マフィア「このピストルには六発中、五発の銃弾が入っている」
マフィア「このロシアンルーレット、受けるかい? むろんアンタが先手だ」
マフィア(受けるわけがねえ。さっさと金置いて消えな! ハッタリ野郎が!)
ギャンブラー「オーケー、俺が先手だな?」
マフィア「え!?」
ギャンブラーは全くためらわずに銃をこめかみに当て、引き金を引いた。
カチッ
ギャンブラー「弾は出なかったな。次はそちらの番だ」ポイッ
マフィア(こ、こいつ、人間じゃねぇ……! イカれてやがる!)
マフィア「うぐぐ……俺の負けだ……!」
ギャンブラー「どうやらカモにする相手をまちがえたようだな。マフィアさんよ」
どこからともなく、かっこいいBGMが流れてきた。
ギャンブラー「俺の名はギャンブラー……ギャンブルの天才だ」
ギャンブラー「今日もまた、この俺をギャンブルが呼んでいる」
目を覚ました瞬間、これをいうのが彼の日課である。
ギャンブラー「ゆで卵を食べるとしよう」
ギャンブラーはハードボイルドな男なので、ゆで卵が好きである。
本当は砂糖を入れた卵焼きの方が好きだというのは、内緒だ。
ギャンブラー「あっ」
グシャッ
卵が落ちて割れた。
ギャンブラー「予定変更、スクランブルエッグにするとしよう」
すかさずメニューを変更。
一流のギャンブラーは突発的な事故にも強いのだ。
ギャンブラー「次のニュースは政治関係のニュースだ。100円賭けよう」
テレビ『続いては、山から下りてきたサルの騒動のニュースです……』
ギャンブラー「なるほど、そうきたか……」
一流のギャンブラーは、たとえ負けても潔い。
チャリン
賭けに負けたので、ギャンブラーは貯金箱に100円を入れた。
これは、つもり貯金ならぬ、ギャンブル貯金である。
脳内ルールで賭けをし、負けたら賭けた分を貯金箱に入れる。
すでにギャンブル貯金は10万円ほどたまっている。
ギャンブラー「!」
テレビ『慎重に行動しましょう。特に賭けごとなどは避けた方がよいでしょう』
ギャンブラー「幸運の女神にそっぽを向かれてしまったか」
ギャンブラー「もっとも、このくらいのハンディがないとギャンブルはつまらない」
ギャンブラー「これもギャンブラーのさだめというやつか……」
そういうと、ギャンブラーは煙草を口にくわえる。
ただし、くわえるだけで火はつけない。
2、3回吸うフリをすると、唾液を拭き、所定の位置に戻すのだ。
ギャンブラー「煙草は時に正常な判断を狂わせるからな……」
彼も本当は煙草に憧れている。吸ってみたいと思っている。
では、なぜ吸わないのか?
昔、学校で見た『喫煙者の肺を写した写真』が未だにトラウマになっているためである。
キヨスクでヤングマガジンを購入する。
ギャンブラー(さて、俺のフェイバリット漫画を読むとするか)
が…… 休載っ……!
カイジ休載っ……!
痛恨っ……!
無念っ……!
絶望っ……!
ギャンブラー「………」
ギャンブラー(まぁいい、彼岸島から読むとしよう)
彼は一流のギャンブラーなので、精神の立て直しもスムーズである。
いよいよ本格的なギャンブルが始まる。
ギャンブラー(さて、今日は誰の前に立つか……)
ギャンブラーの最寄り駅は始発駅から近いので、まだ車内は混んでいない。
かといって、席が空いているほどではない。
通勤時、彼はこの電車におよそ50分間乗ることになる。
ずっと立っているには、ややタルい長さである。
ギャンブラー(座りたい……)
壁によりかかるという手もあるが、ギャンブラーはそれは邪道だと考えている。
その前に立つ。
早く降りる人間を見抜ければ、それだけ長い時間座席に座れるのだ。
この命懸けのギャンブルを、彼は毎日行っている。
ギャンブラー(座席は7人がけ……)
ギャンブラー(あの7人の中で、一番早く降りるのは誰だ!?)
ギャンブラー(さぁ、誰にBETする!? ギャンブルの天才!)
一流のギャンブラーは、モノローグも完璧でなければならない。
1人目、ぐっすり眠っている中年サラリーマン。
2人目、英単語の本を読んでいる高校生。
3人目、カバンを大切そうに抱えているサラリーマン。
4人目、ヘッドホンで音楽を聴いている大学生風の青年。
5人目、携帯電話をしきりにいじっている女子高生。
6人目、口を開いて眠っている老人。
7人目、これから朝練といった雰囲気の体育会系高校生。
ギャンブラー(ふむ……)
ギャンブラー(どの高校も、俺の目的駅と近いはず)
ギャンブラー(この3人は確実に降りるが、その分座れる時間も短い)
ギャンブラー(ローリスク・ローリターン……やめとこう、パスだ)
ギャンブラー(1人目があそこまでぐっすり眠ってるのは、終点まで行くからだろう)
ギャンブラー(ゆえにこれもパス)
ギャンブラー(6人目の老人はまったく降りる駅が読めんが──)
ギャンブラー(あれはあれで、終点まで寝過ごす寝方だ。パス)
電車に入ってわずか数秒で、7人中5人を消去したギャンブラー。
さて、残るは2人!
ギャンブラー(この路線に大学は二つ)
ギャンブラー(平均的なレベルのA大学と、かなりの難関のB大学)
ギャンブラー(彼はどちらの学生か……?)
ギャンブラーは大学生の右手に注目した。
ギャンブラー(ペンダコはないな……ということは、さほど勉強熱心ではないはず)
ギャンブラー(彼はA大学の学生だ!)
ちなみにA大学はギャンブラーの目的駅に近く、
B大学はギャンブラーの最寄り駅の隣駅にある。
つまりB大学の学生だったら、非常にオイシイのだが──
ギャンブラー(A大学の学生なら、前に立ってもメリットは少ない。パスだ)
ギャンブラー(目的駅まで時間があるのなら、もう少しリラックスしているはず)
ギャンブラー(まちがいない。この男は確実にすぐ降りる!)
ギャンブラー(俺の見立てなら、少なくとももう2~3駅で降りるはず)
ギャンブラー(ならば40分は座れる! 勝った……!)
ギャンブラーは3人目の前に立った。
40分も座れるのならば、上出来だ。
ギャンブラーが3人目の前に立つと、他の6人の前にも乗客が立った。
もうBET変えすることはできない。
しかし、ギャンブラーは勝利を確信していた。
すると、ここで4人目の大学生が降りた。
ギャンブラー(!?)
ギャンブラー(バカな……! コイツ、B大学の学生だというのか……)
ギャンブラー(B大学は全国でも有数の難関大学だ)
ギャンブラー(ペンダコを3個や4個作らねば、入れるわけがない!)
ギャンブラー(ま、まさか裏口入学……!?)
受験戦争の裏にある不正にまで思考を巡らせるとは、さすがはギャンブラー。
しかし、この時ギャンブラーは目撃してしまう。
ギャンブラー(左手に……ペンダコ!?)
ギャンブラー(コイツ、左利きだったのか!)
ギャンブラーは青年の左手に、猛勉強の証を見た。
ギャンブラー(くそっ……だがまだ10分経過したばかり! 勝負はこれからだ!)
ギャンブラー(なにぃ!? あれだけぐっすり眠っていたのに……)
ギャンブラー(タヌキ寝入りには見えなかった。つまり浅い眠りだったというわけか)
ギャンブラー(レム睡眠とノンレム睡眠……どっちが浅いんだっけ)
ギャンブラー(忘れた!)
さらに悪夢は続き、出発から15分後、6人目の老人も降りる。
ギャンブラー(くそぉ~老人も降りてしまった)
ギャンブラー(あのまま永眠でもしそうな眠り方だったが)
ギャンブラー(降りる時の俊敏さは、チーターさながらだったぞ……)
ギャンブラー(老人あなどりがたし……!)
一流のギャンブラーほど、老人を甘く見てしまうという統計結果もある。
老人を甘く見たツケは大きかった。
ギャンブラー(ふふふ、さすがは俺というべきか)
ギャンブラー(しかし──)
ギャンブラー(なぜ、コイツは降りないんだ!?)
ギャンブラーは目の前に座っている3人目のサラリーマンを見た。
カバンを大切そうに抱え、前傾姿勢をずっと保っている。
ギャンブラー(もう少なくとも40分以上この体勢だぞ!)
ここでギャンブラーはある恐ろしい仮説にたどり着く。
ギャンブラー(まさか……)
ギャンブラー(俺はまんまと誘われていた……!?)
ギャンブラー(読みの鋭い俺を前に立たせ──)
ギャンブラー(50分間立ちっぱなしにさせようとしたというのか!?)
ギャンブラー(少しでも俺の体力を消費させるために……)
ギャンブラー(まさか……コイツもギャンブラー!?)
恐るべき洞察力、さすがは一流のギャンブラーである。
しかし、洞察は惜しくも外れていた。
目の前のサラリーマンが前傾姿勢を取っていたのは、
最近腰痛がひどくこの体勢が一番痛みが少ないためであり、
カバンを大切そうに抱えているのは単なるクセである。
(盗難防止と、抱き枕に近い安心感を得たいがためと思われる)
そして、そこで乗り換えを経て、会社に到着する。
ギャンブラー(さて、出勤一発目のギャンブルをやるとするか)
ギャンブラー(ずばり、最初にかかってくる電話は──男か? 女か?)
ギャンブラー「………」
ギャンブラー(男だ!)
ギャンブラー(朝っぱらからかかってくる電話は、急を要する件が多い)
ギャンブラー(自分も会社に来てまもないのに、かけざるを得ない件ってことだからな)
ギャンブラー(そんな急な用件を抱えているのは、女社員より男社員が多いだろう)
一流のギャンブラーは、ジェンダー的な理論にも長けている。
ギャンブラー(男に昼飯を賭ける!)
ギャンブラー(いや、やっぱりさすがに昼飯はやめて──)
プルルルルルル……
電話が鳴ってしまった。もう、降りられない!
相手は、女だった。
しかも、緊急性の“き”の字もない用件だった。
電車で座れなかった上に昼食抜きが確定し、うなだれるギャンブラー。
ギャンブラー(これで俺は昼飯抜きかぁ~)
ギャンブラー(一生の不覚……!)
ギャンブラー(仕方ない……ダイエットでもしてると思って頑張ろう)
ギャンブラー「はぁ……」
同僚「ため息なんてついてどうしたんだ? 失恋でもしたのか?」
ギャンブラー「いや、女から電話がかかってきて、昼飯抜きになってしまってな」
同僚「は?」
課長「やぁ、一緒に昼飯でもどうかね」
ギャンブラー「実はギャンブルに負けてしまいまして、今日昼飯抜きなんです」
課長「ハッハッハ、金欠か。昼飯くらい俺がおごってあげるよ」
ギャンブラー(マ、マジで!? 別に金欠じゃないけど、これはラッキーだ!)
ギャンブラー(いや……ダメだ! 俺は賭けに負けたんだ! 甘えてはいけない!)
賭けたものはきっちり支払う。これがギャンブラーの美学である。
ギャンブラー「じ、実は医者に昼食を止められてまして……」
課長「えぇっ!? だ、大丈夫かね!?」
ギャンブラー「だ、大丈夫です……(昼食禁止とか大病すぎるだろ……)」
一流のギャンブラーは、時としてムチャクチャな嘘をついてしまう。
課長「そ、そうか……。今日はさほど忙しくないし、早退してもいいんだぞ」
ギャンブラー「いえ、平気です。ありがとうございます」
ギャンブラーは自分の心配をしてくれている人に、感謝の気持ちを忘れない。
先輩OL「課長から聞いたけど、辛かったら帰った方がいいわよ」
先輩OL「無理して体壊す方が、みんなの負担も大きくなるしね」
ギャンブラー「いえ、大丈夫です(課長いい人なんだけど、口軽すぎ……)」
同僚「昼食食えないってことは、胃だろ? いい胃薬持ってるけど、飲むか?」
ギャンブラー「!」
ギャンブラー(同僚が出す胃薬は、いったいどんな種類の薬か……?)
ギャンブラー(これは挽回のチャンス!)
ギャンブラー(粉薬──といいたいところだが、同僚はサプリメントが大好き……)
ギャンブラー(その繋がりで錠剤である可能性が高い! 俺は錠剤に賭ける!)
ギャンブラー(錠剤なら夜に二食分食う! 外れたら晩飯も抜き!)
同僚「これだよ」
同僚から『ウコンの力』を手渡された。
ギャンブラー(まさかの液体!?)
ギャンブラーはウコンの力を手に入れたが、晩飯抜きが確定した。
バリバリ働いた。
いくら本業がギャンブラーだといっても、仕事はおろそかにしない。
これもまた、ギャンブラーの美学の一つである。
この日、ギャンブラーがアパートについたのは夜の11時近くであった。
ギャンブラー「疲れた……」
シャワーを浴び、寝間着になり、布団に入る。
ギャンブラー「今日は全然ギャンブル勝てなかったな……」
朝のニュースの星占いが思い出される。
『慎重に行動しましょう。特に賭けごとなどは避けた方がよいでしょう』
ギャンブラー「……やれやれ、幸運の女神様からの試練ってわけかい」
ギャンブラー「とはいえ女神様、二食抜いたくらいじゃ、人は死なないぜ」
ギャンブラーはいかなる時も前向きである。
ギャンブラー(明日は、きっと勝ちまくるぞ)
ギャンブラーの一日は、だいたいいつもこんな感じである。
目覚めたギャンブラーは、さっそく出かける準備をする。
今日は週に一度の、ギャンブラーの楽しみの日なのだ。
ギャンブラー「よし、ビシッと決まった!」
ギャンブラーは身だしなみにもうるさい。
ギャンブラー「俺の名はギャンブラー……ギャンブルの天才だ」
鏡の前で決め台詞を吐く。ばっちり決まっている。
ギャンブラー「さて……出かけるか」
ギャンブラーはとあるビルにたどり着いた。
今日は週に一度のギャンブル狂いの集まり『ギャンブラーズ』開催の日なのだ。
ギャンブラーは咳払いをして緊張を解いてから、部屋に入った。
部屋の中にはルーレットから麻雀、トランプなど、さまざまなゲームの道具があり、
みんな賭けに興じている。
ちなみにギャンブラーは友人の紹介で、ここの一員となった。
ギャンブラー(俺はみんなが、普段何をしているか知らない)
ギャンブラー(きっと非合法な職業についている奴らばかりだろう)
ギャンブラー(むろん、俺がサラリーマンをやっていることも、誰も知らない)
ギャンブラー(いや、俺はサラリーマンなんかじゃない。ギャンブラーなんだ!)
ギャンブラー(今日の軍資金は奮発して1万円! 楽しむぞぉ~)
ギャンブラーは、一度の賭けに使う上限は1万円と決めている。
ギャンブラー「一週間ぶりだな、女勝負師」
女勝負師「ふふっ、相変わらずクールな男ねぇ」
ギャンブラー「ふっ、なにせ俺はギャンブラーだからな……」
女勝負師「少し頬がこけてるけど、どうかした?」
ギャンブラー「昨日ヤクザ相手に勝ちすぎちまってな」
ギャンブラー「腹を思いきり殴られて、メシを食えてないんだ」
ギャンブラー(脳内ギャンブルで負けまくって、メシ食えてないなんていえない……)
女勝負師「勝負事ってのは程々が肝要よ。勝ちすぎると恨みが残るわ」
ギャンブラー「肝に銘じておくよ」
賭けの時だけでなく、女にもクールなギャンブラーであった。
ギャンブラー「よかろう」
ギャンブラー(ハ、ハナシ? なに、なに、なんなんだ?)
女勝負師の誘いに、ギャンブラーの胸の鼓動がスピードを上げる。
やはりギャンブラーといえど、男である。下心の一つや二つはある。
女勝負師「あたし、もっとあなたのこと知りたいの」
ギャンブラー「や、やめときな、火傷するぜ……」
女勝負師「もちろん、ただで知ろうなんて思ってないわ」
女勝負師「だから、賭けをしない?」
ギャンブラー「賭け……?」ピク
女勝負師「勝負はシンプルに、これで」
女勝負師は手をグーチョキパーに変えた。
女勝負師「あたしが勝ったらあなたのこと教えてもらうわ」
女勝負師「あなたが勝ったらあなたのいうこと一つだけ聞いてあげる」
ギャンブラー(この前、漫画で読んだぞ……)
ギャンブラー(人が一番出しやすいのはチョキで──)
ギャンブラー(最初にグーを出せば一番負ける確率が少ないと!)
女勝負師「じゃあ行くわよ? じゃーんけーん……」
「ぽんっ」
ギャンブラーはグーで、女勝負師はパーだった。
ギャンブラー「えっ」
ギャンブラー(どういうことだ『HUNTER×HUNTER』ァ~!)
ギャンブラー(話が違うじゃないか!)
ギャンブラー(この前ブックオフで6時間もかけて1巻から立ち読みしたってのに)
ギャンブラー(店員が露骨に俺のところばかり狙って本整理してきたけど)
ギャンブラー(負けずに全巻読んだのに!)
女勝負師「あたしの勝ちね」
ギャンブラー(ど、どうする!?)
ギャンブラー(『ギャンブラーズ』はカタギがいちゃいけない場所だ!)
ギャンブラー(ここでサラリーマンやってます、なんて話したら)
ギャンブラー(今後『ギャンブラーズ』出入り禁止になるかもしれない!)
ギャンブラー(いや、下手したらこの場で射殺……!?)
ギャンブラー(適当に嘘をつくか!? ヤクザの代打ちやってます、みたいに)
ギャンブラー(し、しかし賭けに負けたのに、嘘をつくのは俺のプライドが──)
女勝負師「………」
女勝負師「よっぽどいいたくないようね。いいわ、貸しにしといてあげる」
ギャンブラー(なんで俺がいいたくないと分かったんだ!? エスパー!?)
汗だくのギャンブラーを見れば、一目瞭然である。
女勝負師「ミステリアスな男、ってのも面白いしね。じゃあね」
女勝負師は席を立って、テーブルカジノのところに行ってしまった。
ギャンブラー「あっ……」
博打打ち「よう、そこの兄さん。そんなところで座っててもつまらんだろ?」
博打打ち「一勝負といこうじゃないか」
ギャンブラー「ゲームは?」
博打打ち「ポーカーでどうだい」
ギャンブラー「いいだろう」
ギャンブラー(ポーカーか……)
ギャンブラー(常にポーカーフェイスな俺にとって、有利なゲームだな)
勝利を確信し、ギャンブラーの口元はゆるんでいた。
大きい役が揃ったのに、相手の方が強い役だと深読みし、降りる。
ブタなのにハッタリをかけるつもりで、顔面汗だくで上乗せ(レイズ)しまくる。
この画期的な戦術が災いし、ギャンブラーの軍資金は10分ほどで底を尽きた。
ギャンブラー「今日はもうやめておこう。ツキがない」
博打打ち「おいおい、まだ1万円しか負けてないのにか?」
ギャンブラー(今日の全財産なんだよ、バカヤロウ!)
ギャンブラーは生活が壊れてしまうような金の使い方はしない。
彼にとってのギャンブルとは、堅実な生活を営む上で行われるものなのだ。
ギャンブラー「ふぅ……」
部屋の隅にあるコーヒーメーカーで、紙コップにコーヒーを注ぐ。
ギャンブラー(こんな気分の時は、ブラックコーヒーに限るぜ)ゴクッ
ギャンブラー(苦い)
ギャンブラー「……やっぱり砂糖とミルク入れよう」サッサッ
女勝負師「もうやめちゃったの?」
ギャンブラー(10分でカモられたとはいえんよなぁ……)
ギャンブラー「……今日は幸運の女神が俺に微笑んでいないらしい」
ギャンブラー「負ける日は勝負しない……それもギャンブラーの鉄則だからな」
自分の哲学をそれっぽく語るのも、一流のギャンブラーには必要なスキルである。
女勝負師「じゃあ、あたしと勝負しない?」
ギャンブラー「(もう金ないし……)い、いやだから負ける日は──」
女勝負師「お金は賭けなくていいじゃないの。やりましょ?」
ギャンブラー「ふむ、金銭の動きがないゲームは味気ないが……たまにはいいだろう」
ギャンブラー(なんか知らんが、助かった……)
女勝負師「じゃあ、またポーカーでもいかが?」
ギャンブラー「いいだろう」
これはこれで、ギャンブラーは楽しかった。
純粋にポーカーというゲームが好きだからだろうか。
あるいは──相手が女勝負師だからだろうか。
女勝負師「またあたしの勝ちね」
ギャンブラー「(これで7連敗……)ふっ、やはり幸運の女神が──」
女勝負師「──ねぇ、あなたって実はギャンブルの才能ないんじゃない?」
女勝負師「本当は堅実に一歩一歩進むタイプの人間なんじゃないの?」
ギャンブラー「!」
ギャンブラー「な、な、な、なにをいいだすかと思えば……ふっ」
すると、さっきギャンブラーの軍資金をかっさらった博打打ちが現れた。
博打打ち「ここはギャンブルする場所だぜ?」
博打打ち「なぁ~に、金も賭けずに遊んでんだよ、おたくら」
博打打ち「そこの姉さん、こんなのと遊んでないで、俺と遊ぼうぜ」
女勝負師「でも……」
博打打ち「なぁ兄さん、この姉さん借りていいかい?」
ギャンブラー(うっ……)
ギャンブラー「………」
ギャンブラー「君のいうとおり、ここはギャンブルをする場所だ」
ギャンブラー「連れて行くといい」
博打打ち「よっしゃ、じゃあ向こうでバカラでもやろうや、姉さん」
女勝負師「………」
女勝負師「……バカ」
ギャンブラー「!」
ギャンブラー(なんだよ、バカって……。バカラだけに?)
いたたまれなくなったギャンブラーは、『ギャンブラーズ』のビルを後にした。
ギャンブラー(まだ午前中か……)
ギャンブラー(こんなこと初めてだな)
ギャンブラー(いつもはチマチマ遊んで夕方近くまでいるんだが……)
ギャンブラー「帰るか……」
ギャンブラーはまっすぐアパートに帰った。
アパートでも特にやることはなく、空しく休日を終えた。
ただし──
テレビ『来週もまた見て下さいね~じゃんけんぽんっ!』
ギャンブラー「パー!」
テレビ『うふふふふ~♪』
ギャンブラー(負けた……)
──フグ田サザエとのバトルだけは欠かさなかった。
同僚「よう、なんか今日気が立ってないか?」
ギャンブラー「昨日女と遊んでいたら、他の男に取られてしまってな」
同僚「はぁ~?」
ギャンブラー「なんでか知らんが、イライラが止まらないんだ」
同僚「……お前、なにやってんだよ」
同僚「まさか、社会人になってから、こんなアドバイスをする機会が来るなんてな」
同僚「お前のイライラはな、その人が好きだからに決まってるからだろうが」
同僚「状況分からんから何ともいえねーけど、お前もなに大人しく取られてんだよ」
同僚「取られたら、取り返せよ」
ギャンブラー「取り返す……」
同僚「どうせまだ女を知らないんだろ、きっと」ヒヒッ
ギャンブラー「知ってるよ」
ギャンブラー「大学時代、サークルの先輩との賭けに負けて」
ギャンブラー「新しい風俗店の毒見役やらされることなんてしょっちゅうだったし」
同僚「お前もけっこう大変だったんだな……」
ギャンブラー「参考になったよ。ありがとう」
同僚「よく分からんが、頑張れよ」
ギャンブラー(もし博打打ちと、女勝負師の取り合いになったら──)
ギャンブラー(きっとこうなるに違いない)
博打打ち『ほう、兄さん。この姉さんを取り返すっていうのかい』
博打打ち『だったらここは『ギャンブラーズ』なんだから、賭けで決めようぜ』
ギャンブラー(いかに俺がギャンブルの天才だろうとも──ヤツは強い)
ギャンブラー(この戦い、絶対に負けられない……!)
ギャンブラー(たとえ己の美学に背くことになろうとも)
ギャンブラー(やるしかない──イカサマを!)
一流のギャンブラーには、時として己の美学を放棄する英断も必要となる。
というのが、ギャンブルを扱うフィクションでのお決まりパターンである。
シンプルイズベスト。
ギャンブラー(『ジョジョ』のアレとかどうかなぁ……ジョセフの表面張力のアレ)
ギャンブラー(でもアレやったことあるけど、けっこうムズイんだよな)
ギャンブラー(テクニックとかは不要なやつの方がいいな)
ギャンブラー(バレてダービー兄みたく指とか折られたくないし……)
ギャンブラー(──となると、純粋に道具に細工するのが望ましいな)
こうしてギャンブラーは必ず勝つべく、イカサマ作戦を立てていった。
ギャンブラーは『ギャンブラーズ』にやってきた。
すでに博打打ちと女勝負師は来ており、二人でトランプゲームをやっていた。
ギャンブラー(よし……行くぞ)ゴクリ
スタスタ
女勝負師(あ……ギャンブラー)
博打打ち「おお、兄さんかい。この間はすぐ帰っちまったな。で、なにか用かい?」
ギャンブラー「俺は女勝負師とギャンブルがしたい……!」
ギャンブラー「君にはどいてもらおう」
ギャンブラー「俺の方が君よりずっと早く『ギャンブラーズ』に入ったし」
ギャンブラー「女勝負師との付き合いも長い」
女勝負師(ギャンブラー……)
博打打ち「だったらここは『ギャンブラーズ』なんだから、賭けで決めようぜ」
一言一句、シミュレート通りの台詞だった。
やはりギャンブラーの洞察力は超人の域である。
博打打ち「またポーカーでもやるかい?」
ギャンブラー「いや……コイツで決めよう」
ギャンブラーは100円玉を取り出した。
博打打ち「ほう」
ギャンブラー「俺がコイントスをする」
ギャンブラー「表か裏か、で決着をつけよう」
博打打ち「ずいぶんシンプルだな。やってやろうじゃねえか」
ギャンブラー「これでどうだ?」
博打打ち「……かまわんぜ」
この時点でギャンブラーは勝利を確信していた。
ギャンブラーは100円玉二枚をくっつけ、
両面とも100の文字があるコインを作っていたのである。
これは、かの名作RPG、
『ファイナルファンタジーⅥ』をヒントにしたイカサマである。
作中の登場人物エドガーが弟マッシュに対し、
両表のコインを使って粋な計らいを行うシーンはゲーム中屈指の名場面といえるだろう。
一流のギャンブラーは、名場面をイカサマに利用することもためらわない。
ギャンブラー「じゃあ、いくぞ」ピンッ
クルクルクル… パシッ
ギャンブラー(俺はエドガー。博打打ち、お前はマッシュだ!)
ギャンブラー(フィガロ国王の地位はこの俺がいただく!)
ギャンブラー(お前は山にこもって、『ばくれつけん』でも編み出していろ!)
一流のギャンブラーは、ゲームキャラになりきることもたやすい。
サッ
ギャンブラー「表……だな。どうやら俺の勝ちのようだ」
博打打ち「いや、裏だぞ、兄さん」
ギャンブラー「!?」
博打打ち「100円玉は模様の方が表で、100って書いてある方が裏だからな」
ギャンブラー(ウソ……だろ……!?)
ギャンブラーの頭の中に、格闘家マッシュが現れた。
マッシュのばくれつけんが、ギャンブラーの全身を打ち砕く。
ギャンブラーは、目の前が真っ暗になった。
ギャンブラー「あ」
博打打ち「どっちも裏が出るよう細工してあるな。こんなこったろうと思ったよ」
100円玉の裏表を間違え、しかもコインの小細工を見抜かれた。
百戦錬磨のギャンブラーも、かつて経験したことがない大敗だった。
もはや思考回路はショート寸前。今すぐ逃げたいよ、である。
女勝負師「ギャンブラー……」
ギャンブラー「あ、え、その」
博打打ち「兄さん、あんたって男はホントどうしようもないな」
博打打ち「だがまぁ、どうしようもないなりに勝とうとしたことだけは褒めてやる」
博打打ち「勝負事は勝とうとしなきゃ、勝てるわけがないからな」
ギャンブラー「え、お、あ」
博打打ち「そんなにこの姉さんが、好きかい?」
ギャンブラー「!」
こんな自分に人を好きになる権利などないと悟った。
ギャンブラー「い、いや……彼女は俺のギャンブル仲間だから……」
博打打ち「………」
博打打ち「そうかい」
博打打ち「まぁいいや、なんか見てて気の毒だし今日は姉さんを譲ってやるよ」
博打打ち「ただし」
博打打ち「この俺にイカサマをしたことだけは忘れるなよ、兄さん」
博打打ち「この俺にイカサマをしかけた命知らずは、必ず後悔することになる」
ギャンブラー「!」
博打打ちはギャンブラーに殺気のこもった視線を送ると、
『ギャンブラーズ』から出て行った。
ギャンブラー「だ、だいじょうぶ……」ハァハァ
一流のギャンブラーはこういう時でも虚勢を張るものである。
女勝負師「あたしたちも……外に出ましょうか」
ギャンブラー「そうだな。気分転換をしたい……」
二人は近くのファミレスに移動した。
女勝負師「しっかし、よくもまぁあんなずさんなイカサマをしたものねぇ」
ギャンブラー「ふっ……俺としたことが、ケアレスミスをしてしまった」
ケアレスどころではないが、ケアレスと言い張るのもまた、
ギャンブラーが一流のギャンブラーである何よりの証拠である。
女勝負師「やっぱりあなた──」
女勝負師「ギャンブル向いてないわよ」
ギャンブラー「だってこの俺は、毎日ヤクザや……マフィアと……連戦連勝……」
女勝負師「そんなのウソでしょ?」
ギャンブラー「!?」ドキッ
女勝負師「よく顔に出る人ねぇ。それじゃギャンブルは難しいって」
ギャンブラー「いや……これはあえて表情を出すことで……」
ギャンブラー「心を読ませないテクニック……というか……」
女勝負師「どうしても、いいたくないみたいね」
女勝負師「じゃあ、あたしからネタばらししてあげる」
女勝負師「あたしって普段何してると思う?」
ギャンブラー「え、非合法のエージェント……かなんか、じゃないのか?」
女勝負師「アハハハハッ! そんなわけないでしょ~」
ギャンブラー「え」
女勝負師「普段は、ただのOLやってるわ」
女勝負師「ねぇ、あなた『ギャンブラーズ』をなんだと思ってたわけ?」
ギャンブラー「地下の闇に紛れたギャンブル狂いたちの集会……」
女勝負師「………」
女勝負師「……ぷっ」
女勝負師「アハハハハッ!」
ギャンブラー「ち、ちがうのか?」
女勝負師「元締めがいるわけでもない、カジノゲームが置いてあるだけの場所が」
女勝負師「そんな怪しい地下組織なわけないでしょうに」
女勝負師「ギャンブラー気分に浸りたい一般人の集まりよ、あそこは」
女勝負師「他の会員やあの博打打ちだって素性は隠してるけど、どうせ平凡な人たちよ」
女勝負師「とはいえお金を賭けてるのは事実だから、厳密には違法かもしれないけど」
女勝負師「個々で小銭をやり取りしてるような小さな集団をいちいち摘発するほど」
女勝負師「警察だってヒマじゃないだろうしねぇ」
ギャンブラー「友人に勧められて……」
友人『お前、ギャンブル漫画とかギャンブル映画とか好きだよな』
友人『こないだ、こういう場所があるって見つけたんだが、行ってみれば?』ピラッ
友人『なんでも休日に、賭博好きが集まる組織なんだってよ』
友人『あ、けっこうヤバイ地下の組織らしいから、気をつけろよ~』ニヤ
ギャンブラー(あのヤロウ……!)
一流のギャンブラーとて、見破れない嘘はある。
ギャンブラー「しかし、なんで今になってそんなハナシを……?」
女勝負師「遊びとはいえ『ギャンブラーズ』の雰囲気って独特なものがあるしね」
女勝負師「だから、このままでもよかったんだけど──」
女勝負師「最近あなたが、どうにも辛そうでね。見てられなくなってきて」
女勝負師「だからもし知らないんなら、バラした方がいいかな、と思って」
ギャンブラー「………」
女勝負師の気遣いは、ギャンブラーの心を打った。
ギャンブラー「そういえば、この前の賭けの支払いがまだだったね」
ギャンブラー「話すよ……全部」
ギャンブラーは全てを話す決心をした。
ギャンブラー「生まれてこのかた賭け事ってもので、勝ったことがほとんどない」
ギャンブラー「例えば、普段ならテストでいい点を取れるのに」
ギャンブラー「テストの点で上だった方がジュースおごる、みたいなことをやると」
ギャンブラー「回答欄ミスったり、名前書き忘れたり、なんてことをやらかす」
ギャンブラー「賭けってものが絡むと、とたんに力を発揮できなくなるんだ」
ギャンブラー「だから俺は余計ギャンブラーってのに憧れた」
ギャンブラー「そして格好だけでもギャンブラーになろうと……」
ギャンブラー「いつの間にか、それがどんどんエスカレートしてしまっていた」
ギャンブラー「俺は……エセギャンブラーなんだ」
なんと、彼は一流のギャンブラーではなかった。
今の今までこの私ですら騙していたとは、驚きである。
これまで私は彼を一流のギャンブラーだと思って、解説してきたというのに。
ふざけるな。
いや、この私を騙したのだから、やはり彼は一流のギャンブラーといえるだろう。
ギャンブラー「え?」
女勝負師「人間だれしもあなたのような部分はあると思うし──」
女勝負師「まぁ、あなたはちょっとこじらせちゃった感があるけど」
女勝負師「さ、食事も終わったし『ギャンブラーズ』に戻りましょ」
ギャンブラー「そ、そうだね……!」
その後、ギャンブラーと女勝負師は色々なゲームをやった。
ギャンブラーは連戦連敗だったが、肩の荷が下りたかのようにゲームを楽しんだ。
一流のギャンブラーは挫折を経て、成長していくものなのだ。
ギャンブラー「同僚、次かかってくる電話が男か女か昼飯賭けないか?」
同僚(な、なんだ……コイツこんなこというキャラだったっけ)
同僚「いいよ、付き合ってやるよ。俺は男に賭ける」
ギャンブラー「じゃあ俺は女に賭ける」
プルルルルルル……
同僚「男だったな。昼飯はおごってもらうぜ」
ギャンブラー「あ~あ、残念」
ギャンブルに興じるのは相変わらずなのだが、
己の中にある理想のギャンブラーでいたいという強迫観念からではなく、
自然体でギャンブルを楽しめるようになっていた。
会員A「ハッハッハ、フラッシュです! わしの勝ちですな」
ギャンブラー「いやぁ、お強いですね……!」
会員B「あの若い人、最近変わったなー。なんというか、柔らかくなったというか」
会員C「えぇ、前までは妙に難しそうな顔して近寄りがたかったけど」
会員D「いっつも一人でなにか考え事してましたよね」
博打打ち「………」
女勝負師(よかった、とても楽しそう)
女勝負師「食事に誘われるなんて、思わなかったわ」
女勝負師「でも、いいの? おごりだなんて」
ギャンブラー「こないだ給料日だったんでね」
ギャンブラー「前の俺だったら、ヤクザ相手に大勝ちしたから、とかいっただろうな」
女勝負師「言ってたでしょうね」
女勝負師「あれはあれで好きだったけど」
ギャンブラー「ハハ、俺もあれはあれでやってて面白かったよ」
一流のギャンブラーは自分の過去を恥じず、笑い飛ばす度量を持っている。
ギャンブラーは自分は女勝負師が好きだと気づいていた。
ギャンブラー(しかし……いえない)
ギャンブラーは玉砕を恐れていた。
解放されたギャンブラーは今、これまでで一番といっていいほど人生を楽しんでいる。
彼女に想いを打ち明けるという行為には、
今の楽しさがある程度崩れる可能性もあることを覚悟せねばならない。
つまり、賭けねばならない。
ギャンブラー(できない……俺には……)
ギャンブラー(このままで、十分幸せだ……)
一流のギャンブラーといえど、時には賭けることを恐れてしまうこともある。
ギャンブラーと女勝負師はポーカーをしていた。
ギャンブラー「ツーペア」
女勝負師「スリーカード」
ギャンブラー「くそっ、読み違えたか」
女勝負師「でも、だいぶよくなってきたわよ。前なんか顔にモロ役が出てたし」
ギャンブラー「ありがとう」
すると──
博打打ち「姉さん、兄さん、楽しそうじゃねえか」
ギャンブラー(コイツは……! 最近全く絡んでこなかったが、急にどうしたんだ?)
博打打ち「へぇ、兄さん。少しはいい顔になったようだなあ」
博打打ち「だが、まだダメだな」
博打打ち「ちょっと付き合ってもらえるかい、お二人とも」
ギャンブラー(なんか……今までと雰囲気が違うぞ……!)
博打打ちはどんどん裏道の方に入って行き、
やがて三人はとある地下の酒場に到着した。
ギャンブラー「酒場……?」
女勝負師「ちょっと、なんなのよ。ここは!」
博打打ち「ようこそ。ここは俺の持ってるギャンブル場の一つだ」
博打打ち「俺たち以外はだぁ~れもいねェ。訪ねてくる客もいねェ」
博打打ち「つまりここにいる人間だけがルールだ。治外法権みたいなもんさ」
ザッ
三人が入ると、屈強な黒服が入り口を塞いでしまった。
博打打ち&女勝負師「!」
博打打ち「もうおたくら、ここから出られないよ」
博打打ち「さ……勝負しようや。兄さん」
博打打ち「簡単な話さ。俺、そこの姉さんが欲しくてね」
博打打ち「──が、兄さん。あんたが邪魔だ」
博打打ち「しかも、あんたは俺にイカサマをした。許せねェ……!」
博打打ち「そんな俺が考えた勝負方法が、これだ」
ゴトン
テーブルの上にピストルがおかれた。
博打打ち「ロシアンルーレット……聞いたことくらいあるだろ?」
博打打ち「これは弾が六発入る銃でなぁ。今は満タンだ」
博打打ち「よっ」
パンッ!
博打打ち「これで残り五発……」
そしてシリンダーを回転させる。
エアガンでもモデルガンでもない本物のピストル。ギャンブラーは青ざめていた。
目の前でピストルを発砲されれば、一流のギャンブラーでも青ざめてしまうものである。
マフィア『このピストルには六発中、五発は実弾が入っている』
マフィア『このロシアンルーレット、受けるかい? むろんアンタが先手だ』
──現実になってしまった。
ギャンブラー(いや、まだ先手後手が決まっていない。後手になればまだ──)
博打打ち「当然、兄さんが先手だぜ」
ギャンブラー「……なっ!」
博打打ち「なに驚いてんだよ、当たり前だろ?」
博打打ち「だってこの間のコイン裏表当てのルールは、全部あんたが決めただろ?」
博打打ち「勝ち負けの決め方、道具のコイン、俺は全てあんたに従った」
博打打ち「だったらよぉ、今度はこっちに従ってくれなきゃ」ニヤ
博打打ち「いっただろ? 俺にイカサマをしたことを後悔することになるって」
ギャンブラー「………!」
ギャンブラー(イヤイヤ、落ち着いてよく考えろ……)
ギャンブラー(弾丸が出る確率は5/6。およそ83%……)
一流のギャンブラーは割り算が得意である。
ギャンブラー(つまり生き残る確率は約17%……)
一流のギャンブラーは引き算も得意である。
ギャンブラー(ほぼ確実に死ぬじゃねえか!)
ギャンブラー(いや、こめかみを銃で撃っても、頭蓋骨で上手い具合に反射して)
ギャンブラー(死なないとか聞いたことあるぞ)
ギャンブラー(でも下手に後遺症や痛みがあるくらいなら、即死したい)
ギャンブラー(イヤイヤイヤ、だから死にたくないって!)
落ち着けば落ち着くほど、死にたくなくなるのは当然である。
一流のギャンブラーほど命は惜しいものである。
博打打ち「ま、たしかにバカけてるわな。兄さん、降りるかい?」
博打打ち「いいんだぜ、降りても。ただし姉さんは置いてってもらうがな」
博打打ち「アンタが降りれば、姉さんは俺のもんになるわけだ」
ギャンブラー「………」
博打打ち「いっとくが、ここでひとまず降りても、また『ギャンブラーズ』で会える」
博打打ち「……なぁ~んて甘い望みは捨てることだな」
ギャンブラー「!」
博打打ち「鈍感な兄さんでもさすがに気づいたろうが、俺は裏側の人間だ」
博打打ち「一度裏の人間のもんになった人間は、もう表には戻れねェ。戻さねェ」
博打打ち「俺は日々のシビアな賭けの小休止としてあそこの会員になったが」
博打打ち「もう今後は行くつもりはねェ。つまり、あんたと姉さんは二度と会わせねェ」
博打打ち「勝負を降りるってことは、そういうことだ。兄さん」
ギャンブラーはテーブルについた。
ギャンブラー「………」ゴクリ
博打打ち「お、やるのかい?」
女勝負師「ギャンブラー、やめて!」
博打打ち「お?」
ギャンブラー「!」
女勝負師「あたしはあなたなんか大嫌い! やる意味なんかないわ!」
女勝負師「あたし、裏の世界に憧れてたし……さっさと勝負を降りて帰ってよ!」
博打打ち「ハハハ、だとよ」
博打打ち「さすがに自分のことを嫌いっていう女のために、命は張れんわな」
博打打ち「俺だって無理だ」
博打打ち「しっかも、裏の世界に憧れてると来てる。ありがてぇハナシだ」
博打打ち「あ~……やめやめ。さ、帰りな、兄さん」
ギャンブラー「………」
ギャンブラー「今の彼女の発言は、俺を助けるためのウソだって方に賭ける」
博打打ち「あ?」
女勝負師「なにいってるの!? 本音よ、本心よ!」
女勝負師「あんた、ギャンブル弱いくせに無駄にギャンブラー気取りで気持ち悪くて」
女勝負師「大嫌いなのよっ!」
博打打ち「ハハハ、残念。ハズレだとよ」
ギャンブラー「いや……ウソに賭ける」
博打打ち「なに?」
ギャンブラー「もし俺が生き残って、彼女がそれでも裏の世界に行きたかったら」
ギャンブラー「俺は止めない」
ギャンブラー「女勝負師は俺をエセギャンブラーの道から救ってくれた」
ギャンブラー「俺は彼女が好きだ。許されるなら、ずっと一緒にいたい」
ギャンブラー「少なくともここで降りて、彼女と会えなくなるなんて結末はイヤだ」
ギャンブラー「絶対にイヤだ」
ギャンブラー「彼女のためなら──」
ギャンブラー「俺は命だって賭けられる!」
博打打ち「───!」ゾクッ
ギャンブラーは銃口をこめかみに密着させた。
かつて師匠として崇めた架空のギャンブラーたちが、なぜか激励を浴びせてきた。
カイジ「お前ならやれるっ……! 起こせっ……! 17%の奇跡っ……!」
レルート「ギャンブルで重要なのは、相手に怖さを与えることよ」
ダービー兄「グッド!」
エドガー「え!? なんでセッツァーでなく俺を思い浮かべるんだよ……。ま、頑張れ」
これまでにお世話になった仲間たちが、なぜか激励を浴びせてきた。
先輩OL「あらあら、ずいぶん成長したじゃない」
課長「失敗を恐れるな! 自分を信じるんだ! 責任は俺が取ってやる!」
同僚「もし死んだら、仕事は引き継いでやっから、心おきなく引け!」
友人「騙して悪かったな。とりあえず俺を殴りにくるまで死ぬなよ」
ついでに私もなぜか激励を浴びせたくなったので、浴びせる。
大丈夫、お前なら助かる! だって一流のギャンブラーなんだから!
女勝負師「ギャンブラーッ!」
ギャンブラー(引くっ!!!!!)
カチッ
女勝負師「………」
黒服「………」
ギャンブラー(助かった……のか……?)
博打打ち「フッ……アハハハハハハハハハハッ!」
博打打ち「アハハハハハハハハハハハッ!」
博打打ち「ふぅ~……これでもう、そのピストルには弾丸しかないわけだ」
博打打ち「俺に自殺する度胸はねェ……。俺の負けだ」
博打打ち「兄さん、姉さんを連れて帰んな」
ギャンブラー「あ、あぁ……」
女勝負師「ギャンブラーッ!」ガバッ
女勝負師「んもうなにやってんのよ! もし弾が出てたら……」
ギャンブラー「し、し、死ぬわけ……ないさ」ガタガタ
ギャンブラー「俺の、名は……ギャンブラー……ギャンブルのてん、さいだ……」ガタガタ
恐怖の余韻で決め台詞を決められないギャンブラーであった。
黒服「しかし強運でしたな、あの男」
博打打ち「強運じゃねえさ。最初からあのピストルには一発しか入ってなかった」
博打打ち「つまり、もうすっからかんだった。俺はあの兄さんを試したかったのさ」
黒服「どういうことです?」
博打打ち「俺が日々のシビアな賭けの疲れを癒すオアシスとして」
博打打ち「素人の遊び場の『ギャンブラーズ』に行くようになったのは本当の話だ」
博打打ち「で、あそこであの兄さんと姉さんを見つけたのさ」
博打打ち「どちらもお互いに気はありそうだが、なんかモタモタやってるんでな」
博打打ち「ちと気まぐれに発破をかけたくなっちまった……」
博打打ち「んで、ちょっとチョッカイを出したわけよ」
博打打ち「そしたらあの兄さん、下手なイカサマ使ってまで俺に勝とうとしやがった」
博打打ち「こりゃいけるかな、と思ってしばらく離れてたんだが」
博打打ち「二人とも全然進展しねぇから、もう一回発破をかけてやったのさ」
博打打ち「兄さんが、あの姉さんに自分の気持ちを打ち明けるようにな」
博打打ち「銃口を自分に向けるまでやれば、“兄さんの覚悟見届けた”とかいって」
博打打ち「見逃してやろうと思ってたしな」
博打打ち「ただし、勝負を降りていたら、俺はあの姉さんをマジで奪うつもりだった」
黒服「……しかし、世界でも屈指のギャンブラーであるあなたが──」
黒服「なぜあのような素人にそこまで入れ込んだのですか?」
博打打ち「なんでだろうな」
博打打ち「時々訳分からんことをしたくなるのが、ギャンブラーって人種なのさ」
博打打ち「命を賭けたさっきの兄さんや、それに惚れた姉さんみたいにな」
ギャンブラー『俺は命だって賭けられる!』
博打打ち「──あの瞬間、俺は震えたよ」
博打打ち「億クラスの金や命を当たり前のように賭ける俺が、久々に震えたんだぜ」
博打打ち「そう、まるで超一流のギャンブラーと勝負する時のように──」
博打打ち「あの兄さん、きっと大物になる。俺には分かる」
黒服「ふっ……では今晩は台湾マフィアのボスとの賭けがありますな。参りましょう」ザッ
博打打ち「あの兄さんとの後じゃ、退屈な勝負になりそうだな」ザッ
ギャンブラー「いやぁ~助かったぁ……」
女勝負師「もう、ムチャクチャするんだから……」
女勝負師「でもいつも負けっぱなしのくせに」
女勝負師「あんなところでは1/6の確率を引くんだから」
女勝負師「やっぱりあなたはギャンブルの天才なのかもしれないわね」
ギャンブラー「ありがとう、女勝負師」
女勝負師「それに……好きっていってくれて嬉しかったわ」
ギャンブラー「あ……」
女勝負師「もう一度いってくれない?」
ギャンブラー「好きだ」
ギャンブラー「この命を賭けても惜しくないほどに、君が好きだ」
女勝負師(ふふっ……こんな恥ずかしい台詞をためらいなくいえるのは)
女勝負師(長年理想のギャンブラーを演じてきたおかげでしょうね……でも)
女勝負師「ありがとう」
ギャンブラー「俺は、俺なら君を幸せにできる方に……賭ける」
ギャンブラー「俺のこれからの人生……全部を」
女勝負師「じゃああたしも賭けるわ」
女勝負師「あなたなら……あたしを幸せにしてくれるって……」
女勝負師「これからの人生……全部」
人は人生を賭ければ必ず愛する人を幸せにできるだろうか?
人生はそこまで甘くはない。
だが、きっと彼はやり遂げるだろう。
なぜなら彼は、一流のギャンブラーなのだから──
~おわり~
乙
乙!
面白かったわ乙
乙
とても面白かった!どのキャラクターも良かったし
ナレーションでも笑った
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