好みの刷り込みを行って洗脳完了。これまたざっくりとした説明だけど、大体こんな感じかな」
勇者「薬物を投与、ね。そこからして無抵抗の相手にしか通用しなさそうだな」
女エルフ「そうでもない。投与だなんて難しい言い方をしたけど、ただ飲ませるだけでいいんだ。飲ませるだけでいいならいくらでも方法はある」
勇者「方法って?」
女エルフ「食事に薬物を盛ればいいんだよ。例えばーー今日君に出された食事にも、薬物が混ぜられてたりしてね」クスクス
勇者「脅しのつもりか? 残念だが、ここで出された食事は口に入れてない。これからも喉に通すつもりはない」
女エルフ「ははっ、知ってるよ。だから言ったろう? 例えば、って」
女エルフ「必要だからね」
勇者「必要? こんな幽閉された城内で、洗脳の知識が必要だってのか」
女エルフ「ご名答」
勇者「……どういうことだ? お前らここで何をしていた。洗いざらい話してもらうぞ」
女エルフ「ははっ、もっとお喋りを楽しみたいのは同感なんだけど。そろそろ時間だ。僕は暇させてもらうよ。……お仲間が来たみたいだしね」
勇者「ふざけるーー」
賢者「勇者さま、すみません! ご迷惑おかけしました……っ!」ドタバタ
賢者「え? こいつって……誰のことですか?」
勇者「だからーー」
勇者(おれが再び女エルフの方へ視線を向けると)
勇者(彼女は煙のように姿を消していた)
勇者(魔法をつかったとしか思えない手際の良さだった)
勇者(しかし一瞬で姿をくらます魔法なんて、俺は寡聞にして聞いたことがない)
勇者「ば、かな……」
賢者「勇者様、ほんとうに大丈夫なんですか?」
勇者「……あ、ああ。ちょっと頭痛がするだけだ。問題ない」
スライム「なんだよ勇者様。まーださっき見た”エルフ”ってやつを気にしてんのかよ」
勇者「……もう一度聞くが、ほんとうにこの街に、エルフは住んでないんだな?」
スライム「住んでねーよ。ついでに薬物で洗脳なんてのもしてねぇ。こんな閉鎖空間で洗脳の研究なんて進めて何になる? 自分らの首締めるだけだろ。何度もいわせんな」
勇者「だが俺はたしかに見たんだ。あの女エルフが ̄ ̄」
スライム「たしかにこの街にエルフなんざ住んでねぇが。今となっちゃ、外部のやつがこの街に侵入するのは不可能じゃねぇ。今のおめーらみたいにな。そのエルフってのもその口かもしんねぇな」
勇者「それはありえない。エルフは何百年も前に絶滅しているはずだ。生き残っているとしたら絶滅するより前に、この魔王城にかくまわれていたケースしか考えられない」
スライム「そんじゃ、やっぱり勇者様の見間違えだったんだよ」
勇者「……」
賢者「勇者様……」
勇者「ここに老人は住んでるんだな」
スライム「住んでるっつーか、隔離だな。一応危険人物だし」
賢者「弟を一人毒殺したって聞きましたけど、ほんとうなんですか? そんな人にはとても……」
スライム「ほんとだよ。ジジィと一緒にここへ放り込まれた同期の罪人からも証言がとれてる」
勇者「……俺にも弟がいた。なにかしら理由があったのかもしれんが……許しがたいな、どうしても」
賢者「……」
スライム「ここがジジィの牢獄だ」
賢者「……おじいちゃん」
老人「おや。わざわざ来てくれたのか。ご足労かけて済まんのぅ」
賢者「……いえ、こちらこそいきなり押しかけてしまってすみません」
老人「いまお茶を出しますわい。ちょっとあがって、くつろいどれ。……おや、戸があかんのぅ」ガチャガチャ
スライム「そりゃ牢屋の扉を内側からあけられるわけねぇだろが。ったくよぅ、このボケジジィは」
勇者「……」
老人「おや、あなたはたしか……さきほどお会いした方ですな」
勇者「ああそうだ。あんたさっき会った時、”隣の家のローズに叱られる”って言ったな?」
老人「ええ、ええ、言いましたとも」
勇者「俺の家のお隣もローズさんなんだ。あんたの二軒隣の住民の名前を教えてくれ」
老人「勇者」
勇者「……ああ、よく分かったよ。ありがとう」
勇者「ああ、俺もだよ。けど……」
賢者「けど?」
勇者「このご老人はたぶん、俺の仲間の一人 ̄ ̄魔法使いの血縁者だ」
賢者「魔法使い、さん?」
勇者「あいつは俺の幼馴染みでな。二軒隣の家に住んでるんだ。 ̄ ̄この老人が住んでた場所と一致する」
賢者「そう、でしたか……」
勇者「いやまだだ。あんた、ここに来て何年くらいになる?」
老人「わしゃ、産まれも育ちもこの街ですわい」
勇者「ここに来てから洗脳されたり、妙なことを吹き込まれたりはしなかったか?」
老人「せんのう? はて、何のことじゃか」
スライム「……ちっ。まーだ疑ってやがんのかよ」
老人「弟? はて、そういえば見かけんのぅ。どこにでかけたのやらーー」
勇者「とぼけるなよっ……。 あんたが、自分で殺したんだろうがっ……!」
老人「……」
勇者「こんどはだんまりか。いくらあんたがだんまり決めこもうが、忘れたふりをしようが、あんたは弟を殺した。それは決して許されることじゃない。人殺しってのは取り返しがきかない。許す許さない以前の問題なんだよ。分かってんのかっ」
賢者「ゆ、勇者様……?」
勇者「まだだんまり貫く気か? それじゃ殺された弟さんがあんまりだ。報われない。ほんとは思い出してるんだろ? 思い出してるんならさっさと白状ーー」
老人「……ぐっ」
勇者「どうしたんだよ、調子悪いふりしたってーー」
老人「……がぁぁああああああっ!!!!」ガシッ
勇者「なっ!? 何のつもりだ! 離せっ、このっ……!」
老人「いかんのか!? 勇者だって人を殺す。悪人と知らば切り捨てる。なのになぜ俺だけ、俺だけが糾弾されなきゃならない!? 俺にとっては勇者もただの人。なのになぜ俺だけ……」
勇者「な、にを言っている……!? 」
老人「ああ、たしかに俺は殺した! 嫉妬に駆られて、憎悪に塗れて、大義名分もなく、ただ私利私欲のために殺した! だがーーなぜそれが許されない!?」
勇者「許される……わけ、ねぇだろうがぁ! いい加減離れろぉ!!」バッ
賢者「おっ、おじいちゃん!? 大丈夫!?」
勇者「はぁ……はぁ……」
スライム「……ちっ。勇者様も大丈夫かい。随分と鼻息が洗いけどよぅ」
勇者「あっ、ああ。まさか鉄格子ごしに手を出してくるとは思わなかったから、少し驚いただけだ」
スライム「ったく。イライラすんのも分かるけどよぅ。挑発すんのもほどほどにしろよ。……こりゃ、城内見学って雰囲気でもねぇな」
賢者「そう、ですね。そろそろ寝室の方に案内してもらってもいいですか?」
スライム「ああ、いいぜ。てめーらの部屋は一人ずつ二部屋用意してある。部屋は腐る程余ってるからなぁ。ちゃんと隣の部屋同士にしてあるから安心しろよ」
勇者「……そうか。助かる。また頭が痛くなってきたみたいだ」フラフラ
スライム「おいおい。ほんとに大丈夫かよ。……ッケ。ほら、ついてきな」
勇者(俺が割り当てられた部屋は、やたらと広く、思いの他清潔に整えられていた)
勇者(ひょっすると高級宿のスイートルームに匹敵するかもしれない)
勇者(罠の類も見当たらない)
勇者(ベッドは案の定ふかふかで、しばらくそこで寝そべっている内に、頭痛も和らいできた)
トントン
勇者(ん?)
勇者「……誰だ」
勇者「なんだ、賢者か。どうしたんだ?」ガチャッ
賢者「食事をもってきました。一緒に食べようかと思って」
勇者「ああ、たしかに少し腹が空いたな。念のため聞くが。これは自前の食料でつくったもの、だよな?」
賢者「もちろんです。安心して食べていただいて大丈夫ですよ」
勇者「分かった。よし、いただきます」
勇者「ごちそうさま」
賢者「おそまつさまです」
勇者「……賢者は料理が上手いな。ろくな器具食材もなかったろうに。まさか旅先でこんなおいしいものを食べれるとは思ってなかったよ」
賢者「へへっ、そこまでベタ褒めされると照れてしまいますね」
勇者「……それで。ただ食事を届けるためだけにここに来たってわけじゃなさそうだけど、要件はなんだ?」
賢者「ばれちゃいましたか」
勇者「ばれちゃったな」
賢者「じゃあ単刀直入にお聞きしますね。勇者様が見たという、エルフについて知りたいんです」
賢者「エルフが姿を消したっておっしゃっていましたよね。その間勇者様はエルフの姿を見ていましたか?」
勇者「いや、目を離した瞬間に消えていた。だけどその隙にどっかに移動したって考えるのはちょっと難しいと思う」
賢者「そうでもないんですよ」
勇者「なに?」
勇者「そう、だったのか。それは初耳だな……」
賢者「そうなのですか? 勇者様はご存知かと思っていたんですが」
勇者「どうしてだ?」
賢者「……いえ、まあ、なんとなくです」
賢者「……もうひとつ質問させてもらってもいいですかね?」
勇者「構わないよ。なんでも聞いてくれ」
賢者「そのエルフは『薬物と洗脳について』の本を読んでいた。間違いないですね?」
勇者「ああ、その通り。さっきいったまんまだよ」
勇者「なん、だと……? だがあのエルフはたしかに薬物と洗脳について語っていたぞ」
賢者「本当にエルフが薬物と洗脳関連の知識を有していたのだとすれば、エルフは最近まで外にいたと考えるのが妥当です。ここに幽閉されながら得られる情報ではありません」
勇者「エルフが外にいた? だがエルフは絶滅していたはず……」
賢者「考えにくい仮説ではありますが、生き残りがいた可能性はあります」
勇者「その生き残りが今、魔王城に侵入し、俺の前に現れた、と」
賢者「…………ええ。勇者様の証言とも、あのスライムの証言ともつじつまがあいます」
賢者「……いえ、特にはないですね。逆に勇者様が気になっていることってありますか?」
勇者「気がかりなこと?」
賢者「ええ。どんなささいなことでも構いません。そういうものが案外重要な情報だったりしますし。明日無事この城を出るために、少しでも情報を共有するべきです」
勇者「う、うーん。そうだな……」
賢者「色々、とは?」
勇者「ほら、俺を掴みながら喚きたててただろ? 支離滅裂過ぎて意味わからなかったけどさ」
賢者「えっと、その……わたしには何も聞こえませんでした」
勇者「聞こえなかった? そんな馬鹿な。 あんだけ大声で喚きたててたのに」
賢者「おじいさんは無言のまま、勇者様を掴んでいましたよ。叫ぶどころか何も言わないから気味が悪いくらいでしたし」
勇者「それなら俺が聞いたのは一体……」
勇者「勇者なら人を殺しても許されるのに、とか。何故俺が責められなきゃいけないんだ、とか。そんなことを言ってたかな」
賢者「何故俺が責められなきゃいけない……」
勇者「どうした? やっぱり何か心当たりでもあったのか?」
賢者「……ねえ」
賢者「ーーーーどうして生きていられるの?」
賢者「うーん。そうですね。いくつか心当たりはありますが、はっきりとは思いつきません」
勇者「え、いや、そうじゃなくて。今、何か変なこと言ってなかったか?」
賢者「わたしがですか? いえ、特に驚かせるようなことを口にしたつもりはありませんけど」
勇者「でもお前、今たしかに……」
賢者「……幻聴ですね。たった今確信しました。エルフを見たというのも ̄ ̄たぶん、幻覚をみただけです」
勇者「げ、幻聴に幻覚?俺がか?」
勇者「ストレスにトラウマって言われても……心当たりがないぞ」
賢者「……何をいってるんですか。勇者様はここまでの旅路で、散々ひどい目にあってきたはずです」
勇者「そりゃそうだけど、耐えられないほどのもんでもなかった。仲間もいたしな。なのにどうして今になって」
賢者「強い緊張で抑圧されてきたストレスが、ひと段落つくめどがたった今、一気に噴出したと考えるのが妥当でしょうね」
賢者「幻聴というのは大概おかしなものですよ」
勇者「そりゃそうだろうが……」
賢者「……幻聴というものは勇者様の心の悲鳴でもあります。どうしても意味を知りたいなら、勇者様自身が胸に手を当てて考えるしかないと思いますよ」
勇者「……そう、か」
勇者(本当に、幻聴なのだろうか……?)
賢者「いえ、勇者様は知っていたはずですよ。忘れていただけです」
勇者「どういう、ことだ……?」
賢者「勇者さまは、英才教育を受け、色々な街で様々な噂や情報を見聞きしてきたはずです。もちろんその全てを記憶にとどめることは出来ません。しかし無意識の部分にはほとんど全て記録されているんですよ。それが今回幻覚幻聴となって表層に現れたんじゃないでしょうか」
勇者「……」
勇者(そう言われると、たしかにその通りな気がしてくるな)
勇者「いやしかし……さすがに寝るわけにはいかないだろう。ここは魔王の城なんだぞ」
賢者「隣の部屋にわたしがいますし、何かあったら知らせます。今はきちんと睡眠をとって下さい。私も渡すものを渡したらすぐに帰りますから」
勇者「渡すもの?」
勇者「これは……どくばりじゃないか!」
賢者「はい。本来なら魔法使いにしか装備出来ない代物ですが ̄ ̄今しがた改良を加えて勇者様でも扱えるようにしました」
勇者「気持ちは嬉しいが、どうしてそんな手間のかかることを? 武器ならもうたくさん……」
賢者「ええ、たしかに勇者様がもっている武器はどれも最高級のものばかりです。でも懐に忍ばせられる武器は見あらなかったので、これを。念に念を、です」
勇者「そういうことか。……何から何まで世話になるな、すまない」
賢者「……いえ、好きでやってることですから
勇者「もう行くのか?」
賢者「ええ、これ以上は勇者様の心身の負担になりそうです」
勇者「そんなに気を遣わなくても……」
賢者「もう、もっと自分を大切にしてください」
勇者「まあそうかもしれんが……その前に一つ、訊きたいことがあるんだ」
賢者「なんでしょう」
賢者「そう、ですね。そこは間違いありません」
勇者「やっぱりあれは、俺が老人の記憶を刺激してしまったせい、なのかな」
賢者「…………さあ。どうでしょう。そればっかりは当人にしか分からないんじゃないかと」
勇者「最初は俺、老人に自分の罪を気付かせるべきだと思ったんだ。自分が犯した罪を忘れたまま、認識すら出来ないってのは、フェアじゃないだろう」
賢者「ええ、私もそう思います」
賢者「許されませんよ、そんなこと」
勇者「へ?」
賢者「罪を忘れてのうのうと過ごすのが正しいだなんて思えません。そんなの私が許さない。絶対に。ましてや自分の家族を、弟を手にかけるだなんてーー許せません」
勇者「……でも、君はあの老人には同情的だっただろう?」
賢者「……そうですね。同情はしています。記憶を手放してしまうほど、本人も苦しんでいるんでしょう。それでも私は記憶を呼び起こしたい。そして問いただしたい。どうーー」
賢者「……あはは、少し話過ぎちゃいましたね。すみません。勇者様の具合が優れないというのに」
勇者「いや、俺が呼び止めたんだし。そんなに気にしなくていいよ」
賢者「……まあ要するに私が言いたいことは、勇者様は間違ってなかったってことです。おじいさんが飛びかかってきたのはただの事故。事実は事実として突きつけるのが正しいんだと思います」
勇者「そういってもらえると気が楽になるよ」
賢者「お役に立てたようで何よりです。では、今度こそほんとに行きますね」
勇者「ああ、おやすみ」
賢者「ええ、おやすみなさい」
勇者(……あれ、ここはどこだ? さっきまで寝室にいたはず、だよな)
魔法使い「ねぇ、勇者くん待ってよー」
勇者(魔法使い? どうしてここにいるんだ)
幼勇者「へっ、やだね。魔法使いがトロいのがいけないんだろー」
勇者(あれは俺……か。そうか、ここは夢の中なのか)
魔法使い「どうしていつもそうやっていじわるするのかな!? お姉ちゃんにいいつけるよ!」
幼勇者「お好きにどうぞ。お前の姉貴は俺と同い齢だぞ。でもって俺は男だ。女にビビるわけねーだろ」
??「へえ、言ってくれるじゃない」
勇者(あれ? あの子は……誰だ? 顔がぼやけて見えないぞ。聞き覚えはあるのに……)
??「問答無用」
幼勇者「いでぇっ!? なにすんだこの暴力女!」
??「わたしの妹いじめといて、それくらいで済ませてやってるんだから感謝して欲しいくらいだわ」
幼勇者「いじめてなんかねーよ! ちょっとからかっただけだ」
??「あのね、あんた一応年上なんだからちょっとは手加減しなさいよ。同い年として恥ずかしいから、しっかりしてよね」
幼勇者「……お前は俺のお袋かよ。そういうのやめてくれよな。お前の真似して、弟まで口うるさくなってきやがった」
??「あら、いいことじゃない。その調子で勇者くんを矯正して欲しいくらいだわ。弟君の方がよっぽどしっかりしてるもの」
勇者(……やっぱり思い出せないな。誰なんだ、この子)
??「ダメよ。ここらで一旦ぼきぼきに折り曲げて、お灸を据えないと。つけあがるだけよ」
幼勇者「折り曲げる!? お前俺に何をするつもりなんだよ!?」
??「だから折り曲げるの」
魔法使い「あ、あのね、勇者くんは手加減してくれてるよ」
??「こいつが? まさか」
魔法使い「私にはわかるもん! たまにゆっくり走ってわざと私につかまったり、さりげなく私がつまずきそうな石ころをのかしながら逃げてくれたりーー」
幼勇者「はあ!? なに適当なこと言ってんだばか!」
??「……へぇ」
幼勇者「な、なにがおかしいんだよ……」
??「なに? なになに? ねぇ、もしかしてあんたそうなの? そういうことなの? もしかしてわたし、邪魔しちゃってた?」
幼勇者「ち、ちげーよ。そんなわけねーだろうが、ばか!」
勇者(ああ、ちょっと思い出した)
勇者(まだ勇者としての神託も受けていない頃のーー自由気ままに、子供らしく遊べていた時代の記憶なんだな。これは)
勇者(…………で。すっかり忘れてたけど、その頃からすでに俺はーー魔法使いが好きだったんだ)
勇者(! そうか、この頃はまだこいつも生きて……)
??「あ、あら。弟君じゃない。どうしたの?」
幼勇者「そうだよ。なにをそんな慌ててるんだっての」
弟「大変なんだよ! 神託が……神殿に神託が降りたんだ! 新しい勇者の名前が刻まれたんだよ!」
勇者「なにっ!?」
魔法使い「神託ってなに?」
??「……神様はね、魔王を倒す力をわたしたち人間に与えてくださることがあるの。力を与えられ人間は、神殿に名前が刻まれるのよ」
魔法使い「へぇ! じゃあもし神殿に刻まれた名前が、私だったら、わたし強くなれるの?」
??「……ええ。そうね」
??「……まあ。血統からしてほぼ間違いなくーー彼だと思うけど」チラッ
幼勇者「で、どこのどいつなんだよ。勇者に選ばれたやつってのは!」
弟「……ああ。それはーー」
「起きーーだーーい」
「勇者様! 起きてください! はやくドアを開けてください!」ドンドンドン
勇者「!? け、賢者か。どうしたんだ!?」
「大変なことになりました!」
勇者「落ち着け、今開けるから。ちゃんと説明してくれ」ガチャッ
賢者「…………おじいさんが、行方不明になったそうです」
ーー魔王の間ーー
勇者「言われた通り来たぞ」
スライム「おう、お前らやっと来たか。おせーじゃねぇか」
賢者「すみません、勇者様を起こすのに少し手前どって」
勇者「…………こっちは塾睡中だったんだ」
魔王「夜分遅くに呼び出して済まんな。緊急事態だった故、許して欲しい」
勇者「構わない。で、なにがあったんだ? 大まかなことはことは賢者から聞いてるが……」
魔王「貴様らも知っているあの痴呆の好々爺が脱獄しおった。手段は分からん」
勇者「脱獄? 独房の中に隠れてる可能性はーー」
魔王「ない。独房内は真っ先に、隅々まで探した」
勇者「ああ、そうだが」
魔王「その日の夜になって、あやつは姿を消した」
勇者「……なんだよ。俺を疑ってるってのか?」
魔王「否。そういうわけではない。ただまあ、あやつが行きそうな場所に心当たりはないのか、尋ねたかったのじゃ」
勇者「心当たりって言われてもな……」
魔王「どんな些細なことでもよい。今は嵐が酷い。万が一外にでようものならーー」
賢者「……ただではすまないでしょうね」
スライム「ちっ。んだよ使えねーな」
賢者「仕方がないでしょう! 私たちがおじいさんにあったのは始めてだったんですから!」
魔王「となると、やむをえまい。このまま城内をくまなく探すよりないか」
賢者「……あの。よかったら私たちも手伝いましょうか?」
賢者「ええ、最悪命に関わることですし。放ってはおけません。あっ、でも勇者様は……」
勇者「いや、俺も探すよ。たしかに俺が会いに行った昨日の今日で逃げたってのは引っかかるしな」
スライム「おいおい、いいのかよ。多少時間に余裕があるとはいえ、てめーらは今日中にここ出ないといけないんだぜ? 夜更かしして寝過ごして出られなくなった、とかアホなことしてくれんなよ」
賢者「するわけないでしょう! そんなこと!」
魔王「その心配はいらん。時間が危うくなってきたら、わが配下に起こしにいかせる」
スライム「けっ。魔王軍もついに人間さまのモーニングコールまで請け負うようになっちまったか。時代の流れとはいえくるものがあるぜ」
魔王「うむ。ちゃんと起こすのだぞ、スライム」
スライム「って、また俺かよ!?」
勇者「さて、次はどこを探そうか」
賢者「あの……勇者様。ここからは二手に別れて探しません」
勇者「……本気で言っているのか?」
賢者「はい。その方が効率がいいでしょう。人の命がかかっているのですから、できることはすべきです」
勇者「あくまでここは敵の手中だ。あまり離れて行動するのは避けるべきだろう」
賢者「わたしたちを襲うならいくらでも機会はあったはずです」
勇者「それでも、だ」
賢者「心配しすぎですよ。この付近には魔王軍の方はいません。つまり私たちが二手になったところですぐには気づかれない。仮に彼らが敵でもわたしたちが別れるのは想定外のはずですし、問題ないですよ」
勇者「……そこまで言うなら構わないが。しかし……」
賢者「分かってくださったんですね!それでは!」
勇者「あっ、おいこら!」
勇者(……行っちまった。ありゃ、もう完全に警戒してないな)
勇者(案外牢屋の中に、まだいれられてたりしてな)
勇者(……確かめてみるか? 牢屋の場所はたしかあっちだったはず)
勇者(ん? 待て、ここは……)
勇者「蔵書室、か」
勇者(ここはまだ調べてないな)
ーー蔵書室ーー
勇者「やっぱりいない、か」
勇者(ついでに『薬物と洗脳』についての本がないか、ざっとたしかめてみたが、賢者の言うとおり、それらしきものはなかった)
勇者(……とうとうあの”エルフ”の実在が疑わしくなってきたな。本当に幻覚だったのだろうか)
勇者「ん? なんだあれは」
勇者(”エルフ”が座っていた机の上に、紙らしきものが置いてある)ペラっ
は や く に げ て
勇者「な、なんだよこれ……。誰が書いたんだ」
勇者(老人か? それともあの女エルフが……?)ズキッ
勇者「っ……! また頭痛が……」フラッ
ーー牢獄ーー
勇者「はぁ……はぁ……」フラフラ
勇者「たしか、ここが……老人のいた牢獄、だよな」
勇者「……っ」
勇者(くそっ……。頭痛が、収まらない……)
勇者「さっさと確認して……帰る、か」フラフラ
勇者(老人が逃げ出したってのは……やっぱり本当だったのか)
勇者(まあ、罠にはめるならはめるで、もっとマシな方法はいくらでもあるはずだもんな)
勇者(いや待て……牢獄の扉が開けられている。誰かが開いたのか? だとしたら……)
勇者「中を、確認……してみるか」
勇者(魔王は牢獄内を隅々まで調べたと言っていたが……。これが罠なら。何か、手がかりが残っているかもしれない)フラッ
勇者「……うぐっ」
勇者(ついに吐き気まで催してきた。どうなってんだ俺の身体はっ……!)
魔王「む、勇者ではないか。そこで何をしておる」
勇者「なん、でもない。ただ……ここを調べている、だけだ」
魔王「ここは調べ尽くしたと、さっきわらわが言っただろう。他の場所を探してはくれまいか」
勇者「ああ、まあ、そう……かもしれないな」
魔王「? そなた、少し鼻息が荒いぞ?」
勇者「気の、せいだろ。……どいてくれ。俺は、他のところを……探す」
魔王「しかし、心なしか顔色も……」
勇者「……っ」
勇者(まずっ……。もう、限界かっ……)フラッ
魔王「ど、どうした!? おい、しっかりせい! おい!」
気がつくと見覚えのない場所に横たわっていた
墨汁をぶちまけたような闇が、無限に広がっている
身体を起こそうとするも、動かない
目を凝らすと、全身に蜘蛛の糸が絡みついていた。
俺は蜘蛛の巣の上にいたのだ
蜘蛛の巣にもまた、限界というものがなかった
ひたすらどこまでも際限なく伸びている
真横から人の気配がした
みると弟が俺と同じように、蜘蛛の巣にとらわれていた
勇者「……」
弟「……」
俺は弟に声をかけようとしたがーー口が開かない
次第に蜘蛛の巣が震え始めた
震えはすぐさま大きな揺れへと変わる
蜘蛛が帰ってきたのだ
風船のように膨らんだ腹部と八本の筋くれだった脚。
巨大な蜘蛛そのものである。
ただ顔だけは、蜘蛛のそれと違った。
人間の顔だ
誰の顔であるかは、ぼんやりぼやけてよくわからない
しかし俺はその顔を見てーー
醜い。
見るに耐えない、と思った
蜘蛛は俺と弟、どちらを先に食すか迷っていたようだが、決断したらしい
ーー弟の方へと向かって、一歩脚を踏み出した
勇者(やめろ)
蜘蛛は八本の脚を器用に動かし、蜘蛛の糸を伝って、弟へと近付いていく
弟はさっきから、助けを求めるように哀願するような視線を俺に向けているがーー身じろぎ一つできずにいる
勇者(やめてくれっ……!)
蜘蛛はついに弟の横にたどり着き、末端から突き出た毒針を弟に突きたてた
弟「……!」
蜘蛛は一心不乱に、何度も何度も毒針を突き刺した。
その度に弟は身体を強張らせーーそうしている内にやがて動かなくなった。
蜘蛛はしばらく満足そうにしていたが、しばらくすると大きく口を開いた
ーー食す気だ
弟の頭が、蜘蛛の口へと飲み込まれていく
俺は心の中で絶叫する
そしてーー
勇者(や、めろ……。頼む、お願いだ。もう、やめてくれーー!)
俺は弟の頭を噛み砕いた
勇者「やめろっーー!」
勇者「はぁ……はぁ……」
勇者「なん、だったんだ。今のは。……夢、だよな?」
勇者(いや、それより)
勇者「ここは俺の寝室か。たしか昨日はーー」
勇者(魔王の前で倒れて、気絶したんだよな)
勇者「となると、部屋までは魔王が運んでくれたのか」
勇者(あの状況で俺を助けたってことは、多少は信頼しても良さそうだな)
勇者(となると、次に気になるのはあの後どうなったのか、だな。老人は見つかったのだろうか)
勇者「……ま、そこは賢者に聞くか」
勇者「賢者。起きてるか」
シーン
勇者「寝てるのか? もうそろそろ起きてくれ。聞きたいことがあるんだ」トントン
シーン
勇者「……おかしいな」
勇者(まさかっ)
勇者「おい、賢者! いるなら返事してくれ!」ドンドンドン
シーン
勇者(やっぱり何かがおかしいっ……)
勇者「すまん、ドアをこじ開けさせてもらうぞっ!」
バンッ!!
勇者(部屋の中はもぬけのからだった)
勇者「魔王っ!!! いるか!!?」バンッ
スライム「な、なんだぁ!?」
魔王「……朝から騒がしいのぅ。何事じゃ?」
勇者「お前に聞きたいことがある! 昨日、何があった!? お前ら……何をしやがった!?」
魔王「そなたがわらわの前で倒れた、その後のことを言うておるのか?」
勇者「ああ、そうだ!」
スライム「つっても、もう嵐は止んだ。今は魔王軍総出で外を探し回ってるところだ」
勇者「そうじゃない! 俺が訊いてんのは……そういうことじゃねぇ!」
魔王「では何を聞いておるのじゃ」
勇者「だからーー賢者をどこにやった、って訊いてんだよ!」
魔王「賢者……」
魔王「誰じゃ? それ」
スライム「ちっ。さっきから何をブチギレてんのかと思いきや訳分からねぇことを」
勇者「お前ら……俺を、からかってるのか?」
魔王「……落ち着け。落ち着いて、ちゃんと説明するのじゃ。そなたが何に怒り、誰を探しているのかーーわらわにはさっぱり分からん」
勇者「ま、待てお前ら。俺と一緒にいた、俺のツレをーー賢者を、忘れたってのか?」
スライム「忘れたもなにも、知らねーよ。だから誰なんだよ、賢者ってのは」
勇者「っ……」ズキン
勇者(くそっ。また頭痛がしてきやがったっ……)
魔王「おい大丈夫か? また体調が……」
勇者「うるせえ! 黙れ! 舐めた真似しやがって! これ以上てめぇらと口をきくつもりはない! 時間の無駄だ!」
スライム「おい、待て。落ち着け! どこにいくつもりだ!?」
勇者(賢者を助けだす! 生きているならまだこの城の中にいるはずだ!)
勇者(だが、どこにいる? くそっ、見当もつかない。呪いの件もある。さっさと探してこの城から逃げないとならないのにっ……)
魔王『そこで何をしておる』
魔王『ここは調べ尽くしたと、さっきわらわが言っただろう』
勇者(!)
勇者(どうして魔王は昨日、牢獄にいたんだ……?)
勇者(魔王が牢獄にいたのはおかしい。つじつまが合わない)
勇者(魔王が牢獄にいた理由。それは多分ーー)
勇者「見られたくないものがあったから、か」
勇者(きっと賢者はそこにいるはずだーー!)
ーー牢獄ーー
勇者「はぁはぁ……ふぅ」ズキズキ
勇者(多少慣れては来たが……相変わらず頭痛がひどいな)
勇者「また倒れる前に、手がかりを見つけないと」
勇者「……ん? なんだこれ?」
勇者(椅子に隠されていた石床に、不自然な割れ目があった。そこからは風の音が聞こえてくる)
勇者(割れ目に手をかけ、床を取り除くとーー)
勇者「……階段?」
勇者(天井も横幅もひどく狭い。壁にいたっては、岩壁がつららのように、ささくれだっている)
勇者「……壁にぶつかったら相当痛そうだな。血がでるかもしれん」
勇者(俺は、用心しながら地下へと足を踏み入れ、階段を下り始めた)
勇者「はぁ……はぁ……」
勇者「ずい、ぶんと、長いな」
勇者(頭が痛い……。また気絶しそうだ……)
勇者「……くっ。こ、こでぶっ倒れるのは……ちょっと、洒落にならないな」
勇者(ああ、でも、やっぱ、ダメだ。視界がぼやけてーー)
勇者「…………っ」
勇者「……ろさないと」
勇者「……ころ、さないと」
勇者(ちが、う。もう、ころした。だから……謝らないと。まちがってたんだ。何もかも)
勇者「……いや。ちが、う」
勇者(……そうだ。おれは間違ってない。おれはわるくなんてない。わるいのは全部ーーーー)フラッ
ガシッ!
女エルフ「ははっ、危ないところだったね。大丈夫かい」
勇者「……あっ」
勇者(ーーこいつだ)
勇者(…………ろす)
女エルフ「状況は分かってるよ。君のお仲間、賢者ちゃんがさらわれたんだろう?」
勇者(……殺す)
女エルフ「……でもね。悪いことは言わない。あの娘を助けようだなんて思わないことだ。あれは最初からーー」
勇者(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ーー)
勇者「ぐ、がああああぁぁぁぁぁ!!」ガシッ
女エルフ「……へ? きゃあっ!?」
勇者「お、れは……」
勇者(……そうだよ。俺、今、一体何を……!?)
勇者「す、すまない。……どうかしてたみたいだ」
女エルフ「痛かったんだからね。腕に壁の針が刺さったみたいだ」
勇者「ほんとうに、すまない」
女エルフ「……やっぱりね。君、洗脳されかかってるよ」
勇者「せ、洗脳!? バカな! だって、ここで出された食事には一切ーー」
勇者「なに?」
女エルフ「一人じゃ歩けないだろう。ほら、はやく」
勇者「あ、ああ。……すまない」
勇者(実体は……ある。やっぱり幻覚じゃなさそうだな)
勇者「……あ、ああ。その通りだ。だから洗脳なんてーー」
女エルフ「じゃあ君は、この城にいる間何も食べてないのかな?」
勇者「え? いや、もちろんそういうわけじゃない。賢者から食糧をもらってはいた。だがそれはーー」
女エルフ「そうかい。じゃ、君が頭痛に悩まされるようになったのはいつからだい?」
勇者「……この城にくるちょっと前からだ」
女エルフ「で、賢者ちゃんから食事をもらい始めたのは?」
勇者「この城にくるちょっと前……って、待て。お前まさか」
勇者「やめろよ。おれは賢者には何度も助けられーー」
女エルフ「そうそう。そういえば魔王は、やたらと”会食形式”にこだわっていたよね? 食糧は自前でいいから食事はしろーー今なら意図が分かるだろう。 魔王は君が持ってくる食糧の方に毒を盛ったのさ」
勇者「いい加減にしろっ……! 賢者はそんなっ……」
女エルフ「やけに賢者ちゃんを信頼してるみたいだけど。一体君はその子の何を知ってるんだい? 何も知らないはずだ。当然だよね。だって君からしたら、たかだか数日の付き合いなんだから」
勇者「……」
女エルフ「ははっ、分かってくれたかな?」
女エルフ「彼女はーー魔王軍に通じている」
女エルフ「裏切り者だったんだ」
勇者「…………いくつか、訊きたいことがある」
女エルフ「いいよいいよ。なんでも訊いてくれ」
勇者「お前は何者なんだ?」
女エルフ「お察しの通り、ぼくはエルフ族の末裔さ。君なりに言うなら、生き残りだね」
勇者「生き残りが、いたのか。しかし……どうしてこんなところに」
勇者「なぜだ?」
女エルフ「ぼく以外にもエルフ族は少なからずいるんだよ。だけどぼくたちエルフ族は魔王軍に嫌われている。そのせいで隠れ里での暮らしを余儀なくされているんだ」
女エルフ「仮に君が魔王を倒してくれたら、僕たちは文字通り、晴れて日陰者から脱することができる。ーーだから手助けできることがあれば、と思ってね」
女エルフ「ほとんど知らない。君と同じく、ぼくもここにくるのは始めてだからね」
女エルフ「ただね。昨日調べてみたら、この街に結界が張り巡らされているというのは事実みたいだよ」
勇者「つまり魔王が幽閉されている、というのも本当だったのか……」
女エルフ「うん。ま、和解したいってのは嘘だったみたいだね。君を洗脳しようとしているくらいだし」
女エルフ「ははっ、君はほんとうにおバカだね。一日ここに滞在しなければ、自由に行き来できるって説明を忘れたのかい?」
勇者「ああ……そう、だったな」
勇者「じゃあ、これを書いたのは……」
は や く に げ て
女エルフ「うん、ぼくだよ。このままここにいたら、君の身が危ないと思ったからね」
女エルフ「ん? なぜそう思うんだい?」
勇者「賢者が裏切り者で、この奥にいるならーーお前は俺の身を慮って、先に進ませないはずだ」
女エルフ「ははっ、ご名答。この先に賢者ちゃんはいない」
女エルフ「でも、気になるものはあった」
勇者「…………何なんだ、それは?」
女エルフ「答えは目の前にある。着いたよ、ここが終着点だ」
勇者「これは……宝箱?」
勇者「……? この宝箱を俺に見せて、何がしたいんだ」
女エルフ「中をみればわかるよ。あけてみてくれ」
勇者「……ああ」
ギギィ
勇者「これは……」
勇者「手紙、か?」
よう、????。
久しぶり。
……ってわけでもないか。
ここのところ毎日顔をあわせちゃいるもんな
でもお前は忙しそうで、ようやく会えたってのにろくすっぽ話が出来なかっただろ
仕方がないからこんなも??を書くことにした
手紙なんてのは俺の性に合わんが、まあこれはこれで新鮮かもしれん
それにしても、おまえも偉くなったもんだよなあ
??として誇らしいというかなんというか……はは、改めて書くとやっぱ照れ臭いな
……話がそれたな
久しぶりに、例の場所に集まらないか?
話したいことがあるんだ
もちろん、みん??も誘ってある
飯はおれがつくってくるからめいいっぱい腹すかせてきてくれ、久しぶりにたらふく食わせてやる
っつーわけで、我らが秘密基地……北の洞窟で待ってる
必ずこいよ、勇者様
????より
勇者「なんだよ……なんなんだよっ、これ!」
女エルフ「見覚えはないのかい?」
勇者「……ない。どうして俺の名前が記されているのかも、分からない」
女エルフ「うーん、君なら何かしら心当たりがあると思ったんだけど。期待はずれだったか」
勇者「……心当たりは、ある。俺の村には、”北の洞窟”があった」
女エルフ「手紙に書かれている集合場所というやつだね」
勇者「……ああ。ただそこは、俺が子供の時によく遊んでいたーー秘密基地だったんだ。他の誰かぎ知ってるとは思えない」
女エルフ「だけど現に手紙には君しか知らないことが書かれているよ。しかも君の名前付きでね」
勇者「……だからこそ混乱してるんだ」
女エルフ「なるほどねぇ。さてはて、これはどうしたものかな」
勇者「なあ。この街の北の方にも、洞窟ってあるのか」
女エルフ「ああ、そういえばあったね。あったけど……待ってくれ。まさか行く気かい?」
勇者「……」
女エルフ「やめておくんだ。仮にそこに”何か”があったとしてもーー間違いなく罠だ」
勇者「かもな。でも、手紙には”北の洞窟”で待ってると書いてある。これが敵の罠ならーーそこに賢者が捕らわれている気がするんだ」
女エルフ「……呆れたね。まだ彼女を信じてるのかい?」
勇者「たしかに俺が賢者と過ごした時間は短い。賢者のことなんて何も知らない。でもーーお前と過ごした時間だって少ないし、お前のことなんて俺はなにも知らない。ならお前の言うことを信じる必要もないだろう?」
女エルフ「あのねぇーー」
勇者「何より、俺は賢者を助けたいんだよ」
女エルフ「……」
女エルフ「……」
勇者「と、いうわけで。ちょっと悩んだが、俺は賢者を助けにいくことにするよ。……済まないな」
女エルフ「……ははっ。いいよ。それが君の決めたことなんだろ?」
勇者「色々とありがとう。じゃあな」
女エルフ「……気を付けて。君が何をどう想おうが、彼女は君の敵だ。警戒だけはしてくれ」
勇者「……」
勇者(俺は返事をせずに、背を向けて走り出した)
ーー城下町ーー
タタタタッ
勇者「はぁ……はぁ……」
勇者(っ……頭痛は少しましになってきたな)
勇者(それにしても……)
勇者(誰も、いないな)
勇者(嵐が止んだら、ここの住民は外に出てくるって話じゃなかったのか……?)
勇者(やっぱり魔王は、嘘をついていたのかもしれない)
勇者(詳しく調べたいところだが……あまり時間もない、か)
勇者(今は賢者を助けるのが先決だっ……!)
勇者(あれは……洞窟か! ようやく見つけたぞ!)
勇者(このまま中に乗り込んで……ん、いや待て)
勇者(誰かが、いる?)
オークA「……」
オークB「……」
勇者(……っち。見張りか)
勇者(……それにしても)
勇者(俺も舐められたもんだな。あんな下級の魔物に見張りが務まると、本気で思われてるのか)チラッ
オークA「……」
オークB「……」
勇者(……隙を見て、一気に決めるか)
勇者(よしっ。今ーー)
ズキンッ
勇者「……っ」
勇者(まさかっ……。また、頭痛か。よりによって、こんな時に……!)
『どーーしてーー』
勇者「!?」
勇者(な、なんだ!?)
『どうしてーー』
『どうして生きていられるの?』
勇者(惑わされるなっ……。これは幻聴だ! 疲れと緊張からありもしない声を聴いてるだけ! そうに決まってーー)
『いかんのか!? 勇者だって人を殺す。悪人と知らば切り捨てる。なのになぜ俺だけ、俺だけが糾弾されなきゃならない!? 俺にとっては勇者もただの人。なのになぜ俺だけ……』
勇者「……めろ」
『ああ、たしかに俺は殺した! 嫉妬に駆られて、憎悪に塗れて、大義名分もなく、ただ私利私欲のために殺した! だがーーなぜそれが許されない!?』
勇者「やめろぉぉおおお!!!」バッ
オークA「なっ!?」
オークB「きさまは、勇ーー」
勇者(いっ、きにきめてやるっっっ!)
ゆうしゃのこうげき!
オークBに5のダメージ!
勇者(くそっ……! 頭痛で力がーー)
オークA「舐めた真似してんじゃねーぞっ!」
オークAのこうげき
ゆうしゃに15のダメージ!
勇者「ぐはっ……!?」
ゆうしゃはメラをとなえた!
オークAに8のダメージ!
オークA「このやろっ……」
勇者(もう一発ーー!)
オークB「……ふんっ」
オークBのこうげき!
ゆうしゃに16のダメージ
勇者「……がぁぁ!」
オークA『~~~~~!!』
オークB『……~~~~』
勇者(耳まで、遠くなってきた。ここまでか)
勇者(ここで、負けるわけにはいかないのに……)
勇者(……諦めるな。気をしっかりもて。魔力を絞って集中させろーー!)
勇者「……っるぁぁぁあああああ!!!」
ゆうしゃはヒャダルコをとなえた!
オークAに32のダメージ!
オークBに34のダメージ!
オークA、Bをたおした
ーー北の洞窟ーー
勇者「はぁはぁ……っ」
勇者(ここが……北の洞窟か……)
勇者(俺の故郷の洞窟とは、似ても似つかないな)
「ついにここまできおったか」
勇者「!」
「見張りはどうした?」
勇者「あのオークどものことか? 今頃表で伸びてるんじゃねえかな」
「ふむ、なるほど。やはりそういうことかーー」
魔王「して、何の用で参った?」
魔王「すっとぼける? さてはて何のことやら」
勇者「賢者を出せって言ってんだよっ!!」
「ーーっち。おいおい魔王様。からかうのもその辺にしとっけって」
勇者「!」
スライム「勇者様がかわいそうだろぅがよ」
勇者(こいつっ……!)
スライム「よかねぇよ。責任者の俺がダメっつってんだからダメだ」
魔王「しかしーー」プイッ
勇者(こっちから目を逸らした……! 今だっ!)ダッ
キュイイン
勇者「なっ!? これは……魔法陣!?」
勇者(まずいっ。身動きがとれないっ!)
老人「ほっほっほっ。案外あっさりと引っかかってくれたのぅ」
老人「当たり前じゃろう。外から鍵開けてもらわなきゃ出られんわ。あんなとこ」
勇者「このっ……! ぶっ殺してやるっ!」
老人「ほっほ。威勢がいいのぅ。良いぞ、やってみぃーーそこから動けるものならな」
スライム「おいおい、無茶いうなって。こんなんでも一応”伝説の”勇者だぜぇ?」
魔王「ううむ……。一度戦ってみたかったわ」
スライム「インドア派なくせしてたまに好戦的だよなぁ、魔王様は。そういうとこだけは先代に似てるぜ」
勇者「……っの! 舐めやがって!」
老人「舐められる方が悪いんじゃよ」
勇者「うっせぇ! 放せ! そして俺と正々堂々戦え!」
老人「正々堂々戦っても、お主に負ける気はせんがなぁ」
勇者「ならささっと放しやがれ! それとも俺が怖いのか!?」
老人「ほっほっ。生憎その魔法陣はわしのものではない。解こうにもわしの一存じゃ、無理だな」
勇者「なら、誰がーー」
「私よ」
勇者「…………お前」
勇者(そんな……うそ、だろ)
「念のため、魔法陣を用意しておいて良かったわ」
勇者(だって……なら、俺は何のために……)
「……大丈夫? わたしの言葉、ちゃんと聞こえてる?」
勇者「……してだよ」
勇者「どうしてお前がそこにいる!? 賢者!」
賢者「……」
勇者「騙して、たのか……? 最初から、ずっと……!?」
賢者「……ええ、そうなるわね」
勇者「どうしてだ! どうして裏切った!? 」
賢者「……何を言っているのやら。最初に裏切ったのはあなたよ」
勇者「どういう、ことだ?」
賢者「……あなたの言葉を借りると、こうなるのかしら」
賢者「ほんとうはわかってるんでしょう? ”弟殺し”の勇者くん」
勇者「なに、言ってんだ……?
勇者「頭おかしいんじゃないのか?」
賢者「……」
勇者「だって、ありえないだろ……?」
勇者「あいつは、魔物に襲われて……」
勇者「だから、そんなことはありえなくて……」
勇者「だから……」
勇者「…………うそ、ほざいてんじゃねぇ!!!」
シーン
老人「……クズめ」ボソッ
勇者「なんだとこの野郎っ! もう一回、言ってみやがれ!」
老人「何を憤っておる。わしゃ事実を言ったまでじゃ。盗人猛々しいとは言うが、人殺しの開き直りなぞ呆れを通り越して吐き気がするわ」
勇者「そりゃあんたのことだ! 殺したのは……あんたの方だろうが! 俺を洗脳して罪をなすりつけようたって、そうはーー」
老人「わしにゃ、弟はおらん。故に弟を殺してなぞおらん」
老人「あの話は全部、お前さんをモチーフにしておるんじゃよ」
スライム「だぁーーっ。……ったく、そういうのは徐々にさせろつってんだろ。俺の指示に逆らって勝手な真似すんなっての!」
老人「ふんっ。そやつが屑なのが悪いんじゃ」
スライム「あんたそういうけどなぁ! 失敗したら責任とれるのかよ!」
老人「責任者はお主なんじゃろ。わしに押し付けようとするでない」
賢者「……たぶん、大丈夫だと思う」
スライム「ああん? 何を根拠に言ってんだよ!?」
賢者「勇者くんもちょっとずつ直視し始めてるみたいだから」
魔王「ふむ、そなたがいうのであればきっとそうなのであろうな。ではそなたから話してやってくれ。……出来るか?」
賢者「……ええ。もちろん」
勇者「お前ら、一体何を話している? いや、何を話すつもりだ!?」
勇者「っ……! なに、いまさら謝ってんだよっ……ふざけんな! 許せるわけ、ないだろうが!」
賢者「そう……許してはくれないの。そうよね。許せるわけ……ないわよね」
勇者「そんなことはどうでもいい! それよりーー」
賢者「分かってる。全部、話すから」
賢者「でもその前に一つだけ、言っておきたいことがあるの。私たちはあなたに危害を加える気はない」
賢者「だから、落ち着いて聞きなさい」
勇者「……信じられると思うか?」
老人「ふんっ。お主が信じようが信じまいが、関係ないわ。何も出来んくせに偉そうなーー」
スライム「大人しくしてろっつってんだろこのボケジジィ」
勇者「……分かったよ。大人しくしてりゃいいんだろ」
賢者「ありがとう」
勇者「……何がありがとうだ。お前分かってんのか!? こうなった以上人間は魔物に支配ーー」
魔王「するつもりなぞない。わらわが望むはあくまで平和だよ」
勇者「どの口でほざきやがるっ……!」
賢者「魔王が言っていることは事実よ」
賢者「人間と魔物は、もうとっくに和平条約を結んでいるのだから」
魔王「結界のことか? そんなもんとうの昔に解いてもらったわ」
勇者「結界を、解いた? バカな。だって、だってさっきエルフがこの街の周りには結界が張り巡らされているってーー」
賢者「……また幻覚をみたのね。それはあなたの妄想でしかない。もうこの城の周りには結界なんてないんだから」
勇者「エルフが、俺の、妄想? そんな、そんなはずは……」
勇者「なに……?」
賢者「あの日、あなたの弟くんが大慌てで駆け寄ってきて、『大変だ! 信託が降りた』って、騒いでたわよね」
勇者「!? な、なんでお前が知ってーー!」
賢者「あの日”勇者”に選ばれたのは、弟くんだったのよ」
賢者「あなたは……勇者じゃ、なかったの」
勇者「な、なにをいって……あの日俺は、たしかに選ばれ」
『で、どこのどいつなんだよ。勇者に選ばれたやつってのは!』
『……ああ。それはーー』
勇者「あれ……?」
勇者(そ、そんな)
勇者(思い、出せない)
賢者「……それでもあなたは平常を装って、いっしょに旅に連れていかせてくれとせまった」
老人「せめて”救世主”の一味になりたかったんじゃろうな。無論断った」
賢者「……万一弟くんが死んだ場合、次の勇者の力は唯一の血縁者であるあなたに引き継がれるはずだからーーあなたを危険に晒すわけにはいかなかった」
老人「世界を平和に導いたお主の弟は、世界中から讃えられ、尊敬された。ーーようは嫉妬したのじゃ、お主は」
賢者「あなたは弟を北の洞窟に呼び出してーー殺害した」
老人「貴様は己が弟を殺して、勇者の力を奪ったんじゃっ……! それだけならまだいいっ。……遺体の首から上は齧りとられていたそうな」
勇者「うそ……だろ?」
勇者「だって、だって弟は、魔物に、襲われて……」
スライム「……問題はそっからだ」
スライム「弟を殺したてめぇは、殺したことを忘れやがった」
スライム「それどころか、弟のように振る舞うようになったんだ」
スライム「ああ、自分は魔王を倒すために旅を続けている伝説の勇者だとーーそう思い込むようになっちまったんだ」
老人「逃げたんじゃよ、お主は。空想の中にのぅ!」
勇者「…………うそ、だな」
スライム「どうしてそう思うんだ?」
勇者「……ほんとうに、俺が弟をーー世界の救世主を殺したってんなら、処刑されてるはずだ」
勇者「なに……?」
魔王「今となってはお主が最後の勇者の末裔。最後の勇者じゃ。お主が死ねば勇者の血筋は絶え、拮抗している人間と魔物のパワーバランスが大きく崩れる」
老人「そうなってしまったら、せっかくの和平条約の存続も危うくなる」
魔王「そなたには平和のため、わらわの抑止力として。嫌でも生き続けて貰わねばならんのじゃよ」
魔王「うむ。しかし抑止力とするにはお主の言動は常軌を逸しすぎていた」
魔王「自らが殺した勇者をかたり、平和な世界で平和を理想に掲げるーーまともな精神状態じゃないのは誰の目にも明らかじゃった」
勇者「それじゃ、抑止力にはならないと……?」
魔王「そうじゃ。そのための、治療じゃ」
勇者「……治療?」
勇者「だから……なんなんだよ、それは」
スライム「患者が逃げ込んでる空想に、現実の方を近づけるんだよ」
勇者「……そんなことして、何の意味が……」
スライム「現実が空想と同じになっちまえば、患者は現実を空想で塗り替える必要がなくなるだろ」
スライム「現実をありのままに直視し始める」
スライム「いくら寄せようが現実と、空想は違う。差異は産まれる」
スライム「そっから患者に違和感を覚えさせて、徐々にありのままの現実を認識させていくーーそういう治療法だ
勇者「……ごっこ、だと」
スライム「ごっことはいえ、なるたけ現実に忠実にしたけどな。ーーてめぇは”弟”から聞いた武勇伝を元に空想を形作っていたようだからよ」
魔王「”勇者”がこの城でわらわと和解し、解呪師を連れ戻り、わらわを解放するーーここまでの流れが、現実に起きておる。ただしここでいう”勇者”は、そなたではなく弟の方じゃがな」
勇者「今までのが……全部、”俺に合わせた”芝居だとでもいうのか? それだけのために、こんな大掛かりなことを……?」
スライム「そうでもしねぇと、てめぇは現実に目を向けてくれそうになかったんだ」
魔王「わらわは正真正銘魔王じゃよ」
勇者「なるほど、魔王様直々にこの三文芝居に付き合ってくださってたってわけか。……信じられるかよ」
魔王「お主とはわらわは認識があった。つまり魔王がわらわであると、そなたは識っていた」
魔王「故に魔王の役は、わらわがつとめるのがベストだったんじゃよーーそうじゃろう? スライム」
スライム「ああ、そうだぜ。不要なところで違和感を覚えさせて、患者に警戒されちゃ台無しだからな」
スライム「ちなみに俺はてめぇの主治医だ」
勇者「…………魔物の主治医ね。面白い冗談だな」
老人「ふんっ、まだ足掻くつもりか」
勇者「それじゃあその二人は誰なんだ? え? そこんとこはどういう設定になってんだよ? 聞かせてみろよ」
賢者「…………本当に、思い出せないの?」
勇者「あいにく、心当たりはないな」
老人「いつまですっとぼける気じゃっ……! 性根が腐っておる!」
勇者「あんたに言われたくない。いつまでもはぐらかしやがってっ。あんたら一体なにものなんだよ!」
老人「知りたいか? なら教えてやる」
老人「わしらは、お主の弟のーー仲間じゃったんじゃよ」
老人「そうじゃ。苦楽を共にし、時には語り合い、互いを支え合いながら魔王城まで旅をした、真の勇者パーティの一員なんじゃよ、わしと賢者はな」
賢者「……」
勇者「弟の、仲間ときたか。ははっ、いくらなんでも、そんなもん忘れようがないだろっての」
老人「驚くのはまだ早いぞ」
老人「わしゃ、”魔法使い”の祖父じゃ」
老人「”魔法使い”のことすらも忘れたか? ちなみにそこの賢者は、”魔法使い”の姉ーーわしの孫じゃ」
賢者「……」
勇者「なに、言って……。魔法使いは一人っ子で……」
ズキッ
『お姉ちゃんにいいつけるよ!』
『お姉ちゃん待って! 勇者くんを許してあげて!』
勇者「っ……」
老人「じゃからわしらがこの役に選ばれたんじゃよ。お主の記憶を刺激するためにのぅ」
勇者「知らない……」
老人「知らないってことはないじゃろう。だってお主は」
勇者「お前らのことなんて……知らないっ!」
勇者「……っ!」
老人「お主がわしに、牢獄で抜かしおった言葉じゃ。覚えとるな?」
勇者「そ、れは……」
老人「いくら忘れたふりをしても罪は消えない。見て見ぬ振りをするな。それでは弟が報われないーーなるほどたしかに正論じゃ。思わず感心したくらいじゃよ。じゃがな」
老人「貴様のようなやつにだけは、言われたくないわっっ!!」
勇者「……っ」
老人「あんときゃ、思わず襟首掴んでしもうた」
勇者「覚えてないって……言ってるだろ」
老人「戯け者め! いつまで弟の皮を被っておるつもりじゃ!」
勇者「あんたが魔法使いの祖父で、賢者が姉? ……信じられるか、そんなもん」
賢者「事実よ」
勇者「……じゃあ魔法使いを出せよ。あいつがお前を姉だって認めたら、信じてやるよ」
賢者「魔法使いはーー私の妹は……」
賢者「死んだわ」
賢者「……ええ。そうよ。あの子も、わたしたちのパーティの一員だった。魔王城に辿り着く前に、戦いで命を落としたわ」
勇者「だ、だって、魔法使いは、隣の村にいるはずでーー」
老人「いい加減にしろっ。それはお主の空想じゃっ……!」
勇者「お前らは……俺を洗脳しようとしてるんだ」
老人「まだそんな世迷いごとをいいおるかっっ!!」
勇者「現に頭痛が……した。あれはお前らがおれに薬物を盛った、証拠だ」
賢者「……あれは治療薬よ」
勇者「なに……?」
賢者「その副作用で頭痛がしていたの」
勇者「だって……エルフが……」
老人「そんなものはおらぬと言うとるじゃろっ!」
賢者「…………心の奥底ではこの状況を理解してたんでしょうね。でもあなたは現実を直視したくはなかった。そのためにーー」
老人「エルフなぞという架空の存在を創り出したのか。はっ」
勇者(うそだ)
賢者「前衛の弟くんとおじいちゃんを突破して」
勇者(魔法使いが、死んだだなんて)
賢者「後衛のわたしたちのところまで、魔物が襲いかかってきたの」
勇者(信じない)
賢者「……ショックを受けるのは分かるわ。あなたたちは”魔法使い同士”とても仲が良かったから……」
勇者(嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーー)
勇者「嘘だぁぁぁぁあああああああ!!」
ブチッ
魔王「なにっ……!」
スライム「魔法陣が、消えた!?」
勇者「うぉおおおおおお!」
老人「な、何をしておるっ!? 賢者!」
賢者「……」
勇者「くらいっ、やがれぇぇええええ!」
ゆうしゃはおうじゃのつるぎを振りかざした!
勇者「なにっ!?」
賢者「……それでおしまい?」
勇者「っ……! なわけーー」
勇者「ねぇだろうがっっ!!」
ゆうしゃはらいじんのけんを振りかざした!
しかし何も起きない!
勇者「く、っそぉぉおお!」
ゆうしゃははふぶきのつるぎをふりかざした!
しかし何も起きない!
賢者「ねぇ……」
賢者「いつまで”おもちゃの剣”をかかげているつもり?」
賢者に指摘され、手にした剣を確認する
そこで俺は、ようやく気づいた
俺が持っていたのはーー
刃の付いていない模擬刀だった
勇者「いつ、のまに……?」
勇者(すり替えられていたのか? いや、すり替えられていたにしたってなぜ俺は……”こんなもの”を本物の剣と勘違いしていた……?)
勇者(まさか……最初から偽物だったのか?)
勇者(あいつらが言っていたことは本当でーー俺は元々勇者じゃなかったってのか?)
勇者(俺は嫉妬に駆られて弟を殺して、魔法使いは魔物にーー)
賢者「…………ねぇ」
勇者(……違う。そんなはずはない。そんなことはーー)
賢者「これでおしまい?」
勇者「許されねぇんだよぉぉおおお!」
ゆうしゃはギガデインをとなえた!
しかし何も起こらない!
魔王「呪文が不発だったのは、そなたの勇者としてのレベルが足りないからじゃ」
スライム「てめぇは、弟を殺した直後に捕まってるからなあ。勇者としての経験値はほぼねぇ」
老人「ふんっ。ギガデインなぞ大それた技、使えるわけなからうて」
勇者「じゃあ……じゃあ……今まで、お前らが言っていたことは、全部……」
賢者「……事実よ。ちょっとは実感持てた?」
賢者「あなたは自分の弟を殺した」
タン
勇者「……めろ。ち、近づくな……」
賢者「魔法使いはわたしをかばって死んだ」
タン、タン
勇者「やめてくれーー」
賢者「あなたがおかしくなったのは、その妹が死んだと聞いた日から」
タン、タン、タン
勇者「お願いだ……」
賢者「あなたは私の妹が大好きだった」
勇者「た、頼むから……」
賢者「あなたーー」
勇者(知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくない知りたくないもうこれ以上ーー)
タン、タン、タン……タン
賢者「わたしたちを恨んでるんでしょう?」ボソッ
勇者「…………ぁ……」
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
ーー北の洞窟ーー
弟「言われたとおりに来たよ、兄さん」
勇者「……よく来れたな? 最近忙しそうだってのに」
弟「あんな手紙もらったら来ない訳にはいかないよ。行事は全部ドタキャンセルしちった」
勇者「……はは。いいのかよ。世界を救った英雄がそんなことして」
弟「世界を救った英雄だからこそ許されるんだよ」
勇者「……」
弟「……話したいことがあるって書いてあったけど。目星はついてるよ。兄さん、あれは……」
勇者「まあ待てよ。重くなりそうな話は飯くってからにしようぜ」
弟「……そうだね。兄さんの料理を食べるのは久しぶりだもんね」
勇者「おう、気合入れてつくったから全部食えよ」
弟「……うん。相変わらず美味しいね、兄さんの料理は」
勇者「いい食いっぷりだったな」
弟「はは。兄さんの料理がおいしかったからね」
弟「……話したいことというのは、魔法つかいのことだよね?」
勇者「…………ああ、そうだ」
弟「魔法使いが死んだのはーー俺のせいだ。俺の実力が足らなかった。俺がきちんと魔物を引きつけておけば、あいつが死ぬことはなかった。……兄さん、ほんとうにすまなーー」
勇者「謝るな。謝らなくていい。お願いだ、謝らないでくれ」
弟「兄……さん?」
勇者「お前には死んで償ってもらうんだからな」
弟「これは……麻痺か!?」
勇者「……ああ。さっきの料理に盛らせてもらった」
弟「兄さん、どういうつもりだっ……!」
勇者「諦めろ。ソロで麻痺にかかった時点で詰みだ。お前なら重々分かってるだろ?」
弟「違う……! 俺が聞いてるのはーー」
勇者「ま、”魔法使い”の俺のこうげきじゃお前に擦り傷一つ付けられない。魔法ならダメージは通るだろうが、お前が倒れる前に俺のMPが尽きちまう」
弟「……無駄だと分かっているなら。まんげつそうをくれよ。このことには誰にもーー」
勇者「だからこの”どくばり”を使うことにした」
弟「そ、それは……魔法使いの……!」
勇者「ああ。こいつでお前をこうげきし続ければ、いつかは毒が回って死に至るーー全部エルフが教えてくれたんだ」
勇者「ある日突然、俺の目の前に現れたんだ。お前の殺し方を、一から十まで俺に教えてくれた」
弟「エルフなんて存在しない! 全部兄さんの妄想だ! 正気を取り戻してくれ!」
勇者「エルフは存在しないーー俺の妄想、か。……たしかにそうかもな」
弟「兄ーー」
勇者「それならそれでいい」
勇者「お前を殺せるなら、どうでもいい!」
グサリッ!
弟「うぐっーー!?」
勇者「どうしてか。どうしてだろうな。逆に聞かせてもらうが……どうしてお前が”勇者”に選ばれたんだと思う?」
弟「そ、それは……神様が……」
グサッ
弟「うっ……!」
勇者「神様が決めたから、だなんて分かり切ったことを言ってくれるなよ。俺はそういうことを聞いてるんじゃない」
弟「じゃ、じゃあ何を……」
勇者「どうしてお前が神に選ばれたのかーーそこを聞いてるんだ」
弟「それはたまたま……」
グサッ
弟「っ……」
弟「……訳って、なんだよ」
勇者「お前、神様に媚び売ってたろ」
弟「……っ」
勇者「気づかないとでも思ったか? 毎日毎日神殿でお祈りして、供え物まで用意してーーよくやるなと思ってたよ。それもこれも全部、俺を出し抜いて”勇者”になるためにやってたことなんだろ?」
弟「……だとしたら、なんだってのさ」
勇者「お前は俺に劣等感を抱いてた」
弟「っ!」
勇者「腕っぷしも、勉強も、魔法の腕も、全部俺が上。ちやほやされるのはいつも俺の方。お前は”勇者”になって、俺を見返したかったんだ。今みたいに周りからちやほやされたかったーー違うか?」
弟「それの……何が悪いんだ!? ”勇者”になれたのだって俺の努力ーー祈りの成果じゃないか!」
勇者「悪かないさ。いやむしろいいと思ってた。俺よりお前のほうがよっぽど勇者らしい性格してるしな。お前が自信をつけてくれるなら、それがベストだって思ってたんだよ」
勇者「でも……」
弟「ぐあっ……」
勇者「大間違いだった」
弟「な、なんで……」
勇者「お前は俺をパーティメンバーに入れることを拒んだ。俺の代わりに、よりによって、あの中で一番非力な魔法使いを選んだ。……俺への嫌がらせのためだけにな」
弟「ち、違う。それはみんなで決め……」
グサッ
弟「っっ……」
勇者「ああ、たしかにお前以外のメンバーも俺に反発しちゃいたさ。勇者の末裔が途絶えてはならない。だから俺は来るなってな。魔法使い自身も、のり気だった」
弟「なら俺だけを恨むのは……」
勇者「でもお前は違うだろ」
グサッ
弟「ぐぅっ……!」
グサッ
勇者「リーダーのお前が反対さえしなければ、俺がパーティに入れたはずだった!」
グサッ
勇者「それでもいいと引き下がった俺は大馬鹿だったッ!」
グサッ
勇者「お前になら魔法使いを任せられるだなんて考えていた俺をぶんなぐりたいッッ!!」
グサッ
弟「うっ……! ぐっ……!」
勇者「実力不足で魔法使いが死んだ? ちげぇだろ!? お前の見栄が、プライドが、歪んだ対抗意識がーー魔法使いを殺したんだ!」
グサッ
弟「ぐぅぅぅっ……!」
弟「お、俺はそんなこと……」
グサッ!
勇者「あぁっ!? んなわけねぇだろ! 現にお前笑ってただろ! 王の前で! パレードで! 演説で! 仲間の前で! ……魔法使いのことなんか綺麗に忘れて、へらへら笑ってただろうがよっっ!!」
弟「ち、違う……俺は……」
グサッ!
勇者「本当は悲しんでたとでも言う気かぁ!? 表舞台での笑顔は嘘で、心の中では泣いてたとでも?! 舐めんなよ!
賢者たちは騙せても俺は騙されねぇぞ……! 何年兄弟やってると思ってんだッッ! お前のあの笑顔は嘘なんかじゃねぇ! 腹の底から笑ってやがっただろうが! くだらねぇもんに、心酔してただろうがッッ!」
弟「……そ、れは……」
グサッ!
弟「う、ぁっ……」
グサッ!
勇者「俺が”勇者”ならお前みたいな鈍臭いヘマはしなかった! 最初から魔法使いをパーティに入れたりもしなかった! 何もかも劣ってるくせして”勇者”を名乗るな、偽物がっ!」
グサッ!
勇者「返せよ! ”勇者”は元々俺のもんだろうがッッ! お前が奪ったんだ!」
グサリッ!
弟「に、兄さ……」
勇者「魔法使いは、お前がっ……お前らがぁっ! 返せよ……魔法使いを、返せえぇぇぇぇぇえええええ!!」
弟「ど、どうしーー」
グサッ!
ーーそこから先は、思い出せない
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
勇者「俺が……殺した」
老人「む?」
魔王「まさかーー」
勇者「俺が……弟を、殺したんだ」
スライム「やっと、正気を取り戻したか」
勇者「……はは。ははははは」
賢者「……」
勇者(そう、だよなぁ。弟に、似てるはずだよなぁ。あいつは賢者に憧れて、真似ばっかりしてたんだからーー)
ーーーータンッ
魔王「何をしておる?」
老人「賢者! それ以上近寄るでない!」
賢者「私たちを、恨んでたのね」
スライム「ばかが! それ以上刺激すんな!」
賢者「妹は私をかばってしんだ」
勇者「あっ……あぁ……」
賢者「ーーわたしが、殺した」
老人「違う! あれは事故じゃ! 賢者、しっかりしろ!」
勇者「や、めてくれ……。もう……わかったから。お願い、だから。来るな……こっちに来るなっ」
賢者「何を怯えているの? あなたはまだ戦える。あなたにはーーちゃんと武器をあげたじゃない」
勇者「ぶ、き……?」
勇者(でも、もう、今更……。魔法使いも死んでるのに……。あらがう意味なんて……)
賢者「……私ね」
賢者「ずっとあなたに聞きたかったことがあるの」
『ーー本人も苦しんでいるんでしょう。それでも私は記憶を呼び起こしたい。そして問いただしたい。どうーー』
勇者「っ!?」
賢者「ずっと問いただしたかった。正気を取り戻したあなたに、ちゃんと質問してみたかった」
勇者「や、やめろ。近づくな! それ以上こっちに来るなぁ!」
賢者「ねぇ」
賢者「どうしーー」
『どうしーー』
勇者「やめろぉぉぉぉおおおおおお!!!」
『どうして生きていられるの?』
勇者「け、賢者?」
フラッ
賢者「…………かはっ」
バタッ
勇者「ど、どうしたんだよ、おい!」
勇者(賢者の背中に刃が刺さって……!)
勇者「な、なんで!? どうしてだ!?」
勇者(これも、幻覚なのか?)
勇者(それとも、俺はまた……殺して、しまったのか!?)
勇者「ち、違う……! 俺は、まだ、何もっ……!」
「ーーーーははっ」
「助けに来たよ、勇者」
女エルフ「なんてね」
女エルフ「ははっ、元勇者一行ともあろうものが隙だらけじゃないか」
グサッ
老人「ぐっ……。きっ、さまぁ!」
女エルフ「まだ動けるのか。さすがだね。でも、もう爆ぜてくれて構わないよ。ーーイオナズン」
女エルフはイオナズンをとなえた!
老人ははじけとんだ!
スライム「っ……! てめぇ、何もんだ!?」
女エルフ「ははっ、一気に質問されても困っちゃうな。まあ、自己紹介しておくと」
女エルフ「先代魔王に迫害され憂き目にあったエルフ族のーーその生き残りさ」
魔王「ば、馬鹿なっ!? エルフ族に生き残りがおったじゃと!? っ……! 今更なにしにきおった!」
女エルフ「”勇者”の力を回収しに来たんだよ」
魔王「何じゃと!?」
女エルフ「英雄殺害の知恵を貸す代わりに”勇者”の力をぼくに差し出すーーそこの彼は、ぼくとそういう契約を交わしていたんだ。もう思い出したよね?」
勇者「っ……!」
勇者(そうだっ……! 俺はこいつとっ……!)
女エルフ「いかなる存在も僕との契約を反故することは出来ない。……そのはずだったんだけどね。正気を失った人間には契約が適用されないだなんて、僕も知らなかったよ」
魔王「っ……! それでは、まさか……!」
女エルフ「ありがとう。君たちが勇者の正気を取り戻してくれたおかげで、僕は”勇者”の力を手に入れることが出来そうだ」ニコッ
女エルフ「ははっ。さすが1000年も城に篭ってた箱入り娘。臨戦態勢に入るのが遅い遅い」
魔王「くっーー! マヒャーー」
女エルフ「だから遅すぎるんだって」
女エルフのこうげき!
魔王はたおれた!
スライム「ま、魔王様!」
魔王「す、スライム……勇者を連れて逃げ……。こんな者に、力を奪われる、わけには……っ!」
女エルフ「あっ、まだ生きてんだ」
女エルフはメラゾーマをとなえた!
魔王はいきたえた!
女エルフ「おやおや? 逃げなくてもいいのかな? 君はご主人の最後の遺言をーー」
スライム「だまりやがれぇ!」
スライムのこうげき!
ミス! 女エルフにダメージをあたえられない!
女エルフ「ははっ、痛くもかゆくもないな」
スライム「くそがぁぁ!」
スライムのこうげき!
ミス!女エルフにダメージをあたえられない!
女エルフ「ま。ネタバラシしちゃうとね。逃げても無駄だよ。この街には結界を張っておいたから。先代のものとは比べものにならないほど弱いものだけどね。いずれにせよ君らには解けない」
スライム「このぉおおっ!」
スライムのこうげき!
ミス!女エルフにダメージをあたえられない!
女エルフ「諦めなよ。賢者ちゃんと老人を倒した時点で僕の勝ちはほぼ確定してたんだからさ」
スライム「るっせぇんだよぉお!」
スライムのこうげき!
女エルフに1のダメージ!
女エルフ「……いい加減耳障りだな。もう消えていいよ、君」
女エルフはメラミをとなえた!
スライムはじょうはつした!
女エルフ「ははっ。ねえ見たかい? ほんとにメラミで蒸発しちゃったよ」
勇者「……」
女エルフ「んん? 勇者くんにしてはやけに落ち着いてるじゃないか。珍しいね? それともついにイッちゃったのかな?」
勇者「お、前……嘘を、ついてたのか?」
女エルフ「嘘?」
勇者「俺を、助ける、ふりをして……ずっとっ……!」
女エルフ「嘘とは一体なんのことかな? 賢者ちゃんが君を騙していたというのも本当だし、君の頭痛は賢者ちゃんが入れた”薬物”のせいだ。結界だって、実際に僕が張っておいたーー僕は何一つ嘘なんてついてない」
勇者「そんなのっーー!」
エルフ「僕は嘘をつかない! 自分を偽り続けた君や、大好きだった男の子を騙し通した賢者ちゃんとは違ってね! 正直者なのさ! あっはっはっはっ!」
勇者「…………くそっ」
女エルフ「ん、君はーー」
勇者「ま、待て……!」
賢者「あなたが、勇者くんをそそのかして、弟くんを殺させたんでしょっーー!」
女エルフ「ははっ。勇者、君は気付いてたんだね? やたらと落ち着いてたのは、賢者ちゃんを助けるのに必死だったからだ!」
勇者「ま、待て! 賢者は関係ないだろ!」
エルフ「大ありだよ。報復してきそうな相手は全部潰しておかないと」
エルフ「回復魔法すら使えないくらい弱ってるみたいだし、どのみち助からないだろうけどね」
勇者「っ……」
エルフ「ぼくはただ、提案したんだよ。勇者が悩んでたみたいだからね」
賢者「てい、あん……? それこそ、嘘ね」
女エルフ「ははっ。ま、勇者が”弟殺し”をしやすいように、多少誘導したのは事実だね」
賢者「違うっ。その程度で、勇者くんが弟くんを殺せるはずがないっ。あなたは勇者くんが弱っている所につけいって、自分の思いどおりに動かせるように仕向けた。そういうのはーー洗脳って呼ぶのよ!」
女エルフ「そういう見方も出来るかな。否定はしないよ。でも忘れないで欲しいな」
女エルフ「最終的に決断したのは勇者だ。実行したのも勇者自身。そこは履き違えないでくれよ」
賢者「このっ……!」
エルフ「ははっ。君は芯が強いね。……腹立たしいくらいに!」
エルフはメラミをとなえた!
賢者に85のダメージ!
勇者「け、賢者ぁ!」
エルフ「あっはっはっはっはっはっはっ! 今のぼくは機嫌がいい。遺言を残せるくらいに、じっくりゆっくり嬲り殺してあげるよ!」
賢者「はぁ……はぁ……。ね、ねぇ……? 勇者くん、そこに……いる?」
勇者「っ……。ああ、いるっ! 俺はここにいるっ!」
賢者「ずっと……聞きたかったことが、あるの。聞いて……くれる?」
勇者「ああ聞くよ! 聞くからっ! しっかりーー」
賢者「ゆ、勇者くん……。私……ど、どうしーー」
女エルフ「ごめんね? 気が変わっちゃったっ」
女エルフはメラゾーマをとなえた!
けんじゃはいきたえた!
女エルフ「やっと、二人きりにやれたね」
勇者「な、んで……ここまで……」
女エルフ「そうだね。ここまできたからにはさっさと済ませちゃおうか」
勇者「う、ぁ……」
女エルフ「傷心中の所悪いけど、契約を履行させてもらうよ」スッ
勇者「ぐっ……!」
女エルフがつぶやくと同時に、俺は手をエルフの方へと差し伸べていた。
女エルフはニコニコと愛らしい笑みを浮かべながら、俺は掌を掴む。
その瞬間
洞窟全体に、青白い魔法陣が浮かびあがった
身体全身から”何か”が抜けていく。
それが”勇者”の力であることは明らかだった。
どうにかしなくてはならない。
そう思い抵抗しようとするも、身じろぎ一つ出来ない。
そうしている内にーー全てが終わった
女エルフ「そうだ。これだ……これだよっ! これこそがっ、僕の求めていた力だ! ははっ、はははっ、あっはっはっはっはっはっはっ!」
勇者「そんなことに……なんの、意味がある?」
エルフ「……んん? 君はなにをいっているのかな?」
勇者「どうせいつか……また新しい魔王が産まれるだけだろ……」
エルフ「ははっ。その時はその時さ。そんな遠い未来のことより、大事なのは今だ。違うかい?」
勇者「……そう、かもしれないな」
エルフ「そうだろそうだろ。君も少しは分かってきたじゃないか! あはははははっ!」
エルフ「へ?」
勇者「おれは世界なんてどうでもいい……そう思ってる。そう思ってたから、殺した」
エルフ「さっきから、君は何を言ってるのかな?」
勇者「でもな。俺の言えた義理じゃないけど、それじゃあまりに弟がーーみんなが報われない」
エルフ「おいおいいい加減にーー」
勇者「だからお前は、ここで倒されるべきなんだ」
エルフ「……ははっ」
エルフ「哀れだねぇ。実に哀れだよ。ついにほんとうに狂ってしまったか」
エルフ「さすがの僕も少し同情するね。……なんだか萎えてきちゃった」
勇者「……」
エルフ「はぁ。……そうそう、萎えたついでに思い出した」
勇者「…………なにを、だ?」
エルフ「全てが終わった時、ぼくの頼みを一つだけきいてくれるって契約したろ。まだ思い出せてないのかな?」
勇者「…………ああ、あったな。そんな契約。俺に、いまさら何を頼もうってんだ」
エルフ「死ね」
勇者「……っ」
俺の右手がゆっくりと、俺の懐に入り込みーー”どくばり”を掴む。
女エルフ「ははっ、それってぼくが君にあげたやつだよね? 魔法使いちゃんの遺品。まだもってたんだ」
満面の笑みを浮かべて、こちらを眺めているエルフ。
彼女はこう続けた。
女エルフ「君はそれでーー弟を殺したんだ。覚えてるだろう? 今度は君が同じように死んで見せる番が来たのさ! ははっ、これは傑作だね! 中々皮肉が効いてるじゃないか! あっはっはっはっはっはっはっ!」
顔をくちゃくちゃに破顔させ、エルフは嗤う
彼女の声は洞窟一杯に響き渡り、反響し、酷く不快な不協和音を奏でる
頬もほんのりと赤く染まっていた
その顔は例えようもないほど恐ろしくて
ーー醜い
明らかに狂っていた
なるほど、老人の態度も頷ける
こんなものを見せつけられてーー平常心を保てる方がおかしい
女エルフ「ねぇねぇ、不思議に思わなかったのかい? どうして僕が魔法使いちゃんのどくばりを持っていたのか? ははっ、仕方ないか。君はそのとき正気じゃなかったからねぇ!? 教えてあげるよ。
何を隠そうこの僕こそがーー魔法使いちゃんを殺すように仕向けたのさ! 仇とも知らず僕のために身を粉にして働いてくれてありがとう! ははっ、はははっ、はっはっはっはっはっひゃっ!」
勇者「……」
やっぱり、こいつを野に放っちゃいけない
これ以上は誰にも勇者をーー弟を汚させるわけには、いかない
いまさらのようにそう思い、俺は自嘲するように笑った
勇者「……っ!」
俺はどくばりをぎゅっと握りしめ、
あらん限りの力を振り絞って、腕を振りかぶると
ーー”自分の喉に”どくばりを突き立てた
身体が、意思に、反して、動く。
俺は、大きく、振りかぶっては、首筋を、毒針の先端で、何度も、何度もーー刺し続けた
グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリ、グサリーー
首筋と、胸元が、真っ赤に、染まる。
鮮血の、飛沫が、辺りに、細かく散っていく。
首だけでなく、左腕や腹なども、すでに、穴だらけだ
そうして、ぽたぽたと、全身から、零れ落ちる血が、足元に血だまりをつくりはじめたころーー限界が、おとずれた
勇者「……がっ」
ぼこぼことした岩壁に、頭から倒れ伏せる
しかし痛みは感じない
ようやく全身に”毒”が回ってきたようだ
よほど遅効性の毒なのだろう
相手をじわじわと苦しめ殺したいという悪意すら感じる
『どうして生きていられるの?』
ひょっとすると、俺にどくばりを渡した彼女はーー”これ”を期待していたのだろうか
今のように後悔と恥辱に塗れながら死んで欲しいと、俺に願っていたのかもしれない
それともーー
『ゆ、勇者くん……。私……ど、どうしーー』
ああーーまた、幻聴が聞こえてきた
『どうしたらーー』
『どうしたら、許してくれるの?』
勇者「…………ほんと。どうすれば、よかったんだろうなぁ」
エルフ「ーーーーあー、笑った笑った。やっと死んだか」
勇者「……ぁ……」
エルフ「なんだ。まだ生きてるの? まあいいや、もう飽きたから」
勇者「……」
エルフ「あっ、そうそう。君さ、最後に許しがどうだとか言ってたけど」
エルフ「ふっはっはっはっは! あれは最高に笑えた! 今思い出しても笑えるよ!」
エルフ「ーー君が許されるわけないだろう」
エルフ「結局君は、ただただ他人の足を引っ張って、何も成せなかったーーそれだけの人間なんだから」
エルフ「だんまりか、それとももう死んだかな?」
勇者「……」
エルフ「とはいえ、君はなかなか面白い人材だったよ。こんなに笑わされたのは産まれてはじめてだ」
勇者「……」
エルフ「さて、そろそろ行くかな。」
勇者「……」
エルフ「バイバイ。先にあの世で待っててくーーうぐっ!?」
エルフ(なっ、なんだ……?)
エルフ(これは……血!?)
ドサッ
エルフ「っ……。ち、力が、入らな……!?」
エルフ(この症状、毒か? 何故だ!? いつの間にそんなものーー)
『痛かったんだからね。腕に壁の針が刺さったみたいだ』
女エルフ「ま、まさか……」
女エルフ(あの時に、”どくばり”を刺されていたというのか
っ……!?)
『たしかに……ほんの一瞬でも、魔王と勇者がいなくなれば、それが世界のためになるのかもしれない』
『だから』
『お前はここで倒されるべきなんだ』
女エルフ「ゆ、勇者。まさか君は最初から、これをーー」
勇者「……」ニヤ
女エルフ「こ……のっ! く、ずがぁ! ふざけるな! ふざけるなよ! どこまで人の足を引っ張ればーー」
女エルフ「…………かはっ」
女エルフ(……ぁ)
女エルフ「い、やだ」
女エルフ「ぼ、ぼく、は、まだ、何も……」
女エルフ「……」
勇者「……」
こうして魔王と勇者の血は絶えた
魔物と人間の和平条約は破棄され、血で血を洗う熾烈な争いが幕を開ける
その争いは新しい”勇者”と”魔王”が出現するまで続き、後に暗黒時代と名付けられることとなった
旧魔王城とその城下町は、捨てられた城と呼ばれるようになり
巨大な毒蜘蛛が住み着いていると、人々に恐れられた
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
 ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄… ̄ ̄
賢者「やりましたね、勇者様」
勇者「……ああ。今回の魔物は強敵だったな」
魔法使い「強いというよりグ口かったよぉー。だって蜘蛛だよ蜘蛛っ! 勇者くんはよく平気でいられるよね」
賢者「こら、魔法使い。勇者様にくん付けはやめなさいって言ってるでしょ」
魔法使い「えー、だって勇者くんは勇者くんだよ? お姉ちゃんこそなんで変に改まってるの?」
賢者「ケジメは大事よ」
勇者「いや、気持ちは嬉しいんだが……できれば前みたいに接してくれた方がやりやすいかな」
老人「ほっほっほっ。勇者様は自覚が欠けてるようですなあ」
勇者「……あんたに様呼ばわりされるのが一番違和感あるんだけどな、お爺ちゃん」
勇者「そう、だな」
賢者「なんででしょうね」
老人「ふむ、この街におるとなんだか調子が狂うわい」
勇者「ああ……たしかに、そうだな。ーーこの街は何かがおかしい」
魔法使い「うーん、そうかな? よく分からないよ」
弟「ま、変なとこからはさっさと逃げるに越したことはないね。蜘蛛に祟られでもしたらかなわないし」
魔法使い「く、蜘蛛の祟り!?」
弟「ははは、冗談だってば。あ、こらっ、ほんとに逃げるなって!」
老人「ほっほっほっ、子供らは元気が一番じゃわな」
タタタタッ
勇者「……」
賢者「勇者さま?」
勇者「なあ賢者、変なこと訊いてもいいかな?」
賢者「? 大事なことですか?」
勇者「いや、まあ、大事なことっていうか、何だろう。訊かなきゃならない気がするというかーー」
賢者「……どうしたの?」
勇者「なぁ……」
「ちょっとは許してもらえたかな」
元ネタはシャッターアイランドって映画
観て面白かっからリスペクトして書き出してみたらくそ長くなった
最後まで読んでくれたやつ、もしいたらありがとう
引用元: 勇者「この街は、何かがおかしい」