女騎士「そこに逸れた子狐が一匹迷い込む」
女騎士「姫様は子狐に気付き、抱き上げられるのだ」
女騎士「私が御洋服が汚れますと言うのも聞かず、姫様は子狐を愛でられる」
女騎士「だが我が愛馬の嘶きに子狐は逃げ出す」
女騎士「私は姫様の泥の付いた御洋服を見て『だから申し上げたではありませんか』と苦笑する」
女騎士「すると姫様は無邪気に笑い、湖に飛び込まれるのだ」
女騎士「清廉な姫様を彩るように水飛沫が上がり、私は一瞬見惚れてしまう」
女騎士「慌てて駆け寄る私に姫様は言うのだ、『これで綺麗になりました』と」
女騎士「私は姫様を引き上げようと手を伸ばし、泥に足を滑らせる」
女騎士「湖に落ちる私、ずぶ濡れの二人、絡み合う手と手……」
女騎士「私は姫様の瞳に吸い込まれるように近づき、そして唇が触れ合い、二人は湖の中で密やかな秘め事を……」
女騎士「ああ! ああ! 私は! 私は姫様とそんな関係になりたい!」
女騎士「……いけない、姫様への想いが口から漏れ出していたようだ」
女騎士「ふっ、もし誰かに聞かれていたら大変な事に」 王様「分かる! 分かるぞ! その想いよく分かるぞ!」
王様「大国の使者により一方的に告げられた婚約よ」
王様「心優しき娘は激怒する我を諫め、国の安寧のために使者の要求を飲んだのだ」
王様「だが心はやはりまだ幼き少女よ、一人の夜を迎えて涙を流さぬはずもない」
王様「我は娘を慰めるため、部屋の扉を叩くのだ。だが娘はその涙を隠す」
王様「我は娘の健気さと我が不甲斐なさに、思わず娘を抱き締めるのだ」
王様「そして娘は我が腕の中で、ついに胸の内の不安を曝け出すのだ」
王様「『私、本当はお嫁になど行きたくありません』と」
王様「我が娘は見知らぬ男の欲望に曝される不安に震える」
王様「『それならばいっそ、私の初めてはお父様と……』」
王様「我の胸中は禁忌への抵抗と我が娘への愛がせめぎ合う」
王様「だが健気な娘の唯一の望みを我が断れようはずもない」
王様「我は禁忌の罪を我が背負うため、娘の言葉を遮り唇を奪うのだ」
王様「ふふっ、これ以上はたとえ同志にも語れぬよ。禁断とは秘めてこそであるからな」
王様「だがあえて言おう、赤の他人の貴様よりも我は遥か先を言っているとな」 女騎士「ほざけ老害」
女騎士「男の欲望に晒される不安? 貴様の欲望を棚に上げてどの口が言うのだ」
女騎士「実の娘に穢れた欲望を向け、挙句に姫様から貴様を求めるなどという有り得ぬ妄想を宣う」
女騎士「大体我が国はこの大陸で最も強大かつ広大な国ではないか」
女騎士「大国の使者ぁ? 姫様を貴様の欲望の捌け口とするためにずいぶん都合のいい設定だなぁ?」
女騎士「己を恥じてくたばるがいい、近親相姦願望剥き出しの老害痴呆変態クソジジイが」
王様「ではお前の妄想に恥じるところがないとでも言うのか? んん?」
王様「まずお前の妄想には大きな欠点があるであろう」
王様「そう、我が娘との関係性だ」
王様「お前の妄想はお前と娘が初めから相思相愛でなければ成り立たぬではないか」
王様「ん? それともお前の脳内では共に湖に落ちた途端に女同士が恋に落ちるのか? ん?」
王様「現実のお前はどうだ? 我が娘と共に湖に遠出をするなど夢のまた夢であろう」
王様「恥ずかしいものだなぁ? ありえぬ関係性を前提にした都合のいい妄想というものは」
王様「大体お前の妄想は処女臭くて敵わぬわ、湖だの子狐だの状況にばかり凝りおって」
王様「女同士の濃厚な絡み合いは湖の中という事にして自分の無知を誤魔化したのであろう?」
王様「あー処女臭い、お前の処女臭で我まで童貞に戻りそうだわ」
女騎士「……」 プルプル
王様「ほれ見ろ、だからお前は処女なのだ。言い返された途端に何も言えなくなる」
女騎士「ぐっ、うぅ……っ」 ウルウル
王様「打たれ弱いのぅ。実に打たれ弱いのぅ。我が娘への想いだけは評価に値したが、やはりこの程度であったか」
女騎士「うっ、ぐす……っ」 ポロポロ
王様「ほほっ、女の涙などとうに見飽きたわ。ほれ好きなだけ泣くがよい、そして我に負けを認めるのだ」
王様「ん? なんとか言ったらどうなのだ? 私は『処女臭い変態女騎士です』と謝れば許してやるぞ?」
王様「これだけ言われて何も言い返せないとは想いの優劣は決したも同然だなぁ! ほほほっ!」
姫様「……」 王様「ほほほ……ほほ……ほ……」 姫様「お父様……」 王様「……うむ」
女騎士「うぇぐ、うぐぅ……!」 ボロボロ
王様「それは、うむ、お腹が痛いのだろう……」
姫様「女騎士さん、お腹が痛いのですか?」
女騎士「うぅぅ……!」 フルフル
姫様「お父様、違うようです」
王様「うむ、では頭が痛いのだろう……」
姫様「お父様、わたくしは嘘を吐かれる方は嫌いです……」
王様「し、知っておるぞ」
姫様「なのにお父様は私に嘘を吐かれるのですね……」
王様「わ、我は嘘など言っておらぬぞ!?」
姫様「私、お父様と女騎士さんが何か言い争っているのを見ていました……」
王様「ち、違うのだ! あれは女騎士を励ましていたのだ! そうであろう、女騎士!」
女騎士「……」 チラッ 女騎士「うぇぐぅぅぅ……!」 ボロボロ
王様「ウソ泣きだ! これはウソ泣きだぞ、娘よ!!」
王様「違うぞ、本当に違うのだ! 娘よ、父である我を信じるのだ!」
姫様「……ごめんなさい、お父様の言葉は今は聞きたくありません」
姫様「女騎士さん、わたくしの部屋で少しお話ししませんか?」
女騎士「えぐっ、私のような者が、姫様のお部屋に……」
姫様「いいのです。わたくし、以前から女騎士さんとはゆっくりお話ししたかったのです」
姫様「わたくしの周りには、あまり気軽にお話しできる同性の方がいないので……」
姫様「父の非礼を詫びるためにも、どうか来てはくださいませんか?」
女騎士「是非に」 キリ
姫様「ふふっ、最近お気に入りの紅茶があるのです」
女騎士「それは楽しみです! 早速参りましょう! ……ふっ」 ドヤァ
王様「ぐにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」 ジタバタ
これを機会に女騎士は姫様との仲を深め、個人的な交流を持つようになった。
勝者、女騎士。