ザシュッ!
魔王「ぐっ、しまった……!?」ヨロッ
勇者「弱いな……。拍子抜けだぞ魔王」
勇者「お前を倒すためだけに戦い続けて、やっとここまで来たってのにさ」
魔王「なめるな……!」ブンッ
勇者「……」ヒョイ
勇者(このままこいつを倒したら、俺はもう普通の人間に戻るのか)
勇者(…………俺は)
勇者(俺は、魔王を倒して何になるんだ?)
魔王「どうした、勇者……! まだ、勝負は終わってないっ……!」
勇者(今までなら、少なくとも一人で自由に暮らしてきた。だけど、魔王を倒したら最後、騎士になって、王の下で延々と働かされるだけ)
勇者(そんなの、魔王を倒さない方がいいじゃないか)
勇者(……俺、勇者になってから、何かいいことあったかよ?)
勇者(せいぜい、神の加護で何度殺されても生き返れたことと、歳をとらなかったこと……)
勇者(ん?)
魔王「…………?」
魔王「は……?」
勇者「ってことは、魔王を倒したことにして、どこかに監禁しておけば、俺は永遠の命が手に入る! 王達もそれで満足する!」
魔王「何を訳のわからないことを! お前は勇者だろう! 勇者なら、私を倒して見せろ!」
勇者「うるさいな」パチン
魔王「っ? 体が動かない!?」バチバチッ
勇者「そりゃ、束縛魔法かけたし」
魔王「そんな……魔王である私が、束縛魔法なんかに!」
勇者「術者のレベルが違いすぎるってことだ」
魔王「ちょ、ちょっと待て! お前勇者だろう! まともに私と勝負しろ! おい――!」シュン
勇者「これで魔王討伐完了だ」
―城内―
王様「――おお、よくぞやってくれた勇者よ! 皆の者、今宵は宴じゃ!」
王様「たった一人で、よく魔王を倒したものだ。そなたには、追々褒美をやろう」
勇者「ありがたき幸せに存じます」
勇者(騒がしいな、まったく)
勇者(……さて。俺の魔法から逃れられることは無いと思うが、魔王がどうしているか気になるな)
勇者(舌切って死んでたらどうしよう)
勇者(割と本当にその可能性が高い)
勇者(どうせ途中で抜けるつもりだったし、構わないだろう。もう行くかな)
勇者「さらば、故郷。良い思い出はまるでないけど、世話になったよ」
魔王「…………っ」キッ
勇者「お、生きてた生きてた」
魔王「私を、一体どうするつもりなんだ?」
勇者「言っとくけど、いくらお前が美人でも、何もするつもりないから。ただ生かすだけだ」
魔王「……お前の、永遠の命とやらの為か」
勇者「そうだ。女神の加護が続く限り、俺は不老不死。そしてその加護は、俺が勇者で在る限り続く」
勇者「勇者で在るには、魔王が必要だ。だから、お前を生かした」
魔王「屑め……。自分さえよければ、それでいいのか」
勇者「おいおい、そこまで言う理由は無いだろ。別に、ただ俺とお前が消えたというだけのことだろう?」
魔王「勇者と魔王、人間と魔族の統率者を同時に失い、世界は混乱するはずだ」
魔王「勇者がいないとなれば、再び魔族が集まり、戦争を仕掛けるかもしれない」
魔王「統率者のいない戦争は、泥沼化し、双方に壊滅的な被害を与える……」
魔王「その可能性が、非常に高い」
勇者「うまい具合に戦争が激化すれば、俺やお前のこと、戦わせる奴は皆いなくなる。敵同士、世界の滅亡でも見届けようじゃないか」
魔王「お前っ! 今まで守ってきた民を、見捨てるというのか!?」
勇者「確かにお前は、本当に今まで民を守ってきたんだろうな。だが、俺は今まで、一度たりとも民を守ったことなんてない。守ってきたのは自分自身だ」
魔王「屑が……!」
勇者「そりゃおかしいだろう。命と力は本来自分の為にある。人間だけがそれを非難する」
勇者「お前、会ったときから思ってたけど、魔族より人間に近いよな」
勇者「それはできない」
勇者「魔王は一応殺したことにした。今更ひょっこり出てくるのはおかしい」
勇者「そしたら勇者を探し出すに違いない」
勇者「ほら、魔王と共に消えればさ、『勇者様は天界に行ったんだ』とか馬鹿げた妄想で片付けてくれるだろうし。奴ら、伝説が好きだからな」
勇者「『魔王を討ち取った勇者は、女神様に天界へと招かれ、いつまでも幸せに暮らしました』……俺の国に伝わる有名な絵本さ」
魔王「ぐっ……。私に、魔族が死にゆくのをじっと見ていろというのか!?」
魔王「私は、魔族の王だ! 生きている限り、民を守る義務がある!」
勇者「お前と俺と、立場が逆だったら綺麗な物語だったろうなぁ」
勇者「だけど、俺が勇者で勝者、お前が魔王で敗者なんだよな」
魔王「ううぅっ……」
魔王「……だから、このような鎖でさえ壊せなかったのか」
勇者「それと、燃費も悪くなる。魔族は、水さえあればとりあえずは生きてられるんだっけ?」
勇者「これからは何か食事をしなきゃ生きていけなくなる。今、食事を作ってやるよ」
魔王「…………」
―――
勇者「ほら、出来たぞ。といっても簡単な野菜炒めだが。まあ食べてみてくれ」
魔王「……いただこう」
勇者「へぇ」
魔王「なんで意外そうな顔をする?」
勇者「てっきり、『敵の手料理を食すくらいなら飢えて死ぬ!』とか言うと思ってたから」
魔王「ふん。与えられた食事を正しく食すのは、勇者云々ではなく生命に対する礼儀だ」
勇者「本当、お前魔王らしくないな」
魔王「……食べられない」ジャラ
勇者「ああ、めんどいな。じゃあ俺が食べさせてやる。口開けろ」
魔王「どこの世界に敵から料理を食べさせてもらう奴がいるっ!」ジャラジャラジャラ!
勇者「うるさいな。そもそも敵の手料理を食べるんだから、それ以前の問題だろう」
魔王「うっ、ぐぅ……」
魔王「…………っ」ハムッ
勇者(あ、かわいい)
勇者(って、何を考えてるんだ俺は……)
勇者「ようやく全部食べきったな」
魔王「食事をするのに、こんな屈辱と疲労感を伴ったのは初めてだぞ」
勇者「貴重な体験だな」
魔王「馬鹿にするなっ!」
魔王「ま、待て!」
勇者「なんだ?」
魔王「風呂は? 風呂はここにないのか?」
勇者「……お前、俺が食事を出したからって自分の立場を忘れてないか?」
魔王「そういうわけでは、ない……」
勇者「……まあ、そうはいっても、これから一緒に生きていく身、清潔にしておかないと確かに衛生上悪いな」
勇者「ほら、魔法で体を清潔にしてやる。これでいいだろ」パァァァ
魔王「お前に洗われているようで、愉快ではないな……」
魔王「それに、やはり湯に浸からないと……いや、そのような立場ではないことくらい、弁えている」
魔王「…………」ジャラ
勇者「睨むなよ。毛布くらいならやるから」
魔王「いや、お前が今寝ているそのベッド……」
勇者「お前のベッドを魔王城から持ってきた」
魔王「どれだけ嫌な性格をしているんだ、お前……」
勇者「いやあふかふかだ」バフッ
魔王「ああ。少なくとも、こんな鎖に縛られて寝ることはなかったさ」
勇者「俺は、旅に出てからはほとんど野宿だった」
魔王「……?」
勇者「仲間も居ないから、魔物にいつ襲われるかと怯えながらな。実際、俺が死んだ理由で最も多いのは夜襲だった」
勇者「お前がいなければ、ずっとベッドで寝ることができた。襲われる心配もなく」
勇者「これは、そのささやかな仕返しだよ」
魔王「理不尽極まりないな。お前と私を戦わせたのは、お前達の王だろう」
魔王「王に逆らえる程の器を持っていないから、私に八つ当たりしているだけなのではないか?」
魔王「宿命? その宿命を背負うことに、何の意味がある?」
勇者「意味はある。平和には、犠牲が必要なんだよ。お前も分かっていて、俺と戦ったんじゃないのか? だからいつの時代も、勇者と魔王、どちらかが犠牲になるんだ」
勇者「そうやって、何とか今まで、俺達人間とお前達魔族は生き残ってきた」
勇者「勇者が魔王を憎み、苦しめるのは当然のことだ。そうしないと人間と魔族は生き残れない」
勇者「まあ、人間と魔族が滅ぶかもしれない選択をした俺が言っても説得力がないけどな」
魔王「…………」
勇者「無視か。まあ、それくらい分かってたけど」
魔王「…………」スー
勇者「なんだかんだ言っておいて、意外と寝るの早いな……」
勇者「うーん、いい朝だ。貴族気分だな」フカフカ
勇者「さて、魔王の方は」
魔王「…………」スー
勇者「朝の日差しと相まって、封印された魔王みたいだな」
勇者「……まんまじゃないか」
魔王「……ふあ」パチ
魔王「ここは、どこだ?」
勇者「おはよう魔王。朝は弱いみたいだな。状況は思い出したか?」
魔王「…………!!」
魔王「何を言っている、お前に捕らえられた屈辱、例え一瞬でも忘れるものか!」カッ
勇者「一瞬で表情変える辺り、流石魔族の王だな」
勇者「何だ、魔王?」
魔王「私がお前を憎むように、お前も私が憎いのだろう?」
勇者「そうだな」
魔王「それなら、何故共に暮らす必要がある? 私は、一秒たりともお前と共にいたくはないが」
勇者「万が一にもお前が逃げないように、だ。当たり前だろ」
魔王「……そう、か。そうだろうな」
勇者「何だ、『お前に惚れたから』とでも言うと思ったのか?」
魔王「違う。何かもっと、別の理由がある気がした……私の深読みだったようだ」
勇者「どういうことだ?」
魔王「永遠に、憎き相手と一緒に居るということだろう? 私なら発狂する」
魔王「そこまでして生きることに執着して、何がしたいのだ?」
勇者「……どうなんだろうな。ただ、永遠の命というのは魅力的じゃないか?」
魔王「私は、そうは思わない……。永遠の命など、考えるだけで恐ろしい」
魔王「生きるのが楽しいから、生きたいと思うのだろう。お前は今、楽しいのか?」
勇者「…………楽しくは、ないな」
魔王「お前は、生ける屍なのだな。ただ虚ろに生に執着するだけの、屍」
勇者「言いたいだけ言えばいい。お前の人生論なんて聞きたくもない」
魔王「朝から皮肉が好きなようだな、お前は……! 後悔するなよ」
勇者「死ぬつもりはないようで良かった。それなら安心だ。行ってくる」
魔王「くそっ……こんな鎖なんかに……!」ジャラジャラ
ガヤガヤ
勇者「これくらいあの王国から離れた街なら、勇者の顔も知られてはいないだろう」
勇者「さて、買い物を済ませるか」
勇者「食料を一か月分ほど」
商人「……山籠りでもするんかい?」
勇者「まあ、そんなとこです」
商人「ならこっちの毛皮も買っていきな。それとこっちの――」
―――
勇者「……結構な買いものだったが、当分は大丈夫だろう」
勇者「じきに自給自足できるようにならないとな。歳をとらないのに街へ行けば、不気味に思われるだろうし……」
魔王「いただこう」
~
勇者「昼食ができたぞ」
魔王「一日三食食べさせるのか? 何だか太ってしまいそうだ……」
勇者「魔王の癖に体形を気にするのか?」
魔王「私だって女だ」
勇者「太ればいいさ。そっちの方が悪役らしい」
魔王「勇者、お前はいつも何をしているんだ?」
勇者「とりあえずは、畑を作っている。いやはや、一から作るのは面倒だな」
魔王「魔法は使わないのか?」
勇者「分かってないな。自分でやるからいいんだ、こういうのは」
勇者「こうものんびりしていると、一日が経つっていうのは、意外と長いものだ」
勇者「さあ、そろそろ寝ろ。どうせ何もすることはないだろ」
魔王「……そうだが。さすがに、少し動きたい」
勇者「文句言うな。どちらにしろ、俺はもう寝るぞ」
魔王「…………」スー
勇者「寝てる」
勇者「雨、か。晴耕雨読、今日は読書でもしてようかな」
勇者「いや、耕すどころかまだ畑が完成してすらいないぞ」
勇者「……やるか」
魔王「…………む」パチ
魔王「勇者がいないな。もう外に出たということか」
魔王「なんというか、あいつよりも起きるのが遅いのは、屈辱的だ」
魔王「早く起きるようにしないと」
魔王「なんだか、この生活に慣れてしまいそうだ」
魔王「あいつの考えが分からない」
魔王「一日三食の食事はあるし、私に何をするわけでもない」
魔王「嫌味なことを言ってくるのは別として」
魔王「……ここから出ていく気を削ぐためか?」
魔王「いや、どうもそのような気はしない」
魔王「いやいや……どうであれ、あいつは私利私欲で私を監禁している」
魔王「これを悪と言わずして何とする」
魔王「変な考えはやめよう。あいつは、私の敵だ」
魔王「策略にはまってたまるか」
魔王「こんな雨の中、勇者は畑とやらを作っているのか?」
魔王「あいつの考えは分からない」
魔王「……それにしても、一人だけというのは退屈だ」
魔王「敵と一緒に居る時間も相当苦痛ではあるが、これはこれで辛いものがある」
魔王「今まで必死に鎖を解こうとしてきたが、解ける気配がない」
魔王「壁に縛りつけられて動けないし……せめて、手足が自由になれば」
勇者「魔法じゃ、風邪は治せないんだよな。まったく、不便だ」
勇者「怪我を治せて、体を清潔にできて、火も出せるのに」
勇者「俺に、人間の体から病原体だけを精密に取り除く程の技術があるなら治るのかもしれないが」
勇者「まあ、魔法で何でもかんでもできたら苦労しないか」
勇者「急げ、急げ」バタン
勇者「魔王、ただいま」
魔王「びしょ濡れだな。大丈夫か?」
勇者「? 何で魔王が、俺の体を心配する必要があるんだ」
魔王「…………反射的に言ってしまっただけだ」
勇者「風邪を……引いた」ゲホッ
魔王「おいおい」
勇者「だけど、大丈夫だ。慣れてる」
勇者「今、食事を作るよ」ヨロリ
魔王「何も毎日食べなくても、私が死ぬわけではないのだろう……?」
勇者「ああ、……そうか。それもそうだな」
魔王「何なんだお前は……」
魔王「…………」
勇者「何もすることがない」
魔王「私は数日前から何もできることがない」
勇者「出来ることと言えば、お前と問答するくらいだ」
魔王「私はやりたくない」
魔王「何故無理をしてまで私の嫌がることをしようとするんだ」
勇者「お前が憎いから、だ」
魔王「……。なら、何故私と共に暮らすんだ?」
勇者「………………」
勇者「……俺は、きっと人間の中で生きていけない」
勇者「人間として暮らすには、俺は強すぎる」
魔王「……?」
勇者「確かに魔王がいくら強くても、魔族はついていくだろうな。いや、強い方がついていくだろう」
勇者「だけど普通、人間は魔族ほど力の差が開かない。だから、開きすぎる力の差を恐れるんだ」
勇者「俺を恐れない存在なんて……魔王くらいしか、いないんだ」
勇者「まともに俺と暮らせる奴なんて、お前くらいしかいない」
勇者「……俺は、ただ誰かと一緒に居たかった」
魔王「っ……それなら、何故私の力を封印し、束縛するんだ」
勇者「お前を苦しめろという、女神の呪いかな」
勇者「……なんてな。俺もよく分からないんだ」
勇者「お前を恐れないのも、お前だけ。そして俺にまともな敵意をぶつけてきたのも、お前だけなんだ」
勇者「俺は勇者という肩書だが、臆病者だってことは自覚してる」
勇者「その上、寂しがりだ。……本当、勇者らしくないな。お前に、魔王らしくないなんて言えないよ」
魔王「……勇者」
魔王「その調子だと、言ってはならないことまで口に出してしまうぞ」
勇者「……そうだな。今日の俺は、少しおかしいみたいだ」
勇者「何故謝る?」
魔王「風邪で弱ったお前から真意を訊き出すような、卑怯な真似をした」
勇者「別に、謝ることはない。敵同士なんだから、当たり前だ」
勇者「……魔王。俺はお前が大嫌いだ。お前がいなければ、俺はこんな辛い思いをせずにすんだんだからな」
魔王「ああ。私もお前が大嫌いだ。お前の私利私欲で力を奪われ、監禁されたのだからな」
勇者「それが分かっているならいいさ。おやすみ、魔王」
勇者「ようやく全快したみたいだ」
魔王「よかったな」
勇者「空は快晴だ。ようやく畑仕事ができる」
魔王「今後は無茶をしないようにするんだな」
勇者「何故魔王に心配されなければならない」
魔王「風邪よりももっと重大な病を持ってこられては、私もたまったものではない」
勇者「そうか、気をつけよう。何にしてもお前が生きていれば俺も生きていられるのだから」
―街中―
勇者「……やけに物騒だな。兵士もたくさんいる」
勇者「すいません、一か月分程の食料をください」
商人「おう、またあんたか。ちょっと待ってな」
勇者「しかし、物騒ですね」
商人「ああ、そうなんだよ。実は最近、魔物が襲ってきたらしくてな」
商人「どうも上級魔族らしいんだが、弱まってたみたいで、兵士にすぐ捕らえられたんだ」
勇者「……なんで弱まってたのに襲ってきたんでしょうね?」
商人「さぁ……」
勇者「確かに、この街の地下に強い力を感じるんだよな。それも結構強い魔族の」
勇者「これが、商人の言っていた魔族なのかな」
勇者「どうせ時間はあることだし、寄ってみようか」
牢番「……何だ? 急に、眠く……」バタ
勇者「さて、そこにいるのは誰だ」
吸血鬼「一体何の用かしら?」
勇者「君を助けに来た」
吸血鬼「もう少し真剣な顔で言ってもらえると感動するんだけどなー」
勇者「あちこち傷があるな。回復しようか?」
吸血鬼「冗談やめてよ、私アンデッド族よ? 回復されたら浄化しちゃう」
勇者「それもそうだ」
吸血鬼「随分若い隠居様ねぇ」
勇者「今の魔族がどうなっているのか訊きたい」
吸血鬼「……答えたら出してくれるとか?」
勇者「正直に答えてくれたらな」
吸血鬼「やった! それなら何だって訊いてよ。私けっこー詳しいのよ」
吸血鬼「さぁ? 死んだって言われてるけど、失踪した、とか本当は生きてるとか、噂はいろいろね」
吸血鬼「個人的には、あの魔王様のことだから生きてると思うんだけど」
吸血鬼「だから人間も気が大きくなってるのかな? このへん歩いてたら捕まっちゃったわ」
勇者「なんだ、襲ったんじゃないのか……。というか、人間の街の近くを簡単に歩くなよ」
吸血鬼「昼間に行ったのがまずかったわねー」
勇者「お前吸血鬼だよな……?」
吸血鬼「魔王城では、将軍の龍人がなんか騒いでたわね。当分は動けないだろうけど」
吸血鬼「牢番の話だと、王国は、魔王様が死んで、みんな結構お祝いモード抜けてないみたい」
吸血鬼「まだまだ動くつもりがないとか」
勇者「なるほど」
吸血鬼「魔族の方も魔王様が云々で荒れてるからね。人間が残党狩りなんて始めたら、結構大規模な戦いになるかも」
吸血鬼「まあ、先に仕掛けるとしたら人間の方だと思うわ」
勇者「いや、もう無いよ」
吸血鬼「そうっ。じゃあこれで出してくれるのね!」パァ
吸血鬼「あーでも、出れても行くあてがないなー」チラチラ
吸血鬼「あなたみたいないい男の家にでもお泊まりしたいなー」クネクネ
勇者「鬱陶しい」
吸血鬼「だいじょーぶよ、私、激しくても全然平気だから!」
勇者「何の話だ! ……お前くらいの魔族なら分かるだろ、俺の魔力の量とか」
吸血鬼「でも、優しそうじゃん。私を助けてくれるって言うし。どこが怖いの?」
勇者「……それは、」
吸血鬼「怖がられる理由がないのに、変な人だね」
勇者「そこで兵士が眠ってるし、鍵を取ってくる」
勇者「……あー、めんどくさい」ジャラジャラ
吸血鬼「そのすっごい量の鍵、一個一個試すつもり?」
勇者「そんなことしてられるか」
吸血鬼「じゃーどうすんのよー!」
勇者「こうする」グイッ
吸血鬼「あらら牢の格子が紙みたいに」
吸血鬼「えー、何に使うつもり? まあ、いいけど」プチ
勇者「ちょちょいっと」パァァァ
吸血鬼「へぇー、すごい! 私が二人に!」
勇者「これで誤魔化せるだろう」
―――
吸血鬼「ありがとねー! あなたのこと忘れない! ばいばーい!」バサバサ
勇者「達者でな。街の人に見つかるなよ」
勇者「さて。俺も帰るとするか」
魔王「……む? 魔族の念を感じるな」
勇者「ああ、ちょっと一人の吸血鬼とな」
魔王「ほう。まあ感謝の念があるようだから気にしないでおこう」
勇者「そんなところまで分かるのか。魔王ってすごいな」
龍人「魔王様が失踪して数週間」
龍人「そろそろ、仕掛けるべきだと思うのだ」
九尾の狐「龍人、何故そんなに戦争を急ぐ?」
九尾の狐「どうあれ魔王様は負けたのじゃ。魔族は退くべきじゃろう」
龍人「魔王様は生きておられる! ……おそらく、人間の城の地下にでも閉じ込められておるのだ」
鬼「人間がうかれている今こそ、魔王様を取り返す機会……!」
吸血鬼「ただいまみょーん」ガチャリ
吸血鬼「こんなんが四天王の中に一人はいないと、やってられんでしょ」
吸血鬼「鬼ちゃん、りら~~~~っくす」
龍人「吸血鬼ぃぃぃっ!! 貴様という奴は、場の雰囲気を壊すな阿呆め!」
吸血鬼「はいはい龍人たんもりら~~~~っくす」
龍人「はぁ……まったく」
吸血鬼「ちょっとお散歩♪」
龍人「はぁ……?」
九尾の狐「助かったぞ吸血鬼。こいつら、戦争戦争とうるさいのじゃ」
吸血鬼「九尾ちゃんもっふもふ。そうねー、戦争は嫌ね、私も」
龍人「魔王様が生きておられるかもしれないのにか?」
龍人「それに、今人間を襲えば、魔族の永遠なる繁栄が手に入るというに……!」
吸血鬼「そもそも私が率いてるアンデッド軍なんて人間いなきゃ生まれないんだから」
九尾の狐「あぶらあげもできないし」
鬼「……酒もできないか」
龍人「お前らぁ! 私は人間のおこぼれなどもらうつもりはないぞ、人間と共存など!」
九尾の狐「そうじゃな。この不毛な会議はやめにするとしよう」
龍人「まったく……。こいつらは魔族の繁栄を考えてないのか? なあ、鬼よ」
鬼「うーむ、酒、酒が無いのは……」
龍人「鬼ぃッ!!」ガタンッ
鬼「す、すまん」
勇者「朝だ。この生活にもだいぶ慣れてきたな」
魔王「…………」スー
勇者「相変わらず寝ているな、魔王は」
勇者「いつも思うけど、よく鎖に縛られているのに熟睡できるな」
勇者「さて、食事でも作っておこうか」
勇者「起きたか。食事ができているぞ」
魔王「いただこう」
勇者「召し上がれ」
魔王「…………」ハム
魔王「ん? いつもと味が違うな」
勇者「分かってるじゃないか。今日は畑で採れた野菜を使ってみた」
魔王「ほう、いつの間にか完成していたのか」
勇者「何だ、魔王?」
魔王「ここに来て、もうどれくらい経つ?」
勇者「半年はたつかな」
魔王「そうか。もう、そんなに」
魔王「皆はどうしているのか……」
勇者「今のところ、大きな騒ぎは起きていない」
勇者「ただ、本格的に戦争になるかどうかは、魔族の方にかかっているらしい」
勇者「王国の方はもう満足している。魔王が死んだ気でいるからな」
勇者「だから魔族が仕掛けるかどうか、だ」
魔王「……そうか」
魔王「なんだ、勇者」
勇者「お前、少しやつれてきてないか」
魔王「……そうか? しかし、やつれる理由はないぞ」
勇者「お前、もう鎖で拘束されていることに違和感はないんだな」
魔王「そう思うのなら解いてくれ」
勇者「……少し緩めよう」
魔王「……さながら飼い犬のようだな」
勇者「何か良いことをすれば、その鎖を伸ばしてやろう」
魔王「私はピノキオか何かか」
勇者「眠たければ、俺が寝ていない間ならそこのベッドも使って構わない」
魔王「元々私のベッドだ、阿呆」
魔王「…………」
魔王「ん~~っ……!」グググ
魔王「っはぁ。いいな、気持ちがいい」
魔王「…………」ピョンピョン
魔王「はは、足が震えるけど、久しぶりに動いた」
魔王「走ってみよう」ワクワク
魔王「……♪」トタトタ
魔王「うぐっ」ガッ
魔王「そうだ、鎖はこの部屋分の長さしかないんだった……」
魔王「タンスがあるぞ。……何も入ってない」
魔王「壺がある。……なんだ薬草か」
魔王「探索が終了してしまった。何もないじゃないかこの部屋」
魔王「……いや、何かある部屋に魔王を監禁しないか」
魔王「ふかふか……懐かしいな」
魔王「しかし、あいつの匂いが付いているのが不快だ」
魔王「まるであいつと一緒に寝ているみたいじゃないか」
魔王「昔は九尾の狐と一緒に寝たものだが……」
勇者「こうなると、牧畜もやりたくなってくるな」
勇者「しかし、野菜を育てるより数段難しそうだ」
勇者「いや、やれることはやってみよう」
勇者「さすがに小屋は魔法で作ってしまうか」
勇者「お金なら有り余ってる。牛、鶏……まあその辺で良いか」
魔王「そうか」グッグッ
勇者「何故体操をしてるんだ」
魔王「運動不足だったからだ」グッグッ
勇者「魔王の服では凄まじく似合わないな」
勇者「さらに家にいる時間が少なくなるからな。パンとかはお前の手の届く場所に置いておくから、俺が帰ってこなかったら食べてくれ」
魔王「お前の子供じゃないんだぞ、私は。手の届くって」
勇者「鎖のリーチ的な意味でな」
魔王「そうなると、何が食べられるんだ?」
勇者「ミルクや卵だな」
魔王「そうか。楽しみにしているよ」
魔王「……なあ、勇者」
勇者「寝てないなんて珍しいな。なんだ、魔王」
魔王「月明かりが入ってきている。今夜はさぞかし月が綺麗な夜なのだろうな」
勇者「ああ、とても綺麗だった」
魔王「いや、自分の置かれている立場は、分かっているのだがな」
勇者「首を鎖で繋いで、俺と散歩するっていうなら構わないが?」
魔王「わかった、それでいい」
勇者「なっ」
勇者「……これで本当にいいのか?」
魔王「何がだ?」
勇者「もうちょっと、こう……プライドとかは無いのか?」
魔王「私に自由はほとんどない。手に出来る自由は、何としてでも手にしたい」
魔王「ここで朽ちる運命なら、なおさらな」
勇者「……半年間でだいぶ変わったな、お前」
魔王「はは、私は思ったより適応力があるようだ」
それどころか、鎖は月明かりを反射して、綺麗に輝いていた。
月夜に照らされて、嬉しそうに踊る彼女の姿は、さながら妖精のようだった。
勇者(なんて……詩人か、俺は)
魔王「どうかしたか?」
勇者「なんでもない。もう満足か?」
魔王「もう少しだけ、ここにいたい」
勇者「なんだ、魔王」
魔王「ここは、綺麗なところだな」
勇者「そうだろう」
魔王「畑や、牧場を見てもいいか?」
勇者「……いいよ」
勇者「踏まないよう気をつけろよ」
魔王「分かってる」
魔王「随分と、広いな。これ全部、お前の手作業で?」
勇者「何分、暇だからな」
勇者「踏まないよう気をつけろよ」
魔王「何を?」
勇者「糞を」
魔王「…………うわぁっ!?」
勇者「言わんこっちゃない」
勇者「ミノタウロスが牛の顔をしているんだよ」
魔王「そんなの見た順で変わるものだ。私は牛より先にミノタウロスを知った。よしよし」ナデナデ
ベロリ
魔王「うひゃぁぁぁぁっ」
勇者「牛に懐かれたな。よかったじゃないか」
勇者「安心しろ。外に出すなんてこと、もう二度とない」
魔王「……ふふ」
勇者「どうして笑うんだ?」
魔王「やはり私は、お前のことを悪人として見ることはできない」
魔王「お前は、私に嫌われようとしているだろう。わざとひねくれたことを言って」
魔王「そして実際私は、お前が嫌いだ」
魔王「だけど、お前は決して悪人じゃない」
魔王「畑や、牧場を見たら分かる。醜い心では、こうも見事なものはできない」
勇者「……お前の考えは理解できない」
魔王「私はお前の考えを理解しているつもりだが?」クス
勇者「……寝ぼけておかしくなったか? ほら、もう行くぞ」グイ
魔王「ぐっ。こら引っ張るな、馬鹿者」
勇者「……なあ、魔王」
魔王「ふあ。なんだ、勇者」
勇者「寝ていたのか、すまない」
魔王「構わない。どうした」
魔王「魔王は基本的に世襲制だ。魔王の子がその力を引き継ぎ、次の魔王となる」
勇者「お前は、それで良かったのか? 生まれた時から魔王として生きることを決められて」
勇者「自分はこう生きたかったとか、そういうのは無かったのか?」
魔王「道が作られているのに、その道を通らない理由があるのか?」
魔王「でも、誰かが作ってくれた道を進むことは、当たり前のことだろう?」
魔王「わざわざ道なき道を彷徨い歩く者に、光明はあるか?」
魔王「誰かが私の為に道を作ってくれたのなら、私はその道を歩きたい」
勇者「……でも本当は、俺は勇者になりたくなかったんだ」
勇者「みんなが馬鹿みたいに俺に期待するから断るに断れなかった」
勇者「そりゃ、俺は強さには自信があったよ」
勇者「皆を守ってあげたよ」
勇者「けど、どこまでいっても俺は『守ってあげた』なんだ」
勇者「気付いたら体が動いてるとか、そんな勇者的な理由じゃない」
勇者「感謝されたいとか、そんな理由だ」
勇者「助けなかったら罵声を浴びる。助けるのが当たり前とでも言いたげに」
勇者「助けても怯えられるだけ。魔族の共食いを見ているような目をされる」
勇者「だから俺は、人と関わりたくなくなった」
勇者「とんだ偽善者だろう?」
魔王「……とんでもないよ」
魔王「素直な気持ちで良い。理由のない人助けは、自己犠牲になりがちだ」
魔王「助けられておいて感謝しない人間なんて、放っておけばいい」
勇者「……おいおい」
魔王「勇者的じゃなくたっていいじゃないか。お前は勇者である前に、人間なんだから」
魔王「魔王らしくないがな。自分だって自覚している」
勇者「……じゃあ、何で魔王になろうと思えたんだ?」
魔王「さっき言った通り、魔王への道が最初からあったのもあるし……なにより、皆を守りたかったから」
魔王「先代は厳格で、全ての魔族を統治していたし、人間の支配を企んでいた」
魔王「そういう意味で、私は魔王らしくはない」
魔王「だが、魔王になることで力を得て、皆を守れるなら、私は魔王になりたいと思ったし、お前を倒そうと思った」
魔王「……結局、私は敗れ、何もできずここにいるわけだが」
勇者「もう寝るよ。おやすみ、魔王」
魔王「おやすみ、勇者」
勇者「――っ?」
勇者「……魔王、今、なんて」
魔王「…………」
勇者「起きてるだろう。気配で分かるぞ」
魔王「…………」
勇者「まったく。まあ、いいよ」
魔王「本当に風邪を引いていたのか。馬鹿か、お前は」
魔王「あれほど気をつけろと言っただろう」
勇者「返す言葉もない……」
魔王「残念なことだ。昨日のことも、全て風邪だったからなのか」
勇者「いや……そうじゃない」
魔王「もういい喋るな。食事くらいたまには私が作る」トタトタ
魔王「何か言ったかー? 勇者、何が食べたい。リンゴでも剥こうか」ガサガサ
勇者「え?」
勇者「ひょっとして、昨日鎖を解いた時……」
魔王「ああ。繋がれていなかったぞ」
勇者「」
勇者「いや待て。何故逃げなかった?」
魔王「なんだ、逃げてほしかったのか?」
勇者「はぐらかすな。何故鎖に繋がれていなかったのに、逃げなかったんだ?」
魔王「こんな山奥、一人で逃げたって、獣に喰われてしまうかもしれない」
魔王「ごくごく単純な理由だが?」
勇者「そうか。そりゃそうだな」
魔王「なんだ? 『貴方と居たいから』とでも言ってほしかったのか?」クス
勇者「…………」
勇者「……切れよ」
魔王「なんと。皮を剥くだけではだめなのか」
勇者「食べやすいサイズに切るだろう、普通」
魔王「そうか、今切ってくる」トタトタ
勇者「いや、別にいいんだが……まあいいか」
勇者「サイコロ型のりんご……? まあいいか。いただくよ」
勇者「いやおかしいだろう」
魔王「?」
勇者「鎖がある限りお前が逃げられないのはいいとして、何故俺の世話をする」
魔王「面倒な奴だな。嫌いな奴に何かするのに、いちいち理由が必要なのか」
魔王「強いて言うなら、いつも食事をさせてもらってる礼だよ」
勇者「そうか……そんなものか?」
魔王「ほら、食べろ。それとも私に食べさせてもらいたいのか?」
勇者「結構だ」
勇者「……食べ辛い」
魔王「いつもお前がやっていたことだろう」
勇者「なるほど、疲労感を伴うな」
魔王「そうだろう?」
勇者「…………」ギュ
勇者「……少しだけ、傍にいてくれないか」
魔王「お前、風邪になると本当に素直になるな……」
魔王「まあいい。どうせやることもないし」
勇者「……なあ、魔王」
魔王「どうした、勇者?」
勇者「俺は、お前が嫌いなはずなんだ」
勇者「なのに、何故こうしていると、とても落ち着くんだろうな」
勇者「誰かに頼られるんじゃなくて、たまには頼ってみたかった」
勇者「ずっと叶わないんだろうと思ってたけど、お前が叶えてくれた」
勇者「実際暮らしてみると、お前は誰よりも優しくて、人間らしかった」
勇者「変な意地で、ずっとお前と仲良くなどしてたまるかと思ってきたが、」
勇者「……やっぱり駄目だな」
勇者「何でお前は……そんなに、良い奴なんだ?」
魔王「私は良い奴などではない。ただ私は、お前を放っておけないんだ」
魔王「お前が平気で世界を滅ぼすような狂人なら、私はお前を許さない」
魔王「だけど、ただお前が寂しくて私に手を伸ばしたというのなら。その手に剣が握られていようとも、私はお前の手をとろう」
魔王「お前だって、立派な心を持ってる。それは誇っていいよ」ナデ
勇者「なんだか、すごく安心する。……まるで聖母のようだな」
魔王「ぷっ、あははは! 聖母のよう、か! 魔王をよくぞそこまで大層な存在に例えたものだな!」
魔王「そんなことを言っては、女神に叱られてしまうぞ?」
魔王「それにな、私は、聖母みたいにすべてを愛せないよ。自分の周りだけで精一杯さ」
魔王「でも、……嬉しいよ、勇者。ありがとう」
魔王「ん。どういたしまして、勇者」
勇者「……」スー
魔王「寝たか。そういえば、勇者の寝顔を見るのは初めてだな」
魔王「私も、寝るかな……」
九尾の狐「また集まったのう」
吸血鬼「集まる意味あるのかな?」
龍人「あるに決まっているだろう。お前ら会議を何だと思ってる」
鬼「でもよ、集まって何話すんだ。今のところ、もう魔族と人間の間で大きな騒ぎはないけど」
龍人「だから彼奴らが油断している間に攻め入るべきなんだろうが!」
吸血鬼「もーまたそんな話? いいじゃんさ、人間は魔族を滅ぼそうとしてるわけじゃないし」
龍人「だからといって人間の下にいてたまるか!」
龍人「何故だ」
九尾の狐「勇者がいるからに決まっておろう」
龍人「あの若造か。我らとの戦いから逃げた卑怯者だ、恐るるに足らん!」
吸血鬼「勇者は、できるだけ被害を抑えたかっただけだよ」
龍人「貴様、勇者の肩を持つのか!」
吸血鬼(そりゃ、あの人に助けてもらったからね、私は)
龍人「我らが大軍で攻めれば、どんな人間も勝てるはずがない!」
吸血鬼「勇者と魔王ってのは、倒せるかも、とか、大軍で攻めればあるいは、とか、そんな次元に住んでる生き物じゃない」
吸血鬼「だから、いつも勇者と魔王の一騎打ちで決めるんでしょ」
吸血鬼「どんな大軍だろうと、勇者だけは倒せないから」
龍人「貴様……我が軍を愚弄するか!!」チャキ
吸血鬼「わぁっ!?」
九尾の狐「! 龍人、剣を下ろせ」
龍人「…………分かった」スッ
龍人「すまなかった」
吸血鬼「はふー。びっくりした」
吸血鬼(もう抑えるのも限界が近いなぁ)
吸血鬼(また魔王様が、ここに来てくれたら嬉しいんだけど)
『えぇ。もう私には必要ないから』
『……お母様、どこかへ行ってしまうのですか?』
『あははっ、違う違う。新しいベッドをもらったのよ、別に形見のつもりじゃないわ』
『私は、いつまでもあなたの傍にいるからね……』
勇者「……」スー
魔王「うわぁっ!?」ドンッ
勇者「痛っ!」ゴン
勇者「人をベッドから落としておいて、何を残念そうな顔をしてるんだ」
魔王「夢を見ていた。魔王城にいたころの夢だ」
勇者「……耳が痛くなるな」
勇者「?」
魔王「たった半年で、距離が随分と縮まったものだ」
勇者「……そうだな」
勇者「でも、ベッドの上で二人というのはいささか近すぎるぞ」
魔王「ややこしい言い方をするなっ。今、どくよ」
勇者「いや、いい。俺は食事の準備をする。その間、夢の続きでも見ているといいさ」
勇者「ただいま、魔王」
魔王「おかえり、勇者」
勇者「ようやく苺が食べられるようになったぞ」
魔王「今年は少し遅かったな」
勇者「ああ。さて、ジャムでも作ろうかな」
勇者「そうだな。俺もいちいち覚えちゃいない」
勇者「でも、やはり何年経ったかは知っておくべきか……」
勇者「久しぶりに、人里へ降りてみようかな」
勇者「門番がいる。……前まではいなかったはずだ」
勇者「何かあったんですか?」
兵士「ああ、近くの町で魔族との争いが起きてな。この街も厳戒態勢をしくこととなった」
勇者「……!? どういうことですか?」
兵士「驚くのも無理はない。だが、実際に争いが起きたのだよ。その街は何とか持ちこたえたものの、ほぼ壊滅状態だ」
兵士「ここも、いつ狙われるかどうか」
兵士「早く世界が平和になってくれないものか……」ハァ
魔王「そんなっ!?」
魔王「……私が、なんとかしなくては」
魔王「勇者。久しぶりに言う。この鎖を解いてくれ」
勇者「…………。駄目だ」
勇者「解いて何をするというんだ? 鎖は魔力を奪う。今のお前の力は、そこら辺の魔物とたいして変わらない」
勇者「そんなお前に、何ができる?」
魔王「魔族達を、説得する」
勇者「そんなことしてる間に斬りつけられるかもしれないじゃないか」
魔王「あいつらは、そんなことしない!」
魔王「お前こそ、それでも勇者か!? 何故仲間を信じられないのだ!」
勇者「ああもう、馬鹿な奴だ! 俺がここまで心配しているのに、なんで分からない!」
魔王「心配っ? お前が私を心配するというのか」
勇者「そうだ、心配だよ! お前をむざむざ死なせるような真似はさせない!」
魔王「それは、私の為の心配か? お前の不老不死とやらの心配ではないのかっ!!」
勇者「……っ違う、俺は!」
勇者「いや。そう思うのも、無理はない」
勇者「どこまでいっても、俺とお前は敵同士なんだから」
魔王「そんなこと、……」
魔王「こんな状態で、寝ていられるか……!」
魔王「今日だけで良い、少しだけで良い。お願いだ勇者、鎖を解いてくれ!」
勇者「……駄目だ」
魔王「勇者っ……!」
勇者「泣くなよ。泣かないでくれ。卑怯だ」
勇者「結局泣き疲れて寝るって。まったく、子供かお前は」ハァ
勇者「さて」
勇者「戦争を止めに行くか」
吸血鬼「ふえーん。まさか、本当に龍人に斬りつけられるとはねぇ。失敗、失敗♪」
魔族医「反省しとらんねアンタ」
吸血鬼「だって私不死だしぃ」
魔族医「まったく、これだからアンデッドの治療は嫌だ」
吸血鬼「そんなこと言わないでよー。夜の相手はしてあげてるでしょん?」
魔族医「してもらった覚えは無い」
吸血鬼「やだー資料運びのことよ魔族医くんやらしーい」
魔族医「回復呪文かけるぞ、コラ」
勇者「あ、間違えた」
吸血鬼「あら勇者サマ」
魔族医「」
勇者「あ、お前。そうか、どこかで見たことあると思ってたんだ」
吸血鬼「死霊将軍の吸血鬼よん。この前はありがとー」
勇者「龍人はどこだ?」
吸血鬼「私室にいるかな」
魔族医「何普通に接しているんだお前は!」
九尾の狐『誰じゃ?』
勇者「人違いだった」
九尾の狐『おま、何故いるんじゃ、こらっ』
勇者「人違いだよ。それじゃな」
勇者(あいつ鼻がきくから、魔王と一緒に居ることがバレるかもしれないし)
勇者「久しぶりだな」
龍人「……何の用だ。よくも私の前に姿を現せたものだな、勇者!」
勇者「すまない。でも、ひとまずは戦争を止めてほしい。それを伝えるために来た」
龍人「いきなり侵入しておいて、言いたいことはそれだけか? お前が、お前が魔王様を倒さなければこんなことには……!」
勇者「……すまない。俺の、エゴだ」
龍人「我が主を救う。只其れを為す」
龍人「私は私の流儀で魔王様を救う。魔王様の意思に反するとしても」
龍人「それにこれは、私と魔王様の為だけではない。魔族の為の戦いなのだ」
勇者(……ここで、魔王は俺の家にいると言っても話がこじれるだけだろうな)
龍人「……ない」
勇者「考えてもみろ。戦争で救われる命と、犠牲になる命、どちらが多い?」
龍人「…………う」
龍人「当たり前だ。お前ら人間のような醜い生き物と一緒にするな!」
勇者「なら、人間の真似ごとなんてするなよ」
勇者「戦争が生み出すほとんどは、不幸だ」
龍人「それこそ、人間と一緒にするな……!」
龍人「民を想う誠の想いと、誰にも負けぬ力があれば、人間の二の舞にはならぬ!」
勇者「お前がどう思っているかと、魔族がどう思っているかは、まったく関係ない」
勇者「戦争で、強い魔物は名を上げ、生活は豊かになるだろうな。だけど、弱い魔物は卑下され、扱いが酷くなるだろう」
勇者「再び平和の世界が崩れ、やがては下剋上の時代が来る」
勇者「弱体化した魔物は卑下され、恨みを宿し、また新たな下剋上が起こるだろう」
勇者「また世界が統一されるのに、膨大な年月がかかる」
龍人「…………」
勇者「だけど、それでは民を守ることができない」
勇者「剣を退け、龍人。お前がやるべきことは、他にあるはずだ」
龍人「っ……この、人間風情が……!」
龍人「偉そうに、何様のつもりだぁっ!!」チャキッ
勇者「――――」
勇者「すぐ熱くなるの、お前の悪い癖だな。最初に来た時も、いきなり斬りかかってきやがって」ギギギ
龍人「何故、剣を素手で受け止められる!?」
勇者「防護魔法かけてるからな」
龍人「龍族に伝わる名剣が、防護魔法などに!」
勇者「まー、俺の防護魔法だし。だいたい、魔王が勝てなかったのにお前が勝てるわけないだろう」
九尾の狐「や-れやれ。やはりドンチャンやっておったか」
勇者「げっ。九尾」
九尾の狐「げ、とは何じゃ」
九尾の狐「話がこじれるじゃろうから仲介に来たというに」
九尾の狐「おもっきし負けてる奴が言ってもかっこ悪いのう」
龍人「うるさい!」
九尾の狐「のう龍人。お主、先代魔王の時代はおらんかったじゃろう?」
龍人「? いなかったが、それがどうした」
九尾の狐「じゃろうなぁ。鬼も然りじゃろうなぁ」
龍人「先代様が……!? それはつまり、」
九尾の狐「そう。今の魔王様は、人間の混血じゃ」
九尾の狐「力が多少劣るだけで、魔力が衰えることはないがの」
九尾の狐「龍人、お主は魔族と人間の子である魔王様の前で、魔族と人間の殺し合いを見せたいのか?」
九尾の狐「魔族の中には人間を恨む者もいる。ごく一部の魔族を除いて、この事実を知らされてはおらんのじゃ」
九尾の狐「今じゃからよいが、お主がまだ魔王様に忠誠を誓っていなかった時。人間という種族を卑下しておるお主が、この事実を知ったら、どうなっておったろうな?」
龍人「う……」
九尾の狐「当時、人間と結婚した魔王様は酷い非難を浴びた。そして、魔王様の元から離れていく者も出た」
九尾の狐「そして、新たに集まった魔族にも、お主らのように人間を卑下する者がいる」
九尾の狐「無駄な争いを避けるため、この事実は極秘とされているのじゃ」
勇者(…………)
龍人「一度止めておきながら人間に襲撃されては、収集がつかなくなるぞ」
勇者「人間の城まで、ついてきてくれないか?」
龍人「なにっ?」
勇者「戦争を止めるってのは、その為の契約が必要だ。その契約をする役をやってほしい」
九尾の狐「私も行こう」
勇者「そうだな。何せ魔族と人間が大規模な戦争をするのも初めてなら、停戦も初めてだ。何人か居た方がいいだろう」
九尾の狐「善は急げじゃ。早く行くことにしよう」
龍人「も、もう行くのか?」
勇者「俺の魔法だと文字通り一瞬でつくからな。心の準備なら今の内にしておいた方が良い」
鬼「俺は誘ってくれねえのかよ」
鬼「いーっすよ。どうせ年中酔っ払いが話し合いなんてできませんよ」
子鬼「そういう時は飲んで忘れましょう!」
鬼「いやそもそもお前らが年がら年中何かとつけて誘ってくるのがだなぁ」
ザワザワ…
龍人「……思い切り怯えられているな。こんな状態で話し合いができるのか……?」
九尾の狐「戦争をけしかけた奴がよくもまあ」
龍人「うぐ、……」
勇者「魔族と人間で大きな戦争が起きようとしているのは、王様もご存じでしょう」
勇者「戦争の収集がつかなくなる前に、こうして、魔族と人間とで話し合いをするべきと思い、魔族二名をつれてここにやってきた次第」
王様「貴様、何を言っているのか分かっておるのか……?」
勇者「成り立ちます」
勇者「王様、あなたは魔族をご存じか? きっと知らないでしょう。野蛮なもの、邪悪なもの、そんな周りのイメージをあやふやに持っているだけでしかない」
勇者「私は、魔族の世、人間の世を、二つとも見て参りました。そして気付いたのです」
王様「何に気付いたというのじゃ」
勇者「――魔族も人も、同じであると!」
勇者「それこそ大きな偏見でございます、王様! この二人を、ご覧ください!」
勇者「彼らは、戦争を止めるために魔王城から来た、魔族の将軍です」
王様「こ奴らが、どうしたというのじゃ」
勇者「彼らの目をご覧ください。王様の思う魔族は、こんなにも優しい目を持っていますか」
王様「…………」
王様(……あの狐のような魔族は、昔見た、わしの母君の目に似ておる)
王様(あの龍人は、……若かりし頃の勇者の目に似ておる)
王様「既に街が一つ、壊滅寸前まで追い込まれたのじゃぞ。それを我慢しろというのか」
勇者「……そんな街を増やすわけにはいかないのです」
王様「その街に住んでいた者たちはどうなる。あの者達の無念を、どう晴らすというのだ」
勇者「では王様は、彼らの無念を知っているというのですか?」
王様「何?」
勇者「魔族との戦いで生き残った歴戦の兵、まだ戦いに出たこともない新兵」
勇者「多様な経緯がある兵士ですが、彼らは決まって言うのです」
勇者「『早く平和になってくれないものか』と」
勇者「彼らは、人間の繁栄など望んではいないのです。守るべき者の為戦っているのです」
勇者「彼らの願いは、皆、一刻も早く魔族との戦いが終わることなのですよ」
王様「しかし、だ。犠牲になった兵士の家族は果たしてそうか? 魔族を深く深く憎むのではないか」
スッ
九尾の狐(おお、あの龍人が、人間に跪きよった)
龍人「此度の争い、全ての責任は私にある」
龍人「私は民の為を想っているつもりで、戦争をしかけた」
龍人「しかし、その結果、魔族と人間の双方を不幸にしてしまった」
龍人「人間が魔族を恨んでも仕方がないと思う」
龍人「だからこそ私は、……戦争を止めたいと、自分なりに考えた」
龍人「決定的な亀裂が入る前に、止めなければいけないと、……そう、思った」
王様「戦争を始めたが、すぐに止めようと思う。そちらの被害は甚大だが、我慢してくれ。そんな自分勝手はないじゃろう」
九尾の狐「人間の王よ」
王様「……なんじゃ?」
九尾の狐「なに、長ったらしい説教をするつもりはない。つぎはぎの言葉を並べたてるつもりもない。まあちと聞いてくれぬか」
九尾の狐「龍人が言うとおりな、まだ、人間と魔族に決定的な亀裂はない」
九尾の狐「人間と魔族が共に暮らす村も、ごく一部じゃが、ある」
九尾の狐「私は彼らを守りたい。これ以上、亀裂を大きくするわけにはいかないのじゃ」
九尾の狐「それを埋めるには、埋めるための何かが必要なのじゃ。それは私にも分かる」
勇者(……何を言うつもりだ?)
九尾の狐「長年魔王様にお仕えしてきた身。この身ももはやもうもたぬ」
九尾の狐「王よ。貴殿が民の為に魔族を殺すというのなら」
九尾の狐「代わりに、獣魔将軍、この私の首を持って行ってくれ」
王様「……なんと」
九尾の狐「この首一つで話が解決するのなら、よろこんでさしだそう」
龍人「おい、何を言っている九尾! お前がいなければ、誰が魔王城を管理するというのだ!」
九尾の狐「魔王はまた生まれる。その方に、魔王城を任せる」
九尾の狐「私は、もう十分生きた。何代も魔王様にお仕えすることができて、私は充分幸せだった。今更未練など無いよ」
龍人「お前、最初からそのつもりで……!」
王様「その必要はない」
九尾の狐「……む?」
王様「戦争を止める。だから、その必要はない」
九尾の狐「…………ふむ? だが、それでは犠牲になった者たちが」
王様「お主達も犠牲は出たのであろう?」
九尾の狐「それはそうじゃが、元はと言えば私達が戦争をしかけたのじゃぞ」
王様「平和には犠牲が必要か。それは違う」
王様「むしろ平和を生むというのは、どこかで犠牲を断ち切らねばならない」
王様「自分がやられたことを受け入れる勇気と覚悟が、平和には必要なのだ」
王様「……と、何も被害を受けていないわしが言うのも何じゃがの」
王様「人間の王としては、間違いだったのかもしれんがの」
王様「先代には、魔族を滅ぼすようにと遺言を残されたくらいじゃ」
王様「お主の言うとおり……わしは、会ったこともない魔族を、高慢で、野蛮で、狡猾な生き物だと、勝手に思い込んでおった」
王様「会ってみると、何じゃこやつらは」
王様「真っ直ぐな眼でわしを見据える龍に、魔族の為に自分が死ぬと言う狐」
王様「……わしは、こやつらの前で戦争を続けると言うことはできなかった」
九尾の狐「うーむ、何ともあっさりじゃ。人間の王と言うからには、もっと傲慢な者かと思っておったのじゃが」
勇者「結局のところ、お互いがお互いを知らなかったってことさ」
九尾の狐「若造がなぁにを知った風に」
勇者「少しくらい語らせてくれよ」
九尾の狐「……そうじゃな。その若造のおかげで、今回は何とかなった」
九尾の狐「互いと話し合い、互いを知り合う。……こんな発想ができるのは、二つの世を渡り歩く勇者だけじゃろうしな」
勇者「それじゃあな」
九尾の狐「ありがとう、勇者。なに、龍人の支持はとても高い。龍人が戦争は止めると言えば、皆首を縦に振るじゃろう」
龍人「……皆には、申し訳ないことをした」
龍人「特に、戦争に参加させるだけさせた我がドラゴン軍には、謝っても謝りきれない……」
九尾の狐「その通りじゃ。まったく、誠心誠意謝るのじゃぞ」
パタパタ
九尾の狐『む、……勇者。ということは、魔王様は負けたのか』
勇者『すまなかったな。催眠魔法なんかかけて』
九尾の狐『やれやれ、まぁた生き残ってしまったのう』
九尾の狐『それにしても、魔王様はどこじゃ。どこにもお姿が見当たらないが』
勇者『……すまないな。跡形もなく消し去ってしまったよ』
九尾の狐『そうか、そうか』フリフリ
勇者『……?』
九尾の狐「なんじゃ?」
勇者「お前は、恨んでないのか? 俺が魔王を倒したこと」
九尾の狐「……ふふふ。やれやれ、せっかく言わぬようにしてきたのに」
勇者「?」
九尾の狐「お主と魔王様が共に暮らしていることなど、私はとっくに気付いておる」
勇者「はぁっ!?」
九尾の狐「おぉっと、そろそろ行かねば。じゃあの、勇者♪」タタタ
勇者「……おい」
ガチャ
勇者「ただいま、魔王――」
魔王「ッ……!!」
勇者「ずっと、鎖を外そうとしてたのか……」
勇者(変にかっこつけて、黙って出てったのは失敗だった。何やってんだ俺)
魔王「私の仲間が死ぬかもしれないのに……傷など気にしていられない……っ!」
勇者「すまなかったよ、ごめん、無茶なことをさせて」
魔王「そう思うなら……」
勇者「大丈夫だ、戦争は終わった」
勇者「何とかして終わらせた。……お前が、あんまりにも儚げだったからな」
魔王「あ、あっ……」
魔王「勇者ぁぁぁっ……!」ダキ
勇者「ちょ、ちょちょちょ、待て待て待て」
勇者「あ、あー、そうか。うん。どういたしまして、うん」
魔王「お前が戦争を止めるなんて、思いもしなかった」
魔王「世界の滅亡を見届けるなどと、言っていたから……」
勇者「気が変わったんだ。お前は、……この世界が、大好きなようだから」
魔王「ん? どうした、勇者」
勇者「そろそろ、離れてもらいたいんだが……」
魔王「? ……うわぁっ!?」ドン
勇者「ぐえっ。何で俺が突き飛ばされなきゃいけないんだ」
勇者「いや、いいんだ。……俺も、別に嫌なわけじゃなかったし」
魔王「……っ」カァ
勇者「…………」カァ
勇者「も、もう寝ることにしよう。日も暮れてきたし」
魔王「そ、そうだな。おやすみ、勇者」
勇者「おやすみ、魔王」
勇者(……なんでベッドで寝るんだ)
勇者(しかもすでに熟睡してるし)
勇者(ああもう、今日は俺が床か)
勇者「こんにちは」
九尾の狐「来るなとは言わんが、そんな友人の家を訪れる感覚で来てもらっても困るのじゃ」
勇者「いやいや。その後、いざこざはないかと思ってな」
九尾の狐「人間との関係なら、良好じゃ。問題ない」
勇者「そっか。それは良かった」
鬼「おう、勇者。酒でも飲むか?」
勇者「お前ら、暇なのか……?」
龍人「暇じゃない。こいつらが自由すぎるだけだ……」ハァ
勇者「お前も大変だな」
勇者「な、なんだ一体?」
吸血鬼「魔王様とはうまくいってるかしら?」ボソ
勇者「うっ。そういえば、九尾の口ぶりからして、お前も知ってたわけだよな……」
吸血鬼「私が予行演習やってあげようか……?」
勇者「」ゾゾゾゾ
吸血鬼「もー、鳥肌立てることないじゃない」
九尾の狐「勇者自身が言うことではないのう」
鬼「とは言ってもなぁ。俺ら、勇者には何もされてないし」
九尾の狐「眠ってる間には全て終わっておった」
吸血鬼「恨みようがないわねぇ」
勇者「俺は、お前達の王を倒したんだぞ?」
九尾の狐「勇者、お主は一体、何を恐れている? 何を望んでいる?」
勇者「…………?」
九尾の狐「その強さ故、恐れられることもあったじゃろう」
九尾の狐「でもな、勇者。お主が思っている程、人間も魔族も、弱くない」
九尾の狐「あれから何度か、人間の王と話し合いをしてな」
九尾の狐「奴は、私を恐れなかった。人間達も、慣れたようで、私を恐れたりしなくなった」
九尾の狐「狐耳を持った不気味な私を恐れず、どうして勇者一人を恐れることがあろう?」
鬼「俺らは、別にお前を恐れたりしない」
吸血鬼「いつでもウェルカムよ?」
勇者「……お前達」
魔王「おかえり勇者。どうだった?」
勇者「そうだなぁ。四天王って、暇なんだな」
魔王「はは。そうだな。あいつらは遊んでばかりだ」
魔王「ああ。私がいなくても、元気そうで何よりだ」
魔王「魔族社会は人間社会ほど複雑ではない。人間より多種多様なのに不思議なものだがな」
魔王「だから、基本的には遊んで暮らすのが四天王の仕事だ」
勇者「その言い方は語弊があるぞ……」
魔王「なんだ、勇者」
勇者「鎖の長さを調節してやろう」
魔王「そういえば、何か良いことをすれば長くすると言っていたな」
勇者「ああ。そういうわけだ」
魔王「……唐突に思いだしただけだろう」
勇者「思い出しただけいいじゃないか」
魔王「ありがとう」
魔王「そういえば、私は何かいいことをしたのか?」
勇者「…………」
勇者「なっ! そ、そんなわけが!」ガタッ
魔王「え? い、いや、冗談、だったのだが……」
勇者「あ……」カァ
魔王「う……」カァ
鬼「どうしたいきなり?」
九尾の狐「なんじゃろな。なにかがびびっときた」
鬼「はぁ……?」
九尾の狐「よく分からんが、なかなか進展しない恋人を見ているような気分じゃ」
鬼「その歳で恋愛でもしたいって? やめとけ、年寄りの冷や水だぞ」ハハ
九尾の狐「化かすぞ貴様」
勇者「あー。お前の部屋は窓がないしな」
魔王「勇者! 畑が見えるぞ!」
勇者「いやそれは俺の作った畑だよ」
魔王「知っている! 知らぬ間にお前の畑はあんなに成長していたのだな!」
勇者「まあ、数年前に一度見せたきりだったからな」
魔王「こっちには牧畜があるぞ! すごいな、ミノタウロスみたいなのがたくさんいる!」
勇者「だから、それは牛……。元気だなお前」
勇者「どうした魔王」
魔王「外の景色は美しいな」
勇者「そうだな」
魔王「……もうちょっと何か、反応のしようがあるだろう」
魔王「面白くないな。改めて見て、気付くことだってあるだろう? ほら、窓から見てみろ」
勇者(楽しそうだなぁ)
魔王「~~♪」
勇者(歌なんて歌ってる……上手いな。それにいい曲だ)
魔王「~♪ ……勇者。景色を見ろというのに、私を見てどうする」
勇者「うぐ。すまん」
勇者(お前が可愛かったから、つい……)
勇者(言えるかっ!!)
勇者「あ、ああ」
勇者「……やっぱり、何も感じない」
魔王「ふむ。残念だ」
勇者「だけど」
魔王「……?」
勇者「その、お前と一緒に見る景色は、……やっぱり少し違って見えるな」
魔王「そっ! ……そう、ですか」
魔王(いやいや、勇者は特段何も変わったことは言ってないぞ)
魔王(一人で見る景色と二人で見る景色はまた違うと、そういうことが言いたいだけだ)
勇者(よく考えたら別に普通の言葉じゃないか)
勇者(ああもう、自分の語彙力の乏しさが情けない)
勇者(というか何故敬語? どういう意図で今敬語使ったんだ?)
魔王「」チラ
勇魔「「っ!!」」フイッ
勇魔((目が合ってしまった……!))
勇者(いやでも、風邪の時にいろいろ暴露した気がする……)
魔王(これじゃうかつに勇者の顔を見れないじゃないか……)
魔王(! い、いや、そもそも何であいつの顔を見なければいけないんだ!)
魔王(うぅ、でも何故か、勇者の顔を見つめていたい)
魔王(この歳で思春期か。はぁ、遅いにも程がある)
勇者(凄まじく可愛い)
勇者(くそ、何で今まで同じ屋根の下で二人過ごせてたんだ?)
勇者(俺も一応、思春期真っ盛りの男だった……!)
勇者(あーもうっどうにでもなれ!)
魔王「ひゃいっ!?」
魔王(変な声出てしまった! 恥ずかしい逃げたい! けどしっかり掴まれてて動けない!)
勇者(……あ、やばいこれ。どうしていいかわからん)
魔王「ど、……どうなされた?」
魔王「は、はい」
勇者「目、閉じててくれないか。すぐ終わるから」
魔王「はい? えと、は、はい」
勇者「――っ」チュ
魔王「」
魔王「……っ!!?」カァァァ
鬼「龍人ー、酒飲もうぜ」
龍人「鬼、それはただのきゅうりだ」
鬼「……んぅ?」
九尾の狐「ふん」プイ
龍人「……九尾、戻してやれ」
九尾の狐「私も傷つく時は傷つくのじゃよ。何言われてもどこ吹く風ではないのじゃ」
鬼「酒うめぇ」シャキシャキ
九尾の狐「見た目は幼い女子じゃが、呪文を解けば老いぼれた狐」
九尾の狐「はぁ。自分でも分かっておるのじゃ。もう昔のように、美貌で人を騙せぬと」
九尾の狐「本当に恋慕した相手でさえ、手にすることは叶わなかったのじゃから」
九尾の狐「はぁ……何千年も前のことで、何を憂鬱になっておるのやら」
龍人「……あー。何と言ったらいいのか」
九尾の狐「大狐の姿を見せるだけで、恐れおののく」
九尾の狐「じゃから、魔族は強い人間を求める。人間が強くなるのを待つ。人間という存在に期待してみる」
九尾の狐「それが、勇者が来るのを待ち続ける魔王の美徳なのじゃよ」
龍人「…………お前、ひょっとすると」
九尾の狐「何千年も前のことじゃ。それも、もう幻となった東方の国のな。はぁ、せめて魔王様には幸せになってほしいものじゃの」
勇者「久しぶり」
九尾の狐「おお、勇者。久しゅう」
勇者「そっちは相変わらず平和みたいだな」
九尾の狐「ははは。やはり争いは無いにこしたことないのう」
九尾の狐「それで。……魔王様とはどこまでいった? ほれ、教えよ教えよ!」フリフリ
勇者「楽しそうだなぁ、おい……」
九尾の狐「キ?」
勇者「……せっ」
九尾の狐「せっ??」
勇者「…………唇と唇を重ね合わせるところまで」
九尾の狐「ぷふっ」
勇者(一番恥ずかしいのを選択してしまった)
勇者「う、うるさい」
吸血鬼「えᘄちな言葉を聞いて飛んできました」
勇者「出てけ」
勇者「老いなんて、俺にはあって無いようなものだよ」
九尾の狐「なぁにを言っておるか。老いは誰にもくるものよ。現にほれ、お主だってしばらく会わぬうちに少し老けておるではないか」
勇者「……は?」
九尾の狐「は? とは何じゃ。じゃから、少し老けておると」
吸血鬼「そうねぇ。前までは青年って感じだけど、何かおじさんって感じになったかな?」
吸血鬼「大丈夫、ナイスミドルよ! まだまだモテるレベル!」
勇者「い、いや、ちょっと待てよ……」
勇者「勇者の宿命を終えない限り、俺は不老不死のはず……。魔王を倒してないから、その加護が解かれるはずがない」
九尾の狐「そんなこと言ってものう。老けておるものは老けておるものなぁ」
吸血鬼「ねぇ?」
勇者「…………」
魔王「どうした勇者?」
勇者「お前は、ずっと若いまま、だよな。うん、変わってない」
魔王「いきなりどうした?」
勇者「どうやら、俺は少し老けたらしい」
魔王「……不老不死のはずなのに、ということか?」
勇者「せっかく、ずっとお前と居られると思ったのに」
魔王「……なぁ、勇者。具体的に、不老不死でいられるのはいつまでなんだ?」
魔王「女神の加護が切れるのは、いつなんだ?」
勇者「勇者としての使命を果たした時だ」
勇者「これは契約みたいなものだから、女神が自由に消せるものでもないはずだ」
勇者「だから、魔王を倒さない限りその加護は消えるはずがないのに……!」
勇者「なんだ?」
魔王「お前は、勇者の使命を何と捉えている?」
勇者「だから……魔王を倒すことじゃないのか」
魔王「それは、おかしいだろう?」
魔王「それだったら誰にだってできる」
魔王「女神は単に魔族を殺してほしいわけじゃないはずだ」
魔王「そうじゃないだろう」
魔王「人間を幸せにすることが、女神の望みだろう?」
魔王「魔王が死ぬことが人間の幸せではない」
魔王「魔王が死ぬことは、それの通過点に過ぎない」
魔王「……世界を平和にすることこそが、勇者の使命だ」
勇者「世界を、平和にすること?」
魔王「お前は、戦争を止めた。そして、この世界に平和を取り戻した」
勇者「俺は普通の人間に戻っちゃ困るんだよ」
勇者「お前と一緒に、生きたいんだから……」
魔王「一緒に生きることは、できるよ」
魔王「私は、例えお前が普通の人間になったとしても、お前と一緒に居たい」
魔王「駄目かな」
勇者「……でも、いずれお前とは離れてしまう」
魔王「何を女々しいことを言っているんだ。出会いがあれば、その数だけ別れがある。当然だろう?」
魔王「当然だ」
勇者「今だったら、鎖を解いて、魔王城にだって戻してやれる」
勇者「その方がよっぽど寂しい思いをせずに済むだろう」
魔王「……馬鹿なこと、言わないでくれ」
魔王「今は、一時でもお前と離れたくない」
魔王「お前がいないと、私は寂しい」
魔王「時間が限られているのは、いつだって同じだ」
魔王「もう一度言うよ。お前と一緒に居たい。それでは、駄目かな」
勇者「……ありがとう、魔王」
勇者「あまり見ないでくれよ……。目、閉じててくれ」
魔王「ん」
勇者「……」チュ
魔王「んぅっ……」
魔王「……あむ」レロ
勇者「むぐ!?」
魔王「……んむ、……ちゅ」レロレロ
勇者「~~~~っ」
魔王「ぷはぁっ!」
魔王「……死ぬかと思った」
勇者「息くらいしろよ……」
魔王「ま、待て!」ガシィ
勇者「なんだっ!?」
魔王「こ、ここまできておいて逃げるのはなしだろう、勇者?」
勇者「……えぇーと」
魔王「わ、私ももう、収まりがつかないのだ。……寝るなら、一緒に寝よう?」
勇者「」
九尾の狐「――はっはっは! よかったではないか! おめでとう!」フリフリ
勇者「……嬉しそうだなー」
九尾の狐「私は魔王様の教育係。嬉しいに決まっておろう! 今日は赤飯じゃ!」
九尾の狐「ああ、子供は男かのう。それとも女かのうっ?」
勇者「気が早いな、おいっ。子供ができると決まったわけじゃないだろ」
九尾の狐「うむぅ、本当ならこの事実を城中に叫んでやりたいものじゃが、これは私の胸の内にしまっておこう」
勇者「そうしてくれ」
九尾の狐「しかしのう。本当に私は嬉しいぞ」
九尾の狐「……ありがとうな、勇者」
九尾の狐「……私は、魔王様の教育係じゃ」
勇者「知ってるけど、それが何だ?」
九尾の狐「そして、一人の女でもある」
勇者「見りゃわかる。何だ一体?」
勇者「い、いや……告げてない」
九尾の狐「」ハァーッ
勇者「なんだその大きなため息」
勇者「口実も、何も」
九尾の狐「なら今も、人と一緒に暮らせないという理由で、仕方なく魔王様と暮らしておるのか?」
勇者「いや、それは……」
九尾の狐「答えよ、勇者。お主は、何のために、魔王様を攫った?」
勇者「…………」
九尾の狐「他にいないからっ、仕方なくっ、魔王様を選んだのか? 答えよ勇者っ!」
勇者「……い、いや、……ちが、」
九尾の狐「好きでなく、何となく接吻して何となく行為をして! それだけか、それだけでしかないのか、貴様の中での魔王様は!」
九尾の狐「いつまで、『誰かの代わり』の魔王様と一緒に居るつもりじゃ!」
勇者「ち、違う違うっ、違うっ! 俺は、魔王だったから一緒に暮らそうと思った! 魔王だから、いろいろなことをした! 好きだからだ、他の誰でもない、魔王が!」
勇者「逆に、そこまでしたら言わなくても分かるだろ! 今さら言う理由があるのか!?」
九尾の狐「こんのっ、へたれへたれへたれへたれっ!!」
九尾の狐「これじゃから! これじゃからへたれは!」
九尾の狐「誰だって、何となく分かっていても言葉にしてほしいものなのじゃ!」
九尾の狐「魔王様に好きとも言えぬ輩に、魔王様はやらんぞ!」
勇者「ど、どうしてそこまで言われる必要があるんだ!」
勇者「別に、言葉が無くても繋がっていられる愛もあるだろ……!」
九尾の狐「はっ。ならばなんじゃ、態度か、行動か?」
九尾の狐「自惚れるな! そんなにお前が、魔王様と都合よく心を通わせられるわけないじゃろう! それらしい言葉が正しいと思うな!」
九尾の狐「言葉がなければ、必ずすれ違いが起こる。その時に選ぶ言葉で、お主らのその後が幸か不幸さえも決まってしまう」
九尾の狐「お主の寿命は短い。魔王様よりも、ずっと。魔王様は、お主が居ない世界を、ずっと生き続ける」
勇者「……分かってる」
九尾の狐「その選択を、後悔させるな。お主を忘れさせるな! 数千年分の想いを込めて、『好き』と言ってこい!!」
勇者「…………えーと、とりあえず、おめでとうと。そして、ありがとうと」
魔王「そうか、ありがとうとは、また……九尾らしいな」
勇者「……う、あー」
魔王「何を顔を赤くしているんだ、変な奴だな」
魔王「な、なんだっ?」
勇者「あ、いや、なんでも……」
魔王「そ、そうか」
勇者「魔王っ!!」
魔王「なんなんだ一体!」
魔王「私に? 何を言い忘れていたのだ?」
勇者「……あの、……」
勇者「好き、だからな。魔王のこと」
魔王「……えっ? あ、」
勇者「いや、ちゃんと言ってなかったからな、まだ」
魔王「……。ありがとう」カァァァ
魔王「私も、好きだ」
勇者「いや、それは、えーと」
魔王「……九尾か?」
勇者「うぐっ」
魔王「まったく。九尾め、余計なことを」
魔王「いや、余計なことではないか」
魔王「嬉しいよ、勇者。とっても、嬉しい。ありがとう」ニコ
勇者(……ああ)
勇者(言ってよかったな)
魔王「いただこう」
勇者「……なあ、魔王」
勇者「よくよく考えれば、勢いで中に出したわけだが、その、大丈夫なのか?」
魔王「ああ、うむ。問題ないよ」
勇者「そっか」ホッ
魔王「ごちそうさま」
勇者「どうしたんだ?」
魔王「最近、すぐ吐き気が起こるんだ」
勇者「大丈夫か? 背中、さすろうか」
勇者「…………ちょ、え? 今何て言った?」
勇者「それ、妊娠の初期兆候じゃないのか?」
魔王「ああ、そうだな」
勇者「はぁっ? 大丈夫って言ってたろう、ついさっき」
魔王「ああ。だから、問題なく子は授かった、と」
勇者「」クラッ
魔王「ああっ、勇者!?」
魔王「えぇっ? 何にせよ、子を授かったのはめでたいことじゃないのか?」
勇者「いや、そうだけど! 心の準備というか、なんというか……!」
魔王「……私とお前の子供、欲しくないのか?」
勇者「」
魔王「? 何故だ?」
勇者「忘れたのか、この鎖は魔力を奪うんだよ……」
勇者「魔王みたいに成熟した大人なら奪われたとしても生命活動には何の影響も与えないが、子どもからそれを奪うのは危険だ」
勇者「まあ、腹から出るまでは鎖に生命として見なされないから、大丈夫だとは思うけど、一応な」
魔王「おおぉぉぉぉっ……? か、軽い。腕が軽い。脚も軽い」
勇者「やっぱり腕も足も痛々しい痕が残ってるな……」
勇者「ごめん。こんな傷を、お前につけて……」
魔王「何を言う。もともと私たちは、この鎖によって繋がれていたのだ。この鎖がなければ、今、私たちはこうやっていないだろう?」
勇者「まあ、そうかもしれないけど。でもそんなの詭弁だろう。お前はもうちょっと、俺を責める権利があるはずだ」
魔王「私はお前を責めるつもりはないよ。それに今のは本音だ。確かに最初は強引に鎖で結びつけた関係だったけれど、だからこそ、今はこうして鎖がなくても繋がっていられるじゃないか」
勇者「……やっぱりお前、魔王っぽくないなぁ」
魔王「とすると、どうするんだ?」
勇者「……よし、魔王城に行こう」
魔王「えっ? いいのか?」
勇者「いいのか、って、お前、ここで産むつもりか? そんなことをして、万が一子供に何かあったら大変だ」
魔王「……ふむ、それもそうか」
勇者「それに、もう鎖が無くても、俺たちは繋がっていられる。お前がそう言ってくれたんだろう?」
魔王「……うん。そうだな、その通りだ!」
九尾の狐「このぉー! このぉー! やってくれおって! ふふふふ!」パタパタ
勇者「笑いながら怒られてもなぁ」
魔王「驚いた。知らない内に随分仲良くなっていたんだな」
九尾の狐「ああ、魔王様。挨拶が遅れましたのじゃ。お久しゅうございます」
魔王「久しぶり、九尾」
魔王「はぁ……やはり落ち着くな、ここは」
勇者「俺にとっては決戦の場だから、あまり落ち着かないけどな」
魔王「経緯はどうあれ、お前との出会いの場だ。私は好きだな」
魔王「ずっとずっと、勇者との決戦を待ち侘びていたんだ。そこにお前が来た」
魔王「まあ、どこぞの山小屋に監禁された時、一時は本当にお前を恨んだけどな」
勇者「当然だろう。というか、今も恨まれていたっておかしくはないはずだ」
勇者「適応力が高いというか、優しすぎるというか……」
勇者「そんなもの、俺の魔法なら文字通り一瞬だ。もうお前の私室に戻っているはずだよ」
魔王「そうか。それなら私も、こころおきなく休めるな」
勇者「そんな、いいよ。俺は山小屋で暮らすから」
魔王「すると、勇者は子供の傍にいてやらないというのかっ? そんなの、寂しいだろう」
勇者「でも、勇者が魔王城に暮らすわけにはいかないだろう」
魔王「……せめて今くらいは、勇者ではなく、私の夫で居てほしい。それでは駄目か?」
勇者「はぁ。……どうしてお前は、そう恥ずかしい言葉を平然と」
バフッ
勇者「はー、しばらくはここで暮らすわけか」
勇者「……魔王のいない空間って、久しぶりだな」
勇者「いや、少し歩けばいるけどさ」
勇者「でも、魔王だって魔族達と久しぶりに会えるわけだし……なんとなく、行きづらいな」
コンコン
勇者「!!」
勇者「…………」ハァ
鬼「んだよ、その溜息はっ」
勇者「空気読めないな、お前」
鬼「うるせぇ。つか理不尽過ぎんだろ」
勇者「俺、お前に酒飲もうって言われた記憶しかないんだけど」
鬼「はっはっは! 酒飲もうしか言ってないしな!」
鬼「さーさー、酒でも飲もう! 酒を交わせばことは分かる!」
勇者「結局、酒飲みたいだけだろ?」
鬼「ははは! 魔王様を誘ったら、ふられちまった!」
勇者「テンション高いな、オイ。というか、今の魔王に酒飲ませたら許さんぞ」
鬼「乾杯!」グビッ
勇者「乾杯」クイッ
鬼「そうかそうか、魔王様に会いたいが、さらった手前他の魔族を差し置いて会いづらいってか」
勇者「……おい、まだ何も言ってないんだけど」
鬼「言っただろう。酒を交わせば何でも分かりあえるー!」クルクル
勇者「もう酔ってやがる、こいつ」
鬼「うん?」
勇者「魔王の考えることが分からなくて、不安なんだ」
鬼「そうかぁ」
勇者「俺、一応魔王のこと監禁してたんだぞ?」
勇者「そんな男を好きになるって、おかしいだろ」
勇者「俺には、どうも理解できん」
鬼「だがな? 俺だってお前のこと嫌いじゃないぞ」
勇者「はぁ?」
鬼「なーんて、こんな男みたいな女に言われても嬉しかないだろうけどなぁ」ハハ
勇者(問答無用で監禁した奴の、どこが優しいんだか……)
鬼「だからさ、非日常が日常になっちゃうわけよ。監禁されたとか、そういう事実もつい忘れちまうのさ」
勇者「さらっと心を読むな。……何かそれって、騙してるだけじゃないか?」
鬼「細かいこと気にすんなよ!」
勇者「はぁ? 細かいことって……」
鬼「魔王様はお前のことが好きで、お前は魔王様のことが好きで、だから子供つくったんだろ?」
鬼「細かいこと気にしてたら、人生つまらなくなっちゃうぜ!」
勇者「あー、そうか、そうか」
勇者(この流れは長くなりそうだな)
鬼「それに、ろくに恋愛したことねぇしさー」
鬼「俺だってな? 興味無いわけじゃないんだぜ? 魔王様が羨ましいし」
鬼「俺より強い奴と結婚したいけど……いないんだなー、これが! あ、お前は別ね。寝とる趣味はないから」
勇者「そりゃ探すのも骨が折れるな」
勇者(……早く魔王に会いたい)
勇者「なんだいきなり」
龍人「何故、皆ここまで早くこの状況に馴染んでいるんだ」
勇者「俺が聞きたいよ。魔族って何でこんな適応力あるんだよ」
龍人「お前がまさか、魔王様と……さらには、子供までつくっていただと……?」
勇者「黙っててすまなかったな」
龍人「いろいろ言いたいことはあるが……とりあえず、魔王様に何かあったら許さないからな」
勇者「分かってるさ」
鬼「龍人ー! 酒飲もうぜー!」ガチャッ!
勇者「さっき散々飲んだだろ! というかお前、本当にそればっかりだな!」
龍人「……よし。今日くらい付き合ってやろう!」
鬼「おぉ!? 今日はノリがいいじゃないかふぅっふー!」クルクル
勇者「……考えるのをやめたな、あいつ」
勇者「……誰だ?」
九尾の狐「私じゃ」
九尾の狐「狐だけに、コンコン」
勇者「いらんそんな小ネタ」
勇者「ああ。とても居心地が良い」
九尾の狐「ふむ。その割には、寂しそうな顔をしておる」
勇者「……」
勇者「正直言うと、魔王に会えなくて寂しいよ」
勇者「だけど、やっぱりまずいだろう。こんなにも魔族から信頼されてる魔王に、他の魔族を差し置いて、勇者が会いに行くのは」
九尾の狐「…………勇者」
勇者「……」
九尾の狐「酒臭い」
勇者「」
勇者「ほっとけ」
九尾の狐「会いに行けばよいではないか。魔王様も寂しがっておったぞ」
九尾の狐「おおかた、魔王をずーっと待っておったのじゃろう?」
勇者「うぐ……」
九尾の狐「お見通しじゃ。魔王様もずーっとお前を待っておったからな」
九尾の狐「ま~ったく、へたれめ。女を待たせてどうするのだ」
魔王『……誰だ?』
勇者(うわぁ完全に期待を失った声をしてる。俺もこんなトーンだったのか)
勇者「俺だよ」
魔王「っ……! 勇者!」ガバッ
勇者「ごめん。俺も待っていた」
勇者「けど来なかったから、自分で行くことにしたよ」
魔王「勇者……」
魔王「……酒臭いな」
勇者「」
勇者「やる気、って、何のやる気だよ」
魔王「それは、その、キ、」
勇者「キ?」
魔王「…………キス」ボソ
勇者(可愛いな)
九尾の狐(唇と唇云々のなにがしよりよほど立派じゃな)コソ
勇者「こ、こんな時こそ! 魔法で体を清潔に!」
勇者「あ、酒で集中力切れて、魔法が使えない……」
魔王「……馬鹿者」
九尾の狐(つまらんのう)
九尾の狐(ほれっ、そこで押し倒せ!)
勇者「すまない。また明日、会いに行くよ」
ガチャ
九尾の狐(あ~っ! 出て行きおった!)
魔王「…………~」ゴロン
魔王「~~~~っ」ゴロゴロゴロ
魔王「……勇者ぁー」ゴロンゴロン
九尾の狐(青春しておるのう)
魔王「勇者、勇者」
勇者「なんだなんだ」
魔王「ここ、ここ」ツンツン
勇者「なに。腹?」ソッ
魔王「今ではもう、しっかりとこの子を感じることができる」
勇者「……ほんとだな」
魔王「そうか、そうかー。ふふ、そういえば名前、どうしようか?」ニコニコ
九尾の狐「おー。そういえば、そうじゃの」
勇者「名前、か。うーん」
魔王「私は、一応考えてある。フレデリカ、なんてどうだろう?」
九尾の狐「フレデリカ。ほほう、魔王らしくない名じゃな。でも、今のこの世には相応しい名じゃ」
魔王「ふふん、だろう?」
勇者「うん。それにしよう。この子の名前はフレデリカだ!」
九尾の狐「無事に産まれてくるのじゃぞ、フレデリカ様」
勇者「…………」ウロウロ
勇者「…………」ウロウロ
――…。
勇者「……!!」
九尾の狐「勇者ぁ! 無事、産まれたぞ!」
勇者「おぉぉぉ!」ダダッ!
勇者「そっか、ありがとう!」
魔王「ゆう、しゃぁ……がんばったぞ、わたし」
勇者「ああ、よく頑張った!」
魔王「フレデリカ。私がお母さんだぞ。そしてこっちのがお父さんだぞ」
魔王「といっても、まだ分からないか。はは」
魔王「無事に産まれてきてくれて、ありがとうな……」
魔王「ああ、元気だよ」
勇者「そうか、よかった」
勇者「……なんだか、未だに実感が無いよ。俺とお前の間に、子供ができたなんて」
魔王「これから育てていけば、実感も湧くさ」
勇者「おー、似合ってるよ」
フレデリカ「えへへ♪」
フレデリカ「お母さまー! お父さまが似合ってるって!」
魔王「よかったね、フレデリカ」
九尾の狐「ははは、フレデリカ様もませてきたのう」
吸血鬼「そろそろ……かしら♪」ボソ
勇者「おい待て何だその意味深な呟きは」
龍人「む。なんですか、王女様?」
フレデリカ「龍人は、なんでいっつもこわい顔してるの?」
龍人「怖い顔っ……!?」
鬼「ぷっ」
龍人「わ、笑うなぁぁ!」
フレデリカ「鬼といっしょにいるときは楽しそうなのになー」
鬼「んー? なんですかフレデリカ様」
フレデリカ「のどがかわいたから、ちょっとだけその水を飲ませてほしいの」
鬼「うぇあっ? だ、駄目ですよ。子供にはまだ早いです」
フレデリカ「えーっ? いじわる!」
鬼「う、うーん……まあ、ちょっとくらいなら」
勇者「駄目だからな?」
鬼「はいですよねすいません」
フレデリカ「……」スー
九尾の狐「またか。私の尻尾の中で眠るのはやめていただきたいのう。まあまだ子供じゃし、少しはよいとも思うが……」
魔王「……」スー
九尾の狐「まおうさまー?」
九尾の狐「魔王様とフレデリカ様じゃぞ?」
勇者「フレデリカはいいとして、何やってんだ魔王……」
吸血鬼「親子丼っ……!」ハッ
勇者「お前はもうなんかどうしようもないな本当に」
吸血鬼「いやいや。ほら、急に親子丼食べたくなったなーって。九尾ちゃん作って♪」
九尾の狐「材料は自分で調達するのじゃな」
吸血鬼「えー」
龍人「なんだ」
吸血鬼「あなたってば意外とハーレムよね」
龍人「ふん、くだらんことを言うな。将軍に男も女もない!」
吸血鬼「顔真っ赤にして言われてもねぇ」
吸血鬼「はーい。よい、しょっと」ドサッ
魔族医「悪いな。毎晩毎晩」
吸血鬼「いいのいいの。私、死霊将軍だし」
魔族医「……もしかして、それだけのために?」
吸血鬼「いや、言ってみたかっただけ」
吸血鬼「いつの日か、あなたの夜のお相手をしたくて……♪」
魔族医「はいはいそういうのはもういいから」
吸血鬼「つまんないなぁ」
吸血鬼「……でも」
吸血鬼「わりと、本気だったりして」
魔族医「……そういう不意打ち、やめてくれないかな」
吸血鬼「あっ、フレデリカさまー。この紙をですねー、きちんとかたづけなきゃいけないんですよ」
吸血鬼「さあ、そろそろお休みの時間ですよ? それと、きちんと自分のお部屋は片付けるんですよー?」
フレデリカ「うん、わかった!」
吸血鬼「よしよし、偉いですねー♪」ナデナデ
魔族医「可愛がるのはいいが、資料をそこらへんに置くのはやめてくれ……」
勇者「本当にいいのか?」
魔王「ああ。……元々、私はお前のものだからな」
魔王「なあ、一つ頼みごとがあるんだが」
勇者「ん?」
魔王「私のベッドを、あの子に渡してあげたい。いいか?」
勇者「……さすがに、もう一度持っていったりしないよ。新しいベッド、実はもう買ってあるんだ」
魔王「ありがとう」
フレデリカ「そうなのですか……?」
魔王「何かあったら、九尾を頼るんだよ」
魔王「そうだ。ちょっと私の部屋に来なさい」
フレデリカ「? はい、お母さま」
魔王「ああ。このベッドは、私のお母様も使ってたんだよ」
フレデリカ「そんなベッドを、私が……?」
魔王「心配するな。お前は私の子だ。自信を持て。これからは、お前が魔王なのだから」
フレデリカ「……お母さま? どこかへ、行ってしまうのですか?」
魔王「……」クス
魔王「大丈夫だよ。私は、いつでもお前の傍に居る」
魔王「もう、行かなければ。元気にしているんだよ」
魔王「お前が大人になる頃には、帰ってくるから」
魔王「いいんだ。どんなに別れを大袈裟にしたって、寂しいだけだからな」
勇者「そうじゃなくて。……お前が嫌なら、ずっと魔王城で暮らしたっていいんだぞ?」
魔王「フレデリカは、もう大丈夫だ。私を育てたのだって九尾だ、あいつになら任せられる」
魔王「彼女が無事なら、名残は無いよ」
魔王「九尾。魔王城は頼んだよ」
九尾の狐「任せるのじゃ」
九尾の狐「……これも、仕方のないことよな」
九尾の狐「魔族と人間では、寿命が違いすぎるのだから」
魔王「うーん、帰ってきたな」
勇者「うん。畑も牧場も、何の問題も無いな」
魔王「何年も空けていたのに……?」
勇者「ああ。魔力で何とか」
魔王「お前の魔法は本当に何でもありだな」
勇者「別につけなくてもいいだろ」
魔王「えっ?」
勇者「お前、まだここから逃げる気があるのか……?」
魔王「うーん。家出するかもしれないぞ」
勇者「可愛いから許す」
魔王「えー」
勇者「……もう、『鎖が無くても繋がっていられる』って言ったじゃないか。少し寂しいな」
魔王「なんというか……とにかく、その方が落ち着くんだよ。ここではな」
魔王「頼む、つけさせてくれ」
勇者「頼むことか、それ……?」
勇者「……満足気だな」
魔王「しっくりくる」
魔王「久しぶりだな、勇者の料理は」
勇者「」スッ
魔王「何だその手」
勇者「口、開けて」
魔王「お前、……懐かしいなぁ、まったく」
魔王「……っ」ハムッ
勇者「可愛い可愛い」ハハ
魔王「うるさいっ」
魔王「寝よう寝よう」バフッ
勇者「当然のように俺の上にのしかかってきた、こいつ」
魔王「幸せだろう」ニヤニヤ
勇者「まあな」
魔王「……即答するなよ」
勇者「おい」
勇者「そろそろ息が苦しいんだけど」
魔王「幸せなんだろう?」
勇者「悪かったよ……分かったから横にずれてくれ」
勇者「結局苦しいし……。力が強いって、お前」
魔王「いいじゃないか。魔王城に行ってからは全て我慢してきたんだから」
勇者「まあ、なぁ……」
勇者「なんだ、魔王」
魔王「ふふっ、このやり取りも久々だ」
勇者「はは、そうだな。で、なんだ?」
勇者「……」フイ
魔王「ちょ、ちょっと。何でそっぽを向く」
勇者(顔がにやついて戻らない)プルプル
魔王「こら、ちゃんと返事をしろ、おーい、勇者」
勇者「あー、分かった分かった! ……好きだよ、魔王」
魔王「♪」
勇者「おお? 早いな、魔王」
魔王「ふふん、魔王城では忙しかったからな。時間には几帳面になった」
勇者「その割には、昨日も良い雰囲気の中さっさと寝てたけどな」
魔王「うぅ……」
勇者「なんだいきなり」
魔王「確実に、前より太ってる。魔王城の食事が美味しかったからだ」
勇者「俺は気にしないよ」
魔王「……バカ」
魔王「なんだ、勇者?」
勇者「俺達って、勇者と、魔王だよな」
魔王「何をいまさら」
勇者「なんだかさ、仲良くして、子供までつくって、その上また二人で人知れず暮らしてるって」
勇者「もはや、勇者と魔王なんかじゃないよな」
魔王「ならばいっそ称号を変えてみたらどうだ? 隠居している身だから、『女隠居』『男隠居』とか」
勇者「……言いにくいから、勇者と魔王でいい」
魔王「寂しいことを言わないでくれ」
勇者「魔王は、きっと俺より長生きするだろう?」
勇者「そう考えると、人間の寿命ってすごく短いんだなって」
勇者「はは。それなら、俺の人生は空っぽな上に短いわけだな」
魔王「いや違うよ。気持ちの在り方さ」
魔王「寿命が短いと分かってから、お前にはきっと一日一日が違うものに見えてきただろう?」
勇者「……まあ、そうだな」
魔王「命の短いものほど、濃縮した生を送る。寿命の長さはあまり関係ないのかもしれないな」
勇者「詳しくは知らないが、一応」
魔王「蜉蝣は、成虫になってから一日と生きられない」
勇者「へぇ……それで、よく今まで生き残ってきたな」
魔王「成虫になって、繁殖をして、その一生を終えるんだ」
魔王「成虫になった彼らは、一体何を想うのか」
魔王「何にせよ、彼らの一生は、きっと誰よりも輝いているのだろうな」
フレデリカ「ねぇ、九尾?」
九尾の狐「なんじゃ、“魔王様”」
フレデリカ「私、いつになったら大人になれるのかしら」
九尾の狐「ほう。また、面白いことを訊きますのう」
フレデリカ「お母様が言ったの、私が大人になる頃には、戻ってくるって」
九尾の狐「……。それなら、もう少しで戻ってきましょうな」
九尾の狐「もう貴方は、立派な大人になられた」
魔王「なんだ、勇者?」
勇者「魔王は、綺麗だな」
魔王「なんだいきなりっ」
勇者「いつまでたっても、可愛いし、美人だし、愛しい」
魔王「…………勇者?」
勇者「自分の体が、急速に衰えていくのを感じる」
勇者「なあ魔王、こんな俺でも、愛してくれるのか?」
魔王「当然じゃないか。今更、お前を嫌いになるものか!」
勇者「俺は、自分が愛せないよ。お前が若い姿のままだからかもしれないけど、老いていく自分に言いようもない嫌悪感を催す」
勇者「自分の体が、汚れたものに見えて仕方がない」
魔王「そんなことない……!」
勇者「お前が、俺を嫌いじゃないというのが、信じられないくらいなんだ……」
勇者「な、なんだ?」
魔王「言葉で信じられないなら、体で信じればいい」
勇者「……そんなものか?」
魔王「そんなものだ。ほら、目を閉じていろ」
魔王「…………」チュ
勇者「……申し訳なさでいっぱいだ」
魔王「何を言っているっ。初めてのキスだって、お前としたのだぞ。何をいまさら、申し訳なくなる理由があると言うんだ」
勇者「お前は綺麗だ。そんなお前を、汚してしまった気がしてならない」
魔王「……勇者。そんな卑屈にならないでくれ。私まで悲しくなってしまう」
勇者「…………ごめんな」
勇者「……お前を汚したくない」
魔王「勇者ぁ……。どうしてそう、お前は。これでも、言うの恥ずかしかったんだぞ」
魔王「なにか? 私となんか、寝るに値しないと言いたいのか?」
勇者「いや、そういうわけでは」
魔王「ならいいだろう。ほらっ、早く横になれ!」
魔王「ん、朝か」
勇者「」シーン
魔王「おい、勇者? さすがにそんな冗談、笑えないぞ」
勇者「分かってるよ……ただ、久々すぎて、老人の身には堪える……」
魔王「あはは。すまなかったな」
勇者「ああ、頼む……」
魔王「うーん。この野菜、古くなってる。しょうがないから卵で何か適当に」
勇者(なんていうか、魔王らしくないなぁ……)
魔王「なんだ、勇者?」
勇者「俺さ、たぶん、もうそんな長くないと思う」
魔王「…………っ」ギュッ
勇者「抱きつくなよ。……それで、鎖を外した方が良いかなって」
魔王「何故だ?」
勇者「俺が死んだら、鎖を外す人がいない。今のうちに外しておくべきだろう」
魔王「死に場所は一緒だ、勇者」
勇者「それで、本当にお前はいいのか?」
勇者「俺が死ねば、お前はここで、一人暮らすことになる」
勇者「鎖を解いて、俺がお前を魔王城に送れば、余生を楽しく過ごせるだろう」
魔王「お前がいない余生を楽しくなど、過ごせない」
魔王「構わないよ。私は、この身が朽ちるまでここにいる」
魔王「勇者。今日の具合はどうだ?」
勇者「……ああ。問題ない」
魔王「さて、と。夕食の時間だ。口、開けて」
勇者「済まないな、……いつも、いつも」
魔王「いいんだ。お前が生きてくれるだけで、私は幸せだから」
魔王「褒めても何も出ないぞ?」ニコニコ
勇者「そのさびきった鎖は、……お前には、似合わないよ」
魔王「ダメだ。私は、例え鎖がちぎれても、お前と一緒に居るからな」
魔王「なんだ、勇者?」
勇者「俺は、怖いんだ」
魔王「なにが? 何が怖いというんだ、勇者」
勇者「……老いが、怖い。自分が自分で無くなっていくのが、怖い」
勇者「死ぬのが、怖い」
勇者「はは。……お前と出会っていなければ、こんな老人になってまで命を惜しむことはないだろうが」
魔王「死ぬのが怖いのは、当たり前だよ。どれだけ年老いたとしても」
魔王「……っつ」クラ
バタッ
勇者「魔王っ!?」
勇者「……そうか。なら、いいんだが」
魔王「ごめんな。食器、割れてしまった」
勇者「構わんさ。それより魔王、怪我は?」
魔王「ない。心配しすぎだ、私はこれでも、魔王なんだぞ」
勇者「……そうだよな。ごめん」
魔王(皿の破片が刺さって、痛いけど……)
魔王「なんだ、勇者?」
勇者「一日、一日をな、数えてみているんだ」
魔王「……いつから?」
勇者「いつからかな。今、332回数えたから、332日前からか」
魔王「332日前? 何かあったか?」
勇者「いや、何も無い。何も無いけど、ふと思いついて、それからずっと数えている」
勇者「俺はずっと寝たきりだ。何もしていない」
勇者「寝たきりでそんな日々を送って、俺は一体いつまで生きているのかと、ふと気になった」
勇者「それから数えてる。もう一年が経とうとしているな。少なくとも一年以上、俺はこんな無意味な生活を送って、それでも生きている」
魔王「生きていることに意味はあるはずだ。無意味な生などない」
勇者「詭弁だよ。事実、俺はこうして魔王に世話をしてもらって、ただ生きているだけ。これのどこに意味があるんだ」
勇者「……俺は生きていてもいいのか、一日一日を数えながら、考えている」
勇者「でも、言ってどうなることでもないだろう?」
魔王「私は勇者に生きていてほしい。生きる権利など、意味など、それだけでいい。そうだろう?」
魔王「知ったように感傷的にものを考えるから、人間はそうやって無駄に悩むのだ。その上大半は、自分に酔うだけで、結局何が言いたいのか分からない」
勇者「…………まあ、その通りだよな。でも、人間は悩む生き物なのさ」
魔王「ほら、また自分に酔ってる」クスッ
勇者「……じゃあ魔王も何かに悩んでみるか? 答えの無いものを悩むのは、人間じゃなくても楽しいと思うぞ。幸い、時間は余るくらいにあるし」
魔王「また、いかにも面倒な質問だな」
魔王「……そうだな。何かをひたむきに愛せば、人生は充実すると思うな」
勇者「何かをひたむきに、愛す?」
魔王「ああ。人間でもいい。真理でもいい。もっと素朴な、異性でもいい。もしくは、自分だっていい。とにかく何かを愛することだ」
勇者「何でそう思うんだ?」
魔王「少なくとも私はお前を愛し始めて、人生が豊かになった」
勇者「う、……不意打ちなんて卑怯だ」
勇者「……しかし、魔王はどんな質問を投げかけても揺るがないな」
魔王「当たり前だ、何年生きていると思っている」
魔王「今さらお前なんかの言葉で私の生き方が揺らぐものか」
勇者「そういえば、俺よりずっと年上だったな、お前は……」
魔王「……なんだその意外そうな顔は」
勇者「いや。お前はいつまでたっても綺麗だからさ」
魔王「くっ、……カウンターされるとは」
勇者「……魔王」
魔王「どうした、勇者? どこか悪いのか?」
勇者「……見えない」
勇者「目が、見えないんだ……」
勇者「……」パク
魔王「……」ニコ
勇者「……。もう、お前の顔を見ることも叶わないだな」
魔王「でも、私はここにいるよ」
勇者「それは、分かっているんだけどさ」
魔王「なんだ、勇者」
勇者「俺は、お前に死んでほしくない」
魔王「それは、私も同じだよ」
勇者「そうじゃない。俺は、もう寿命が近い。もう長くもないだろう。だけど、お前は、ここで死ぬべき命ではないはずだ」
勇者「……もっと生きることができる命だ。それを、何もここで終わらせることはないだろう?」
魔王「それなら、……私は、どこかへ行ってしまった方がいいのか?」
勇者「……本当は、嫌だ。お前と一緒に居たい。その気持ちでいっぱいだ」
勇者「俺は、こんな老人にもなって、なんて自分勝手なんだよっ……。ここに来て俺は、お前の為に、お前の鎖を外せないんだ……」
魔王「それでいいよ。自分が死んだ後を考えるのは、自己満足でしかない」
魔王「正直でいてくれ。自分勝手でいてくれ。それを非難する者なんて、誰もいないのだから」
勇者「なんだ、魔王」
魔王「隣で、寝てもいいかな」
勇者「構わないよ」
勇者「どうしてもここで暮らすというなら、俺が作った畑と牧場を好きなように使って構わない」
勇者「そうして、ふと帰りたくなったら、魔王城に帰ればいい」
勇者「そのくらい、自由になってくれよ。そうじゃないと、俺が幸せに死ねないだろう」
魔王「…………」
勇者「……どんな?」
魔王「私は、人間の血が濃い」
魔王「だから、他の魔族とは違い、私は魔力で若さを保っていたんだ」
魔王「――そして今、私の残り少ない魔力は、完全に尽きた」
魔王「意外と遅かったけれど。はは、やはり魔王の魔力は伊達ではないな」
魔王「ああ。見えないだろうけど、私の体は今、急速に老いている」
魔王「だから、……私も、もうすぐ死ぬのだと思う」
魔王「実は、勇者の目が見えなくてよかったと、少しだけ思ってるんだ。すまない」
魔王「こんな弱々しい私を、あまり見てほしくないから……」
魔王「最初から言っていただろう? 私は、『お前と一緒に死にたい』と」
勇者「なんでっ……、なんで、こんなこと!」
魔王「こうも言った。『私は良い奴などではない』とな。私は自分勝手だ、それくらい自覚している」
魔王「……楽しかったよ。残り少ない命と分かってからの、余生は」
魔王「一日が違うものに見えた。一日が輝いているのを感じた」
魔王「短いけれど、でも、とても私の一生は充実していた。お前と同じようにね」
魔王「やめてくれ」ギュ
魔王「言っただろう。お前と共に死にたいんだ」
魔王「……私の最後のわがままを、聞いてくれ」
魔王「ああ、いるよ」
魔王「……勇者、私の声が聞こえているか?」
勇者「ああ、聞こえるよ」
魔王「そうか、よかった……」
勇者「はは……先を越されてしまった」
勇者「俺も、魔王のことを愛しているよ」
魔王「……魂というものがあるなら、もう一度巡り合おう」
勇者「ああ。きっと、巡り合える」
トタトタトタッ
魔王「ねぇねぇ九尾!」
九尾の狐「一体なんじゃ、魔王様」
魔王「今ね! 私の体を『ふわっ』って何かが包んできたのよ!」
魔王「優しくて力強い、何かがね、私を包んでくれたの!」
九尾の狐「…………ほう。それは」
九尾の狐(……魔王の力が継承されたか)
九尾の狐(ということは、魔王様は、もう)
九尾の狐「――歴史は繰り返す、か」
魔王「? どうしたの、九尾?」
九尾の狐(……せめて、大きくなったこの子の顔を見せたかったのう、魔王様)
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
悲しい最後だな
乙
魔王と勇者的には2人共幸せだったのかな…
本当に愛してる人のすぐそばで二人揃って老衰なんて最高の幸せだろうな
SS速報でこんな鬱ストーリー見たくないよぉ
でも乙
2人にとっては最高のハッピーエンドじゃないのかな
お前らそういう人大切にしろよな
俺にはもう居ないから俺の分も頼むぜ
ハッピーエンドと信じたいな
楽しませてもらった
いったい誰が幸せならハッピーエンドなのかと
個人的にはいい話だと思うし楽しめたよ、乙!
引用元: 勇者「魔王死ななきゃ俺不死身じゃね?」