驚くべきと言うべきか、それとも奇跡と言うべきか、何と今日は非番だ。
部隊創設以来、丸々一日が休みに当てられたことなどなかったものだが…まあこういう日もあるのだな。
さて、そんなこんなで何年かぶりのオフ日なのだが、その…なんていうかアレだな。
…暇だ。
ラル「……暇だ」
ラル「せっかく休みができたというのに、特にやりたいことが見当たらん」
ラル「やりたいこと…やりたいこと…」
ラル「そういえばまだ目を通してない書類があったが…」
ラル「…うん、さすがに今日くらいは書類を見たくはないな」
ラル「さてそうなると…」
ラル「…うーん」
ラル「…………」
ラル「…まあ、とりあえず寝るか」
ラル「…よく寝た…」
ラル「昼寝なんていつ以来だ?ふわぁ…」
ラル「…14時か」
くきゅ~
ラル「…腹が減った」
ラル「…いい匂いがする」
下原「あれ?隊長どうされたんですか?」
ラル「下原か」
下原「こんな時間にここにいるなんて…あ、そういえば今日は非番でしたっけ?」
ラル「ああ」
くきゅ~
下原「あ…」
ラル「見ての通り、寝過ごしたせいで昼食を摂り損ねてな」
ラル「何かあると助かるんだが」
ラル「そんなことはないぞ。私は暇があれば呑むか寝るかしかしない」
下原「そ、それはちょっと女の子的にどうかと思いますけど…」
くきゅる~
ラル「…………」じ~
下原「あ、はいはい。今何か簡単なもの作りますね」
下原「はい、出来ましたよ」
ラル「ほう、サンドウィッチか」
ラル「いただこう」
もぐもぐもぐ…
ラル「…………」
下原「…あの、お口に合えば良いんですけど…」
ラル「は、はい」
ラル「お前、非番の日は何をして過ごす?」
下原「ひ、非番ですか?えーっと」
下原「そうですね、新しい料理の献立を考えたり、後は本を読んだりしますかね」
ラル「……下原」
下原「は、はい?」
ラル「…おかわり」
ラル「料理か…」
ラル「私は作るよりも食べる専門だからな、どうも気乗りがしない」
ラル「読書…は却下だな、今日一日は文字や記号は見たくない」
ラル「さてどうしたものか…」
ニパ「あれ、隊長?」
ラル「ニパか」
ラル「ああ、そうだな」
ニパ「隊長がお休みなんてなんか珍し…」
ラル「…………」じ~
ニパ「あ、あの…隊長?」
ラル(…ちょっとニパをからかって遊んでみるか)
ラル(…暇だし)
ラル「…なあニパ、お前確か501のユーティライネン中尉とは知り合いだったよな?」
ニパ「え、あ…はい」
ラル「…彼女のこと、どう思っているんだ?」
ニパ「え…えぇ…!?どうって…」
ラル「中尉に向けるお前の視線が、他の者とは違うというのは分かってる」
ラル「率直な意見を聞かせろ。気持ちをあやふやなままにしておけば、いずれ任務に影響が出てくる」
ニパ「そ、それは…その…」
ラル「…心配するな、他言はしない」
ニパ「…………」
ニパ「でも、イッルはサーニャさんに夢中みたいだし…私なんかが入る隙なんて…」
ラル「…いや、そういうことではなくてだな」
ラル「同郷の者から見た、中尉の空での評価を聞きたかったんだが」
ニパ「…え?」
ラル「…………」
ニパ「…………」
ラル「それで、その後ニパが泣いてしまってな」
ラル「なだめるのも一苦労な上に、通りかかったエディータにはお灸を据えられる始末で」
ラル「…まったく、折角の休日だというのに。散々だ」
ひかり「いや、散々なのはニパさんの方なんじゃあ…」
ラル「ふう、まったく隊長職というのは…おいひかり、もっと右肩の方強く揉んでくれ」
ひかり「あ、はいはいこんな感じですか?」
菅野「何なんだお前ら!?当然のように居座りやがって!ここは茶店じゃねーぞ!」
ひかり「まあまあ、いいじゃないですか別に~」
菅野「よくねぇよ…」
菅野「ったく!あんた仮にも隊長だろ!隊員のプライベートに踏み入るのは、上司としてどうなんだ!?」
ラル「…菅野」
ラル「私が何の目的もなく、突然部下の部屋に押しかけるような厚かましい上司に見えるか?」
菅野「…ああ、見える」
ラル「さすがだな、その通りだ」
菅野「…ぶん殴るっ!!!」
ひかり「ああ!暴力はダメですよ~!」
ラル「…追い出されてしまったか」
ラル「さて…そろそろ部屋に戻るとするか」
ジョゼ「あれ、隊長?」
ラル「ん、ジョゼか」
ジョゼ「こんなところで何してるんですか?」
ラル「見ての通り、何もしていないが」
ジョゼ「えっ?」
ラル「ああ、そうだが」
ジョゼ「隊長がお休みなんて珍しいですよねぇ」
ジョゼ「今日は何か、自分の好きなことに時間を使われたんですか?」
ラル「いや、別に」
ジョゼ「えっ…」
ジョゼ「え、えぇ~…」
ラル「…いや待て、それだけじゃなかった」
ラル「そういえば寝起きに天井のシミの数も数えたな、うん」
ジョゼ「…………」
ジョゼ「せ、折角のお休みなのに、それでいいんですか隊長?」
ラル「ああ、悔いはない」
ジョゼ(な、なんか潔すぎて逆にカッコいい…)
ジョゼ「そ、そうですか…」
ジョゼ「…あ、部屋で過ごすなら、後でお菓子でも持っていきましょうか?」
ラル「いや、部屋に戻ったらもう一眠りするからいらん」
ジョゼ「え…えぇー!?」
ラル「何だ」
ジョゼ「だ、ダメですよぅ!仮にも女の子が、そんなぐうたらな休日の過ごし方するなんて!」
ラル「男だったらぐうたらに過ごしてもよかったのか?」
ジョゼ「あうう…そ、それもどうかと思いますけど…」
ジョゼ「とにかく!そんな休日の過ごし方ダメです!もっと時間を有意義に使わないと!」
ラル「それはどういう…おいジョゼ、引っ張るな」
ジョゼ「さあ隊長、準備できましたよ」
ラル「おい、これは…」
ジョゼ「さあさあ、一緒にレッツクッキングです!」
ラル「…ジョゼ、私はまともに料理なんてしたことないぞ」
ジョゼ「大丈夫ですよ、私が教えますから」
ジョゼ「それに、今回作るのは簡単なお菓子なので難しい工程はありませんよ」
ラル「いや、しかしだな…」
ジョゼ「普段やらないこと、できないことをしてこその休日ですよ。隊長」
ラル「むぅ…」
ジョゼ「それじゃあ、始めましょう」
《材料》
『生地』
砂糖 40g
ベーキングパウダー 8g
食塩 ひとつまみ
薄力粉 150g
卵 1個
牛乳 1/2カップ
『タルト部分』
りんご 1個
バター 15g
砂糖 大さじ1杯
ショリショリショリ…
ジョゼ「ほら、こんな感じです」
ラル「ほう」
ジョゼ「やってみますか?」
ラル「ふむ…」
ショリショリショザクゥッ!
ジョゼ「ん?」
ラル「すまん切った。回復頼む」
ジョゼ「わぁぁあ~!?早く手貸してください~!!」
パアァァァァァ…
ラル「すまんな、回復魔法使わせて」
ジョゼ「い、いえ…大丈夫です…」
ラル「……………」じ~
ジョゼ「…え、えっと、隊長?」
ラル「…顔が赤いな」
ピトッ
ジョゼ「はえっ!?」
ラル「うん、熱い」
ラル「本当に大丈夫か?」
ジョゼ「だ、大丈夫です…いつものことですから」
ラル「…そうか」
ジョゼ(…お、おでこ触られちゃった…)
ラル「…………」シャクシャク
ジョゼ「さっき用意した薄力粉等々をボウルに入れて混ぜ合わせ…って、りんご食べないでください!」
ラル「…すまん」
ラル「このりんご、塩味が効いてて美味いな」
ジョゼ「はぁ…そうですか…」
ジョゼ「…えっと、りんごが酸化して変色するのを防ぐためですね」
ジョゼ「切ったまま放置しておくと、どんどん黒くなっていっちゃうので」
ラル「ほう、なるほどな」
ラル「賢いルマール少尉には、褒美にりんごをやろう」
ジョゼ「いや、お菓子の分なくなっちゃいますから…」
ラル「ふむ」
ジョゼ「今回焼くにあたって使うのはこちらのオーブン…ではなく!」
ジョゼ「じゃじゃーん!なんと、フライパンで焼いちゃいます!」
ラル「……………」
ジョゼ「……………」ドヤァ
ラル「……………」
ラル「……そうか」
ジョゼ「…は、はい」
ジョゼ(…な、なんか一人でテンション上がっちゃってすごく恥ずかしい…)
ラル「ほう」
ジョゼ「バターが焦げないように弱火でじっくり溶かしていくのがポイントですよ」
ジョゼ「やってみますか?」
ラル「…ああ」
ジョワワ~
ジョゼ「それじゃあ、砂糖を入れていってください」
ラル「……………」
スッ…
ドッバァッ!
ジョゼ「えっ!?」
ラル「こんなもんか」
ジョゼ「い、入れすぎですよぅ!」
ジョゼ「と、というか、なんで大さじ使わないんですか~!?」
ラル「…すまん」
ラル「…りんごが少ないな」
ジョゼ「隊長がつまみ食いするからですよ…」
ラル「このりんごが美味いのが悪い」
ジョゼ「はぁ…それじゃあ敷き詰めたりんごの上に生地を流し込んで…っと」
じゅわ~
ジョゼ「あとは、フライパンに蓋をして蒸していきます」
ラル「ほう…」
ラル「これで終わりか?」
ジョゼ「ええ、10分ほど焼いたら完成です」
ジョゼ「それじゃあ、蓋を取りますね」
パカッ
ホカホカ~
ラル「おぉ…」
ジョゼ「よかった、ちゃんと焼けてる」
ラル「こんな簡単に出来るものなのか」
ジョゼ「えへへ~、だから言ったじゃないですか。すぐ出来るって」
ラル「…………」じ~
ジョゼ「隊長、よだれ出てますよ」
ラル「…美味いな」
ジョゼ「ちょ、ちょっと甘すぎですけどね…」
ラル「私はこれくらいでちょうどいい」
ジョゼ「…隊長もしかして、さっきわざと砂糖多めに入れました?」
ラル「…さぁな」
ジョゼ「うぅ…甘い~…」
スッ…
ジョゼ「あれ…いつの間にコーヒーなんて淹れたんですか?」
ラル「さあな…ところでだ」
ラル「コーヒーに塩を入れると、苦味が引き立って美味いらしいぞ」
ジョゼ「へ~、そうなんですか」
ラル「私は甘党だからな」
ドッバァッ
ジョゼ「い、入れすぎですよ…」
ラル「…それにしても」
ラル「菓子作りが得意だったとはな、知らなかったよ」
ジョゼ「いえ、これみたいに簡単なやつしか作れないです」
ジョゼ「もっと本格的なやつは、サダちゃんに頼めば教えてくれると思いますよ」
ジョゼ「タルトタタンです」
ジョゼ「私の祖国のお菓子で、本当はパイ生地を使ってオーブンで焼くものなんですけど」
ジョゼ「今回は、それのお手軽版です」
ラル「…なるほどな」
ジョゼ「これ、家にいた頃よくお母さんが作ってくれて…」
ジョゼ「食べると、なんだかちょっぴり懐かしい気持ちになるんです」
ラル「…そうか」
ボーン…ボーン…ボーン…
ジョゼ「あ…もう17時ですね」
ラル「そんなに時間が経っていたか」
ラル「…ジョゼ」
ジョゼ「は、はい」
ラル「お前のおかげでなかなか充実した休日になったよ」
ジョゼ「えっ、あっ…そうですか?」
ラル「ああ、ありがとう」
ジョゼ「い、いえ…!そんな…」
ジョゼ(ら、ラル隊長の笑った顔…久しぶりに見たなぁ…)
ラル「腹も満たされたし…部屋に戻るとするか」
ジョゼ「…あ、まさか寝るつもりですか?」
ラル「…いや」
ラル「夕食の時間まで、部屋の整頓でもしてみる」
ラル「幸い、まだ休暇中だしな」
ジョゼ「そ、そうですか…!」
ジョゼ(よかったぁ、ラル隊長、心を入れ替えてくれて…)
ラル「……………」
ラル「…………む」
ラル「ん?少し寝てたか…」
ラル「……外が暗いな」
ラル「…………」チラッ
【 AM 5:15 】
ラル「……………」
ラル「……………」
ラル「…あと15分寝たら仕事するか…」
引用元: ・わりとヒマなラル隊長の一日